「隼の魔王」

「多羅尾伴内シリーズ」第七弾 後に小林旭主演でリメイクされた「多羅尾伴内」(1978)の元ネタである。

 リメイクされた理由は本編を見ればなんとなくわかる仕掛けになっており、本作の出来がそれなりに良いからだろうが、このシリーズ自体がミステリ小説ではなく通俗ものということもあり、ミステリとしてびっくりするほど傑作という感じはない。

そもそも多羅尾伴内や藤村大造の謎解きは、最初からいきなり真相があり、なぜそういう真相に気づいたのかという過程の説明がない。

つまり伏線などもほとんどなく、細かい部分の真相は銃で脅して犯人側から名乗らせたり、説明させたりする始末。

 ただ、小林旭版はこの水準にも達していないような気はする。

プロ野球が舞台となっているのは、当時、東映フライヤーズ(現:北海道日本ハムファイターズ)という球団を東映が持っていた(1954〜1972)から可能だったのではないかと思う。

 当時、東映の俳優も野球チームを持っていたようで、2大御大市川右太衛門さんと片岡千恵蔵さんが揃ってユニフォームを着て笑っているツーショット写真を見たことがあるくらいだ。

 クライマックスは満員の客が入った球場で行われており、役者たちもその中に混じった描写は、なかなか今では再現できないのではないかと思う。

 ライバル探偵として高森真砂子というキャラクターが登場しているが、すでにいくつもの事件に関わった関係で、警視庁の警部たちと懇意な関係にある多羅尾伴内と一介の私立探偵会社の社員では手にする情報が違いすぎ、最初から公平な競争にはなり得ないわけで、伴内を補佐するワトソン的立場でもないし、かといってコメディリリーフ的なキャラでもないので、やや可哀想なキャラになっている。 

高森真砂子に対しては、あなたは捜査員ではないと言って、一切情報を漏らさない警部が、多羅尾伴内に対しては100%情報を開示しているのを見ると、いくらご都合主義な設定とはいえ、理不尽さも感じないではない。

 対して御大片岡千恵蔵さんの方は、いつものようにいろんな変装をして登場するが、今回は不気味なメイクで北海道から来た現場監督風のキャラクター横川権吉という男が活躍するが、かつて北野武さんがコントで演じた「鬼瓦権造」に似た粗野なキャラとはいえ、御大の方が顔も体も恰幅がよく、インパクトも大きい。

 主役が変装をして事件を解明するという趣向は、中村錦之助主演「お役者文七捕物暦」(1959)にも通じており、後年の「変身ヒーロー」の原点なのかもしれない。

 ややコミカルなキャラとしては三島雅夫さん演じる高森真砂子の上司が登場するが、前半特に活躍するわけでもないので、妙だな…と感じるが、後半でそれなりに活躍してくれる。

 悪役イメージが強い安部徹さんが現役野球選手役で登場しているが、なぜかキネ旬データベースでは「青池二塁手」と役名が書いてあるが、劇中では「山村」と呼ばれている大阪フィリーズの3番バッターである。 

この当時の安倍さんは、真面目な青年イメージである。

 同じく悪役イメージが強い山本麟一さんも探偵役で登場、この当時は刑事役など好青年風の役柄が珍しくない。

 加東大介さんの不良役も珍しく、御大と喧嘩アクションを演じているのが信じられない感じもするし、御大から若造呼ばわりされているのも驚き。

後に子供向け「多羅尾伴内」とも言うべき「七色仮面」を演じる波島進さんも登場しているのも見どころで、7つの顔を持つ男の二大共演を見たかった気がする。

その東映時代劇ではくせの強い悪役を演じている薄田研二さんが、本作ではスポーツ紙の社長を演じており、痩せた品の良い紳士なのでちょっと驚かされる。 

月形龍之介さんのご子息月形哲之介さんもセリフありの役でちらっと登場しているのも貴重だし、南原伸二さんが記者役でチラリ登場していたりする。 

【以下、ストーリー】

 1955年、東映、比佐芳武脚本、松田定次監督作品

 球場で実況中継する樫村アナウンサー(天野脩次郎)

 王座をかけて戦う国民野球リーグ選手権シリーズの第5回戦は、逆転また逆転、追いつ追われつのシーソーゲームのうちにいよいよ大詰め。

 得点は4対2とフィリーズが2点をリードして9回の裏レッドソックス最後の攻撃を迎え、俄然白熱して参りました。 すなわち2アウト、ランナーは1塁2塁、バッターは今年度のイーストリーグのホームランキング3番の高塚 しかもボールカウントは2ストライク、3ボール ピッチャー三好投げ勝つか、バッター高塚打ち勝つか、高塚に長打以前か、試合は同点あるいはさよならゲームになるのであります。

 されば新聞雑誌屋のカメラマンが、一打逆転のホームランを予期してか、一斉に高塚にカメラを集中しました。

 一塁側レッドソックス、三塁側フィリーズ、いずれも全選手ダッグアウトを出て、息詰まるような緊張のうちにこの一瞬を見守っております。

 内外野7万の大観衆、固唾を飲んで見守る間に、バッター高塚は愛用のバットに一打必殺の気に込めて投球を待ち受けております。

 ピッチャー三好ラストボールを投げました! 打ちました!良い当たり!レフトセンター間を襲いました! 打球はぐーんと伸びています。

 レフトセンター懸命にバック! ホームランになるか、入りました、ホームラン!ついにホームランであります!

 高塚殊勲のスリーランホームランによって5対4のさよならゲーム 塁上の走者は次々にホームイン 殊勲の高塚は…

 お!思いがけない事故が発生しました。

どうしたことか高塚選手、本塁一塁間に倒れたまま動きません。

 心配した塁審をはじめ、レッドソックス、フィリーズ、両チームの全選手が高塚選手の所に駆け寄り、ダッグアウトに運び込みました。

 真相がわかるまで、どうぞしばらくお待ちを願います。

(実況中継) 監督は選手に医者だと予備に活かせる。

 呼びに行った選手とすれ違うようにダッグアウトに近づき、選手たちにどきなさいと言いながら入り込んだのは見知らぬ医師(片岡千恵蔵)だった。 君は?と怪しむ永井監督(沖悦二)に、医者だ!と言って、口から血を垂らした高塚選手の容体を診ると、こりゃいかん、処置なしだ!絶望ですわいと診断したので、監督が死んでるとおっしゃるんですかと聞くと、さようと答えた医者は、高塚選手の背中のユニフォームをめくり、選手の背中に謎の小さな模様を発見する。

 医者は、どなたでもよろしいんでな、この殺人事件を大至急東京検に連絡していただきたいのですと頼む。 

それを聞いたライバルチーム大阪フィリーズの山村(安部徹)は、え?殺人ですって!と驚く。 

翌日のスポーツ紙「ベース・ボール・スター」の一面には、「レ軍の高塚怪死す!」「国民野球選手権シリーズ5回戦の椿事」の見出しが踊る。 

「スポーツ特報」の一面にも、「高塚氏のホームラン!」「四満人監視の中の殺人か?」「国民野球未曾有の椿事」と載る。

 「高塚選手は果たしてた他殺か?」「解剖の結果けう午後判明」の記事を載せた新聞もあった。

「高森法医学教室」には「面会謝絶」の札がかかっていたが、そこから大沢警部警部(佐々木孝丸)が出てくる。

 外で待ち受けていた新聞記者が取り囲んであれこれ質問してきたので、困るねえ、発表は本部ですると先ほどあれほど言ったのに…と大沢は注意するが、それじゃあ、締め切りに間に合わないんですよ!と記者たちは食い下がる。 そんな記者たちをかき分けた大沢は、すまんがね、とにかく本部に来てくれたまえと言い残し足早に立ち去る。

 ちぇっ、大沢警部の石頭もいつものことだけど泣かされるなと後に残された記者の池松(福岡正剛)がぼやくが、しようがねえなあ…といった別の記者小泉(南原伸二)は、いっそにどうだ、高森博士に会ってみようと言って研究室の前に戻るが、とんでもない、大森博士の硬さは大沢警部の比じゃないよと池松が教える。

 しようがないな、行こう!と小泉がいい、池松と一緒に立ち去ると、その前の長椅子で本を読んでいた男が本を伏せ顔を見せる。 探偵の多羅尾伴内(片岡千恵蔵)だった。

 伴内は記者たちがいなくなったので微笑み、勝手に「高森法医学教室」に入り込むが、中にいた高森真砂子(喜多川千鶴)から、どなた?と聞かれる。 

そういあなたは、この研究室の受付嬢ですかな?と伴内が聞くと、受付嬢ですって?と眉を上げたので、違いましたかなな?と伴内がとぼけると、いいえ、おっしゃる通りよ、受付嬢の権限として申し上げますけどね、ここは物売りが来るところではございませんのよと高森博士が言うので、物売り?と伴内は驚く。

 間違いましたかしら?と真砂子が揶揄うと、ほんのちょっぴり…、あんたのその目が天上の節穴程度のものでないと言う程度にはなと伴内は皮肉る。

 大層素直なお答えね、そう言うあなた、いったい何処の馬の骨?と真砂子が挑発して来たので、これは失礼しました、実はこう言うものでして…と、スーツの内ポケットから名刺を取り出し差し出す。

