「一心太助 天下の一大事」

1958年、東映、鷹沢和善脚本、沢島忠監督作品

朝焼けの空を背景に、魚天秤を肩にスクリーンに近づいてきた橋を渡ってきた一心太助(中村錦之助)が、みなさん、おはようございます!神田駿河台錦小路天下のご意見番大久保彦左衛門の一の子分一心太助でございます!と挨拶する。

タイトル

賑わう魚河岸の様子を背景にスタッフ・キャストロール

仕入れた魚を運んでいた太助とぶつかって転んだ相手に太助が、気をつけやがれ!デコ助!魚河岸は生きた人間が跳ね返っている所だ!まごまごしてやがると踏み殺してやるぞ、ちくしょう!と啖呵を切る。

すると、転んだ男が、踏み殺す?本当に踏み殺していただけるんでしょうか?と意外な返事をする。

ありがとうございます、では殺していただきます、南無阿弥陀仏…と、路上で正座になった男が合掌し始めたので、さすがの太助も、気持ちの悪い野郎だな…と腰砕けになる。

嫌だなあ、おめえ、そうまともに取ることはないじゃないか、踏み殺すというのは啖呵の都合で付け加えた言葉だよと男に近づいて宥める太助。

私はもう絶望でございますとまで、その男幸吉(田中春男)が涙ぐんでいうので、太助や周囲を取り巻いていた魚屋たちは大笑いし始める。

幸吉を立たせ改めて訳を聞くと、自分の大事な恋人が旗本に取られたというではないか。

その旗本って誰だい?と太助が聞くと、神田駿河台西小路大久保彦左衛門様で…と男が言うので、太助は興奮し、このやろう!大久保様は天下のご意見番、女を取るような人じゃねえや!来やがれと言いながら、男を大久保彦左衛門の屋敷まで引っ張っていく。

天下の一大事だ!と叫びながら、屋敷内で制止しようとした笹尾喜内(堺駿二)を跳ね飛ばし、大久保彦左衛門(月形龍之介)の前に来た太助は、この野郎が女を取られたと言っているんでさあと告げる。

すると立ち上がった幸吉は、違いますよ、このお隣の川勝丹波守様ですよと言うではないか。

それを聞いていた彦左衛門は、慌て者!と太助を叱る一方で、最近老中に取り入ってとかく噂のある丹波守のことを究明して遣わすと約束する。

訳を話しちまいなよと太助から勧められた幸吉は、川勝様に腰元奉公しておりましたおとよ坊がお部屋様になるそうで追い返されましたと言うので、なんじゃ?お部屋様か…と彦左衛門は顔を顰め、太助も、そいつぁいけねえや、殿様の横車でお部屋様か何か知らねえが、川勝って殿様はとんでもねえ野郎だなと太助は憤慨する。

しかし彦左衛門は、慌てるな、女は氏なくして玉の輿に乗る…、この男は捨てられたのじゃと言い返す。

それを聞いた幸吉がまた泣きながらしゃがみ込んだので、親分、こいつは本当に死んじまいますぜと太助が心配すると、死なせろ!女に捨てられて、生きるの死ぬのと喚き立てる腰抜けめ!構うことはならん、すぐさま追い出せ!と彦左衛門はあっさり答える。

それでも太助は、そんな不人情なことができるかい…、親分、耄碌したんじゃないのか?などと言うので、彦左衛門はムッとし、いつもの昔話を始めようとしたので、太助は呆れて帰りかけるが、彦左衛門は、わかっておろうな、この男を決して世話してはならぬぞと念をおす。

それを聞いた太助は、彦左衛門の意図することを察し、きっとこの男を叩き出しますよ、途中で池にでも放り込んでしまいまさぁと嬉しそうに答える。

幸吉を連れ大久保邸を後にしようとした太助の前に、急に顔を出したのは、太助と結婚する約束になっていたお仲(中原ひとみ)だった。

お殿様は病み上がりなんだから、あまり困らせちゃダメよとお仲は言い聞かすと、あれが薬なんだよと太助も言い返すが、お暇ができたのよ、どこかへ行かない?とお中がいうので、太助も嬉しくなる。

しかしお仲は、あの人可哀想だけど、お殿様の言う通りどこかに捨てた方が良いわよなどと幸吉を見ながら太助に助言し、一旦去って行くので、女って恐ろしいや、不人情なこと平気で言いやがる…、親分のいうことまともに受け取ってやがると太助は呆れる。

そんな太助とお仲の仲睦まじい様子を見ていた幸吉は、ああ羨ましい…、えらい違いだと嘆息する。

そんな幸吉の態度に気づいた太助は、何言ってるんだ、あれは親分に押し付けられたんだよと事情を打ち明け、幸吉と隣の川勝邸の前に来るが、その門前に立ち止まった幸吉は、おとよ坊はそんなことをする人じゃありませんなどと未練がましいことを言う。

屋敷の中では、おとよ(桜町弘子)が、お許しくださいませ、ご奉公が明けましたので御返しください!と川勝丹後守(進藤英太郎)に頭を下げていた。

しかし丹後守は、余に恥をかかすのか、許さん!そこに直れ!と睨むので、お付きのものが、おとよ、いい加減に殿のお言葉に従わねば、また酷い目に遭うぞと言い聞かそうとする。

それでもおとよは、こんな無法に従うくらいなら舌を噛み切って死にます!私には幸吉という言い交わした人がいるのですと言い返す。

おとよ、殿のご寵愛を受ければ、お前の出世ではないか?とお付きのものがいうと、いいえ、どうぞお暇をくださいませとおとよは願いでる。

するとお付きのものは、その男ならもう諦めて帰っていったわと教える。

太助は、池のそばまで連れてきた幸吉を「絶望」と呼ぶが、幸吉は自分の名前を初めて明かす。

すると太助は、絶望の幸ちゃんか…、おめえを捨てちまった女なんか忘れて、不幸を捨てちまえよと言うので、私の名前は幸福の幸に大吉の吉と幸吉は言い返す。

本来なら年季の明けたおとよちゃんと手に手をとって歩いているものを、何の因果でこの人と…などと幸吉が言うので、馬鹿野郎!と叱って先へ行こうとする太助だったが、いろいろお世話になりました。ではこの辺に放り込んでいただきましょう。お別れいたします…と言いながら、幸吉は袂に石を入れ始める。

