「水戸黄門天下の副将軍」

1959年、東映、小国英雄脚本、松田定次監督作品。

江戸城

元禄10年(登城する大名行列を様子を映しながら)

登城の大名はそれぞれ格式において定められた町部屋に入る(とナレーション)

これは大廊下の間という。城中最高の格式の部屋で、尾州、紀州、水戸のいわゆる御三家が詰める。

これは大広間、国持大名が詰める。

柳の間、紅葉の間、菊の間、いずれも万石の大名が詰める。

諦観の間には譜代大名が詰める。

ここは用部屋、老中が詰め部屋である。すなわち幕府の政治運行の権力の座である。(とそれぞれの部屋を映しながらナレーション)

先ほども桂昌院様からのお召しにより、思考仕ったところ…と阿部豊後守(佐々木孝丸)がいうと、対座していた戸田山城守(香川良介)が、将軍家ご世継ぎ御取り決めのご催促であろうというと、豊後守も頷く。

桂昌院様お気に入りの紀州剛典殿ご推挙については、大義名分を立てんとて、殿のお捌きもあると山城守が言うと、その急先鋒は水戸家、しかし我らとしてはこの際、なんと申しても将軍家合同桂昌院様の御意にそうこと…と豊後守が話していると、そこに茶坊主がやってきて、大目付中山隼人様、火急のお目通りを願い出ておられますと知らせ、その中山隼人(上代悠司)が姿を見せる。

水戸のご隠居様、昨夜お忍び姿にて友の2名を従えて、小石川上屋敷においでにございますと中山は報告する。

それを聞いた豊後守は、何、水戸のご隠居が?と驚く。

あの疑獄に関する方の動きを知ってのことだとすれば+と豊後守が案ずると、とにかくいかなる手を巡らせても上様とのご対面を阻止せねば…と山城守も呟く。

そこにまた茶坊主がやってきて、申し上げます!黄門光圀様、ふいの御登城!上様御前へ!と伝えたので、豊後守は慌てて立ち上がる。

あいや、御老公!しばらく!と後ろ姿を見つけた豊後守が呼びかける。

振り返った黄門水戸光国(月形龍之介)は、おお豊後殿かと気づく。

恐れながら御老公にはいずれ…と豊後守が言いかけると、久々に上様に御目通りいたそうと存じてのと黄門がいうので、上様御対面については、たとえ御三家といえども、我ら老中職を通して行うが条例、しかるに父隠居の御老公が勝手気ままに…と豊後守が言うと、ひかえい!と黄門は叱る。

爺隠居はいたせども、黄門光圀じゃ!将軍に謁見叶わんでなんといたすと黄門は叱る。

もし上様より非礼なりとお咎めを被らば、光圀、お手打ちにも甘んずる覚悟じゃと言い残し、先を急ぐ黄門。

将軍綱吉(若山富三郎)と対座した黄門は、本来ならば五代将軍は上様兄上綱重様がお継になさるものでした。しかるに綱重様御病弱のゆえを持ってご辞退遊ばされ、弟ぎみ、すなわち上様を御推挙あそばされました…と説明する。

上様もまた、兄上をお立てなされ、互いに譲り合うご兄弟の情愛の美しさ、かの大唐の白衣祝の故事を忍ばせ、我ら等しく感じ入る次第-…と、黄門は頭を下げる。

したがって上様に御世継ぎなき今日、6代将軍を継ぐは、当然、綱重様御嫡男綱豊様…と黄門が続けると、余もその心づもりをいたしおったが、なにぶん母君が、紀州剛典をと…と綱吉が言うので、上様の母君を思わせる御心、これまた我ら等しく感じ入るところ…と黄門は恐縮する。

さはさりながら征夷大将軍の座は、天下万民の民のもの、あくまでも私情は殺さねばなりませんと続ける黄門。

いわんや紀州剛典殿、温和なご気質を利し、ご正道を我が手にせんとひしめくあるやに聞き及ぶこの時…と黄門がいうと、隠居、綱吉恥ずかしく思うぞ、親子の情につい道を誤ろうといたした、隠居の言葉で目が覚めた…、過分に思うぞ…と将軍は答え、嘉門、綱豊を余の世継ぎと定めると言い放つ。

老人の気儘な振る舞い、お咎めもなく、ありがたき御情…、光圀、ただただ…と感じ入る。

早馬が走る。

水戸家上屋敷

御用人様に申し上げますと家人が来る。

慌ただしい!何事じゃ?と鷹揚に応じたのは大田原伝兵衛(大河内傳次郎)だったが、上様より御老公に下されおかれました品々を持って、御使者が!というので、何!御使者が?ご隠居様は?と伝兵衛はうろたえる。

まだお休み遊ばされてございますというので、まだお休みかと言い、伝兵衛は御寝所へと向かう。

御隠居様、大田原伝兵衛にございますと挨拶すると、返事がないので、お目覚め願います!上様の御使者が参っておられますと呼びかける。

それでも返事がないので、ごめんといい、襖を開け、さらに奥の部屋の襖を開けると、布団の中から高いびきが聞こえてくる。

ご隠居様、ご隠居様!恐れながら、お目覚め願い奉りますると言いながら、さらに寝床に近づいた伝兵衛だったが、布団から聞こえてくるのは高鼾だけ。

ご隠居様、上様からの下されたるお品を持って御使者が参られますぞと、布団のすぐ横まで近づいて訴えた伝兵衛だったが、全く老公が目ざめる様子はない。

ご隠居様!と呼びかけながら布団を捲ると、起き上がったのは佐々木助三郎(東千代之介)で、これは御用心様、おはようございますと恐縮する。

貴様は助三郎!何が御用じゃ!ご隠居様は?と伝兵衛が聞くと、お出かけになりましたというではないか。

お出かけ?と伝兵衛が問うと、はい、格之進とともに、例の下々の様子を探りに…と助三郎はいう。

一体どこへ?と聞くと、神田橋の丹前風呂かと存じます、前々からちょくちょくお通いでございますので…と助三郎が答える。

へ~、先の中納言水戸光圀様が、所もあろうに丹前風呂とは!と伝兵衛は呆れる。

「やなぎ湯」にやってきた伊之吉(大川橋蔵)は、挨拶もしない上に、番台から声をかけられても返事もしないので、どうした機嫌が良くないようだが?と聞かれたので、良い訳があるかい、俺、店に呼ばれたんだいと答える。

またか、今度のは続くと思ったけどな…と、番台の主人(星十郎)が言うと、鬼の霍乱ってやつで、店休んだら…クソ面白くもねえ!と言いながら着物を脱いだ伊之吉は浴室に向かう。

すると、湯船で1人気持ちよさそうに歌っていた老人中川与惣右衛門(進藤英太郎)がいたので、伊之吉はケチをつけながら一緒に入る。

これは今上方でえろう流行っている浄瑠璃というものだっせと与惣右衛門が説明すると、税六か、税六とおんなじ湯に入ったんじゃ、こっちまで金が垢臭くならああな!入ったるもんけと伊之吉は言い返し、さっさと湯を出る。

番台の主人は、烏の行水よりまだ早いじゃねえかと、もう湯から上がって着替えた伊之吉を見て呆れる。

そこにやってきたのが、助三郎に連れられた伝兵衛で、二階に上がると、そこで一人酒を飲んでいた渥美格之進(里見浩太朗)を発見する。

伝兵衛も、町人相手に碁を打っていた黄門を見つけるが、助三郎に促され、別の席に座ることにする。

そこに女たちがやってきて、お酒ですか?と聞くので、そんな贅沢はできん!と伝兵衛は答える。

別の席では、伊之吉も酒を飲んでおり、へ、何を抜かしやがるんでい、はばかりながらこの包丁一本あれば、日本中どこに行ったってお天道様と米にはことを欠かないっていうんだと、懐から手拭いに巻いた包丁を取り出して見栄を切っていた。

