「いろは若衆 花駕篭峠」

美空ひばりさん主演の時代劇で、実弟の花房錦一さんも共演して、途中から姉弟の道中旅という趣向になっている。

ひばりさんが娘姿だけではなく男姿も披露する「雪之丞変化」のような趣向はよくあるパターンで、大事な品物が味方や敵の手を転々とする展開も通俗ものでお馴染みのパターン。

途中から、ひばり・浩太朗コンビの道中ものになるのだが、若く綺麗な頃の里見浩太朗さんの姿が見れるのは嬉しい一方、二人の仲がわざとらしく揉める描写がくどく、途中で飽きてくる。

三太の絶えず何かを口に入れてないと力が出ないと言う前半の設定も後半は全くなくなっていたり、渡世人の小五郎が芸者遊びをするほど金を持っているのも不自然だったりと、かなりご都合主義が目立つ展開だが、若者向けのアイドル娯楽時代劇なので、そう言うものと納得して見ると良いだろう。

脇役陣も楽しく、汐路章さんのような顔は若い頃からすぐわかるのも楽しいし、吉田義夫はいつもより若々しいイメージでいかにも悪そう。

大河内傳次郎さんが、雲雀さんの父親を演じているが、相変わらず滑舌が悪くて何を言っているのか聞き取りづらい。

クライマックスの主役を助ける援者たちが、とにかく走るシーンを重ねたり、奉行所の役人たちが遅ればせながら近づいてくるあたりの演出は、過去の時代劇の再現であると同時に、後のテレビ時代劇のパターンの走りだろう。

今見るとやや古い感じがしないでもないが、映画黄金期を象徴するような娯楽時代劇である。

【以下、ストーリー】

1959年、東映、笠原良三+笠原和夫脚本、河野壽一監督作品

両国川開きの晩、すれ違った娘に目を止めた小幡栄之進(吉田義夫)が、何者だあの女は?と聞くと、な〜に、木場浜松町、め組の辰五郎の娘お雪っていうんですがね、女だてらに任侠ぶった目障りな野郎なんで…と同行していた男が教える。

たかが町火消しの娘でのう〜と小幡は吐き捨て、目的の料亭に入ると、先に飲み始めていた仲間たちに、変わったことないなと語りかけ、合流する。

御買い上げ米の買い占めを行うにあたり、我ら一同肥後守様御指図の通り一切委ね、いかようの節にも他言いたしまじきこと盟約申し上げ候…と、同じ料亭で書状を読み上げていた林肥後守(阿部九洲男)は、大津屋、盟約に連盟したこれらものたちは信頼するに足る人物であろうの?と聞く。

同席していた大津屋伝兵衛(富田仲次郎)は、そりゃもう、堺大阪では名の通った老舗の米問屋衆でございまして、この大津屋同様、御前様の御意を得たいと思っておるものばかりで…と愛想笑いを浮かべ答える。

うん、確かにこの書状を預かりおくが、なを用心が肝要じゃ、一切他言致さぬよう、しかと心得るようにのと肥後守は大津屋に念を押す。

大津屋は、はい、間違いなくと約束すると、同席していた芸者お仙(星美智子)に目で合図をする。

して、お買い上げ米買い付けの方は抜かりなく進んでおるのか?…と肥後守が聞くと、はいmすでに各地での買い付けも終わったとの知らせが参っておりますが、つきましては大阪東町奉行所のお買い上げ米改装許可の御書状を一刻も早くいただきますれば…と大津屋が頼むと、うん、さすれば余が自ら大阪に参ろうかと肥後守は言い出す。

御前様にお越しいただければ、何より心丈夫でございますと大津屋は喜び、私もお供させていただきましてと頭を下げる。

うんと承知した肥後守は、仙、しばしの無沙汰になるぞ、今夜は大津屋に存分の世話を尽くしてやるがよかろうと芸者に言い聞かす。

お仙は、こちらの方はお固うございますから、そのようなことは…とお仙が揶揄うと、それをいいたいのはわしの方だ、お仙…などと大津屋は狼狽する。

その頃、半次(岸田一夫)と共に路上の腰掛けに座っていたお雪(美空ひばり)は、お祭りっていつ見ても良いものだねと話しかけていた。

私たちも景気良く、一花パッと咲かせてみたいねなどというので、お嬢さん、今夜はどんな連中が来ているのかわからないんですよ、いつもの癖は封じといてくださいよ、でないと、うちに帰ってから親方からがんと怒られるんですからと半次が注意すると、わかってるよとお雪は答える。

その時、騒ぎが聞こえてきたので、お雪はすぐに立ち上がり、半次おいでと言いながら声の方へ走り出したので、半次は必死に止めようとする。

見ると、誰かとぶつかって、持っていた饅頭を地面に落としたらしき若者が啖呵を切っていることろだった。

やい、これは俺がやっと晩飯代わりにありついた饅頭だ、これをなんとかしてもらわないとここを一歩だっても動きはしねえぞ!と地面にあぐらかいた三太(花房錦一)が文句を言っていた相手は、先ほどまで料亭にいた林肥後守と大津屋、お仙、そして警護役の小幡栄之進らだった。

そんな三太に、小僧、早くそこを退かんと命はないぞと脅したのは小幡だった。

待て!とそれを制した肥後守は、わっぱ、その代金を払ってつかわす、受け取るか?と提案したので、三太、そうくりゃ話が早いんだと喜ぶ。

しかし大津屋から受け取った銭を、「ほ〜ら取ってこい」と言った肥後守は川の中に投げ入れてしまう。

呆然として立ち上がった三太の肩を押し、早く取ってこんかと小幡も急かすが、だっておいら泳げねえもんと言い返す。

しかし小幡は、だまれ!我々に楯突く不届きものめへの見せしめだ、取ってこんとなったら許さんぞ!などと因縁をつけ、三太を突き飛ばす。

見かねたお雪が、お待ち!と呼びかけ前に出る。

いくらお殿様でも、恵んだ金を川に捨てて拾ってこいなんて、お大尽遊びがすぎるんじゃございませんか?

てめえの出る幕じゃねえやと侍の一人がお雪に絡むと軽くいなし、この子の不始末は私の方からもお詫びいたしますから、どうぞ、もう一度だけ恵んでやってくださいましとお雪は頼む。

それに対し大津屋は、娘さん、娘さん、怪我のないうちに退いといてと子供扱いする。

じゃあ、どうしてもご無理を通そうっておっしゃるんですか?とお雪が問いかけたので、何!と肥後守といきり立つ。

ふん!黙ってりつけあがるとうへんぼくめ!この江戸の真ん中でそんな非行が通るか通らないか、みんなに聞いてごらんよ!とお雪は啖呵を切る。

すると周囲の野次馬たちが一斉に騒ぎ出したので、だまれ!と制した小幡は、こちらをどなたと心得る?と肥後守の方を指しながらお雪に問いかけ、西ノ丸年寄り林肥後守様じゃ、この上の無礼は許しはしないぞと脅してくる。