おいおい、一心太助の一心はな、世のため、人のためってことなんだぞ、うちの親分があれだけ念を押した本心がわからねえのかよ?太助、男にしてやんなってことなんだよと太助は教え、もっともな、失恋男は初めてだけどな…と愚痴る。

その頃、おとよは座敷牢に閉じ込められていた。

そんな丹後守の屋敷を訪れていたのは、材木町相模屋茂兵衛(原健策)で、この度の城改築に際し、ただならぬご贔屓に対し、お礼の気持ちとして小判を持ってきたのだった。

そんな相模屋に対し、お上の目が光っているので用心いたせと丹後守は伝える。

将軍家御用代横流しの件でございますかと言いながら相模屋は丹後守に近づく。

もちろん、お殿様の御殿の御用財もちゃんと蓄えておりまするが、大久保様の空き地はいつこちら様の手に?と相模屋が聞くと、密かに御老中方に働きかけて、大分その機運は動いているのだが‥と丹後守は答える。

なうほど…、しかしお城改築が終わるまでになんとかあの空き地を手に入れませんと肝心のご要塞の方が…と相模屋が言うと、それもあり、これもあり、全てを兼ねての月の宴…、御老中方ご招待のことわかっておろうの?と丹後守は念を押す。

その頃、太助の住んでいる長屋の大家源兵衛(杉狂児)が、引っ越しの手伝いのため、良恵(丘さとみ)の人形を大事そうに運ばされていた。

そこに幸吉を連れて戻ってきた太助が引っ越しかい?時たので、大家はお八重(東竜子)と良恵を紹介する。

向かいに住んでいる魚屋の太助と大家が紹介すると、あなたが太助さん?どこへいっても評判よ、私、あなたのことならなんでも知ってるんだから、あなた、大久保彦左衛門さんの大の仲良しでしょう?などと得意げに話しかける。

あっけにとられたたすけは、なおも迫ってくる良恵を交わすために幸吉を前に出し、大家さん、こいつは絶望の幸吉、今日からおれんところの居候だ、よろしく!と長谷の民なんも紹介してその場をごまかす。

それを聞いた芳恵は、「絶望の幸吉ってかっこ良いわ!」などとまた迫ってきたので、幸吉を連れて部屋に逃げ込んだタスケは、えれえ威勢の良いのが越してきやがったなと呆れるが、幸吉の方は、今頃おとよちゃんは…と呟くだけなので、頭が痛いと太助はつぶやく。

その頃、江戸城では改築工事の真っ最中だったが、そこに見学に訪れた彦左衛門は、同行した水野十郎左衛門(小柴幹治)に、城壁の改築が始まるとまた一戦あるようで身体中の血がワクワクするのおと上機嫌だった。

我々旗本の「地にいて乱を忘れず」の気風そのままでございますなと水野が応じると、いやいや最近は旗本の中にも軟弱なものがおり、あろうことか老中に取り入り、一儲けしようと画策しておるなどと別の旗本が苦言を呈すると、そう言う奴ほどとかく高いところへ乗りたがる。その最たるやつがあれじゃと彦左衛門が指差した先にいたのが川勝丹波守だった。

川勝殿!と彦左衛門が声をかけると、櫓の上で工事の様子を見ていた丹後守が、これは御老中、ご一同もお揃いで…と嬉しそうに応じる。

お役目ご苦労に存ずる。この有り様を見ると大坂夏の陣のことが思い出される。貴殿の光明手柄など凄まじいものでござったと彦左衛門が世辞を言うと、いやいや後老中の鳶の巣文殊山初陣には敵いませんと丹後守も世辞を返す。

それにつけても我等東照神君に仕えて、善戦また善戦、昔を思うと徳川家もすでに3代、誠に天下泰平、大名などは側室の愛人、お部屋様のと、まるで女の中に住んでおるようじゃと彦左衛門は皮肉をいうと、水野は全く憤慨に耐えませんと憤る。

するとやぐらの上の丹後守が、いや水野殿、考えようによっては良いご時世ですぞと声をかけてきたので、結構、結構、譜代を誇る旗本の中にも腰元を側女にするなど結構なご時世でござる、のう川勝殿と彦左衛門が言い返したので、丹後守はムッとする。

彦左衛門一行がその場を去るのを見ながら、頑固親父め、何を勘づきおった…と丹後守はつぶやく。

弓の稽古をしていた徳川家光(中村錦之助=二役)に面会した彦左衛門は、工事にはネズミがつきもの、ご注意召されよと、家光の側に控えていた松平伊豆守(山形勲)に忠告する。

家光が、太助の話でも聞かせてくれとせがむと、彦左衛門は「やつは今や江戸一番の人気者ですじゃ」と目を輝かす。

その頃、太助は絶望を自分の番頭にし、魚屋を始めさせていたが、長屋の太助の部屋にはお仲は居座っており、馴れ馴れしく入ってきた良恵に不機嫌になっていた。

一体あなたは、太助さんとどう言うご関係?とお仲はヒステリックに迫る。

お仲の素性を知らな良恵の方も、あんた一体何?女中さん?と問いかける。

まあ!と驚いたお仲は、私はこれでも太助さんの許嫁よ!と悲しそうに言い返すと、出ていって!と良恵を表に押し出すが、ちょうど帰ってきていた幸吉にぶつかって二人は倒れ込む。

何事かと立ち止まった太助を見つけ、太助さんのばかばかばか!と両手で叩いてくるお仲だったが、すぐに痛かった?お身体お大事にねと微笑みかけたので、近所の子供達がニコニコ見ていた。

一方、幸吉と倒れ込んでいた良恵は起き上がり、お仲の太助の様子を見ると、「ああ、太助さんに同情しちゃうな~」と漏らす。

幸吉は、あんなになりたい…、ああ…おとよちゃん…と寂しげにつぶやく。

川勝の屋敷では、ありきたりではございますが、菓子折りの中に小判ではどうでしょう?と相模屋が、月見の宴での引き出物のアイデアを披露していた。

その案に賛同した丹後守は、相模屋、これでますます商売繁盛だのと世辞を言う。

同席していた桑山伊勢守(市川小太夫)は、両人とも用材横流しのこと、くれぐれも気をつけるが良いぞと命じ、今日、上様御前において、彦左め、工事にはネズミがつきものじゃなどと申して、わしの方をジロリと睨みおったわと相模屋と丹後守に知らせる。

例によって彦左一流の皮肉にございますと丹後守は答え、いやあ、ご心配には及びません、万慰労なく取り仕切っておりますと相模屋も笑って見せるが、何れにしても用心いたせと伊勢守は念を押す。

