「陸軍中野学校 開戦前夜」
「陸軍中野学校」シリーズ第5弾
当時の「007」ブームなどを背景に誕生したと思われる戦時中の日本軍のスパイ活動を描いたシリーズで、白黒でアクションものでもないので、派手さはないもののサスペンスフルな秀作群になっている。
とはいえ1960年代後半になっても全作白黒ということは、いくら映画斜陽で大映の経営が悪化していたとしても、同じ市川雷蔵主演「眠狂四郎」シリーズなど1963年の1作目からカラーであることを考えると、「忍びの者」シリーズ同様冷遇されているようにも感じられ、本編を見ても予算を使っている気配は見えず、テレビドラマと大差ない印象とも言えなくもない。
画面構成も、人物のアップが増え、その分、背景のセットなどは目立たなくなっているシーンが目立つ。
本作では細川俊之さん、小山明子さんら美男美女がゲスト
細川さんのフィアンセ役を演じている織田利枝子さんも、愛らしくてチャーミング
南兄弟の弟を演じているのは大映作品でお馴染みの木村玄さんだと、顔がはっきり映るシーンがあるのですぐにわかるのだが、兄の方の役者はなかなか後半まで顔が映るシーンがなく、クライマックスシーンでようやく顔が映り、若い頃の久米明さんだと判明する。
主役の市川雷蔵さんがお亡くなりになるのはこの作品の翌年1969年7月なので、かなり晩年の作品で、シリーズ最終作になるが、シリーズ初期の頃より幾分顔がむくんでいるように見える。
本作に登場する、ドアの隙間に髪の毛を貼るトリックは「007/サンダーボール作戦」(1965)の影響だろう。
前半は椎名が拷問にかけられ尋問させる展開なので、かなり地味であるが、敵外国人役を演じているマイク・ダニンが独特の風貌で不気味である。
謎解きで、スナップ写真に都合よく黒幕が写っているなどと言うのは、いくらなんでもご都合主義が過ぎると感じるが、拡大装置などという秘密兵器(?)を登場させたりするためにはやむを得ない設定だったのだろう。
【以下、ストーリー】
1968年、大映、長谷川公之脚本、井上昭監督作品。
昭和貿易公司
そうか、つけられたか…、P機関の手先では?と椎名次郎(市川雷蔵)が言うと、そうだ、まだ詳しいことは把握しておらんが、この香港で活躍している米英両方の連合諜報機関…と窓を見ていた柏木陸軍中佐(内藤武敏)が振り返って答える。
日米交渉が難航しているせいか、最近は在留邦人はもちろんのこと、港や駅に張り込んでは日本人を片っ端にマークしていると柏木はいう。
その時、物音が聞こえたので、来たな…、カムイン!と柏木は声をかける。
や、ご苦労、紹介しよう、こちら大和物産香港支店の磯村、実は海軍情報隊、こちら説明済みの椎名大尉と柏木が紹介したので、椎名です、よろしくと会釈する。
柏木は2人に、ま、掛けたまえと椅子を勧める。
磯村くんには、君が行動しやすいようにいろいろ情報を集めてもらってあるんだと言い、磯村宏(細川俊之)は、直接行動はともかく、側面から椎名さんに協力したいと思っていますと椎名に告げる。
探していた写真を椎名に見せた柏木は、早速だが、これが目指す相手、マレイ駐在のダイク参謀大佐、今度の会議の議長を務めていると教える。
写真には車の運転席に乗った白人男性が写っていた。
このダイク大佐は三日後の、10月10日の朝までプラザホテルの443号室に宿泊しています、ここです、4階のしかも一番奥の部屋をとっていますと磯村は、ホテルの見取り図を示して補足する。
あなたの部屋は424号室、万一の場合非常階段は近くにありますと磯村はいう。
11月5日から5日間、フィリピンやマレイ、太平洋各地から集まった米英両軍の参謀たちが、互いに機密と情報を交換して検討し合う第5階アジア防衛連絡会議がこの香港で開かれていた、翌日私はプラザホテルに向かった…
11月9日に終了するその連絡会議で決定された機密情報を、10日の朝まで盗み取るのが、私の情報任務だった。(と椎名のモノローグ)
や、男だけだと殺風景だと思ってねと言いながらやってきた磯村は、支店長のお嬢さんの昌子さん、有名な大原博士のお孫さんだ、こちらは昌子さんの親友…、いやお姉さんかな?女医の一の瀬秋子(小山明子)さんと2人の女性を紹介する。
中田昌子(織田利枝子)も秋子も椎名に挨拶する。
椎名も名乗って、テーブル席に座らせる。
さて、何を飲みますか?と椎名が聞くと、ワイン頂きたいわと秋子が言うと、私踊りたいわと昌子は答える。
私は良くってよ、どうぞ…と秋子が譲ったので、じゃあ、踊りましょう、秋子さんお願いしますと椎名に頼み、磯村は昌子と立ってホールへと向かう。
それを見送った秋子は、お似合いのフィアンセですわねと笑うので、ん?彼らは婚約しているんですか?と椎名は聞く。
あら?大学時代からの親友って伺いましたけど、ご存じなかったんですの?と秋子が言うので、いや、磯村のやつ、何にも言いませんでしたからと椎名は答える。
結婚式の日取りも決められるとか…、それで冴えてらっしゃるのかしら?と明子はいう。
そうだったのか、じゃあ近いうちに4人で祝いの食事でもしましょうか?と椎名がいうと、そうですね、お二人を運と冷やかして差し上げましょうと秋子が言うので、椎名は笑ってしまう。
あら、カーラーの日が綺麗ですこと…といった秋子が立って窓からの景色を見たので、椎名も立って窓際に立つが、日本へはいつお帰りですか?と秋子が聞くので、一週間くらいはいたいんですが、何しろウチの研究所は貧乏なものですからと椎名は答える。
でしたら日本人専用のホテルにお泊りになればよろしかったのに…、同じ予算で倍の日数は泊まれましたわと秋子が言うので、あなたのようなお方に会えるんでしたらそうするんでしたと椎名がお世辞を言ったので、まあと秋子は喜ぶ。
椎名が踊っていた磯村の方を見ると、磯村が目で合図をしたので、来ましたよと明子をワインが置かれたテーブルの方に誘う。
その時、椎名はダイク参謀大佐がバーにやってきたことに気づく。
腕時計で確認すると夜の8時だった。
午後8時、几帳面なダイク大佐は、毎晩この時刻に現れて30分間くつろぐ…、このことは過去4回の会議の際、磯村大尉によって調査済みだった、私の任務はその30分と言う短い時間に行動しなければならなかった…、その夜、私はプラザホテルの客となった。(と椎名のモノローグ)
金属製のタバコの灰皿台の位置を修正した後、424号室に入る椎名
そして翌日、ダイク大佐の部屋のドアが開いたのは、予想通り8時少し前であった。
椎名が部屋の明かりを消すと、部屋から出てきたダイク大佐は、周囲を警戒しながら、自分の髪を一本引き抜き、それをドアの開閉側の隙間に貼るのだった。
その様子を、椎名は自室のドアの下の隙間から、懐中時計に仕込んだ鏡を通して確認していた。
足音が遠ざかっていくと、すぐにドアを少しあけ、昨夜動かしておいた金属製の灰皿台に映るダイク大佐の後ろ姿をチャックする。
