「江戸の名物男 一心太助」
横長の東映スコープであるが、まだモノクロ作品である。
いかにも映画全盛期の東映時代劇といった感じで、「水戸黄門」でも知られる月形龍之介やマチャアキこと堺正章さんの実父堺駿二さんといったお馴染みの顔ぶれが登場している。
ヒロイン役は中原ひとみさん。
年増の腰元役は赤木春恵さんが演じており、この後のシリーズでもいろいろな役で参加するようになる。
本作では憎まれ役に見えて、太助に付け文を渡すというツンデレぶりを披露する。
彦左衛門の屋敷中の腰元衆からモテモテ錦ちゃん状態になるのが愉快なのだが、この当時の中村錦之助さん自体が現実でもそうだったに違いないと思わせるほどの美貌ぶりである。
中盤での魚河岸のアクションシーンは、当時の錦ちゃんの若さと元気の良さを象徴するかのような暴れっぷり。
萬屋錦之介になって以降の錦ちゃんしか知らない方達には、この当時の錦ちゃんの元気の良さは信じられないのではないだろうか。
彦左衛門を慕う家光と太助の、それぞれ立場の違う愛情表現、そして家光と太助を我が子のように愛する彦左衛門も泣かせる。
まさに大衆向けの黄金時代の時代劇というべきだろう。
【以下、ストーリー】
1958年、東映、田辺虎男脚本、沢島忠監督作品
寛永元年10月 三代将軍家光、征夷大将軍任官報告のため、上野寛永寺に参詣…というテロップとその様子から始まる。
下に~、下に…と声をかけながら、将軍の乗る籠を中心とした行列が続く。 参詣の行列に土下座をしていた庶民の前で幼女が手にしていた玉が転がり出て、それを取ろうと幼女が後を追ったので、母親も驚き、お清!と娘の名を呼びながらそれを止めようとするが、お清はお付きのものたちから手打ちにされそうになる。
その時、飛び出して、幼女を庇おうとしたのは亡き母親の位牌と共に江戸見物を終え、村に帰る途中だった井川の国佐田村の太助(中村錦之助)であった。
お願いでございます!年はもない子供のこと、助けてくださいませ、お願いです!と太助は願いでるが、原伊予守(加賀邦男)が、黙れ、黙れ、控えおれ!邪魔だていたすと、その方も同罪だぞ!と叱責する。 同罪だろうと、この何にも知らない子を見ちゃいられません、助けてくださいませ、お願いでございます!と太助は懸命に訴える。
しかし伊予守は、ええい、下がれ!下がれ!というだけなので、こんなに頼んでもダメですか?と太助は悲しげに問いかける。
今度の正宮様はご慈悲深い方、偉え方だと評判なんだ、村将軍様の行列でこんなバカなことがあるもんか!将軍様どこにいるんでえ!と、取り押さえられた太助は叫びながら立ちあがろうとする。
そこへ「乱心者!控えおれ!」と叱りつけ現れたのは、天下の御意見番大久保彦左衛門(月形龍之介)で、その鋭い眼光で睨まれた太助はすくみ上がる。
爺、何事じゃ?と籠から姿を現したのは将軍家光(中村錦之助=二役)だった。
お供先を見出す乱心ものにござりますと彦左衛門が伝えると、乱心もの?と家光が不振がったので、何卒この爺にお任せのほどを…と彦左衛門が申し出ると、うん、爺、良きにはから絵と家光は答える。
彦左衛門がはっと会釈すると、お発ち~と声があり、カゴの行列は再び進み始める。 彦左衛門が見やると、娘を抱いて泣く母親と、呆然とひざまづいたままの太助がいた。
その後、神田駿河台の彦左衛門の屋敷の庭先に縛られて連れて来られた太助に、三河国定村の太助、その方儀、将軍家御駕籠先を乱したる不届きもの、よって天下のご意見番大久保彦左衛門手打ちにいたすと彦左衛門は申し渡す。
すると太助は、ありがてえ、太助は殿様に斬られるんなら本望だというので、何?と彦左衛門は聞き返す。
おら、子供を助けてくれた殿様の計らいが嬉しかった、人の命を虫けらのように思っている将軍や大名とは違って、さすが大久保彦左衛門だと太助がいい出したので、こら!おだてには乗らんぞと彦左衛門は叱る。
すると太助は、自惚れなさるな、おだてじゃねえよと太助が言い返したので、これ!殿に対して無礼であろう!と御用人の喜内(堺駿二)が注意する。
すると彦左衛門が、喜内、捨ておけといったので、調子に乗った太助も、喜内、捨ておけと真似をしたので、思わず頭を下げた喜内だったが、揶揄われたと気づき、呆れた顔になる。
太助はさらに、だがね、お前さんも天下のご意見番なら、人の命を粗末にすることは、この太助で最後にしてもらいたいと願い出る。
それを聞いた彦左衛門は、うん、よくぞ申したと褒め、親兄弟に言い残すことはないか?と確認する。
太助は、言い残す?言い残すたった1人のお袋は死んじまった、そのお袋の遺言で位牌に江戸見物をさせたし、思い残すことはねえやと首を振る。
うんと答えた彦左衛門は、太助、覚悟いたせというと、刀を抜き、えぃ!と気合を入れて刀を振り抜く。
次の瞬間、太助を後ろ手に縛っていた綱だけが切れたので、太助は驚く。
江戸城。
松平伊豆守様、御出仕! 松平伊豆守(山形勲)が老中部屋に入ると、ご一同お待たせ申した、お話とは?と聞くと、御老中、先ごろよりの大久保殿の増長ぶりいかがおぼしめされる?と原伊予守が問いただしたので、彦左殿か?と伊豆守が聞き返すと、いかに先君よりの重臣とは申せ、上様もあまりに御寵愛が過ぎますぞと他の若年寄りも意見する。
寛永寺お供先の不祥事など、あまりと申せば、我々若年寄り一党を蔑ろにしたやり方、このまますておけば、彦左殿を筆頭とする旗本どもが増長し、果ては諸大名の間に争いを起こすことは火を見るより明らかと存ずると伊予守はいう。
すると伊豆守は、あの老人にも困ったものじゃと嘆息していると、伊豆殿、知恵者が何をお困りかの?といいながら現れたのは彦左衛門だった。
これはご老人、いつもお盛んでと伊豆守が皮肉を言うと、盛んじゃ、盛んじゃ、年はとってもこの彦左衛門、そも16歳の初陣天正3年長篠の合戦鳶の巣文殊山…といつもの自慢話を続けようとしたので、いやいやもうそのお話には及びません、御老人の天下の一大事と鳶の巣文殊山は度々承ってよく存じておりますと伊豆森が答えたので、彦左衛門は笑いだし、わかっておれば止めようという。
ときに御老人、お盛んなのは結構でござるが、人相応の職分がござりますれば、この後はその者たちに御指図くださるようにと若年寄りたちを指して伊豆守は頼む。
それを聞いた彦左衛門は、ははあ、寛永寺事件じゃな?と察しをつける。
あの場合、万一お供先を血で汚せば、その責めは各方の警護怠慢になる、一人の童を斬り捨てて、徳川のながどれほど上がる?江戸庶民の怨嗟の的にこそなれ、決して上様の名誉にはなりませんぞと彦左衛門は言い聞かす。
とかく若い者は、掟の役目のと形ばかりに問わられすぎるが、形ばかりに囚われているとつい職務怠慢になりまするぞ、御免!というだけ言って退席してゆく。
後に残った三若年寄りは互いに顔を見合わせるしかなかった。 その後、彦左衛門は家光の部屋に顔を出す。 おお、爺か!と家光は喜ぶ。
若子、本日のご機嫌はいかがでござりまするかな?と彦左衛門が尋ねると、爺、出仕、大義に思うぞ、近う寄れと家光が声をかける。
彦左衛門が部屋の中に入ると、爺、だいぶ寒くなったの?風邪を引かぬようにせよといたわると、あ?何でござs流?誰にでござる?と彦左衛門は怪訝そうに聞き返す。
その方にもうし聞けたのじゃと家光が愉快そうに教えると、何、爺めに?というと彦左衛門は笑いだし、これは一人もってのほか、かく申す彦左衛門、天正三年鳶の巣文殊山の戦いに16歳の初陣、敵の大将和田兵部の首を討ち、一番乗り、一番槍の功名!と得意の一節を披露したので、さて、その若者の出たち見てあれば、銀のクワガタついた兜をいただき、一丈余りの槍を小脇に抱え、買い込み買い込み、天晴れ、青なる駒に銀覆輪(ぎんぷくりん)の鞍置いて、がっきと打ちまたがり、やあやあ遠らんものは音にも聞け、近くよって目にも見よ、我こそは膵炎さんの週、徳川家康の家臣大久保平助忠教なり!どうじゃ?爺…と家光が誦じてみせたので、彦左衛門は笑うしかなかった。
恐れ入りました!と彦左衛門がいうと、また家光ともども笑い出す。
時に爺、寛永寺参詣の折、乱心ものの処置、よく致してくれたなと家光は例を言う。
ああ、若子様はさすが御名君、何事もお見通しで…と彦左衛門は答える。 斬り捨てたであろうな?と家光が聞くと、確かに斬り捨てました、誠に持って斬り応えのある奴でござりましたと彦左衛門は答え、また家光ともども哄笑する。
その太助は、彦左衛門の屋敷の中間になって、下働き一切を引き受けていたが、彦左衛門からは大層可愛がられていた。