じゃあ、どうするおつもりで?とお雪が聞くと、いきなり侍たちが剣を抜いてくる。

お雪は、そんな護衛役のヤイバを掻い潜っていく。

そばに置いてあった売り物の傘を次々に放り投げたお雪は、やがて1本の傘を刀に見立てて戦い始める。

その騒動の中、突然お仙は、肥後守の袂に入れてあった書状を抜き取ると一目散に逃げ出す。

これに気づいた小幡たち護衛も一斉にお仙追跡に加わる。

一方、お雪は三太や半次に止められていた。

火消し「め組」の組頭新門辰五郎(大河内傳次郎)は、「め組」の!じゃあ昨夜の娘は偽物だと言い張るんですかい!と自宅に押しかけててきた相手から詰め寄られていた。

あったりめえよ、半年前から寝ている病人が、両国くんだりで喧嘩なんかできるわけがねえじゃないかと辰五郎はいう。

おめえの所のお雪ちゃんに一眼会わせててもらいましょうと、相手が言うので、馬鹿野郎!疑うのも大概にしろ!と辰五郎は怒鳴り返す。

だからっておめえ、そうでございますかとおめえに謝らなければならねえ義理がどこにあるんだい?と辰五郎がいうので、

そうかい、おめえさんも「め組」の親方だ、まさか二枚舌は使うめい、そのお雪とかいう偽物は草の根分けても探してみせますぜと相手もいい、そのまま帰ってゆく。

辰五郎は手下に、表に塩を撒け!と命じると、お仲(吉川満子)に、お雪を呼びに行かせる。

立ち上がったお仲は出かけようとするお雪の後ろ姿を見つけたので、お前、どこへ?と聞くと、番屋に自首して縛ってもらうのというので、半次たちが慌てて止めにくる。

自分の始末は自分でつけるんだから!とお雪はいうが、そこに顔を見せた辰五郎は、おめえ、なんていう口のききようだ!いつになったらその性根が治るんんだ!と叱る。

私は見るに見かねて義侠のつもりでやったのよ、お父っつぁんくらい、わかってくれると思ったのに…とお雪がいうと、お前のは義侠でもなんでもねえ、三下野郎の殴り合いだと辰五郎は言いうと、半次に、性根が治るまで蔵に放り込んでおけと命じる。

お前さん、何もそんなことまでしなくても…とお仲が止めようとするが、お嬢さんすみませんと仕立てに出ながら半次がお雪の手を取ろうとすると、それを振り払ったおゆきが、やろってのかい?などと気色ばむと、火消し纏(まとい)を槍のように突き出し、そばによったら承知しないよなどといいながら暴れ始める。

見かねたお仲が、お雪、やめておくれ、お父っつぁんもお前を思ってのことなんだよ、後生だから…と止めに入る。

あきらめたお雪は、火消し纏を半次に投げ渡すと、そのまま外に出て行ってしまう。

後に残った辰五郎は一人考え込む。

その夜、屋敷に忍び込んだ三太は、蔵に閉じ込められていたお雪を見つけると、お嬢さん!と声をかける。

あ、お前、昨夜の子かい?とお雪も気づき、返事をする。

サンタだよ、お嬢さんに礼を言おうと思ったらこの有様だろう?えらい目に遭っちゃったねと三太は同情する。

うん、気にしなくて良いんだよ、早くうちにお帰り!とお雪は笑顔で返すが、だっておいら帰るうちなんてねえもんと三太は悲しげにいい、お嬢さん、俺にできることあったら何でもするよというので、お前にしてもらうことなんてないよと一旦は答えたお雪だったが、ちょっと考え、何かをオミついたように、三太、ちょっと!と手招く。

その頃、辰五郎は、ま、そんなわけで、すまねえが、今の一件は頼んだぜと、岡っ引きに頼んでいた。

へい、八方、上手いようにしておきますが、「め組」の、ちょいとお雪坊には考えないといけませんなと岡っ引きは忠告する。

まあ、わしの本当の娘なら、何とでもしようがあるんだが…と辰五郎が答えてた時、半次が飛び込んできて、頭!大変なんで!お嬢さんが!と言いながら蔵の方を指差す。

土蔵の天窓は破られ、お雪の姿は消えていた。

蔵の中には「ご迷惑かけてすみません。しばらく浜松の婆やの元へ行って考えてきます ゆき」と箱の横に書き置き文字が残っていた。

辰五郎は半次に、すぐに若いのを集めて探すんだとめいじ、岡っ引きも、それじゃああっしも…と半次と行動を共にすることにする。

まさかお雪は、あのことを知って浜松へ…とお仲は案ずる。

そんな気遣いはないと思うがな…と辰五郎は否定するが、でも万一ということが、このことを早く水野様のお耳に…とお仲は忠告する。

雪が浜松に行ったと申すか?と辰五郎から知らせを聞いた水野越前守(加賀邦男)は驚く。

辰五郎、重々の不始末…、何とも申し訳ござんせんと辰五郎は詫びる。

して、余を父と知ってのことか?と越前守が聞くと、そいつがどうもわしにも腑に落ちんのですが…と辰五郎が不思議がると、そうか…、あれの母親も、町下の娘としては気性の激しい女であったが、雪ものう…と越前守は考え込む。

そばに控えていた村田甚八(水野浩)も、殿、早々に手配いたし、当屋敷にお連れ戻しになってはいかがでしょう?この機会にお心をお定めください。間違いでもございましたら一大事でございますと提案する。

それを聞いた越前守は、甚八、くれぐれも内部での…と頼む。

甚八が部屋を後にしたので、辰五郎が、では雪を御前のお姫様として…と尋ねると、若気の過ちからとはいえ、雪はやはり余の娘じゃと越前守は、複雑な表情を浮かべる辰五郎の気持ちも知らず答える。

皮肉なものじゃ、老中筆頭のお役目をいただくこの越前が我が子一人の行く末にすら迷っているとは…、しかし娘の身で道中手形も持たず、どうして旅をしているであろうのうと越前守は案ずる。

翌日、雪太郎という男姿に化けたお雪は、三太を共にして一緒に歌を歌いながら旅を続けていた。

はあ、三太!こっから天下御免だ、面白え、暴れようぜと雪太郎が言うと、うん、これで俺も一人っきりじゃなくなったし…、だけど本当にオイラを捨てないでいってくれるかいと案ずるので、おめえ、俺のこと信用できないのか?と雪太郎は睨む。

だって女心と秋の空…と三太が言うので、ん?と雪太郎は睨むが、いけね、また言っちゃった!と三太は苦笑する。

こいつ!上州無宿、追分の雪太郎…、忘れるなよ!と雪太郎は三太に念を押す。

はいなと答えた三太だったが、兄貴、お腹すきませんか?と言い出したので、ええ?おめえさっき昼食べたばかりだぜと雪太郎は呆れる。

オイラよ、年中何か食べてねえと生きてる気しねえんだよと三太はぼやく。

貧乏性なんだな、おめえ…と雪太郎も呆れ、箱根の山越すまで我慢しなと言い聞かせる。

そりゃ、保ちゃいいけどさ…と三太は、その場でしゃがみ込もうとするので、雪太郎が急かす。

その頃、書状を盗んだお仙も西へ向かっていたが、その後を追う小幡は、どうせ女の足、今夜は三島泊まり、旅籠という旅籠を虱潰しに調べるのだ、抜かるでないぞ!と配下の侍たちに命じていた。

その背後から旅をしていたのは、稲葉小僧新助(徳大寺伸)だった。

やがて三太が空腹を我慢できなくなり座り込んでしまう。

お前は腹が減る方には弱いんだな、こんなところでへたばったって、どこにも食べるもんなんてありゃしねえぜと雪太郎も困惑する。

兄貴!なんか口ん中に入るやつ、俺もう死にそうだよと三太がせがむので、困ったやつだといいながら周囲を見回していた雪太郎だったが、近くの地蔵の側に握り飯が入った笠に気づくと、いいもんがあったぜと言いながら三太に渡す。