そこへ湯から上がった与惣右衛門も二階にきて、黄門が打っていた碁に目をつけると、そばに座って、黄門のうつ手にケチを付け出す。

しかし黄門が相手をしないので、ご隠居はん、江戸っ子でっか?と話しかける。

すると黄門が、わしか?わしは水戸の在じゃと答えたので、水戸?水戸いうたら黄門はんの…と与惣右衛門は驚く。

さよか、黄門様いうたら諸国漫遊たらやらはって、えらい評判でんな~と与惣右衛門がいうので、そばで伝兵衛が愉快そうに聞いていた。

でも、水戸のお方の前で黄門はんをこないいうのもなんやけど、あのおっさんほんまはアホと違いまっか?などと与惣右衛門が言い出したので、伝兵衛は目を向いてしまう。

そうかアホか…と碁を打ちながら黄門が聞くと、はあアホだっせと与惣右衛門は答えるので、伝兵衛は怒りの顔になり、刀を取って立ちあがろうとしたその時、やいやいやい!デク!手前、黄門様がアホとぬかしやがったなと因縁をつけてきたのは伊之吉だった。

ああ、言いました、言うたら悪うおますのか?と平然と与惣右衛門が答えると、いきなり伊之吉が与惣右衛門の頬を叩いてきたので、あんたはものを知らんと無茶苦茶する病気のようだが、わては黄門様をアホと思うた境にアホと言いましたんや、いっぺんその訳を聞かしたりますわと与惣右衛門がいうので、おう!聞かせてもらおうじゃねえか!と啖呵を切り、伊之吉もその場にあぐらをかく。

そもそもの話がや、宜しいか?この光圀はんは水戸中納言の次男坊に産まれはったんやが、長男の頼重はんが妾腹ちゅうんで、水戸35万石を継いで天下の副将軍中納言につきはったお方や…と、与惣右衛門は解説する。

頼重はんの方は、三州高松12万石にやられてしもうた、あとで光圀はんが大唐の本など勉強しはって、ああ兄さんにすまんことしたと気づかはった、さ、そこで遅まきながら筋を通そうと、兄さんの息子はんを己の後継に迎え、我が息子をば高松12万石にやったという次第や…と与惣右衛門が説明すると、それだったら立派な話じゃねえかよと伊之吉が言い返す。

はいな、そこまでは立派やと与惣右衛門は続ける。

が、その後があかん…というので、助三郎と伝兵衛が近づいてくる。

この高松に行かはった頼常はんちゅうのが、今、どないなってはるか知ってまっか?と与惣右衛門が聞くので、へ、知るもんけえ!こちろら、殿様連れに親類はねえからなと伊之吉が答えると、おまはんが知らんちゅうのは、こらまあ仕方ないが、これを光圀はんが知らんのはどうやな?と与惣右衛門は聞く。

だからどうだってんだい!と伊之吉が聞くと、この頼常はんがお脳が弱うらしくて、なんやけったいなことばかりしはるそうや、そんで高松藩ではせんどもめとりますねんと与惣右衛門は言う。

わしは与惣右衛門いうて大阪倉屋の天王寺の番頭だすよってに、高松藩の蔵屋敷のことも良うわかりまんねんがな、もうみんな往生しとりまっせと与惣右衛門はいうので、それを黄門は横でじっと聞き入っていた。

こんなことほったらかして偉そうに将軍様をお諌めしたり、諸国を歩いて悪代官をやっつけたり、ええ気なもんやないか?え~、アホくさ…と与惣右衛門は話し終える。

何を抜かしやがるんでぇ!この唐変木のおたんこなすめ!もう我慢ならねえぞ!とまた伊之吉が与惣右衛門に乱暴を働く。

あんた、黙って見てないで、なんとかしてくれたらどうなんで?と逃げ腰の与惣右衛門は、近くにいた助三郎と伝兵衛に助けを求める。

しかし伝兵衛も睨みつけてきたので、与惣右衛門は、こらあかん!と悟り、その場を逃げてゆく。

光圀は碁盤の石を触りながらも、じっと何事かを考え込んでいた。

雨が降り頻る中、旅籠「かぶとや」

大井川の川留めのため満席の客が詰まった部屋にやってきた番頭(杉狂児)が、宿帳への記入を頼んでいた。

その番頭が客にこっそり勧めていたのが宿の一室で行われていた博打だった。

そこに参加していた与惣右衛門は、途中からやってきた伊之吉に気づくと、ああ、江戸っ子はん!と声をかける。

伊之吉が気づいて嫌な顔をすると、久しぶりだんなと与惣右衛門は笑顔で懐かしがる。

いつや、あんたに言われた通り、こない金垢臭うなってまんのや、どうだす、いっちょいきまひょか?と、儲けていた与惣右衛門が誘うので、伊之吉も一瞬嫌そうな顔をしたものの、よし来た!と乗り気になる。

別の一室では、黄門、助さん、格さん、そして伝兵衛一行が「水戸光左衛門、番頭伝兵衛、手代助蔵…」などと、偽名で宿帳を書き終えていた。

そこに食事が運ばれてくるが、酒がないことに気づいた格さんが、どうです?番頭さん、口を曲げずに景気つけようじゃないですかと盃を飲むふりをするが、バカを言うな!おまえさんたちはそれが心配だから、わしはわざわざお供してきたのだ、晩酌などとはとんでもないことだ!と伝兵衛は叱りつける。

賭場では与惣右衛門が勝ち続けており、それを目の当たりにした伊之吉は悔しがっていた。

その伊之吉が立ち上がったので、江戸っ子はん、もう金垢ないんでっか?と与惣右衛門は自分が獲得した札を見せながら聞く。

何言ってるんだい!部屋行ってゼニを取ってくるんだい!畜生!勝負はこれからよ!と伊之吉は言い返す。

その後、宿の亭主のところに来た伊之吉は、これで三両頼むよと言いながら、手拭いで巻いた包丁を取り出して中身を見せたので、主人は泥棒と勘違いして騒ぎ出したので、違う!と主人に手をかけるが、たまたま部屋に来てそれを見た番頭も、泥棒だ!と騒ぎ出す。

その声で泊り客たちも部屋の外に溢れ出したので、違うよ、俺が泥棒なんてとんでもない話だ!と伊之吉は必死に言い訳する。

その刃物は?と主人が言うので、俺は板前だよ、この包丁一本で旅から旅を渡り歩いてるんだと伊之吉は説明する。

今のこの宿の板場で働くから、三両貸してくれって言ったまでじゃねえか、全く慌てもんだぜ、この親父は…と伊之吉が呆れると、そんなこと言ったって、包丁持ってるものがみんな板前とは限るまいと番頭が指摘したので、それやったら、この男に料理作らせてみい、いっぺんでわかるこっちゃ、できたもんはわしが食うたる、大阪の食い倒れ言うと、舌は確かなもんやと口を出してきたのは与惣右衛門だったので、それを見ていた助さん、格さんは驚くと同時に、酒を飲みに行こうと手真似で合図する。

外に出た助さん、格さんは、一人客を取れずにあぶれていた芸者に呼び止められる。

「かぶとや」では、料理を作った伊之吉が与惣右衛門の部屋に運んでくるが、酒を飲んでいた与惣右衛門の姿に腹を立てた伊之吉は、自分の鼻くそを穿って、料理の上に振りかける。