 そこには「多羅尾私立探偵局 多羅尾伴内」と書かれてあった。

 ご用件は?と真砂子が聞くと、他でもありませがな、高塚選手の死の原因につきまして…と伴内が切り出すと、わかりましたと言うなり、真砂子は伴内の右手を捻り背中に固定する。

 何をしなさる!と伴内が驚くと、お静かに!私、これでも学生時代、初段の免状いただいてますのよと真砂子が言うので、こりゃ暴力だ!暴力はいけませんぞと伴内は焦るが、本当ね、暴力は絶対にいけませんわと言いながら伴内の体を外に押し出すと、これをご覧になってと言いながらドアを閉めてしまう。

そこには「面会謝絶」の札が貼ってあった。 研究室の真砂子は、ふん、良い気味だわと笑うが、その時、反対側のドアが開いて、入って来た白衣姿の高森博士(立松晃)が、おお、真砂子じゃないかと喜んだので、おじさま…と真砂子は近づく。

 何をしているんだと高森博士から聞かれた真砂子は、あの…社長さんが…と言うので、社長さん?と高森博士は不思議がる。

 暁探偵社の久保木春夫先生ですのと真砂子が打ち明けると、その久保木君が何のために君をここによこしたのかね?と高森博士が表情を引き締めると、あの…、実は高塚選手の死の原因について…と真砂子が言うので、それならば本部に行くことだ、わしは絶対に口外はせん!と高森博士は無表情に答える。

 でも…と真砂子が食い下がろうとすると、お黙んなさい!そもそもわしは君が探偵社などに勤めているのが気に入らんのだと語気を強める。

 こんな職業はお前に不似合いと言うんだよと高森博士が説教すると、私これで…といい、ハンドバッグを手に帰ろうとする。 

その時、ドアの外で盗み聞いていた伴内は、慌ててドアから離れる。

 研究室から出てきた真砂子は、おばさまによろしくと部屋の中の高森博士に告げた後、ビルの入り口から外に出るが、階段の横に身を潜めていた多羅尾伴内が笑いながら近づいてきて、あんたが高森博士の姪御さんで暁探偵社の女社員とは思いませんでしたなと話しかけてくる。

 立ち聞いてらっしゃったのね?と呆れたように真砂子が言うと、いやそうじゃありませんよ、あんた方の声があまりに高かったからですよと伴内が答えると、卑怯者!と吐き捨てて立ち去ろうとする。

 真砂子は、伴内が後をつけていると感じ、失礼な方ね、どこまでついて来るおつもり?と立ち止まって聞くが、こりゃどうも…、いささか不穏当なお言葉ですな、せっかく手前が高塚選手の死の原因をお耳に入れようと…と坂内が言うと、出鱈目はよしてちょうだいと真砂子は無視するように歩き出す。 

いやいや、出鱈目ではありませんぞ、少なくとも手前は凶器と毒の種類だけはわかっておるのですからなとさらについて来ながら伴内は話し続ける。

じゃあ何故おじさまを訪問なさったの?と真砂子が聞くので、ただ、医学上、解剖学上の裏付けを取るためですよ、高塚選手は確かに毒殺されたのですからな…、凶器はおそらく針様のものでしょうな…と伴内はいう。 

それを聞いた真砂子は突然足をとめ、まじまじと伴内を見る。

 針様のものですって?と聞くと、そうですよ、毒を塗られたその針があの高塚選手の背後から高塚君の身長めがけて射込まれたのですよと伴内が言うので、どんな方法で?と真砂子は問い詰める。

 いやあ、その点はまだよくわかりませんがな、使われた毒は北海道の附子(ブシ)ですよと伴内は教える。

ブシ?…と言いますと?…と真砂子は驚くが、別名をトリカブトと言う草ですがな、その中にはアコニチンと言う猛毒があって、それが人間の体内に入ると、時間にして3ないし4秒…と言いながら、突然自分の懐中時計で時間を確認すると、真砂子の右手を背中に捻り上げて、まあお静かになさい、これでも5段の免状持ちですぞと伴内は先ほどの研究室の仕返しとばかり言う。

 そして真砂子を近くのベンチに腰を下ろさせた伴内は、自分も横に座って、バッグから携帯ラジオを取り出すと、お聞きなさいといってスイッチを入れる。 

それは高塚選手変死事件のニュースの続報で、高塚選手の死体は今日、高森博士によって解剖されましたが、その結果、死因は他殺、狂気は針様のもので、それに塗られた毒は附子(ブシ)と言う植物から生成されたアコニチンと言うものであると判明しました、なおこの事件によって延期された国民野球リーグ選手権シリーズ第6回戦は、明日東京球場で挙行されることに決定致しましたとアナウンサーは読み上げる。

 スイッチを切った伴内は、ラジオをバッグにしまいながら、こりゃどうも失礼致しましたと詫び、ではと帽子に手をやって立ち去ろうとするが、でもあなた、他のことは何もご存知ないんでしょう?と言いながら、今度は真砂子の方が伴内の後をつける様な格好になる。

 おお?あなた何かお分かりですかな?と伴内が振り返りながら聞くと、別に大したことじゃないんですけど、高塚選手にスキャンダルがあったことだけは存じていますわと真砂子は打ち明ける。 

スキャンダルの相手はエミー石川(日高澄子)というダンサーではありませんかな?と伴内がいうと、あら?と真砂子は、伴内が自分以上の情報を持っていることに気づく。

 ただしそれは手前の調査によると、この事件には直接の関係はありませんな、エミーの場合には高塚選手よりも、レッドソックスのもう一人の選手の方が問題でしょうなと伴内は指摘する。

 もう一人の選手っておっしゃいますと?と真砂子が問いかけると、言えませんな、職務上の秘密ですからなと伴内ははぐらかすので、じゃあ、どう問題ですの?と真砂子が重ねて聞くと、お!こりゃなかなかお勇ましいご質問ですな、暁探偵社の方針は人の褌で相撲を取ることですかな?と揶揄ったので、まあ失礼な!と真砂子は憤慨する。

 伴内は笑いだし、これは失礼を…と頭を下げて立ち去ってゆく。 

「暁秘密探偵社」に帰ってきた真砂子は、社長の久保木春夫(三島雅夫)に、やあ、どうだった?と聞かれたので、失敗でしたわ、叔父は頭から取り合ってくれませんし、帰りには多羅尾なんかに馬鹿にされて…と報告したので、何、多羅尾?と久保木が聞き返したので、私立探偵の多羅尾伴内ですのと真砂子は教える。

 すると久保木は、あの男がこの事件にタッチしているのかね?とニヤつく。

 ええ、エミー石川のこともすでに調査済みでしたわと真砂子は報告する。

 エミーに関しては高塚選手よりレッドソックスのもう一人の方が問題だろうって…と真砂子が言うと、彼がそう言ったのかね?と久保木は確認する。

 ふ〜ん、おい諸君、改めて諸君に注意しとくがね、僕がこの事件にタッチする気になったのは、当局に協力して暁探偵社の社名を大いにあげようと言うのがそもそもの目的だったんだからね、だから万一にも多羅尾あたりに出し抜かれたとなると、当然こちらのメンツを損じることになるんだからね、このことだけは念頭に置いといてくれたまえよと久保木は、その場にいた3人の男性社員にも通達する。

 では今後はどう言う方針で?と男子社員伊達(山本麟一)が聞くと、もちろん事件そのものを追っていくのが本筋だがね、念の為、エミーと関係があるレッドソックスの選手をはっきりして欲しいねと久保木はいうので、伊達は承知しましたと答える。 

「新田英彦」邸を出た新田英彦(波島進)は、家の前に泊まっていたタクシーの片目の運転手(片岡千恵蔵)に、空いてるかい?と聞き、どうぞと言われたので乗り込む。

 青山2丁目!と新田が指示したので、へい、ようがすと答えた運転手は車を発進する。

走行中、運転手はバックミラーで、後部座席の新田の顔色を窺っていた。

 目的地の「川瀬邸」でタクシーを降りた新田に、運転手が、もし!旦那、レッドソックスの新田さんでしょう?と声をかけると、ああ新田だが?と答えたので、あっしはこれからキャバレークラウンに行きますが、エミー石川に何か言伝はありませんかと聞くので、新田の表情はこわばる。

 そのエミーのことであんたはこの春、親友の高塚さんと口論になったそうだね?と運転手が聞くので、よしたまえ!と怒鳴りつけ、新田は川瀬邸に入ってゆく。

 それを見ていた運転手はニヤリと笑う。

 為替邸では女中こと(森和子)が新田様が…と伝えに来たので、何、新田くんが?と川瀬東介(清水将夫)は驚き、一緒にいた娘の川瀬ゆう子(田代百合子)は笑顔になり、居間にやってきた新田にいらっしゃいませと声をかける。 

今もゆう子と君の噂をしてたんだが、君は明日から高塚君に代わって3番を打つんだろう?と川瀬が聞くので、はあ、大体…と新田が答えると、じゃあ責任いよいよ重大と言うわけだな、君はまさか高塚君の二の舞ってことはあるまいねと川瀬は冗談めかして聞く。