全く上様はじめ老中諸侯も、あの頑固者には手を焼いておると軍兵衛が案ずるので、彦左の空き地召しあげには良い資金になりましたが御老中方のご意見は如何でございましょうか?と丹後守が聞くと、明後の月見の宴の時には、なんとかして老中方にうまく取り入ることじゃのと伊勢守は忠告する。

あの空き地が手に入った時の彦左の顔が見とうござりまするなと丹後守は愉快そうにいう。

その頃、川勝亭の庭先には、為吉(沢村宗之助)を中心とした大工連中で月見の宴用の席が作られていた。

用人軍兵衛(清川荘司)は、庭が狭いので、せめてあの塀が壊せればねという為吉に、これ!扇子を振りながらと叱りつける。

その塀の隣には、彦左衛門所有の空き地が広がっていた。

彦左衛門の屋敷では、興奮状態のお仲が天下の一大事ですとやってきたので、喜内が必死に止めようとしていた。

どうしたまた太助と喧嘩でもしたのか?言いながら姿を見せた彦左衛門に、太助さんたら大変な人をうちに連れ込んでいるんですとお仲が報告すると、そうか、家に入れよったか、それでこそ太助じゃと彦左衛門が嬉しそうにいうので、まあ、殿様まで!あの人を太助さんの家に入れることをお許しなさったのですか?とお仲が驚くと、そうじゃ、少しは元気になりよったか?あやつ…と彦左衛門は聞く。

元気も元気、あんな元気な女の人は見たことがありません!とお仲がいうと、女?わしがいうとるのは失恋男じゃと彦左衛門も不思議がる。

するとお仲は、失恋したのは私でございますと悲しむので、何をいうとるのかさっぱりわからん、これは一体どうしたことじゃ…と彦左衛門は戸惑う。

そばで聞いていた喜内は、私が客観的冷静に分析致しましたるところ、話があっちゃこっちゃになっているんでございますね、殿が話しておられるのは太助がつれてきた失恋男、お仲が喚いておりますのは太助の隣に越してきた娘のことでござりますと答える。

その頃、池の淵にやってきた太助を追ってきた良恵は、太助に帰れよと邪険にされても、私も探しにきたのよと怒りながらも、絶望さ~んといなくなった幸吉を探していた。

そんな大きな声で呼んだって、自殺しようってやつが返事するかいと太助は呆れたようにいう。

随分邪険ねと膨れた良恵だったが、帰らないわよ、だって怒れば怒るほど魅力があるんですもの!と太助を揶揄う。

太助は返答もできなくなり、ちょっと目を離すとどっか行っちゃうんだから、頭に来ちゃうな!今度見つけたら首に縄をつけて金輪際離さないぞなどと幸吉の話にもどす。

すると良恵は笑い出し、太助がお仲を追っていたと思っていたのだと打ち明ける。

すると太助は、冗談言うねえ、お仲さんのことじゃ、前にいっぺん死んでるんだよと思い出すように答える。

その頃、彦左衛門の前に正座していたお仲も、私の粗相でお家のお皿を割った時にはもう手打ちは覚悟しておりました…と、その時のことを思い返していた。

うん、太助の奴、人の命と家宝の皿のどっちが大事かと命を捨ててわしに意見をしおったが、わしはあれの心意気に打たれたのじゃと彦左衛門もその時のことを思い出し愉快そうだった。

それをそばで聞いていた喜内が、いきなり庭先に降りると双肌脱いで、その時の状況を説明したので、彦左衛門は馬鹿者め、すぐ調子に乗りおって!と苦笑する。

喜内が平伏すると、お仲、あの夜のことを思い出すの~と彦左衛門は懐かしがる。

喜内は、殿さま、太助の奴め、月夜の晩になるとお仲と一緒にあの空き地を歩いていたこと、ご存知なかったんでございますか?と逆襲する。

太助さんはその度に、うんと立派になって殿様のためにこの空き地に隠居所を建てたいって口癖のように言ってましたとお仲が補足すると、何、隠居所?そうか…、太助がそう申していたか…と彦左衛門は苦笑する。

じゃあ、太助さんはお仲さんの命の恩人じゃない!と池のそばで太助の思い出話を聞いた良恵は指摘すると、みんな親分が偉いんだよと太助は受け流す。

すると良恵が池のそばで下駄を脱ぎ、私を太助てくれる?と揶揄うので、冗談言うな!この池はただの池じゃないんだぜ、俺が親分から一心鏡のごとし、命を捨て世のため人のためにやれと教えられた由緒ある池なんだ、手前なんかに飛び込まれてたまるかい!と太助は教える。

じゃあ絶望さんなら飛び込んで良いの?と良恵が言い返すと、絶望のやつ、どこ行きやがったかな!と言いながら太助はその場を去ってしまう。

一方、太助らが探していた絶望こと幸吉は、夜の闇に紛れて川勝屋敷に忍び込もうとしていた。

ちょうど大工連中と相模屋が屋敷を出て帰りかけた時、塀の上に身を潜めていた幸吉が路上に転がり落ちて発見されてしまう。

泥棒と間違われた幸吉はその場を逃げ出すが、後を追った大工連中に材木置場で捕まって殴られてしまう。

そこに偶然帰ってきたのが良恵と太助で、幸吉、探したぜと太助が加勢に加わると、兄貴、こいつら俺のこと泥棒だって言いやがって…と幸吉は背後に隠れる。

それを聞いた太助は、てめえたち、よくも俺の手下を盗人扱いしてくれたな?と啖呵を切るが、構わず大工たちが殴りかかってきたので、この俺を知らないで、それでもお前たちは江戸っ子か?神田駿河台大久保彦左衛門一族の曲がったことが大嫌え、一心太助たあ俺のこったい!とさらに見栄を張る。

