「白い巨塔」1

映画全盛期頃は、基本、映画を各社が自社製作(系列の外部製作会社作品もあり)しており、二本立てのプログラムピクチャーで得た利益で、年に何本か「芸術祭参加作品」や巨匠映画を作っていたが、本作もその一本。

山崎豊子原作、橋本忍脚色、山本薩夫監督で、白黒特有の重厚な社会派文芸作品になっている。

主人公が医者で、舞台は大学病院、医療を描いた素人にはわかりにくい内容かと言うとそうでもなく、大学病院内で繰り広げられる権力闘争や選挙を描いた人間臭い戦いのドラマであると同時に、ピカレスクロマン風にもなっており、素人が見ても十分楽しめるサスペンスフルな展開になっている。

主人公の財前五郎は、医者としての抜群の技量とともに、上昇志向の強いアクの強い人間として描かれており、「赤ひげ」(1965)のような感動の名医物語ではないのが興味深い。

謙虚さが微塵もない、自信だけに満ち溢れたその特異な人物像は、フィクション特有の誇張とはいえ、現実にいそうに思えるところがこの作品のリアリティになっているように思える。

財前の愛人役の小川真由美さんの魅力も際立ってる。

特に、財前の地位が危うくなってからの上から目線の冷酷悪女キャラは独壇場だろう。

「天国と地獄」のボースン役で知られる石山健二郎さんは、決して達者な役者には見えないが、その個性的な風貌で印象に残る。

こうしたベテラン陣に混じり、後半のクライマックスで重要なポジションを務めることになる柳原役の竹村洋介さんは、他の作品でお見かけした記憶がないだけにインパクトが強い。

大学のモデルが大阪大学らしいということもあって、大阪大学医学部出身の手塚治虫の名作「きりひと讃歌」(1970~1971)や「ブラック・ジャック」(1973~1978)が、本作や原作に全く影響を受けてないとも思えない部分がある。

映画としても、当時の大映俳優を中心に名脇役陣が総結集している印象で、見応えのある名作であることは確か。

どうやら、本作の原作にはこの映画化の際にはまだなかった続編があるらしく、テレビドラマではそれも含めて映像化されたらしいが、本作は本作でまとまっており、途中で終わったとか、物足りない印象はない。

「男はつらいよ」のおいちゃん役下條正巳さんや「金田一シリーズ」のよし、分かった!の警部役加藤武さん、「砂の器」の老父役で知られる加藤嘉さん、そして何より、テレビ版水戸黄門でお馴染みの東野英治郎さんなどが、選挙の裏で蠢く俗物教授役を見事に演じている。

とはいえ、今見ると若干意味不明なシーンもないではなく、財前が愛人のケイ子のアパートに行くと、カーテンを開けた窓からビル群が見えるシーンがあるのだが、このビルがどう見ても書割。

セットの窓の風景が、ミニチュアや書き割りということ自体はよくあることで不思議でもなんでもないのだが、この書き割りの絵はどう見ても「昼間の絵」、財前がアパートを訪れたのはとっぷり暮れた夜の設定なので、ネオン輝く夜のビルとかならわかるが、この昼間のビル群の書き割りは明らかにおかしい。

女性が部屋に飾るミニチュアドール用のセットと考えても、ケイ子の趣味らしくもなく不自然である。

【以下、ストーリー】

1966年、大映、山崎豊子原作、橋本忍脚色、山本薩夫監督作品

「昭和41年度芸術祭参加作品」のテロップ

「この原作には特定のモデルがない 従って この映画にも一切のモデルはない これは架空の物語である」のテロップ

手術室に入ってきた白衣姿の財前五郎(田宮二郎)は、レントゲン写真と麻酔で寝ている患者の様子を確認後、良し、始めると、出術スタッフに声をかけ、腹部の切開手術を始める。

主日の様子を背景に、スタフ・キャストロール

財前は壁の時計を見て、1時間37分か…、不もんがの手術としては新記録だな…とつぶやく。

「301 中央手術室」を出た財前に、そこに座っていた老婆が立ち上がり、先生、おかげさまで命拾いばしましたと礼を言う。

主人にはもうしませんでしたが、九州じゃとっても難しか手術だと言われて来たとですけど、先生のおかげで…と老婦人が言うので、いや、もう少しで危ないところでした、難しい手術でしたが、ご主人に運があったんでしょうと財前は答える。

そげんことおっしゃられますと、こっちはもう…、いずれ改めてご挨拶ばしに…、本当に助からんじゃった命ば…、何ちゅうてお礼ば申し上げれば良かったやら…と老妻は感謝する。

手術後の養生も大切ですからね、くれぐれもお大事に…と財前は言い残し、その場を立ち去るが、その背中に向かって、はい、ありがとうございましたと老妻は声をかける。

「第一外科」田中さん、上原さん、小林清さん、柴田さん、鈴木泰子さん、はいどうぞ…、宮村さん、桜井さん、どうぞ…と看護婦が待合室で待っていた患者の名前を呼ぶ中、第一外科 財前助教授は廊下を歩いていく。

蝉の鳴き声が聞こえる玄関前に出た財前は、厳しい表情のままタバコを咥え一服すると、ニヤリと笑う。

「サンデー毎日」と言う7月20日号の雑誌の表紙に、手術中の財前の写真と「カバーストーリー 魔術のようなメス」と記事内容が書かれている。

ページをめくると、「魔術のようなメス 浪速大学財前助教授」の文字と、彼のアップの写真が掲載されていた。

さらにページをめくると、「食道外科の若き権威者」の見出しと、財前の手術中の社員が大きく載っている。

それを葉巻を燻らせながら読んでいたのは第一外科の東教授(東野英治郎)だった。

東教授は、窓から下の庭先で一服していた財前の姿を見かけると、内線ボタンを押す。

医局でございますがとの返事があると、財前助教授を僕の部屋へと指示する。

はい、畏まりましたと答えた医局の男は、部屋を出ようとするが、そこに、みんなびっくりしたらあかんでと言いながら、ビールケースを持ってくる仲間がいた。

今日はぎょうさん、飲めるぜとビールケースを抱えた仲間が言う背後から、「第一外科 助教授室」から医局に来たの佃第一外科医局長(高原駿雄)が、嬉しそうな顔で、財前助教授の差し入れや、助教授室にもう二箱ある、誰か持って来いと医局内の仲間たちに声をかける。

任して!と仲間たちが喜ぶと、安西第一外科助手(早川雄三)が入ってきて、どないしたんや?と部屋の中の喧騒の原因を聞く。

独身界から財前助教授にお中元や、うちへ持って帰るのも一苦労やから、みんなで呑んでくれって…と佃が説明する。

へ~、殊勝な心がけやで、教授連に比べたらな…と安西は言う。

そうやがな、教授はあんた、事務の女の子に手伝わせて、諸々のお中元はお前、ごさっと車でご自宅やと佃がいうと、医局内は全員笑い出す。

しかし財前助教授かて、教授になったらこう気前が良いかどうかわからへんで…と安西が言うので、そりゃそうかもしれんと佃も答える。

東教授は来年3月に定年退職や、その後釜に滑り込むには多少、俺たちの受けも良うしとかんとなと佃が訳知り顔で言う。

その財前助教授は、東教授の部屋のドアをノックし、お呼びでございますか?と聞く。

ああ、まあ、かけたまえ、どうだね?今日の外来は?と東教授は聞く。

はあ…、相変わらず患者が多すぎます、失礼しますと言って財前は着席する。

一体、どっから集まってくるのかと思われるほどで、どうしても正午にもかからわず、うかうかしていると2時頃までかかりますと財前が言うので、君のオペは、紹介の患者が多いんだろう?と東教授は聞く。

はあ、特進はなるべくセーブしているのですが、つい、何やかやで…と財前は答える。

君は食道外科の若き権威者だそうだから、特進の患者が多くて当たり前だよと東教授は雑誌をネタに嫌味を言う。

それを聞いた財前は、私などの若輩が権威者などとはとんでもないことですと否定するが、東教授がテーブルに雑誌を投げると、あ、これは雑誌社の方で勝手に…、私自身、これほど誇大に扱われるとは思っておりませんでした、それに医学の専門雑誌でもありませんので、教授のご出張中につい…と財前は言い訳する。

専門誌であろうとなかろうと、第一外科の助教授である君が、たとえポーズだけを取るしても、手術室を使い、手術着で写真を撮るからには、教授である僕のOKを取ってもらわんと困る!これが大学病院における古くからのしきたりだと東は苦言を呈する。

財前は、申し訳ありません、ついうっかりして行き届きませんでしたとその場で謝罪するが、その行き届かないのが困る、あ、僕は来年3月退官だから、君は次期教授の一番有力な候補で、近くその選考が始まる。その点を自重してもらわんと、僕としても推薦のしようがなくなるからねと東教授は指摘する。

財前は立ち上がり、本当に申し訳ございませんでした、お詫び申し上げますと頭を深々と下げ、他にも何かご注意が…?と聞くと、気がついたら、また言うと東教授は鷹揚に応える。