ダイクの姿が見えなくなると、部屋を出た椎名は通路の反対側まで移動し、エレベーターが動いたのを確認すると、大工の部屋である443号室の前に来る。
その日もダイクはバーにやってきて、先に並んでカウンターで飲んでいた昌子と磯村カップルの横に腰掛け、オンザロックを注文する。
その頃、椎名はダイクの部屋の鍵を開けるのに成功していた。
一旦、人が通りかかったので、ドアから離れた椎名だったが、その後部屋の前に戻ってノブを回そうとした時、ドアの隙間に貼られた髪の毛を発見する。
ラウンジでは、磯村が昌子と踊りながら、バーにいるダイクの様子を監視していた。
椎名は髪の毛をハンカチの上に回収すると、ダイクの部屋に侵入する。
バーで再びダイクの横に座った磯村だったが、ダイクがチェックし始めたので時間を確認すると、いつものより早い8時15分だったので焦る。
そしてわざとグラスの酒をこぼし、ダイクの服にかけてしまう。
昌子は慌てて謝罪し大工の服を拭き始め、磯村も英語で詫びながら時間稼ぎをすると、すぐに戻ってくるからね、休養を思い出したのでと雅子に告げ、その場を離れる。
椎名はその間も、小型懐中電灯を使いダイクの部屋を物色していたが、やがて照明の笠の上が気になり出す。
椅子の上に乗り、笠の上を確認しようとした瞬間、部屋の電話が鳴り出す。
磯村がバー戻り、もういっぱいスコッチをご馳走しましょうとダイクに英語で話しかけるが、ダイクは日本語でもうこれ以上飲めませんと答えたので、昌子は驚いて日本語お上手ですねと褒める。
するとダイクは、私は3年ほど前、日本の大使館にいましたと打ち明ける。
日本のお嬢さん、懐かしいですねと言うので、そうでしたのと昌子は答える。
ではおやすみなさいと言ってダイクが立ち去ったので、漢字の良い外人さんねと昌子は感心するので、ああ、本当に悪いことしたなと磯村も答える。
その頃、椎名はまだダイクの部屋で見つけた秘密書類の写真を撮っていた。
そして持参した盗聴器を椅子の下に設置すると、秘密書類が入ったバックをまた照明器具の上に置く。
やがてダイクが部屋に戻ってくる。
部屋の外に出た椎名は、ちょうど帰ってきたダイクとすれ違ったので、ちょっと怪しんだダイクはタバコの火を吸い殻台で消した後、ヘアのドアの前まで戻り、髪の毛がまだ貼られているのを確認すると、自分の髪と照合し、安心する。
そして部屋の中に入ると、電話で交換手を呼び出し、外線を頼み、2446番と番号を伝える。
電話が通じると、P機関か、ダイク大佐だ、調べてもらいたい男がいると告げる。
そして照明器具の上からバッグを取ると、中身を確認し出す。
バーでは合流した椎名が磯村と昌子と談笑していた。
明日の晩、秋子さんを誘って君たちのお祝いしようと椎名は提案する。
それを聞いた秋子は、ありがとう、椎名さんって本当にお優しい方ですのねと感謝する。
さ、そろそろ帰りましょうかと磯村が雅子に言ったので、もう帰るの?と椎名が聞くと、あんまり遅くなると支店長に婚約を取り消されるからなと磯村がいう。
相変わらず真面目だなと椎名は昔からの友人のように調子をあわせる。
その時、椎名はタバコを落としたように装い、拾う好きに、磯村のズボンの折り返しに、先ほど写した小型カメラのフィルムを忍ばせる。
じゃあ、もう1曲だけだよと雅子に伝えた磯村は、なんか君に悪いなと謝るが、いや…と椎名は笑う。
磯村はタバコを灰皿の中で回してみせる。
そんな椎名がホテルを出た時、中国人娘(川崎あかね)がぶつかってきて謝ったので、大丈夫と椎名はにこやかに答える。
しかし、中国人娘が立ち去った直後、歩き出そうとした椎名は気分が悪くなり、外国人が駆け寄ってくる。
そして、すぐ病院へといいながら、椎名の体を抱えてタクシーを呼ぶ。
気がついた時、椎名の顔には強いライトの光が浴びせられていた。
意識を回復したようだとライト尾を照らしていた外国人が言う。
そこに降りてきたのは先ほど椎名に駆け寄ってタクシーに乗せた外国人ジョセフ・ケント(マイク・ダニン)で、椎名の体に刺さっていた麻酔針を抜き、先ほど椎名にぶつかった中国人娘に渡すと、椎名次郎さんですね?と椎名に語りかけてくる。
おい、何かあったのか?とライトを持った外国人が二階に語りかけると、何もありませんと中国人娘が答える。
ケントは、椎名さん、あなたの身分は?と聞いてくる。
東亜研究所員だと椎名は答える。
嘘ダメですとケントが言うので、嘘じゃないと椎名は答える。
あなた日本スパイですとケントは断定する。
そんなバカなと椎名は否定するが、あなた日本スパイです!とケントは繰り返す。
椅子に縛られていた椎名が、違うと再度答えると、違いますか?とケントは諦めたようにいうが、ライトを持った男が2階から呼ぶと、中国人男性が2名降りてきて、拷問器具のようなものを椎名の体に取り付ける。
ケントは、あなた言わなくても本当のこと言いますという。
中国人がスライダックのような装置のスイッチを回すと、椎名の両腕に巻かれた金属の輪が電気を発するようで、感電した椎名は苦しみ出す。
さ、本当の身分を言いなさい!とケントは迫るが、椎名は本当も嘘もないと否定する。
するとまたケントはそばにいる中国人に合図して通電する。
苦しむ椎名
電気を止めさせ、再度ケントが、あなたの身分はと聞くと、東亜研究所員だと椎名は繰り返す。
ケントは中国人に、もっと上げろ!と命じる。
椎名は苦しさのあまり椅子もろとも倒れるが、正直にスパイだといえ!と、倒れた椎名にケントは命じる。
それでも椎名は、違う!スパイじゃないと否定する。
中国人たちに倒れていた椎名を椅子ごと起こさせると、2階で待機していた中国人娘が注射の用意をして階段を降りてくる。
その注射器を受け取ったケントは、ナチスはこの薬でみんな白状させてる、今度こそ嘘つかないと言い、椎名の腕に注射器の針を突き刺す。
翌朝、磯村と会った柏木陸軍中佐は、今朝、ホテルを引き払ったのは間違いないんだな?と椎名のことを確認していた。
はっ、盗み取ったフィルムを私に渡したんですから、予定通り今朝10時にここに来なければいけないはずですが…と磯村は案じる。
もう10時半だと柏木が言った時、中国人使用人が郵便物を届けにくる。
その頃、まだケントは、椎名次郎さん、あなたは日本のスパイだと言わせようとしていた。
日本のスパイ!と強要すると、スパイ?と椎名が繰り返したので、早々と笑みを浮かべ、あなたスパイでしょう?と聞くケント。
しかし椎名は、違うとしか答えないので、そういうことない、あなたはダイク大佐の部屋に入った!とケントは言い張る。
入ったでしょう?入って何をしたのですか?と聞くケントに、入って…、どこへ?と椎名は口を割らない。
ホテルルームNo.443!ダイク大佐の部屋ですとケントは教え、入りましたね?と問いかけるが、椎名は、ここはホテルじゃない…、どこだここは?としかとしか答えない。
私はここから出ていきたいと椎名は訴える。
正直に言えば許してあげるとケントはいい、椎名は苦しむ。