それを知った相模屋は、魚屋のくせに生意気な!おいみんな、今のうちに教えてやんな!と大工たちを焚き付けたので、大工たちは一斉に材木を使って暴れ出す。

そんな大工たちを相手に片っ端から片付けていく太助の腕っぷしに惚れ惚れと見惚れる幸吉と良恵。

そんな中、太助!わしも相模屋茂兵衛だ、このお返しはきっとするから覚えておけよと相模屋たちは言い捨てて去ってゆく。

幸吉は兄貴!と縋りつき、良恵も、素晴らしかったわ!男の中の男よと言いながら太助のそばに駆け寄ってくる。

絶望、おめえどこにいたんだ?と聞く太助に、すみません、川勝の塀の上にいたんですと幸吉が答えると、ばっかやろう!そんなところにいる奴いねえだろ?と太助は呆れる。

だって、一目でもおとよちゃんに会いたかったんですとと幸吉は涙ぐみながら訴える。

それを聞いた良恵も、かわいそうね、絶望さん…ともらい泣きしてしまう。

翌日、彦左の屋敷の台所でタイの鱗を取りながら、親分、あっしはあんな純情な野郎見たことねえや、根性を叩き直してやろうと何度もびしびしやっているんですけど治らない、あいつはね、おとよに一心鏡の如しって奴ですよと太助は彦左衛門に報告していた。お前も変わったものを拾ったものじゃのう…と彦左衛門も苦笑する。

しかし川勝の野郎もとんでもない野郎だな、木場の奴らも木場の奴らだよ、あんな奴にお世辞使いやがってさと太助がいうと、工事には付き物の大ネズミどもじゃと彦左衛門も応じる。

その大ネズミはね、今夜老中を呼んでご馳走するんだってと太助が教えると、老中を?と彦左衛門は驚くが、当家も久々の月見の宴じゃと言い出したので、鯛を用意していた太助は大喜びする。

その夜、川勝邸では、用意されていた桟敷席で月見の宴が開かれていた。

招待された老中たちの原伊予守(加賀邦男)や桑山伊勢守が、隣の彦左衛門の空き地のことで噂話をしていた。

その時、大久保彦左衛門様がお見えですと家人が丹後守に知らせる。

そして姿を現した彦左衛門は、これはこれはご一同…、彦左はご機嫌伺いに参ったと笑顔で老中たちに挨拶する。

ご老人、先ぶれもなく、また当方の都合も正さず、突然の御爾来は迷惑でござる、ご遠慮願いたい!と丹後守は睨みつける。

しかし彦左衛門は、水臭いことをもうすな、隣家の誼(よしみ)じゃ、大目に大目にと笑って受け流すと、さて各々方、満席はまことに結構なる月見の縁、世はまさに太平でござる、各々方に引き換えこの彦左衛門、16歳の初陣より戦場を駆け巡り、武骨一偏、風流を介せぬ頑固者…、これまで何かと御気に触ったことと存ずるが、今後はご一同に気に入られる彦左になろうと思う、なにぶんよろしくお願い申すと一方的に捲し立てながら、老中らに酒の酌をし始める。

伊予守と伊勢守が尺を受けると、気持ちよく受けてくださり、彦左、感激でござる。お礼の印に肝入りの月見の宴の曲お聞きくだされと言った彦左衛門は、それ~、太助~!と塀の向こう側の空き地に向かって声をかける。

すると、へ~いという太助の返事とともに、隣の空き地から法螺貝の音が鳴り響いてくる。

続いて不愉快な騒音が響き出したので、丹波守も老中たちも唖然とする。

空き地では魚屋たちが銘々勝手に太鼓や法螺貝、鍋釜に至るまで鳴り物を鳴らして騒いでいたのだった。

お仲も良恵も喜内も参加しており、それら全員を太助が煽っていたのだった。

そんな中、幸吉は木に登り、川勝邸の様子を伺っていた。

その騒音で苦虫を噛み潰したような顔になった丹波守に対し、さて川勝殿、腰元のとよというのはどの仁かな?と彦左衛門は言葉を続ける。

左様なものは当家にはおりませんと丹波守は否定するが、これは間違いであった、側女のとよというのはどのお方かな?と重ねて彦左衛門が聞くので、ご老人、他家の内情にまで立ち会われるとは無礼でござろうと息巻く。

なんでござる?年季明けの腰元を側女にした?それは良くない…と、彦左衛門は騒音で聞こえづらいように装い、老中の耳にも聞こえるように言い返す。

権勢を傘に着てそういう酷いことはやめなされ、そのために泣く下々のことを絶えず考えるべきじゃと彦左衛門は忠告すると、ごめんと言って立ち上がり、いい月じゃの~と言い残し立ち去ってゆく。

その後も空き地の騒音は続き、川勝邸での月見の宴は台無しになる。

その時立ち上がった原伊予守は、川勝殿、空き地召し上がりの件はお引き受け申した!と告げたので、丹波守は喜んで平伏し、老中たちはその場から去っていく。

その後、誰もいなくなった空き地に残っていたのは太助とお仲の二人だった。

太助は、この空き地に親分の隠居所を建てるんだといつものようにつぶやいたので、聞き慣れていたお仲は笑い出す。

何がおかしいんだ?と太助が聞くと、だって太助さんったら、お屋敷にいた頃から同じこと言ってるんですもの、もう百遍も聞いちゃったわとお腹は答えたので、太助は苦笑するしかなかった。

でも親分には長生きしてもらいたいなと地面に座り込んだ太助はいう。

それを見上げたお仲は、お月見が終わったらお祭りね…、オラの国じゃ、お祭りの時には太鼓叩いて…、ああ楽しかったべと忘れていたお国言葉で言ってしまう。

お月様に見惚れてズーズー弁が出たかと太助は揶揄う。

するとお腹が急に泣き出し、だって国の言葉を使ったら太助さんに嫌われちゃうわなどというので、太助は、馬鹿野郎!言葉や姿じゃねえよ、心、心だよ!と言い聞かせ、親分は目が高えやとつぶやいたので、殿様が?とお仲が不思議がると、絶望の恋人みたいに栄耀栄華に目の眩む女より、おめえみてえによ、俺のような貧乏人でも一生苦労してくれる…、その心が嬉しいんだよと太助がいうと、感激したお仲は涙ぐむ。

そのお仲の涙顔に照れた太助は、今年は江戸の祭りの威勢の良いところを見せてやるぜと言い聞かす。

江戸城にいた徳川家光は、松平伊豆守の報告を聞き、月見の招待に彦左が現れたかと高笑いしていた。

老中一同の彦左衛門批判の声はまずます強く、以前より言上しておりました彦左衛門の空き地召しあげのこと、もはや伊豆一存ではもはや収むべくもございませんと伊豆守はいう。

この太平の世に武骨一偏の爺にとって憎まれ口が精一杯の忠義であることが老中どもにはわからぬ…と家光は呟く。

また彦左衛門には自省に処する殿様のお理がわかりませぬと伊豆守が付け加えると、不憫な爺じゃと家光が嘆くので、不憫ではございますが、何卒ご上意にて老中一同の願い通り、彦左衛門の空き地召し上げくださいますようにと伊豆守は願い出る。