はっ!と頭を下げて答えながら、その低姿勢のまま教授室を後にする財前。

廊下に出た財前は苦笑して、はあ、全く気骨が折れるわ…と吐き出す。

書類に目を通していた医学部長第一内科鵜飼教授(小沢栄太郎)は、これは先に小川院長の決裁をとってもらいたいね、病院内の什器備品については病院長の方がベテランやからねと言いながら…と言いながら、種類を持ってきた事務員に返す。

その事務員が部屋を出ようとドアを開けた時、ちょうど耳鼻咽喉科の川西教授(伊東光一)が入ってきたので、事務員は礼をしてすれ違う。

お忙しいようですが、よろしいでしょうか?と川西が声をかけたので、どうぞ、どうぞ、医学部長は医学部のよろず承り、雑用ばかりで年中暇なしですわと鵜飼は応える。

早速ですが、うちの前田助教授を岡山大学の教授に出し、ま、講師の春木を助教授にしたい思いまして…とソファに座りながら川西が言うので、ああ春木君ね、彼なら真面目だし、評判も良いでしょう、早速書類手続きを取ってください、あ、しかし、助教授の人選も難しいもんでしょうと言いながら、鵜飼もソファに座って一服する。

はあ、50人余りもいる医局員を統率し、ま、その上学問的な業績も上げねばならん、まあ、うちの前田くんなんかは、ただ要領が良いだけで、学問的には…、その点、部長の下におられるさとみ助教授はええですなあと川西は持ち上げる。

それに対し、鵜飼は、よその花は赤いもんですよ、自分の研究に凝り固まるだけで…と、もう少し融通を効かさにゃ~、第一外科の財前君ほどではなくてもね~と皮肉まじりに応え、財前君みたいにバリバリやられちゃ敵わんと苦笑する。

今や第一外科は東外科ではなく、財前外科だと鵜飼は続ける。

ところで、東教授も定年退職で、間そろそろ次期教授の選考が始まりますな、やっぱり後は財前君でしょうな?と川西が振ると、さあ、どうでしょう?いずれにしても第一外科の教授だから、現教授の東さんの意向が一番強いでしょうと鵜飼は言う。

その時電話がかかってきて、受話器を取った事務員が、ちょっと待ちくださいと答えた後、先生、東教授からお電話ですが…と伝える。

うん、ちょっと失礼!と言って立ち上がった鵜飼が電話を代わり、はいはいと答えると、あ、いやいやい、お忙しいんだから今じゃなくても良いんです、実は私の教室のことについて、ちょっとご相談したいことがありまして…、ええ、例の所で6時頃に…、あ、いえ、あまりお手間は取らせませんから、よろしく…と東教授は言う。

大阪駅前の大阪中央郵便局に来た財前は、給料袋の中からお札を取り出すとそれを現金書留に入れ、岡山の住所を宛名に書き出す。

暑い中で、畑でじゃがいもを掘る老婆、これが財前五郎の母親である。(とナレーション)

彼には父親がなかった。

小学校の教員をしていた父が病気で亡くなったのは、彼が12歳の時である。(とナレーション)

(回想)葬式の場、父の遺体に頭を下げた学生姿の五郎を前に、私1人で五郎を中学へやります。高等学校へも大学へもやりますと、五郎の母黒川きぬ(瀧花久子)は親戚一同に向かって言う。

彼は母親の働きと奨学資金で、中学校と高等学校を終え、浪速大学の医学部へ入学した。

だが、この医学部入学については、母親1人だけの力ではなく、村の篤志家で開業医をしている村井政権の援助も大きかった。(とナレーション)

そうして大学を卒業して5年目の助手時代に、村井政権とは大学時代の同層である、この病院の経営者財前又一の一人娘杏子の婿養子になる話が持ち上がった(と、「財前産婦人科」病院の夜景を背景にナレーション)

だが彼は1人っきりになる母親の身を思って、この容姿結婚には躊躇った。

(回想)貧乏人の後家の私が足手纏いになるより、財前家に入ったほうが良いんです、その方が医学者として五郎の将来がずっと大きゅうなりますと母きぬは、村井医院の村井(河原侃二)に話す。

うんと喜んだ村井に、この話、まとめてくださいときぬは頼む。

こうして黒川吾郎は財前五郎になった(とナレーション)

金の苦労をせずに研究一途に励み、地方の病院へ出されることもなく、助教授になり、やがて次期教授の声が強くなってきたのも、医学者としての財前五郎の出世のみを念願する、この母親の深い愛情と強い健気さの賜物である(と、畑仕事をする母の映像にナレーション)

お母さん、もうすぐです、僕はお母さんの元気なうちに、必ず必ず教授になりますと、現金書留を出す財前は考え「黒川きぬ様」と宛名を書いていた。

夕方、ホテルのバーで東教授と会った鵜飼は、つまり、スタンドプレイが多すぎるというわけだな…と、相手の言い分から理解する。

そうなんだよ、さっきも言ったように、僕に無断で手術中の写真を週刊誌に撮らせたりしてね、ま、一時が万事でこうしたやり口だから、教室内の摩擦や不満も多くてね…と東教授は打ち明ける。

うん、それで?と鵜飼が先を促すと、もしあんたなら、こんな場合どうする?と東教授が問いかけると、君の教室のことじゃないか、財前を教授にするのが嫌なら、他から適当な後任者を…、君の後なら希望者は山ほどあるよと鵜飼は答える。

しかし財前ほどにだね、自他ともに次期教授と定評のあるものをだよ、突然切るというのも、兎角の噂や非難を招く恐れもあるからね…と東教授は葉巻を吸いながら指摘する。

笑い出した鵜飼は、東君、何も君が次期教授を決定するわけじゃないよ、決定権は教授会にあるんだからね、教授会さえ自分の思う方向に引っ張っていけば良いんでねと教える。

ま、それができなければ、ポストを潔く財前に譲って退官する、ま、この2つに1つやねと鵜飼は助言する。

しかし財前が教授になれば、あれほどのやつやかから、もう君の思う通りには…。まあ、前教授とは言っても、おそらく浪速大学と君の関係は一切切れてしまうだろうからねと鵜飼は続ける。

夜、タクシーで、「あみだ池荘」というアパートに1人きた財前は、目当ての部屋のドアをノックスする、どうぞ!と答えた花森ケイ子(小川真由美)が、いや、ゴロ助ちゃんなの?と気安く声をかけて出迎える。

ゴロ助ちゃんは止め言うてるやないか、先生とかあなたとか、もうちょっとマシな呼び方したらどうや?と財前が注意しながら彼女の隣に座ると、財布を取り出し、はいと2万円出して渡す。

それを受け取ったケイ子は、そやけど、名前が五郎ちゃんで、助教授やから、ゴロ助やないの、あなたと呼ぶのは奥さんやし、先生というのは感じやろう?バーで知り合うた客とホステス、教授になったら助だけは撮ってあげるけどね、何飲む?おビール?と答える。

ああと五郎が答えると、早う、教授とかになってほしいわ、そうなったら値上げや、月極の2万円は…と言いながら、ビールとコップを運んできたので、ああ、3万でも5万でもあげたるわと財前は答える。

けど、ほんまになれるの?とケイ子は、ビールの栓を抜いて聞く。

俺がならんで、だれがなるねん?と財前は言い切り、そんなことうちに聞いたかてわからへんわとケイ子は笑いながらコップにビールを注ぐ。

どうせ来年3月までの辛抱や思うて、疳の虫抑えて気難しい教授の機嫌毎日撮ってるんやでと財前は吐き捨てる。

1日も早う、教授になって特別の患者からじゃかすかお金を稼いで;と愉快そうに笑いながらビールを飲むケイ子に、金だけじゃないよ、教授は大名屋、助教授は足軽がしら、医局員は足軽、婦長は大奥の老女で、看護婦は腰元やと財前は説明する。

そう、助教授、教授と簡単にいうけど、大名と足軽頭ほど差があるんやで…と、聞きなれたセリフらしく、ケイ子が代わり後を続けて笑ったので、財前は憮然とする。

ワイシャツの袖口ボタンを外し始めた財前は、おい、ベッド行けよと命じる。

嫌やわ~、これからうちの手術?とケイ子は嫌味を言う。

ケイ子は、扇風機のスイッチを入れ、窓のカーテンを閉めると、今日は難しい手術があったんやね、顔つきでわかるわ!と言い当てる。

財前は何も言わず服を脱ぎ始めたので、同じく下着姿になてベッドに潜り込んだケイ子は、手術の後はいつでもねちこいんやからとバカにする。

そやけどうち、これから店に出るんやから、あんまり大きな手術は嫌やわなどと笑いながらケイ子は言ってくる。

そんな寝室に財前はパンツ姿で入ってくると、黙って襖を閉める。

自分の肖像画が飾ってる自宅の食卓で食事をしていた東教授に、じゃあ、どうしても医学関係の人でなければいけないんですね?と、娘の東佐枝子(藤村志保)が聞く。

佐枝子!と母親東政子(岸輝子)が注意すると、だってお父様は、学閥門閥系閥にこだわっていらっしゃるもの、私は開業医でも良いと思うわと言いながら立ち上がる。

それを聞いた東教授は、バカな!何代も続いている個人病院や医院の場合は別として、一般の開業医になると言う者は、大学の医学部を卒業して教室に残りたくて残れず、仕方なしに開業医に成り下がる!そんな一塊の町医者に従う?と言い捨ててテーブルを離れる。

