「一心太助 男の中の男一匹」

中村錦之助(萬屋錦之介)主演の「一心太助」シリーズ3作目

漫才のいとこい師匠(夢路いとし・喜味こいし)が笹尾喜内(堺駿二)の息子として出ているのが注目点

いとこい師匠は、この時期「3万円5万円10万円運命の分かれ道!」というフレーズで知られる「がっちり買いまショウ」のようなテレビ番組のMCの他に時代劇映画によく出演なさっていた。

特に面長系のいとし師匠は、後年映画の仕事が増える青空はるお・あきおコンビのあきお(横山あきお)師匠のような強烈な個性を感じる。

本作ではいよいよ太助とお仲が婚礼すると言う話がメインになっており、美空ひばりさんの実弟花房錦一さんも登場している。

花房錦一さんはさすが姉弟だけあって、角度によっては瓜二つと言うくらいひばりさんに似ている。

相変わらず魚河岸シーンなどエキストラの数の多さは相変わらずなのだが、喧嘩だけでは流石にシリーズものも3作目ともなればマンネリ気味か?と感じさせなくもないが、途中から意外な展開となり、後半は感動的なラストが待ち構えている。

それにしてもここで魚屋を演じている大勢の人たちは一体何者なのだろう?

東映の大部屋役者にしては人数が多いし、他の作品で見覚えがある人というわけでもなく、外部から呼ばれた仕出にしてはいい男が揃いすぎているように思える。

3作見て感じたのは、彦左衛門演じる月形龍之介さんが満面の笑顔のシーンが多いこと、月形龍之介さんの当たり役水戸黄門も明るいキャラのような印象だが、これほど始終笑っている感じではないので、彦左衛門役はかなり役者としては難しいのではないかと思う。

丘さとみさんは前作とは別のキャラクターで登場しており、中原ひとみさん演じるお仲のライバルではなく、田舎の友達になっているが、地方出のおぼこを可愛らしく演じている。

三島雅夫さんが善人の坊さんを演じているが、この当時はかなり太っておられる。

ラストの野次馬の中、神尾主膳の御用人の中に、汐路章さんが混じっている。

ちなみに、キネ旬データベースのキャスト欄で、神尾主膳(原健策)と丹波屋重蔵(阿部九洲男)と記してあるのは逆である。

【以下、ストーリー】

1959年、東映、鷹沢和善脚本、沢島忠監督作品。

江戸時代の活気ある魚河岸を背景にタイトル

キャスト・スタッフロール

天秤棒を担いで魚河岸の中を走っていた太助(中村錦之助)に気づいた仲間たちが、兄貴、おめでとうございますと挨拶する。

何も婚礼の日にまで働かなくても良いだろうと魚や仲間の金助(星十郎)から言われた太助だが、冗談いうねい、1日も休めるかい、お得意さんに申し訳ねえや、それが一心太助の心象だよと答える。

なるほどねえ、さすが太助兄いだと関心した金助は、魚河岸中に聞こえるような声で、太助兄いがきたぞ〜と呼びかける。

魚や連中が集まってきた中、さ、これは俺たち魚河岸一堂からのお祝いだと金助はいい、立派な鯛を差し出す。

これは…、みんなすまねえな、ありがとう!と太助は周囲の仲間たちに頭を下げて礼を言う。

そこにやってきたのは松前屋五郎兵衛(大河内傳次郎)で、この度はおめでとうと挨拶してきたので、太助も頭を下げる。

よかった、よかった魚河岸一番、いや江戸一番の名物男が恋女房をもらう祝いにしては詐称じゃが、わしたち魚河岸取締一同の心尽くしだ、受けておくんさせいと差し出されたので、太助はねじり鉢巻を外して、親方ありがとうございますと礼を言って受け取る。

親方はじめ河岸のみんなからこんなに喜んでもらって太助は家宝ものでございます、ありがとうございます

よかった、よかった、では太助さんのおめでたを祝して…と松前屋が音頭をとると、魚河岸仲間も一斉に手拍子をし、おめでとうございますと声を出す。

座敷で「一心如鏡」と揮毫していたのは大久保彦左衛門(月形龍之介)だった。

揮毫を終えた彦左衛門は、笹尾喜内(堺駿二)を呼ぶ。

その声を聞いた喜内は、殿のお呼びだ、婚礼が終わるまで、どこかに隠れとってくれと糸吉(夢路いとし)と鯉平(喜味こいし)の二人と門前で揉めていた。

上手いこと言って、ごまかされへんど、嘘ばっかりやないか!と鯉平と糸吉は文句を言うが、大きな声を出すな、あのことが殿に知れてみろ、わしは確実に首じゃ!と喜内は言って、二人を門の外に押し出す。