これはついてるぜと言いながら、握り飯にしゃぶりついた三太だったが、その時、突然綺麗な歌声が聞こえてくる。

歌っていたのは、近くの小川で手を洗っていた津波の小五郎(里見浩太朗)だった。

そも声が近づいてきたことに気づいたゆき太郎は、どうやら持ち主が現れそうだぜと急かすが、三太がぐずぐずしていたところに小五郎が姿を現し、自分の握り飯を食われたことに悟る。

おめえさん型、俺の探し物をご存知のようだな?と言いながら雪太郎と三太に小五郎が近づくと、知りませんよ、人の弁当なんか知る会と三太が口を滑らせてしまう。

俺は至って勘の良い方でなと小五郎が迫ると、つい堪えきれなくなった雪太郎が、すまねえ、実はこいつが腹が減って死にそうだっていうんで…、ついお前さんのを頂いちまったんだ、勘弁してくれと詫びる。

しかし小五郎は、いや、勘弁ならねえ!と睨んできたので、雪太郎も、ん?と警戒し、で、どうしようってんだ?と聞く。

すると小五郎は脇差を鞘ごと前に突き出してきたので、雪太郎と三太は怖気付くが、お互いこういう旅人渡世だ、助け合うのは当たり前だが、見たところお前さんたちまだ渡世の染みはついていなさそうだ、ヤクザなんて親もなければ身寄りもねえ、ぐれた野郎の吹き溜まりなんだぜと言いながら、刀を帯に差し込む。

間違い起こさないうちに早く家に帰って、親御さんを安心させてあげない、え?あばよ!と言い聞かせると、小五郎はそのまま旅立ってしまう。

兄貴、本物はやっぱり貫禄が違いますね、江戸に帰りましょうか?と三太が感心すると、何を言ってるんでえ、キザな口を聞きやがって、このまま引き下がったら男がすたらあと雪太郎は遠ざかってゆく小五郎を見ながらいう。

その頃、辰五郎も半次たちを連れ、雪太郎たちの後を追っていた。

そんな雪太郎たちの前に、河童の鉄(時田一男)、天狗の竜(加藤浩)、ひょっとこの亀(河村満和)、おかめの松(五里兵太郎)、仏の竹(波多野博)、とんびの梅(汐路章)ら人相の悪い3組の駕籠屋が道を塞ぎ、兄さん、乗っていかないか?安くしとくぜ、特急駕籠だなどと言ってくる。

なんでえ、てめえっちは!と雪太郎が文句を言うと、おい兄ちゃん、そう目に角をかてて怒鳴るんじゃねえぜ、俺たちはご覧の通りの駕籠屋だ、ここんところしけてんだ、さ、乗ってくれと相手は懐柔してくる。

島田の宿はすぐそこだい、駕籠なんかいるかい、なあ兄貴!と三太が応じると、そうすげねえこと言わずに弾んでくれよなどと言うので、テメえっちに弾むような金を持ってねえよと雪太郎も啖呵をきる。

お?わりかし囀るじゃねえか…。それじゃあこちらで体を預かりやしょうなどと駕籠屋はいってくる。

なんだと?と雪太郎は気色ばみ、この野郎、兄貴に指一本でも触れてみろ、ただじゃおかねえぞと三太も言い返す。

すると駕籠屋は、おいチンピラ!洒落た口聞くねえ!ここは東海道、表もあれば、裏もあるんだよ!素直なりがね残らず叩いて、素直にずらかった方が無事だぜなどと脅してきたので、しゃらくせい!こちとら男の中の男一匹だ!追い剥ぎなら追い剥ぎらしく、初手から掛かってきやがれ!と雪太郎は言い返す。

なかなか活きが良いぜと笑いながら、駕籠屋たちが棒で殴りかかってきたので、雪太郎も応戦する。

三太も逃げ回りながら、何人かを結果的に倒してしまう。

やがて、待ってくれ!と止めに来た駕籠屋の男が、親分、お見それ致しやした。若い者の不始末、あっしに免じて、ご勘弁くださいと割って入ってきたので、ああ、話がわかりゃ良いんだよと雪太郎が応じると、ところで、親分を男の中の男と見込んでお頼みしてえことがあるんですがね…と言い出す。

頼み?と雪太郎も面くらう。

夜の島田の宿

「ふじや」と言う旅籠にやってきたのは小五郎だった。

一晩世話になるぜと小五郎が声をかけるが、応対した女将は、「お客さん、あいにく今夜は…」と言うので、布団部屋でもどこでも構わねえぜと頼む。

それじゃ、あんまりと恐縮した女将だったが、小五郎がしかたないよと言うので、それじゃあと応じる。

中が騒がしいので、大した騒ぎだな…と草鞋を脱ぎながら小五郎がいうと、ええ、困ってるんですよ、暴れん坊ばかりで、手がつけられなくて…と女将は困惑したように答える。

騒いでいたのは駕籠屋たちだった。

酒も飲まないのに同席させられた雪太郎が、さっきの頼みってなんだ?と聞くと、それなんですがね、親分、親分と人勝負して負けた方がこの感情を払うって趣向は如何ですなどと駕籠屋は言い出す。

こいつは面白い、サイコロかい、札かい?と雪太郎が答えると、親分さんほどの旅人なら、定めし立派な刺青がおありでしょねと言ってくる。

刺青?そりゃあ…と雪太郎が言い淀んでいると、じゃあ、あっしのを見ておくんなさいと言うと、駕籠屋は双肌を脱いで背中の刺青を見せる。

すげえなあ!と三太が感心すると、あっしのは八岐大蛇でさあと、その駕籠屋大蛇の銀(中村時之介)が教え、親分のは?と聞いてきたので、俺のは…般若の透かし彫りだと雪太郎は口走ってしまう。

隣でそれを聞いた三太まで、兄貴、本当ですかい?と確認してくる始末。

雪太郎は小声で、黙ってろよと注意するが、銀は、ほう、透かし彫りとは大したもんだ、拝見しやしょう。親分、刺青の良し悪しで勝負というのはどうでしょう?と言う。

すると雪次郎は、そんな、いけねえ、いけねえと反対し、俺の刺青は願掛けがあって、人に見せちゃいけねえんだと答える。

そんな薄情なこと言わないで、脱いで下さいよと銀がしつこいので、三太逃げろ!と雪太郎が言った瞬間、三太が行燈の火を吹き消し、部屋は真っ暗闇になる。

暗闇の中で駕籠屋たちが飛びかかって上着をはいだのは三太の方で、いつの間にか雪太郎の姿は消えていた。

野郎、逃すな!と駕籠屋たちは旅籠中を探し始めるが、その騒ぎにお仙が廊下に姿を出し、風呂上がりの小五郎にもぶつかる始末。

羽織っていた浴衣を取られ、晒し姿になった小五郎が自分の布団部屋に戻って着物を着ようとすると、その着物のん下に隠れていたのは雪太郎だった。

あれ?おめえさんは?メ⚪︎ラだったのかい?と小五郎は、目を瞑っている雪太郎に気づくと聞く。

メ⚪︎ラなんかじゃねえやと答えた雪太郎だったが、目を瞑ったままなので、じゃあ、なんの真似なんだそれは?と小五郎が不思議がるので、良いから着物着なよと雪太郎は勧める。