 するとゆう子が立ち上がり、お父様、昨日の今日ですのよ、英彦さんが気になさる様なことをおっしゃらないでと抗議したので、ハハッ、早速怒られたなと為替は苦笑し、じゃあ新田くん、ゆっくりしていきたまえと言って座を外す。

 父親がいなくなったので笑顔になったゆう子だったが、新田の顔を見ると、なんだかお顔の色が良くないわ、どうかなさいましたの?と案ずる。

新田は、な〜に、大したことじゃないんですが、来がけに変な男の車に乗っちまって、薄気味が悪いんです…というので、まあ…とゆう子は驚く。

 その頃「キャバレークラウン」にやってきたタクシーの運転手は、別の車から降り立った男が店に入るのを監視する。

 キャバレー内ではエミー石川が踊っていた。 そこにきたのは、レッドソックスの山村二塁手で、「ベース・ボール・スター」社の石黒さんがお見えになっているそうだけどとボーイに聞き、席を教えられる。

 石黒隆正(薄田研二)が、よう山村君!と声をかけ、挨拶してきた山村に、こっちも今来たところだとホステスの横で答え、山村は石黒の横に座ると、同席した他の記者に、先日はどうもなどと挨拶し、その節いただいたこのシガレットケースは金だったそうですねと、内ポケットから出して聞く。

そう…、確か20金だったと思うと相手が答えると、実は僕、そんな高価なものだったら頂戴するんじゃなかったんですといい、山村はシガレットケースを返そうとする。

 それを横で聞いていた石黒は、山村君、そんな堅いこと言わなくても良いじゃないかと口を挟み、これはとにかく僕が預かっておくよとシガレットケースを取り上げる。

 それより見たまえ、エミー石川得意のショーだよと石黒はフロアに注目させる。

エミーは後でここに来ることになってるんだがね、あれは君の隠れたる大ファンだよと石黒は教える。 

なんとか言って、石黒さんは人を煽てることが上手いですからと山村が警戒すると、そう言う出鱈目じゃないよ、本当のところ、エミーは…と石黒は笑う。 

エミーのショーが終わったので、拍手する客の中には久保木もおり、山村の様子を観察していた。 楽屋に戻りかけていたエミーの前に立ち塞がったのは高森真砂子で、エミーさんでいらっしゃいますわねと確認すると、あなたは?と聞かれたので、私暁探偵社の高森真砂子ですと自己紹介する。

 ああ、じゃあ久保木さんのところねとエミーが承知していたので、ええと答える。 何か御用?とエミーが言うので、実は、あの…、レッドソックスの高塚さんのことで…と真砂子が切り出すと、エミーの表情が強張る。

 あなたと高塚さんが特別なご関係だったと言う噂、事実ですの?と真砂子が聞くと、さあどうでしょうか?とエミーははぐらかし、そんなことあなた、冥土行って高塚さんに直接聞いてきなさいよとエミーはバカにした様に答え、楽屋に入る。 

そも後についてきた真砂子は、じゃあそのためにレッドソックスのもう一人、おもらいになったのね?というと、エミーはなんですって!と睨んでくる。

 高塚さんのためにあなたその方を不幸になすったのねと真砂子が言うと、うるさいわね、申し上げときますけどね、あんたみたいな駆け出しの女探偵にとやかく言われる様な筋合いは私の方には絶対ないのよ、さっさとお帰り!とエミーはいう。

 失礼しましたと真砂子が部屋を出ると、ふん、お前なんかに本当のことを言ってたまるかとエミーは吐き捨てる。

 フロアにやってきた真砂子を手で呼び止めた久保木は、その様子じゃ、うまくあしらわれたらしいな、え?と揶揄うので、ご明察ですわと真砂子は白状したので、そうだろうと思ったよ、だから僕はよせって言ったんだよと久保木は笑う。

 でもそのうち、きっと私…と真砂子が悔しさを吐き出したので、まあ君、そうむきになることはないさ、今夜は仕事のことを忘れてゆっくり愉しみたまえよと久保木は宥める。

しかし真砂子は、私はこれで…と言い残し帰ってしまう。 

そんな真砂子は、入り口のところで顔が酷く爛れている不気味な男(片岡千恵蔵)に出会い、恐怖のあまり立ち尽くしてしまう。

そんな真砂子に、その男は、なんでい、どうしたんでい?と声をかけてくる。 

真砂子が無言で通り過ぎると、ふん!バケモンじゃねえと男は吐き捨てる。

 着替えたエミーが楽屋を出ると、瀬尾五郎(加東大介)が背後から監視していた。 フロアにやってきたエミーを、石黒がテーブル席から手招きする。

 待たせるじゃないか、何をしてたんだね?と客から文句を言われると、ごめんなさい、何かうるさいことばかりなのよと言い訳しながらも、山村さん、お久しぶりねと隣に座った山村にエミーは話しかける。

 明日はいかが?ホームラン打てます?とエミーが聞くと、いやわからんですよ、近頃ちょっとスランプ気味ですから…と山村が答えると、そんな心細いことおっしゃるもんじゃないわ、打って打って、打ちまくって、レッドソックスを木っ端微塵にしてくださらなくちゃとエミーは煽てる。 おいおいエミー、

地元チームをそう悪様に言っちゃ、後の祟りが恐ろしいぜと石黒が言うと、構わないわ、私はそれで通っているんだからとエミーは答えたので、大した鼻息だと石黒は愉快がる。

 そうよ!と答えたエミーが踊りましょうか?と山村を誘うと、ええ、でも僕は今夜…と山村は躊躇うので、いいじゃありませんか、軽く踊ってさっさとお帰りなさいよとエミーが進めるので、じゃあ…と立ち上がった山村だったが、その時突然、テーブルにナイフが飛んできて突き刺さったので、全員驚き、ホステスが悲鳴を上げる。

 爛れた顔の男も山村のいるテーブルを観察している。 テーブルに近づいてきたのは瀬尾五郎で、おい山村、すぐ帰んなと声をかけてくる。

 君は誰ですか?と山村が聞くと、誰だって良いじゃないか、帰れと言ったらすぐ帰れよ!と五郎はいう。 

しかし山村が嫌だ!と拒否したので、何だと!と険悪なムードになったので、エミーが五郎ちゃんと止めに入るが、吾郎からうるさい!と突き飛ばされる。 

帰らないのか?と五郎が山村を挑発すると、帰ろうにも帰らないよ、脅迫されたとあってはねと山村が頑として聞き入れないので、野郎…と言いながら五郎がテーブルに刺さったナイフを引き抜こうと手を出した瞬間、別のナイフが飛んできてその側に突き刺さる。

 投げた主を探した五郎は、カクテルグラス片手の不気味な面相の男が近づいてくることに気づく。 そいつはおめえ、マキリと言ってな、仲良しのアイヌからもらったんだ、ジャックナイフよりはずっと切れ味は良いぜとその顔が爛れた男はいう。

てめえ、買う気だな?と五郎が睨むと、な〜に、上には上がいるってことを、ただおめえに知らせておきたいだけだよと不気味な男はいう。

 ジャックナイフよりはマキリ、てめえよりは俺って具合にな…と不気味な男が揶揄うので、てめえと殴りかかろうとした五郎だったが、いきなりカクテルグラスの酒で目潰しされた上に、手をひねられて、不気味な男に難なく押さえつけられてしまう。

 若造、おめえ、北海道の蛸部屋の棒頭って知ってるかい?と押さえつけた五郎に不気味な男が聞く。

 こいつは樫棒一本で、工事の現場の示しをつける鬼みてえな男だ、河童の権こと横川権吉の下にはこういう男が150人もいるんだぜと脅す。 

おう、わかったかよ?わかったら、大人しくしろ!と怒鳴って押し倒す。

 床に倒れ込んだ五郎の足元に、権吉がナイフを投げつけてきたので、吾郎は流石にビビる。

 おう、いい加減に消えなと権吉が言うので、吾郎はそそくさと逃げ出す。

 権吉は、なあ山村さん、明日のレッドソックスの贔屓で、わざわざ北海道から出てきたんだが、贔屓の引き倒しをする様なケチな男じゃねえ、構わねえから、明日は打って売って打ちまくってくだせえよと、側にいた山村を励ます。

 山村は怯えながらもはいと答える。

 翌日のシリーズ戦の実況、結局、4対1で大阪フィリーズの勝ちであります。

 東京レッドソックスは、今は亡き、高塚選手の後を埋めた新田の左中間を破る二塁打による1点のみ、これに対しフィリズは、3番山村の長短打によって4点を挙げ、シリーズの勝利を期したのであります。

 かつて両チームの成績は3勝3敗となり、大激戦のうちに王座決定を最終戦に持ち込むことになったのであります。 

ファンにサインをしていた山村は帰路に着くとするが、山村さん、木俣さんと望月さんが表の車で待ってますよと男が知らせたので、そうかねと答え表に向かう。

 球場を出たところでも新聞記者たちに声をかけられる山村だったが、車に乗っていた木俣伝次郎(上代悠司)と望月八郎(浅野進治郎)を発見し、嬉しそうに手を上げる。 

一方、高森真砂子は街中で多羅尾伴内とばったり再会していた。 

おう、これはこれは、どちらにお出かけでしたかな?と伴内が言うので、警視庁ですのよと真砂子が教えると、ほおと伴内が言うので、社長さんの命令で今日から警視庁との連絡にあたることになりましたと真砂子は明るく答える。 