それをたまたま目撃した黄門と伝兵衛は驚く。

伊之吉の作ってきた料理を口にした与惣右衛門は、これは生かすわ、この塩加減がなんとも言えんええ味加減やと褒める。

それを廊下から呆れたように見る黄門と伝兵衛だった。

その頃、芸者おはる(丘さとみ)の陽気な三味線と歌で、助さん、格さんは陽気に踊りまくっていた。

一方「かぶとや」では、すでに寝ていた伝兵衛が助さんと格さんが布団に入ってないことに気づいていた。

料亭ではすっかり酔い潰れて寝ていた格さんを前に、飲み食いした勘定が足りないからと、お前を付け馬にして宿に戻ったら、あの頑固な番頭さんがどんなに起こることか…と、助三郎が芸者に泣き言を言っていた。

虫のいどころによってはこのままお払い箱になるかもしれないと助さんは、自分の片手で首を切る真似をする。

俺は一眼見た時からお前が好きだったし、お前もそう言ってくれた。金比羅参りを済ませて帰ったらなんとかしてね音に…などと助さんが言うので、おはるは、え?夫婦?と驚いてしまう。

そんな、私みたいなものが…とおはるが言うので、何を言うんだ、たとえお前がどんな女だったにしろ、惚れたわしの目から見れば、布袋…、いや弁天様…などと助さんは世辞を言い、頼む!この勘定は立て替えといてくれと言いながら拝んでみせる。

夫婦ともなれば、わしのものはお前のもの、お前のものはわしのもの…などと助三郎は必死に訴える。

「かぶとや」の別室では、川留めで足止めされていた高松藩士たちもいて、相手は隠居の足だ、大阪まで追い抜くことは容易いことだなどと話し合っていた。

よった藩士たちは、どんどん酒を運べと奥に怒鳴る。

大部屋で寝ていた客は、その声で目を覚まし、いったいどこの侍だ?と迷惑がる。

高松藩だとよ…と隣で寝ていた客が教えるが、その騒ぎで伝兵衛も目が覚めていた。

そんな中、与惣右衛門だけは高いびきで熟睡していた。

翌日は晴天となり、川越明けの高札が出る。

「かぶとや」では、助さんが、おはるに立て替えさせたので立つわけにはいかんと言っていたが、格さんの方は、立て替えさせたのは貴公ではないか、だから貴公が伝兵衛様に頭を下げて…と言い合っていた。

立て替えさせて昨夜のうちに宿に戻れるようにしたのは拙者だ、貴公はただ飲んで食って居眠りをしていただけではないか、伝兵衛様に頭を下げる役は当然貴公が…と助さんも反論する。

女にモテていい気になったのは貴公だ!と格さんがまた言い返していた時、現れたのは伊之吉で、格さんの手に1両2朱渡すと、これは昨夜の勘定、心付けは一分でよござんす、さあ、払っておいでやしと勧める。

そのまま、ごめんよと立ち去ろうとする伊之吉に、その方…、いやお前さんは?と格さんが素性を聞くと、昨夜ずっとこちらに転がり儲けた泡銭でござんす、さ、気兼ねなく使って!武士は…、いや若いもんは相身互いってことですわと伊之吉はいう。

そして助さんに対しては、おいおい、女を口説くのに夫婦約束なんてと言うのは下手な手でござんすよ、最もおはるってのは良い子でござんすがねとからかって去ってゆく。

唖然とした顔の助さんに、いったい奴は何者だろう?何でもかんでもよく知っとると格さんも不思議がる。

知りすぎているくらいだ…と呆れた助さんは、払いを!と助さんに頼む。

部屋に戻った助さんは、どこに行ってたのじゃ?と伝兵衛に聞かれたので、ええちょっと…とごまかす。

そこに格さんが戻ってきて何事か助さんに耳打ちすると、え?あの女が!と助けさんは怯える。

そこにはおはるが他の女たちに囲まれ、嬉しそうにやってきて、女中が番頭に、おはるさんがお嫁になって、お婿さんと旅に出るんだとと伝えていた。

ばか!全くもって呆れ果てた奴じゃ…、勘定を払えんからと夫婦約束で騙すとは!なんたる恥知らずじゃ!と、事情を知った伝兵衛は助さんを叱りつける。

しかも相手は下賎な宿場女ではないか!という伝兵衛に、黄門が静かに宥める。

そこにやってきたおはるは、助さんを見つけると、あんた!、あんたのことをうちの旦那に打ち明けたらばよ、そんなに惚れおうたなら、前貸しを棒引きにするから、一緒についていくと良いと言ってくれたんだと言うではないか。

とも白髪まで幸せに暮らせってよ…、恥ずかしい!と嬉しそうにいうおはるを見ていた伝兵衛は、これこれ何を言っとるか、お前のような女を連れて道中できると思っちょるかい!と叱る。

それを聞いたおはるは、やっぱりそうずらのう‥と急にしょげてしまう。

おら、こんな素性の女だし、自惚れてはいかんと思っていたんじゃが、惚れた目からはお前は弁天様とお前様が言うてもろうて…とおはるが嘆くので、笑った黄門は、番頭さん、助蔵が約束したのなら水戸屋の暖簾にも拘ることじゃ、連れて行かねばなりますまいと言い出したので、大喜びしたおはるは、ありがとう、ご隠居さんと黄門の前に出て礼を言うと、ご隠居さん、本当に捌けた人だね?若い時、うんと遊んだんずら?といいながら、黄門の両手を掴んで揺するのだった。

これには黄門も苦笑いするしかなかった。

やがて黄門一行は出立し、甲斐甲斐しく助さんの世話を焼くおはるの姿を見ていた宿の女中(月笛好子)はうっとりする。

坂下茶屋で一服していた黄門一行の前にやってきた日客が、草鞋の紐を直すふりをして様子を伺っていた。

そろそろいきましょう、これから鈴鹿の山を越えるので、途中で夜になっては大変ですと助さんが言うと、いっそ戻ってここで泊まろうか、女の足じゃ無理だろうと黄門が指摘する。

しかしお春は、昔から何度も使い走りしているので大丈夫だと気丈なことをいう。

一方、先ほどの飛脚は鈴鹿神社の境内に入り込む。

そこに待ち受けていた高松藩の藩士たちは、飛脚から様子を聞いて、女連れというのがどうも…と怪しむが、構わん、間違ったところで大したことはなかろうなどという。

やるか?と応じた藩士は、おい、権六!と近くに隠れていた男たちを呼び寄せると、狩り集めた頭数は?と聞く。

聞かれた猪鼻の権六(阿部九洲男)は、30人ばかりおりやすと答える。

そんな権六に十両の小判を渡した藩士は、うまく行ったら、後金10両!と告げる。

黄門一行は格さんの歌で進んでいたが、山中に入ったところで権六の一味が立ち塞がる。

お前たちはなんじゃ!と伝兵衛がとうと、この山道でこれだけ徒党を組んで罷り出たとありゃ、言わずと知れた山賊様だ!と権六が答える。

なるほど、そういえばあまり人相は良くないと黄門が笑ったので、ぐずスズ言わないで、理がね残らず、見ぐるみ脱いでおいていきやがれ!と権六は命じる。

いきりたつ伝兵衛や助さん、格さんを制すように、待ちなさい、番頭さん、年寄りの冷や水はやめにして、おとなしくいう通りになりましょうと黄門が言い出したので、伝兵衛は驚く。

山賊さんや、ワシたちが裸になるのは構わんが…と言いながら、杖などを地面に起き出した黄門は、女の子は勘弁してくだされやと言いながら、羽織まで脱ぎ出すと、ささ、早く脱ぎなされととものものたちにも勧める。

仕方がないので、伝兵衛や助さん、格さんは刀や着物を脱ぎ出す。

伝兵衛が思わず、胴巻を手が隠したので、番頭さん、その胴巻にはいくら残っているね?と黄門が尋ねると、先ほどの茶店で草餅代16文払いましたが、後87両2朱53文残っておりますがと答えると、出しなさいというので、伝兵衛は着物と同じ場所に胴巻を置く。

