「お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷」

名探偵「金田一耕助」シリーズと並ぶ横溝正史原作の人気捕物帳の映画化第一作 出だしから怪奇趣味満載で、いかにも横溝捕物帳らしい。

 中村錦之助さん主演で、本作でも弟の中村賀津雄さんが出ている。

 本作は元々役者崩れの遊び人だった文七が岡っ引きになる最初のエピソードになっている。

 戦前から活躍する往年の二枚目俳優岡譲司さんが出ているのが珍しい。

 戦後、1950年代の前半くらいまでは、明智小五郎や横溝原作の金田一耕助や由利先生といった名探偵役などをやっていたが、流石に50年代後半くらいからは、子供向け映画などへの出演が増えたように感じる。 片岡千恵蔵御大も大岡越前役で登場しており、お白州のシーンもある。 

この当時のミステリ系のものにありがちな変装要素があり、主人公が色々なキャラクターに変身する楽しみが加わっている。 

ただし、文七捕物帳という割に、最後の謎解きは大岡越前の独壇場になっており、脚色の比佐芳武の面目躍如というか、片岡千恵蔵主演の「金田一耕助」や「多羅尾伴内」の謎解きのように、古めかしく難解な言い回しプラス御大の癖の強い台詞回しも相待って、やや聞きづらい謎解きになっているようにも感じる。

 単なる役者崩れの町人である文七が、クライマックスで侍や無頼の徒連中を1人で斬りまくるというのも、いくら日頃剣の稽古を積んでいるとは言っても、かなり無理がある見せ場のようにも感じるし、捕手たちの到着があまりにも遅いのも気にならないではない。

 とはいえ、娯楽時代劇としてはまずまず楽しめる出来になっているとは思う。 

【以下、ストーリー】

1959年、東映、横溝正史原作、比佐芳武脚色、沢島忠監督作品 

夜 掛川藩上屋敷 勝田藩上屋敷から出てきた中間松助(津村礼司)が拍子木を叩きながら、夜回りを始めた直後、角を曲がったところで、黒覆面の一味に遭遇し仰天する。

 慌てて逃げ出そうとした松助を背後から捕まえた首領らしき男が、当身を食らわせて気絶させた後、片付けろと仲間に命じる。

 屋敷の中では、行燈片手に見回りをしていた宿直(とのい)の腰元弥生(月笛好子)が、障子に映る歌舞伎の連獅子の髪や衣装のような物を振り回す、怪しげな影を見る。 

その部屋の側まで近づき、姫様、いかがなさいました?輝姫様?と弥生が声をかけ、返事がないので、障子を開け、中を見ると、布団の上で突っ伏している輝姫(雪代敬子)を発見したので、慌てて、姫様!と呼びかけながら、弥生が部屋の中に入ると、そこには青い顔に銀色の隈取、黒い長髪で蜘蛛の巣模様の入った衣装を着た怪人が潜んでいたので弥生は怯えて部屋を逃げ出すと、そこにも青い顔に銀色の隈取をして、白い衣装を着た怪人が複数出現したので弥生は悲鳴を上げながら庭先へと逃げる。

外へ逃げ出した弥生は、そこで控えていた黒装束の一段に遭遇するが、逃げると後を追いかけられ、中間と同じく、当身をくらわされて気絶する。 

その頃、寝所の布団の上に突っ伏していた輝姫は目を開けていた。

 運べ!と当身を喰らわした黒頭巾が命じ、仲間たちが腰元に近づいた時、ちょっと待っておくんなせい!と声をかけて来た町人がいたので、何奴だ?と賊の一人が誰何すると、見てくれ通り、しがない遊び人だよとその町人は言いながら、賊に囲まれたことにも動じず、誰何した黒頭巾に近づいてくる。

その遊び人が拙者どもに何の用事だ?と言いながら黒頭巾は腰の刀に手をかける。 他じゃねえんだ、何か良くないこと見たらしいな?落とし前をつけてもらいたいんだよとその町人はいう。

落とし前だと?と黒頭巾が聞き返すと、町人は笑ったので、口封じに金が欲しいと申すのじゃな?ともう一人の首領らしき黒装束の賊が聞く。

無理にとは言わねえや、実はね、近所に薬代にも困っている親子がいるんでね、助けてやりたいと思ってさと町人はいう。

 遣わそうと首領風の黒頭巾がいうので、ありがてえ、話は早いやと町人が喜ぶと、首領風の黒頭巾は新谷!と呼びかけ、呼ばれた黒頭巾が懐から巾着袋を取り出したので、町人が近づくと、いきなり首領風の黒頭巾が斬り掛かって来たので、思わず背後に飛び下がった町人は、馬鹿野郎!くれるっていうのは名前だけか?多分こんなこったろうと思ったよというので、足は全員刀を抜くが、それを見た超人は、笑わしちゃいけねえよ、こう見えてもな、おい!こう見えてもな、真柄道場の暴れ者だよ!と超人は自分の左手を叩いて言い放つ。

 賊たち相手に果敢と立ち向かった町人だったが、後ずさっているうちに地面で気絶していた腰元弥生に躓き転んでしまう。

体勢を崩した町人は何とか立ち上がり、賊から距離を置くが、左手から出血していた。 覚えてやがれ!と言い残し、町人はその場から逃げる。

 賊は後を追おうとするが、首領がならん!と制する。 左腕を斬られ逃げていた町人は、何だ、文七じゃねえかと語りかけてきた岡っ引のだるまの金兵衛(沢村宗之助)とばったり出会う。

 金兵衛親分!と喜んだ文七(中村錦之助)だったが、どうしたんだ、血が流れているぜ、また、おめえ、喧嘩したな?と金兵衛が言うので、へい、相手は御用の筋ですよと答える。

 御用筋だ?と金兵衛が聞くので、へい、名奉行大岡様のご威厳も夕方の飯村長屋には届いちゃいませんぜ、今し方に、黒覆面の12〜3人の侍がね、腰元風の女を…と文七は説明するが、どうしたんだよ!と金兵衛は急かす。 文七が行ってごらんなさい、西念寺に近くだと教えると、金兵衛と子分二人は走り出す。

 文七は畜生と言い捨てて、逆方向へ逃げる。

 翌朝、長屋の井戸端にやってきたお半(桜町弘子)が、三ちゃん!と声をかけると、ああ半さん…と答えた三吉(加藤武彦)に元気がないので、どうしたの?朝からしけた顔して…と聞くと、昨夜文七兄貴が大怪我したんだと言うので、大怪我を!とお半は驚く。 

うん、今年は兄貴は年周りが悪いね、そろそろ上野の花も咲こうって言うのによ、行ってらっしゃいよと三吉は文七の部屋の方を指して勧める。

 文七の部屋に入ったお半は、部屋で一人左手に包帯を巻いている文七の姿を見つけたので、本当だ、どうしたの?と聞く。

 文七はブスッと、手を貸しなと言うので、しようがないね〜と言いながら、お半は勝手に上がり込んで、巻いてくれと頼む分七に、そんなに酷いの?と聞く。 

何、大したことはねえんだが、ちょっと曰くがあるんだよと文七は不機嫌そうに答える。

 詳しく聞こうとしたお半だったが、良いから巻けよと文七が急かすので、乱暴に巻くと、痛えな〜と文七は文句を言う。

 やがて、お半の頭部に注目し、すげえ簪してやがんな〜、どう安く踏んだって1両はするな〜と感心したので、あら、ピタリよ!それほど頭の働くお前さんがさ、どうして勝負感だけ鈍いんだろとお半がからかったので、何を!と文七は気色ばむ。

 昨夜仁平さんの賭場で負けたお金が二両とちょっと…、夜更けにはオケラになって…とお半が見て来たように言うので、おいおい、よく知ってるじゃないかと文七は驚く。 

さっきね、神谷一家の勘次さんに会ったのと言いながら、お半は右手を支える三角巾のような手当てを続けたので、チェッ、野郎、つまんねえ事しゃべりやがって…と文七は吐き捨てる。 

これで良い?と聞いたお半は、さ、行きましょうと右腕を引っ張るので、どこへ行くんだよ?と文七が聞くと、決まってるじゃない、山村だよとお半は答える。

 評判の弥生狂言も後三日、お前さんのお父っつあんや兄さんの芝居を見るの、今日あたりが頃合いじゃないとお半はいう。 しかし文七は手を振り払い、嫌だよ!と拒否する。

 ふん!俺は役者が嫌えでグレた男だよ、今さや親父や兄貴の芝居なんて見たかないよと言いながら、立ち上がった文七は、行くんなら、一人で行ってこいよと言うので、一人じゃ…とお半がためらうと、あ、そうだ、三公誘ってやろう、あいつ喜ぶぜと文七は思いつく。 

そして外へ向かい、おい三公!お半さんがね、芝居行こうって言ってるよ!三公!と呼びかけながら玄関まで行ったので、又、仁平さんのところで博打でしょう?とお半は言い当てる。

 ビタ一文出す博打なんかできるかい、ちょいと寄り道してな、それから真柄先生の道場さと文七が言うので、それならこれ持っておいきよとお半は財布を投げ渡すが、一旦手に取ってにやけた文七だったが、大事に使え!と言いながら、投げ返してしまう。 