今あなたの心にある人は誰?誰ですか?とケントが聞くと、椎名は秋子さん…と答える。
秋子さんにもう一度会い…と言いかけて、椎名は気を失う。
ダイク大佐の部屋には入らなかったのか!とケントは椎名の体を揺すぶって問いかけるが、返事はなく、メガネの外国人は恐ろしく意志の強いやつだと驚く。
ダイク大佐の思い過ごしだろうか?とケントも疑い出すが、いや、そう簡単に決めていいかねと相棒も迷う。
柏木中佐の部屋の電話が鳴り、それに出た柏木が君にだと磯村に受話器を手渡す。
相手は昌子で、あ、磯村さん、大変よ、今、秋子さんと変わりますと言い、お姉様と呼びかけると、秋子が電話をとる。
もしもし?秋子です、私今偶然、外人が椎名さんを抱えるようにして洋館に入るのを見かけたんですと伝える。
それを聞いた磯村は、え?椎名を外人が!と驚き、どこですそれは?と聞く。
車がある屋敷の前に到着し、柏木と磯村と共に降り立った秋子が、この家ですと教える。
柏木は、5分して戻らなかったら警察に電話してくださいと秋子に頼み、磯村と共に屋敷に乗り込む。
しかし洋館の3階の窓からは、じっと外の様子を伺うサングラス姿の男の影があった。
磯村は銃を取り出し、懐中電灯の灯りをつけて屋敷内に侵入する。
2階へ上がっても人影がないので、柏木は磯村を3階へ登らせ、自分は2階の部屋を調べ始める。
柏木は部屋の奥から呻き声を聞き、床に倒れていた椎名を発見する。
そして、椎名の体を抱き起こすと磯村の名を呼ぶ。
その声で磯村も上から降りてきて合流する。
二人で椎名の体を屋敷の外に運び出し、明子が待っていた車に乗せるが、その時、赤ん坊をだいた夫婦のような3人組とすれ違うが、その女は中国人娘であり、赤ん坊を抱いた夫のように見えた男はケントだった。
サングラスをかけたケントは、走り出した車を振り返ってじっと見ていた。
11月14日草薙中佐から急遽帰国せよとの緊急司令を受けた私は、体を癒す間もなく横浜港の岸壁から直接陸軍参謀本部へと向かった。(と椎名のモノローグ)
草薙中佐(加東大介)は、君が香港で盗み取ったこれらの資料は、作戦参謀たちを行動さすには十分だった。しかし椎名、俺が君を呼び戻したのは、米英側の情報を集めるよりもっと緊急を要する重大事が発生したからだと椎名に告げる。
と言いますと?と椎名が先を促すと、君が香港へ出発した日、宮中では朝から御前会議が開かれた、その会議で、帝国国策遂行要領なるものが決定され、今進行中の日米交渉が12月1日御前0時までに妥結すれば武力発動は注意、もし妥協しないときは、12月初旬を期して武力を発動するもやむを得んというしょ強方針が打ち出されたと伝える。
その機密が漏れてるんですか?と椎名は推測すると、そうだ、実は君が香港で手に入れたフィルムからその事実がわかったと草薙中佐はいう。
それを聞いた椎名は、あのフィルムから!と驚く。
日米交渉の期限を12月1日と限ったことが知られた以上、彼らはその日を目標にさらにその諜報機関を使って軍事機密を探り出そうとするだろう、そこでだ、その漏洩ルートを探り出し、一刻も早くスパイ組織を壊滅するため、君を呼び返したんだと草薙中佐はいう。
御前会議に出席したのは東條首相以下14名…、その14名全員を徹底的に調査したが、全員疑わしい点はない、ただ彼らの約半数が熱烈な愛国者で軍上層部の指導的立場にある大原秀人法学博士となんらかの意味で交渉を持っている事実がなぜか気がかりに思えた(と椎名のモノローグ)
その後後輩の狩谷三吉(塩崎純男)を伴い、料亭で再会した草薙中佐に話をした椎名は、何!大原博士を?と聞き返される。
はっ、現在博士は糖尿病による高血圧で、面会を禁じられておりますが、ごく限られた客には30分程度あって俺らますと椎名が報告する。
うん、で、その訪問客のリストと身元はどうなっていると草薙中佐は聞く。
現在のところ、疑わしい人物はいないようですが、もう少し深く探ってみようと思っておりますと椎名はいう。
君たちもいっぱいやれと草薙が椎名たちに酒を勧めると、こんばんはと言いながら芸者小菊(浜田ゆう子)が入ってくる。
草薙は小菊を手招くと、注いでやってくれと短む。
今夜は君たちを大いに労おうと思ってな、小菊だと椎名と狩谷に紹介する。
小菊から酌をされる椎名たちは緊張したままだったが、そう警戒せんでいい、言うなればこの人は中野学校女子部の卒業生だ、つまり俺が信頼できる唯一の婦人協力者というわけだと草薙は教える。
小菊と申します、よろしくと改めて名乗ってきたので、椎名たちは礼を返す。
この人のご主人はせきたいと言って俺の部下でな、中野学校を作るため努力した一人だが、残念ながらその実現を見ずして北支で戦死してしまったと草薙はいう。
身寄りのないこの人は、最愛の夫の夢であった中野学校の仕事を手伝いたいと言って再三口説かれてな、とりあえずこの仕事についてもらったというわけなんだよと草薙はいう。
そうですか、中野学校第一期生椎名次郎ですと自己紹介すると、狩谷も、その後輩で狩谷三吉ですと挨拶する。
ところでさっきの話の続きだが、大原家の家族と使用人は?と草薙が聞くので、は、婦人は5年前に結核で死亡しており、現在はセントジョセフ病院所属の看護婦1名、それに30年も前からいる婆や、法律の勉強をしている書生とこの3人きりですが、いずれも確実な身元保証人がありますと狩谷が報告する。
そうだ、娘が一人いたな?と草薙が思い出したので、は、現在は大和物産香港支店長婦人です、実はその婦人のお嬢さんと今回の香港行きで知り合いまして、良いお嬢さんですと椎名が言うと、なるほど…、椎名としては自分の花嫁候補の家族調査も兼ねたと言うわけだなと草薙が冗談を言うと、いや、彼女にはフィアンセがいました、磯村という男で海軍の情報将校ですよと椎名が教えると、そら残念だったなと草薙がいったので、椎名は笑い出すが、あら?海軍の磯村さんってあの人かしらと小菊が口を挟んでくる。
君、知っとるのか?と草薙が聞くと、ええ、4、5日前のことですが、軍令部の若い方々で香港からお帰りになった将校さんの歓迎会がありました、確か磯村大尉とか…と小菊は打ち明ける。
大本営海軍部で再会した磯村は、まさか大原博士ご自身から漏れているとは思わんが、わずかでも懸念があるなら徹底的に調査すべきだ、幸い昌子さんが一昨日の便で帰っているしと椎名に告げる。
ほおと椎名が言うと、秋子さんも一緒だ、彼女就職先もはっきり決めずに香港から引き上げたそうだ、大陸育ちというか、大した女史だよと磯村は感心し、もっか大原邸に厄介になっているという。
しかし椎名が返事をしないので、どうした?気乗りせんようだなと磯村は不安がる。
椎名は、いや、そんなことはない、早速尋ねてみるよと答え、別れる。
その後、一人で大原家を訪問した椎名は、庭先にいた昌子を呼びかける。
昌子は、まあ!と驚き嬉しそうに出迎えるが、こんにちは、磯村からあなたがお帰りになったと聞いたもので、懐かしくて…と椎名は訪問の理由を述べる。