すると暁探偵社は今度の事件で何か乙神ですかな?と伴内が聞くので、だったら良いんですけど、まだそこまでいきませんのよと真砂子は正直に打ち明ける。 

なるほど…、では私が一つあなたにヒントを差し上げましょうと言うので、ヒントと言いますと?と真砂子が聞くと、伴内はスーツのポケットから折り畳んだ新聞を取り出し、これですよと見せる。

 これは昨日の「ベース・ボール。スター」と「スポーツ特報誌」ですがな、この高塚選手の死の直前を写した二枚の写真の中に、事件を解明する重要な鍵があるのですぞと伴内はいう。

真砂子はその二社のスポーツ紙を凝視するしかなかった。

 警視庁にやってきた伴内から同じスポーツ紙を見せられた大沢警部は、するとあなたは、ガイシャのこの二つの写真が同一のものだとおっしゃるのですかと聞く。

 そうですよと伴内は答え、専門家でないんで断定はできませんがな、どうもそうらしく思われるのですよと告げる。

 津田君、鑑定してくれたまえと大沢警部は白衣の津田鑑識係長(滝謙太郎)に二紙の新聞紙を渡す。

 鑑識の結果、多羅尾さんのおっしゃる通り、これは同一のカメラによって撮られたものですとの報告を津田鑑識係長はもたらす。 

やっぱりそうですかと興奮した伴内は、すると何ですな、「ベース・ボール・スター」社と「スポーツ特報誌」のどちらのカメラに故障があったか、至急調べなければいけませんなと進言する。

 はい、スポーツ特報社ですが?と、かかってきた電話に出た三宅記者(月形哲之介)は、鳩村君、電話だよと戸川記者(片岡栄二郎)に受話器を渡す。

戸川ですと答えた記者は、え?と顔を曇らせると、承知しました、すぐ参りますと答えて電話を切ると、三宅さん、僕ちょっと出かけますと言うので、どこへ?と三宅が聞くと、上野ですよ、上野の友達が急用があるんだそうですと答え、戸川は出かける。

 一方、伴内は大沢警部の車に同乗し、「ベース・ボール・スター」社にやってくる。

 伴内は車の中で待つことにする。

 受付嬢から、警視庁の方が…と名刺を手渡された石黒は、何、警視庁の?と名前を確かめる。

 そこにやってきた大沢警部が、お邪魔します、警視庁の大沢ですと自己紹介したので、社長の石黒ですと答えた石黒は椅子を勧める。

 早速ですがと大沢警部は出した新聞の写真を指し、この写真はこちらでお撮りになったものですね?と確認する。

 ええと石黒が答えると、担当のカメラマンは?と大沢が聞くので、私ですが?と同席していた記者が言うので、お名前は?と聞くと、中原(杉義一)ですと答える。

 お撮りになった写真はもちろん原盤はお持ちですね?と聞くと、はいと言いながら撮りに行こうとするので、それは後で拝見するとして…と言いながら座らせると、あなた、この写真を誰かに譲りはしませんでしたか?と大沢警部は聞く。

 いいえ、決して…と答えた中原金八だったが、その目は泳いでいた。

 しかし我々の調査によると、こちらの「スポーツ特報社」の写真と全く同一のものなんですよねと大沢は「スポーツ特報」誌を出して見せる。

 実は昨日、「スポーツ特報社」の戸川君がネガを無くしてしまったもので…と中原が打ち明ける。 

続いて「スポーツ特報社」を訪れた大沢警部は、警視庁のものですが、カメラマンの戸川さんは?と聞くと、未明が今出かけたと言うので、どちらに?と聞くと、上野へ行ったという。 伴内は懐中時計で、今午後9時20分だと知ると、大沢警部を誘って戸川を探すことにする。

 その頃、戸川は列車に乗っており、買ってきた洋酒をがぶ飲みしてた。 

すると、急に首元を抑えながら悲鳴を出したので、他の乗客が、どうした?と騒ぎ出す。

 捜査本部に戻っていた大沢警部や伴内の部屋に、電話が入り、それを受けた刑事が、11時30分上野発高崎行きの電車の中で戸川らしき男が変死をしたそうですと知らせる。 

変死?と驚く大沢警部に、死体は列車から降ろして、倉賀野の警察署に安置してあるそうですがと刑事がいうと、うん、すぐに出かけると言いたまえと大沢は指示を出す。 

倉賀野町警察署に同行してもらった三宅記者が遺体を見て、戸川君に間違いありませんと確認する。

 所持金を調べた大沢警部は、7〜8万ありますなと言う。

 切符を確認した大沢警部が行先は水上…というと、水上と言えば上越線の温泉場ですなと伴内は指摘する。

 そこまでの切符を買った戸川が、なぜ途中までしか行かない高崎行きに乗ったのでしょうな?と大沢警部が不思議がると、それはですな、一刻も早く東京を去らねばならぬ理由が当人にはあったんですよと伴内が言うので、と言うと?と大沢警部は聞く。

 被害者は電話によって何者かに呼び出され、至急東京を去るように勧められた…、そしてその者からウィスキーを贈られ、贈られたウィスキーには青酸カリが入っていた…とすればこれは!と伴内が話していた時、警官がやってきて、大沢警部殿、ただいま東京から電話がありまして、フィリーズの浜尾監督から山村選手の捜査願いが出されたそうですと報告してきたので、何ですと!と伴内が驚くと、山村選手は昨晩10時過ぎに「キャバレークラウン」を出たきり、合宿に帰らなかったそうですと言うので、大沢さん引き返しましょうと伴内は勧める。

 大沢警部はうんと承知する。 

警視庁から警視3号大沢警部へ、警視庁から警視3号大沢警部へ、大阪フィリーズの山村選手は午前10時10分頃、大和ホテル31号室で死体となって発見された、至急現場へ急行せよ!との無線をパトカー内で聞いた大沢警部と伴内は、そのまま現場に直行する。

 現場を仕切っていた宇田川主任警部(加藤嘉)が早かったねと言うので、帰りの車内でうまく支援をキャッチしたものですから…と大沢警部が答えると、そうかい、で、あちらの結果はと聞く。

 どうやら他殺の線ですが、こちらはどうですか?と大沢警部が聞くと、うん、高塚選手と全く同じケースなんだがね、厄介なことに密室なんだと宇田川主任警部は教える。

 密室ですって?と大沢警部が聞くと、係のボーイの話によると、ガイシャが昨夜の11時過ぎに投宿して、程なく内側から鍵をかけて寝についたと言うんだが、犯人が外部から侵入した形跡は全くないんだよと宇田川主任警部はいう。

 現場を拝見してもよろしいでしょうかな?と伴内が聞くと、どうぞと許される。

 31号室に入ると、まだ山村の死体が転がったままだった。

 死体の位置はそのままでしょうな?と伴内が聞くと、そうですと宇田川主任警部は答える。

 で、致命傷は?と訊くと、下腹部に高塚選手と同じ傷跡がありますから、おそらくそれでしょうと宇田川主任警部は教える。

 すると被害者はブシを縫った毒針を下腹部に打ち込まれて一瞬に絶命したことになるんです…、死亡の推定時刻は?と訊くと、午前2時前後頃かと思われますと宇田川主任警部が言うので、なるほど…と伴内は答える。

 伴内は、入り口のドアの鍵穴を見て、大沢さん宇田川さん、どうやらこれは密室ではないようですなと言い出したので、どういうことです?と大沢警部は聞く。

 さ、問題はこれでしてな…と言いながら、伴内は入り口のドアの前に立つと、犯人がドアをノックする、被害者は目を覚ましてこのドアに近づく、その気配で犯人はこの鍵穴よりいきなり毒針を発射した…と言うことはですな、この鍵穴と被害者の下腹部の傷が同じ高さにあることによって証明されるわけですなと伴内は説明する。

ただ一つ不可解なのは、被害者が宿舎に帰らず、なぜ1人ここに泊まったかと言うことですが、これはおそらく昨夜「クラウン」で被害者と同席された者が…、あ、これは飛んだお邪魔をいたしました、では手前はこれで…と挨拶し、伴内はさっさと帰ってしまう。

 大沢警部は廊下で待っていた山崎刑事に、君は「クラウン」に電話して同席者を調査し、すぐに償還の手続きを取ってくれたまえと命じる。

 大和ホテルから帰るバン内に、お待ちになって!と声をかけてきたのは真砂子だったので、これは探偵嬢さんかなと伴内は答えるが、どこへいらっしゃいますの?と聞くので東京球場ですよと教える。 

あら、ご存知ないんですか?と真砂子が言うので、何をですかな?と伴内が聞くと、試合は明日に延期されたって、先ほど発表がありましたわと真砂子は教える、 あ、なるほど…、じゃあ足の向きを変えましょうと言った伴内は反対方向へ進み始める。