裸じゃいけねえのかい?と小五郎が聞くと、そういう格好を見ると虫が怒るんだと雪太郎はいう。

ええ?おかしな野郎だな、こいつは…と言いながら小五郎は着物を着る。

早くしてくれよなと雪太郎が急かすので、これで良いだろうと小五郎が答えると、ようやく目を開けた雪太郎は、その方がよっぽど男前が良いぜと世辞を言いながら立ち上がる。

ああ、昼間すまなかったなと詫びた雪太郎は、おいら、追分の雪太郎って言うんだと自己紹介する。

そうかい、俺は津波の小五郎、一体どうしたって言うんだと聞いてきたので、な〜に、ちょっと雲助どもを揶揄っただけなんだと雪太郎は答える。

ふん、また雲助どもの飯をかちあげたんじゃないのか?と小五郎がいうので、おっとそいつはいいっこなしだと雪太郎も笑う。

腹っぺらしの相棒、どうしたい?と聞かれた雪太郎は、うん、そいつは俺も気にしてるんだがなと雪太郎も顔を曇らせる。

ちょっと見てくらあと言いながら、雪太郎が部屋を出ようとした時、お待ちくださいと騒ぐ声がしたので、いけねえ!戻ってきやがったと言いながら慌てて戸を閉める。

お待ちください、どのようなご用件で!と女将が止めるのを、うるさい!一人旅の女に用があるんだと答えたのは小幡の一行だった。

下の様子を見ていたお仙は、その声に気付き、急いで部屋に戻ってみると、いつ間にか忍び込んでた稲葉小僧新助が、例の書状を手にして、姐さん、こいつはあっしがもらっとくぜというので、慌てて取り返そうとする。

そんな二人が揉み合ったまま廊下に出たところを、二階に上がってきた小幡たちに見つかってしまう。

お仙と新助は別々に逃げ、小五郎と雪太郎がいる布団部屋に逃げ込んだ新助は、すまねえ!こいつを預かっておいてくんなと書状を雪太郎に託す。

何だい、これは?と雪太郎が聞くと、兄さん、これは江戸の町民を助ける大事な書き付けなんだ、頼む!というので、誰なんだ兄さんは?と小五郎が聞くと、稲葉小僧新助!またあいますぜと言い残し、庭先に姿を消す。

そこに小幡たちの一味が近づいたので、小五郎と雪太郎は布団部屋に身を隠す。

翌朝、そん「ふじや」に様子を聞きにきた半次は、親(かしら)、ここにも泊まってないそうですよと近くで待っていた辰五郎や村田甚八に伝える。

その頃、食い物屋を片っ端に探していた雪太郎は、三太を見つけられないまま、小五郎と道中で合流していた。

な〜に、おめえが浜松いくこと知っているなら、どっかで追いつくだろうと小五郎は慰める。

どこでどうしているのか、かわいそうなことしたな〜と雪太郎はいう。

それよりこっちは変なもの預っちまったばかりに、うっかり飲み屋にも入れやしねえやと小五郎がぼやく。

おめえ、酒強いのか?と雪太郎が聞くと、強いってこともないが、酔っ払うと女口説いたり…などと小五郎がいうので、へえ、そん顔でねえ〜、わからんな〜などと雪太郎は揶揄う。

その時、雪太郎は、身投げだ!と叫ぶ。

見ると、男女二人が海に向かって合掌しているように見えた。

慌てた雪太郎と小五郎はその場に駆けつけ、海に向かって合掌していた二人を止めようとするが、近くの宿に連れて行きわけを聞くと、心中しようとしていたわけではないという。

実はこれに子供ができましてと己之吉(高島新太郎)という男の方が言い出す。

子供のこと?と小五郎が聞くと、一刻も早く、お父っつぁん、おっかさんにお礼をしなければいけないと皆さんがいうもんですから、ついあんなところから江戸の方へ手を合わせて…と女のお小夜(円山栄子)が説明する。

そうしましたら親分さんたちが…と己之吉がいうので、勘違いをしたことに気づいた雪太郎はバツが悪くな理、脅かすねえ、ちくしょう!とボヤく。

しかし一緒に付き合わされた小五郎は、おう、身投げだなんて言ったのは誰だ?と雪太郎を責めたので、なんだと?てめえこそ泡食った顔していやがった癖に!と雪太郎も言い返す。

だいたいお前が慌てものだからドジを踏むんだと小五郎も負けていない。

怒った雪太郎は、生意気な口聞くねえ、このデレ助!というので、デレ助って何だい?と小五郎もいきりたつ。

やるか?面白い、来い!と互いに剣に手をかけたので、己之吉、お小夜は慌てて止めに入る。

結局その場は収まり、己之吉、お小夜は、仲良くしてくださいね、喧嘩なんかしないでくださいよ!と雪太郎たちに言い残し旅を続けることになる。

しかし、二人の姿が遠ざかると、雪太郎と小五郎は、蹴りをつけようぜと互いに向かい合ったが、そこに姿を現したのが書状を預けた新助だった。

ちょっと話があるんだ、そこまでとしんすけが言うので、雪太郎たちは付き合うことにする。

そのすぐ背後では、お仙が旅を続けていた。

沼地の小舟の上に乗った雪太郎たちに、新助は預けた書状を広げて見せていた。

じゃあ、この大津屋というのと唐屋っていうのが中に入って米を買い占めようってんだろ?と雪太郎が聞くと、へい、表向きは将軍様のお買い上げってことになってますが、実は黒幕の肥後守が江戸で米騒動起こして、目の上のコブのご老中の水野越前守様に詰め腹斬らせようとする魂胆なんで…と新助は説明する。

するってえと、これに署名した大阪の米問屋たちは肥後守の後押しをしようということなんだねと小五郎も理解する。

そうなんですよ、奴らだってそんな仕事じゃねえ、米を買い占めれば相場が上がる、野郎たちは儲けようというんだが、困るのは貧乏人たちで、米騒動も何もあったもんじゃねえ、生き死にの問題ですから…と新助はいう。

あっしもこれまで随分悪いことをしましたが、堅気になるせめてもの償いに、この件だけはどうしても見過ごしちゃいられなかったんですと新助が言うので、それええ、これをどこまで持っていくつもりなんです?と雪太郎が聞くと、へい、あっしが昔お世話になった大坂町奉行の矢部駿河守様にお渡ししようと思ってるんですが、ご存知の通りあっしはただでさえ追われる身なんで、どんな間違いがあるかわからない。すまねえが、兄い方、こいつを浜松まで持っていってくれやしませんかと新助は頼む。

ああいいよ、大阪でもどこでもいってやるよと答え、雪太郎は再び書状を受け取理、おめえはどうすると小五郎に聞く。

すると小五郎も、今更引っ込みはつかねえな、で、おめえさんを追っていたサンピンってえのは、一体どういう奴らなんだい?と新助に聞く。

確か小幡栄之進て、林肥後守の家来なんですと新助は教える。

それを聞いた小五郎は、小幡栄之進!と驚く。

じゃあ兄い方、またあっしはお目にかかりますからと言い残し、新助は去ってゆくが、近くの小舟の影に隠れていたお仙が、その跡を追う。

その後、暗くなってきたので、月が綺麗だな‥とまだ小舟に乗っていた雪太郎はうっとりし、おい、小五郎!見てみろよと勧めるが、小五郎が背を向けたままなので、おい、まだ怒ってるのかと声をかける。