さっさと出かけた文七に、意地悪!と悔しがるお半。

 外に出た文七は、井戸端で野菜を洗っていた三吉に、お半さんがな一緒に芝居に行こうって、行ってこいと声をかける。

 三吉は、ありがてえ、本当!と喜ぶので、そのまま文七は出かけていくが、とある部屋の前で立ち止まると、ヒデ坊!と呼びかける。 

母親お倉(赤木春恵)の看病をしていた秀太郎(中村米吉)がはい!と返事をし、部屋から出てきて、腕を吊っている文七を見ると、あ、おじちゃん、どうしたの?と聞いてくる。 

これは何でもねえんだと答えた文七は、お母さんは?と聞く。

 寝てるよと秀太郎が答えたので、昨日約束した薬代な、あれ、都合がつかなかったんだよ、勘弁してくれよな、その代わり、今日はきっと持って帰るぜ、な、安心して待ってろよと文七は約束する。 行ってらっしゃいと手を振る秀太郎を後に、文七は元気に駆け出してゆく。

中村歌六邸 流石に今流行りの播磨屋親子だね、評判に驕らず、次の芝居の稽古に励むとは…、ほんに見上げた心がけじゃないか…と、家の前に屯していた野次馬の中の女性がいう。

 座敷では、中村歌六(中村時蔵)指導の中、中村秀歌(中村芝雀)が踊りの稽古を続けていた。

 台所にいたおとよ(花園ひろみ)は、勝手口の方を見て、あら、若旦那!と喜びながら近寄る。 

若旦那はやめてくれ、バカ旦那だよと言いながら家に入ってきた文七に、どうなすったんです、そのお怪我?とおとよが聞く。

 昨夜飯裏で12〜3人の侍の相手してこの始末だ…と文七は明かすと、どうしてまたそんな…と、おとよは案ずる。 バカな話さと言いながら、人目を気にした文七は、実はな、困ったことができちまったんだよと打ち明ける。

 座敷では歌六が、この子も茶碗は播磨屋の家の大事な狂言だから、お前さん、よく覚えないといけませんよと指導していた。 車に乗せたら、えんやらさ〜♩と秀歌は踊り出す。 

台所では、金落としちゃったんだよと伝七はおとよに嘘を言っていた。 自分の中ばかりでなく、その時人から預かっていた金まで…というと、わかりました、ちょっと待ってくださいねと言ったおとよは、奥の部屋に向かい、自分の金5両を持って戻ってくるが、その姿を目撃した歌六が様子を観にくる。 

どうぞご遠慮なくお使いくださいませと申し出たおとよに、すまねえ、4〜5日したらきっと返しにくるぜと感謝して推しいただいた文七だったが、その心配に入りません、ご自分のものだと思し召し…とおとよが言うので、そうはいかねえよと文七は答える。

 あの…、それよりも…とおとよが言いにくそうに言うので、何だい?と聞くと、大旦那様はじめ、皆様がお案じのことお忘れなく…と言うので、わかってる、借りてくぜ!と立ち上がりかけた文七だったが、文七!と言うことが響いたので驚いて振り向く。 

お父っつぁん…と文七がいうと、お父っつぁんじゃない、あれだけ言ってきかしたのに、なぜここの敷居を跨いだ?と叱る歌六は、あの時私は、役者の性根を取り戻すまでは出入りは許さないと言ったはずだと言う。 

すみません…と詫びる文七に、お帰り…、早く帰れ!と叱る歌六に、ヘイと答え、帰ってゆく文七だったが、それを見送る歌六は、使用のないやつだと言いながら腕組みすると、おとよ、奥へ行きなさいと声をかける。

 奥でおとよと対座した歌六は、酷い怪我をしていたようだがどうした訳だ?と聞くので、よく存じませんけど、昨夜飯裏で、12〜3人のお侍と…とおとよが答えると、あ、喧嘩をしたんだな…と歌六は気づく。 アホな奴じゃなぁ〜、親の苦労も知らないで…、ええい、泣き言はいうまい、さ、これを取っておおきと言いながら、歌六は、自分の財布から小判を取り出しておとよに渡す。

何でございます?とおとよが聞くと、お小遣いだよと歌六は言う。 

そんな!とおとよは恐縮するが、まあ取っておきなさい、お前には損はさせられない、文七は私の子だ…と歌六は言う。 

その頃、左手の先に被せていた包帯を取った文七に、文七!と呼びかけてきたのは秀歌だった。 兄さん!と驚く文七は、咄嗟に逃げ出したので、文七!待たれい!と秀歌は呼びかけるが、それ以上後追いはできなかった。 

文七がやってきたのは真柄道場だったが、文七がその中に入るのを、深編笠の侍が確認する。

 おう文七!と気づいた真柄十太夫(香川良介)に、おはようございますと挨拶した文七だったが、その傷はどうした?また喧嘩か?と聞いてきたので、大した傷じゃございませんと嘘をつく。

 困った男じゃの〜、剣は身を守るために学ぶのじゃぞと真柄は諭す。 

よく存じておりますと文七は頭を下げるが、その方が不覚を取るほどなら、相手もなかなか手つきじゃのと真柄が見抜いたので、数で来られちゃったもんですからねと文七は言い訳し、池田大助さんきておられますかと聞く。 

そこに、よう文七、昨夜のことは金兵衛から聞いたよと言いながらやってきたのが池田大助(中村賀津雄)だった。

 こいつは好都合だと言った文七は、ちょっとこちらへと奥に行ったので、池田は真柄にご指南くださいと言い、真柄も心得たと言って道場へ向かう。 

池田と対座した文七は、それで金兵衛さんはなんと?と聞くと、そのことだが、今朝方奉行所にまいった話では、お主の言うような痕跡はあの界隈ではどこにもなかったと言うことだと池田が言うので、そんなはずはありませんよ、確かに西念寺の近くで…と文七が驚くと、しかし他に目撃したものもなく、付近の大名屋敷や旗本屋敷からも届けがない、それでおそらく文七の狂言であろうと…と池田はいう。

 何だ!狂言だ?と文七が気色ばむと、笑った池田は、拙者が申すのではない、金兵衛の意見だと言う。 大助さん、あっしはこうして怪我までしてるんですぜ、新谷という侍と、その某組のために…と文七が明かすと、何?新谷?と池田が驚いたので、ええ、頭みたいな奴が一人をそう呼んでましたよと文七は教える。 

するとお主は女を助けるためにその連中と争ったのだな?と池田が確認すると、いやあの…と文七が言葉に詰まったので、じゃあ何のために争ったんだと池田が聞くと、訳は聞かねえでおくんさいと文七は恐縮する。 

すると池田は剣を持って立ち上がり、分かった、この話は打ち切りにしようと言い、立ち去ろうとしたので、ちょっと待っておくんなさい、それじゃ、どうしてもこの話を間に受けてくださらないんですか?と文七が問いかけると、今のところはな、また証拠が上がれば別だと池田は答えたので、ふ〜ん、分かりやした、それじゃあ、あっしが証拠を掴んでご覧に入れましょうとと文七は真顔で答える。

 何?お主が証拠を?と池田は驚くが、へえ、証拠を上げたその時は、おいらは金兵衛さんやお前さんだけではなく、親玉の大岡様にも文句がござんすからね、覚悟していておくんなさいよと文七は池田に笑いかける。

江戸城内では、大岡越前守様、御出仕〜!との声が響いていた。 

その越前守と対座した水野和泉守(山形勲)は、そなた、余の嫡男忠恒が勝田駿河守の娘輝姫と縁組のこと、承知であろうの?と聞く。

 越前守が、承っておりますと会釈をすると、さればこれを見いと、和泉守が取り出した書状を読ませる。

この投げ文は今早朝、余の屋敷内に落ちていたのだという。 

そこには「勝田家の輝姫を身分癒やしき者のために操を奪われし 右念の為 土蜘蛛」と書かれてあり、それを読んだ越前守に、存念を聴きたい、憚りなく申せと和泉守は言う。 

越前守は、さればではござりまする、これは取るに足らぬ悪戯かと思われますと答える。 

悪戯じゃと?と和泉守が問うと、貴方様は今をときめく御老中筆頭、奥州棚倉八万石の勝田家がそれと結ばれるとなれば、快く思われぬものも数多くござりましょう…と越前守は指摘する。

 おそらくこれはその表れの一つかと…と越前守はいうが、余は初めはそう思うた、なれども程なく、駿河守から破談の申し入れがあったのじゃと和泉守は打ち明ける。 

破談の申し入れ…と越前守も驚いたようだった。 仔細を問えば、輝姫の一身上の都合と…、忠恒が立ってと望むゆえ、再考を促し一応引き取らせたが、越前、そなたその土蜘蛛の署名について何か思い当たる節はないかと和泉守は聞く。 

そう言われた越前守は、あ、そう言われれば十数年前、奥州棚倉において土蜘蛛党の騒動が…思い出したので、それじゃ!余はふとそのことを…と和泉守は指摘する。 

すると貴方様は、土蜘蛛党の残党が報復のため輝姫様を?と越前守は確認する。

 まさかとは存ずるが、もし事実なれば御上の御威光にも関わることじゃ、よってそなた極秘のうちに…と和泉守が依頼した内容を、帰宅した越前守は、真相を確かめよとの御下命であったと、池田大助と石子伴作(片岡栄二郎)に打ち明ける。