 いかが・目星はつきまして?と真砂子が聞いてきたので、さよう…、大体においてな…と伴内は答える。

犯人は誰なんですの?と真砂子が単刀直入に聞いてきたので、急に振り返った伴内は、高森真砂子!と言って彼女を指差す。

 真砂子は驚いて固まるが、急に笑い出した伴内は、いや、冗談ですよ、冗談、それほどこの三つの殺人事件には意外性があるのですよという。

 とおっしゃいますと?と真砂子が聞くと、目下のところ具体的意は言えませんがな、しかし今夜中には神宮さんが解決の糸口を与えてくれそうですよと伴内はいう。 

神宮さんって何ですの?と真砂子があっけに取られると、実を言うとな、手前はな、いつも事件の解明の時には、明治神宮の外苑に出かけるのですよ、するとふと不思議に霊感が…と伴内が言うので、ずいぶん古風なお話ですのねと真砂子は揶揄う。

 誘う、じゃからしてあんたは私の後などは追いかけ回さず、警視庁へおいでなさい、警視庁では今夜重要な証人を召喚しますからなと言い残し立ち去ってゆく。

 警視庁では宇田川主任警部が、するとあなた方が被害者とお別れになったのは…と話を聞いていた。 エミー石川のショーが終わった後でしたから、10時40分頃だったと思いますなと木俣伝次郎が答える。 

何か被害者に変わったことはありませんでしたか?と木俣伝次郎が聞くと、そう言えば多少…と木俣が答え、物に覚えたようなところがありました、確かにいつもの山村君とは違ってましたと望月八郎が答える。

 なるほど…、で、その後のあなた方の行動は?と聞くと、う〜ん、12時までクラウンにいまして、エミーを連れてレストランへ夜食を取りに行きましたところ、ちょうどそこに「ベース・ボール・スター」社の石黒君が来合わせましたので、4人で「リル」に参りましたと木俣が言うので、「リル」?と宇田川主任警部は繰り返す。

 新橋のナイトクラブですと木俣は言う。 

で、そのナイトクラブに午前5時頃までおいでになったんですね?と大沢警部が聞くと、ええ、皆さんがお放しにならない物ですから…とエミー石川はうんざりしたように話す。 

でもどんな話が出ました?と大沢警部が聞くと、さ〜と気のない返事をするので、山村君や野球の話は出ませんでしたか?と大沢警部が水を向けると、そう言えば出たようにも思いますけど、私、結構酔っていましたから…とエミーははぐらかす。

 話は違いますが、一昨日、瀬尾という男と被害者が揉めたそうですね?と聞くと、ええというので、その瀬尾という男とあなたのご関係は?と大沢警部は聞く。

 別に何もございませんわ、あの男が私に付き纏っているだけのことで…とエミーはいうので、それじゃ、瀬尾は昨夜もあなたの近くにいたわけですねと追求する。

 ええ、「クラウン」では…とエミーは答えたので、「リル」ではどうでした?と聞くと、そんなこと、私にお尋ねになったって無理ですわ、こちらは商売の踊り子ですし、相手はそこに出入りの顔役ですもの…とエミーはいう。

 や、ご苦労でした、どうぞお引き取りくださいと大沢警部は例を言う。 

そのエミーが帰るのを見ていた真砂子は、捜査一家の部屋の前で中の様子を伺い始めるが、電話に接続してあった録音テープを持って大沢警部が部屋から出てくる気配がしたので思わず背を向ける。 

部屋から出てきた大沢警部は真砂子に気づくと、何をしてらしたんですか?と聞く。

 はあ、あの…、何か手がかりございましてと真砂子は聞くが、そう言うご質問にはお答えできませんねとあっさり大沢警部に拒否される。

 いくら高森博士のご親戚でも、あなたは捜査員ではないんですからなと言って、大沢警部は立ち去ってゆく。 

取り残された真砂子は、フン!という感じに、ちょっと顔を歪めて見せる。

 刑事部屋に戻ってきた大沢警部は、刑事にすぐに瀬尾五郎の身辺を洗うように指示する。

 警視庁の前の木の陰で待ち伏せしていた瀬尾五郎は、入り口からエミー石川が出てくると移動する。

一方、同じく警視庁を出た真砂子、タクシーを停めて外苑までと頼む。 

その頃多羅尾伴内は、一人で寂しい外苑内を歩いて考え事をしていた。

 エミーは日比谷公園の公衆電話ボックスで電話をする。 それを尾行してきた瀬尾五郎が暗闇の中から監視していた。

 電話の相手は新田だった。

 新田が出ると、私エミーというので、誤用は何ですかと他人行儀な口調で聞くと、私、おりいってお話があるの、すぐに日比谷公園までとエミーはいう。

 お断りしたらどうなりますと新田がいうと、あなたが川瀬ゆう子さんと結婚できなくなるだけよ、それでもよろしかったらどうぞ、1時間だけお待ちしますわとエミーは脅して電話を切る。

 思案に没頭していた多羅尾伴内は、わかってきた、高塚、戸川、山村…、この3つの殺人事件をつなぐものは…と呟いていたが、その目の前に三人の男が近づいてきた時、素早くその場から逃げ出す。 

外苑の暗がりの中を逃げる伴内を追う3人の男。

 覆面で顔を隠した3人の男は銃で発砲してくる。

 伴内は窪地にジャンプして身を隠すが、帽子だけは見えているので、銃弾がその帽子にあたる。 3人の男は走って逃げて、停めててあった車に乗り込むと発進する。

その車とすれ違う形でやってきたタクシーから降り立ったのが真砂子で、窪地から出てきた男とすれ違うが、多羅尾伴内とは少し様子が違うので、一旦はやり過ごしかけるが、やはり気になって、あの…と声をかける。

 何じゃいと振り返ったせむし風の男に、もしやロイド眼鏡をかけた泥鰌髭の男、お見かけじゃありませんでしたでしょうかと聞く。

 せむし男は、ああ、その男なら野球場の方歩いとったよと追うので、真砂子は礼を言って立ち去る。 それを見送ったせむし男は、わからん…と呟く。 

一方、日比谷公園のベンチで新田の来るのを待っていたエミリー石川は、近づいてきた新田に気づき立ち上がると、やっぱりきてくださったのねと喜ぶ。

 御用はなんですか?と新田が聞くと、他でもないんですけど、よりを戻していただきたいのよとエミーは頼む。 

よりを?と新田が驚くと、ええ、あの時は私、高塚さんのあなたへの友情に押し切られて、無理に別れさせられたんですもの…、その高塚さんがいなくなったら、よりを戻したくなるのは当然じゃない?とエミーはいう。

 しかし僕には…と新田が言いかけると、ゆう子さんがいらっしゃると言いたいんでしょう?そんなこと私の知ったことじゃないわ、ねえあなた、久しぶりにどっか急いで行きましょうよ、ネッ!とエミーは新田に体を寄せる。 

だが、新田は嫌だと拒絶する。 

そう…、じゃあ無理にお願いしないわ、ご一緒に撮った写真とあなたからいただいたお手紙をゆう子さんのお父様のところへ送るまでよとエミーはいう。

 ふふふ…、と言ってしまえばそれまでだけど、ねえ新田さん、私だって小娘じゃないんだし、そんな野暮なことは言わないつもりよ、とにかくよりを戻していただいて、その上で1つだけ私の願いを聞いてくだされば良いのとエミーが言うので、願いってなんですか?と新田が聞くと、後でゆっくりお話しするわ、さ、とにかくどっかへ…とエミーが言いかけた時、木の陰から姿を現した瀬尾五郎に気づく。

近づいてきた五郎は、新田、おめえ大したいい男だなと言ってきたので、なんだ君は?と新田が聞くと、俺か?瀬尾って言ってなエミーとはまんざら他人でもない間柄よと答える。

 しかしエミーは、ふん!よしとくれよ、私とあんたがどうだっていうの?と突っぱねるので、人聞きの良いこと言うな!遊んどいて、それきり知らんぷってことはねえじゃないかと五郎が言うので、わかったわ、あんた、私のすることに水を刺すつもりなのねとエミーはいう。 

どうだかな、おめえの胸に手を当ててみなと吐き捨てた五郎は、おい、帰れよというなり新田を殴ってくる。

 何をするんだと聞く新田に、何もかもあるけい、お前が憎いんだ!と言いながら殴りかかってくる。 新田の方も五郎を背負い投げにすると組み合って戦う。 

その間、エミーは、自分に向かって手で合図をする人物を見て頷いていた。

 やがて新田のパンチが効いたのか、五郎が倒れたので、新田は慌てて瀬尾の名を呼びながら抱き起こそうとするが、返事がないので途方に暮れているところに誰かが近づいてきたので逃亡する。

 翌朝の新聞には「日比谷公園に他殺体!」「被害者は山村選手殺しの容疑者か?」の見出しが踊る。

 外は雨が降る中、警視庁の中の椅子でその新聞を読んでいた真砂子は、多羅尾伴内がやってきたので、お早いんですのねと声をかけ立ち上がると、あなたもなかなかご精勤ですなと版愛も答える。