それを見かねた政子は、佐枝子、お茶を淹れておいでと命じる。

それに対し佐枝子は、私の結婚はまるで試験管の中の人工培養だわと吐き捨て部屋を出ていく。

ねえ、あなたに佐枝子が縁遠くなるんだったら、あの時に財前さんと結婚させておいた方が…と、あの時、あなたさえもう少し強く…と政子が訴えると、強く押しても無駄だよ、あいつは財前産婦人科の財産にすっかり目が眩んでおる、第一あんな品性下劣なやつと!と東教授が吐き捨てたので、でも財前さんは次期教授なんでしょう?佐枝子の婿にさえしておけば、あなたは退官なさっても…と政子は言う。

政子、財前が次期教授になるとは決まっておらんよと東教授は答える。

その頃、自宅に戻り和服に着替えた財前はベランダに出て外を見ていた。

子供たちは?と聞くと、昼過ぎにねえ屋が連れて泊まりがけでお父さんのとこ行ったわと、妻の杏子(長谷川待子)は答える。

ふ~んと言いながらタバコを咥えた財前に、最近はず~っと遅いのね、毎晩やわと杏子が嫌味を言う。

和歌山に出向する医局員の送別会があってな…、それから2~3件回ったんやと財前はバルコニーのソファに座って言い訳する。

「サンデー毎日」の特集記事を見た杏子は、おおきに、うちも出てるわ、お父さんがギャンギャン割れるような声で電話かけてきはったわ、五郎くんもやっとる、やっとる、その調子!どや、わしの買うた投資株に間違いないやろって言い張ってねと嬉しそうに報告するので、それを聞いた財前は、投資か…と苦笑する。

杏子は、そうや、お食事の用意してるけど食べはる?と聞くので、ああ、なんやかや疲れるわ、お前と差し向かいでお茶漬け食べてる時が一番ホッとするわと財前が言うと、上手いこと言い張って、もしあんたが浮気でもしたら絶対承知せえへんで!うち、お父さんに言いつけるさかい、辛抱なんかせえへんと杏子は財前に近づき釘をさす。

杏子、お父さんにちょっと頼みたいことがあるんやけどな、仕事のことや、近いうちに僕が直接お目にかかるけど、杏子からも電話しといてくれよと財前が言うと、抱きついていた杏子も笑顔で頷き、財前も抱きしめる。

後日、手術室での財前の手術の様子を多くの医局員たちが見学している。

その見物席を時々見上げていた財前だったが、その見物室に東教授もやってくる。

病棟の中に、只今より東教授の総回診が始まりますとの放送が流れる。

やがて白衣姿の東教授が大勢の医局員を引き連れ、病室回りをはじめ、廊下の隅で立っていた看護婦たちは通り過ぎる際頭を下げる。

「回復室」にやってきた東教授は、その部屋で患者を見ていた財前に、手術の経過はどうかね?と聞くので、は、順調なようで大変良いと思いますと、カルテを見せながら答えると、君、さっきの手術は少し乱暴だねと東教授は咎める。

は?と財前が戸惑うと、君は患者が老齢者であるにもかかわらず、手術中に時計を見たりして時間を気にしている、老齢者もしくは全身状態の衰弱している患者にはオペを2回、3回に分けて行うほどの慎重さが必要なんだと東教授は指摘する。

すると財前は、オペをする前に、クランケの状態はすべて検査し、その結果1回でオペをする方針を決めました、ええ、老齢者であることを考えて、意識的に時間を短縮したわけですと言い返す。

すると東教授は、君は僕の言葉を批判するのかね!と語気を荒げる。

オペを短時間にやるのをいつも自慢しているようだが、我々医学者は何mを何分で走ったり泳いだりする運動選手じゃない!いやしくも旧帝国大学である浪速大学の助教授のすることじゃない!自分の腕に酩酊してはいかん!と東教授は言い放つ。

財前は首を垂れ、他に何かご指示は…と謙虚に聞く。

東教授は、君が手術した患者だから、君が診れば良い、それでもわからない点があれば、僕の部屋に来たまえと突き放すが、その言葉を財前産婦人科病院に向かう車の中で財前は思い出していた。

病院に入ると、笑顔の義父財前又一(石山健二郎)が、偉い待たしたなと話しかけてきたので、家、相変わらず、いつも繁盛してますねと財前はお世辞を言い、こないだは子供たちがお世話になりましたと礼を言う。

いやいや、後の診察は山村君たちがやてくれる、久しぶりや、外へ出て一緒にテレビド飯でも食べようかと又一は勧めるので、財前は、はあと承知する。

料亭「扇家」に入ると、おいでやすと出迎えた仲居が、女将産、先生どっせ!と奥に声をかける。

座席に入った又一は、さあ、楽にしなと財前に声をかける。

五郎くん、これがここの女将の時江やと、入ってきた時江(浜世津子)を紹介する。

元は北区の新地に出ていたんやけどな、顔はまあこの程度のちょい別品で大したことないけどな、あの方は超一級品やで、わしの診察によるとなと下品なことを又一は言って笑い出す。

いやらしい、初めての人の前でけったいなこと痛んでおくれやすと時江は眉を顰める。

おい時江、これわいの息子や、浪速大学でもう次期教授になる財前五郎や、今にお前らは一見で診てもらえん偉い先生やからな、良うサービスしいとかんとあかんでと紹介する。

お初にお目にかかります、扇家時江でございます、財前先生にはいつも…と時江は憧れるような眼差しで財前を見ながら挨拶する。

ちょっと2人で話があるさかいにな、遠慮してくれんかと又一は時江に声をかける。

へえへえ、ほなごゆっくり…と時江は言い残し部屋を後にする。

杏子から電話で、なんや知らん、頼みたいことあるて言い寄ったけど、何やねん?と又一が茶でうがいをした直後に聞いてくる。

急に正座した財前は、実はお父様にご無心が…と言い出したので、なんぼや?2つか3つか?と又一は笑って聞き返す。

いえ、それが50万ほど…と財前が言うと、なんに使うか聞かへんけど、女ならとびきりのにせんとあかんでと又一は一瞬真顔に戻って笑いながら言う。

いえ、女なんて…、仕事ですと財前は答えると、五郎くんに次の仕事は教授になることやと又一は教える。

しかし、それに使うには50万くらいの端金じゃどうにもならんで…、一体どんなになってんねん、次期教授の件は…と又一は聞いてくる。

はあ、実力の点では大丈夫だと思いますが、東教授の私に対する態度にちょっと気がかりな点が…と財前は打ち明ける。

いや~、実力どおりんじわりきれたらことは簡単や、実力もない奴が大臣になったり、大会社の社長になる時代やないかと又一は言い切る。

はあと財前が納得すると、しかし、君のようにあんまり有名になりすぎても逆に潰されることもあるさかいな、気つけんとあかんで…、ああ、そう言えばこの間、鵜飼教授と東教授が清水町の城で一緒に飲んでたそうや、話の筋はようわからんで…、しかしな、1時間以上もコソコソ差し迎えでな…と、又一は電話のダイヤルを回して話す。

おい、時江!と呼びかけると、へえと、すぐに襖が開いて、時江が顔を見せたので、2階支度視点かと又一は頼む。

あ、岩田院長はん、わしや、わしや、運動屋財前や、今な、「扇家」に来てんのやけど、遊びに来いへんか?新しい良い子が出てるで~、あんた好みのな…と又一は電話相手に話す。

やがて、電話相手の岩田重吉(見明凡太朗)が「扇家」の二階にやって来る。

芸者に囲まれて財前と飲んでいた又一は、遅かったな、どうぞと出迎え、お待ちでしたえと芸者も座席に座った磐田に話しかける。

五郎君、こちらが関西医師会の会長岩田はんや、副会長のわしとはこないところで良う会うねん、会長と副会長がツーカーツーカーあんじょう行くようにな…と財前に紹介すると、これがうちの娘婿やと岩田に紹介する。

ほお~と岩田が感心すると、初めましてと財前は挨拶し、おお、あんたはんが今週の「サンデー毎日」見ましたよ、食道と腸との吻合とはええところに目つけられましたな、今のところ、その方の権威者は千葉大学の伊東教授しかありませんからなと岩田は答える。

財前が恐縮すると、横に座っていた芸者が、わあ、あれ先生やの?うちも見せてもらったわと喜ぶ。

ところで鵜飼君はどうしてます?と岩田が聞くので、は?と財前が不思議がると、第一内科の教授で医学長してるんですよ、彼と僕とは同期で、俺お前の仲でねと岩田は説明する。