当たり前よ、デレ助だのなんだと言われて良い顔ができるかいと小五郎は拗ねる。

案外意地っ張りなんだな、お前…と雪太郎は笑い出す。

おお、そういつまでも怒ってるなよな、さあ、今夜はもう寝ようぜと雪太郎はいうが、勝手に寝たら良いだろうと小五郎はすげない返事。

じゃあお前、そうやって一晩中ブスッとした顔してるつもりなのかよと雪太郎が聞くと、そんなこと、お前の知ったこっちゃねえよと小五郎も反論する。

そうか、じゃあ勝手にしろ!二度と口は聞かねえから、後悔するなよと雪太郎も頑固になる。

ふん、その方がせいせいすらいと小五郎もいうと、小舟の中で横になる。

次の瞬間雪五郎はよろけ、つい小五郎の体に手を触れてしまうが、気をつけろ!と払い除けられたので、落ち込んでしまう。

それを気にした小五郎は。おいと声をかけるが、船は揺れるんでえ、俺のせいじゃないというと、雪太郎も穂先の方で横になる。

しかし、互いに寝付けないまま、相手のことを気にし合うのだった。

翌日、また旅に出た2人だったが、小五郎の方から、よお、ゆの字、いい加減に仲直りしようぜ、俺たち大事な用を任されているんだしなと切り出す。

それでも雪太郎が返事をしないので、おい、いつまでそうやって黙り込んでいるつもりなんだい、元はといえばお前が悪いんだぜ、俺のことをデレ助だのなんのって因縁をつけるかラサ、悔しかったら、お前も女でもモテてみたらどうなんだいと小五郎がじれてくると、おめえなんか問題じゃねえよと雪太郎は答える。

お?言ったな?それじゃ、どっちがモテるか勝負といこうかと小五郎が誘う。

雪太郎は、俺の方が勝つに決まってるさというので、良しと答えた小五郎は後ろからカモが来るぜ、あいついこうやと教える。

その後ろから来ていたのはお仙だった。

俺が宿に引っ張り込むからな、その上で勝負といこうと小五郎がいうと、今のうちに謝っといた方が、おめえのためなんだがな〜と雪太郎も答える。

宿に着くと、思い通りにお仙と同部屋になり、食事の時に小五郎はお仙に酒を勧める。

実はな、これにはのっぴきならねえ訳があるんでなどと小五郎はお仙に言い訳する。

のっぴきならないわけって?と汚染がきくので、つまりな、俺とこちらのお兄さんと、どっちが早くおめえさんをものにするか勝負ってわけなんで…と小五郎が説明すると、あ〜ら、それええこんなにもてなしてくれてるんですか?とお仙は笑いだす。

飲みねえ、飲みねえ、どうだ、俺の方がずっと男が上だろう?と小五郎が聞くと、う〜ん、だったら私は断然こちら…と言いながら、お仙は雪太郎の側に移動する。

すると、雪太郎が慌てて座を離れたので、あら、親分、可愛がってくれないんですか?とお仙は不満を口にする。

よしてくれよ、俺は今、まんまの方で忙しいんだよ、おいなんとか言ってくれよと雪太郎は困ったように小五郎に訴える。

そんな雪太郎の様子をお仙も小五郎もニヤニヤして眺めていた。

じゃあ、こちらの旦那になびいちゃいますよと言いながら、お仙は小五郎の席の横に移動してしまう。

それをみた雪太郎は、チェッ!勝手にしてくれ、こっちは食い気の方で…などと言いながら、隣の部屋に逃げ込む始末。

その夜、小五郎は隣の部屋で眠り、お仙と雪太郎は一緒の部屋で寝ることになったので、小五郎は隣が気になってなかなか寝付けなかった。

翌朝、大変だ、起きてくれよと雪太郎が小五郎を起こしにきたので、うるせえな、わかったよ、おめえが買ったんだからいいじゃねえか…と寝ていた小五郎は文句を言うが、それどころじゃねえんだよ、取られたんだよ手紙をと雪太郎が教えると、えっ!と驚いて目覚める。

お仙は、輿に乗って川を渡っていた。

遅れて、雪太郎と小五郎も同じように川を渡る。

小幡栄之進も輿に乗って川を渡っていたが、その輿を担いでいた人足の一人は三太だった。

サンタは、先をゆく輿に乗った雪太郎を見つけ、思わず、兄貴!と呼びながら腰から離れたので、乗っていた小幡は川に落ちてしまう。

黄木は先を急いでいたが、松の木の下で待っていたのは新助で、姐さん、運がなかったなと笑い、さ、あの書き付けを返してもらおうかと手を差し出す。

汚染が逃げようとしたので慌てて捕まえた新助は、俺は悪いことに使うんじゃないんだ、どうしてもいるんだ、頼む!と頼むが、汚染も、あたしだって親の仇を討ちたいんだと言って書状を離そうとしない。

親の仇?と新助は驚きながらもお仙の懐から書状を取り出すが、そこに駆けつけたのが雪太郎、小五郎、三太の3人だった。

お仙は逃げ出し、その跡を追おうとした新助だったが、安心なさい、これは取り戻しましたぜと新助は書状を見せる。

雪太郎は、すまねえ、つい油断しちまってと詫び、小五郎も良かったなという。

そこにやってきたのが小幡の一行で、くしゃみをしながら小幡は、その封書をよこせ!と迫る。

小幡栄之進というんはおめえさんかいと聞いた小五郎は、いかにもわしだ、それがどうした?と答えた小幡に、おめえさんには貸しがあるんだと言いだす。

何?と答えた小幡だったが、わけは地獄へ行って聞いてこい!というなり小五郎は刀を抜く。

雪太郎も刀を抜き、小幡一行と斬り合いになる。

三太も棍棒で応戦し、新助も刀では向かう。

雪の字、ここはオイラが引き受けた新助を逃がしてやってくれと小五郎が言うので、三太とともに雪太郎は右手を負傷した新助を逃す。

逃げおうせて右手の手当てをしてもらった新助は、兄い方、御恩は生涯忘れませんと礼をいうので、じゃあ、お前さんはこれから?と雪太郎が聞くと、こうなったら一刻も早く大阪へ、じゃあ、ごめんなすってと言い残し、新助は去ってゆく。

残った雪太郎は、三太、急ごうと言い、小五郎が斬り合っていた場所まで戻るが、そこには侍たちの笠が落ちているだけだった。

三太は、お〜い、小五郎さん、どこ行っちゃったんだよ〜!と呼びかけるが返事はなかった。

その後、雪太郎は元の衣装に戻った三太と哀しげな歌を歌いながら旅を続けることにする。

とある神社で御神籤を引いた雪太郎だったが、兄貴、良いのが出ましたか?と三太が聞くと、御神籤を丸めて捨てるだけだった。

それを拾った三太は、失せ物当分見当たらず、尋人、諦めが肝心などと書かれた内容を読み上げる。

ああ、なるほどねと三太が合点すると、黙っといてくれよ、気が立ってるんだぜ俺は…と雪太郎は憂い顔。

兄貴がそんな寂しそうな顔していると、おいらまで悲しくならあと三太も落ち込む。

ねえ、浜松に誰かお目当ての人がいるんでしょう?あやとかなんとか言う人がさ…、あいつの事は諦めて早くそっちの方を探しましょうよと三太が聞くと、再び旅を続けるが、街は祭りの最中で、ガマの売りの大道芸があったので、三太は見ていきましょうよと誘う。