すると山賊たちはあまりの大金に目が眩み、権六が真っ先にその胴巻ん手を出そうとしたので、お前らに取られてたまるかい!と助さんらが胴巻を持って一人で逃げ出す。

山賊が一斉に後を追ったので、おはるは心配する。

格さんも一緒に走り出し、助さんと胴巻を代わりばんこに投げ合って遠ざかる。

おはるも後を追おうとするので、伝兵衛が止めるが、今まであんな男の相手ばかりしてたんだからなどとおはるはいう。

しかし黄門が、おはる、今日の手合いは、それらとは違うようじゃぞと言いながら、一旦脱いだ着物を着始めていた。

その頃、格さん、この辺が良さそうだなと声をかけた助さんに、そうだな、いっちょやろうかと応じた格さんは、追いかけてきた山賊を待ち受けると、手加減しねえでえで畳んじ前と命じた権六の掛け声で飛びかかってきた山賊を相手に大暴れし始める。

その頃、隙をついて、伝兵衛の小刀を手にしたおはるがあの人が危ないとばかりに飛び出していくが、どうしましょうと聞く伝兵衛に、ほっときなさい、あんな手合いの30や40…、今頃はもう…と、すでに着替え終わっていた黄門はいう。

その言葉通り、山賊たちは全員気絶していたが、そこにおはるが近づいてきたことに気づいた助さん、格さんは、自分たちの身分を知られまいと、山賊と一緒に倒れている芝居をする。

それを見つけたおはるが、あんた、しっかりして!と介抱し始めたんで、薄目を開けた助さんは、勝手にしやがれとぼやく。

抱き起こされた助さんが目を開けると、嬉しい!あんた!と抱きついたおはるだったが、周囲に倒れている山賊を見回して、一体どうしたの?まさか、あんたたち二人で?と聞く。

とんでもない!追い詰められて、ああ、もうダメだと観念したその時、一天にわかにかき曇り、バタバタバタ!とものすごい音がして、空から天狗様が舞い降りてきた…と祐三郎が見てきたような嘘をつくので、そばで倒れた芝居をしていた格さんは、思わず笑顔になる。

この悪党ども!と雷のような声で怒鳴って、手にした大団扇をぱ~っと振ると、みんな他pれてしまったんだ、私もその煽りを受けて…とまた、助さんが気を失うふりを仕かけたので、お春は心配するが、格さん、そうだろう?と助さんが聞くと、ええ、ええ、そうですよと格さんは倒れた姿のまま答える。

さ、行こう!ご隠居様が心配だと言って助さんが立ち上がると、拡散も一緒に起き上がり元来た道を走り出す。

途中で、黄門と伝兵衛がくるのと出会い、胴巻は?と伝兵衛に聞かれたので、助さんは持っていた胴巻を返す。

そんな黄門一行を矢で狙っていたのは、先ほどの飛脚だった。

一方、もう一人鉄砲で山中から狙いを定めていたのは中川与惣右衛門だった。

その時、一発の銃声が響いたので、おはるは思わず黄門の体を庇うように抱きつくが、倒れたのは飛脚だった。

与惣右衛門はニヤリと笑うと山の中に姿を隠す。

崖から転がり落ちて死んだ飛脚を確認する助さんと格さんは、撃った相手を探すが見当たらなかった。

黄門は、坂の下の茶店で見た飛脚じゃな?するとあの鉄砲は…と、死体の顔を改め考え込む。

味方ということで?と伝兵衛が聞くと、はて、どんなものか…と黄門は答える。

その後、道端に座り、一行は握り飯を食うことになる。

助さんはおはるに、おめえ、なんでご隠居を庇ったんだ?と聞く。

ご隠居さん?あの鉄砲の時?どうしてって…。ただそうなったのよ、嫌だ~、この人、妬いてるのねとおはるがいうので、え?と助さんは虚をつかれるが、おら何もご隠居様に惚れてないよ…、好きは好きだけどねとおはるはいって笑う。

なんとなくバツが悪くなった助さんは水を汲んできますというと、その場を離れる。

伝兵衛が、おはる、お前本当にあの助三郎…、いや助蔵と一緒になるのか?と聞くと、うん!あの人の気が変わらなかったらなと嬉しそうな笑顔で答えるが、でも、どう考えてもオラにはすぎた人だもな~とおはるは悩む。

そんなことあるまいと黄門が答えると、ありがとうご隠居さん、お世辞でも嬉しいよ、おら、何も知らんからな~、読み書きも…と寂しげに答えたおはるだったが、番頭さん、暇な時、おらに読み書き教えてくれんけ?と急に言い出す。

読み書き?と伝兵衛は呟くと、番頭さん、教えてやんなさいと黄門も頼むので、はいと答える。

嬉しい!と伝兵衛に抱きついたおはるだったが、ハッと気づいたように体を離すと、あの人が妬くからねと笑う。

その頃、瓢箪に清水を詰めていた助三郎は、遠方の橋を渡っていく高松藩の藩士たちの姿を目撃する。

堂島浜、荷揚所…

「高松藩大阪蔵屋敷」に黄門一行を尾行していた藩士たちが到着したのを、助さん、格さんは近くの飲み屋の窓から監視していた。

当蔵屋敷蔵役人森田数馬(小柴幹治)にござりますると挨拶してきた若侍に、高松藩氏の一人が、拙者加藤玄蕃(加賀邦男)、江戸お留守位役の命を受け、お国表城代家老佐伯将監様の元へ蜜蜜に急行するもの、当屋敷お留守居役様にお目のかかり、国元への便箋を手配いただこうと頼むので、あいにく御留守居役様はご病気のため、有馬に御湯治にまいられ、御不在にございまするが?と森田は答える。

助氏、貴公、上様乱心のお噂、本当だと思うか?と格さんが聞くと、バカな、頼常様はご幼少より御聡明に渡らせられた方、乱心などとはもってのほかだと助さんが否定する。

御老公様々はいかがおぼしめておられるだろう?と呟く格さん。

伝兵衛様に耳打ちされたのだが、御老公、今度の旅に出て以来、夜もほとんどお眠りになっていないご様子だとか…と格さんは教える。

旅籠「阿波屋」では、伝兵衛がおはるに、読み書きを教えていた。

一方、助さんと格さんが飲んでいた店に、蔵屋敷からやってきた商人らしき一団が、側の席に座り、5000両受けてしまったら、高松の値が萎んでしまうなどと話し始める。

困った事言うてきおったなと困惑する一段。

その飲み屋の板場で調理していたのは、伊之吉だった。

「阿波屋」で黄門の肩を揉んでいたお春は、ご隠居さん、金比羅さんを拝んだらすぐ帰るのけ?と聞く。

うん、なぜじゃと黄門が聞くと、金比羅山と高松ちゅう所はうんと遠いんけ?とお春がいう。

高松?いや、さほど遠くはないようじゃと黄門が答えると、おら、その高松行きたいんじゃとお春は言い出す。

ご隠居様、おらを高松へ連れて行ってくだされとおはるは頼み込む。

高松にはおらのお父っつぁまがいらっしゃるんだというではないか。

おっ母様はお父っつぁまと江戸で一緒じゃったが、お父っつぁま、高松藩のお家来で、お国帰りしたまま頼りがないんじゃとおはるは説明する。

それでおっ母様は、赤ん坊のおらを背負って高松へ行こうと島田まで辿り着いたんじゃが、あそこで病にかかって死んでしもうたんじゃという。

そうか…、で、お父っつぁまの名前を知っているか?と黄門が尋ねると、中川ちゅう名字だけ…とおはるはいう。

蔵屋敷で食事中だった藩士たちの元へ来た森田は、ただ今、ちょうど運よく、御留守居役中川様が有馬からお戻りになられ、各々がたにお会いなされるとのことで…と報告し、そこに姿を現したのは中川与惣右衛門だった。