すると又一が、お前のケツには大阪医師会がついとると言いながら、財前の肩を叩いてくる。

しかし何でもかんでも人任せじゃあかんで、欲しいものは自分の力で掴む!ええな?と又一は助言する。

はっ!と財前が答えると、うちも先生に手術して欲しいわと逆怒鳴りに座った芸者がしなだれかかってくる。

「佐々木康平」と言う患者のカルテを読んでいた鵜飼は、僕には慢性胃炎としか…、どういう点が不審なのかね?と聞くと、はあ、あらゆる検査の結果、僕にも慢性胃炎としか…と答えた第一内科、里見脩二(田村高廣)助教授はソファに座ると、それでイムノクロマト生物反応を調べているんですが…というので、ああ、ツベルクリン反応みたいなやつだなと鵜飼は納得する。

それが微妙なプラスマイナス反応を示しているんですが、その反応を診療にどの程度ウエイトを置いて良いか…と里見は聞く。

ねえ、医者は患者にとって一種の信仰みたいなものなんだよと鵜飼は言う。

病名が分からなくてもすぐ病名をつけてやり、患者を安心させてやる、君のように検査、検査じゃ…と鵜飼が言うので、いや、僕は医者はいつでも患者にとって、最高の科学者でなければと…と里見は言い返す。

青臭いことを…、君は学問的な業績もあり、仕事もできる。後は臨床医としてもっと大人になってもらうことだな、やがて僕の後をついて第一内科の教授になるのは君だよと鵜飼は里見に近づいて真摯に言い聞かせる。

もう少し幅の広い、融通性と言うか、何というか…、いや、僕みたいに融通無碍になりすぎてもらっても困るがねと鵜飼は言いにくそうに指摘する。

その後里見は「只今入室許可」と札がかかった部屋の前に来てノックをする。

基礎医学病理大河内清作教授(加藤嘉)は、顕微鏡を除き、これがクレブスのセルネストと別の研究員に教える。

そこに入ってきた里見が、先生、里見ですが?お忙しいようですが…と声をかけると、いや、構わんよと大河内は答える。

じゃあと助手に声をかけた大河内は里美と共に部屋を出る。

君の生物学反応の診断率は確か…92%やったね?と里見が持ち込んだカルテを見た大河内は聞く。

里見は、いえ、93.5%ですと答える。

うん、しかしその診断方法については、大阪市立医科大学の永井教授の試験では84%か、国立関西大学の松山内科では82.7%と低いと大河内は指摘する。

したがってこの生物学はまだ研究的な段階であってだね…、診断としては補助的な方法にすぎないと大河内は続ける。

特にね~、癌が初期の場合は、非常にこの反応の仕方が微妙やからね~と大河内が言うと、いや、その点につきましては、各大学病院に依頼し、多くのデータを集めて、今その統計にかかっておりますと里見が答えると、君らしい勉強ぶりだと大河内は感心する。

1つの診断を出すのにもこれだけ慎重に研究的にやっておる。医学者は常にそうでならねばね…、しかしね、里見君、それだけ慎重にやっても誤診言うものは思いがけないのうやってくるものだよと大河内は指摘する。

臨床医というものは常にそういう危険に晒されている…、医学というものは、そういう意味じゃ酷く残酷なものかもしれんがね~と大河内は続ける。

その後、里見が持ち込んだ患者の胃の写真を見ていた財前は、別に珍しいケースじゃないね、慢性胃炎の症状以外には…と答える。

それを聞いたさとみは、やっぱりね~、僕の生物学反応の注射ではほんのわずかプラスマイナスの反応が出ているんだがねと打ち明ける。

それを聞いた財前は、しかしまだあれは研究段階に過ぎないだろうと指摘する。

血液検査、胃液検査、X線、それに胃カメラ…、君はここまで検査をして尚且つ異常が認められない場合には、慢性胃炎で良いんじゃないかと断ずる。

第一君!1人の患者にそこまで神経質にかかりっきりになっていたら、体がいくつあっても足りないよと財前がタバコを口に言うので、いや、僕はここまでやっても診断に確信が持てないとすると、ここの病院ではもう君以外に診てもらうつもりはないよ、何といっても食道噴門部の癌については君が一番権威のある専門家なんだからねと里見は言う。

苦笑した財前は、まあ、そこまで君に頼まれれば無碍に断ることも…、特に君は府賀医学部長の第一内科の助教授だからね、下手に断ると第一内科に義理を欠くからね~<とにかく今度の診察日に、僕が透視をやって見ると答える。

ところで、鵜飼医学部長の御機嫌はいかがかね?と手を洗った財前が聞くと、相変わらず忙しいよ、忙しい、忙しいだもながら、今日も心斎橋の画廊に出かけるそうだと里見は答え、じゃあ、投資の件はよろしく頼むと言い残し帰って行く。

その後、心斎橋の画廊で油絵を見ていた鵜飼に近づいた財前は、教授、絵のご鑑賞でございますか?と話しかける。

おお、財前君か、忙しい君が画廊へなんぞ珍しいねと鵜飼は驚いたように言うので、いえ、教授こそ目の回るようなご多忙と伺っておりますのに…と財前は答える。

いや、絵は特別好きでもないんだが、この画廊の経営者が僕の患者でね、いつも案内状をくれて、絵は財産になります、お安くしておきますからと勧めてくれたんだと言うので、、染井画伯の絵がお好きでございますか?と財前は、今し方鵜飼が見ていた絵を見ながら聞くと、うん、いや君、国立大学教授のサラリーじゃ、そう簡単に…、何しろ1号が8万もするんだからね、良し、僕はちょっと寄るとこがあるから、君はゆっくり鑑賞してきたまえと言い残し去って行く。

帰って行く鵜飼に、先生、お忙しいのにどうも…と画廊の店主が頭を下げて見送る。

財前は号が8万だから、3号で24万…と、先ほど鵜飼が見ていた染井画伯の絵を主人に示すと、それを五分引きにして22万8000円でどうでしゃろ?と画廊の主人はそろばんを出しながら答える。

20万なら現金で済むしな、届け先はさっきお見えになっていた浪速大学の鵜飼教授のお宅だと財前が言うと主人は黙り込む。

第一内科、女性患者の背中を診ていた里見助教授は、結構ですと肌を見せていた患者に言う。

そこに別の看護婦がレントゲンを持ってきたので、服を着た患者の東杏子は振り向く。

レントゲンで胸の様子を見た里見は、左鎖骨の下に古い病巣がありますね、しかし今のところは安定しています、ご心配ありませんと診断する。

どうもありがとうございました、こんな時間にまいりまして…と杏子は挨拶する。

いえ、念の為、近いうちに断層を撮ってみましょう、東教授の部屋には行かれますか?と里見が聞くと、父もこの時間ではもういないでしょうから…と答えた杏子は、里見さんは?と聞く。

僕も帰りますと里見が言うと、じゃあ、その辺までご一緒いたしましょうと杏子は申し出る。

病院からの帰り道、光代さん、ご元気でいらっしゃいますか?と杏子が聞くと、ああ、相変わらずでテキパキと家事を片付け、子供の面倒を見ているようですと里見が答えると、それでは奥様としては理想的で、里見さんはお幸せですねと杏子は言う。

はあ、まあ僕としては、毎日診療と自分の研究のことさえ考えていれば良いんですから…と里見が答えると、里見さん、論文の発表がもう間近いんでございましょう?と杏子は聞く。

まだまだ、今日もプラスマイナスの微妙な反応に出くわし、結論が出ないもんですから、財前君に診てもらうことにしました…と里見は答える。

すると驚いたように杏子は、財前さんに?と聞き返す。

うちの病院では噴門癌の第一人者ですからね、いや、彼の腕と診療眼を持つものは日本では数が少ないですよと里見が言うので、私、財前さんは嫌いですと杏子は言い切る。

その言葉に戸惑い、近づいた里見に、すみません、はしたないこと言ったりして…と詫びた杏子は、僕に謝ることはありませんよと言う里見に、私の父も財前さんも本当の医学者じゃないように思えてなりませんと続ける。

財前は里見に頼まれた患者佐々木庸平(南方伸夫)の透視を行う。

バリウム飲んでと財前は佐々木に指示を出す。

そのバリウムが喉を下って胃に到達するまでのレントゲンを観察する里美と財前。

息を止めて!楽にして…と財前は指示しながら写真を撮る。

レントゲン室から出た財前は里見に、カルディアクレプスがわかったか?と聞く。

え?カルディアクレブス?気付きまへんでしたなと、同席していた安西や佃が言うと、わからなければ現像したフィルムで見せてやる、至急現像して僕の部屋に届けてくれたまえと財前は指示する。

部屋の外には佐々木の妻よし江(村田扶実子)が待っており、先生、どないでっしゃろ?と聞いてきたので、あなたには後でお話ししますと財前は告げてその場を立ち去る。

佐々木自身もレントゲン室から出てきて、先生、まだ分かりまへんやろか?と里見に聞いてくるが、里見は何も返事しなかった。

現像が上がったレントゲン写真を見た佃たちは戸惑い、先生、この2枚だけでは…と困惑するが、2枚だけではわからん、そんなことは保険扱いの患者は診られんぞ、現行の保険制度では胃のX線の診断は2枚が原則のはずだと財前は厳しく言い、レントゲンを見る里見に対しては、君もわからないのか?それは仕方ないだろうと吐き捨てる。