 そこで早速、当時の記録帳を調べてみたところ、土蜘蛛党の騒動は、勝田家の先祖が晩秋からお国替えになった翌年、年貢のことがそもそもの発端であった、騒動はほぼ十日あまり、財前以下十三名のものが、磔の刑に処せられたとあるが、その他の司祭が明らかでないと越前守は言う。

 そこでその方、直ちに棚倉に参ってくれと越前守は池田に命じ、ハッと答え、池田が退室すると、勝田家の江戸屋敷は確か麻布の飯村だったなと越前守から聞かれた石子は、さようでございますと答える。 付近の屋敷は?と問われた石子は、東には備前中津の奥平様、西隣には遠州掛川の星奈様でございますと答える。

掛川藩上屋敷から出てきた内藤監物(薄田研二)は、ごめんなさって、手前は宇田川町の伝兵衛長屋に住む文七というもので…と、近づいてきた男から声をかけられたので立ち止まる。

 聞くところによりますと、こちらのお殿様はご不在だそうで?と聞くと、いかにももっか御国替えじゃとお供の侍が答える。 さようでございますか、するってえと、腰元衆も御一緒にお国元に?と文七が尋ねたので、何故さようなことを尋ねる!とお供の侍が気色ばんだので、いや、別に仔細はございませんがね、もしや腰元衆の中に昨夜行方知れずになった御方がいやあしねえかとね…と文七は答える。

 行方知らずじゃと?とお供の侍が聞き返し、無礼者!良くもぬけぬけと演技でもないことを!ともう一人のお付きの侍が文句を言って来るが、内藤がまあ待て、何かの間違いだろうと制すると、これ町人、大名屋敷でものを尋ねる時は裏手に回ることだ、さもないと、思わぬお仕置きを受けるぞと言い残し文七の前から立ち去ってゆく。

 なるほど視聴には裏手に回れか…、違いねえや…と文七は納得し、裏手に回る。 そんな文七の様子を、真柄道場前で観察していた深編笠の侍がまた見ていた。

上屋敷の裏手に回った文七は、通用口から水を撒きに出てきた中間から、何か用かい?と聞かれたので、ここは勝田様のお屋敷で?と質問する。 

そうだよと中間が言うので、それじゃもしや、腰元の中で昨夜行方知れずになった方が…と聞くと、突然、止めろ!と怒鳴られる。

 碌でもねえ言いがかりをつけやがるとただじゃ済まさねえぜ!と中間が脅してきたので、それじゃ別に変わったことは?と聞くと、あるはずがねえやなと答えた中間は、なんなら俺が連れてってやるから御用人様に聞いてみろと腕を掴もうとするので、それには及びませんよと断り、ごめんなすってと頭を下げ、文七は急いで逃げ帰る。 

そこに帰ってきた別の中間が、誰だね?と去って行った文七の方を指して聞くので、瘋癲だよと中間が答えると、え?瘋癲?と聞いた中間は驚く。 

しかし瘋癲と答えた中間は、何かを思い出したらしく、屋敷に駆け込むと、御用人様!と呼びかける。

 何事じゃと言う御用人に中間が何事か耳打ちすると、それは一大事じゃと言い、御用人はその場から離れる。 

篠の井(松浦築枝)の部屋に来た御用人は、腰元弥生の件でございますが、ただいま裏門に参った町人が中元の喜八に、夕べ行方知れずになった腰元はなかったかと…と報告する。 

その者の身元は?と篠の井が聞くと、不明でござりますると御用人は答えたので、松助のことはどうでした?松助が見回りの途中から姿を消したことを、その者は知っていましたか?と問うが、その儀につきましては何も…と御用人は答えるしかなかった。

 ではやはり、弥生と松助は別々に姿を隠したと思われるが、いずれにしても時が時です、よからぬ噂が世情に伝われば、鶴姫様御縁組みの成り行きは一層悪くなりましょう、今後、誰が何を申して参ろうと…と、篠の井が話していたその時、え〜い、どうした!と言う怒鳴り声が別室から聞こえてくる。 

その方如きがとやかく言う筋合いではない!と輝姫を叱りつけていたのは、輝姫の兄勝田駿河守(中村歌昇)だった。

 隣の部屋では、兄が激昂する姿に振姫(横田真佐子)と小夜姫(三原有美子)が怯えていた。

 輝姫の側女滝川(日高澄子)が、でもそれでは輝姫様が…と口添えしようとすると、まだ申すか、黙らんと!と激昂する駿河守に、殿、殿!と脇に控えていた側近が制したので、これ輝姫、その方は余の、この兄の心がわからんのか?と言い聞かせる。

 兄はその方を無理に嫁がせようとは思っておらぬ、さればこそ本日辞退の申し入れをいたしたが、納得できる理由がない限り破談はならぬと御老中様は仰られるのじゃ、よって、よってことの仔細を…と兄はいう。 

しかし輝姫は狼狽し、いきなり部屋から逃げ出したので、輝姫、どこへ行く!と駿河守は追おうとするが、側近に止められる。

 廊下を走ってきた輝姫と出会った篠の井は、いかがなさいました?と声をかけるが、輝姫は何も答えず去ってしまう。 

自室に戻った輝姫は一人涙ぐんでいた。

 千賀!千賀はおりませぬか?と滝川から声をかけられたお千賀(喜多川千鶴)が部屋から姿を出すと、お部屋が暗い、早く灯りをと求められたので、はい、すぐに持って参じますと頭を下げる。

 外を眺めていた輝姫の部屋にやって来た滝川は、姫様、もし姫様、何かは存じませぬが、私がきっとお力になりますほどにご心配を…と声をかけるが、輝姫は泣き崩れてしまう。

 妾は、妾は…というだけなので、どうなされました?と滝川が聞くと、亡きお父上様の報いが…、その罰が妾に…と輝姫が打ち明けかけた時、お千賀が行燈を持ってきたので、会話が途切れる。

 滝川が下がって良いよと声をかけたので、お千賀ははいと答え部屋から出るが、少し立ち止まって、部屋の中の会話を気にする。

 仰せなさいませ、その罰とは?と滝川は輝姫に話を促す。

 蜘蛛じゃ、土蜘蛛じゃと輝姫はいうので、土蜘蛛?と滝川が繰り返した時、行灯から物音が聞こえ、見ると、大きな蜘蛛が行灯の上に覆い被さっていた。

 驚いて障子にへばりついた輝姫に、お気を確かにお持ちくださいませ、蜘蛛一匹ではございませぬかと言い聞かす滝川。 

しかし、怯え切った輝姫は、あの蜘蛛、蜘蛛の精!というので、まあ、蜘蛛の精?と滝川は驚く。

 長屋の秀太郎の部屋に戻ってきた文七は、約束の3両だ、取ってくんねえと小判を出してみせる。

 おじちゃん、ありがとう!と秀太郎は文七に抱きついてくるが、病床のお倉はただ茫然とし、すみませんと俯くだけだった。

 何言ってるんだ、早く良くなって、安心させてくれよなと抱いている秀太郎の背中を軽く叩いて文七は話しかける。 

そして、秀坊、おやすみ!と言って別れ、自宅に戻った分七は部屋で寝ていた三吉を蹴って起こし、お半どうだったよ?と聞く。

 今まで待ってたけど、帰ったよと三吉はいう。 2人でふざけあっていると、ごめんくださいまし、文七様のお宅はこちらでございましょうか?と誰かが訪ねてくる。

 文七はあっしだが?と顔を出すと、おお、貴方様が…と訪問客は納得し、手前は近頃播磨屋さんより出入りを許されました呉服屋ですが…と名乗るので、なんか用っすか?と文七が戸惑うと、大旦那様からこれを…と風呂敷包みを渡される。

 ふ〜ん、親父が?と文七が聞くと、へい、道のついでに渡してくれということで、失礼いたしましたと呉服屋が言うにで、そいつはどうもご苦労様でしたと文七は礼を言って見送る。

文七は嬉しそうな顔で、菓子なら良いんだが…などとニヤけながら、もらった箱を三吉に開けさせてみる。 しかし蓋を開けた三吉は、うわあ!と叫んで飛び退く。

 箱の中に入っていたのは無数の蜘蛛だった。

野郎め、ふざけたことしやがって!と立ち上がった文七は表に飛び出すが、そこには黒頭巾の一団が待ち伏せていた。

 家に飛び込んだ文七は家にいた三吉を逃すが、その部屋に黒頭巾の一団が雪崩れ込んできたので、こんなに早く手を返しにくるとは思わなかったぜと文七は睨みつける。

 この分じゃ、てめえたちの悪事は並大抵のものじゃないなとと文七が指摘したので、黒頭巾の一団は刀を抜いて切り掛かってくるが、文七は行燈を蹴って灯りを消す。

 暗闇の中で応戦し始めた文七だったが、長屋の連中は物音に気づいて、入り口から顔を覗かせる。

 そんな中、文七を捕まえた相手が、静かに、俺だ!と囁きかけ、その場からそっと文七を連れ出す。

 外に逃げ出した文七は闇に紛れ、屋根の上から、おい!こうなったら俺も意地だ、おめえらの悪事の尻尾は必ず掴んでみせるぜと呼びかけ、黒頭巾の一団は、追え!と言いながら外に飛び出していく。 

その騒動を見ていた長屋の連中と一緒にいた巳之吉は、おじちゃん、大丈夫かな?と心配するパッセンジャーズが、一緒についていた三吉は、大丈夫だよ、大体ドジを踏むような兄貴じゃないよと答えて安心させる。