拙者、当屋敷留守居役中川与惣右衛門、聞けば高松藩存亡に関わる大事な遣いとか…というので、加藤玄蕃は御意と答える。

実は、殿頼常様ご乱心のこと、水戸家の知るところとなり、黄門光圀公、ことの真偽を確かめに御自らお忍び姿にて高松に潜入遊ばされる由と玄蕃が報告すると、ほお、御老公が?と与惣右衛門は驚いた様子を見せる。

大坂城代土岐伊予守(三島雅夫)でござると応じた相手は大田原伝兵衛で、お取次使用に申し入れましたるごとく、拙者は水戸家側用人大田原伝兵衛と申しますもの、御老公光圀様の使者として推参いたしましてございますと挨拶すると、願わくば、お人払いをと願い出る。

頷いた伊予守は、下がれと家臣たちに命じる。

御老公より伊予守様に御書面をどうぞ…と、伝兵衛が持参した風呂敷包みを差し出したので、何?光圀公の御親書!と感激した伊予守は、自ら伝兵衛のそばまで進み出て、その場で書状の中身を読み始める。

もし頼常乱心、誠のことありせば、将軍家御世継に関し、上様に御諫言した非礼、頼常を斬って、光圀自刃し、以ってお詫びの万一に代える所存…

さりながら将軍家御世継の御政道、何卒これを誤らぬよう、近く頑として貴殿に託しておくものにて候なり…

それを読み終えた伊予守は伝兵衛に、ご使者、この文面の趣ご存知か?と聞くと、もとより存じいたしおりませぬが?というので、不祥伊予守、御老公御存念我が身に代えましてもと御伝言下されたく!と平伏して頭を下げる。

その後城壁の上に立った伊予守は、四国へと向かう光圀ら一行が乗った船をいつまでも見送るのだった。

高松城に加藤玄蕃らが江戸表より馬で到着する。

城中では、鞆江(美空ひばり)が、お殿様をお見かけではございませぬか?御典医様をご案内している間にお見えなくなりになり…と探し回っていた。

庭先に降り立った鞆江は、自分の名を呼ぶ声がしたので、周囲を探し回る。

上を見い、上を…というので見上げると、屋根の上に座って扇子で顔を隠していた松平頼常(中村錦之助)が、扇子を外して笑って見せる。

まあ、お殿様、お危のうございますよ、そのようなところへ一体どこから?と庭先で見上げていた鞆江は案ずる。

そこにハシゴをかけたのじゃ、鞆江も上がってまいれ、方々がよう見えるぞと言って頼常は笑う。

参ったか?鞆江、心してのぼれ、危ないぞと頼常はハシゴを登ってきた鞆江に声をかける。

お殿様…と怯えながら口を開いた鞆江に、な?ずっと遠くまで見えるであろう?と頼常は笑顔で話しかける。

鞆江の父上様は、大阪の蔵屋敷におるのじゃな?あっちじゃな、う~んと頼常が聞く。

世の父上がおられるのはあっちじゃ!と扇子で指差した頼則の表情が寂しげになったので、鞆江も悲しくなる。

泣き出した鞆江に気づいた頼常が、どうしたのじゃ?と問いかける。

お殿様が、お身体が悪くいらせられるのに、お父上様が恋しくて、こんな高いところまでお上がりになられたかと思うと…と鞆江はいう。

うん、高いところヘ上がったら良い気持ちじゃ、ああ、鞆江の歌がききとうなったな…、歌ってくれと頼常がせがんだので、鞆江は頷いて歌い出す。

その歌声に気づいた腰元たちが庭先に集まってくる。

その時、加藤玄蕃たちと会うために、佐伯将監(山形勲)がやってきたのが見えたのか、屋根の上の頼常は、あ、狐が見えるぞという。

あれは江戸表から急ぎで駆けつけた方々、御家老様にお会いしているのでございますと鞆江が説明する。

その時、頼常が屋根に登っているのに気づいた家臣たちが駆けつけてきたので、将監や玄蕃も部屋の外に出て廊下から屋根を見上げる。

見られる通りじゃ、猫と何かは高いところが好きという言葉があるが…と、将監は玄蕃に語りかける。

その頃、金刀比羅神社近くの木の上に登っていた助さん、も、神社にやってきた葵の紋が入ったお輿の様子を伺っていた。

木の下に来た伝兵衛が、おい、参拝のご様子は見えるかい?と声をかけてきたので、ただいまお乗り物御到着でございますと木の上から助さんが答える。

しかし、お輿から降り立ったのは子供だったので、驚いて木から滑り降りた助さんは、頼常様、ご病気のせいかひどく縮まったようにお見受けいたしましたと伝兵衛に報告する。

何!縮まったと?と伝兵衛が聞くと、はい、このくらいに…と、格さんも手で子供くらいの身長を示して見せる。

馬鹿者!それならば頼茂様の御次男頼芳様が御代参に参られたのじゃ、確か御五歳のはずだと伝兵衛は叱りつけ、頼康様御代参とあらば、頼常様のことはどうやら誠のことのようにございますなと、伝兵衛は近くの石に腰掛けていた黄門に伝える。

黄門は黙って頷いて立ち上がるが、そばで聞いていたおはるは助さんに近づき、ねえあんた、林様とか頼なんとか様って何ずら?と聞くので、お前の知ったことじゃない、うるさいと助さんは邪険に振り払う。

その態度に怒ったおはるは、先を言っていた黄門の前に走っていくと、助蔵さんはおらのこと嫌いだ、おら高松へは一人で行くだと言い出したので、宵々、わしに任せておきなさいと黄門はなだめる。

後日、助さんと格さんとおはるは、歌と踊りと三味線を街中で披露する芸人に化けていた。

そんな中、小料理屋に一人やってきた鞆江は、お父上様がお待ちになっておられますと囁きかけた主人(水野浩)の案内で、二階へ上がっていく。

その主人が、江戸や上方と違って四国くんだりでは腕の磨きようもなかろうが、ま、居てみなさるかと応対していたのは伊之吉だった。

伊之吉は、なにぶんともよろしくと挨拶していた。

二階で鞆江を待ち受けていた父親とは中川与惣右衛門だった。

殿が乱心とは誠か?と与惣右衛門が聞くので、はい、朝夕お側にお仕えいたしまする私の目から見ても、もはや…と鞆江は答える。

となれば、頼義様をお立てすることもやむをえんが、ただ憂うるは、藩政を壟断して今まで私服を肥やした佐伯将監がますます我が物顔に…と案ずる。

その時、外から格さんが歌う歌声が聞こえてくる。

おはるが三味線を弾き、助さんが踊る大道芸は町民たちの興味を惹いていた。

ちょうど、店から出ようとしていた与惣右衛門は、助さんの顔を見て慌て、店の中に逃げ込むが、そこにやってきた伊之吉と頭をぶつけてしまう。

思わず、無礼者!と怒鳴りつけた与惣右衛門だったが、伊之吉とわかると互いに慌ててその場から逃げ出したので、それを見ていた鞆江は首を傾げる。

高松城内では、頼常を出迎えていた佐伯将監が、その頼常までもが自分たちに平伏したのであっけに取られる。

江戸御留守居役より急使としてつかわせたる加藤玄蕃にございますと将監が紹介する。

玄蕃は、江戸御留守居役様、高松藩参勤交代御出府も迫り、殿の容体がそれに耐えうるか御憂慮、早急に御重役方の御善処を!と申し出る。

それを聞いた頼常は、何を思ったか玄蕃の前まで近づくと、いきなり扇子で顔を殴りつける。

さらに四つん這いになった玄蕃の背に馬乗りになった頼常は、こりゃ、江戸の狐!尻尾を出せと言いながら、扇子で頭を叩く。

さらに立ち上がった頼常は、コン!我は讃岐稲荷の使いなるぞなどと狐の真似をし始める。

そうした頼常の様子を冷ややかに眺める将監。

我は狐の使いじゃぞ~と笑いながら、家臣の間を抜けていく頼常。

そこにやってきた頼芳が、兄上様!と近づこうとしたので、なりませぬ、殿はご乱心でございますと家臣が止めようとするが、後を追ってきた鞆江が、ご乱心ではありません、御座興の踊りですよと頼芳に言い聞かせる。