2枚に限定されたフィルムから微妙な噴門部の癌などは教授クラスでも見誤ることが多いからねと財前は1枚のレントゲン写真を窓際に持って行って言う。

そうか…、やっぱり噴門癌だったのか…と里見が呟くと、間違いないねとざいzんはいいきる。

流石に財前君だな、たった2枚のフィルムでこんな早期な癌を発見するとはね…と里見は敬服する。

噴門癌の微妙な毒片などは科学じゃないね、一種の芸術だよ、どこがどうでこの陰影を見るなんてことは言えないよ、何回も見て行くうちに自然に会得する。医学者の鋭い感と洞察力だけに寄るものでねと財前は説明する。

次はこの患者はすぐに転科をさすからオペを頼むと里見は財前に頼む。

財前はもちろんだよと答えると、うちの鵜飼教授から一応東教授に挨拶すると里見が言うと、良いよ、そんな資格張ったことは…と財前は拒否する。

それに僕とこの東教授は今いない、2~3日前から東京に行ってる、発案会議の学会でね…と財前は言う。

その時電話がかかってきて、それに出た佃が、医学部長がお呼びですがと財前に伝える。

じゃあ、急いで頼むよと財前は言い、里見はよろしくと答え、財前は医学部長の元へ急ぐ。

財前君、財前又一という人の名で、染井画伯の絵が僕のところへ届いたが、あれは一体どういう意味かね?と鵜飼は聞く。

はあ、私の父の又一が、お名刺がわりにとお送りしたものですが…と財前が答えると、名刺がわり?財前産婦人科の名前は聞いているが、まだ一度もお会いしたことはないんだがね…と鵜飼はメガネを吹きながら聞く。

父はかねがね教授の御高名を伺い、医師会の方の副会長をしております関係上、ご講演や実地指導を強く希望しております、今後のお近づきのご挨拶の意味だと思うんでございますが、もしお気に召すようでございましたらと財前は言う。

うん、それと君のお父さんは医師会の役員として医療の向上のために僕に挨拶がしたいだけであって別に他意はないんだね?と鵜飼は確認して来る。

はあと財前が答えると、次期教授の選考も近いし、あまり妙な動きは困るんだがね…と鵜飼は釘を刺す。

はあと財前が答えると、君はもともと仕事のできる人だし、後は人徳、要するに人徳だよ、わかるかね?と鵜飼は立ち上がって聞く。

私は何かと人に誤解されやすい人間でございます、今後ともよろしく御指導のほどお願い申し上げますと財前は低姿勢で答える。

それじゃあ、あの絵は頂くか、お返しするか、一応預かっとこうと言って鵜飼は自分の机に向かう。

その夜も、愛人のケイ子とベッドを共にした財前は、すでに眠り込んでいたケイ子の隣で、なかなか味のあるセリフやな、返すか頂くか一応預かっとく…かと、鵜飼教授の言葉を思い出していた。

その言葉で目覚めたケイ子が、う~ん、何言うたん?と甘えてくる。

上層部への実弾攻撃の第一弾やと財前は言う。

これから続いて積極的な医局員工作やが、しかし気になるな~、東京行ってるあの狸ジジイめが…と財前は東教授のことを気にかける。

東京

料亭で東教授と会っていた東都大学船尾厳教授(滝沢修)は、しかしおたくには財前という食道外科で評判の高い教授がいるじゃありませんかと言うと、その通りなんです、仕事は確かにできますが、口八丁手八丁で、やりすぎやスタンドプレイが多すぎて、教室内で不平や不満が多いのも実情でして…と東は答える。

それにあのように自信過剰、傲慢不遜では、学者としてあれで良いのか、自分の教え子ながら不安でたまらないんですと東は吐露し、どうでしょう?誰かお心当たりの人材は…と尋ねる。

弱りましたね、突然のことで…と船尾は困惑する。

東都大学の外科を背負っておられる船尾主任教授のことだし、2人や3人の候補者は…と東が促すと、心当たりはないこともありませんが、東都大学の系統ならともかく、おたくは浪速大学の出身者で固めておられますからな…と船尾は考え込む。

いや、その舅小舅いじめなら大丈夫です、私が東都大学から大阪行った頃は大変でしたが、この16年の間にすっかり地ならしはしてありますと東は言う。

それに退官後も私、関西におりますし…、いかがでしょう、うちの財前に劣らぬ学識と技術を身につけた方を、先生の門下生の中からご推薦していただくわけには…と東は言う。

そこまで東先生がおっしゃるのなら、火急に適当な人物を選考してご連絡申し上げましょうと船尾が応じたので、笑顔になった東は、では…と安堵するが、しかし東さん、土壇場になってどうしても浪速大学の出身者の力が強くて御流れになると言うようなことはないでしょうな?と船尾が指摘してきたのではあと東は真顔になる。

人事というものはそうした土壇場が一番難しいですからね、これだけはお願いしますよと船尾は念を押す。

その頃、ケイ子が働いているバー「アラジン」で飲んでいた財前は、じゃあ君、ちょっと遠慮してくれないかと頼んだので、隣で飲んでいたケイ子は、いや、何で?先生…と聞く。

いや2人で話があるんでねと財前は招待客を指すので、男同士の内緒話なお?と笑いながら、ケイ子は席を立つ。

他でもないんだけどね、佃君、お互い、こうやって飲みながら、腹蔵にない話なんだが、最近の東教授の僕に対する態度、君はどう考えるかね?僕の被害妄想かもしれないんだが、ことごとに僕を意識的に阻害しているような気がしてならないんだよ、まあ、今日はざっくばらんに、太鼓持ちじゃない君の率直な意見を聞きたいんだねと財前は佃にビールを注いでやりながら聞く。

いやあ、そうおっしゃられれば、確かに…、正直申し上げますと、僕らも最近はもう、先生と教授が一緒におられる時にはなるべく近くに居合わせないように遠慮しとるんですわと佃は告白する。

やっぱりね…、この調子だと、東教授は僕を後継者にしないで、どっかへ飛ばしてしまうかも知れんねと財前は苦笑する。

冗談やないですよ、次期教授が先生やないとすると、他から誰か呼んでくることになるやないですかと佃は指摘する。

ああ、学外員入という手だよと財前は答えると、そんなアホな!もし教授がそんな動きをすれば僕ら医局員は徹頭徹尾反対しますよと佃は答える。

なるほど次期教授の決定権は教授会になる、しかしね、民主主義の世の中ですよ、医局の意向を無視してまで…と佃は続け、あ、もう早急にやります、医局員の強力な思想統一、次期教授は財前助教授以外には絶対あり得ないと、先生!と佃は言う。

その間、ケイ子は他の客相手に、いや、ほんま?いやらし…と大笑いしながら財前の方を何気なく見ていた。

翌日、病院内を歩いていた佃は、患者のストレッチを引いていた看護婦に、君、金井教授どこや?と聞いていた。

手術終わられてバスですが?と看護婦が教えると、

ズバリ率直な言い方やけど、今のところ、第一外科の中では先生が一番近いねえ、バカな、学問的な指導は受けているが、僕は別にない

浴室に来た佃から話を聞いた第一外科金井達夫講師(杉田康)は、学外員入?と聞き返していたので、ええ、ズバリ率直な言い方やけど、今のところ第一外科の中では金井先生が東教授に一番近いねんと佃は打ち明ける。

バカな…、学問的な指導は受けているが、僕は別に東派やないと金位は否定する。

第一、教授は研究指導以外のことは胸を開いて話をするような人やないからねと金井はいう。

うん、しかし、どうにも腑に落ちんな…と佃は考え込む。

僕の時は、胃の検査が主体だったから、胸部の写真は撮らなかったんだよ、しかしこれを見るとだね…と財前に訴えていたのは里見だったが、今更何を?これは結核の古い病巣だよと財前は指摘する。

僕もそうだとは思うんだ、しかし噴門部のガンが反映しているとも一応考えられるから、オペの前に断層写真だけはだね…と里見がしつこく迫るので、その必要はないねと財前は回答する。

必要がない?と里見は驚き、ノックの男がしたので財前がへっにんg時をすると、佃が入ってくる。

なんとか断層写真をと里見は主張するが、手術を伸ばせばその間に噴門部の

癌はどんどん広がってゆく。患者の命が大事なら一刻も早い手術が必要だねと財前は言う。

しかしだね、財前君!と里見が執拗なので、君も患者離れが悪いね、この佐々木康平は、もう君の手を離れて、第一外科の僕の患者になっているんだよとさとみを睨むと、用は何だね?と佃に聞く。

あの~、よろしいんですか?と佃が気を利かすので、ああ、良いよと財前が答えると、里見の方が気を利かせて部屋を出ていくが、その時、恨みがましそうに財前の顔を見ていく。

里見が出ていくと、ちょっと気になることを聞いてきたんですがねと佃が言うので、何だね?と言いながら椅子に座った財前だったが、金井講師に体当たりしましたらねと佃が言うので、君!金井君に!と驚く。