雨の日のお供など、門の外で待ちくたびれて寝てしまう太助だったが、それに気づいた彦左衛門は、そんな太助を怒りもせず、優しく起こして、太助が自分の編笠をつけるのに手間取っていると、手招いて自分の傘の中に一緒に入れてやり出かけるのだった。
ある時など、彦左衛門が馬で出かける横に、槍持ちで同行した太助だったが、勢いよく走りすぎて、いつの間にか彦左衛門を置き去りにしたこともあった。
そんなある日、彦左衛門は池で魚釣りをすることになり、太助もお供をしていた。
当たりがあり、来た来た、ああ、天下の一大事!一尺ばかりの鯉を逃してしもうたなどと彦左衛門が大袈裟に言うので、下手くそだなあ、また食われてらあ!といいながら、太助は餌をつけ替えるのだが、ぐずぐず言わずに早くつけろ!と彦左衛門が急かすので、嫌んなっちゃうな~、もう…と太助は愚痴るが、その時、もう一本支えていた竿が引いたので、あ、天下の一大事、引いてる、引いてますよ!ああやってくれたあ~、うん、逃しちゃった…と太助は騒ぐ。
それを聞いた彦左衛門は、逃がした?逃したとはなんぞや?そもそもこの彦左衛門16歳の初陣…と言いかけると、天正三年鳶の巣文殊山の戦い…と太助が続きをいい、敵将和田刑部の首を討ち取り一番乗り一番槍の功名!と彦左衛門が自分で続きをいう。
さて、その若者の出立ち見てあれば、銀のクワガタついたる兜をいただき、一丈余りの槍を小脇に抱え、買い込み買い込み、やあやあと釣竿をやりに見立て、太助が彦左衛門の顔に向けたので、バカもん!と彦左衛門から叱られてしまう。
へい…と萎縮した太助だったが、しかしよく覚えたのうと彦左衛門は褒めると、2年間こればっかり、大概のバカでも覚えちゃうと太助が言うので、静かにしとれ、お前が騒ぐので、魚が逃げてしまうわと彦左衛門は憎まれ口を叩く。
へい、殿様の方がよっぽどやかましいや…、殿様、もうしゃべってもよろしゅうございますか?と太助が遜ると、うん、構わんと彦左衛門が言うので、一つお願いがあるんですけどねと太助はいう。
何じゃ?と彦左衛門が聞くと、あっしゃ、男になりたいんですよと太助は言い出す。
男?と彦左衛門が不思議がると、へい、殿様は将軍様でさえ一目置かれている日本一のお侍だ、その殿様を親方にしたからには、俺も一つ日本一の男になって、なんか人のためになってみてえなっと…、この2年間、そればっかり考えておりましたと太助が言うので、そうか、よくぞ申した!さすが、わしが目をかけてきた奴だけある、男と生まれてきたからにはそれだけの意気がなくてはならぬと彦左衛門は答える。
殿様、槍持ちや草履持ちのあっしに、なれますかね?と太助が聞くので、なれる!男ということは世のため人のために命を捨てるということじゃと彦左衛門はいう。
わしはお前が考えているほど偉い人間ではないが、常々御上のためや世の中のためなら命を捨てる覚悟をしておる、太助、この池を見ろ、人間というのは心一つじゃ、一心ほど清らかなものはない、鏡のようなものじゃ、この池の如しじゃ、何事も命を捨ててかかるのじゃ、人間は心一つ、一心鏡の如しじゃ、一心鏡の如し…と彦左衛門は言い聞かし、太助はじっと池の水面の情景を目に焼き付けるのだった。
ある日、邸にいた太助は、喜内から名前を呼ばれたので、御用人さん、何か用かい?と近づくと、何か用かとは何という口の聞き方だ!当家に参ってもう2年少しじゃ、口の聞き方くらい覚えたらどうだ?と叱ったので、ええとここに何しに来たんだったかな?と喜内は要件をど忘れしてしまう。
うん!と思い出し、庭先の掃除は済んだかと聞くと、おめえさんの寝ている間に終わっちゃったと太助が言うので、水は?水は?水は?と聞くと、全部いっぱいという。
明晩の我慢会の知らせは済んだのか?と喜内が聞くと、済んだも何も気の早いお旗本はもう来るんじゃないかな?などと太助はいう。
もうつべこべと…、嘘を申せ!一軒残らず行ってきたか?と喜内が確認すると、冗談言うねえ、まず第一に水野十郎左衛門!近藤登之介、兼松又四郎、加賀爪陣十郎、坂部三十郎、青山播磨、十番目が金丸大学だ、どうだ、お前だって覚えられねえだろう?と太助は自慢する。
逆上した喜内は、草でもむしれえ!と怒鳴りつけるが、むしりまくって草なんかありゃしねえと太助はぼやくしかなかった。
その時、何やら腰元たちが騒いでいる声が太助の耳に届く。
お仲、歌わないの?ダメダメ、早く歌って!まだ歌わないのよなどと腰元たちが囃し立てていた対象は、東北出身の腰元お仲(中原ひとみ)で、さあ、ご奉公はじめにまず国自慢の歌を歌うのはしきたりですと命じていたのはおしま(赤木春恵)だった。
でも、おら、歌はカラっ下手で…とお仲は躊躇するが、何も遠慮はいらぬ、さあ早く応対なさいとおしまは意地悪く命じる。
困ったお仲は、ならおら、在所の歌うまいますねと応じると、ぐずぐずしないで、こっちに上がってなどと、他の腰元たちが庭先からお仲を廊下の部分へ登らせる。
仕方なく歌い始めたお仲だったが、腰元たちはおかしそうに笑う。
歌いおわったお仲が、もう勘弁してくださいと言うが、おしまは、いけません、ダメダメ三度歌うのが定法ですとしつこく迫るので、もう勘弁してとお仲は断るが、だめだめだめと言うので、たまりかねた太助が、おしまさん、いい加減に勘弁してやれよ、古参の新参のと言った所で同じ商売だ、何も嫌がるものを出せなくても良いじゃないかと口を挟む。
しかしおしまは、お黙り!中間の癖に余計な口出しはなりませんと言い返してくる。
口出しするわけじゃねえが、新参いじめはよしたらどうだって言ってるんだ!と太助はいうが、新参いじめとは何です?太助殿はお仲さんが若くて綺麗だから、それで肩を持つんですね?となどとおしまは嫌味を言ってくる。
言われた太助は、バカにするねい!俺は女なんか大嫌えだと言ってその場を逃げ出したので、腰元たちはキャーキャー騒ぎ出すが、そこに駆けつけてきた喜内は、何をしているな?あんた方は!こんなことであの我慢大会に間に合うと思ってるのかい、あんたまで一緒になって!それそれ早く、早く!と腰元たちを急かすが、うっとり太助の方を見ていたお仲には、これ、ちょっと!ぼんやりしていると首になりますぞと注意する。 いよいよ彦左衛門家名物の我慢会が始まる。
当自慢会は、「治に居て乱を忘れず」、兎角惰弱に流れすぎる大名たちへ我々旗本の意気を示すにある!と彦左衛門は集まった旗本相手に挨拶する。
そうだ!と応じた出席者たちに、今夜は各自一人ずつ持ち寄った品を鍋の中に入れ味噌汁にして煮立てて食うのだと出席者の一人が説明する。
何が入っているかわからんが、とにかく箸にかかったものは全部食うことじゃ、さあ、各々、目隠し、目隠し!と彦左衛門は愉快そうに命じる。
そして彦左衛門は、太助!持って参れ!と声をかけると、太助が大鍋を抱えて部屋の中央に持ってくる。
蓋を開けると、訳がわからないものが味噌汁の中に入っており、近づいた旗本たちは、目隠ししたまま、その中の具材を探し出す。
笑いながら、おいみんな!と呼びかけながら台所に戻ってきた太助だったが、そこにいた腰元たちが全員下を浮いて黙り込んでいるので、どうしたんだい?と聞きながら近づくと、家宝の皿が真っ二つに割れているのを発見し、太助も驚く。
こ、この皿、お家の宝だ、これを割ったものは打首だぞ、おい、誰が割ったんだよ、おい!誰が割ったんだよと、太助は割れた皿の破片を持って、腰元たちに聞く。
するとその場に泣き崩れたのはお仲だった。 それを知った太助は、お仲さん、大丈夫だよ、どんなお家の宝だって、皿一枚でお手打ちにするようなそんなわけもわからないお殿様じゃないや、俺が謝ってやるよ…、心配するねえ…と慰める。
太助は割れた皿と他の皿を一緒に重ねて、我慢会を開いていた座敷の庭先に、大変だ!大変だ!と叫びながら持っていく。
座敷から参加者と共に廊下に出てきた彦左衛門が、天下の一大事か?と聞くと、いえ、それどころじゃねえんで、もっと大変なんで…と太助は土下座して報告する。
どうしたのじゃ早く言わんか、一体どうしたんじゃ?と彦左衛門が聞くと、殿様!と言いながら太助が差し出したのは割れた皿だった。
それを見た彦左衛門は、だ、誰が割ったのじゃ!と怒鳴りつけたので、あっしでございます!と太助は土下座して詫びる。
そちか?その方が割った!と彦左衛門は驚愕し、へい!と太助が地面に頭を擦り付けると、た、戯け者が、この皿を何と心得る、畏れ多くも東照神君より賜うた家宝じゃ!これを割った者は手打ちとかねがね申しつけておいたはずじゃ!と彦左衛門は激怒する。