 文七はお半の家に飛び込み、お半、いるか?いるんなら、返事くらいしてくれよと言いながら、草鞋のまま部屋に上がり込もうとする。

とうとう来たわねとお半が笑顔を見せると、文七は金の包みを差し出して笑う。

 出し抜けに何の真似?とお半が戸惑うと、居候代さ、俺があそこにいると長家の連中がとばっちりを食いそうなんだ、すまねえが、しばらく頼まあと文七は説明する。

 それを聞いたお半は、いいとも、願ってもないことよと喜びながらも、でも一体何が起こったの?と聞いてくる。

 黒覆が切り掛かってきたんだよと文七が言うので、それは一体誰?とお半は聞くが、わからねえんだよと文七も首を傾げる。

 黒頭巾の一団が戻ってきた上屋敷では、おかえりなさいませと待ち受けていた人相のよくない町人風の一団と合流する。 

御守備は?息の根は止めたんですかい?と町人が聞くと、黒頭巾の一人は覆面を取りながら、町人ながらしぶとい奴じゃと無念そうに答える。

別の黒覆面が、お前たち、また飲んでいたのか?と声を荒げると、藤川市之丞(徳大寺伸)が、ふん!何しろ、あれ以来、足止めを喰らってますのでねえ、飲むより他に手はありませんよと言い訳をする。

 それにしても結構な御身分だな?望んでおらぬ高嶺の花は倒る…、俺たちの苦心をよそに酒は飲む!と黒頭巾の新谷八郎兵衛(中野文男)が皮肉ると、ふん!それは私の持ち役ですからねと市之丞は答える。

 悔しかったら、新谷さん!あっしの代役勤めてみなさるかい?と市之丞が挑発したので、何!と新谷は刀を持って立ちあがろうとしたので、おい、内輪揉めはやめろ!やめないと俺が相手になるぞと首領が制する。

 新谷は感情を抑えきれず退室するが、首領は市之丞に対し、お前も口を慎め、昔の人気役者藤川市之丞を鼻にかけてはならぬと叱る。

 けれども丹沢さん…と市之丞が言い返そうとしたので、やかましい!と首領丹沢大五郎(岡譲司)は怒鳴りつけ、藤兵衛、飯村から何か申して参ったか?と町人風の男に聞く。

 へいと、にじり寄ってきた藤兵衛(吉田義夫)は、へい、さっき使いが来て、今夜のうちにあの二人を始末をつけろと…と答える。

 手筈の通りでいいんだな?と確認した丹沢は、直ちにそれに取り掛かれと藤兵衛に命じる。 

口を塞がれ、柱に縛られていた中間の松助と腰元弥生のいる部屋にやってきた藤兵衛は、おめえたちには気の毒だが、いよいよ逝ってもらう事になったぜと告げたので、縛られた二人は驚く。

 と言っても何も痛い思いをさせるわけじゃない、文字通りの極楽往生だから安心しなと藤兵衛は話しかけ、子分らしき男がご馳走だよと言いながら、香炉を部屋に置き、折よく隣のお上人様がお経をあげてくださるし、屋敷の裏は妙法院の広い墓地だ、てめえたちは後生がいいぜと縛られた二人を揶揄う。

 部屋の外に出た藤兵衛と子分は、部屋の中の様子を障子越しに伺うが、香炉の煙を吸った松助と弥生は眠りに誘われる。

 読経の声を聞いていた市之丞がその子を気にしたので、寝そべって酒を飲んでいた丹沢が、どうした?と聞くと、あれですよ、いつ聞いてもあの声にはゾッとするような凄みがござんすねと感心する。

 ふん、そのはずだ、大日上人こと永瀬七之助が、十何年の恨みを込めて読むお経じゃよと丹沢はいう。

 本堂では、その永瀬七之助(原健策)が無心に読経を続けていた。 その目の前の仏壇にはいくつもの位牌が並んでいた。

 縛られていた松助と弥生は、香炉の前で突っ伏していた。 翌日、勝田藩上屋敷では、輝姫の部屋の前まで客を連れてきた滝川が、しばらくお待ちをと言って、自分だけ輝姫の部屋に入ると、蔵前の松前屋多左衛門(進藤英太郎)が御目通りを願いおりますると輝姫に伝える。

 それを聞いた輝姫は、松前屋が?何のために?と警戒する。

山村屋の芝居が本日をもって終わりまするので、ぜひにも姫様にと…と滝川はいうが、輝姫は気乗りしないようで、気が進まぬ、お断りして!と答える。

それでも勝手に部屋に入ってきた松前屋は、もし、お姫様、この月の芝居は、播磨屋の「女暫」と中村秀歌の水も滴るような美しさが大変な評判を呼んでおりまする、貴方様もこの折にぜひとも目正月なされませと勧めてくるが、でも、妾は…と輝姫は尻込みする。

 まあまあ、と宥めた松前屋は、ご所望なら司馬懿が跳ねました後、手前の別宅へ秀歌を呼び寄せまする、相手は今人気の若手役者、差し向かいで何かとお話になればきっとお気持ちも晴れましょうと松前屋はいい、滝川も、さあ早く、あちらへ行ってお支度をなさいませと声をかける。

 その頃、文七の着替えの手伝いをしていたお半は、手間費だねというので、何だ、手間費って?と文七が聞くと、お前さん、私と一緒に山村座に行く気になったんだろう?というので、冗談言うなよ、俺はこれから金兵衛さんの所に池田大助さんの事を聞きに行かないといけないんだよと文七は答える。 

だって、今日は楽(千秋楽)じゃない!いくら勘当を受けてるからと言って、それじゃあ、義理が…とお半が不満げに言うので、わかったよ、俺は行くぜと言い残し、文七は一人で出かけて行く。

 下駄をはいた文七は、俺の代わりに親と兄貴の芝居を見てきてくれよと言うので、お半はふん!一人で行きますよ!と膨れるので、怒るなよ、俺だって「女暫」は見たいんだよと文七はいう。

 芝居小屋「山村座」では幕が開き、「女暫」が始まる。

 輝姫と共に上段の席から芝居を見ていた滝川は、お供をしてきた松前屋に、裏桟敷をご覧なさい、お隣の保科様の江戸家老内藤監物殿が見えておられますぞと声をかけてた。 

ああ、なるほど、流石に貫禄でございますなと松前屋も気づく。

その山村座の表では、藤川市之丞が藤兵衛らに、それじゃあこっちは例の所で飲んでいるから、ドジを踏まねえようにな…と言いふくめ、藤兵衛らはどこかへ向かう。

 舞台裏では、主役の女暫を演じる中村歌六が出番に備え移動していた。

 お姫様、あれをご覧くださいませ、あれが秀歌でございますと、客席の松前屋が舞台を指差し輝姫に教えていた。

 山村座に入場した藤兵衛は、何でございます?と戸惑う楽屋番作右衛門に、話は藤川市之丞から聞いているはずだと言いながら、金を取り出すと、通るぜというので、下足番は困った顔になる。

 舞台の花道では、暫!という声が響いたので、客は一斉に後方を振り向く。

 播磨屋!という声が客席からかかり、暫が花道に登場する。 奈落に入り込んだ藤兵衛は、源三!と呼びかける。

金兵衛の家でその暫のセリフを自分も言っていた文七だったが、金兵衛は留守で、なかなか帰ってこなかった。

 舞台では、京屋の島崎を演じる秀歌が歌六演じる暫と絡んでいた。 

やがて金兵衛が帰宅してきて、よう、文七、何の用だ?と聞くので、お帰りなさいやし、実は大助さんのことなんですがね、なんか旅に出たと聞いたんですが、何か御用向きは何なんですか?と文七は聞くが、そいつは誤用の筋だから、いくらお前でも口外できねえよと金兵衛は言う。 

あっしの勘じゃ、今度の大助さんの御用向きとどごらの間のあっしの一件と何かつながりが…と言い換えたので、何、つながりが?と金兵衛が興味を持ったので、あるような気がするんですがね〜と文七は答える。 

するとてめえは輝姫様の一件を…と金兵衛が漏らしたので、輝姫様?と文七が聞き返すと、いや何…と金兵衛は言葉を濁し、まあ、こんなところじゃ話ができね、奥へ行きなと誘う。

 舞台では暫が中央に罷り出て見栄をきる場面だったので、お半も客席から、播磨屋!と声をかけていた。 奈落では藤兵衛や銀造らが好きを見計らっていた。

 花道にいた歌六が、長い刀を持って見栄を切り、その刀を置いて花道から去る芝居をやっていた。

 奈落を移動中だった歌六を、忍んでいた藤兵衛たちが匕首を出して斬りつける。 付き人が大声で騒ぐ中、歌六は右腕を斬られてしまう。

 客席にいたお半は、その騒ぎが聞こえる。

 誰か〜!と叫ぶ付き人の声で奈落に降りてみたお半は、駆けつけた他の役者たち同様、斬られた歌六の姿を見てしまう。 急いで山村座を出て、金兵衛の家に駆けつけたお半が、大変だよ!文七さん!と叫んだので、どうしたんだよと文七が奥から出てくると、お父っつぁんが山村座の奈落で誰かに斬られましたと教える。

 何、お父っつぁんが!と驚く文七に、俺はお絹を置いて山村座に行く、おめえはうちの方へ駆けつけろ!と金兵衛が命じたので、へい!と答えた文七は、お半におめえはうちで待ってろよと言い残し、実家に向かう。