そして鞆江は、お殿様、鞆江も一緒に踊りますと申し出、頼常の動きに合わせ踊り始める。

廊下へ連れ出した鞆江だったが、頼常がその場に倒れてしまい、駆けつけてきた頼芳が、鞆江、兄はまだご病気かと聞いてきたので、いいえ、お殿様は踊り疲れて、今、楽しい夢をご覧になっているのですと誤魔化す。

御領地様の御菩提ですか?と、芸人姿の助さん、格さん、おはるが訪ねてきたのは勝願寺だったが、三人の動向を尾行してきた深編笠の侍がいた。

水戸光左衛門という方が?と助さんが聞くと、はい、皆さんがおいでになるのをお待ちしていましたと寺男(団徳麿)が出迎え、奥から伝兵衛が出てきて、さあ上がれと声をかける。

囲炉裏の前に座った伝兵衛は、それで街はどうだ?と聞くので、見物人は集まりますが、投げ銭はほんのちょっぴりで…と助さんが苦笑すると、もうケチなことにかけたらうちの番頭さんと…と格さんまでが揶揄うので、ばか、それは民の懐が豊かでないからだと伝兵衛は諌める。

ご隠居様は?と助さんが聞くと、ここに着かれてからすぐに頼重様の御霊に入られて、未だそのままじゃ…と伝兵衛は教える。

黄門は、頼重の仏壇の前で、両手を床につけたまま謝罪するかのように姿勢を正していた。

その夜、高松城に忍び込んだ男がいた。

頼常の寝所で、控えていた鞆江は、狐が憑いたまま正気が戻らぬ限り、何を申し上げてもお耳に入りますまいが、藩中ではもはやお殿様のご隠居と、頼義様の家督相続を決めてしまったのでございますよ‥と、寝ている頼常に語りかけていた。

お殿様がこのような御容態では、それも致し方ないことでございます。鞆江は悲しゅうございます。噂では上様御乱心の由を耳にした光圀様がことの真偽を確かめようと、遥々この高松までお忍びお出でなられるとか…、御老功様がお殿様の御物狂いの姿をご覧になったら…と鞆江が言っていると、わしを笑うであろうな…と寝ているはずの頼常が答えたので、鞆江は驚く。

父上がおいでとは真か?と頼則が聞くので、はい、我が父与惣右衛門からしかと聞いたことでございますと鞆江は答える。

父上に心配をかけてすまぬ…と、床に寝ていた頼常は涙する。

そして頼常は、鞆江、わしは狂気ではないというので、鞆江は驚愕する。

寝床で起き上がった頼常は、わしはこの城に来て孤独だった…と話し出す。

藩中が、この頼常を快く迎えていないことがわかった。が、どうすれば良いかわからなかった。ある時、わしはバカなしくじりをした。叱責を覚悟していたが、将監以下がむしろ喜ぶではないか!ある時わしは故意にバカなことをしてみた、皆は前より喜んだ。わしがバカなことをするのが藩を和やかにするのだったら、わしはバカになろうと思った…、そしてバカを続けた…と頼常は思い出すようにいう。

ところが、やがてわしのバカに気を許したものどもの悪事が目に見えてきた。わしはバカを装って、この悪を探り、これを打ち砕く機会を狙っておるのじゃ、鞆江、そちまでも欺いて…、許せ!と頼常が言うので、感極まった鞆江は、お殿様と答える。

わしは戦うぞ、この身だけでも戦うぞ。父上の子であることを一眼でもお目にかけて死にたいと頼常はいう。

味方はその方一人じゃ、鞆江!頼庸と共に死んでくれるか?と問われた鞆江は、嬉しゅう存じますと涙ぐむ。

そのチキ、突然、頼常が天井に刀を投げつける。

天井裏に賊が忍び込んでいたのだった。

やがて畳に血が滴ってきたので、鞆江も驚く。

そんな鞆江に、待て!騒ぐでない、曲者はもう去ったと頼庸はいうが、でもこのままにしておきましては…と鞆江が案ずると、わしの刀に刺されながら、うめき声ばかりか呼吸も乱さぬ、忍者としてよほどのものじゃ、将監の手のものとは思えぬ…、おそらく御公義指し向けの隠密…と頼常はいう。

曲者は佐伯将監の部屋の天井裏に忍ぶ。

頼常様の乱心、藩中に知らぬものがない、今更光圀公が乗り込もうと…と中沢弥太夫(高松錦之助)がいうと、弥太夫殿、頼常は狂気はござらんと佐伯将監が指摘したので、弥太夫やその部屋にいたものたちは驚き、御城代、何をご戯れを…と笑い出す。

わしも最初は彼の乱心を信じた…と将監は語り出す。

だがあの乱心が、乱心を装っているだけと気付いたんだと将監はいう。

その時はすでに彼の乱心に心を許して、我らの内情をすっかり知られてしまっていたと説明された弥太夫は怯える。

わしにできることは、この乱心を彼に押し付けることだった、そして押し付け通した」と将監が続けると、するともし御老公様が頼常様とご対面になった場合…と弥太夫が案じるので、光圀にも頼常の乱心を押し付けると将監が言うので、しかし…と弥太は戸惑うが、この策ならざる時は、忍び姿というのが我らのつけめ…、斬り捨て置いて、知らぬ存ぜぬで突っぱねること…と将監は薄笑いを浮かべるのだった。

その頃勝願寺では、御住職、ご造作に相成ると黄門が空念和尚(武田正憲)に礼を言っていた。

そこへ飛び込んできたのが中川与惣右衛門で、先の中納言水戸光圀公に御目通り願い奉ります!と頭を下げてきたんで、おう、ここにござると空念和尚が応じたので、それを聞いたおはるは呆気に取られる。

お入りなさいと和尚に言えあれ、座敷に罷り出た与惣右衛門の姿を見た伝兵衛や助さん、格さんは、お!おまえさんは!あの時の!と驚く。

高松藩大阪蔵屋敷御留守居役中川与惣右衛門殿にございますと和尚が紹介すると、その中川という名前を聞いたおはるも驚く。

そのおはるの顔で気づいた黄門が、高松藩に他に中川を名乗るものがおるか?直々の答え許すと聞くと、中川は私一人でございますと与惣右衛門は答える。

それを聞いた黄門が、おう、その方の娘がこれにおるというので、与惣右衛門とおはるは顔を見合わせる。

親子の対面致すがよかろう、その方、心当たりがあるであろうと黄門が勧めたので、横で聞いていた空念和尚も、それならあの…と思いあたることがあるらしく、与惣右衛門も、はる…、おはると申したな?と聞くと、わしが中川与惣右衛門じゃと名乗る。

感激して黄門を見たお春に、黄門は優しく頷き返す。

中川与惣右衛門とやら、女子に関してもなかなかのものらしいが、ご隠居様をまんまと高松まで誘き寄せた腕は強かなものじゃてと伝兵衛が話しかける。

その頃、鞆江は小料理屋の主人に会っており、お殿様のことについて、ぜひ父に知らせておかねばならぬことがあって参りましたが、お城の門限がございますので戻りますと告げていた。