 いかが?神宮さんのご利益はありまして?と真砂子が皮肉ると、ありましたよ、その証拠に瀬尾五郎が殺されましたなと伴内が言うので、真砂子は驚いて立ち止まってしまう。

 捜査会議が行われていた部屋に入り込んだ伴内が、昨日の解剖はすみましたかな?と聞くと、大沢警部が、ちょうど今その検討をしているところですよと言う。

 それは好都合です、で、致命傷は?と伴内が聞くと、後頭部の打撲なんですがね、不審な点が二、三あるんですと大沢警部は教える。 

不審な点と言いますと?と伴内が尋ねると、後頭部…、つまり致命傷の箇所ですな、別々の凶器による二つの打撲傷があるのです、結局、第二の打撃によって瀬尾は絶命したわけなんですが、精密検査によると第二の打撲は被害者が仮死状態の時に加えられたものらしいですと大沢警部は言う。

 それを聞いた伴内は、それは奇妙な話ですな、ちょっと写真を…と言い、大沢警部から被害者の状況写真を見せてもらう。 

写真を確認した伴内が、格闘の跡がありますなと指摘し、背後には木の幹があり、死体は打撃を受けて前のめりに屈服したかのように見えますか、すると、こう言う推定がつぎをいるわけですなと言い出す 被害者は格闘の結果、後頭部を木の幹にぶつけ、気を失って前のめりに倒れた…と、そこまで話した伴内は、入口のドアの前まで行き、いきなりドアを開くと、そこに真砂子が立っていたので、大沢警部は驚にあの、何だ!と怒鳴る。

 真砂子は、あの…と言いかけるが、すみませんと詫びると、退却するしかなかった。

 笑ってそれを見送った伴内はドアを閉め、ところで山村くんの件ですが「クラウン」での同棲者はお調べになりましたか?と聞くので、大沢警部は、ああ、昭和林業の社長木俣伝次郎、専務の望月八郎、それからダンサーのエミー石川は昨夜召喚しましたが、実はそのエミーが行方不明になったんですと大沢警部は打ち明けたので、ん?エミーが!と伴内は驚く。 

出る時には毛頭そんな気配はなかったんですがね〜と大沢警部は指摘する。 

お差し支えなければエミーの証言の内容をお聞かせ願えませんかと伴内は頼むと、ちょうどここに録音がありますからと大沢警部はいい、録音テープを再生する。 

話は違いますが、一昨夜「クラウン」で瀬尾という男と山村が揉めたそうですね?ええ…、その瀬尾という男とあなたとのご関係は?別に何にもございませんわ!あの男が私に付き纏っているだけで…と、それじゃ昨夜もあなたの近くにいたわけですね?ええ「クラウン」では…、「リル」ではどうでした?そんなの私にお尋ねになっても無理ですわ…、こちらはキャバレーの踊り子ですし、相手はそこに出入りの顔役ですもの…、いやご苦労でした…と再生した大沢警部が、いかがですか?と聞くと、いやいや大変に参考になりました、この証言の内容によりますと、いかにも瀬尾が山村を殺したように思われますな?と伴内は指摘する。 ところが瀬尾が殺され、トミーがどこへともなく姿をくらましたとすればですな、この殺人は計画的なものではなく、偶発的なものだと想像されますなと伴内が言うので、多羅尾さん、するとあなたこの事件について何か…と宇田川主任警部が口を挟む。

 いやいや全く見当はついておりませんがな、しかしこの連続殺人は今後も続けられ、大詰めに大荒れに荒れることだけは確実ですなと伴内が言うので、宇田川主任警部は深刻な表情になる。

 雨が降り頻る中、川瀬邸では、深刻な顔をした新田とゆう子が、窓の外の豪雨の音にも怯えていた。 二人の前には、瀬尾の死体が発見された新聞記事が置いてあった。

 それでどうなさるおつもりなんですの?とゆう子が聞くと、一度うちに帰って自首しようと思いますと新田が答えたので、まあ、自首を!とゆう子は驚く。

 旅行からお父様がお帰りになったら、あなたからこの事を…と新田は頼むが、いけませんわ、明日の試合にだけはどうしてもお出にならなければ…とゆう子が勧めるので、しかし僕はすでに脅迫されているのですと新田は告白する。 

まあ!と踊ろうゆう子に、今朝ほど実はこんなものが…と新田は内ポケットから出したものを見せる。 

そこには新聞の文字を切り抜いたものが貼られており、「我々は知っている、今後の君の運命を左右するのは我々だ、命令を待て」と読み上げたゆう子に、おそらく相手は僕の弱点を利用する魂胆なんでしょうが、こんな脅迫を受けるより、いっそ自首した方が…と新田はいう。

 断じていけませんわ、どんなことがあっても明日の試合だけには…とゆう子が言いかけた時、電話がかかってくる。 電話の受話器を取ったゆう子は、英彦さん、あなたに…というので、新田は、僕に?と驚く。

 電話の相手は音にあので、新田君かね?と聞くので、そうですと答えると、手紙を読んだろうね?というんで、はいと答えると、ゆう子君も承知かね?と聞いてくる。

はいと答えると、それでは次の指示を待ちたまえと相手はいうので、あなたはどなたですと聞くと、な〜に、いずれ分かるがね、決して悪いようにはしないから安心したまえと相手はいい、電話は切れる。

 ゆう子は誰でしょう?と怪しむ。

 「ベース・ボール・スター」者の社長室に受付嬢が来て、あの〜、横川さんと言う方が…というので、横川?と石黒は怪訝そうに答える。

 俺だよ、権吉だよと言いながら入ってきたのは、先日「キャバレークラウン」にいた、顔が半分爛れた男だったので、ははっ、いらっしゃい、いつぞや「クラウン」でお目にかかった…と石黒が気づくと、そうだよ、よく覚えて種と言いながら権吉は勝手に椅子に座る。

 で、ご用件は?と石黒が聞くと、ははっ、雨だよと権吉はいう。 雨?と石黒が不審がると、生憎の雨でこいつがムズムズしてくるんだと言いながら、権吉は自分の左手首に入れたサイコロの刺青を出して見せる。

 俺は生まれついての性分で、賭け事は三度の飯より好きなんだ、この雨でむしゃくしゃしている間に、一か八かの運試しをする気になったんだよと権吉が言うので、それをもっと具体的にと石黒が聞くと、勘が悪いね、お前さん、俺の一発勝負、明日のレッドソックスにこの金を張ろうって言うんだよと言い、権吉は「一千万円の小切手」を差し出す。

 どうだ、受ける相手いねえかい?と権吉が聞くと、せっかくですが、当社はそんな…と石黒が答えたので、えっ、よしねえ!俺のこの目はただの目じゃねえんだよと息巻く。

 こっちの条件は発表されたレッドソックのメンバーに変更がねえこと、ただそれだけだと権吉はいう。

 いや〜、わかりましたよ、早速心当たりを探してみましょうと石黒は答える。

 そうかい…、じゃあ今夜、柳橋の「新松川」で…と言い残し、権吉は帰ってゆく。 

料亭「新松川」前に車で到着した石黒は、降りたところで待っていた久保木春夫に、どうだった?銀行の方はと聞くと、大丈夫、確かに横川権吉名義の口座があると久保木は答えたので、じゃあ、あっちを頼んだぜと言い残し、自分は料亭に入る。 座敷では横川権吉が芸者(久保幸江)と野球拳に興じているところだった。 

石黒が来ると、権吉は、来たか!と喜ぶ。

 遅くなりましたと挨拶した石黒が連れてきたのは、木俣伝次郎と望月八郎だった。

 お見かけかと思いますが、昭和林業の木俣氏と望月氏ですよと石黒が紹介し、木俣たちは名刺を差し出す。 

名刺を受け取った権吉は、わしは横川ですと名乗り、木材の方、やってなさるか、そいつは手堅い商売だ、どうじゃな?わしと一つ取引なさるかな?と聞く。

 すると木俣が、ええ、是非ともそういうことに…と返事したので、じゃあ、細かい話は後回しにして、とりあえず野球拳でツーッといきましょうと剛吉はいう。

為替亭に再び電話がかかってきたので、ゆう子が出ると、川瀬ゆう子君かね?と相手は聞いてくる。

 はいと答えると、こちらは先ほど電話したものだがねと言い、実な新田くんのことでおり行ってあなたにご相談があるのだが、お宅の近くの氷川神社まで出てきてくれませんかと相手はいう。 

ゆう子が返事をためらっていると、もしもし、お返事は?というので、参りますとゆう子は答えて受話器を置く。

 コートを着て外出したゆう子だったが、森の中で拳銃を持った3人の男に囲まれてしまう。 新田邸で電話を受けた新田は、新田くんだね?と相手から聞かれ、はあと答える。 

電話の相手は、念の為お知らせしとくが、川瀬ゆう子君は、確かにこっちにお預かりしたよというので、新田は驚く。

 そのゆう子君の生命の安全のために、君は明日、守備の場合は失策し、攻撃の場合は三振するんだと公衆電話から電話をかけていた相手は指示する。

どうする?今行って事を約束できるかね?と相手が言うので、新田は返事を躊躇うが、我々は単なる脅迫者ではない、一度口にした事を必ず実行するんだ、お前が約束を破った場合、川瀬ゆう子君のいもちは必ず失われる事を明記して起きたまえ、いいかね?と相手はいって電話を切る。