ところが、見物客の中に花傘を背負ったやつが邪魔で見えない。

サンタが文句を言うと、何を!と言いながら振り返った花笠の男は小五郎だったので、三太も雪太郎も喜ぶ。

じゃあ、あの侍たちは?と雪太郎が聞くと、尻に帆をかけて逃げちまったよ、後を追ったんだが仕損じちまったと小五郎は説明する。

さらに、おめえ、あの小幡っていうのに貸しがあるって言ってたが?と雪太郎が聞くが、どうって事ないんだと小五郎は言うだけだった。

その時三太が、辰五郎一行の姿を見つけ雪太郎に教えると、すまねえがあの人の跡をつけてくれ、俺はこの飯屋で待っていると雪太郎は三太に頼む。

何かあったのかいと小五郎が戻ってきたので、いや、三太が知った顔を見つけたと言うんだと答えた雪太郎は、少し早いが飯にしないかと告げるか、飯か…、俺は酒にしたいな、どうだ、雪の字、たまには芸者でもあげて騒ごうやと小五郎は言う。

道ゆく芸者を目にした小五郎は、偉い綺麗どころが揃っているぜ、あそこが良いやと「いち福」という一軒の料亭を指さす。

おい、俺は髪床行ってな、男をあげて来るから、上がって待っててくれと言い残し、花笠を雪太郎に渡した小五郎は立ち去る。

雪太郎は、花笠を投げ捨てて膨れるが、何かを思いついたらしく、料亭の中に入ってゆく。

一方、三太は、辰五郎一行の後を尾行していた。

その後、座敷で待っていた小五郎の前に現れたのは、芸者姿に変身したお雪だった。

いやですわ、そんなに見つめて、私の顔がどうかしまして?とあっけに取られて見つめる小五郎に問いかけるお雪。

イヤイヤと否定した小五郎は、姐さん、源氏名は?と聞くので、お雪は咄嗟に藤丸です、どうぞよろしく…と答える。

へえ…と応じた小五郎は、俺の連れが先に上がって待っているはずなんだがなというので、ああ、ちょっと良い男の、追分の雪太郎親分とか?とお雪がとぼけると、うん、そいつなんだと小五郎は答える。

もうとうにお越しで、千代香姉さんとあちらで…、水を差したりしたらヤボですよなどとお雪がごまかし、さ、おひとついかがです?お強いんでしょう?などと言いながら、小五郎の酌を始める。

盃を口にした小五郎は、姐さん、今夜は綺麗だな〜とお雪をほめる。

そしてお雪の手を取ろうとしたので、お雪も素早くみをひきだし、互いに微笑み合う。

その後、お雪は三味線を弾きながら歌を歌い出す。

それをうっとり聞き惚れていた小五郎に、ねえ親分?親分は元お侍だったんじゃないですかと問いかける。

目を瞑っていた小五郎は目を開け、ほお〜、どうしてそれがわかった?と聞くので、親分の身のこなしで…、そんなような気がして…とお雪は答える。

それで親分はどうしてそんな姿で?とお雪が聞くと、おめえだから話すんだが…と立ち上がった小五郎は話だす。

そうよ、もう5〜6年も昔だ…、江戸南町の番所に、桜井大介っていう同心がいた。

博打場から盗人を追いかけたが、そいつが林肥後守っていう奴の中間で、上屋敷に逃げ込みやがった。

そいつが運の尽きさ…と小五郎は説明する。

町方の同心風情じゃ、お大名の御門内には踏み込めねえ、ふん!狼藉者ってんでバッサリ!と小五郎がいうので、まあ怖い!とお雪は答える。

ていうのは表向きだい、実は肥後守の悪事がバレそうになったんで町方の煙ったい連中を片っ端から消していったという噂だ…と小五郎はいう。

だがその辺はお咎めなしだいと悔しげに言い捨てた小五郎はまた席に戻ると、だけど俺はそいつの名前だけは忘れちゃいねえや…という。

で、その亡くなった方は親分の?とお雪が聞くと、ふん、姐さん、ヤボな話は打ち切り…と言いながら小五郎は酒を口にすると、姐さん、俺は姉さんが好きだなと言いながら手を取る。

ま、お上手な…と言いながら手を引いたお雪だったが、本気なんだよ、本当なんだよと小五郎は口説く。

あらあら、困ったわね〜とお雪が困惑すると、困ることはないさと言いながら、小五郎はお雪の手をとって、引き寄せようとする。

親分、そんなことをすると、男前が下がりますよとお雪はあしらう。

嫌いなのかい?俺が…と小五郎が迫るので、いえね、私は色々好みがあって…とお雪が答えると、男にかい?と小五郎は聞く。

お酒を飲むと女を口説きたくなるようなお方は、私の好みじゃありませんのとお雪は笑う。

へ〜、おめえ、俺の悪いところ、よく知ってるな〜と小五郎が怪しんだので、ええ、男ってみんな同じですもんね〜とお雪ははぐらかす。

図々しくて自惚が強くって、ちょっと粋だとすぐ鼻にかけて、だから男の人って大嫌いと背中を見せるお雪に、姐さん?姐さんには俺の心が通じないのかい?と言いながら小五郎はお雪を抱こうとするので、お雪は思わず小五郎にビンタする。

その頃、三太は辰五郎一行の宿を突き止めていた。

姐さん、俺の心がわからないのかい?酒に酔った小五郎は、いつの間にか雪太郎の姿に戻った相手に飯屋で再会し、藤丸との思い出話を聞かせていた。

そーっと手を握って抱き寄せたらよ、つーっと、白いうなじが寄りかかってきやがって、アチキも親分さんが好きでありんす…と、こうなんで…と嘘を交えていたので、そりゃ良かったじゃねえかと雪太郎は苦笑する。

何がおかしいんでい!と小五郎が絡んできたので、おめえにゃ、俺のこの気持ちはわかりっこねえやと小五郎は不貞腐れる。

横になった小五郎は、俺は忘れねえぜ、あの芸者…、藤丸って言ったな、良い女だったというと、上機嫌に歌を歌い出す。

そこへ三太が戻ってきて、雪太郎は店の外に出るが、座敷に横になっていた小五郎は、俺は本当に、本当に好きなんだと呟いていた。

サンタから事情を聞いた雪太郎は、俺はとにかく行ってみるというと、おめえはここで小五郎と一緒に晩飯でも食って待ってな、俺のことは黙ってるんだぜと言う。

でも兄貴、どんなことがあってもきっと帰ってきてくださいねと三太はいうので、ああ、帰ってくるよと雪太郎は約束し、一人辰五郎の宿舎に向かう。

辰五郎たちがいた屋敷の庭先に忍び込んだお雪に、確かに当方に参られるという確証があって馳せ参じたのに、今持って御着きにならんとは、間違いでもなければ良いが、のう辰五郎…と話している村田甚八の姿が見える。

ええ、ただ…、こちらのお千代さんの顔は覚えているにしても、このうちは知らねえはずでござんすからねと辰五郎は答える。

あるいは、わからないまま上方の方へでも…と辰五郎が案ずるので、お気の毒に…、旅慣れぬお身体でどこの山道を難儀されておられますやら…と千代(東竜子)は心配する。

それにつけても母御様がご存命でありましたら、少しは御性格も変わっておられましょうがと千代がいうと、さすがの殿もあれほどの固い決意を崩されて、お雪様をお手元に召されて親子の名乗りをあげたいとの仰せじゃ、辰五郎殿には誠に不憫じゃが…と甚八がいうのを聞いた雪太郎は愕然とする。