太助は申し訳もございません!と頭を地面に擦り付けて詫びる。 う~ん、目をかけてやれば増長しおって、直れ!それに直れ!手打ちにいたす!と彦左衛門が庭に降りようとすると、重々、あっしの不始末、どうか勘弁してくだせえ!と太助はさらに詫びる。
しかし彦左衛門は、ならん、ならん、何事も許されると思う横着者め、今度ばかりは許すわけには行かんだろう、覚悟せい!と彦左衛門は歯科立ばす。
その時、殿様、太助さんじゃねえ、太助さんじゃねえ!おらが割っただ!と叫びながら駆け付けたのはお仲だった。 太助は自分の横で土下座したお仲に、おめえは黙ってろ、引っ込んでなよというが、お仲は、引っ込まねえ、殿様!おらを斬ってください!と叫ぶ。
控えい!と怒鳴りつけた彦左衛門、いずれにしても逃れぬことじゃ、覚悟いたせ!と睨みつける。
すると太助は、どうしても助からねえ者なら、俺がお手打ちだというと、お仲が、太助さん!と呼びかけるので、お仲さん、俺はおめえより2年でも3年でも先に生まれたんだ、先に死ぬのが当たり前だよと助けが言うので、そんなこと言ったって、おらが…、おらが!とお仲は困惑する。
いいんだよ、お殿様はな、人のために死ぬことが一番良いことだって俺に教えてくださったんだよと言った太助は、殿様、この世の名残に一つだけお願いがございますと願い出る。
うん、聞き届けてつかわす、何でも言え!と彦左衛門が答えると、言いてえことじゃねえんです、人のためにやっておきたいことがございますと太助はいう。
人のために?よし、構わぬ‥、何でもやってみろと彦左衛門が許すと、太助はその場に置いていた皿全部をその場で割ってしまう。
それを見た彦左衛門は、太助!気でも狂ったか!と絶叫する。
しかし太助は、気なんか狂いやしませんや、殿様、これを一枚割るごとに9人の命がなくなるんだ、こうして仕舞えばあっし1人で済むじゃありませんか?と言うので、話を聞いていた旗本たちもいきり立ち、二、三人が庭先に降りて太助を取り囲むが、こっちは命を投げ出したんだ!というと、太助は着物を脱いで上半身裸になりその場に座り込む。
彦左衛門が、その助けの両腕を見ると、右腕には「命」、左腕には「一心如鏡」と刺青が彫られてあることに気づ気、唸る。 殿様、教えの通り、良いことがしてえと、この通り刺青までしましたが、これで一つ人のためになることができやした、ありがとうございます、さ、未練のでないうちにスッパリやっとくんなせい!と太助はいう。
すると彦左衛門、唸った末に、偉い!と声を上げる。
驚いて振り返った太助やお仲を前に、立派じゃ、立派じゃ、太助!それでこそ男じゃ!と彦左衛門は感心する。
じゃあ、あっしのやったことをお咎めもなく?と太助が聞くと、咎めるどころか誉めてつかわす、さすがわしのメガネにかなったやつ、よくぞこの彦左衛門に意見してくれたな、嬉しく思うぞと彦左衛門は言葉をかける。
それを聞いた太助は感激のあまり、殿様!と抱きつき、彦左衛門も感極まって抱きしめてやる。
それを見ていたお仲も思わず涙ぐむ。 翌日、腰元連中はいつものようにおしゃべりに夢中になっている中、お仲だけは終始ポーッとしていた。
喜内が注意すると、太助様!御用人様!などと腰元連中はを揶揄い始める。
喜内は、そんなに顔をみんといてくれ、わしは2人以上の女性に顔をみられると顔が赤くなってポーッとするんじゃじゃというので、腰元たちは大笑いする。
しかしお仲だけは無反応なので、喜内がそれを他の腰元に指さすと、お仲さま!とおしまが声をかけてみるが、やはり無反応。
ふと我に帰ったお仲が花を手渡そうとするので、嫌ですよ、ハサミですよ、ハサミとおしまは呆れる。
ま、すみましねと詫びたお仲がハサミを差し出すと、全員笑い出す。
おしまさん、お仲が何を考えているかわかりそうなものだと喜内が指摘すると、おら、何も…とお仲は言い訳するが、隠さないでもよろしい!昨夜の太助の働き、男の拙者でも惚れましたと喜内が言い、おしまも、お仲様がぼんやりなさるも無理はありません、私だってお手打ちの身代わりになってくださるような相手なら、心中しても一緒になりたいと言い出し、他の腰元たちと目で合図し合う。
あんな竹を割ったような気性の方、一日でも良い、たとえ一時でも良い、ああ、触ってみたい!などと他の腰元もうっとりする。
すると喜内までもが一緒にうっとりし、すぐに正気に戻って憮然としたので、みんなで笑い合いお仲の方を見ると、気持ちはわかるがのなどというので、お仲は居た堪れなくなってその場から逃げ出す。
台所に一人やってきたお仲は、柱に縋りつき、太助さん、太助さん…と名を呼び出す。
そこに近づいてきた太助は、お仲が独り言を言っているのに気づき、狼狽した挙句、戸口に体をぶつけ音を出したので、いけねと慌て、お仲も太助に気づくと、逃げ出そうとする太助に、太助さん、ちょっと待ってくんろとすがりつく。
何だよ、お仲さん、放してくれよと驚く太助に、放さねえ、おら、大事な話しないといけねえんだとお仲がいうので、すごい剣幕だな?一体どうしちゃったんだと太助が困惑すると、太助さん、おらのこと、どう思ってるだ?とお仲は聞いてくる。
ええ?と驚く太助に、な、聞かしてくんろ、どういう気持ちでおらを助けてくれただ?とお仲が迫るので、どういうつもりって…と太助は答えに詰まるが、おらに惚れて助けてくれたんじゃねえのか?とお仲は聞く。
太助は呆れたように首を横に振るが、おら、太助さんが死んだら一緒に死ぬと思ってたら…、おら、太助さんが、太助さんが…とお仲は太助に詰め寄るので、おいおいおい、冗談じゃねえぜ、不義はお家の御法度だよ、またお手打ちは嫌だぜと太助は逃げ腰になったので、何言うだ!おら所の殿様は偉い殿様だ、お手打ちどころか、きっと一緒にしてくれるべとお仲は迫る。
ちょっと待った!おめえちょっとここにきてるんじゃねえか?と太助は自分の頭を指し、おい、だいぶん来ているよと呆れる。
自分の考えばかり押し付けちゃ困っちゃう、俺にだって自由ってものがあるんだからと太助は言い返す。 おら、そんな難しいことは分からねえんだ、ただ太助さんの本当お気持ちが分かんねえだ、太助さんの本当ん気持ちが聞きてえんだと言って迫っていったので、太助はその場から逃げ出してしまう。 お仲はその後を追おうとするが、太助が起き忘れた水桶に躓いて転んでしまう。
それでも、太助さ~んと必死に呼びかけるお仲。
逃げて来た太助は、ああ驚いた、全くすげえな、もう…と驚いていたが、そんな太助に直接付け文を渡し、太助さん、これを読んでたもれなどと話しかける腰元も現れたので、なんだ、もう嫌だな~、何が太助さんだ、嫌だな、もう…と、モテモテ状態になった太助は迷惑顔になる。
さらに、太助殿、ここへ来や!と怖い顔をしたおしのが呼んだので、へえと近づくと、何をしてやった?と聞かれたので、別にあっしゃあ…と太助は言い訳するが、隠さずとも良い!不義はお家の御法度!と叱ると見せかけて、あのな~、色良い返事をなあ~とおしのまで付け文を渡してきたので、太助は逃げようとするが、それを捕まえたおしのは、読んでたも!と睨んでくる。
やむなく、へいと答え、付け文を受け取った太助は、疲れ切った顔で台所へ戻ると、そこには屋敷中の腰元からの付け文が並べられてあった。
その後、いつものように彦左衛門のお供で、池に釣りに出かけた時、元気がない太助に気づいた彦左衛門が、太助、元気がないがどうしたのじゃ?若いものは元気がなくてはいかん、この彦左衛門などは16才の初陣の時…とまたいつもの自慢話をしようとしたので、ちょっと待っておくんなさい、それはよ~くわかっておりますと太助は止める。
そうか…と彦左衛門が釣りを再開すると、考えあぐねていた太助は、殿さま!と思い切って話しかける。 なんじゃ?と彦左衛門が聞くと、あっしにお暇をいただきたいんでと助けは申し出る。
何、暇を?何か不服でもあるのか?と彦左衛門が不思議がると、とんでもねえ、御恩は一生忘れもしませんと答えた太助だったが、実は女が怖いんで…と打ち明ける。
女?女が怖いとはどうしたわけじゃ?と彦左衛門が尋ねると、これを見ておくんなせいと言って助けが持ってきた風呂敷包みを開くと、中身は付け文の山だった。
それを見た彦左衛門は、何じゃ、これは?付け文ではないか…と驚く。
へえ、どういう風の吹き回しか、腰元衆が追いかけ回すんで…と太助が事情を打ち明けると、ありゃ、これはおしまではないか、あやつなかなか始末した紙に書いておるわいと、付け文の一つを読んだ彦左衛門は苦笑する。