馘首、馘首っていつまで控え馬にさせとくつもりねん、お父っつぁん、わしもう30やで、わしは29やで!などと糸吉と鯉平は必死に抵抗するので、わかっとる!と喜内は言う。

落ち着いて聞いてくれと門外に押し出した喜内は、わしももう60の坂を超えた、天にも地にも血を分けたというはお前たちだけじゃ、わしはな、1日としてお前たち2人のことを考えぬ日はなかったというと、お父っつぁん!泣かせんといてなと言いながら糸吉が喜内に抱きつく。

糸よ、大きいなったなと、小柄な自分より遥かに長身の糸吉の背中をさする喜内

しかし弟の鯉平はそんな兄の体を引っ張って、甘いな、兄貴、何言うてんねん!それで何遍大阪へ帰らせられたことか!わしは絶対信用せえへんどと言い張るので、そやけど鯉平、お父っつぁんがあない言うてはるんやから…、夕まであそこで待っとこ、もういっぺんだけお父っつぁん信じよと糸吉は宥める。

それを聞いた喜内は、う〜ん、アッパレ、さすが我が子じゃ、武士に二言はない、必ず今夜は行くぞ!待ってろよ〜!と言いくるめ、屋敷に戻る。

屋敷内では、喜内め、この忙しい最中にどこに行きよったか、何から何までわしがせねばならんわとぼやいていた彦左衛門は、できた、できた三国一の花嫁じゃ!と渡り廊下で足を止め満面の笑顔になる。

太助の祝言の相手お仲(中原ひとみ)の花嫁衣装姿を見たからだった。

お仲の方も、彦左衛門に気づくと着替えを手伝った腰元たちと共に正坐して、お殿様…と感激するのだった。

それに対した彦左衛門は、太助の喜ぶ姿が目に見えるようじゃと笑顔になる。

ただいまと言いながら長屋に戻った太助はだったが、待ち構えていた長屋の連中や大家源兵衛(杉狂児)が、ただいまじゃないよ、婚礼に間に合うかよと焦り、女衆はその場で太助の着物を脱がせると、部屋で婚礼用の上下姿に着替えさせる。

太助を座らせた源兵衛は、最後に太助の鉢巻を取り上げ、どうじゃ、三国一の花婿じゃとみんなに言うと、太助は本当のこと言う!などとまぜっ返したので、また長屋の姉さん連中は笑う。

そこに、花嫁の行列が駿河台を出ましたぜという伝令がやってきたので、流石の太助も、いよいよきたかと呟くと緊張する。

夕方、橋を渡って、花嫁行列が近づいてくる。

金太たち魚河岸仲間は、長屋に先回りして出迎えようと出発する。

そんな中、助けてくれ〜!兄い!と叫びながら太助の部屋に駆け込んできたのは大原弦太(花房錦一)だった。

後から追いかけてきた中間らしき男が、その木端を出しやがれ!と凄んだので、部屋にいた源兵衛が、何事か知りませんが、もうすぐこのうちでは婚礼が始まりますのでと止めに入る。

しかし、その源兵衛を、うるせえ!と跳ね除けた中間の伴蔵(沢村宗之助)は、この男はお旗本でも指折りの神尾備前守の賭場で、事もあろうに無一文で博打を打ったふてえ野郎だ!さ、半殺しにしてやるから来い!といいながら弦太に飛びかかろうとしたので、それを太助が押し返す。

何するんでい!という伴蔵に、話せばわかるじゃないかと言いながら表まで出た太助は、お前さん、いくら賭けたんだよと弦太に聞き、22だよと聞くと、自分の巾着袋から金を取り出して伴蔵に手渡す。

しかし伴蔵は、チェッ、金を返しただけで済むと思うと間違いだぞ!着慣れない紋付着やがってのぼせるない!といってくる。

腕の一本もへし折るには、神代の中間の顔が潰れらあ!などとまでいうので、何を?と聞き返した太助は、期やがれ、唐変木と言いながら殴りかかってきた伴蔵たちを相手に喧嘩を始めるしかなかった。

ヤイヤイヤイ!気まぐれで紋付き着て悪かったな!この俺を誰だと思ってやがるんでい!神田駿河台天下のご意見番大久保彦左衛門様の一の子分、親分同様曲がったことはでえきれえだ!一心太助たあ俺のことで絵!と啖呵をきる太助。