そう、嬉しい、本当によく来てくださいましたわと昌子は無邪気に喜び、磯村さん、軍令部にお勤めなさったそうですわね、あの片南方事情に詳しいから…という。
よかったですねと椎名が答えると、ええ、今度の土曜日にお会いする約束しましたのよなどと昌子は嬉しそうにいう。
花のスケッチですか?と椎名が尋ねると、ええというので、なんか黒いもんがついてますよと指摘すると、顔に絵の具がついていたことに気づいた昌子は嫌だ!と恥ずかしがる。
その時、屋敷から軍人(内田稔)が帰るところで、椎名に軽く会釈をして車に乗り込んだので、どなたですか?と聞くと、軍令部の小山田軍令部長さん、お爺ちゃまのところに時々お見えになるんですと昌子は教える。
そうですかというと、椎名さん、今日は私と付き合って!びっくりさせたいことがあるのというので、なんですか?と問いかけると、昌子は笑って、秘密!というだけだった。
雅子が椎名を連れてきたのは陸軍主催の「日本の黎明 聖戦美術展覧会」という催し物で、昭和16年11月10日〜25日まで開催されているものだった。
その会場前にやってきたのは聡子だったので、お姉さま!と昌子は呼びかけ、椎名も、やあ秋子さん、香港ではおせわになりましたと帽子を脱いで礼をする。
秋子の方も、お久しぶりです、私、もうお会いできないかもと…と恥じらうように答える。
秋子お姉さまったら、東京に着いた翌る日、椎名さんのお会いしたくて東亜文化研究所までいらしたんですのよ、そしたら椎名さんなんていませんって言われたんですってと昌子が揶揄うようにいうので、そうですか、僕は非常勤だから、研究所に出ないホモあるんですよと椎名はごまかす。
お姉さまったらね、なんとか会える方法はないかって、椎名さんに…と昌子がおもしろそうに続けるので、秋子はやめなさいと制する。
その時、やあ昌子さん!と呼びかける声が聞こえ、声の主に気づいた昌子が、水池先生!今から先生の作品を拝見しに行くところなんですと言いながら出迎える。
どうも、水池ですと画家の 水池吾郎(船越英二)が合流し、ああ、僕も今から美術館に行くところなんだと昌子に話しかけながら会場へと向かう。
その後、4人で喫茶店でくつろぐが、美味しい!香港で飲んだコーヒーを思い出すわよね、秋子さんと昌子は無邪気に喜ぶ。
秋子は頷きながらも、コーヒーもだんだん飲めなくなるわね〜とぼやく。
上海は何時ごろいらっしゃったんですか?と椎名が水池に問いかけると、あれは今年の春でしたか、従軍させられまして、その時描いたたのがさっきの会場に出品してあるんですが、あなたも上海ご存知ですか?と水池が聞くので、ええ、去年出張で…と椎名は答える。
じゃあ、やはり軍の関係かなんかで?と水池が掘り下げてきたので、いえ、そうじゃないんです、東洋の文化を国民に理解してもらおうというのがうちの研究所の目的なものですからねと椎名はいう。
そうですかと答えた水池は、先生、今は何を描いてらっしゃるんですか?と昌子に聞かれたので、午前会議なんだというので、椎名はハッとなる。
いや、内閣から要請を受けましてね、今のところ、各高官を訪ねてスケッチするのに追われているんだけど、魔なんとか午前会議の厳粛さを表してみたいというのが今の課題だと水池はいう。
難しそうですのねと昌子がいうと、うんそうね…、世が世であれば僕の心をそそるのは女性の美でしょうなと水池は冗談っぽく答え、最初にあなたなんか描いてみたいなと秋子を指していう。
それを聴いた秋子は、とんでもございませんわ、私なんか…と照れ、思わず椎名の方を見てしまう。
調査した結果、水池画伯は横浜のアトリエに一人で住んでいて、婦人はパリ留学中に恋愛結婚したフランス女性ですが、目下胸を患って湘南のセント・ジョセフ病院に入院中ですとの狩谷の報告を聞いた椎名は、大原邸の看護婦と一緒だなと気づく。
は、大原邸はもっと深く探る必要がありますと狩谷もいう。
すると椎名は、大原邸の平面図をその場で描き始める。
間取りと人物関係、行動範囲を洗い直そうと椎名は部下たちに指示する。
画伯の女性関係はどうだ?と椎名が聞くと、かなり荒れていますと狩谷は答え、街や遊びはあるのか?と聞くと、ありますというので、どこだ?と聞くと、それが草薙さんに連れて行っていただいたあの界隈に時々…と狩谷は答える。
小菊を?と椎名からの要請を受けた草薙中佐は一瞬ためらいながらも、ぜひ!と椎名から迫られると、良いだろうと答えながらも、しかし十分気を付けてやれ、なんといっても女だという。
さらに草薙は、椎名、今日チャーチルは、もし日米が戦うことになれば英国は1時間以内に参戦するだろうと宣言したよと教えたので、そうですかと椎名は答えるが、その時ノックが聞こえたので、入れと草薙が応ずると、入ってきたのは磯村だった。
実は日米開戦に備えて、千島の某基地に集結した海軍の大機動部隊は、昨26日の午前6時、某方面に向けてすでに行動を開始しましたと磯村は草薙に報告する。
日米交渉が12月1日までに妥結することはまず求めんだろう、こうなると、あとはいつどういう形で戦争に突入するかだと草薙はいう。
とある料亭に来ていた水池は、女将から小菊が自らアプローチしてきたと知り不思議がっていた。
怪しいもんだと水池はいうので、いえ本当に、でも気ままな子でね〜、気が向かないお座敷は片っ端から断っちゃうんですと女将は答える。
そんな売れっ子がなんでわざわざ自分から俺に?と水池が聞くと、それなんですよ、それが小菊さんらしいところなんですよ、多分、先生の絵によっぽど惚れ込んだんでしょうね、一度で良いからお座敷で会えるようにしてほしいって…と女将は説得する。
なにしろ先生がパリからお帰りになって、初めて開いた展覧会以来のファンだっていいますから…と女将から聞き、相好を崩していた水池の前に、小菊が障子を開けて挨拶してくる。
水池は一眼で小菊を気にいる。
一方、椎名は大原邸の秋子に会いに行く。
秋子は嬉しそうに、お忙しそうで、しばらくお会いできないと思ってましたの、今日はゆっくりなさっていいんでしょう?昌子さんと二人でうんとご馳走して差し上げますわなどと話しかけてくる。
それがゆっくりもできないんですよと椎名が答えると、昌子さんスケッチまだかしら、お客様をお待たせして…いいながらあきこはその場を離れるが、奥野までは看護婦が大原博士の世話をしていた。
大原秀人(清水将夫)は看護婦金井和枝(橘公子)に、君、その花を一度陽に当ててくれたまえと頼んでいた。
看護婦は鉢植えの植物を移動させる途中、大原博士のいる部屋のそばの棚に置いてあった何か装置のようなものをいじっていた。
その看護婦とすれ違うように、その日も訪問客が博士のもとに訪れていた。
秋子が戻ってくると、この間水池さんという方にお目にかかりましたね、あの方が昌子さんの絵の先生ですか?と椎名が聞くと、ええ、香港に行く前にしばらく習ってらしたらしいの、昌子さんのお母様と水池さんがお知り合いなものだから…と秋子は答え、どうぞと椅子を勧める。