笑い事じゃありませんよと太助が言うと、馬鹿者!女に追いかけられて逃げ出す奴があるか!そんなことで男になれるか!と彦左衛門は叱る。
すると太助は、そのことなんで!どうもあっしには堅苦しい侍が性に合わねえ、それに世のため人のためになる男の修行はお屋敷にいるより街ん中に出て、貧乏暮らしでも一人で威勢良くやりてえんでと太助が申し出ると、偉い!感心な奴だと彦左衛門は褒めたので、それを聞いた太助の顔も晴れやかになる。
やれ、やってみろ!と彦左衛門は勧め、いつ何時でもこの彦左、お前の貢献をしてやるぞと言うので、へえ、ありがとうございます!と太助も礼を言う。
で、何か仕事はあるのか?と彦左衛門が聞くと、へい、同じやるなら威勢の良い、ピンピンしている魚屋をやってみてえんでと太助がいうと、魚屋?と彦左衛門は不思議がる。
魚屋!うん、こいつは良い商売だ!威勢が良くて良いや!よっしゃ、あの貸家貸しやしょうと、助けから相談を受けた長屋の大家源兵衛(杉狂児)はすぐに承知する。
それを聞いた太助は思わず手を打ち、大家さん、江戸っ子だねえ、話が早いやと感心すると、おだてなさんな!と大家は照れながらも、ところで、その…、店請(たなうけ)は?と聞いてくる。
店請?あ、そうか…、誰に頼もうかな?と思案した太助、うん、親分に頼むよと言い出したので、親分?と大谷は面食らうので、俺の親分だよと太助は答える。
天下のご意見番駿河台西小路大久保彦左衛門忠教ってんだよと太助が自慢すると、何?大久保彦左衛門忠教…と大家は突然疑わしい口ぶりになる。
そして、婆さんや、台所の刃物しまっとけよなどと奥に向かって呼びかけたので、どうも入ってくる時から目つきが変だと思ってたんだと太助を狂人扱いし始め、いや、せっかくだがお断りだよと言い出す。
断る?嫌だなあ~、今おめえ貸すって言ったじゃねえかと助けが不満げな顔になると、大久保様が店請なんて!あのな、自分じゃわかんないけど、お前さん頭にきてるんだなどと馬鹿にするので、何を!と太助は怒り出す。
わかった、わかった、早く家に帰ってお医者様に見せるなり、頭冷やすなど、早く帰って!と大家は太助の胸ぐらを掴んで外へ出そうとする。
じゃあ、大久保彦左衛門じゃ貸さねえっていうのか?と太助は抵抗するが、あめだ、帰れ!気狂いはお断り!と大家は太助を外に放り出すと、戸を閉めてしまう。
畜生!と怒った太助だったが、これぞまさしく天下の一大事!と言うと、走り去る。
屋敷に戻った太助は、天下の一大事だ~!と叫び、それを知った彦左衛門は、何!天下の旗本大久保彦左衛門の店請では貸さんと言うんか?と聞き、へいという太助に、不埒なやつ、馬を引け!と命じる。 彦左衛門は槍を取ると、馬に跨り、お供に太助を連れ、長屋に向かう。
長屋に着くと、やいやいやい、家主の源兵衛出てきやがれ!俺の親分だよ、天下の旗本大久保彦左衛門様の御成じゃい!と太助は叫ぶ。
タバコを吸っていた源兵衛は、またあの気狂いが来やがった!と呆れ、箒を持って外に飛び出すが、そこに馬に乗った彦左衛門がいることに気づき、慌てて土下座する。
どうだ大家、嘘じゃないだろうと太助はいい、馬上の彦左衛門は、その方家主源兵衛か?と声をかけ、これは太助と申して余の家来じゃが、今度故あって街や住まいをすることに相なった、大久保彦左衛門が店請をする、貸してやってくれといい、太助も、それとも親分でもいけなけりゃ、将軍様にお願いしようかと威張ったので、戯け者め、すぐ調子に乗りよると彦左衛門が叱る。
その後、魚屋になった太助は人でごった返す魚河岸に出かける。
河岸や人混みに慣れない太助は、威勢の良い魚屋連中から迷惑がられる中、おいおいおおい、みんな静かに歩けねえかな~?と太助は愚痴る。
おいおい若いの!トーシローか?と店を出していた金助(星十郎)から声をかけられた太助は、人違いしちゃいけないよ、俺は藤四郎じゃねえよ、三河島の太助って言うんだと挨拶する。
金助は、何だ、何だ、こいつトーシローを名前だと思ってやがるなと面白がり、持ってくかい?と聞くと、何を?と太助が聞くので、何をって、魚河岸で持ってけと言ったら魚に決まってるだろうと金助は呆れる。 ただでくれるの?と助けが聞くと、殴るぞこの野郎!ただなら商売どうなるんだ?と金太が怒ったので、ごもっとも!初日の祝いに親分のところに持って行くんだ、鯛くれないかと太助が頼むと、鯛!どうだい、この意気の良い鯛!ぴんぴん生きてらあ!と金太が鯛を動かして見せたので、嘘つけ、この鯛死んでるよと太助が真顔で言ったので、なんてこと言いやがるんでい、これは江戸前の鯛だぞと金太が怒ると、江戸じゃ鯛は取れないと言った太助は急に助けを突き飛ばされる。
突き飛ばしたのは大八(伊東亮英)で、誰に断ってこの河岸歩いてやがんでぃ!と文句を言ってくる。
何を?断るも断らねえもありゃしねえやな、売ったり買ったりするのが魚河岸じゃねえか、買いに来るのが何が悪いんでい?と太助が立ち上がりながら言い返すと、生意気な!おう!この大八様に挨拶もなしに河岸で商売できると思ったら大間違いだぞと因縁をつけてくる。
それを聞いた太助は、こいつは驚いた、将軍様のお膝元で、おめえに挨拶しねえと商売できないなんて初耳だねというと、周囲を取り囲んだ魚や連中が景色ばんだので、やいやいやい、この俺を誰だと思ってやがるんでぃ!神田駿河台大久保彦左衛門一の子分、曲がったことが大嫌いな太助さんってのは俺のこった!と見栄を張る。
すると大八は、この野郎!河岸の授業、教えてやらあ!と言うなり太助を殴ってきて、周りを取り囲んだ魚屋たちも殴ってきたので、助けは店に並んでいた魚を両手に掴み、束になってかかってきやがれ!と叫びながら大暴れし始める。
そんな事態を聞いた喜内が、天下の一大事でございますと彦左衛門に知らせたので、何事じゃ?と彦左衛門が聞くと、太助めが大勢の若者に殺されかかっていると、当の若者が知らせてまいりましたと喜内が報告したので、何!と彦左衛門は驚く。
番屋から役人や捕手が走り出し、彦左衛門も鎧を着込んで馬で駆けつける。 とうとう力つき、地面に大の字になった太助は、殺しやがれ!畜生、俺が死んだら、大久保の殿様のところに持っていけ!と最後の絶叫をあげるが、そこに役人と捕手たちが駆けつけ、端のところに現れた馬上の彦左衛門が、鎮まれ!鎮まれ!と声をかける。
天下のご意見番大久保彦左衛門、取り鎮めに参った!神妙にいたせ!と彦左衛門が絶叫すると、ようやく騒動が治ったので、 ザンバラ髪、上半身裸になって起き上がった太助が、親分!と彦左衛門のそばにやってきたので、太助!と彦左衛門は安堵する。
魚河岸の者ども!その方ども、いかなる理由があるか知らぬが、たった一人の男を大勢寄ってたかって打擲するとは何事じゃ!しかもお膝元を騒がしたる段不届き至極!入牢を命じる!世話人はおらぬか!と彦左衛門が呼びかけたので、3人の世話人が駆け付け土下座する。
その方ども、魚河岸が今日あるはどなたのおかげと思いおる、これ全て上様のお慈悲なるぞ、然るにこの不取り締まりは、神をも恐れざるも甚し、場合によっては旗本八幡人総がかりにて魚河岸を取り潰しても良いが、どうじゃ!と彦左衛門は激怒する。
お殿様のお声掛かりとも知らず、太助さんに無礼を働いたのは重々申し訳ございません!と世話人代表が謝罪する。
しかし彦左衛門は、黙れ!この彦左衛門の後ろ盾がなければ新参の魚屋は皆このように打擲されるのか!と反論する。 今後は御法のこと河岸一堂に申し渡しまして重々注意し従えさせます、何卒ご方便のことお願いいたします!と3人の世話人は土下座して願い出る。
ざまあ見ろ!以後気をつけやがれ、畜生!と、ボロボロになった太助も端の上に座り込んだまま見栄を張ったので、馬上の彦左衛門は、控えいと声をかけ、何かというと調子に乗りおって、喧嘩は両成敗じゃと言い渡したので、魚河岸の連中も喜ぶ。 そのそも、東照神君の時代から喧嘩は両成敗と決まっておる、本来なら町奉行を呼び出し、その方どもを1人残らずひっ括り入牢を申しつくるところなれど、世話人一党たちに免じ、この度だけは赦して遣わすと彦左衛門を申し渡す。
その後大笑いした彦左衛門、さて一同!文句は言うべし、酒は買うべしじゃ、それ太助と言いながら太助に金袋を渡したので、さすが親分、年はとっても扱いに狂いはないわ、おいみんな、飲みに行こうぜ!と金袋を差し出して魚河岸の連中に呼びかけたので、一同大喜びする。