いやいや大丈夫です、金井講師の話によりますと、今度の東教授の東京での発表データは彼が作ったそうですが、その時の状況によりますと、教授は東都大学の船尾教授と研究とは関係ない手紙を一二度取り交わしたらしいですよと耳打ちしてくる。

東都大学の船尾教授?と財前は振り返って佃の顔をまじまじと見る。

そうだすと佃は頷くと、来月初めに京都で行われる癌研究会にも、教授は船尾教授と会われるご予定だそうですと佃は続ける。

関西医師会館には「老人病と高血圧の研究 鵜飼雅行先生」と書かれた看板が出ており、大勢の医師が集まっていた。

やっぱり現者は違うね、専門以外のものも出席している、熱心にノートを撮ったりしてねと岩田は鵜飼に話しかけながら、」控え室に案内して来る。

その控え室にいた又一は、副会長をしている財前又一でございます、このタブはどうも…と名刺を差し出す。

鵜飼も名刺を返す。

これは、些少でございますが、当医師会からの寸志でございますと鍋島貫治(潮万太郎)が渡す。

「扇家」では、小浜はん、芸妓急がせてやと時江が声をかける。

おかげで今日は会長のわしの株が上がったよ、今日は幹部3人でいささか君に謝意を評したいと思ってな…と、二階の座敷で岩田が鵜飼に礼を言うと、いやいや、臨床的には皆さんお方がベテランやから、理化学的に病気の原因を数字的に解明したりだがねと鵜飼は謙遜する。

ところで先生、先日送らせていただきました絵、お気に召しませんようでしたらお取り替えさせていただきたいと…と又一が聞くと、あれはすぐお返しするつもりでしたが、それも角が立つし、一応お預かりということで財前君にもそのことは良く…、いやあ、ああいうことしてもらうと困ります…と鵜飼が言うので、鵜飼君、そんな硬い話は抜きにして、どや?来年あたりな浪速大学の学長に立候補してみては…と岩田が話を変える。

え?僕が学長に?と鵜飼は苦笑するが、学長はどうも文化期が多くて、医学部からは少ない、それだけにこっちも応援のしがいがある、君が学長に立候補したら我々かんひょうjない医師会は全力をあげてそれを応援するがね?と岩田は言う。

お一つ、前祝いにと鍋島がお銚子を差し出す。

さらに、芸者衆も、こんばんわと言いながら座敷にやってくる。

この祝賀会の開催は医学部かね?と、あずま教授は財前が提出した趣意書を見ながら聞く。

いえ、それは趣意書にもありますように。うちの第一外科ですと財前は答える。

それじゃあおかしいじゃないか、発起人が私ではなく鵜飼君が医学部長になってるじゃないかと東教授は指摘する。

それはさっきからご説明しましたように、学会と違って個人のお祝いの会で、滝村先生も賑やかなことがお式で派手になり、金もかかります、したがって…と財前が説明しかけると、黙りたまえ!と東教授は癇癪を起こす。

君は何事によらず僕の了解を得ずに無断…、財前君、メスが立つだけでは教授になれんよと言い聞かせる。

その言葉にきっと睨みつけた財前は、先生のご指摘の点についてはかねがね心がけておるつもりですと言い返す。

しかし東教授は、一向に心してないね、最近医局のものが落ち着かない、妙な画策やコソコソ動き回るのは君のためにならんよと助言する。

医局のものが落ち着かないのは当たり前ですと財前が答えると、何故だ?と東教授は問いかける。

実は私も医局のものから耳にしたのですが、学外から次期教授が来るとううとんでもない噂がありますと財前が指摘すると、誰かね?そう言う根も葉もない風評を撒き散らすのはと東教授が反論すると、根も葉もない?と財前は問いかける。

そうだ!と東教授が答えると、いや、その言葉をうかがって私も安心しました、その噂を耳にした時は、さすがの私もこのままでは引き下がれないと思いましたと財前は言う。

このままでは引き下がれない?と東教授が聞き返すと、次期の教授になってこその助教授、私はそのように考えておりますと言いながら財前はお辞儀をする。

じゃあ、もしも私が押すにも押せない事情が起こったら一体どうするのかね?と東教授が聞くと、その時は、泣き寝入りしないだけの方策を立てておりますと財前は答え、そのまま退室する。

私の推薦する2人の候補者、新潟大学の亀井教授、金沢大学の菊川教授は、共に学問上の研究、臨床の技術に甲乙がつけ難く、念のために両君の人物評をいたしますと、亀井教授はどちらかと言えば駆動的でアクが強く、一方菊川教授は内向的で社交性に乏しいが、忍耐強く誠実でもある、ただ先年妻を亡くし、子供もなく、多少陰気臭い点がなきにしもあらず…という、船穂教授からの手紙を思い出していた。

菊川教授は妻を亡くし、子供もなく…という部分を頭におま浮かべていた。

その後、いつもの場所で鵜飼と会った東教授に、じゃあ、財前はきってしまうつもり?と聞かれ、まだそこまでは…、あなたのアドバイスに従って、僕は全国的に視野を広げて、一番有意な人物を選びたい思うとるんだねと答える。

それを聞いた鵜飼は苦笑し、あなたらしい立派な考えやが、しかしことここに至っては…、つまり現在の時点で財前を切ることは、想像以上に難しい雰囲気が学内にもある…、これだけは一応腹に入れておいてもらいたいんやがねと教える。

いや、僕は医学部長として、次期教授選考には右にも左にも偏しない公平な立場は取るがね…と鵜飼は付け加える。

やがて、佐々木庸平の手術が行われ、財前は腹腔内から取り出した臓器を取り出すと、これが噴門部にクレブスを持った胃だ、よく見ておけと助手たちに伝える。

金井もしっかりその様子は目に焼き付けていた。

次は、食道と空腸の縫合だと財前は指示する。

東教授から相談を受けた第二外科教授今津(下條正巳)は、うん、金沢大学の菊川さんね~、いや、私は良く存じておりますと答える。

学会でも一緒になったことがありますし、学問的な業績もあるし、人柄も良い人です、特に船穂教授のご推薦とあれば…と今津が言うと、それは好都合です、財前君はあの通りの性格だから、第二外科とはどうも…と、その点温厚な菊川君なら、第一外科と第二外科はお互いうまくいくんじゃないでしょうかと東教授は答える。

先生のお気持ちはよくわかりました、できるだけ菊川氏推薦に尽力を…、しかし問題は臨床よりも基礎ですね~と今津が指摘したので、いややお説の通りですと東も同意する。

病院の臨床には15人の教授、ところが学部の基礎医学にはそれより1人多い16人の教授がおりますからねと東教授は言う。

基礎のポイントは大河内教授ですよ、良いにつけ悪いにつけ、法王のような存在で、あの人の意思次第でおそらく基礎は…と今津が言うので、なるほど…と東教授も頷く。

財前ではなく、あの大人しい菊川なら私が第一外科を抑えて見せる…とと、帰る際、今津は独り言を呟く。

医学は病理に始まって病理に帰る、あなたのようにわざわざ教授自身がデータを取りに来られる、当節はそうした慎重な臨床医が少なくなりました と大河内教授は今津教授に話しかける。

特に第一外科の財前助教授などは目に余る、従分の経験と感に頼ってばかりではね、病理検査を無視して何でもかんでもすぐに切りたがると大河内教授は苦言を呈する。

あれじゃあ東教授もさぞかし…と大河内が言うので、はあ、教授も財前君には心痛されているようです、退官も間近いし、もし東教授が選考で、財前以外の候補者を推されたら、教授は…と、いや、例えばですよと今津は話しかける。

私はいつの場合でも厳正中立です、医学に身を奉ずる1人の学級の徒として…、ただこれだけは申し上げておく、財前助教授は大嫌いやと大河内は断言する。

一方、手術後の佐々木は眠っており、それを診た里見は、結局術前に段層写真は?と聞くと、助手の柳原弘(竹村洋介)は、財前先生も太鼓判を押されてるし、私もその懸念だけは毛頭ないと思いますし…と答えたので、里見は頷くしかなく、僕が少し取り越し苦労…と、いや因循姑息過ぎたのかもしれないね、懸念したような兆候も全然ないからな…、さすがは財前君だ、奥さん、術後の経過は大変順調ですよと、ベットの横で心配げに夫を見守っていた佐々木の妻よし江に告げる。

それを聞いたよし江は、そうだすか、おおきにと礼を言う。

そこにやってきた看護婦が、里見先生、財前先生からお電話ですと告げたので、ではお大事に…とよし江に言い残し、里見は部屋を後にする。

病棟の渡り廊下で財前と会った里見は、そりゃあね、基礎の大河内教授とは親しいよ、僕は臨床に移るまで、その下で5年も助手をしていたからねと答え、しかし、そうした内容の話は僕にはできない、学問的なことなら別だがねと言う。

里見君、臨床の方はともかくとしてだ、基礎の方は僕はどうも自信は…と、大河内教授の意向で大きくどうにでも変わるからね、手っ取り早く打つてだけは…と財前が言うので、大丈夫だよ、君の教授は間違いないよとさとみが答えたので、財前は、えっと笑顔になる。