そこに戻ってきた伊之吉が、足を引きずっていたので、主人がどうしたのだ?と聞くと、どうしたことって、自分の包丁を落としたんでさあ、様がねえったらありやせんやと伊之吉は笑いながら答える。

勝願寺で中川与惣右衛門と二人で対面していた空念和尚は、おはるはお前の娘ではござるまいと話していた。

貴殿が初めて江戸勤版になったのは確か6年前、おはるは17歳と聞き申した。城代家老佐伯将監は中川家から佐伯家へ婿入りしたもの…と空念和尚はいう。

しかし与惣右衛門は、住職殿、17年もの間、父を慕い続けた父親を、遥々この四国まで訪ねてきた娘が、あの男を父親としてどのような思いをするか…と返事していたが、その時廊下に人の気配を感じたので、様子を見に行ってみると、おはるの布団はもぬけの殻だった。

その頃、高松城に忍び込んでいたおはるに声をかけたのは、忍び装束になって先に忍び込んでいた伊之吉だった。

心配するな、与惣右衛さんの友達だと自己紹介した伊之吉は、城の中は俺がすっかり調べ上げると告げる。

夜間に城中に集められた家臣たちを前にした頼常に、深夜を押して藩士総登城の上、殿の御出座を仰ぎたるは、余の儀にあらず、この度、重役どもに於いて、数日に渡り熟慮討議を尽くしましたる結果、臣下の情としてはまことに忍び難きものもあるも、高松藩盤石の礎のために、ここに泣いて、殿のご隠居を乞い奉る所存でございますと告げた佐伯将監と共に、一同藩士たちも一斉に頭を下げるのだった。

余が隠居する理由をもうせと頼常が命じると、誠に申し上げにくきことながら、殿のご乱心にござりまする、御典医の診断によっても明らか…と将監が答える。

うん、あいわかったと答えた頼常だったが、余が乱心の故を持って引退するとあらば、佐伯将監!そのほうは逆情の故を持って職を退かねばならぬぞと言い放つ。

殿の乱心は衆目の見るところ!と言い返した将監は、この将監、何を持って逆情などと…と詰め寄ったので、聞かそう、一つ!頼重公御在位のみぎり、金毘羅宮の諸堂、楼門、造営御寄進のことあり、この時においてその方、裁量役たる立場を利用し、掠め取りし私財が8000両!と頼常は指摘する。

これは大阪浪花橋鴻池に委ねあること、調べおいたぞと頼常は断罪する。

二つ!船奉行を強制、雑米を蔵屋敷に運ばず、納屋米として問屋筋に売却、これによって得たる不正金1万4000両!と頼常が指摘すると、狼狽した将監は思わず立ち上がり、乱心!乱心でござるぞ!殿はご乱心でござるぞ!と藩士たちに訴える。

しかし、控えい!と制した頼常は、三つ!江戸表留守居薬と結託し…と続けると、黙りなさい!狂人の戯言だ!と将監は激高し、殿といえども、容赦致しませんぞと言いながら刀に手をかけ、頼常に迫ろうとする。

その時、水戸光圀公、御成〜!という声が響く。

驚いた藩士たちが背後を見やると、開いた襖の向こうに、水戸黄門一行の姿を発見し、みな畏まって平伏する。

中川与惣右衛門を先導に、大広間に進み出た黄門と対面した頼常も感激する。

平伏していた将監の前に来た黄門は、頼常乱心、高松藩を乱すとあれば人手は借りぬ、光圀が斬って捨てると言い放つ。

それを聞いた将監は、ただ頭を下げるしかなかった。

頼常も座を外し、父親黄門がその座に座る。

自分をじっと見つめる頼常の顔を見返した黄門は、頼常、覚悟は?と問いかける。

父上のお裁きならば、喜んでお受け仕りますと頼常は応じる。

そこへ近づいてきたのは鞆江で、御老公様に申し上げます、お殿様はご乱心遊ばしたのではございません、高松藩の悪を探るべく、乱心を装われただけにござります、このこと神かけてと訴える。

それを聞いた将監が鞆江を斬ろうと刀を抜いたので、素早く頼常が扇子を投げて防ぐ。

驚いた将監は立ち上がるなり、方々、これらを水戸光圀の一党と思うてか?乱心の殿が父と見ただけじゃ!御公義より当藩へ、隠密を入れたとの江戸よりの知らせじゃ!生かして帰せばお家は断絶!各方一人残らず叩き斬るんだ!斬るんだ!斬れ!と命じたので、藩士たちは狼狽しながらも一斉に立ち上がる。

これを知った、助さん、格さんは黄門の前に立ち塞がり、頼常も上着をはだけて刀を構え、鞆江を殿を守ろうと懐剣に手をかける。

助さんと格さんは、無礼者!下がれ!下がれと言いながら、剣を抜いて藩士たちの中に入り込む。

うまく行ったぞ、あくまでも隠密として煽り立てるんだ!と大部屋から逃げ出した将監は仲間たちに告げる。

後は頼常公、ご乱心の上御障害。後は隠密らしきもの5〜6人討ち果たしたで済むと将監は話していたが、そうはいかねえよという声が背後から聞こえる、

そこに立っていたのは伊之吉とおはるで、何者だ!と将監が誰何すると、今お前さんが言っていた隠密だ!と言いながら、伊之吉が頬被りを脱ぐ。

ただし5〜6名などというのは嘘っぱち、隠密は俺一人だぜと伊之吉は教えたので、一緒にいたおはるはぽかんとする。

将監一味が迫ろうとすると、おっとっと、慌てるねい!この娘が将監殿に会いたいんだとよと言いながら、伊之吉はおはるを前に押し出し、おう、おめえの実の娘だぜと明かす。

戯けた事を申すな!と将監が怒鳴りつけると、18年昔、江戸勤番の時、引っ掛けた女中のおふみの娘だよ!おふみはおめえの薄情を恨んで死んだが、娘はそんな父親でも会いたい一心で、遥々やってきたんだぜと伊之吉が教えると、さしもの将監も動揺する。

お父っつぁん、あんたおいらのお父っつぁんなら、お願いだから侍らしく腹斬ってください!オラも一緒に死んでやるからよとおはるは涙ながらに訴える。

そしてお父っつぁん!と呼びながら抱きつくが、何を馬鹿な!と突き放した将監に、おい将監!てめえは人間の皮をかぶってるだけのやつだ!酷い目に遭わされながら、なおお父っつぁんと慕ってきた子の心も分からねえ!だから黄門様の胸の中もまるで察しがつかず、こんなべらぼうなことをやりやがるんだ!伊之吉は睨みつける。

おい、おはる、不憫だが、こんな父親はなかったものって諦めろ、あばよと言って俺と一緒に来な!と言うと、伊之吉はおはるの手を引いて逃げ出そうとする。

それら二人を、捕えろ!追え!と命じる将監。

しかし伊之吉は煙玉を炊いて、その場から脱出する。

その頃、黄門、頼常、助さん、格さんたちも、庭先で藩士たちと戦っていた。

みんな隠密だぞ、斬れ!と加藤玄蕃が消しかけていたが、鞆江も見事に応戦していた。

娘ともども黄門たちを護衛していた与惣右衛門も、ひとまずあれへ!と黄門と頼常を蔵の中へ誘導する。

黄門と二人になった頼常は、父上、申し側ございません、父上をこのような目に遭わせて…と跪く。

そちを斬って、わしも腹を斬ろうと思って来たのじゃが、乱心しておらぬと知って、父は満足じゃと黄門はいう。

父上!と見つめる頼常に、ただ一人この藩へ来て、定めし辛いお身をしたであろう、不憫なことを致した…と言いながら、黄門が頼常の肩に手を置くと、いいえ父上、父上のお膝に縋って甘えて育った頼常が弱かったのでございますと頼常は言う。