 (野球実況アナ)まさにこれ、世紀の決戦と申しましょうか、すでにここを迎える事三度、レッドソックスは高塚を、フィリーズは山村をと、その主力打者を失いながらも、対戦成績は三勝三敗!共に相拮抗して譲ることのない選手権シリーズの最終戦の試合開始は刻々と迫っております。 

さあ、全力で行こう!と呼びかけたリーダーの後をついて選手ルームを出ようとした背番号3の新田は呼び止められる。 

こちら特に今日サードコーチをやってもらう前野さんだがね、おりいって君に話があるそうだよと監督が紹介する。

 サングラス姿の前野(片岡千恵蔵)は、時間がないのでテキパキと答えて欲しいんだが、君はおとといの晩、どんな凶器で瀬尾の後頭部を打ったんだね?と聞いたので、新田は固まる。

 打ちはしません、僕が突き飛ばしたはずみに後ろの木に後頭部を打ちつけ、そのまま転倒したんですと新田は答える。

 確かにそうかね?と前野が聞くと、はいと新田が言うので、すると僕の想像通りだ、君は自分で瀬尾を殺したと思い込み、それで脅迫に負けたんじゃないかね?と前野が言うので、いえ、そんな…と新田は狼狽したので、じゃあ仔細は後で話をするがね、君は瀬尾殺しの真犯人じゃないよと前野は告げる。

 え?と新田は驚くが、瀬尾を殺した犯人は他にある、だから君は今日の試合で正々堂々と戦ってくれたまえと前野は指示するが、だめなんだ、それじゃあゆう子さんが!と新田がいうので、何?ゆう子さんが!と前野は驚く。

僕の許嫁の川瀬ゆう子が人質に取られているんですと新田は打ち明ける。

 だから僕は、約束に従わないとゆう子さんが…と言うので、バカ!と前野は新田の頬を殴りつける。

 君は自分をなんと考えているんだね?全国の野球ファンや子どもたちにとっては、君はある意味での英雄なんだ、どんな事情があるにせよ、ファンの期待、子供の夢を浴びてそれで済むのか!ゆう子さんのことは及ばずながら僕が引き受けよう、さあ行きたまえ、戦うんだ!というと、前野は新田の手を引いてグラウンドへ向かう。 

球場の客席には石黒たちも見にきていた。

 (実況アナ)川島球審の手が上がって、いよいよ試合開始であります。 

「株式会社昭和林業」の会社の門には、「本日休業」の札が下がっていた。 

その建物の2階では、野球実況のラジオがかかっている中、川瀬ゆう子が椅子に縛られ、猿轡もかまされている一方、エミー石川が側で監視をしていた。

 どうやらこの調子だと、あんたの命は危ないようだわねと、タバコを吸いながらエミーはいう。 

レッドソックスは4回裏新田のホームランで1点、フィリーズは7回の表、橋本の2塁打による1点と双方譲らず、ついに園長にも連れ込んだこの一戦はいよいよ白熱の度を加えています。 

かくて13回の表フィリーズの攻撃は、2アウトでランナー2塁、バッターは4番の強打者酒井! 井川、キャッチャーのサインに頷き、プレートを踏みました。 第4球投げました!打ちました!センター間大きな当たり、入りました、ホームランであります、フィリーズがついに2点をリードしました! ラジオでその結果を聞いたエミーは、これでどうやら頂だよ!とゆう子に話しかけ、大喜びしていた。 

(実況アナ)激闘実に3時間10分!夕闇迫る中で行われたレドソックス13回裏の攻撃は1点を返し、3対2と1点差に迫り、治らんなーは1類2類に出ております。 

しかもバッターは今日の当たり屋新田の登場であります。

今新田、右のバッターボックスに入りました。 キャッチャー赤城は全軍を激励してサインを送っています。

特点は3対2!タイミング欄を2塁、ウィニングランを1塁において、期待される強打新田の一撃、良く塁上の走者を一掃するか? 一打入れるか、逆転も可能であります。

マウンド上の三好投手セットポジションから軽く2塁に牽制球を送りました。

 バッター新田も慎重ならば、三好、赤城のバッテリーもーも極めて慎重、息詰まるような一瞬であります。

 バッターを狙う「ベース・ボール・スター」社のカメラマン中原の「栄光社」カメラ。

 バッター新田は悠々と第1球を見送りました。

続いて三好、第2球を投げました。

惜しくも外れてボールであります。 周囲の様子をじっと見守る前野サードコーチ。

これでカウントは1ストライク、1ボール。

 2アウトでランナーは1塁2塁!1点のリード、バッターの新田はバッターボックスを外しまして大きく1回、2回とスイングを示しております。

深呼吸一番、打たんかなの気勢! 新田今、右のバッターボックスに入り直しました。

キャッチャー赤城、今3球目のサインを送っております。

 カウントは1ストライク、1ボール、三好投手頷いて、第3級もセットポジションであります。

 第3球投げました! 銃声が響き、中原がカメラを落とす。

 カーブの球、打ちました!ボールが高い、ぐーんと伸びています。

 今走者2人目帰りました、ついに逆転!3対4、さよならゲーム! 球場にいた木俣、望月、久保木らが一斉に席を立つ。

 客席にいた大沢警部が部下たちに動くように指示する。

 前野コーチも通路から裏に消える。 

かくて話題を呼んだ国民選手権リーグは激闘の末、3対4の対戦成績を持って、イーストリーグ東京レッドソックスの勝利に終わったのであります。

 カメラを持って逃げるカメラマン中原を追う刑事たち。 中原は途中で転んでしまう。 

追いついた大沢警部らが中原を取り押さえ、駆けつけた前野コーチが落ちていたカメラを拾い上げる。

 レンズ部分に仕掛けを発見した前野は、なるほど…と納得すると、想像通り、毒針はこのカメラから発射されていたのですと指摘したので、大沢警部は驚く。

 なるほど…と感心していた大沢警部だったが、物陰から狙う拳銃に気付き、危ない!と叫ぶ。

 前野や刑事たちがしゃがむ中、銃声が響き、カメラマン中原が撃たれてしまう。 

刑事たちが狙撃手を追う中、グラウンドでは胴上げが行われてりおり、それを客席から石黒が見ていた。

 その石黒が、新田くん!と呼びかけたので、胴上げをされていた新田が地面に降りて近づく。 

金網越しに、やあ!と挨拶した新田に、ある筋からの確実な情報によると、君は狙われている、ゆう子さんも危ないんだよ、僕がついている限り心配ないよと石黒は話しかけてくる。

 誰にも内緒で身支度をして、あの1塁側の広場に来たまえ、いいかね?待ってると石黒はいうので、新田ははあと頷く。

 その頃、裏通路では、大沢警部が、中原!誰が君を打ったんだ?と倒れたカメラマンに呼びかけていた。 そこに刑事たちが戻ってくるが、申し訳ありません、見失いましたと報告する。

 その場にいた前野は球に思いついたように、レッドソックスのチームの方へ走り、出会った監督に、新田くんは?と聞くが、いや、私も探しているんです、さっき「ベース・ボール・スター」社の石黒さんと話していましたがね、これから式があるのにどこに行ったのでしょうか?という。

 それを聞いた前野コーチは、しまった!という。

 石丸と一緒に車に乗せられた新田は、途中でどこまで行くんですか?と聞くと、隣の後部座席に座っていた石黒から銃を突きつけられ、静かにするんだと命じられる。 

「暁探偵社」にオープンカーで来た多羅尾伴内は、社内にいた高森真砂子に、「ベース・ボール・スター」社の石黒が来ませんでしたか?と聞くが、さあ存じませんけど…というので、じゃあこちらの久保木さんと社員の方々は?と伴内が聞くと、私、つい先ほど警視庁から帰ったばかりで…と真砂子は答える。

 すると伴内は、やめろ!と怒鳴りつけ、真砂子の手を捻って背中に固定すると、何をするんです!という真砂子に、ジタバタするんじゃない!誤算ですぞ、高森博士の姪御さんがまさか悪の化身とは思いませんでしたなと伴内が言うので、真砂子は驚く。

 何のお話です?と真砂子が聞くと、あの日わしは、「ベース・ボール・スター」紙と「スポーツ特報」紙に掲載された数々の写真が同一のものであるとあんたに暗示した、すると程なく戸川君呼び出しの電話がかかり、逃走の途中で彼は変死を遂げた…。 

またわしはあの日神宮外苑に行くことを話した、すると3人の男が現れて、わしに拳銃の乱射を浴びせかけた、しかもあんたはその直後に現場に姿を現して、翌る日私に会った時には、全然そのことには触れなかった。

 いつの間にか表情が変わっていた真砂子は、おっしゃることはそれだけなんですか!と伴内を睨みつける。 あんたは悪の化身と探偵するに、これ以上の事実がいりますかな?と伴内が迫ると、じゃあ手をお離しになってと真砂子はいう。 離せば一切を自白しますかな?と伴内が聞くと、ええ、致しますと真砂子は答える。 