 勝手口から入り、女中に会った文七は、親父はどうでい?と聞くと、先ほどお医者様のお手当を受け…というので、命に別状はないんだろうな?と聞くと、おとよははいと答える。

それを聞いた文七は、ああ良かった〜と心から喜び、おとよ呼んでくんなと頼む。

 女中に呼ばれて勝手口に来たおとよは、若旦那!と駆け寄る。 傷は?と文七が聞くと、右の肩口から腕にかけ三箇所ばかりとおとよは教え、下手人の目処はついているのか?と聞くと、遊び人風の3人連れだったそうですが、まだどこの誰とも…とおとよは言う。

考え込んだ文七は、ひょっとするとこの種は俺が撒いたかもしれないな…と厳しい顔になる。 

え?とおとよが驚くと、奈落に待ち伏せしたいた…、手引きがなくちゃできねえなと文七は推測する。

 楽屋番は作右衛門か?と文七が聞くと、作用でございますとおとよがいうので、奈落の穴番は?と聞くと、確か源三さんとか…とおとよは思い出したので、源三だ?と確認した文七は表に飛び出してゆく。 その直後、歌六の家の前に籠が到着する。 

家の者が、秀歌さま、大口屋の方からお迎えが参っておりますと伝えにくると、歌六の寝床の横で控えていた秀歌は迎え?と驚く。

 へ、羽柴の松前屋さんの別宅で今夜、札差仲間の寄り合いがございますので、その席に是非とも貴方様を…と家人がいうので、せっかくだけど、こういう始末だから、わけを言ってお断りしておくれと秀歌はたのむ。

 しかし、寝ていた歌六が、秀歌、大口屋様は、播磨屋の家にとっては大切なお客だ、お断りすると、お前、バチが当たるよというので、だけどお父っつぁん…と秀歌は抵抗するが、私にかまわないで、早く行っておいでと歌六が言うので、秀歌は気が乗らないながら、はい…と言うしかなかった。 その頃、文七は明神下の作右衛門の家に向かっていた。

作右衛門の家では、これがおめえの取り分だ、数えてみなと作右衛門が源三に金を渡していた。

 何、それには及ばねえよと言い、源三は金を懐に入れる。

 作右衛門は自分の分の金を押しいただく。 そして源三に酒を注いでやりながら、金遣いが荒くなったら人様に疑われる、気を付ける上にも気をつけねえといけねえぜと言い聞かせていた。

 現像は、俺よりそっちだよ、おめえは妙に脆いところがあるから、岡っ引きの金兵衛の手になどにかかると…と言いかけた時、訪問者の気配に気づき、作右衛門も、誰でえ!確かに戸の音がしたはずだが…と怯える。

 気のせいだよ、そんなに心配ならこの俺が…と、源三が様子を見に行き、雨戸を開けると、そこには黒服面の侍がおり、銃を二人に向けていた。 驚いて逃げかけた源三と作兵衛だったが、二人ともその場で射殺されてしまう。

 その銃声に気付き駆けつけた文七だったが、逃げていく2人の族の後ろ姿をチラと見ただけで、家に入ると、源三が倒れており、呼びかけても返事はなかったが、作右衛門の方は呻き声が聞こえたので、庭先で作右衛門!と抱き上げると、あんたは、播磨屋さんの…と気づいた作右衛門に、俺だよ、文七だよ!と呼びかける。

 作右衛門は、申し訳ねえこと致しやした、お許しなさってと虫の息で言うので、詫びなんて良いんだよ、それより、誰に頼まれて三人を手引きしたんだよ、言ってくれよ!と聞くと、藤川い…と言ったところで事切れてしまう。

 後言ってくれよ!作右衛門!と文七は揺り起こそうとするが、もう目も口も開かなかった。

 松前屋の別邸では、藤川市之丞が外の様子を伺っており、その直後に秀歌の乗った籠が到着したので、年配の男が出迎える

 ご苦労様にございます、ささ、奥へお通りくださいませと年配の男が案内するが、その様子を別室で観察していたお千賀は、部屋に控えていた滝川に、お見えになりましたと報告する。

 その滝川が襖を開けて隣の部屋の様子を見ると、そこには香炉の煙を吸って眠りかけていた輝姫がいた。 やがて、輝姫は昏倒してしまう。

 別室で待たされていた秀歌のもとにやってきたのは松前屋で、これは秀歌さん、私が松前屋多左衛門じゃ、今後よろしくと挨拶してきたので、私こそと秀歌も頭を下げる。

 そこで早速じゃが、わしは貴方に詫びをせねばならぬことがある…と言い出した松前屋だったが、その時、秀歌の背後の壁がどんでん返しに動いて、そこから香炉が部屋の中に置かれていた。

 先ほど大口屋さんから連絡があって、のっぴきならぬ急用のため、一時ばかり待ってくれとのことじゃ、待つ間に秀歌さん、楽しい夢を見なさらんか?と松前屋が言うので、夢と仰られますと?と秀歌が怪訝そうに聞くと、奥州棚倉八万石のお大名、勝田家の輝姫様じゃと松前屋が言うので、秀歌は驚く。

 その輝姫様が、あんたに偉うご執心でな、是非とも一度差し向かいで話がしたいと、実はここで宵の口から…と松前屋は話を進めたので、お言葉ではございますが、私は…と断ろうとするが、まあまあ秀歌さんと松前屋は宥める。

その間にもお香炉からは煙が部屋に立ち上っていた。

 役者というには芸も芸じゃが、人気が第一じゃ、八万石の贔屓を持って滅多に損はありませんぞと松前屋は説得してくる。

 その時、先ほど、門の所で秀歌を出迎えた年配の男が、お越しくださいませ、輝姫様がお待ちでございますと声をかけてきたので、松前屋は、そうか…、それでは秀歌さん、奥の支度ができるまでここで待っていてくだされやと言い残し、自分は部屋を後にする。

 部屋に取り残された秀歌は、匂いで背後に置かれた香炉に気づき驚く。

 なんとか部屋から出ようと、秀歌が障子を開けに立ち上がった途端、開いた障子から、青い顔に銀色の隈取をした藤川市之丞が扮装した怪人に出くわす。

 驚いた秀歌は後退り、香炉の前に倒れ込み、意識が遠のいてゆく。

 秀歌が意識を失ったのを確認した藤川市之丞は、奥に隠れていた松前屋に合図を送り、松前屋は千賀殿行きなさいと声をかけたので、お千賀は屋敷から走り出て、そのまま街中を抜けようとしていたが、その時、待て!と見回り中の同心石子伴作に見つかってしまう。 

いずれまで参られる?と石子に聞かれたお千賀は、はい麻布飯蔵の勝田駿河守様のお屋敷までと答える。 ならばお手前は?と聞かれた千賀は、そこの奥女中のお千賀と申しますと答えたので、お見受けしたところ、何か仔細がありそうなご様子だが?と石子が問いかけると、お聞きくださいますな、お家の恥を口には致されませんとお千賀は言うので、お家の恥でござると?と石子は驚く。

 お千賀がはいと答えると、いよいよ持って聞き捨てならん、仔細を承ると石子が迫ったので、でも…とお千賀は躊躇する。

 仔細によっては内密にもいたず、曲げてお話しくだされと石子が頼んだので、それでは申し上げます、実は今宵、ご長女の輝姫様が松前屋様ご別宅で!とお千賀が言うので、なんとなされた?と石子が聞くと、役者の中村秀歌のため、ご一命を!と言うではないか。

その頃、別邸の一室で目覚めた秀歌は、自分が血のついた小刀を持っており、そのそばには輝姫が首から血を流して事切れている姿を発見していた。

 お半の家の戸を叩いていたのは金兵衛で、あら!親分…とお半が顔を見せると、文七はいねえかというので、まだ帰ってきませんけどとお半が教えると、帰ってねえ?と金兵衛は驚く。

さっき親分さんの家を飛び出したっきり…とお半が言うので、じゃあ、こんな夜半、どこ彷徨いているんだろうな?と金兵衛は困惑する。

 そこにふらりと帰ってきたのが文七で、なんだ親分、こんなところにいたのか、探しましたぜなどと言うので、そんなことは良いから、さ、入りな!と言ってお半の家に連れ込む金兵衛。

 どうしたんだ?と文七が聞くと、驚いちゃいけねえぜ、文七、実はな、秀歌さんがな、勝田家の輝姫殺しの下手人としてお縄になったんだと金兵衛が教えたので、なんだって!と仰天する。

本当とは思えねえがな、さっき同心の石子伴作様の手で…と金兵衛はいうので、罠だよ、ちくしょう…、奴らが罠にかけやがったんだ、兄貴が…、兄貴がそんな大それた真似をするわけがないじゃないかよ…、ちくしょう…と文七は悔しがる。

 中村秀歌、面を上げいと、大岡越前守は、お白州に引き出された秀歌に声をかける。 

そのほいが松前屋の別宅に参った次第を有り体に申せと越前は指示する。

 はい、お客間に通されましてから、程なく松前屋さんがお見えになりまして、都合で大口屋さんは一時ほど遅れるから、その間に楽しい夢を見てはどうかと…と秀歌は説明しだす。