力量手腕から言って君以外に一体誰がなるんだと里見が問うと、しかし君のようなそんな単純な一般的な意見だけでは…と財前が不安がるので、財前君、君は優れた才蔵を持ちながら、どうも医学以外のことに少し興味を持ちすテレような気がするがね、第一弾き教授問題でなんとなく医局までがざわめいている、そんな妙な噂が流れているよ、病院中をねと里見は中国する。

バー「アラジン」に仲間の医局員たちを連れてきた佃は、おいみんな、遠慮することはないで、ジャカジャカ飲んでくれや、感情はみんな財前助教授持ちやと声をかけ、君、聞いとるやろ?とケイ子に話しかける。

ケイ子は、うん、そうやわと答え、どうぞと安西のグラスにビールを注ぐ。

その安西は、佃君なあ、会計だけではのうて、我々の身分保証もついでにお願いしておきたいかな、財前教授が実現しても、君だけ甘い汁じゃ、俺たちは貧乏やからなと嫌味を言う。

その言葉に他の医局員たちも、ほんまや、その通りや!と同調するので、ケイ子は愛想を振り撒きながらお酌をしていく。

何も俺は、俺だけが…と佃が岩消し湯とすると、まあええわ…、ところで財前教授の対抗馬だが、学内にも単なる噂だけじゃ反対運動盛り上がらんのでねと安西は言う。

それはな、近々はっきりするねんと佃は宥める。

来月の初めに京都で学会がある、その時には東京から船尾教授がやってくる、その時、2人の会談で候補者Lee、いや、ひょっとしたらやってくるかもしらんな、党の候補者も…と佃は医局員たちに話しかけるが、それを何気なく聞いていたケイ子が真顔になる。

京都 

こんばんわ、起こしやす、おおきに…と舞妓が川床で挨拶を交わす。

そんな中、家、僕は全くの不調法でございましたと座敷で言っていたのは、 金沢大学医学部外科教授菊川昇(船越英二)で、それを笑いながら、まあ少しくらいは良いでしょうと酒を勧めていたのは東教授だった。

菊川君、今日は無理をしても東先生のお盃は頂くもんだよ、長い伝統と歴史の上に立つ大学の、しかも東先生のような大先輩の後任に君を迎えていただくんだからな…と、同席していた船尾教授が言葉をかける。

はい、それではほんの形だけ…と断り、菊川は東教授のお銚子を盃に受ける。

同じく坂付きを受けた船尾教授は、いや、これで僕もほっとしたよ、せっかくの良いポストを勧めても、菊川君おことだから固辞しかねないと思ってねと船尾はいう。

菊川は、よろしく一才をお任せしますと、盃をあけた東教授と船尾教授に頭を下げる。

ところで菊川さん、あなたのご予定はどうなってますか?と東教授が尋ねると、は、京都での学会も終わりましたし、今晩の夜行でもと…と菊川が答えると、それはもう忙しいでしょう、こんばんは芦屋の私の宅に来ていただき、ゆっくりお休みいただいて、金沢に帰るのは明日になさったら?と東教授が勧めると、ああ、それが良いね、東先生から色々と大学の内情などをお聞きしておくまたとない機会だからねと船尾教授も賛成する。

菊川は素直にハイと答える。

一方、医師会の3人と同席していた財前は、廃枝ではかなりの実績を上げてる人ですね、しかし菊川氏と東教授だけの線なら僕は別にそれほど協力とは思いませんが、問題はこの菊川を推薦している東都大学のふなお教授です。この方は学問的に優れていることはもちろんのこと、文部省などにも顔が効き、俗な言葉で言うたら、日本の医学会の大ボスの1人ですからねと財前は説明する。

それを聞いた岩田はうんと言ったきり考え込む。

なんぼや?なんぼ金がいるんや?と又一は聞いてくる。

向こうが権力でくるなら、こっちは金や!五郎君、負けんなや!お前の教授はわしの一生の夢や!と又一は檄を飛ばしてくる。

わしは金もある、遊びも好きなだけしていた、この上の望みは、うちの玄関い金看板のお前の教授の額を上げることだけや、あんたらも頼むで!と又一は岩田と鍋島にも声をかける。

東教授は自宅にやってきた菊川に、娘の佐枝子ですと東教授が菊川に紹介する。

いらっしゃいませと佐枝子が挨拶すると、こちらはカナ座エア大学の菊川さんと東が紹介し、菊川は、夜分お邪魔しますと挨拶する。

佐枝子が出した茶を、どうぞと勧めると、あなたというまたとない後任者を得て、私も安心しましたと東は言うので、ひとかたならぬお世話で万事よろしくお願い申し上げますと菊川は礼を言うので、いや、こちらこそよろしく…と東教授も礼を返す。

佐枝子が部屋を出ると、廊下で待ち構えていた政子は、佐枝子、おとなしそうな良い肩じゃないか、あの人ならきっとお父様とうまくいくよと話しかけてくる。

それを無視して二階へ上がろうとする佐枝子に、去年お気の毒に奥さんをお亡くしになったんですって…、お子様がなかったのが不幸中の幸いだったって、お父様言ってらしたし…と政子は続ける。

佐枝子はそれを無視するように階段を上がる。

浪速大学附属病院内の部屋には「関係者以外の出入り禁止」の札がかけてあった。

只今から来たる教授会で決定をする第一外科の後任教授の第一回選考会を開きますと鵜飼教授が立って口火を切る。

先行される教授は東教授の後任者でもありますから、まず最初に、東教授に何かご希望がありましたら伺いたいと存じますと言うと、鵜飼は着席する。

私としては別に特別な注文や希望はありません、老兵は消え去るのみと言った心境でありますと東教授は殊勝に答える。

ただ、伝統と権威ある浪速大学医学部をさらに充実させ羽ような学究の徒であれば誰でも良いと考えておりますと付け加える。

誰でも良い?と鵜飼が聞き返すと、つまり私は教育研究治療の3部門を兼ね備えた最もふさわしいものを全国より選ぶべきだと思いますと東教授は提案する。

それを聞いた産婦人科の葉山教授(須賀不二男)は、いや、それは…、私はやはり、本校の出身者に絞るべきやと思いますがねと応える。

鵜飼は頷き、全国公募と言いましてもですね、そう簡単には…と発言すると、

整形外科の野坂教授(加藤武)は、私は全国。公募にすべきだと思いますと発言したので、しかし野坂さん、そう簡単に右から左へ適当な人材があるかどうかですが…と鵜飼が疑問を口にすると、いや、ないことはありませんよ、学問的な業績に外科的な手腕が優れ、しかも誰からも尊敬されるような人物がね…と野坂は答える。

その時、委員長、本校出身者に絞らず、全国公募という意見もかなり強いようですが、決を取ってくださいと大河内教授が申し出る。

では、全国公募にご賛成の方は…と鵜飼が聞くと、東、野坂、今津の3人が挙手する。

それを見た鵜飼は、3対3の同数ですな、それでは本校出身者に絞るか、視野を広くして全国公募にするか、もう少し皆さんの間でご検討を…と鵜飼が言うと、いや、委員長、私も全国久保に賛成ですと大河内は言い出し挙手する。

東先生と今津さんが推薦している菊川候補は?と葉山教授から後日聞かれた鵜飼は、昨日来たばかりだよ、あんまり早く送ると目立つから、締め切り間際になかなか芸が細かいねと鵜飼は答える。

ところで、整形外科の野坂教授の知っている候補は分かったかね?と鵜飼が聞くと、ええ、まあ、そのことですが、全く申し訳ありません、なんとか言を構えてますな、絶対に会おうとせんのですわと葉山が言うので、そこをうまくやるのが、学内派の参謀たる君の腕やないですかと鵜飼は指摘する。

14日までに集まった14人の候補者の中から、専攻科目業績などについて厳しい検討が行われ、14人が7人に絞られた。

だが残った7人は全ての点について全く甲乙がつけられなかった。(選考会の様子を背景にナレーション)

ええ、こうなった以上はですね、まあ、学閥にこだわるわけではありませんが、各大学の系統で2名以上の候補者があるところは、1名ずつに絞ったらいかがでしょう東海が提案する。

1名ずつに絞るとおっしゃると?と、今津教授が聞くと、ええ、残った7名の候補者の内訳は、洛北大学系が2名、九大系が2名、それに本校関係が2名、東都大系が1名です、で、この2名の所を1名に…と鵜飼が説明すると、いや、それは反対ですと野坂教授が発言する。

他の大学の系統は1名に絞っても良い、しかし、本校関係は別だ、本校の助教授が候補になるのは当然の原則で、これを含めて1名に絞るんは不公平ですと野坂は言う。

もしこう言う選考が行われれば、本校の系列化にある、和歌山、奈良、徳島の各大学は、今後優位な人物を一切推薦しなくなる、徳島大学の葛西教授だけは絶対残すべきですと野坂は主張する。

当大学 財前五郎

金沢大学 菊川昇

徳島大学 葛西博司(黒板に書く鵜飼教授)