その話を聞いた伊豆守は、老人、得意であったろうなと笑う。
魚河岸をはじめ、江戸庶民の大久保老人に対する人気は大したものでござると話か年寄りが言うと、いかに名裁きをされたとて、町奉行以下職務を蔑ろにされては制度は成り立ちませんと原伊予守はいう。
徳川の家も既に三代、上様をはじめ我々は徳川万代の基を築くために作った制度を勝手にされては、これまでの苦心が水の泡でございますと他の若年寄りも意見する。
頑固な老人にはそれがわからんおじゃと伊豆守が言うと、あまりにも出しゃばりすぎます、骨董品らしく引っ込んでれば良いものを…と伊予守も批判する。
その頃、当の彦左衛門は江戸城庭先で家光に拝謁しており、東照神君より拝領の萌おどしの伊達兜、兜はわざと被らず、後ろ鉢巻、やあやあ魚河岸の者ども!…と、こうやりましてな…と先日の騒動の顛末を話していた。
それを聞いた家光も、魚河岸の者どももさぞ驚いたことであろうの!と笑いだす。
太助と申す者、さすがは爺の子分だけあるのうとと家光が感心すると、上様のお慈悲によって生まれましたる純粋無垢の若者、これが両の腕に刺青を入れましてな、右に「命」、左に「一心如鏡」これは爺の教えでござりますると彦左衛門は自慢する。
それを聞いた家光は、「一心鏡の如し」か…と言い、彦左衛門も、今に江戸一番の、否、日本一の魚屋になりますれば…と嬉しそうに予言し、家光と共に笑い出す。
魚河岸に出かけた太助はようやく雰囲気にも慣れ、出会った金助が太助兄さんと笑って会釈してきたので、金さん、昨日はすまなかったなと太助も詫びる。
すると金助も、何言ってるんだよ、すまねえのはこっちだよ兄貴、良い親分持ったね、駿河台の殿様、惚れ惚れするぜと煽てくる。
喧嘩両成敗が気に入ったね~、兄貴、お前が良い気風だ、男はよし、度胸はよし、第一あの彫り物が良いよ、一心太助だとみんなが言ってるぜと金太は教える。
煽てるねえとにやけながら太助が言うと、煽てなもんかい、河岸ではね、大久保様と兄貴の贔屓だぜと金太が言うので、本当か?と太助が聞くと、嘘だと思うならずっと端まで行ってみなとまで金太はいい、ありがとう、一回だからねと言い歩き始めると、次々に魚屋たちが太助に声をかけてくる。
どうでいとタコを差し出された助けは、そんなに火入れたって売れるかどうかわからないじゃないかというが、何言ってるんだい、いいから持ってきな!と言うので、ありがとうと太助は礼を言う。
おおこいつ良い生きだなと太助が褒めると、すぐさま助けのたるに魚を入れてくれる。 そこへやってきた大八にも会ったので、頭!と太助が呼びかけると、勘弁してくれよ、俺は大久保の旦那のおかげですっかり目が覚めたんだ、おお太助さん、河岸で一番の鯛だ、見せたかったんだ、俺の気持ちだ、受けてくれ!と言って渡してくる。
大八さん、ありがとう、この鯛は駿河台に持っていくよと太助は礼を言う。
その後、駿河台の大久保邸にやってきた太助は、親分!親分!と呼びかけたので、太助!天下の一大事か?と喜内が慌てて玄関口に出て来たので、慌てちゃいけないよ、お前さん、親分に似てそそっかしいななどと助けがいったので、親分?親分とは何だ!天下のご意見番を捕まえてなんたる雑言!手打ちにいたす、それに直れ!と喜内は怒るが、だって刀がねえよと太助は指摘する。
自分が握っていたのは扇子だったことに気づいた喜内は、刀!あっち置いてるんだ!と奥の間を指し、今持ってくる、しばらく控えておれ!と言い残し、奥へ向かおうとするが、そこに来合わせた彦左衛門と正面衝突してしまう。 慌て者!と文句を言った喜内だったが、同じ文句を言った相手が主人と分かり跪く。
それを愉快そうに笑った太助は、おはようございます、河岸一番の大鯛、天下一品!親分には好一品でさ~と言いながら大八にもらった鯛を差し出す。
ほう、見事なものじゃのう!と感心して目を細める彦左衛門。 喜内が、太助、それ一体いくらだ?と聞くので、冗談言うね、おい、だからおめえはいくら経っても出世できねえんだよ、太助の店開きに魚河岸の連中が祝ってくれたんだよと太助は説明する。
それを聞いた喜内は、ああただか、安いなと喜ぶ。 おかげさまで太助もどうやら魚屋になれました、ありがとうございます、祝いにこれを食ってくだせい!と太助は鯛を差し出す。
その時、お仲も姿を現し、太助さ~ん!と呼びかけたので、天下の一大事!ごめんなさって!と言い残し、太助はすたこら帰ろうとするので、ちょっと待ってくんろ、大事な話があるでよと、お仲は助けの天稟坊の綱にしがみついて止める。
おめえの話なんか聞いたら魚が腐っちまうよ~と言って太助は逃げていく。 振り切られたお仲は、恨めしそうに、太助さん!と呼びかける。
それを見ていた喜内と彦左衛門は笑い、お腹は太助を想うとるなと彦左衛門がいうと、側で見る目もいじらしいほどでございます、寝ては夢、起きてはうつつ幻の…などと喜内が揶揄うので、こりゃと彦左衛門は注意する。
よ!さあさあさあさあ!今日から店開きの一心太助だ、どうぞよろしくお願いしますよ、どうだ、このピンピンした生きの良い魚!え?生きの良いのなんのたって、こんな生きの良い魚ありゃしない、まだ泳いじゃってんだから、ほら!鯖?鯖だねえ!え?100文、いい品を安く売るのがね、一心太助の身上なんだよ…と長屋の路上で商売を始める。
そんな太助が、天秤棒を担いで歩いていた時、背後からかけてきた男にぶつかられ、何しやがんでい!と怒鳴ると、その男はお助けくださいと太助の背後にまわる。
見ると、数人の男たちが後を追ってきたので、おめえたち何してやんでい?と太助が聞くと、やかましいやい!おう!魚屋!ぐずぐずしてやがるとお前から先にぶっ殺すぞと脅してくる。
それを聞いた太助は、面白い、ぶっ殺してもらおうじゃないか、てめえたちこそ商売の邪魔なんだ、どきやがれ!と啖呵を切ったので、相手も、このやろう!と息まき、やっちまえ!と号令をかける。
助けは相手の親玉を捕まえると、真っ昼間から仕事もしねえで喧嘩なんかしてるんじゃねえ!と睨みつける。
すると相手は、何言ってるんでい、あいつはスリだよというではないか。 おい、それを早く言えよ、早く!と太助は相手の頭を軽く叩く。
さらに歩いていた太助は、男が女につかみかかっている現場を見つけ近付くと、男の方を投げ飛ばし、弱い女をいじめるんじゃねえと仁王立ちになるが、この魚屋!うちの人に何しやがるんだい!と女に掴み掛かられ、押し倒されてしまったので、夫婦喧嘩かい…、すみませ!と気づいて詫びる。
は~、江戸は広いや、魚売るのも難しいが人のためになるって難しいな…と太助は歩きながら自省する。
その時、歩いていた老人にぶつかった男に近づいた男稲葉小僧(片岡栄二郎)が、その男を殴りつけ、やいやい!ケチな真似するねえと言って財布を取り返すと、ぶつかられた老人に返しながら、江戸は生馬の目を抜くような所だ、気をつけなせえよと言いながら去って行くのを目撃する。
老人は、ありがとう、ありがとうと、その去って行った稲葉小僧に感謝の言葉を投げかけていたので、一部始終を目撃した太助は腕を組んで感心する。
長屋に戻ってくると、太助さん、お帰り!魚売れたかい?などと近所の女房連中が声をかけてきたので、お金さん、すっかり売れましたよ、あ、お金さんね、残りもんなんだけど、みんなで分けてくんねえかなと助けは天秤棒を下ろして言葉をかける。
大家の源兵衛も家から出てきたので、残りもんなんだけど1つと魚を渡したので、こんなに良いのかい?と太助に感謝しながらも、お前さん、隅におけないなと源兵衛が言うので、え?と太助が戸惑うと、お客様だよという。
お客さん?と警戒しながら自分の部屋の前まで来た太助だったが、いきなり戸を開けて顔を見せたのはお仲だった。
すばらくぶりだな~太助さんと嬉しそうに近寄ってきたお仲に、何だい、毎朝毎朝お屋敷であってるじゃねえか、すばらくもねえもんだ…と太助は不機嫌そうに答えるが、お屋敷では話せねえ、おらもう恋しゅうて、恋しゅうて、我慢できねえだ…とお仲は切ない胸の内を明かす。 それを聞いていた長屋の連中が笑い出したので、おいおい、いい加減にしろよ、おれは大体な、おめえのその恋しゅうて、恋しゅうてが気に入らないんだよと太助が言うので、なら、言葉直したら一緒になってくれるだか?おら、一生懸命直すだ!とお仲は迫る。
しかし太助は、うるせえな、おれは前にも言った通り、女なんかでだい嫌えなんだよ、帰ってくれと太助は冷たく言い放つ。