じゃあ、時々こちらにも見えるんですねと椎名が聞くと、いいえ、この頃は全然と秋子はいう。
そうですかと椎名がいうと、秋子はお茶を淹れに行き、そこに看護婦が鉢植えの植物を持ってくる。
椎名は、持参したバッグの口から目立つように封筒を覗かせると、さあ、昌子さんの絵でも見てくるかとわざと看護婦に聞かせ部屋を後にする。
すると看護婦は、バッグからのぞいていた封筒に押印された「軍機密」「15部内」の文字に目を止める。
庭先で油絵を描いていた真子は、すみません、お待たせして…、もうすぐ終わりますからと詫びるが、椎名は、お客さんがひっきりなしで、大原博士も大変ですねと語りかける。
ええ、療養してるんだかなんだかわからないみたいと昌子も呆れたようにいう。
その時椎名は、看護婦が自転車でやってきた男に、はい空き箱、最終の配給分も頼んだわねと何かを手渡し、男は毎度どうも…と挨拶して帰って行くところを目撃する。
その配達員風の南文一(木村玄)の自転車の後ろには「南薬局」と書かれた輸送用の箱が積まれていた。
椎名は懐中時計に仕込んだ鏡で太陽光を反射させ、外で見張っていた仲間に尾行を指示する。
部下は直ちに車で南薬局の自転車を尾行する。
その後、「軍機密」と押印された封筒の中に入っていた感光紙を現像した狩谷が、別に異常はありませんと椎名に報告する。
彼女が盗み見てたら、必ず感光しているはずなんだがなと椎名は不思議がる。
見るチャンスがなかったんじゃないでしょうかと狩谷は指摘するが、狩谷、現場探知者の行動範囲を放置者で拡大するよう連絡しろと命じる。
日米交渉は事実上決裂したも同じだった。11月29日、宮中で政府と重臣たちの懇談会が開かれた。私たちが肉薄しようとする敵スパイ組織の暗躍もいよいよ分刻みで激しさを加えていった(と椎名のモノローグ)
「公式会談開催」「我に文書手交」「日米交渉最高潮に達す」「官民一体・時限突破」「責任は米国にあり」「断固たる措置要望」といった見出しが踊る新聞のアップ
とんでもない、ずっと君のことを気にしているから、こうして会ってるんじゃないと、小菊を喫茶店に呼び出した水池画伯はいう。
ではお仕事の方はもう終わったってことですの?と小菊が聞くと、ううん、終わったわけじゃないんだけどね、今日はどこでも君の好きなところへ行こう、どこが良い?と水池は誘う。
すると小菊は、水谷の膝を触りながら、先生のお宅と笑いかけると、うちへ?でもお腹も空いてるしな…、そう、赤坂のホテルで食事でもしようか?と水池は提案する。
しかし小菊が黙ってしまったので、どうしたの?ホテルは嫌?と、小菊の手を握りながら水池はいう。
私、先生のお食事作ってあげたいのと小菊がいうと、僕に?と水池が驚いたので、これでも料理とっても上手なのよと小菊は訴えたので、よし、じゃあ行くかと水池も承知し、小銭を置いて帰ろうとすると、先生、ミックスでよければ少しお分けしますよと店のマスターが声をかける。
本当かい?と水池は喜び、100gばかりですけどというマスターから小さな麻袋のようなものを受け取ると、そいつはすまないね、どうも!と礼を言う。
水池が自分の車に乗り込もうとした時、ねえ先生、今夜お座敷休みますって電話してきますわと小菊がいい出したので、そうと答える。
その様子を近くの喫茶店から監視していた諜報員小川(和田正也)は、あの車を追跡する!と部下に命じる。
小菊からの電話を受けた椎名は、え?奴の家…、そうですか、で、別に変わったことは?と聞くと、コーヒーの豆を袋入りで…、なんだかそいつはちょっと気になるな…、ま、くれぐれも気をつけてください、いいですね?と伝える。
助手席に座った小菊は、コーヒー袋を気にしながらも、水池の方にもたれかかって気を惹く。
その水池の車を追尾する車があった。
練兵隊の訓練場脇で待っていた椎名は、車でやってきた秋子がすみません、お待たせして…と詫びてきたのに対し、電話をどうもありがとう、今日からお勤めだそうですね、どこに決まったんですか?と笑顔で話しかける。
セント・ジョセフ病院ですのと秋子が言うので、ほお、確か水池画伯の奥さんも入院しているところですねと椎名は驚いてみせる。
そうでしたの?と秋子が言うにで、全く世間って狭いんだなと椎名はとぼけると、で、どなたのご紹介で?と聞く。
香港で働いていた時の病院の院長さんにと秋子が言うので、そうですか、今夜はご馳走しますよ、あなたの就職祝いに…と椎名は告げる。
静かですわね〜、やっと東京に帰ってきた気がしますわと、料亭に着いた明子は障子の隙間から外を眺めながら言う。
寒くありませんか?と椎名が聞くと、いいえ、ほんの少しいただいたお酒で、ほらこんなに頬が赤くなって…と秋子は笑う。
もう少し飲みませんか?と勧めるが、私もう結構ですと秋子は断ったので、じゃあ僕もやめておこうと椎名はいう。
あら、お酒お強いんじゃないですか?と明子が言うので、いえ、飲み過ぎると寝込んでしまう方でと椎名が答えると、まあ、と驚く秋子。
大原博士の御容態はいかがですか?と聞くと、ずっとお元気になられたようですわ、お客様が見えられても、かなり長い間お話しなさっているようですからと秋子は答える。
あの看護婦は信頼のおける人物なのかな?と椎名が探りを入れると、あら、でもちゃんとお世話しているようですわと秋子はいい、どうしてそんなことを?と聞き返す。
いや別に…と答えた椎名は、昌子さんの花嫁はきっと可愛いだろうなと話を逸らす。
あなたはご結婚は?と秋子が聞いてきたので、いや、考えてみることはありますがと答えると、そうですわね、こんな世の中になってしまって、ふと一人でいることがたまらなく寂しいと思うこともありますと明子もいう。
僕も仕事でいつも一人で飛び歩いていますが、人間、信頼し合える相手がいることは幸せでしょうねと椎名はいう。
いやあ、我ながら嫌になりますよといいながら席を立つ椎名。
こうしてあなたと2人でいても、頭の中では全く別なことがこびりついている、習性でしょうねと椎名は外を見ながらいう。
あの看護婦は怪しいという考えが離れなくて、いつの間にかあなたからそれを探り出そうとしている…と椎名は思い切って打ち明ける。
どうしてそんなことを突然…と明子が戸惑うと、実は僕は東亜文化研究所のものじゃありません、それ以上詳しいことは言えませんが…と告白する。
そうでしたの…、それで和枝さんのことを…と秋子は納得する。
あの看護婦ばかりじゃない、画家の水池吾郎も調査しています、彼らの背後にはきっと組織が隠されている、今僕は命懸けでそれをたぐっている…と椎名は明かすと、許してくれますかと問いかける。
すると秋子は、そんな大切なこと打ち明けてくだすったんですもの、私嬉しいんですというが、その時部屋の電話が鳴り出す。