慣れども伊豆…、仔細なくして爺の憎まれ口とは思われぬぞと家光は指摘する。

御意!これを機に、伊豆、調べたきことがありせば、空き地召しあげの上は川勝丹波守に下し置かれますようにと願い出る。

3代に仕えた重臣…。大名にもしてやりたい爺じゃ、伊豆、空き地飯上げの際には彦左一代我儘勝手許す事、鹿と老中一堂に申し聞かせい!と家光は命じる。

その後、彦左衛門に対面した伊豆守は、その方、屋敷の空き地に乞食を集め、夜な夜な騒ぎおる由、不届至極!よって…と言いかけた時、伊豆殿しばらく!と彦左衛門が言い返そうとすると、待たれい!抗議申し渡しの最中に言葉を挟むとは、彦左衛門殿とも思われぬと横槍を入れたのは原伊予守あった。

お言葉ではござるが、手前、空き地へ乞食を集めた覚えはござらんと彦左衛門が反論すると、黙らっしゃい!先夜、月見の乞食共の馬鹿騒ぎ、覚えないとは申すまいと伊予守。

果て?伊予殿の目は僻目かな?善良なる江戸の町人が集まって月見の宴を催したるを乞食の馬鹿騒ぎとは何事と彦左衛門は冷静に言い返す。

そうではござらぬか、屋敷内に多くの町人どもを集め、先陣に用いる貝鉦陣太鼓などを傍若無人に打ち鳴らすなど穏やかではござらんと伊予守も引かないので、なんと?武家屋敷において貝鉦陣太鼓が聞こえて、何が穏やかでないのじゃ?と彦左衛門も負けていない。

ならばそこもといかなる一存にて老中を愚弄致された?と伊予守が聞くと、これは異なこと、愚弄致すどころか、上様のありがたきお言葉に従い、世辞の一つも申したまでじゃと彦左衛門は答える。

上様のお言葉など、ご真意も解さず、戯けたことを申されるな!と伊予守は言い返す。

すると彦左衛門は気色ばみ、だまらっしゃい!一改築奉行の屋敷に老中諸侯が招かれるなど、徳川家始まって以来見たことがないわと言い放つ。

するとその場に揃っていた老中達が一斉に黙り込んだので、その様子を伊豆守も観察する。

これが先例になって家臣一同追従賂を競うようなことにでもなればなんとなさる?世を挙げて賂の世になりますぞ、嘆かわしいことじゃ…と彦左衛門は釘を刺す。

老中一同の様子を見やった伊豆守だったが、それでも、彦左殿、御上意でござる、そこもと屋敷の空き地、本日をもって御公儀お取上げとなり、川勝丹波守に下し置かれるぞ、証印なさるな?いかがでござる?と告げると、流石の彦左衛門も、何と!と驚いた後、伊豆殿、確かに御上意でござるな?と念を押し、いかにもという伊豆守の返事を聞くと、承知致した、御上意とあらば喜んでお受け仕ると答える。

不肖なれど彦左衛門、三代の主君に仕えていささかの私心もござらん、ごめんと答えると、老中達を睨みつけて座をはずす。

彦左衛門が部屋を後にした後、さて御一同…と伊豆守が居並んだ老中達に言葉をかける。

上様に置かせられては、神君のご威信である彦左衛門、時代に遅れ、憎まれ嫌われること不憫、方々のご意見通り、空き地召し上げの上は、彦左衛門一代、わがまま勝手許せとの五条でござった。

三代に続く老骨の忠誠を思えば、空き地召し上げはおろか、万億の御加増あって然るべきところでござる。以後、これ忘れように!と言い渡したので、老中達は首を下げる。

その頃彦左衛門は家光と対座していた。

爺!よくぞ堪えてくれたなと家光が言葉をかけると、はは~、御もったいない…と平伏した彦左衛門は、

彦左め、とかくどなた方にも盾をつき、忌み嫌われておりますこと、万々承知、されどもいわで叶わぬことを申すだけのこと、いささかの私心もございませんと彦左衛門が続けると、爺、言うな!と家光は制する。

そちの心は余が一番わかっておるのじゃという家光の言葉を聞いた彦左衛門は、わこ…というなり深々と頭を下げるのだった。

屋敷に戻った彦左衛門は太助とともに、思い出深い空き地に立って夕陽を眺めていた。

一方隣の川勝邸では、丹波守に招待された相模屋や家老達が酒宴を張っていた。

天下のご意見番も意気消沈、すごすごと帰りおったわと丹波守は相模屋相手に上機嫌だった。

殿様、今や日の出の勢いでございますなと相模屋の追従も絶好調。

そちも近頃では問屋仲間では一番であろうがと丹波守も世辞を言いながら、酒を注いでやる。

ところでお殿様、先だってのおとよ様の件、やっぱり私どもの離れにお預かりするのが一番安全でございますと相模屋は持ちかける。

うん、頑固親父の目がうるさい、準備が出来次第、気づかれぬように頼むぞと丹波守は燐家の方を気にしながら頼む。

意気消沈した太助が彦左衛門邸から帰る途中、その姿を見かけた為吉ら大工連中がからかってくる。

こっちは明日から、あの空き地に立派な御殿を建てますのさ!と為吉が言うと、大工達も一斉にからかってくる。

最初は無視してやり過ごそうとした太助だったが、やろう…、親分のことをバカにしやがって!と逆上し、川に飛び込んで向こう岸の大工達に近づこうとするが、為吉達は一斉に囃し立て、石を投げてくる。

長屋に戻った太助は、汚れた半被を井戸の水で悔しそうに洗う。

その物音に気づいて出てきた幸吉や良恵にも、太助は水をかけて追い払う。

翌日から川勝邸では為吉達が空き地との塀を壊し始める。

塀が壊れると、空き地に立っていたのは双肌ぬいだ太助だった。

この野郎!野良犬みてえにこんなところにいやがったのか!と気づいた為吉は、おい、叩き出せ!と大工仲間に命じる。

大工達に囲まれた太助は、寄るんじゃねえよ、退いてな、怪我したくなけりゃ退いてろよ…と忠告する。

てめえらはこの空き地をただの空き地だと思ってるのか、うちの親分、大久保彦左衛門忠教様が、一番槍の昔から命を真っ当に働いて久宝様から拝領のありがてえ土地なんだ!忠義一途に三代続いたこの土地を老中どもと腹を合わせ、因縁づくめで巻き上げた川勝丹波大盗人め!と太助が啖呵を切ったので、丹波守も気色ばむ。

おい!てめえ達はその手先だぞ!たとえ将軍だろうと老中だろうとこんな非道が許せるかい!