ではいよいよ水野様の御息女として正式に…と千代が確認し、さればこそかようにお迎えに参ったのだと甚八がいうと、それはようございましたと千代は答える。

お雪様もそうなりますれば、きっと立派な姫様におなり遊ばすことでございましょうと千夜は喜ぶが、雪太郎はすでに庭から立ち去っていた。

わしもそれが楽しみで、こうしてお供して出て参ったんですがね…、いよいよ会うとなると、これはいけませんと辰五郎も答える。

10年以上の親子の情を断ち切ることは、それは辛いことでございましょうと千代が同情すると、これもわしがみんな至らないばっかりに、お雪も…、いやお姫様には苦労のかけっぱなし…、今となっちゃ可哀想で…、お可哀想でね…と辰五郎は思わず涙ぐむ。

飯屋に戻る雪太郎の頭には、先ほど聞いた甚八の言葉が蘇っていた。

川にかかる橋の上までやってきた雪太郎は、思わず、お父っつぁん…とつぶやく。

その後、一人酒を飲んでいた雪太郎は、オヤジ!と呼んだので、店の主人が出てくるが、ふん!一人前の親のような顔するない!と管を巻く。

へえ…と主人が詫びると、うるせい!俺の親父は一人しかいねえんだ!一人しかいねえんだ…と雪太郎は叫ぶと、そのまま咽び泣く。

そこに、おお、1本つけてくんなとやってきたのは新助で、酔い潰れていた雪太郎を見つける。

おめえさん…と話しかけると、何でい?と顔を上げた雪太郎の顔を確認し、やっぱりそうだったか、おめえさん、なんだってこんなところにと聞く。

そういうおめえさんこそ、どうしてここへ?と雪太郎も聞く。

それなんですよ、雪太郎さん、またお前さんの手を借りたいと実は探していたんですよ、あっしともあろう男がとんだドジだ…と新助はいう。

またあの女に一本食わされたんですというではないか。

じゃああの手紙か…と雪太郎が察すると、そうなんですよ、しらっかわのニセモンだったんです。こうなりゃ大阪の大津屋の動きを探ってみねえと様子がわからねえんだが、何しろあっし一人じゃ向こうに勘づかれて、手も足も出ねえ…という。

すまねえが雪太郎さん、もう一度あっしに力を貸しておくんなさいと新助は頼む。

そうだ、あの手紙は確か、米買い占めの奴らの盟約書だって言いなすったね?と確認した雪太郎は、そいつが手に入ったら水野とかっていうお殿様、喜ぶだろうねと雪太郎は言い出す。

早駕籠と早馬の映像

大阪東町奉行所

新助、そちの申し立てよくわかったが、なんとしても証拠立ての品がなくては余も裁量がつかん。その連盟状とやら、しかと入手できるか?と矢部駿河守(明石潮)に聞かれた新助は、へい、稲葉小僧、ご恩返しに命をかけましても…と答える。

うん、この度の問屋方米禁止の評定にも関わらず、一部商人ども寄り会い、お買い上げ米などと称して不当の利を得ている様子、御老中水野越前守様よりも内々のお沙汰があって、余も密かに手配いたしておったところだが…、すぐ叶えば、そちの手柄に見てとらせるぞと駿河守が言うので、申し出た新助は恐縮する。

その頃、寄り合っていた大津屋と唐屋七衛門(堀正夫)に銃を突きつけていたのはお仙だった。

お仙、わしを裏切ったなと大津屋が言うと、大津屋の旦那、お買い上げ米とか嘘八百の口実で儲け放題のお仕事に私も一口乗せていただこうと思ったんですよと言いながら、お仙は大津屋に近づく。

さしずめ今夜あたり、肥後守のお殿様が御上の御書状をお持ちになって万事一安心…という寸法なんでしょうけどねと言いながら、お仙は椅子に腰を下ろす。

私がこの盟約書を、恐れながらとその筋に差し出したらどんなことになるかお分かりでしょうねと言いながら、お仙は持っていた書状をテーブルの上に置き、銃口で大津屋の方に押し出していく。

それを忌々しそうに見ながら、いつらで売るつもりなんだ?と聞く大津屋に、一万両!と即答するお仙。

バカな!そんな大金を…と拒絶する大津屋に、身代が潰れるとでもおっしゃるんですか?と問いかけるお仙は、私の親も非人小屋で死んだんだ、今度はお前さんにそうなって欲しいんですよ!と告げる。

それを聞いた大津屋が、お仙、お前は…?と疑うと、お忘れじゃないでしょうね?今から10年前、おまえさんに手形を騙されて身代そっくり潰された深川の米問屋、上州屋の娘お仙ですよと答えたので、大津屋は愕然とし、その場から逃げ出そうとする。

それを、お待ち!と制したお仙は、嫌な左褄を取ってでも、お前さんに近づいた苦労が今やっと報いられたってわけさと言う。

それを聞いていた唐屋が、お仙さん、こっちも商売は大事だ、そう言う話なら私らも黙っていられないんだが…と口を挟んでくる。

取引の品、一応中身を確かめさせてitだきましょうと連盟状を指しながら言う。

こちらでは一眼も尽くし、ま、こちらで…と、唐屋が立ち上がり、隣室への扉を開けると、さっ!と誘う。

そしてお仙が書状を手にした隙を見て、唐屋は非常用の赤い綱を引く。

すると、手下たちが集まっていた部屋の鈴が鳴ったので、手下たちは、どんでん返しの壁を使い、廊下を歩いていたお仙の背後から捕まえると、その手から書状を奪い返す。

その手を振り払い、汚染埴輪へ逃げ出すが、大津屋が奪った銃を撃つ。

その銃声に気づいて立ち止まったのは雪太郎だった。

右手を負傷したお仙が、裏口から外へ逃げ出すと、そこにいた雪太郎が抱き抱えて逃げる。

そこに通りかかった新助も手伝い、お仙の身を隠す。

後を追ってくる唐屋の手下たち。

逃げていた雪太郎は、偶然通りかかった三太と小五郎にも再会し、追ってくる手下たちから逃げる。

追っ手が通り過ぎると、身を隠していた雪太郎たちは逆方向へ逃げ出す。

なんとか古寺に逃げ込んだ雪太郎は、怪我の手当てをしたお仙に、お仙さん、おめえさんの仇はきっと俺たちがとってやるよ、安心してなという。

ありがとうございますというお仙だったが、新助は、雪太郎さん、肥後守が大津屋やったんじゃ後の祭りだ、急ぎましょうと急かす。

小五郎、しっかり頼むぜと雪太郎がいうと、新助と三太は、汚染を別の場所に連れて行く。

それを見送った小五郎は、雪の字と呼びかけ、藤丸姐さん、おまえさんはここに残ってなと告げる。

雪太郎は小五郎…と絶句するが、いいからこれ以上大津屋の一件に深入りしちゃいけねえと小五郎は釘をさす。

な、こう言うのは男のする仕事なんだと言い聞かせる小五郎。

どうしてそのこと今まで黙ってたんだよと雪太郎が聞くと、おめえに万一のことがあったら、俺の一生の夢が壊れちまうんだ。だから今夜は思いとどまってくれるなと言い聞かせる小五郎。