3時間にも及ぶ真剣な討議の結果、やっと最終候補者が決定した。(とナレーション)

では、以上の3名を来たるべき教授か印字推薦し、基礎医学の16名の教授、臨床医学の15名の教授、合わせて31名の投票により、第一外科の時期教授を決定いたしますと、鵜飼が発言する。

入浴中、駆けつけた佃から情報を聞いた財前は、徳島大学の葛西教授?と驚き、やな奴だ…と呟く。

そこに失礼しますと入ってきた柳原弘は、カルデアクレブスの手術をした佐々木庸平ですが、昨日までは順調だったんですが、今日の朝から呼吸困難気味で、痰が溜まり、術後の合併症を起こしている様子で、先生に一度…と報告する。

しかし財前は、バカを言え、あんな完璧な手術の後に合併症など起こるはずがないと言い切る。

しかし患者は現実に呼吸困難気味で熱も38度近くあり…と柳原が報告するので、じゃあ術後肺炎だ、抗生物質で叩くんだと財前は支持する。

柳原は、はいと答え出て行き、それを見送った佃は、いったい何年医局の飯を食っとるんや、術後の肺炎くらい自分でテキパキなんとか処置せんかいと柳原のことをあざけるが、入浴中の財前の表情は曇理、徳島の葛西教授か…、全く嫌な奴が残ったもんだと再び呟く。

すると、あんたの前任の助教授というわけやなと岩田が聞くと、そうです、僕より6年先輩で、彼が徳島大学へ転任すると、同時に僕が助教授になったわけですが、業績や腕は恐るるに足らずですがねと財前は報告する。

前門の虎、後門の狼や、つまり菊川教授対策、輸入教授反対の線が、これでちょっと弱うなるんとちゃうか?と又一は指摘する。

しかし財前は、いやあ、少しは私の票は葛西に流れるかもしれませんが、しかし大した問題じゃありませんよと答える。

そやけど、野坂教授は何であまり実現しそうもない徳島の葛西なんかを…と鍋島が不思議がる。

その頃、その野坂教授は、酒を飲みながら、鵜飼ボスの血圧がさらに上がっとるやろなと笑っていた。

飲み相手は小児科の河合教授(夏木章)で、いや、財前教授が実現すると、医学部内の鵜飼の派閥はいよいよ強くなりますな~と応じていた。

それに頷いた皮膚科の乾教授(北原義郎)は、菊川教授だと退官後の東の勢力が学内に残り、第二外科の今津と組んだ新しい派閥が頭を持ち上げてくるさかいなと指摘する。

ほんまやと河合教授は頷き、うん、チヨコくらの主張する学内民主化のためにも、この際、絶しても葛西教授を実現させなあかんと野坂教授は力説する。

ほんまに私利私欲なく大学の将来を築こうとしてんのは、野坂君を中心の僕らだけやと乾教授も言う。

ホステスが席につくと、さていよいよ始めるかと野坂が手帳を取り出したので、先生、これ何やの?とホステスが興味を示すと、ほっときいな!と野坂が手帳を引っ込め、ホステスの手を軽く叩いたので、ふん!とホステスは膨れて見せる。

葛西を当選させるための票読みやと野坂は手帳を河合たちに差し出す。

「扇家」の2階では、これまでの情勢判断を元にした臨床15人の内訳です、基礎の16は入ってませんよと、鍋島がメモを見せ、又一らに説明していた。

全部で票は31、過半数は16、そやからもう6票やなとメモを見た岩田が判断する。

票読みしてない基礎の16の内から確実に6票さえ取ったら、当選できるわけやなと岩田が言うと、なんぼや?その1票!10万日20万か?と又一が聞く。

いやお父さん、僕は絶対に大丈夫だと思いますがと財前が口を挟むと、そやけどな、お前の自信だけではな…と又一が反論する。

一方、自宅で今津の手帳に書かれた、「財前8、菊川5、葛西2」と言う分析を読んだ東教授は、1票違うんじゃないかね?今津君、臨床では菊川が6、財前が7だよと指摘する。

しかし今津は、いやあ、甘すぎる情勢判断は、この際…と言い返すので、いやしかしね、第二神経科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、中央診療検査、それに僕だよと東は指折り数えながら答える。

いや1票くらいのハンディキャップは読みを確実にするために…、問題は基礎なんですがね、どうも基礎の票は読みづらくて…と今津は言う。

基礎で間違いなく11票さえ取れればね…と東は指摘する。

一応、大河内さんが抑えていますから、基礎の方は大丈夫だとは思いますが…と今津が答えると、しかし、抑えてると言っても、浮動票もあるからね、10票くらいは硬いとしても、予想外の激戦だよと東は案じる。

じゃあ、こうしましょう、明日の日曜日に、僕が表固めのために大河内教授の自宅へ…と今津が提案する。

翌日、大河内家で今津を出迎えた大河内教授は、今津君、お話しの筋はよう分かった、しかし僕は人に頼まれて、そんなことで動くような人間じゃない、僕は某地震が最も優れていると思う候補者に対して賛意を評して1票を投ずるだけでねというので、教授のご高邁な精神は常に敬服を…、しかしいずれにしても菊川候補に対しご賛同だけは…と今津が薦めると、厳正公平、僕は中立の精神を持って臨むと言ってるだけだと大河内の態度は変わらなかった。

大学病院では、手術後の佐々木庸平の容態が悪化しており、柳原が里見の立ち会いのもと、足への抗生物質注射で対応していた。

クロラムフェニコールだね?と里見が聞くと、は、6時間ごとにと柳原が答えたので、財前君の診断は?と里見が確認する。

術後のプロイモニーで抗生物質の投与を支持されておりますと右穴原は答える。

君の所見は?と里見が聞くと、私もそう思います、一時は微熱状態でしたが、再び発熱、ディスプノ、それにフーステンとスプーターが頻発し…と柳原が言うので、ちょっと…と里見は柳原を外に呼ぶ。

廊下に出た里見は、僕もね、術後肺炎だと思っていたんだが、僕が男装写真を撮るべきだと主張した胸部の陰影と全く無関係でないようにも思えるんだが…と柳原に伝え、とにかく至急財前君にもういっぺんねと指示する。

柳原は、僕もそう思うんですが、今日は会議室で教授の選挙が行われるもんですから、財前先生も何かと…と気を遣うので、なんだって!と里見は驚く。

会議室では、それでは3名の候補者に対する学問上の研究歴並びに臨床上の功績については一応議論も出尽くしたようですから、只今より投票に移りますと鵜飼が進行していた。

黒板には「財前五郎、菊川昇、葛西博司」の名前が書いてあった。

2人の係員が入室し、そばではこれより投票を開始しますが、栄誉と伝統に輝く浪花大学の第一外科に相応しい教授が選出されんことを…と鵜飼が言い終わると、二名の係員が投票用紙を教授たちの机の上に置いて行く。

曽於とき、あの~、ちょっと待ってください、私は投票を棄権しますと、東教授が挙手をして立ち上がると発言する。

棄権?と鵜飼は驚き、今津や大河内も東を凝視する。

財前と葛西は共に私の教え子です、これからの投票で骨肉相食むような有様に直面することは…、いや、私は学問的な功績、人格的な見地からは、なんとしてでも菊川候補を支持したい、さりとて、2人の弟子を見殺しの意してまで菊川候補に票を投ずることも…、私の撮るべき道は一つしかありません、自分の行使しうる1票を放棄して退席させていただきますと東は言い、頭を下げて部屋を出てゆく。

係員はその後、何事もなかったかのように投票用紙を配り終えるが、さすが東教授、立派やねと大河内教授が褒める。

投票が終わり、では、ただいまより開票をいたしますと鵜飼が発言し、菊川昇、財前五郎…と表に書かれた名前を読み上げ、係員がそれを黒板に「正」の字で書き込んでいく。

教授たちにざわめきが起き、めいめい複雑な表情になるが、ただいまの投票の結果では、3社ともに過半数を制するものがありません、したがって本学教授会の規約により、3位の葛西候補は失格し、上位」二名の財前候補、菊川候補に対し、あらためて一週間後に臨時教授会を開き、その席上において決選投票を行いますと宣言する。

黒板には、「財前12 菊川11、葛西7」の結果が書いてあった。

そんな教授会のことで神経が苛立ってた財前の部屋にやってきた柳原が、先生!佐々木庸平ですが、どうも容体が…、抗生物質では治らず、なお発熱呼吸困難、それに咳と痰が頻繁するんです、第一内科の里見先生のお話では、術後肺炎に間違いないが、もしかするとでんちゅと報告したので、何!部外者の助教授などになぜ余計な口を挟ませる?君は医局に入って何年になるんだね?ちょっとクランケの様子がおかしいからってまごまごする、それでも主治医かね?と鬼のような形相で言ってくる。

それとも、君は何か?僕の指示に疑問でも感じるのかね?すぐに用意をしたまえ!胸部のレントゲンだ!と財前が命じたので、柳原は怯え切った顔で、はいと返事すると退室する。

部屋に残った財前は、選挙というものは全くやってみなきゃわからんもんだな…と呟く。



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