椎名だ、わかった、すぐ帰ると電話をした椎名は、休養ができました、重要な連絡が入ったんですと秋子に打ち明け、これが僕の正体ですと明かす。
秋子さん、また会っていただけますか?と椎名が問いかけると、もっと穏やかな世の中でしたらよかったと思います、もうお会いできないかもしれませんねと秋子は答える。
でも香港での約束を叶えてくださって本当にありがとうございますと明子が言うので、明子さんと椎名は呼びかけ、秋子はその胸に抱かれるのだった。
好きなの…と秋子は椎名に縋り付く。
いよいよ先生のおっしゃってらした大東亜共栄圏の実現近しですな、今日の御前会議で日米開戦の日が決まれば、日本は必ず間髪を入れず米英どもに一泡吹かせますと小山田海軍大佐は大原博士に報告していた。
陸軍の仏印進出も着々と進んでおりますし、我が海軍の機動部隊も総力を上げてZ旗の上がるのを今か今かと待ち構えておりますと小山田はいう。
それを聞いていた大原博士は、そうか…、とうとうやるか…とつぶやく。
そんな座敷の様子を見て、女性らしき手が、分厚い本の中をくり抜いて埋め込まれた小型録音テープを回し始める。
口笛を吹きながら横浜の高台の家に戻ってきたスタンリー・レイ(ピーター・ウィリアム)に、スタンリーさん、コーヒーあげましょうかと自宅の窓から声をかけた水池は、本当のコーヒー?と聞いたスタンレーに麻袋を投げて渡す。
窓の中を除いたスタンレーは、オオ!ナイスグッド!サンキューと笑って帰宅する。
屋敷内では水池と小菊がキスをしていた。
先生!と呼びかける小菊を水池はベッドに押し倒す。
何!水池がコーヒーの袋を隣の外人に渡したって?と椎名が部下からの報告を聞いて驚くと、しかも、そのスタンリー・レイという英国人はセント・ジョセフ病院のレントゲン技師ですと部下が言う。
薬局の主人が南文一、喫茶店の主人が南浩二か…と椎名がつぶやくと、兄弟で出身は朝鮮の京城ですと部下が答える。
しばし考えた椎名は、おい、こういう情報ルートはどうだと言い出す。
まず大原邸を訪れた客の話から、看護婦の和枝がなんらかの方法で情報をキャッチする、それを薬の注文に見せかけて薬屋の南に渡す。
南はさらに隣の兄に物干し台を使って渡す。
そいつがコーヒーの袋に化けて水池の手に渡り、レントゲン技師のスタンレーに渡る…と椎名が推理を話すと、そうか、手は混んでいるが、結局はみんなセント・ジョセフ病院につながるんだと狩谷は気づく。
よし!俺は水池の家に急行すると椎名は言い出す。
現在田中と小川が見張を続けていますが?と狩谷がいうと、とにかく小菊さんが危ないんだと椎名は指摘する。
その頃、水池は小菊をモデルにして油絵を描いてたが、急に手を止め作業をやめたので、何?先生…と小菊がきくと、約束なんだよ、あ、いかん、いかん、遅れそうだ…と言いながら水池は慌てて着替え始める。
君、どうする?もし帰るなら送るよと水池は聞くので、私待ってるわ、先生、ご馳走作ってと小菊が言うので、そう、そいつはありがたいと言って小菊の頬にキスした水池は出かける。
家から水池が出たのを、近くのビルの屋上から見つけた監視員は、鏡を使って光を反射させ、仲間に知らせる。
車でそれを確認した仲間は急いで外に出る。
その間、屋敷に残った小菊は室内を物色する。
車に乗り込むと思った水池だったが、気を変えて屋敷に戻ると、物色中の小菊を見つける。
おい!何をしてるんだ?と水池が睨んでいるので、気づいた小菊は逃げ出そうとするがあっさり捕まり、言え!誰に頼まれた?何を探ろうとした!お前は何者なんだ!と銃を突きつけられる。
撃つぞ、殺されても良いのか?と聞く水池に、殺されれば本望よと小てめ句が答えたので、強がりはいうなと言いながら小菊の頬を殴る。
その時、電話がかかってきたので、水池はやむなく電話に出るが、電話の相手は、約束の時間を忘れたんですか?と言ってくる。
その間、小菊は暖炉用の火かき棒を手に取っていた。
忘れ物をして引き返したんだと水池は言い訳をいうが、早くきてくださいと電話相手の女が言うので、片付け物をしてからすぐ行くと答える。
水池が電話を置いたとき、小菊は火かき棒で水池を突こうとするが、水池に押し倒されてしまう。
おの直後、椎名たちが車で到着し、小川と合流する。
屋敷内では銃を持った水池と小菊が揉み合っていた。
発砲音が聞こえ、家から出てきた水池が車に乗り込んだので、椎名は部下たちに追えと指示し、自分は屋敷に踏み込む。
撃たれて倒れていた小菊に駆け寄った椎名は、小菊さん!しっかりするんだと声をかけるが、椎名さん…と答えかけた小菊は生き絶えてしまう。
喫茶店にやってきた水池は、女らしき手からコーヒー袋と髪を他渡されたので、私がこれを例のところへ持っていけばいいんだね、30分以内に…と確認する。
車に乗り込み出発した水池の姿を、喫茶店の扉からのぞいていたのは秋子だった。
水池の車は小川たちの車が尾行していたが、途中で水池は急に咳き込み出し、後部座席に置いたコーヒー袋から何か煙が出ていることに気づいたので、それを捨てようとするが、意識が遠のき、そのまま道路脇に突っ込んで炎上してしまう。
小川と田中は車を止め、救助に駆けつけるが、火の勢いが凄まじく、もはや手遅れだった。
本部でその知らせを受けた椎名は、何!水池が死んだ?と驚く。
報告では運転を誤った事故のようですが、ひょっとして…と狩谷はいう。
一の瀬秋子がスパイなら、なんらかの変化を表すと思ったが、仲間の水池を今殺すとは…と椎名が言うと、奴ら相当焦り始めたようですねと狩谷が指摘する。
狩谷、今し方参謀本部で草薙さんから聞いたんだが、今日の午後の御前会議で、日米開戦の日が決定した、スパイ組織が本国と通信していると思われる暗号電波も急に活発になってきた、在日スパイ網の本拠地を潰さんかぎり、この機密が漏れるのはもはや時間の問題と見なければならんと椎名はいう。
狩谷は地図を持ち出し、電波探知による三点交差法で在日スパイ組織の打電地点はほぼこの辺り、1km四方の中とわかっているのですが、後1回発信があれば電波探知車で精密に割り出せますと進言する。
それが日米開戦に関する最後の極秘情報だったら?と聞き返した椎名は、そのためにも敵の電波発進に頼っちゃおれんと釘をさす。
こうなれば今すぐにでも、一気にセント・ジョセフ病院に乗り込んで徹底的に調べ上げましょうと狩谷はいうが、病院は外人経営だ、確固たる証拠を握るまで捜査するわけにはいかん、もし万一‥と椎名は指摘する。
じゃあこのまま放っておくんですか?と狩谷が聞くので、いや、一の瀬秋子を私がもう一度誘き寄せるか、明子が次の手を仕掛けてくるか…、多分…と椎名は推測する。
磯村大尉に電話が入る、
もしもし磯村ですと電話に出た磯村は、相手が秋子だと知ると、お元気ですか?と話しかけるが、昌子さんが?どこです病院は!横浜の港病院ですね?分かりました、すぐ行きますと慌てた口調で電話を切る。
その直後、磯村は大原秀人博士のお宅に電話を入れる。