 秀歌の横に並んで座っていた松前屋は、恐れながら申し上げます、手前は左様なことを口にした覚えは…と否定しようとしたので、控えい!と越前は叱りつけ、その夢とは輝姫様とのことじゃな?と再び越前は秀歌に問いただす。

 はい、さようにございますと秀歌は肯定する。

それから?と越前が促すと、程なく松前屋さんが出て行かれましたので、しばらく私一人でおりますうち、あまりにお香の煙が強く、そのためか私、急に気が遠くなりましたので、廊下へ出ようとでなさいますと、芝居の土蜘蛛の精とそっくりの男が…と秀歌がいうので、土蜘蛛の精じゃと?と越前は尋ねる。

 はい、それが私に危害を加えようと追い詰められたまでは朧げに覚えておりまするが、後は何も…と秀歌がいうので、越前はうーんと考え込む。

 そして、松前屋、その香と言うのはどのような種類のものであった?と聞くと、お言葉ながら名は存じません、昨年の暮れ、長崎の商人から土産がわりに…と答えるので、その残りがあるか?と越前は聞くが、ございません、ほんの少量でございましたので…と松前屋は答える。 

ないと申すか?と聞くと、はいと松前屋が言うので、いや、あい分かった。輝姫様殺害の仔細は日を改めてまた調べる、立ち魔生!と越前は申し渡す。

 その後、越前は、勝田家の篠の井を呼び出し、わざわざのお運び、恐れ入ると礼を言っていた。 早速ながらお手前は勝田家の先代以来、忠義一途に生きられたお方と伺う、密かにお招きしたのは、近頃屋敷内に何か変わったことでも?と越前が問いかけると、そのような…と篠の井は言葉をためらうので、いや、決してご案じなされるな、勝田家のため、この越前、誓ってことは内聞致す故、憚りなくお打ち明けなされいと越前は優しく言い聞かせる。

 ならば申し上げまするが、過ぐる七日の晩、夜廻の中間松助と、宿直(とのい)の腰元弥生が言い合せたように行方知れずになりました…と篠の井は告白する。

 輝姫さまのおそぶりが別人のようにお変わりなされたのは、その明る朝からにござりまするが、まさか…、まさか、このような事になりました…と篠の井は嘆く。 ご心中、ご察し申す…と同情した越前は、で、他に何か心当たりは?と聞く。

 すると篠の井は、重なる凶事はみんな土蜘蛛党の仕業…、中村秀歌とやらはその一味に相違ありませんと言い出す。 

その儀については近日、当方が必ずその真相を…と越前は答えていたが、そこに姿を見せたのが旅から帰った池田大助であった。

 ただいま帰着仕りましたと挨拶する大助に、おお帰ったかと応じた越前は、大儀でござった、気をつけてお帰りくだされと篠の井に礼を言う。

 は、では…と篠の井が部屋を後にすると、代わって越前の前に座した大輔は、留守中、数々の変事がございましたそうで…と聞く。

 うん、あった…、今もその事で勝田家の老女から内情を聞いていたところだと答えた越前は、その方の調査の次第は?と聞く。 

は、何分にも十数年前のこと故、残党の消息はほとんど分かりませんが、当時十二歳の永瀬大全の遺子、吉之助なる者が、一揆の後僧に連れられ江戸に参り、ただいまでは谷中の寺の住職…と大助が報告すると、そうか…、では寺の所在を突き止めいと指示する。

 は、承知いたしましたと大助が答えていた時、庭先からやってきたのは石子伴作だった。

 金兵衛の口ききにて秀歌の弟文七が、御目通り願いおりますが?と石子が伝えたので、何?秀歌の弟が?と越前は興味を持つ。

庭先に金兵衛と共に罷り出た文七を前にした越前は、秀歌の弟文七とやら、願いの筋とは秀歌のことか?と聞くと、へい、さようでございます、兄貴は人殺しなどできる男じゃござんせん、あっしのとばっちりを食ったんでございますと文七は答える。

 何?その方のとばっちり?と越前が聞くと、実は七日の晩、麻布良いの最善寺付近でね、12〜3人の侍に追い詰められている腰元風の女を見かけましたと文七が言うので、いかが致した?と聞くと、事がもつれた時には私は腕をやられていました、あんまり悔しいのでそいつらの正体を暴きにかかったんでございますと文七は答える。

越前は、うん、それで仔細はわかったと答えたので、それじゃあ兄貴をお許しくださいますんで?と文七が聞くと、う〜ん…,そうは参らんがの、真相を極めるまで吟味は預かり、牢内の扱いも格別にするように申し伝えると越前が答えたので、偉い!えらいな〜、さすが大岡様だよ、もうすぐあっしは気に入っちゃったよと文七がはしゃぐので、文七、相手は御奉行様だ、ちっとは言葉に気をつけろい!と、脇に控えていた金兵衛が注意する。 

へい…と恐縮した文七だったが、御奉行様、文七この一件に命を賭けましてございますと申し出る。 それを聞いた越前は、うん、しかと胸に叩きおくぞと答える。

 文七も、ありがとうございます、御免下さいませと頭を下げ去ってゆく。

 それを見送った越前は愉快そうに、なかなか持って気骨のある奴、どうやら役に立ちそうじゃなと大助や石子に話しかける。

 越前屋敷から外に出た文七は、バッタリおとよと出会ったので、どうしてこんな所へ?と聞くと、金兵衛様のところに参りましたら、こちらに伺った当事でしたのでとおとよは答え、そうだったのかいと文七は喜ぶ。

 で、秀歌様は?とお付きの者が聞くので、その事なら任しときな、相手はなうての大岡様だ、心配いらねえと答えた文七だったが、親父はどうだい?と案ずる。

よろしゅうございますとおとよが言うので、そいつは良かったなと文七は安堵し、兄貴のことは内緒にしてるんだろうな?と聞くと、はい、大口屋さんのお供をして箱根に出かけたと…とおとよが言うので、うん、その方が良いよ、親父に知らしちゃいけねえぜと文七は言う。 

その時、ふと思い出した文七は、ところでな、藤川一門の役者の中に性根のグレた奴はいねえか?名前が「い」の字で始まる奴だとお供の男に問いかけると、そう言えば市之丞がとお供の男は言うので、市之丞?と文七は聞き直す。

 その男が去年、あんまり身持ちが悪いんで、破門を食ってますがと言うので、その野郎に違いねえなあと文七は考え込む。

 一体何の話です?とおとよが聞いてきたので、いや、何でもねえんだと誤魔化した文七は、俺は今日から役者に帰るぜと文七は言い出す。

 按摩に化けた文七は、松前屋の肩を揉むようになるが、お前はどこに住んでいるんだね?と聞かれると、一月ほど前から浅草田町の藪花師匠のところにと答える。

 じゃあまだ新参だねと松前屋が言うので、はい、さようでございます、この界隈を流し始めてからいつか目でございますよと文七が答えると、どうりであんまり上手くないねえと松前屋が指摘したので、どうも…と文七は笑ってごまかすしかなかった。 

そこに、ごめんくださいましとやってきたのは、年配の男で、家系のことだと言いながら軍之進様と鉄心様がと伝えてくる。

 すぐに行くと伝えなさいと松前屋はいい、按摩に化けた文七には、もう良い、また日を改めて頼むよと言いながら、銭を渡して部屋を後にしたので、文七は目を開けて考え込む。

 手代木軍之進らが待つ別室に来た松前屋が、お急ぎの用と伺いましたが…と聞くと、いや、世の魏ではないが、本日、お国元の殿よりお達しがあっての、今後藩の財政の儀は、一切その方に任せると言うことじゃと軍之進が明かしたので、はあ、ありがたおことでございますと礼を言った松前屋は、それで手前もお手伝いをした甲斐がございました、しかしお気をおつけなさいませ、勝田家では行方知れずになった弥生と松助のことを大岡様に…と続けたので、その儀ならば、ご案じなさるな、あの両名は谷中の妙法院にてすでに処置済みでございますと鉄心が言うのを、部屋の外から文七が聞いていた。

 妙法院の裏手の墓地で土饅頭に線香を立てただけの墓に向かって読経してた永瀬七之助だったが、その墓の背後から姿を現した丹沢大五郎と新谷八郎兵衛は、こっそり長瀬の方に近づく。

 一方、池田大助と金兵衛も、谷中の妙法院にたどり着いていた。

 本堂に置いてあった位牌に書かれた「義烈院承賢居士」という戒名の裏に、俗名永瀬大全と書いてあるのに気づく大助

 それを聞いた金兵衛は、すると大日上人が?と正体に気づき、大全の遺子七之助に相違あるまいと大助も推測する。

 それじゃ、やっぱり土蜘蛛党の?と金兵衛の子分も気づくが、とは思うが、確かな証拠がない限り、軽々に断じられんと大助が言うので、じゃあ家探ししてその証拠を!ともう一人の子分が勧めるが、まあ待て、今夜はこのまま引き上げて、お奉行様のお指図を仰ごうと大助は言い、全員本堂を後にすることにする。 

その時、墓地から戻ってきた大日上人こと七之助と遭遇、何奴じゃ!と誰何される。

 大助が、町方の手の者でございますと自己紹介すると、うん?町方じゃと?と七之助は不審がる。 

いかにもと大助が答えると、領外者!寺院はすべて寺社奉行様の御支配じゃぞ、この妙法院大日こと永瀬七之助を疑いの筋あって踏み込むのなら、何故寺社奉行様のお許しを得ん?と七之助は訴える。