それでもお仲は、いいや帰んねえ、おら太助さんの気持ち聞くまでここ動かねえと我を張るので、おれはそう言う頑固が嫌いなんだよと太助は言い返す。
おめ、頑固な殿様を好きでねえか?とお腹が反論してきたので、もう、何がなんでもだめ!と太助は拒否し、部屋に入ると戸口を閉め切ってしまう。
お仲は泣きながら帰っていったので、見守っていた長屋の連中は全員目を逸らせてしまう。
その日から、お仲の喜内を相手にした方言矯正が始まる。 ひばつ…とお仲が言うと、「つ」じゃないんだ、「つ」じゃないんだ、「ち」!もう一回言ってごらん「火鉢」と言うと、へいとお仲が答えるので、「へい」じゃない「はい」!と喜内は根気よく言葉の訛りを修正してやる。
はいと答えたお仲が「ひばつ」というと、「ひばつ」じゃないんだ、「ひばつ!」これじゃおんなじだと、訛りがうつった喜内は慌て、お前ねえ、すんなに勘が悪くっちゃ、太助の奥さんにはなれんの~と言い聞かせる。
するとお仲は、御用人様、お言葉を返すようでございますが、「すんな」じゃなくて「そんな」です!「そ」「そ」!と逆に訂正したので、んだ、んだ、「す」でない「そ」!う~ん、お前を教えているとこっちまでおかしくなるわと、すっかり東北訛りになった喜内は席を立ってしまったので、とうとうおらのがうつってしまっただとお仲は笑い出す。
そこにやってきた彦左衛門は、お仲、一心は岩をも通すじゃ、しっかりやれと励ます。
はい、ありがとうございますとお仲が礼を言ったので、うん、太助は幸せなやつじゃと彦左衛門は笑う。
ある日、太助が河岸に来ると、どの店も魚を置いておらず、魚屋が集まっているだけだったので、おおどうした?また時化か?おい!と声をかける。
そうなんだよ、太助兄い、歌の文句じゃないけれど、魚屋殺すには刃物はいらぬ、時化の十日も続きゃ良いってんだよと金助が答える。
しょうがねえなあ~と太助が漏らすと、この暮が迫ってこう時化が続いちゃ俺たち首でも吊らなきゃならねえよと金助の愚痴は止まらない。
その時、兄貴、源公の店は昨夜夜逃げしたぜと別ん魚屋が教える。
源公だろうが俺んところだって明日には質に入れなきゃいけねえやと別の魚屋が愚痴り、江戸っ子は宵越しの金は持たねえってのは相場だが、こいつは困ったと魚屋達は困り抜く。
足のつく魚はこのざまだ、腐ってきて商売にもならないやと金助が鼻をつまんで腐った魚を持ち上げながら嘆く。
どうしてこう…と嘆く魚屋達を前に、天秤桶を置いた太助は、おいみんな!腐った魚みんな飯台に積みなと指示する。
え?どうすんだい、兄貴?と金助が聞くと、いいから黙ってついて来い!と太助はいう。 魚屋達は、それぞれの天秤桶に一杯の腐った魚を持って彦左衛門の屋敷にやってくる。
門を潜った太助は、親分!天下の一大事だ!と呼びかける。
腐った魚?彦左衛門は目の前に置かれた腐った魚の山を見て聞き返す。
これぞまさに河岸の一大事、どうか親分、助けてやっておくんなさいと太助も他の魚屋達もお願いしますと頭を下げる。
と言ったところで、親分血金がねえしな…と頼み主の太助が自分で突っ込む。
それを聞いた彦左衛門も、その通りと笑うので、そこでこう、大名達に手紙を書いてもらいてえんだけどなと太助は言い出す。
手紙を?と彦左衛門が聞くと、へい、う~ん、わしはこの頃酷い貧乏で困っておる…と太助が言い出したので、何じゃ?と彦左衛門は困惑する。
いや、手紙ですよと断った太助は、う~ん…、やむなく領分に金の工面を申し付けたところ、代わりに魚を送って参った、ね?何卒彦左の苦しい懐具合をお察しの上、ぜひ持参の魚を買い上げてもらいてえ…って、こういうふうに書いてくれねえかな?と太助は頼む。
それを聞いた彦左衛門は、なるほどこれは名案じゃと笑うと、一匹一両と書いて遣わそうとまで言う。
魚屋達がそれを聞いて喜ぶと、草食えたまらんわ、早く持って行けと彦左衛門は顔を顰める。 それから太助と魚屋達は天秤桶を担いで大名屋敷巡りを始める。
太助が門前で、頼もう!と声をかけると、出てきた門番が、魚屋は通用口から入れ!ここはお前達が出入りするところではない!と注意しても、先頭の太助は、てやんでぃ!魚屋は魚屋でもただの魚屋とは訳が違うぞと言い返し、駿河台大久保彦左衛門の使者、拙者は一心太助と申すものであると名乗ると、それ!と仲間の魚屋に命じ、その魚屋は何通も持った彦左衛門が書いた書状の一通を差し出す。
そこには彦左衛門の署名が入っているので、門前は慌て、どうぞ、どうぞ!と中に招き入れる。
その屋敷では30匹売れたので、一匹一両で30両を得る。
その内、門前で頼もう!と太助が言う役目を、金助もやりたいと言い出し、代わりに言うことにな理、拙者、大久保彦左衛門の使者…など言ってところで、何だっけな?と太助に聞く。
それを見た太助は、何をしてやがるんだ、もっと威勢よくポンポン言え!と兄貴風を吹かせて命じる。
すると金助は、ポンポンポンポン!などと言い出したので、何言ってやがるんでい、こっち来い!と叱ると、改めて頼もう!と呼びかける。
その後、彦左衛門御屋敷に戻ってきた太助たちの天秤桶の中は小判だらけになっていた、 親分、これで河岸も助かりました、ありがとうございましたとみんなで礼を言う。
それを聞いた彦左衛門は破顔し、そうか、そうか、それは良かった、良かった、太助、魚河岸の者ばかりではないぞ、江戸市中にはその日の暮らしに困っているものが多いのじゃ、そのものたちにも適当に分けてやれと命じる。
その言葉に、太助と魚屋一同はありがとうございますと頭を下げる。
その後、太助と魚屋達は、お~い、みんな!大久保のお殿様の御振舞いだ!ありがたく頂戴しな!みんな見ねい!と魚河岸にやってきた町民たちにも小判を分け与える。
その話を伊豆守から聞いた家光は、腐った魚を売ったか!爺のやりそうなことじゃと愉快そうに笑う。
しかし伊豆守は、はっ、彦左衛門にしてやられました大名達よりだいぶんの苦情でござりまする、一部貧民に施すことも結構ながら、上様、貧民のない世の中にせねばなりませぬこと、老人に教わりましてございますと頭を下げる。
伊豆、小さい義侠に止まらぬところに祭り事の苦労があるのう…、爺は幸せな奴じゃと家光は呟く。 季節は雪が積もる冬になっていた。
寒空の中を天秤棒を担いで街を歩いていた太助は、橋の袂で歩くのに難儀しているように見える老婆を見つける。 婆さん、婆さん、どこまで帰るんだ?と太助が声をかけると、お玉ヶ池ですという、 お玉ヶ池?じゃあ、おいらの帰り道だ、送っていってやらあというと、天秤カゴを近くの軒先に置き、自分の頬被りを老婆の頭に被せ、どこのどなたが存じませんがと恐縮する老婆をおぶってやる。
歩出した太助は、おらな婆さん、こうやっておぶってやりたい人が一人いるんだよ、頑固でね、でも根はとっても寂しがり屋なんだと話して聞かせる。
親御さんですか?と老婆が聞くと、とんでもねえ、親より大事な偉い人なんだよ、あんまり偉すぎておぶってもやれねえや、婆さん、寒くねえかい?と太助は答える。 ある日、鼻歌混じりで魚河岸にやって来た太助は、そこに誰もいないので、いけね、今日は休みだと気づく。
長屋に帰って、部屋を見てみると、そこにはお国訛りが消えたお仲が待ち構えており、お帰りなさいませと挨拶してくる。
お仲さん…と太助が驚くと、どうしたの?こんなに早く…とお仲は恥ずかしそうに正座している。
お仲さん、おめえ、どうしちゃったんだよ、え?すっかり言葉直っちゃったじゃねえかよと呆然とする太助に、はい、太助さんと一緒になりたいばっかりに、お屋敷の皆様のおかげで一生懸命治したのとお仲は説明する。
そうかい、おめえのその気持ちは嬉しいよ、ありがとう、けどなお仲さん、おらあまだ、女房をもらうようになっちゃいねえんだよと太助は打ち明ける。
太助さん、そんなに…、そんなに私が嫌いなの?とお仲が涙ぐみ出したので、いや、嫌いじゃねえよと太助は答えるが、絶望したお仲は、おらもう死んじまうだと泣き出す。
すると太助は、そ〜らまた出た、またズーズーが始まったよと揶揄う。
お殿様をはじめ、お屋敷中から励まされて出てきたのよ、それなのに、それなのに…とお仲はまた涙する。 お殿様が、一心岩をも通す、その気持ちを忘れずに太助の側を離れるなって…ととお仲がいうので、太助は、何!あの逆蛍!人の気も知らないで!と激怒する。
しかし屋敷に抗議に行くと、黙れ、太助!と彦左衛門は逆に叱ってくる。
この彦左衛門の言いつけで遣わしたお腹に何の不足があるのじゃ!と言われた太助は、不足なんて言ってませんよと否定する。