電話に出た看護婦の和枝は、お嬢さんはただいまおでかけでございますと答え、すぐに電話を切ってしまう。
その直後、昌子が二階から降りてきて、どなたから?と聞くと、いえ、ちょっと…と和枝はごまかす。
横浜の遊園地前にある港病院の前で待っていた男は、車で磯村が到着すると、磯村さんですねと声をかけてくる。
どこです、昌子さんの病室は?と磯村が聞くと、それが、ここでは十分な手術ができないと言われてセント・ジョセフ病院の方へと男はいう。
セント・ジョセフ?と磯村は聞き返すと、ご案内しますと男はいう。
磯村はタバコを取り出し火をつけると、病院の看板に印をつけてから、車に乗り込む。
大原邸を椎名が訪ねると、椎名さん、ちょうどよかった!今あなたに…と昌子が声をかけて来たので、どうしたんですと聞くと、磯村さんがいなくなったんですと告げる。
いなくなった?と椎名が聞くと、今、軍令部から電話があって、私が大怪我したから、横浜の港病院にすぐ来るようにって呼び出されたんですってと伝える。
そうか、磯村が…と椎名が呟いたので、椎名さん、どうかしたんですか?と昌子は聞く。
昌子さん、彼は本当は海軍の情報将校として軍令部にいたんです、軍の機密を探り出そうとする敵スパイの手にかかったんですと椎名は打ち明けたので、昌子は磯村さんが!と仰天する。
それに、彼を誘拐する手引きをしたのは間違いなく一の瀬秋子ですと椎名は告げる。
そんな…、そんな…、秋子お姉様ではありませんと昌子は信じようとしなかったが、彼女がスパイの一味であることは事実ですと椎名は言い聞かせる。
今日私が伺ったのは、あなたにあの人を呼び出してもらおうとしたからですと椎名が打ち明けると、嘘よ!お姉様は絶対そのような人ではありません!と雅子は否定するが、その様子を窓から密かにのぞいていたのは看護婦の和枝だった。
和枝は、大原博士の部屋のそばに置いてあった診察鞄に見せかけた装置の線を抜くと、急いでそれを持って別室に行き、分厚い本の中に潜ませていた小型録音装置をその中に入れ、逃げ出すとする。
昌子さん、看護婦の和枝は?と玄関前で椎名が聞くと、お部屋にいると思いますと雅子がいうので、失礼!と断って自宅の中に駆け込んでいく。
別室で、中がくり抜かれた書籍を発見した椎名は、昌子さん、磯村に危険が迫っていますと告げると、とにかくあなたは、連絡があるまで家を出ないでくださいと指示する。
そこに部下がやってきて、椎名さん、裏口から逃げた看護婦を小川に追跡させましたと報告したので、良し!軍令部に緊急連絡だ!と椎名は命じる。
セント・ジョセフ病院に連れて来た男は、磯村をエレベーターの案内する。
エレベータの中にはストレッチャーの上でシーツに覆われた患者が乗っていたが、エレベーターが動き出すと、その下に隠れていた敵が突然磯村に背後から襲いかかってくる。
地下でエレベーターが開くと、ストレッチャーに乗せられていたのは気絶した磯村だったが、乗り込む利用者は異変に気づかなかった。
港病院前の公園で様子を見ていた秋子は、車が投薬したのでその場を去る。
車から降り立ったのは椎名で、一旦病院の中に入るが、磯村がいないことがわかると玄関口に出て、病院の看板にタバコの煤で描いた十字架の印を発見する。
看板の下にはまだ真新しいタバコが落ちていたので、十字?連れ去られた先は…と椎名は謎を解き始める。
車に乗り込もうとすうると、女の子が、おじちゃん、これ!と言いながら紙片を渡しにくる。
そこには「病院裏の水門でお待ちします 秋子」と書かれていた。
椎名はその紙片を握りつぶす。
車で水門に向かった椎名は、先に車で乗り付けていた秋子と対面する。
やっぱり来て下すったのねと話し出す秋子に、磯村をどうした?と距離を空けて対峙した椎名が問いただす。
そしてゆっくり明子の方に歩き始めた椎名だったが、その姿を狙う照準があった。
私の車にお乗りになりませんか?磯村大尉に会えるわと秋子は誘うが、日本人でありながら、なぜ敵に機密を売る?と椎名は問いかける。
すると秋子は、わたしは日本人じゃありまん、あなたに愛する祖国があるように、私にも祖国があるのですと秋子はいう。
こうするより仕方なかった…、でも椎名さんのことは忘れない、これ以上、私のことを追いかけないでくださいと秋子は続け、じゃあと言いながら片手を差し出してくる。
椎名も片手を出し握手をすると、行きたまえと告げる。
しかし秋子は手を離そうとせず、首を横にフル。
さようならと椎名がいって自分から手を外すと、明子もさようならといい、自分の車に乗り込み、去って行く。
そして車の窓から白いハンケチを出して合図をする。
異変を察知した椎名は、間一髪狙撃を交わし、その場に倒れ込むと銃を取り出し、狙撃手を狙い撃つ。
水門の影に隠れていた狙撃手はその場から逃げ去る。
その頃、すでに「開戦」の命令を受けた機動部隊は、ハワイ真珠湾を目指し、北緯40度、西経175度の付近を航行していた(と椎名のモノローグ)
倉庫内の本部に駆けつけた小川は、外人登録の写真をもらって来ました、それと病院関係者から…と刈谷に報告する。
そこに椎名から電話が入ったので、今、病院関係の写真が手に入りましたと報告する。
横浜の交番から電話をしていた椎名は、良し、それを持って京浜国道を突っ走れ、E地点で合流すると指示すると、巡査にお邪魔しましたと礼を言い、車に乗り込む。
E地点で2台の車が合流し、椎名に写真を渡した刈谷は、これは小菊さんが水池の家で、アルバムの中から発見した医局の連中のスナップ写真ですと伝える。
外人登録写真と照合しましたが、全員間違いありませんという。
これがレントゲン技師のスタンレーだな?と一枚の写真を指して椎名が聞き、そうですと狩谷が答える。
確かにスタンレーは医局のスナップ写真にも写っていた。
しかし、そのスナップ写真の物陰には、椎名が香港で拷問を受けたジョセフ・ケントの横顔が映っていたので、おかしいぞと気づいた椎名は、部下に拡大装置の準備を命じる。
部下は車に積んでいた装置を組み立て、椎名はスナップ写真の暗がり部分を鋏で切り取ると、その部分を拡大させる。
外人ですねと部下が言うので、この男は誰だと椎名は聞く。
さあ、外来の患者だと思いますが、外人登録写真はありません…などと刈谷は自信なさげに応える。
そうか、この男は香港で私を自白させようとしたP機関の者だ!と椎名は思い出す。
この男がセント・ジョセフにいる…と気づいた椎名は、磯村も自白を強要させる恐れがあると直感する。
良し、病院へ直行だ、憲兵隊へ連絡しろと命じる。
病院では、秋子が自白剤の注射の準備をしている間、スタンレーは報告書ができたかと誰かからか聞いていた。
捕まって床に転がされていた磯村の前に来た秋子は、このアビタールは香港で椎名次郎に使ったものよりずっと強力よと嘯く。
椎名次郎は陸軍中野学校の出身でしょう?雲一号指令、竜三号指令全て彼の成果ね、最近では情報機関のキャッツアイが彼の餌食になってるわ、今度は彼が私たち組織の餌食になるのよと言いながら注射の準備を進める。