しかし雪太郎が首を横に振ったので、じゃあ俺の言うこと…、聞くよ、必ず聞くから、今山このままの雪太郎にしといてくれと雪太郎は訴える。

今夜だけ…、きっとだな?と小五郎が確認すると、頷いた雪太郎はその場から去ってゆく。

久留米藩大阪蔵奉行所の前には配下の侍たちが集結していた。

林肥後守がお付きのものをしたがえ、門前の駕籠に乗り込もうと外に出た瞬間、表札部分に小刀が突き刺さる。

狼藉者!と驚いて身構える侍たちの前に進み出たのは小五郎だった。

お殿様、小幡さん、お前さんたちに思い出してもらいたい名前がある…と小五郎は訴える。

江戸南町番所同心桜井大介!というと、肥後守と小幡は驚いて顔を見合わせる。

その倅の小五郎だい!と名乗りを上げる小五郎。

父の恨みを晴らす、今日は水も漏らさないぜ!と小五郎は身構える。

斬れ!と小幡が命じると、配下の侍たちが一斉に刀を抜く。

小五郎の孤独な戦いが始まる。

物陰から三太が、兄貴!と呼びかけてきたので、こっちはうまくいったと言って来いと小五郎は命じ、合点だ!と答えた三太は走り出す。

戦う小五郎!ひた走る三太!

どこかの駕籠が進んでいた。

米問屋の寄り合いが行われていた部屋に来た番頭が、申し上げます、ただいま下野守様のご名代として若君お越し遊ばれましたと言うので、大津屋たちは、若君様?と唖然とする。

駕籠から降り立ったのは、御高祖頭巾を被り若君に化けた雪太郎だった。

その頃、肥後守と小幡用の馬が二頭、門前に連れて来られたので、二人に逃げられると悟った小五郎は焦る。

しかし肥後守と小幡はまんまと乗馬して逃げ去ってしまったので、その後を追う小五郎と配下の侍たち。

林肥後守嫡子源八郎、父上病中につき、名代として、お買い上げ米買付の御書状、申し渡しにまかりこした。

一同、神妙に心得るよう…と言い渡した雪太郎は、大津屋、先般盗難にあった一同連盟の書状、確かに入手したであろうな?と聞くと、はい、確かに!と大津屋は頭を下げる。

これへ…と雪太郎が命じると、大津屋が進み出て懐から取り出した連盟状を差し出す。

その中身を確認する雪太郎と、従者に化けて横に控えていた新助だったが、これを至急、父上の元に届けるようにと雪太郎が命じると、ヘイと返事してそれを受け取った新助は部屋を出てゆく。

それを見て不安そうな大津屋や唐屋だったが、一堂の者に申し伝えると書状を読み始めたので、全員謹聴する。

御承状、旧米買い付けの方、大津屋伝兵衛、唐屋七衛門、相模屋十三郎、丸目屋金八、宝屋新助、民木屋五兵衛、和泉屋久七、奥州屋仙蔵、右、江戸南町、大阪東町、両奉行所の支配により、御旧米お買い付け並びに改装方、申し付けくださる。一同、あいわかったか?と確認する。

全員、平伏した時、馬が到着した音が聞こえてくる。

馬を降りた肥後守と小幡が座敷に駆け込む直前、雪太郎は座敷を後にしようとする。

お待ちください、御承状を私どもに…と大津屋が求めるが、今一度確かめたいと申すのか?と雪太郎は聞く。

はい、左様でございますと大津屋が答えると、唐屋も、みな、それを見たくて今日まで…と全員の顔を見返りながら付け加える。

ならば見よ!と雪太郎が広げて見せた書状は白紙だった。

そこに駆け込んで来た肥後守が、き奴は何者じゃ?と聞いてきたので、雪太郎は頭巾を脱いで見せる。

その顔を見て驚く小幡だったが、わかったかい?欲の皮は突っ張っても、血の巡りは悪い旦那ばかりだ。上州無宿追分の雪太郎、てめえっちの間抜けさ加減をちょいと楽しみに、一晩洒落込んだ筋書きよ!と啖呵を切る。

後はお奉行様がお越しになるまでの場繋ぎだ、暴れるぜ!というと、一人で斬り合いを始める。

それを庭先に忍び込んでいた三太が心配そうに見届け、外へ駆け出す。

小五郎も敵の侍を引き連れ、屋敷に向けて走っていた。

懸命に走る三太

奉行所から役人たちが出立する。

小五郎を見つけた三太は、兄貴、早くと急かして屋敷に舞い戻る。

孤軍奮闘の雪太郎。

ひた走る三太と小五郎。

屋敷では、埒が明かないのに苛立った肥後守自ら抜刀していた。

雪太郎は、自分を狙う銃口に気付き、とっさに承認を盾がわりにする。

そこに駆け込んでくる三太と小五郎。

銃を構えていた大津屋は、背後から斬られたショックで引き金を引くが、タマが命中したのは背後にいた肥後守だった。

雪太郎と合流した小五郎は、お前も最後だ、しゃっきりしな!と喝を入れる。

そんな二人に小幡も斬り込んでくる。

小五郎も雪太郎も斬って斬って斬りまくる。

三太も参戦していた。

近づいてくる役人一行。

小五郎は、父の仇小幡を見事に斬り捨てる。

そこに近づき、小五郎とともに喜び合う雪太郎と三太。

御用提灯が近づき、屋敷の中に奉行所の役人たちが乱入する。

晴れ渡る青空の下、旅立つ駕籠を間にした辰五郎が、お雪坊、じゃあねえ、お姫様、胸いっぱいで何も申し上げられません、この花、辰五郎が、最後の愛情の印でございますと言いながら、駕籠に向かって手にした菊の花を差し出す。

せめて、この花の香りの消えるまでなど思い出しておくんなせいよと言う辰五郎だったが、それを受け取った甚八が、ひめ、綺麗な花でございますぞ、ご覧くださいと畏まりながら駕籠の戸を開くと、中に載っていたのは三太だった。

勘弁してくださいよ、兄貴は、いやお姫様が、どうしても御屋敷に戻らないとおっしゃるので…と詫びてくるので、何!では殿とご対面を避けて、また辰五郎の元へ?と甚八が予想すると、すみませんと三太は詫びる。

その時、背後から、お父っつぁん、そんなところで何しているの?と言いながら、芸者姿に戻ったお雪と、小五郎、新助、汚染の一行が近づいてくる。

唖然として見つめる辰五郎に、嫌だな、そんな顔して…というと、お、姫様!と呼びながら辰五郎が近づいてきたので、何言ってるの、お父っつぁん、私は元のお雪じゃないの、お父っつぁんと一緒に暮らすのよとお雪はいう。

だっておめえ、それじゃあ…と狼狽する辰五郎だったが、兄貴!と呼びかけた三太の駕籠の戸を占めた甚八は、お発ち〜と呼びかける。

駕籠が去ってゆくのをあっけに取られ見つめる辰五郎と半次。

辰五郎が、お雪、良いんかの?と確認すると、お父っつぁん、これでお殿様もきっと喜んでくださると思うわとお雪は答える。

半次と呼びかけたお雪は、これからこの方を兄貴分と立てておくれと言いながら、小五郎を紹介する。

遠ざかってゆく駕籠の後からめいめい帰路に着く辰五郎は、そっとお雪と小五郎を一緒に歩かせるのだった。


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