思う心、岩をも通す!お腹の心根にわしは打たれたのじゃ!と槍を片手に持った彦左衛門は説明する。
すると、ははあと笑った太助は、そんならおまえさんが貰えば良いや!と太助は彦左衛門を指差す。
バカなことを言うな!わしの気に入ったおまえとお仲を一緒にしてやりたいこの彦左衛門の気持ち、親の心子知らずじゃと彦左衛門が怒ると、子の心、親知らず!と太助は言い返す。
すると彦左衛門は槍の穂先のカバーを外し、この槍にかけてもお仲を貰わせてみせると言いながら太助に槍を突き出し、どうじゃ、もらうか?と迫る。
するとさしもの太助も、もらいます、もらいますよ!と答えるしかなかった。
長屋の太助の部屋で待っていたお仲は、面からお仲!お仲、出て参れと彦左衛門の声がしたので出てみると、助けを連れて馬でやってきた彦左衛門がいたので、あ、殿さま!一体どうなさいました?と驚くと、太助は女房をもらうのは早いと申しておる、しばらく屋敷に逆戻りせいと彦左衛門は命じる。
それを聞いたお仲は、太助さん、今しばらくって本当?と聞くので、本当だよ、お仲さん、3年、3年だけ待ってくれよ、な?そしたらおめえにもきっと喜んでもらえる立派な男になってみせるぜと太助は約束する。
まあ、太助さんのこんな情熱的な顔初めて見た!太助さん、おら3年待ってるだよ!と言いながらお仲は太助に抱きついたので、あ、また始めやがった…と太助が嫌がるので、馬上の彦左衛門は呆れたようにくしゃみをする。
ある日いつものように魚を売って歩いていた太助だったが、役人達に引き連れられた罪人が馬に乗って刑場に向かう列に遭遇する。
それはいつぞや、老人にスリから財布を取り返してやった稲葉小僧だったので、あ、あの時の!と気づき 、野次を飛ばす群衆に、やめてくれ!やめてくれ!てめえ達、それでも江戸っ子か!縛られた人間に火をつけるなんて!と止めようとする。
だって、あいつはお泥棒なんですぜと超人が反論すると、何を言ってやんでい!罪を清めにお仕置きを受けに行きなさるんじゃねえか、情けがあったら念仏の一つでも唱えたらどうだい!と太助は説教する。
そんな太助を馬上から振り返って見る稲葉小僧に、この次の世で良い人間に生まれ変わっておいでなさいよと太助は声をかける。
そこへ、太助兄い、大変だい!と血相を変えてやって来たのは金助だった。
どうしたんだい?と太助が聞くと、総登城の大手門前がごった返していたんで、大名の駕籠が旗本の駕籠を追い抜こうとしてぶち当たったんでい!と金助が言うので、え!旗本の駕籠は親分の駕籠か!と太助は驚く。
大手門前の大名と旗本二つの駕籠が置かれた周囲では、両方の付き人達が大乱闘していた。
そこに、城から馬に乗った原伊予守が駆けつけ、鎮まれ!鎮まれ!と声をかける。
この騒動を知った家光は伊豆守を呼びつけ、伊豆!このようなことで、外様大名が動揺致せば何とするのじゃ!と叱責する。
伊豆守は、神君以来の御恩も顧みず、このような大事件を引き起こした旗本どもの不始末、取締り不行き届きの段、申し訳もござりませぬと詫びる。
両者を取り調べい!即刻処断致せ!と家光は命じる。
彦左衛門の屋敷の台所で魚を切っていた太助は、脇を通りかかったお仲が、重ねた膳をお年そうになったので、思わず庇ってやり、苦笑いしながら気をつけろよと優しく注意してやるが、お仲の方は嬉しそうだった。
一方、彦左衛門の座敷にそろった旗本達は、こんな不公平な裁きを黙って見ておられるか!と相談しあっていた。
駕籠をぶつけられた近藤が、藩地を減じられた上に、50日間の閉門、それに引き換え無理矢理に駕籠をぶつけた山城守はたった三日間の謹慎だと別の旗本が指摘すると、しかも我々旗本一党は駕籠登城を禁止された、この片手落ちのお裁きを一体ご老体は何と考えられる!と旗本は彦左衛門に迫る。
これに対し彦左衛門は、ま、喧嘩のことは第二として、駕籠で登城ならんと言うんは穏やかならんことだと指摘すると、我々も残念でたまらんと旗本は憤慨するので、何とか致し方ないものかのう…と彦左衛門は腕を組んで熟慮する。
その時、座敷にやってきた太助が、親分、良い考えがありますぜと提案する。
何じゃ?と彦左衛門が聞くと、太助は自信ありげに、あっしに任しておくんなさいと笑顔で答える。
後日、旗本達は一斉に、籠の代わりに大きな盥に乗って登城する。
城門に差し掛かった彦左衛門の盥を止めに、警護の者どもが立ち塞がり、お待ちください、これは大久保殿ではござりませんか?何故、お乗り物から降りられませぬか?と問われたので、控えろ、その方達の口出しするところではないと彦左衛門は答える。
お言葉ではございますが、ここから乗り物は貴金の御法度!と言うので、彦左衛門は構わん、それ、皆の者!と旗本達に呼びかけ、そのまま盥に乗って、「下馬」「下乗」と触れ書きのある門をくぐる。
これには流石に伊豆守も激怒し、彦左衛門殿!と呼び出した彦左衛門に問い詰める。
何でござる?と彦左衛門は平然と聞き返す。
そこもと、旗本一同を扇動し、下乗札を無視致し、大手門を乗り打ちとは何たること!第一盥で登城など前例もなきこと!と伊豆守が攻めると、お待ちなされと彦左衛門は制し、拙者伊豆殿にお伺い致すが、この度の近藤馬左衛門、堀尾山城守の争い以来、我ら旗本一党、駕籠にて登城をならぬとの御沙汰、しからば何によって登城すれば良いのでござるな?と問いかける。 ん?と伊豆守が怯むと、伊豆殿、はっきり申されよ、門では念の為、大手先を見回したが、下馬の立札は建っておるが、盥に乗ってはいかぬという立札は立っておらんと彦左衛門は説明する。
しかし、先例のない盥登城は上を恐れざる致され方!と伊豆守が答えると、お黙りなされ!そもそも東照神君以来喧嘩両成敗は幕府の一貫した形ではないか!それをなんぞや、この度の旗本と大名の喧嘩に際し、老中諸侯は外様大名におもねり、えこひいきの裁断を下されたのは、誰が見ても片手落ちではないか!もしくは上を恐れぬ致し方と申すのじゃ!と彦左衛門は反論する。
彦左殿、世は三代将軍家光公のご時世ですぞ、子供のいたずらにも等しき横紙破りはおやめくだされと伊豆守が叱責すると、横紙破り?伊豆殿では話にならん、上様に申し上げると言って、彦左衛門は家光に会いに行く。
家光の前に揃った旗本達を従え、彦左衛門は、上様、我々旗本は神君以来お膝元にあって、数百度の合戦にも片時もおそばを離れず、君と共に生死の間を超えて来たものにござりまする、その旗本を現今のように軽んじられては彦左衛門、大不満でござりますると申し出ると、爺、控えい!一同もよく承れ!と家光は厳しい顔で言い渡す。
徳川もすでに三代、天下皆手中にあるも、外様大名のうちには心許せぬものもある大事な時じゃ、この時に臨んでかかる騒動を起こし、外様大名が動揺致せば何とするのじゃ!と家光は続ける。
この度の裁断を致した伊豆の苦中…、わかってやってくれと家光はいう。
余はその方ら旗本を決しておろそかには思っておらんぞ、時世は絶えず流れているのじゃ、爺!戦場で余の馬前で討ち死に致すところで、この大切な時になぜ世の手足になってくれぬのじゃ?と家光は訴える。
この家光は徳川萬代の礎を築こうとしているのじゃ!譜代の大名の、旗本のと、小さな意地に生きている時ではないぞと家光は言い聞かす。
やがて天下万人一つになる太平の世が来るのじゃぞ…、わかるか?爺…と家光は優しく見つめてくる。
その言葉を聞いた彦左衛門は、おお、若子!と感激する。 帰路、「天下万人一つになる太平の世が来るのじゃぞ」という家光の言葉を何度も思い出し考え込む彦左衛門は、わしも歳を取った…と呟く。
ある朝、いつものように天秤桶を担いで魚河岸に行こうとした太助だったが、片方の桶が外れて落ちたのに気づ木、嫌な予感が走る。
魚河岸では、仲間の魚屋達からいつものように声をかけられるが、なぜか太助に元気がない。
金助も、兄貴、元気ないじゃねえか、どうしたんだ?休みなよと声をかけてくる。
兄貴の面倒くらい俺たちが見るぜ、何しろ兄貴は魚河岸の宝だからねとまで言ってくれるが、冗談言うねえ、そんなにおいぼれちゃいねえよ、おい、生きの良い鯛くれよと太助はいう。
その後、彦左衛門の屋敷に鯛を持って行った太助だったが、出迎えたお仲がどうしたの?と聞くと、おいおい、親分どうしてる?元気か?と聞く。
元気に決まってるじゃないのとお仲が答えると、ほっとしたように天秤桶を下ろすと、元気に決まってるよな?と笑顔になる。