 掟の番人が掟を破って済むと存じておるのか!と責められた大助たちは萎縮するが、失礼を仕りました、お詫びは後日また改めて…と詫びた大助は、参ろうと金兵衛たちに声をかけて早々に立ち去る。

 寺から出ようとしていた大助たちは、やってきた文七に驚き、おう文七、どうしてここに?と聞く。 

文七の方も、すでに寺に来ていた一行を指差し、さすが大助さん、良い所に目をつけなすったねと褒めてきたので、何のことだ?と大助が聞くと、死骸ですよ、勝田家の腰元と夜番の死骸がこの妙法院のどこかにと文七が言うので、本当か?と確認すると、あっしの聞き込みだ、間違いねえと文七は答える。

 ならば墓地だ!墓地を暴かれる!と気づいた大助たちは後戻りする。

 墓地を一斉に探し始めた一行だったが、まだ線香の煙が残っていた土饅頭を文七が見つける。

 文一は全員を呼び集め、この土はまだ新しいじゃないかよと指摘する。

 卒塔婆で土を掻き出してみると、腰元の手が見えたので、やっぱりそうだよ、この着物の柄はね、あの晩の女のものに違いねえやと文七は言う。

金兵衛は、旦那、証拠があったからにはすぐに大日上人をと指摘すると、うん、とにかく会って仔細を正そうと大助も答える。

 しかし本堂に入ってみると、そこには「バカめ」と書かれた書き置きが残っているだけだった。 逃げた!逃げやがったんだと金兵衛は悟り、一斉に後を追いかける。

 寺の外に出ると、1人の男が歩いていたので、お前、見たろう?と金兵衛が尋問すると、何のお話で?と言うので、坊主だよ!と金兵衛が怒鳴り、歳の頃は三十前後、見てくれの良い人品の男だと大助が補足すると、ああ、その人なら向こうの辻ですれ違いましたよと男が言うので、嘘じゃねえなと文七が確認すると、お疑いなら行ったらどうですと男は指さす。

 文七や大助らが走り去ったのを見届けたその男藤兵衛は、ニヤリと笑う。

 翌朝、お半の家でタバコを吸いながら、どう踏んでも親父だな…と思案していた文七は、門前にいたあの野郎に一杯食ったに違いねえな、ちくしょう…と昨夜のことを悔しがる。

 お半が、何をぶつぶつ言ってるんです?と聞くと、目から鼻に抜けるお兄いさんがな、たまには騙しに引っかかるってことよと文七が言うので、その目からは何ぬけるお兄いさんとはまさかお前さんのことじゃないでしょうね?とお半は揶揄う。

 俺だよと答えた文七は、ご飯は?とお半が聞くのも無視して、ちくしょうと言いながら手鏡の前に来る。 その後、妙法院に一人の深編笠で隻眼の侍が来る。

 もちろん文七の変装であった。 寺から出てきた藤兵衛ともう一人の男を呼び止めた文七は、その方はこの屋敷の者か?と聞く。

 へえと男が答えると、ならば新谷は在宅か?と深編笠を取りながら文七は聞く。

 新谷?と怪訝そうな二人に対し、拙者は新谷の昔の仲間だが、在宅なれば会わせてもらいたい…と言う文七の顔は、半分に大きなアザがあり、片方の目は濁っていた。

 しかし藤兵衛は、御言葉ですがね、新谷なんてお侍さんはここにはいませんよと答える。 ふ〜ん、いないのか?と文七が聞くと、へえ、どこのどなたか存じませんが、思い違いをなすっちゃ困りますと藤兵衛はいうので、では市之丞はいるか?と聞くと、流石に藤兵衛たちは警戒する。

 役者崩れの藤川市之丞だ、確かにここにいるはずだと再度尋ねると、へっ、ほどほどにしてもらいてえね、根も葉もねえ言いがかりをつけていなさると…と男が言うので、急に笑い出した文七は、そうか、拙者を疑っているのか?ならば2人に問いただしてみることだ、顔にあざのある男と申せばわかると自信ありげに言い放ち、ニヤつきながら帰ってゆく。

 それを見送った藤兵衛たちは寺の中に入り、丹沢と市之丞が碁を打っており、新谷も側にいた部屋にくると、新谷さん、顔にあざがある片目の男をご存知ですか?と藤兵衛が聞く。

 何、あざのある片目の侍?と新谷が言うので、お心当たりはねえんで?と藤兵衛が聞くと、知らん、面識どころか聞いたことも…という。

 市之丞、おめえはどうだいと男が聞くと、あっしも知らねえ、初耳だという。

 それじゃあやっぱり侍の振りしやがったなと男は気づき、藤兵衛も、丹沢さん、どうやらやべえことになりましたよと忠告し、今のうち約束の二千両をいただいて…と催促しかけると、黙れ!と丹沢から一喝される。

 お前たちはそれでよかろうが、拙者どもは他にお召し抱えの約束があるのだと丹沢はいう。

 保科家の姫が水野家のお輿入れと決まるまではどうあっても…と丹沢はいうので、でえも手入れが…と藤兵衛が案ずると、そのことなら任しておけ、用意があると丹沢は自信ありげにいう。

 もし文七が来たら、大助様のご役宅に行ったと伝えてくれと金兵衛は女房に言い残し出かけかけるが、そこに現れたのが顔にあざのある侍だったので一同驚く。

 金兵衛、俺だよ、文七だよと侍が言うので、文七?と金兵衛はあっけに取られる。

 よく見てくんなあと高笑いした文七の姿を改めて見た金兵衛は、なるほどな〜、さすが役者崩れだけあって、見事なバケっぷりだなと感心する。 

化けた仔細は一体なんだ?と聞く金兵衛に、昨夜の守備があんまり業腹だったので、あの界隈に探りを入れて見たんだ、おい、奴らのねぐらは妙法院横の侍屋敷だぜと文七は教える。 

何!と驚いた金兵衛の他に、池田大助らも合流し、早速侍屋敷に向かう。 金兵衛の子分が塀の上から中に飛び降り、門を内側から開けて、捕り方達一同が傾れ込む。

中はすでにもぬけの殻だったので、証拠が残されているやも知れぬ、お前らも探せ!と大助が命じ、文七も探索に参加するが、大きな櫃が置いてあったので、その蓋を開けると、中には大日上人こと七之助の遺骸が詰め込まれていた。

それを見た大助は、上人は死骸がここに埋められていることを知っていたので、密かに供養の経を唱え、それが仇となって下されたのだと推理すると、それじゃ、どうして昨夜そのことを?と金兵衛が不思議がるが、保身のためだ、ことを公にすれば身が危ないと思ったのだろうと大助はいう。

 何れにしても土蜘蛛党の仕業でないとすれば、改めて出直す他あるまいと石子が指摘する。

すると文七が、出直すことはありませんよ、別にどうってことはありゃしねえやと言い出す。

 口はばったい言い方だが、捜査の一端はあっしががっちり握ってるんだ、あとは大岡様に一芝居打ってもらうことだなと文七はいう。

 後日、越前に呼び出された水野和泉守が、折行って用談とは?と待っていた越前に問いかけると、は、輝姫様の儀にござりまするが、詮議の結果、土蜘蛛党は一切無関係と判明仕りましたと越前は報告する。

 ほお〜、すると余の屋敷に投げ文いたしたは、輝姫を殺めた秀歌とやらか?と和泉守が聞くので、とも思われまするが、その後、ご嫡男忠恒様はいかが遊ばされて…と越前が逆に聞く。

 思わぬ凶事に打ち砕かれ、日々鬱々と楽しまぬゆえ、次第によっては輝姫の妹、振姫を迎え遣わそうかと…と和泉守は打ち明ける。

それを聞いた越前は、甚だ好都合…といい、では本日直ちに話を纏められ、明早々にご祝言を…と越前が言い出したので、明早々に祝言じゃと?と和泉守は戸惑う。

 御意!と答えた越前の目力を見た和泉守は、あい分かった、その方ほどの切れ者がさような無理難題を持ち込むからには、裏に何かいわくがあるはず…と和泉守は見抜く。

 ならば書印の上、直ちに駿河守様に…と越前が勧めると、うん、会おう!と和泉守は即答する。 申し上げますとやってきた御用人が、障子を開け、勝田藩の滝川様がお部屋にと伝えたので、中にいた内藤監物は、何?滝川殿が…、う〜ん、何事であろう?と思案する。

 同部屋に松前屋、丹沢大五郎、藤川市之丞、藤兵衛らが集結していたが、隣屋敷に何か急変でも?と松前屋が推測する。

 部屋で待ち受けていた滝川は、はい、大変でございます、振姫様が輝姫様の身代わりとして、明日、水野家に御輿入れになりまするというので、何?水野家へ?真か?と内藤監物は確認する。

 はい、お城から帰られた殿のお顔つきでは、よもや偽りとは思われませぬと滝川はいう。 

それを聞いた内藤監物は、う〜ん…、すると今夜だ、今夜の他、邪魔立てするものはない…とつぶやく。 

ではまた、あの時のように?と滝川が聞くと、手引きを頼むぞと内藤監物はいう。 その夜、勝田家上屋敷 お半を伴いやってきた文七は、さっきも言った通りな、屋敷の中が騒がしくなったら、金兵衛さんの所に知らせに行くんだぜと文七が指示すると、本当にみなさんここにるんでしょうね?とお半が言うので、そう言う手筈になっているんだと文七は答える。