じゃあどうぞと手を離した伴内だったが、いきなり振り返ってビンタしてきた真砂子は、馬鹿にしないでちょうだい!ボンクラ探偵!ヘボ探偵!あなたのその二つの目は節穴なの?ガラスなの?と罵倒し始める。

 それがあなたの自白ですかな?と伴内が問いかけると、ええそうよ、一体私が何をしたって言うんです!と真砂子は言い返してくる。

 私はここの社員として、あんたが言ったことをその都度社長さんに申し…と真砂子が言いかけると、え?その都度社長に?その社長さんは今どこにおられます?と伴内は聞く。

 存じませんと真砂子が言うと、思い出してください、社長さんと社員たちは時々遠出をしませんでしたかな?と伴内は確認する。

 遠出?そういえば昨晩千葉へ…と真砂子が思い出したので、千葉へ?と伴内は表情を引き締める。 

今朝ほど社員の三宅さんがそんなことを話していましたわと真砂子が言うので、なるほど千葉には昭和林業の特大工場があると伴内は気づく。 

すぐに出かけようとしかけた伴内は、あんたはすぐに警視庁へ行ってくださいと指示し、真砂子ははいと答える。

 新田と石黒を乗せた車が夜の道を疾走し、坂内の運転する車がそれを追う。

 大工場に着いた車がクラクションを鳴らすと、中で待機していた子分たちが車のところに出てきて、後部座席の新田に、出ろ!と命じる。

 建物の2階の窓からはエミーが外の様子を窺っていた。

 新田の姿を確認したエミーは背後で縛られていたゆう子を見てほくそ笑む。

 新田の前に来た久保木は、この嘘つき目!と言いながらいきなり殴りつけてくる。 

どうする?と木俣が聞くと、お前たちは2階のあいつをしょっ引いて来いと石黒が伊達達に命じると、睨んでいる新田に、行きなと体を押す。

 新田を連れ倉庫にやってきた石黒は、そこにいた部下に縛れと命じる。 

その頃多羅尾伴内からの無線連絡が警視庁の大沢警部の元へ入っていた。

 やがて縛られていたゆう子も倉庫に連れてこられる。 

あ、ゆう子さん!と新田が叫ぶと、そっちも何か言いたいだろう、猿轡とってやれと石黒が命じたので、口が自由になったゆう子も英彦さん!と呼びかける。

 しかし新田はかけてやる言葉がなかったので黙っていると、エミーがゆう子に、お別れの言葉にしてはあっさりしてるわねと揶揄い、ね、もっとおっしゃいよと新田にも近づいてけしかけると、急に高笑いし始める。 

さあ、それじゃあ判決を申し渡すけねと久保木がゆう子の前に近寄ってくる。

 約束に違反した廉により、われわれの犯罪の隠匿上、君たちはここで死刑になるんだ!と久保木が言い渡す。

 見ろ!死刑の方法はあれだよと石黒が顔で指した先にあったのは、木材切断用の2台の巨大な旋盤だった。 

エミー、猿轡しろとゆう子のことを指示したので、待ってくれ!と新田は呼びかける。

 何だい?と石黒が聞くと、僕はどうされても良い!しかしゆう子さんだけは!と新田は迫り、ゆう子の方も、いいえ、私はどうなっても、新田さんだけはと訴えたので、エミーがお黙り!と叱りつけ、再びゆう子に猿轡をする。

 新田とゆう子の両名の顔を確認した久保木が、執行だと宣言する。

 部下達によって新田とゆう子の体が、千番の上に置かれた木材に横たえられる。

 咥えたパイプタバコにライターで火をつけた石黒は、丸鋸が君たちの頭に触れるにはまだ時間がある、まあ人生をゆっくり楽しみたまえよと二人に言い渡す。

 やがて旋盤のスイッチが押される。 モーターが回転し出し、旋盤が回る。

 久保木がが指示し、スイッチが入ると、木材が旋盤に向かって牽引される。

 木材が端から切れ始める。 

その時、銃声が倉庫内に響き、旋盤のスイッチが止まると、奇妙な笑い声が聞こえる。

 望月が倉庫の電気を切り、暗くなった隙に全員逃げ出す。

 知ってるよ、知ってるよ!という声が聞こえる。 石黒達は、工場の門が大量の木材で塞がれ、逃げられなくなっている事に気づく。

 石黒は、奇妙な声の正体が木材の影に置いてあったテープレコーダーだと気づくと、引き返せと命じる。 倉庫に戻って来て照明をつけると、木材の上の新田とゆう子の姿は消えていた。

 事情がわからず一味が狼狽えていると、動くんじゃねえ!と威嚇する声が聞こえる。

 倉庫内でも一際明るい場所に立ち上がったのは銃を持った横川剛吉だった。

 横川!と石黒が驚くと、何おめえ、7つの顔の男だよと剛吉はいう。 

ある時は無名の老医師、ある時は多羅尾伴内、ある時は片目の運転手、ある時は河童の権こと横川権吉、ある時はせむし男、ある時はレッドソックスの三塁コーチよ、しかしてその実態は!と言いながら権吉は自分の顔の爛れメイクと衣装を引き剥がす。 

正義と真実の人、藤村大造だ!と正体を明かす。

 遅れて倉庫に戻ってきたエミーは、中の異変に気づくと、入口のところで身を隠す。

 初めに昔話をするがね、戦時中上海に暁団という結社があった、その結社は殺人請負、婦女誘拐、賭博の胴元などをもっぱら常習としていた。

 そのメンバーが戦後日本に帰って3つに分かれ、1つは昭和林業、1つはスポーツ新聞、1つは探偵社を始めた。

 ただしそれは表向きで、裏じゃ常に緊密に連絡を取って、種々の犯罪、特に最近は大掛かりな賭け事に熱中していた。

 …ということは諸君が一番ご存じのはずだ…と藤村はいう。 

やめろ!と言いながら木俣がポケットから銃を取り出そうとすると、藤村の拳銃が火を噴き、二丁拳銃になる。

さて事件の解明だが、国民選手権シリーズの5回戦に、君たちは多額の金をフィリーズに賭けていた。 ために一打逆転を恐れ、中原に命じて発射装置のある写真機に、毒針を持って高塚くんを殺そうとした…。 が一瞬の差でホームランを打たれ、君たちは大損害を被った。

 そればかりか犯罪の発覚を防ぐために多額の金を投じ、戸川からあの写真を買い取らなければならなかった。

次に6回戦には、今度は君たちはレッドソックスに賭け、フィリーズの山村君の八百長に期待した。

 ところが山村君は君たちの期待を裏切り、フィリーズの勝利に終わったために、ここで君たちは瀬尾の脅迫を口実に、山村君を大和ホテルに誘い、夜中密かに中原に殺害させた…と、藤村の謎解きが続いている間に、倉庫の横のガラス窓の破れ目の所まで移動したエミーは、銃を藤村に向けていた。

 最後に7回戦だが、これはもう説明の必要もないだろう…、戸川に毒のウィスキーを送ったのは前に出ろというと、久保木が前に出る。

 瀬尾を撲殺したもの前に出ろ!というと石黒が前に出る。 

中原を射殺したもの前に出ろ!というと、伊達が前に出る。 

ところで紅一点、エミー石川はどうしてる?と藤村が聞くと、窓ガラスの奥でエミーが笑い、ここだよ!と叫ぶなり銃を撃ってくる。

 藤村を初め全員がしゃがみ込む。

 藤村が直ちにエミーを射殺し、銃撃戦が始まる。 

藤村は倉庫の電源スイッチを撃って照明を切ったので、倉庫内は闇になる。

 藤村は物陰に隠していた新田らに、さ、早く窓からと指示し、新田ははいと答える。

 藤村はその間に銃弾を詰め替える。

 敵は新田らが逃げようとした窓を撃ってくる。 

その頃、警察のパトカーが接近していた。 

大沢警部の車には、高森真砂子が同乗していた。

 倉庫の外に出ても銃撃戦は続くが、藤村の1超の拳銃の銃弾はすでに尽きて予備も切れていた。 

その直後、工場前に警官隊が登場し、大量の警官達が降りてくる。

 伴内のもう一丁の拳銃も弾切れになり、藤村はしまったという。

 石黒や木俣たちが藤村に接近した時、工場内に警官隊が乱入してくる。

 背後の警官隊と応戦しながら逃亡を図った石黒らだったが、前方からも別の警官隊が接近して来て挟み撃ちになったと悟る。 

石黒達が両手を上げて警官隊に屈服したのを確認した藤村は、ニヤリと笑ってその場を去る。

その直後、倉庫から新田とゆう子が出てきて抱き合う。

 そこへ駆けつけた真砂子は、多羅尾さんは?と新田らに聞き、安否を求めて探し出したので、新田らもその後を追う。 

工場の入り口付近にやってきた真砂子は、書き置きが置いてあることに気づき、その内容を読む。

「空深く無心に輝けばこそ、匂いさやかに無心に開けこそ、光の道一筋、無心にたどればこそ、月は美わし、花は美わし、人は美しきかな」 走り去る車を運転する藤村は微笑んでいた。

 それを見送る真砂子は、あなたはお気づきだったでしょうか?あの時、神宮に駆けつけた私の気持ち…

 終

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