杭の一本でも打ち込んでみろ!この刺青が承知しねえぜ!とまで太助がいうので、為吉は、何を!御上に盾をつきやがって!と言い返し、やっちまえ!と仲間達にけしかける。

太助は下駄を持って喧嘩を始めるが、多勢に無勢、相手の数には勝てず袋叩きにされかかるが、その時、控え!と姿を見せたのは彦左衛門だった。

その姿を見て喜んだ太助が、親分!と出迎えると、彦左衛門は、馬鹿者めが!と叱りつけ、驚く太助の腕を引っ張って屋敷に戻る。

屋敷の庭に放り出した太助に、何ということをするのじゃ!と彦左衛門は睨みつける。

空き地召し上げは上様の御上意!あれほど申し聞かせたではないか!と叱られた太助は、わかってるよ!わかってるよ!と悲しげに答える。

俺は親分が可哀想で、俺は親分が可哀想で…と太助が泣き出したので、彦左衛門も顔を背け、馬鹿者め、わしは喜んでお受けしておるんだ、わしの気持ちがわからんか…と言いきかせようとするが、太助はわからねえよ!と反論する。

上様の慕情である親分は無法なことでも喜んで通るのかい!俺はそんな親分は情けねえわ!常日頃から曲がったことは大嫌え、それでこそ俺の親分だよ、天下のご意見番とも、俺は神様みてえに思ってるんだよ、俺ばかりじゃねえよ、江戸中のみんながそう思ってるんじゃねえか!

今日という今日は呆れ果ててものも言えねえよ!と泣く太助。

黙れ!と彦左衛門が叱っても、黙らねえよ!親分、おまえさん、いつの間にそんな腑抜けになんなさったんだよ?と助けがいうので、腑抜け?と彦左衛門は弱気になる。

そうだろう!腑抜けも腑抜け、大腑抜け残し抜けだい!だ!と太助がいうと、黙れ!黙れ!黙れ!と彦左衛門も否定する。

手をかけて遣わせば増長しおって!今日限り、出入りを差し止める!出て失せい!と彦左衛門は言い渡す。

出ていくよ…、出ていってやるよと言いながら、脱いでいた着物を着た太助は、表に飛び出すが、そこにいたお仲から、殿様にお詫びして!と止められるが、うるせえなぁ!と言って振り払う。

そんな太助に、待って!と追い縋るお仲だったが、門前のところですでに太助は去ったと知り泣き出す。

その夜も、幸吉は頬被りをして川勝邸に忍び込もうとしていた。

その時、門が開き、おとよをカゴに乗せた一行が出かけたので、幸吉はその後をつけていく。

その一行が通り過ぎた飲み屋で、太助は1人酒を飲んでいた。

出入り禁止か…、誰が行くかい…、誰が行くもんかい、頑固爺い!と太助は呟く。

明日から、明日から誰が魚を持っていくんだい…というと、太助は机上のお銚子を薙ぎ倒して泣き出す。

屋敷の彦左衛門も一人夜空を仰いでいた。

馬鹿野郎!と叫びながら、夜の街を千鳥足で歩く太助。

先に長屋で待っていたお仲は、人の気配がしたので、太助がかえってきたと思い表戸を開けると、顔に傷を負い、簀巻きにされた幸吉が倒れ込んできたので悲鳴をあげる。

その時、やいやい太助!悔しかったら木場に来やがれ!子分同様簀巻きにしてやらあ!と叫ぶ為吉の声が聞こえてくる。

その時、長屋の連中が太助の部屋の前に集まり、簀巻きにされた幸吉が、おとよ…、おとよ…とうめいているのに気づき死んでないと知り喜ぶ。

大家の源兵衛が指示を出し、長屋の住人総出で幸吉の簀巻きを剥がしてやり、布団に寝かせてやる。

うなされていた幸吉が、おとよちゃん…、相模屋…と口走ったのを聞いたお仲は、おとよさん?と源兵衛と顔を見合わせる。

おとよさんに会えたの?と良恵が声をかけると、太助兄ぃ!太助兄ぃ!…と幸吉が答えたので、そういえば太助はどこにいるんだと源兵衛が気づく。

お仲は、私、帰ってみます、ひょっとしてお屋敷に行っているかもしれませんと言い出す。

それを聞いた源兵衛は女ひとりでは物騒だと言い、長屋の留と平次をついて行かせることにする。

翌朝の魚河岸では、金助(星十郎)が、今日は祭りだ!と皆の衆に伝えていたが、そんな中、倒れて寝込んでいた太助に気づく。

太助兄ぃが倒れてるぞ〜とみんなに呼びかけると、魚屋連中が兄貴!と叫びながら一斉に集まってくる。

その声で目覚めたのか、うるせえなあ〜と言いながら太助が上半身を起こしたので、みんな安堵して笑顔になる。

なんだ?俺は河岸で寝込んじまったのか?とぼやきながら太助が身を起こすと、おい兄貴、呑気なことを言ってる場合じゃないぜ、兄貴が寝ている間に大変なことが起きたんだぜと金太がいう。