 じゃあ、くれぐれも気をつけてね、私、もしものことがあったら行き屋いないからと心配そうにお半が言うので、世話女房みてえなこと言ってくれるじゃねえかと喜んだ文七は、早いとこ身を隠しなというと、単身屋敷の塀を上り、中に入り込む。 振姫の寝所横では、宿直(とのい)の腰元が二人とも眠っており、振姫も眠っていた。

そこに忍び込もうとする土蜘蛛の精に変装した何者か。 その様子を庭先に忍び込んだ文七がじっと監視していた。

 すると、煙が出ている香炉を二つ持った土蜘蛛の精の化粧をし、白い衣装の女と滝川が廊下を歩く姿が見られた。

 部屋に入り込んだ市之丞は、1つ目の香炉は居眠りしてた腰元二人の前に置き、もう1つの航路を振姫の部屋に持ち込む。 

そして部屋から出てくると、廊下で待っていた滝川と合図を交わし、障子を締め、隙間から中の様子を伺い始める。

 部屋の中では、腰元と振姫が香炉の煙で苦しんでいた。 

それを確認した土蜘蛛の精と滝川は部屋から遠ざかるが、それを待ち受けていたのはもう1人の土蜘蛛の精は、振姫の部屋に忍び込むと、気絶した振姫の体に触れようとする。 

その時、待ちねえ!と声をかけたのは文七だった。

 市之丞、師匠から破門喰らってどこへ消えたかと思ったら、とんだ所で座頭じゃねえかと語りかけると、てめえも昔役者なら、俺の面知ってるだろう?さあ、どこのどいつにその役もらったんでい!と文七は問い詰める。

 文七に飛びかかってきた土蜘蛛の精は、身を交わされると、かぶっていたゴム面を脱ぎ捨て、市之丞の素顔を表す。

 滝川の部屋では、女土蜘蛛の精に化けていた女が、同じようにお千賀がゴム面を脱ぎ捨てていた。

 逃げる市之丞を追って滝川の部屋まで来た文七は、部屋から滝川とお千賀が飛び出してきて道を塞いだので、とうとう尻尾を出しやがったな!お前たち二人は黒幕かい!と文七はいう。

 滝川とお千賀は、曲者でござる、お出合いなさりませ!と騒ぎ出したので、寝所で寝ていた勝田駿河守も目覚める。 起きていた篠の井や腰元たち、御家人たちも騒動に気づく。

屋敷内から騒ぎが聞こえたお半は、急いで金兵衛の家に走る。

 その時、勝田家の前に来た白のお社頭巾の侍がいた。 大岡越前守であった。

 刀を持って着流し姿の文七は、薙刀を持った篠の井や腰元、御家人たちに囲まれる。

 しかし文七は、およしなせい!あっしは大岡様の息のかかっている男だぜと見栄を張る。

 すると御家人たちも流石に躊躇う。

 お姫様を襲ったのは藤川市之丞って野郎だよ、それをこの二人がてめえの部屋に!と文七が訴えると、滝川がお黙り!と制す。

 いかほどさような、根も葉もないことを申し立てても…と滝川がいうと、控えい!と言う声が響き、やってきた駿河守が、こりゃ滝川、御身に覚えなきその者がさほど言い募るのは何の理由じゃ?と問い詰める。 

はいと滝川が黙ると、余が申しつくる、滝川の居間をくまなく調べいと駿河守が命じたので、滝川とお千賀は慌てて自分らの部屋に逃げ込むと、床の間のどんでん返しから奥へと逃げ組む。

 駿河守は、待て!と呼び止め、文七はこんな仕掛けがあったのか!と言いながら、同じどんでん返しの抜け穴から二人を追いかける。

秘密の通路を抜けると、そこは掛川藩の上屋敷と通じており、先に逃げてきた市之丞から異変を聞いた内藤監物や松前屋らが駆けつけると、お千賀と共に秘密の抜け穴から出てきた滝川が、監物様、大変です!と知らせる。

 滝川殿!と驚いた内藤監物だったが、どんでん返しの抜け穴から、追ってきた文七が飛び出してきたので、侍たちが取り囲む。

 とうとう正体を表しやがったな!と内藤監物に呼びかけた文七だったが、すぐに侍たちが切り掛かってくる。

 それらを軽くいなした文七は、俺に手を引かせてえばっかりに、大事な親父に木津をつけ、まだその上に兄貴にまで人殺しの罪を被せるたあ、なんて図太え了見だ!おい!数々の悪事はこの文七が見てとった、運の尽きだと観念しやがれ!と見えを切った文七に、侍が斬り掛かってくる。

文七は、当初鞘がついたままの刀で相手をしていたが、やがて抜刀する。

 着流し姿で敵を斬り殺していく文七。

 金兵衛の家には、池田大輔と石子判作も待機していたが、そこにお半が、文七さんが!文七さんが!と叫びながら駆け込んでくる。

 掛川藩の上屋敷内では、文七が孤軍奮闘続けていた。

 家から大助や石子と共に飛び出した金兵衛は呼子を吹き鳴らし、町中から、御用提灯を掲げた捕手が集まってくる。

 新谷が文七に斬られると、丹沢大五郎が剣を抜く。

お半も捕手と共に掛川藩上屋敷に向かって走っていた。

 文七は丹沢も斬り捨てていた。

 屋敷の外では、頭巾姿の大岡越前が待ち構えていた。 やがて、二人の侍が動くなと言いながら短筒を突きつけてくる。 

それを見た文七は、作右衛門と源三を殺したのはてめえたちだったのかと気づく。

 黙れ!と短筒の侍は怒鳴ってくるが、撃てるもんなら撃ってみろ、この界隈には大岡様の手の者が張り込んでいるんだ、かえって呼子の代わりになるぜ!と文七は挑発する。

短筒の二人が怯んだ隙に、文七はそばにいた市之丞の体を引き寄せ、自分は突っ伏したので、驚いた侍が発砲した銃弾は市之丞を貫く。 

その銃声を聞いた越前が動く。 文七は藤兵衛も切り捨てていた。

 その時、鎮まれ!鎮まれ!と言いながら、屋敷内に入ってきたのは大岡越前だった。 それに気づいた文七が、お奉行様!と叫びながら、越前の背後に回る。

 驚く内藤監物、越前や、滝川、お千賀の前で頭巾を脱ぎ捨てた越前は、大岡越前守忠相!と名乗ると、上様の御状により内密に踏み込んだ!と言い聞かせる。 

掛川藩の江戸家老内藤監物とは?と越前が聞くと、拙者でござると内藤監物が前に出る。

 ならば答えい、ことの仔細は?と聞くと、そこなる町人が故なくして乱入し、狼藉を働きまするよって…と監物が答えると、その乱入の箇所は?と越前は聞く。

 その方が本所相生町の大工長五郎に命じて作らせた地下の道か?と越前が聞くと、流石に監物たちも後ずさる。

 保科藩の姫君は、水野様の御嫡男に嫁がせ、追って主君の栄達を図らんとしたその方の余もわからんではないが、ただし滝川と連み、札差屋松前屋を利を持って誘い、さらにそれを秀歌の仕業に見せかけんために、妙法院の隣屋敷に浪人無頼の徒を住まわせ、怪しき薬を使って、輝姫様を陵辱殺害し、その罪を中村秀歌に着せ掛け、事発覚に及ばんとするや、大日上人はじめ、多くの人々を殺害するなど、誠に持って剣士と共に許さぬところじゃと越前は睨みつける。 それも御主君の指図となれば致し方あるまいと監物はとぼけるので、何!主命じゃと?と越前が確認すると、いかにも…と監物はいう。

 たわけもの!この期に及んで根も葉もないことを申し立てて、掛川六万石を潰してなんとする!潔く一同と共に腹を斬れ!と大岡は命じるが、監物は短筒を持った二人に撃て!と命じる。 

それに気づいた文七が、何しやがるんでい!と言って越前の前に自ら立ち塞がって守ろうとするが、越前は、たわけ!伏せいと言いながら、文七と共にその場に身を屈めると、そこに大助と金兵衛に伴われた捕手たちが乱入してくる。

 大助は逃げかけていた松前屋を押さえつけ、神妙にしろと命じる。

 監物は石子が押さえつけていた。

 越前は文七に近づくと、文七、なかなかの働きであったなと褒め、越前、厚く礼を言うぞと言葉をかける。

 文七はその場に跪くとありがとうございますと平伏する。

 中村秀歌は先ほど解き明かしたと教えた越前は、帰って共々喜びの盃をあげいという。

 へいっ!と喜んだ文七は、自宅に向かって走り去る。

 外で一人待っていたお半は、文七が出てくると、文七さん、今日の守備はどうだった?と聞くので、上々だよと答える。

良かったわねと言いながら羽織を着せるお半に、大岡様のお力を借りた俺の目に狂いはねえよと自慢しながら、笑顔で走り出したので、どこ行くの?とお半が聞き、親父のところだよと言うと、だって勘当されている身じゃないとお半が指摘すると、あ、そうか…と一瞬立ち止まった文七だったが、今夜は別だいと言い、良いだろうというと、一人駆け出し、途中で立ち止まって振り返ると、お半に、待ってろよと告げたので、お半は笑顔で、うんと答える。

 夜明けの江戸の街を走ってゆく文七。


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