一体どうしたの?とお仲が不思議がると、いや何でもねえんだ、元気だったらね、こいつを刺身にして2台様は 大きな鯛を持ったお仲は、太助さ〜ん!後で私にも会ってね〜!と呼びかける。
庭先に来た太助だったが、庭の石に腰掛け、寂しそうに項垂れている彦左衛門の後ろ姿を発見すると、親分!と呼びかけながら近づく。
太助か…と気づいた彦左衛門の声に力がない。
何でえ、元気がねえな〜、具合でも悪いのかね?医者読んでこようと太助は案じ、走り出そうとすると、こりゃ、相変わらずあわてものじゃなと彦左衛門は苦笑する。
それを聞いた太助は、ははあ、この頃天下の一大事がないから、それで元気が出ないんだな?と想像する。
しかし彦左衛門は、ばか、お前達にはわからぬことじゃというので、そうかね〜、何たってもう年だよ、疲れが出たんだよ、肩揉んでやらあといい、太助は彦左衛門の肩を揉み始める。
肩を揉まれながら彦左衛門は、太助、わしが死んだらどうする?と突然聞いてくる。
じょ、冗談言っちゃいけねえよ、縁起でもねえと太助が答えると、そうではない、誰よりもわしのことを頼りにしてくれるお前のことがわしは心配でならんと彦左衛門はいう。
それに対して太助は、親分、一心鏡の如し、命を捨て、誠を尽くせば怖いものもねえって教えてくれたじゃありまえんかというと、その通りじゃ、男になれよと彦左衛門は言い聞かせる。
親分!と太助が呼びかけると、太助、お前のいう通り、わしも歳を取った…、もうお城にも用のない身だ…と彦左衛門はいうので、太助は揉んでいた手を止める。
三代の将軍に仕えて、長いといえば長い、短いといえば短い年月であった…と彦左衛門は懐古する。
東照神君様は怖いお方であった…、怖かったが親しめた…、二代様は窮屈なお方であった、わんぱくの御当代様はこの彦左衛門の手の中の玉のようにお親しい方だが、もはやこの手の中にも負わさぬ…、立派にご成人なされたと彦左衛門は語る。
わしはお叱りを被りながら嬉しゅうてたまらん、嬉しゅうてたまらん!と彦左衛門は涙声になる。
その寂しげな彦左衛門の後姿を見ていた太助は、感極まって、殿様!殿様!と呼びかけながら彦左衛門の前に跪くと、こんな殿様の値打ちを城の奴らはわからねえんだと嘆く。
家光ってなんてやつだ、畜生と太助が泣き出したので、黙れ!上様への雑言許さんぞ!と彦左衛門は叱りつける。
その怒声を聞いた太助は、ありがてえ、親分に元気が出やがったと言いながら涙を拭うと、それでなくちゃいけねえよと励ましながらも、おいら心配だよとまた泣き出す。
そんな太助を前に、おい、泣く奴があるかと注意する彦左衛門。
涙を拭いながらも、泣いてねえよと答える太助は、思い出したように、そうだ、鯛があるんですよ、鯛が…と呟きながら立ち上がると、おいら刺身作ってくらあと言うと、台所へ向かう。
あんな良い親父を将軍様はどう思ってるんだと、太助は鯛の鱗を取りながらぼやく。
江戸城では、その家光も、爺、まだ拗ねておるのか?と一人案じていた。
その頃、東照神君の絵姿を描いた掛け軸を前にした彦左衛門は、お喜びなさいませ、若子様は立派な大将軍になられました、これで徳川の家は御安泰でござると笑顔で報告する。
台所では、鯛を捌きながら、畜生!畜生!城の奴ら、どうして俺の親分のことがわからねえんだい!この野郎!畜生!と太助は独り嘆いていた。
その時、太助!大変だ!殿が!と慌てた喜内が飛び込んで来たので、助けは仰天する。
魚河岸でも、知らせを受けた金助が集まってきた魚屋連中に、駿河台の殿様が倒れたんだ!と知らせ、太助兄いの得意先はみんなこっちで回ってやれと指示する。
街中や長屋でも、彦左衛門が倒れたという知らせが届き、みんな動揺する。
長屋の大家源兵衛も、大久保の殿様がご病気なんだと店子達に知らせると、早く治るように、みんなで明神様にお参りに行こうということになる。
病床についた彦左衛門の横につきっきりの太助は、早く良くなってくださいよと話しかける。
殿様のお城に行く姿が見えねえ寂しいや…と太助が言うと、太助、明日は何日だったと彦左衛門が聞いてくる。
15日ですよと答えると、3月の15日か…とつぶやいた彦左衛門は、恒例のお鷹狩りの日じゃな…、和子、明日は初風にお乗りなされよ、良き獲物をお獲りくだされと嬉しそうにいう。
若子!若子!と病床から呼びかける彦左衛門の様子をじっと見ていた太助は、涙ながらに何事かを思いつく。
葵の御紋が入った陣幕を前に、翌日、家光は家来達を伴い鷹狩りに出ていた。
伊豆守、伊予守を従え白馬に乗って疾走していた家光の前に、お待ちください!お待ちください!と叫びながら土下座をしたのは太助で、大久保彦左衛門の家来一心太助、お願いがござりまする!と頭を下げる。
何?措置が太助かと家光は問いかけるが、伊豆守が無礼者!下りおれ!と叱責する。
しかし家光は、伊豆、待て…と宥めたので、将軍様!親分が病気なんで!と太助は伝える。
何?彦左が病とな?と家光は驚くと、お願いでございます、いっぺん、いっぺん、お顔を見せてくださいませ、お願いでござりまする!と太助は土下座をして訴える。
その時伊豆守が、控えろ下郎!お届けもない彦左衛門を病気などと偽りを申すと、その分は捨ておかんぞと叱る。
将軍様に心配かけゃいけないと言う親分の気持ちがわからねええのかよと助けが言い返すと、黙れ!黙れ!上様直々に言上に及ぶなどもってのほか!狼藉者を斬って捨てい!と伊豆守が命じると、斬るなら斬れ!命は塔から捨ててきたんだ!と太助は言い返すと法被をはだけ、どうにでもしなせい!と言う。
その腕に入れられた「命」と「一心如鏡」の刺青を確認した家光は、乱心者じゃ、捨ておけというと、馬を走らせたので、お供のもの達も、下がれ、下がれ!と太助に言い残し後に続く。
上半身裸のまま終始項垂れていた太助は、一人取り残されたことに気づくと、畜生…馬鹿野郎!将軍の馬鹿野郎!と家光一行の方に向かって叫ぶ。
おめえ達には用のねえ親分かもしれねえが、俺に取っちゃ、大事な大事なお父様だ!おめえ達、親分を放っとくだろう、放っとけ、親分にはな、俺たちが付いてるぜ!江戸中のみんながついてるぜ!なあ親分!俺たちがついてるよ!江戸中のみんながついてるよ、畜生!畜生!と叫び泣き崩れる。
城に帰った家光は、えい、黙れ!黙れ!黙れ!と激怒していた。
なぜ狩場から彦左の見舞いに参ろうと申さなかった!余はその方からその言葉が聞きたかったのだ!と叱責していた相手は伊豆守だった。
伊豆!その方の政に人の情けが欲しかっのじゃ…と嘆く家光。
伊豆守はただただ平伏するしかなかった。 その頃、駿河台の彦左衛門の屋敷には、魚屋や長屋の連中が総出で見舞いに駆けつけていた。
座敷に魚の見舞い品を持ってきた太助は、親分、魚河岸から見舞いに来ましたぜ、江戸中のみんなが心配してるんだ、早く良くなってくださいよと呼び変えると、そうか…、みんな来てくれたかと彦左衛門も喜ぶ。
喜内とお仲が見守る中、病床の彦左衛門は、そうか…、みんんば来てくれたかと聞き、太助がへえと答えると、うん、太助…、あんまり喧嘩はするなよと言うんで、太助は塀と答える。
喜内、お腹を屋敷に預かるのは断るの?と語りかける。
互いに見合う太助とお仲。
太助…、仲良く致せと彦左衛門が言うので、親分…と太助は口ごもり、お仲も殿様!と呼びかける。
両名のことは万事承知致しておりますとが答える。
うん…と納得した彦左衛門、上様は今頃、御初見かな?と呟く。
それを聞いて涙する太助。
そこへ御用人が駆けつけてきて、申し上げます!ただいま、後将軍家より、ご病気お見舞いとして、上様直々の御成と先ぶれがまいりましたという。
何?若子が…と彦左衛門は驚き、太助も、上様が?将軍様が!と驚愕し、親分!将軍様が来る!と話しかけ、彦左衛門も和子が!将軍様が来る!若子が…と互いに喜び合う。
よかったな〜親分!と涙ぐんだ太助は、将軍様だ!将軍様だ!と叫びながら玄関先に向かうと、おいみんな、将軍様が来たぞ〜!と見舞客達に知らせる。
そこに控えていた魚屋達や源兵衛達長屋のみんなも立ち上がり、歓声を上げながら門のところへ向かう。
門の外に出た太助は、将軍様だ!将軍様だ!将軍様が来た〜!と絶叫する。
彦左衛門邸に近づいてくる家光を乗せた駕籠の行列が近づいていた。
座敷では、布団の上に起き上がった彦左衛門が、お仲から羽織を着せてもらい、嬉しそうに待ち受けていた。
駕籠の中では家光が真剣な顔で乗っていた。
門前で待ち受ける太助は満面の笑みで土下座する。
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