そんな明子に、早くしなさいと別室から声をかけていたのはケントだった。
秋子は躊躇わずに磯村の腕に注射する。
間もなく薬が効き始めるわ、あなたは自分の意思と関係なく、機密情報を喋るのよと秋子は告げる。
それをアメリカに報告する、日本はもう手も足も出せなくなるわと秋子はほくそ笑む。
そうすれば私たちの祖国は、日本の植民地圧政から解放される、自由になるのよと伝える。
車でセント・ジョセフ病院に急ぐ椎名。
ベッドに寝られた磯村に、磯村さん、日本海軍の機動部隊は今どこにいますか?どこかに集まっているのですね?それはどこですか?とケントが問いかける。
すると磯村は、千島単冠湾…と答えたので、今もいますか?とケントが問いかけると、今は北東太平洋東進中と磯村は自白する。
どこ?どこへ行くんですか?とケントが聞くと、ハワイ、真珠湾…と磯村は答えてしまう。
いつ?何時?とケントが聞くと、12月8日と言うので、ケントは驚くが、磯村、それは本当だな?と再確認する。
すると磯村が告りと頷いたので、オーケー!この情報は間違いない、秋子!すぐ暗号だと命じ、無線したら引き上げようとしじする。
そんな病院に駆け込んできたのが看護婦の和枝で、ジョセフ、スタンレー!大変だ!と言う英語の呼び声が響く。
南兄弟らが和枝を部屋に連れて来たので、どうしました?とケントが聞くと、後をつけて来た男に発砲して逃げて来たんです、日本の情報機関はきっとここへ来ます、早く本国へ連絡してください!と和枝は訴える。
ケントは、この男を外に出せと命じ、南の兄の浩二(久米明)らが磯村の体を運び出して行く。
夜、椎名らの車と憲兵隊がセント・ジョセフ病院に到着する。
地下では、秋子らが本国に暗号通信を打っていた。
スタンレー、コールサインを送れとケントが命じる。
今、コールサインと思われるかなり強い電波をこの方向からキャッチしましたと、車から降りた椎名は部下から聞く。
よし、きっとこの病院だ、とにかく病院のメインスイッチを切ってもらうよう連絡しろと椎名は命じる。
さらに椎名は刈谷を呼び、病院内をくまなく調べろと指示する。
刈谷は憲兵隊に、只今より病院内を探しますと報告し、憲兵隊も協力する。
地下では、秋子、本国が出ている、早く!とケントが打電を急がせる。
スタンレーから渡された暗号文を、待て、間違いないか?とチェックするケント。
そんな病院内に、憲兵隊と情報部がなだれ込んでくる。
電源室に来た情報部員は、事情は後で話す、スイッチを切ってくれと係員に頼む。
スイッチ?そんなことはできません、今は患者の手術中です、後一時間は無理ですねと係員は断る。
椎名さん、ダメです!急患の手術中で電源は切れないそうです、どうします?と部下が報告に来る。
考えた椎名は妨害電波を流すんだ、車の充電器でスパークさせろと命じる。
わかりました、しかし妨害可能時間は10分ですと部下は言う。
10分か、良し急げ!と椎名は命じる。
部下たちが妨害電波を出し始める。
地下では、よしやれ!とケントがスタンレーに命じていた。
しかしスタンレーは、変だ、電波の状態が急に悪くなったと不思議がる。
何だって?とケントが聞き、どうする?待つか?とスタンレーは聞く。
ケントは、打て!打つんだと強行する。
椎名も病院内に立ち入り、部下と共に非常口から裏通路に入り込む。
地下ではケントがスタンレーに、打て!もう一度!何度でも繰り返して打つんだ!と焦っていた。
椎名は刈谷と合流するが、異常ありませんいう、腕時計で時間を確認した椎名は、午後11時5分と知ると時間がない、急げと命じる。
充電器をスパークさせていた妨害工作も後4分に迫っていた。
レントゲン室内の暗室も刈谷が調べるが異常はなかった。
しかし一番最後にその部屋を出かけた椎名は、自分の指が汚れていることに気づいたので、先に出ていた狩谷たちを呼び戻す。
椎名と刈谷は、暗室の一隅に秘密の通路を発見する。
椎名は部下の林に待機するよう命じ、自分と刈谷で下に降りてみる。
その直後、敵が発砲して来たので、身をひそめる椎名と狩谷。
ケントは、早く送れ!とスタンレーに命じながら、応戦を始める。
ジョセフ・ケント以下7名、スパイ行為で逮捕する!抵抗するな!と椎名が奥に呼びかけるが、銃撃は止まない。
ケントも撃ってきて、椎名の部下たちは撃たれる。
管の一部から蒸気が噴き出した中、椎名はケントに飛び掛かる。
妨害電波班は、もう時間がありません!と叫ぶ。
左目を負傷した件とハムデン室に戻り、スタンレー早く打てと命じる。
その時、椎名が無線室に近づき、自分に気づいて発砲しようとしたスタンレーを撃つ。
さらにドアから自分を狙う銃口に気付き、椎名は踏み込むと、ケントを射殺する。
無線室に入った椎名は、そこに残って無電を打ちかけていた秋子を発見する。
秋子は銃を取り出そうとしたので発砲する。
最後の力を振り絞って、秋子は机の引き出しに入っていた手榴弾を握ると、ピンを口で抜いて、机に先端をぶつける。
椎名は冷静に射殺するが、手榴弾は床に転がる。
椎名は気を失っていた磯村の体を抱え、必死に無線室を脱出する。
その瞬間、無線室は爆発崩壊する。
12月8日午後1時、本国に最後通牒を打電しようと努力したP機関は全員死亡したため、その任務は挫折した(と椎名のモノローグ)
明子の遺体の目からは涙が流れていた。
大本営陸海軍発表!8日午前6時、帝国の陸海軍は本日未明、西太平洋において米英と戦争状態に入れり
真珠湾攻撃の映像
その日、私は小山田海軍大佐の訪問を受けた。(と椎名のモノローグ)
草彅中佐の部屋に小山田が持参したのは磯村からの遺書だった。
磯村は自決した…と小山田はいう。
例え結果はどうであれ、敵スパイに自白を強いられたとあっては帝国海軍軍人として許されん!と小山田はいう。
わかりましたと答えた椎名だったが、しかしあなたは大原博士邸で敵側に機密情報を盗聴されていた事実を…と言い返すと、何!貴様らに答える必要はないと小山田は怒鳴りつけ、そそくさと帰って行く。
軍人に不可抗力という弁解は認められん、彼も今朝、前線に転属命令を受けたと草薙が教える。
大本営陸海軍発表!8日5時20分、我が軍は陸海緊密なる共同の上に、本8日早朝、マレー半島方面への奇襲上陸作戦を敢行し、着々戦果を拡張中なり、以上!という放送が聞こえてくる。
これからの日本がたどる道は険しいと草薙がいう。
椎名、俺たちも中野学校の道をどう切り開いていくか、よく考えてみようじゃないかと草薙はいう。
12月8日の開戦によって、日本はシナ大陸からさらに遠く、太平洋へ、そして東南アジア諸地域へと拡大された戦役に、米英の敵として、その歴史の運命を担ったのである、私の次の任務は…、それは髪足らぬ私たちに走る由もなかった…(と椎名のモノローグ)
部屋から退出する草薙の跡を追い、椎名も部屋を後にする。
正午間近を指す柱時計の振り子のアップ
完
0コメント