そちの母は若くして死んだ、それからはわしはただそち可愛さに溺れてしもうて…と黄門も反省する。

その時、お兄様と声がしたので、驚いた頼常は扉を開け、幼い弟松平頼芳がいたので、どうしてここへ?と問うと、お兄様が隠れん坊をするなら松平頼芳も遊んでくだされ…などと言うので、頼庸は黄門に紹介する。

黄門はそんな頼芳を抱いて、良い子じゃ、良い子じゃと嬉しそうにあやす。

藩士の一部は、そんな3人が隠れていた蔵に火を放とうと、周囲に藁包を置き始める。

それに気づいた伊之吉は、べらぼうめ、人間飲む素焼きなんてどんな海を渡ったって食えるもんじゃねえぜ、いいか、待ってろとおはるに言い残し、煙玉を投げ込むと、蔵に近づいて、燃えていた藁包みを藩士たちに投げつけていく。

外の騒動に気づいた頼常は、父上、死出の先駆け仕りますと挨拶すると、刀を持って外へ飛び出す。

それに気づいて上様と近づいてきた鞆江に、頼芳を頼むぞと託した頼常は、藩士たちと斬り結ぶ。

鞆江は蔵の中にいた頼芳に気づくと、若様!と呼びかけながら向かう。

黄門も蔵の入り口に立って、騒動を見ていた。

助さん、格さん、伊之吉らも懸命に応戦していた。

そんな騒動を高所から観察していた佐伯将監が、矢で頼常を射殺そうと構える。

飛んできた矢を叩き落としたのは黄門の小刀だった。

二の矢も黄門に叩き落とされた佐伯将監は、石垣の階段を降りてくる。

斬り合っていた藩士たちも、睨みつけて来た黄門の迫力の前では怯んでしまう。

その黄門の周囲に集まる助さん、格さんたち。

ただ一人、黄門に立ち向かうのは佐伯将監だけになる。

将監、改悛の情なきか?と黄門が聞くと、一旦、腰の代償をとり、降参するかに見せた将監だったが、いきなり苦悶に斬りかかろうとしたので、黄門に一太刀で斬られてしまう。

それを見て驚くおはる。

倒れた将監に駆け寄ろうとするおはる。

そんなおはる春を見て、おはるのために斬りとうはなかった…と無念がる黄門。

その場に泣き崩れるおはる。

居残った藩士たちに、皆の者…、光圀、改めて頼みがあると黄門は語りかける。

今一度頼常を助け、高松藩再興に力を貸してはくれぬか?決して我が子可愛さで言うのではない!このままでは、光圀死して、泉下の兄頼重にまみえる顔を持たぬ、頼むとい言いながら、黄門はその場に跪き、手をつく。

それを見た藩士たちは、ご老公!と泣き出し、その場に全員ひれ伏すのだった。

頼常や鞆江たちも、全員跪いて黄門を慕う。

高松藩御用船が海を進む。

黄門、頼常、おはるらが乗る中、伊之吉、御公義に送る報告書は整うたか?手加減は無用じゃぞと黄門が聞くと、え?なんのことでござんしょう?隠密なんてちょくちょく消されちまうと言うもらしいじゃないですか、でね、あっしはこれから大阪の料理屋に住み込もうと思っとりやすが、料理はなんたって上方でござんすね、あっしは今に日本一の板前になって見せますぜ、うんそうだ、ちょっと自慢の料理を作って差し上げましょうと言うと、これこれ伊之吉!料理は結構じゃがのう、この間の島田宿のように、あんまり塩加減を増やさないように頼むよと、花をほじくる真似をしながら伝兵衛が声をかけたので、ええ!と驚きながらも伊之吉は、恥ずかしそうに頭をかくのだった。

自分の舌をこすりながら、伝兵衛さん!と叱った与惣右衛門に気づいた伊之吉は、慌ててその場から逃げ出してゆく。

おはるは、遠ざかっていく四国を見つめて黙り込んでいたので、どうした?と助けさんが声をかけると、ねえ助さん、鈴鹿峠であんた放り出してご隠居さん庇ったわけがわかったよと言うので、と言うと?と助さんが聞くと、おらの心の中のお父っつぁまとご隠居さんとがごっちゃになってたんだよとおはるは笑って答える。

そんなおはるの肩に助さんが優しく手を置いたのを見た格さんは、そっと目を外す。

一方、頼常は、みんな遠慮してくれ、父上と話があるのだと言い出したので、鞆江も伝兵衛も与惣右衛門も座をはずす。

周囲に人影がなくなったのを確認した頼常は、父上!父上と呼びかけ、久しぶりに子供にさせていただきとうございますと願い出る。

子供に?と黄門が不思議がると、はいと答えた頼常は、黄門の膝枕に頭を乗せ横になるのだった。

それを見て嬉しそうに手を添える黄門。

船の上では、鞆江の歌声が広がる。

東映水戸黄門の決定版、月形龍之介主演の水戸黄門映画第12弾である。

月形黄門ので古武士のような威厳は今見ても迫力があり、その存在を知っている目で見ると、失礼ながら、その後のテレビ版黄門様たちは、全員偽黄門に思えるほど。(もちろんこれは戯言で、テレビ版もそれぞれ素晴らしいことは自明)

今回の助さん、格さんを演じるのは、東千代之介と里見浩太朗のイケメンコンビ。

中村錦之助さんと美空ひばりさんや大川橋蔵さんなどが人気若手が総出演しているところなども、まさに東映時代劇全盛期の作品だとわかる。

今まで見ていなかった作品かと思っていたが、後半の錦之助さんの狂った芝居のシーンなどは微かに覚えがあるので、昔、テレビか何かで放送していたものかもしれない。

キャスト面でも豪華だが、特筆すべきは、若山富三郎が将軍を演じているところ。

この作品の前年1958年まで新東宝で「天皇・皇后と日清戦争」や「人形佐七捕物帖 腰元刺青死美人」などに出演していた若山さんが、この年から東映作品に出ていたということである。

本作の内容に関しては、高松藩にやった光圀の息子の怪しげな所業を知った光圀が、その様子を探りに高松に向かう話になっており、これは戦前の「続水戸黄門」(1928)などでも語られているエピソードのアレンジだろう。

その「続水戸黄門」にも出ていた大河内伝次郎が、本作では光圀のコミカルな御用人を演じているのが興味深い。

格さんを演じている里見浩太朗さんも、後にテレビの水戸黄門を演じるようになるとは、この時点では想像もしていなかったに違いない。

本作での助さん、格さんは、真面目なテレビ版のイメージとは違い、かなり遊び人風に描かれており、そのおかげで、おきゃんな娘が旅に同行するテレビ風の趣向が加わっている。

とはいえ、テレビで定着した「身分証明用の印籠を見せる」ような演出は当然ながらない。

その娘を演じている丘さとみさんは、他の映画のイメージとはまた打って変わった明るいキャラになっており、黄門が若い頃、遊び人だったことを言い当てたりしているのが興味深い。

物語的には、前半で登場した人物たちの意外な真の姿が後半で暴かれていくという趣向になっており、その意外性がご都合主義すぎてやや不自然さを感じないでもないが、通俗娯楽と割り切れば楽しめなくもない展開になっている。

錦ちゃんのバカ殿ぶりも楽しく、ひばりさんとの踊りなども楽しめる。

助さん役の東千代之さんの踊りは、格さん役の里見浩太朗さんの歌声など、まさにサービス満載。

悪役の山形勲さんの憎々しい芝居もお約束通りで満足感があるし、とぼけた役とシリアスな役両方をこなしている進藤英太郎さんの芝居も嬉しい。

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