どうしたんだよと井戸の水を飲みながら助けがきくと、驚くなよ兄貴!幸吉が簀巻きにされて長屋で虫の息だ!と金太がいうので、さすがの助けも仰天する。

何、幸吉が!と叫んだ太助は長屋にひた走る。

長屋の前で待っていた源兵衛は太助に気づき、部屋の中で幸吉を見守っていた良恵も、太助さん!と呼びかける。

もう目を開けていた幸吉も、兄貴!と寝床から呼びかけたので、太助は幸吉!と呼びながらそばに駆け寄る。

川勝のやろうかい?と助けがきくと、頷いた幸吉は、おいら野辺したおかげでおとよを連れ出す籠をつけたんだと説明し出す。

会ったのかい?と太助が聞くと、兄貴、木場の相模屋に連れて行かれたんだと幸吉が答える。

相模屋?と太助が驚くと、相模屋の離れにおとよが閉じ込められているんだと幸吉はいう。

助けに行こうとしたらこのザマだ…と幸吉が泣くので、ちくしょう!そうだったのかいと太助は合点する。

兄貴、おとよはまだお部屋様になっていなかったと幸吉は嬉しそうに教えると、幸吉、よかったじゃねえかよと太助も喜ぶ。

今日の祭りに川勝が…と幸吉がいうので、来るのかい?相模屋に?と助けが確認すると、幸吉は頷く。

おとよを…、おとよを助けてくれ、兄貴!と幸吉は頼む。

よ〜し、心配するねえ、きっとおとよ坊を取り戻し、てめえの敵は打ってやるyよ!と太助は約束する。

良恵さん、幸吉のことは頼んだぜと言い残し、立ち上がった太助は、俺が死んだらな、骨は駿河台へ届けておくれよと言い残す。

大久保さんのところへ行かないの?と良恵が聞くと、親分にはな、生きてお目にかかれねえんだ!というと、太助は部屋を飛び出して行く。

しかし部屋の前にいた源兵衛は、走り出そうとする助けの腕を掴み、待ってくれ!おめえ一人で突っ込むなど滅相もねえ!木場の連中はおまえが来るのを待っているに決まっている!と止める。

命はどうなってもいいんでえと太助が振り解こうとすると、おまえさんが捨ててかかっても、おとよさんは助からねえ!相手は川勝様が後ろ盾だ!と源兵衛は説得する。

バカねえ、あんたは…、これこそまさに天下の一大事じゃないの!どうして大久保さんのところに行かないのよ!と良恵も叱る。

それが行けないんだよと太助が悔しそうにいうので、誰か大久保様の友達いないの?と良恵は聞く。

その時、太助は何かを思いついたようで、そうだ!あった!と喜ぶ。

太助が駆け付けたのは松平伊豆守の屋敷であった。

ちょうど出かけようとしていた伊豆守を見つけた助けは、門を潜り抜け、お願いでございます!と土下座して頼み込む。

無礼者!と家来たちが駆けつけるが、大久保彦左衛門の一の子分一心太助!伊豆守様にお願いでございまする!と太助は声を上げる。

その時、下がれ、下がれ!と家来に声をかけながら当の伊豆守が太助の前に姿を見せると、おお、そちが太助か?と声をかける。

へい!殿様、天下の一大事でございます!と太助は言い出す。

ご老体に何かあったか?と伊豆守が聞くと、いえ…、あっしはお出入り禁止になっちゃったんで…と太助は情けなさそうに答える。

その頃、彦左衛門は、太助の馬鹿者めが…、親の心子知らずじゃ!などとぼやきながら、座敷内をうろうろしていたが、お仲がそばに控えているので、お仲、おまえにまで探すなとはいうておらんぞと苛立つ。

殿、その腰元が見つかったんですよ、相模屋に閉じ込めやがったんで!と太助は伊豆守に報告していた。

何?相模屋?と伊豆守は驚く。

その頃相模屋は、木場の連中と共に、店にやってきた丹波守に、ようこそお越しくださいましたと出迎えていた。

おとよのことばかりじゃねえんで…と太助の伊豆守への報告はまだ続いていた。

今度の川勝の普請も俺には腑に落ちないな、あいつは5千石の旗本だ、同じ禄高の俺の親父は年中金がなくてピーピーしてらあ、一体これはどういうわけなんで?と太助が聞くと、伊豆守はニヤリと笑う。

殿様、お願いでございます、どうぞ川勝と相模屋の悪事を暴き、おとよ坊を助けておくんなさいよと助けが願い出ると、太助、一々尤もなれど、証拠不十分なれば手出しはいたしかねると伊豆守は答える。

え?そんな水臭い話ってあるかい!みすみす悪事をしてるの分かってるじゃないかと太助が迫ると、登城の時刻じゃ下がれ!と伊豆守は命じる。

下がってやるよ!知恵者が聞いて呆れらあ、もう頼まねえよ、もう誰にも頼みゃしねえや!というなり太助は外に駆けて行く。

それを見た伊豆守は軽く頷く。

街に繰り出した太助は、祭りの様子を見て何事かを思いつき、良し!と呟く。

魚河岸にやってきた太助は、大変だぞ〜、みんな〜!来てくれよ〜!天下の一大事だ〜!と叫び回る。

街では神輿が繰り出していた。

長家に駆けつけたお仲が、おじさん、太助さんは?と聞くと、源兵衛は、おとよさんを助けてもらいに御上にお願いに行ったきりまだ戻らないんだと教える。

そこに、おい大変だ!太助兄ぃが神輿で木場に殴り込みをかけたぞと報告がある。

仰天する長屋の連中。

街では、青い神輿を大団扇で仰ぐ為吉と青い神輿の木場の連中に対抗し、太助が赤い大団扇を仰ぎ、赤い神輿を練り出していた。

彦左衛門に知らせようと駆けるお仲。

しっかりして!おとよさんの顔を見るまで死んじゃダメよと寝込んだ幸吉を叱る良恵。

相模屋では、捉えられたおとよが、高笑いする丹波守の声を離れで聞いていた。

街では赤と青の神輿合戦の最中だった。

その頃、彦左衛門は、訪ねてきた伊豆守から太助が天下の一大事と飛び込んできた旨報告を受けていた。

伊豆殿、捨て置かれたであろうな?と彦左衛門が聞くと、捨て置くどころか、太助の訴えは川勝の悪事探索をいたしおる折、何よりでござった、老人、太助のために御出馬願いたいと伊豆守は訴える。

街では赤と青の神輿がぶつかり合おうとしていた。

相模屋では、ニヤつきながら丹波守がおとよの離れ部屋に入り込もうとしていた。

街では青と赤の神輿が押し合いへし合い、相模屋の離れでは、丹波守がおとよに襲い掛かろうとしていた。

相模屋の店前まで来た両軍は一斉に喧嘩を始める。

彦左衛門と伊豆守が対峙していた屋敷に駆け込んだお仲は、一大事でございます!太助さんが魚河岸の連中と木場に殴り込みに行きました!と報告する。

何!と彦左衛門は驚き、伊豆守は、御老人、まさに天下の一大事にございますぞと言う。

うむ…と頷くがなかなか立ちあがろうとしない彦左衛門。

御老人!と伊豆守が重ねて声をかけ、お仲も殿様!と急かす。

もはや頑固を張っている時ではござらん、御出馬!御出馬!と伊豆守が急かす。

川勝並びに木場の奴らは、拙者同行いたし究明いたす、御老人!と伊豆守。

伊豆殿、かたじけない!と頭を下げた彦左衛門は、馬引けい!と家人に命じる。

街では喧嘩の真っ最中、そこへ馬で駆けつける彦左衛門と伊豆守。

相模屋の離れでは、おとよに組みつこうとする丹波守だったが、そこに家来が異変を知らせにくる。

街では木場の連中相手に暴れまくる太助。

お仲は屋敷内で神頼みをしていた。

相模屋に傾れ込んだ太助は、おとよさ〜ん!と呼びかける。

その声に気づくおとよ。

離れに木場の連中と相模屋を追い込んだ太助たちの前に現れたのは、家来におとよを逃すまいと捕まえさせた川勝丹波守だった。

それを見た太助は、出やがったな!揃いも揃って盗人ばっかり!おい、運の尽きだと観念しやがれ!と睨みつける。

超人の分際で生意気な!と抜刀する丹波守。

ほう、斬るのかい?そんな曲がった根性で、一心太助は斬れはしないと太助は見栄を張る。

やい丹波!おとよさんをもらっていくぜ!と迫る太助は、また木場の連中を蹴散らし始める。

音よを掴んでいた相模屋の肩を棒で打ち据えた太助は、おとよの手を取って座敷から逃げ出す。

途中でおとよを金太に託すと、また太助は暴れ始める。

しかしその金太も行手を遮られたので、また太助が駆けつけ、おとよと共に外へ逃げ出す。

そこに駆けつける彦左衛門と伊豆守の馬。

相模屋の前では、再びおとよを為吉に捕まえられてしまう。

太助に迫り来る丹波守。

そこに鎮まれ!鎮まれ!と声をかけながら駆けつけたのが彦左衛門と伊豆守の一団だった。

天下のご意見番大久保彦左衛門!御老中松平伊豆守様のお供仕り取り鎮めにまいった!神妙にいたせ!と彦左衛門が口上を言う。

丹波守たちは屋敷内に逃げ込もうとするが、川勝丹波守、待て!と伊豆守が命じる。

その方、役業を傘に木場商人と結託なし、役目をおろそかにし、私服を肥やせしこと不届き!いささかの取り調べに参った、それ!と部下たちに命じる。

伊豆の家来たちが丹波守らを押さえつけると、太助!ご老人がお待ちかねじゃと馬上の伊豆守が声をかけてくる。

親分…と太助がたちすくむと、太助!と馬上の彦左衛門が声をかける。

親分…、太助…と三度声を掛け合った時、太助は破顔して彦左衛門のそばに駆け寄ると、その手を握りしめる。

彦左衛門も満面の笑顔であった。

その夜、太助の部屋で寝ていた幸吉は、無事おとよと再会していた。

太助とお仲は見物に集まった長屋の連中を部屋から追い出す。

太助はお仲を誘って、長屋の外に走り出し、良恵はその二人を寂しげに見送る。

かわいそうにな〜と源兵衛が良恵に同情の言葉をかけると、あら失礼ね、あたし、ちっともかわいそうじゃないものと良恵が言い張るので、頑固だね〜と源兵衛が呆れると、頑固よ、私、頑固大好きと言いながら、良恵は涙を流していた。

大家さん、あたし好きな人ができちゃった、大久保のお殿様よと言いながら走り出す。

寛永3年10月

将軍家光

久能山 東照権現参詣の為西下す

富士山の前で籠から降りた家光は、爺、遠慮はいらん、箱根において十分湯治をいたせよと彦左衛門に声をかける。

は、御もったいないと彦左衛門が恐縮すると、余は爺に長生きをしてもらいたいのじゃと家光は笑いかける。

ありがたきお言葉…と平伏する彦左衛門。

太助!と声をかけられ、遠方で土下座をしていた太助が顔を上げると、近うよれと家光は声をかける。

彦左衛門は、控えろ!と駆け寄ってきた太助を制するが、だって…と太助は戸惑う。

構わぬ、太助、近う!と命じる家光。

バカにつける薬はございませんと助けを指差し謙遜する彦左衛門だったが、笑った家光は、バカにつける薬を取らせるぞというと、葵の御門が入った印籠を差し出す。

それをありがたく推しいただく太助を見た彦左衛門は我がことのように喜ぶ。

太助、いつまでもバカでおれよと命じる家光。

そちのバカは尊い。爺は76歳の高齢じゃ、気をつけて共をいたせよと言葉を重ねる。

その言葉に感激する太助と彦左衛門に、家光は優しい笑顔を向けるのだった。

延々と続く家光の行列を見送りながら、太助、若子は、若子がわしの歳を覚えておられた、わしの歳を…と彦左衛門がいうと、親分、さすがは日本一だね〜と太助も感心しながら印籠を握りしめるのだった。

笑顔の太助に終の文字が重なる。

1作目でモノクロだった太助がカラーになった続編映画。

当然、錦ちゃんだけではなく、大久保彦左衛門役の月形龍之介さんも、ヒロインお仲役の中原ひとみさんもカラーになっている。

チャンバラなどで見せるアクション系ではなく人情噺なので、アクションと言えば喧嘩シーンくらいしかないのだが、最初の大掛かりな喧嘩シーンが始まるのは、映画開始から30分以上かか理、前半のテンポは緩やかである。

それでも江戸城改築シーンや祭りのシーン、将軍参詣の列など今では考えられないようなオープンセットとエキストラで見応え感は十分。

劇中で太助を演じる錦之助さんを、劇中のみんなが兄貴、兄ぃ呼ばわりしているので、この辺から「錦ちゃん」「錦兄ぃ」呼びが定着したのではないかとすら思うほど元気が良く、その元気をもらうための映画と言っても良いかもしれない。

今回は、田中春男さん演じる「絶望」こと幸吉役が話の中心となり、彦左衛門の屋敷の隣人の悪を暴く展開になっているが、田中さんはこの手の役をやるにはかなり老けていることがアップになうとわかる。

劇中、喜内役の堺駿二さんが双肌脱ぐシーンがあるが、演じている老人とは思えぬ引き締まった上半身や顔つきで、相当若い時期の作品だとわかる。

当時45歳くらいだったと思われ、ご子息の堺正章さんが「古畑任三郎」に出演なさった頃より若い時期だったわけで、まさに働き世代ど真ん中。

彦左衛門役の月形龍之介さんですら当時56歳くらいなので、当時としては初老扱いだったかもしれないが、今の感覚で言うとまだまだ現役の作品である。

映画全盛期に業界トップを誇った大東映の時代劇の醍醐味を十二分に味わえる作品である。



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