その啖呵で驚いたのか、伴蔵たちの勢いが衰えたので、どうした?来ねえのか?と挑発する太助。

かかってこい、俺が相手になってやらあ!というと、本格的な喧嘩に突入する。

もう太助の紋付袴はボロボロになり、伴蔵との殴り居合いになる。

とうとう力尽きた伴蔵を無理やり立たせ、とどめの一発を殴り込んできた時、何も知らず駆けつけてきたのが金太たちだった。

ほうほうの体で逃げる伴蔵らを見た太助は、ざまあやがれ!というが、金太たちの様子を見て、なんだ、みんな慌てやがって?助太刀のいる相手じゃねえよと、逃げていった中間の方を指していうので、何いってるのかねえ、今花嫁のご到着だ、喧嘩なんかしている場合じゃねえでしょう?と金太が答え、大久保の殿様はじめとしてな、旗本八万騎の堂々の大行進だ!などというので、本当かおい、?と太助も驚くが、聞いていた伴蔵らも引き上げろ!と退散してしまう。

それを見た魚屋たちは、逃げやがったよと嘲笑い、兄貴、旗本八万騎は嘘!と金太がバラす。

それを聞いた太助は、脅かすな、馬鹿野郎!旗本八万騎なんかきたら、長屋、潰れちゃうじゃねえか!ああ、びっくりしたあと面食らったので、魚屋連中は大笑いする。

そんな太助に、すまねえと詫びてきたのは、ケンカの発端となった弦太だった。

いい加減にしたらどうです?兄さんに知られたら大変ですぜと太助は言い聞かせる。

だって、金が欲しかったんだ…と頭を下げたままつぶやく弦太に、だからよお、だからいつも俺に相談しなせっていっているじゃねえかと太助はいう。

大体ね、博打が良くないと説教し始めた太助を止めたのは源兵衛で、呑気なこと言ってる場合じゃないよ、そんな格好で結婚式ができるないと説教し、すぐに着替えさせようとする。

しかし、新しい着替えなどあるはずもなく、源兵衛が魚河岸の連中を引っぺがすんだなどと言い出したので、それを聞いた金太たちは怒り出し、源兵衛が着ていた紋付を脱がし始める。

そこに殿が着いたとの知らせが来たので、みんな慌てて表に飛び出す。

長屋の狭い通路脇に居並んだ長屋の連中を見た彦左衛門は、やあやあ長屋に魚河岸

の衆、出迎え大義!天下のご意見番大久保彦左衛門忠教、花嫁お仲の親代わりとして参ったと上機嫌で馬上から声をかける。

太助!太助!と彦左衛門が呼びかけると、へ〜い!と言いながら部屋から出てきたのはサラシと股引き姿の太助だった。

これには彦左衛門も輿に乗っていたお仲も唖然とする。

親分と笑顔で会釈した太助に、これ太助、一世一代の婚礼にその姿は何事じゃ?この彦左衛門が仲人を務めるに何か不服でもあるのか?と馬上から詰問する彦左衛門。

とんでもねえ、親分、あっしはね、親分にもらうのも裸一貫飾り気のねえところに来られたんだ、男一匹の晴れ姿はこれが一番でございますとしゃがんで太助は言い放つ。

それを聞いた彦左衛門、それもそうじゃ、偉い!と褒める。

一方、賭場に戻ってきた伴蔵たちは、高砂や〜などと歌い出した仲間に、やかましい!と怒鳴りつけ、魚屋に舐められてたまるか!と先ほどの屈辱を思い出しながらやけ酒を飲んでいた。

大久保の爺さんさえ現れなきゃ、あんな奴、バラバラにしてやったんだ!今度会ったら叩き殺してやるぞ!などと仲間達と悪態をついていた。

その時、賭場では、ありがてえ!お気の毒様、ついている時にはなんでこううまく行くんだろ、いっぺんでいいから負けてみたいねなどと調子に乗っている客の中間がいた。

虫の居所が悪かった伴蔵は、その男に掴み掛かりその場で殴りつけると、仲間も一斉に袋叩きにする。

そこに現れた当家の家人が、静かにしろ!もっとおとなしくやれと注意したので、流石に伴蔵たちもしゅんとなる。

今夜は南町奉行神尾備前守様がお見えになっておられるんだぞと家人はいう。

座敷で書状を読んでいた神尾備前守(進藤英太郎)は、おお、これは良い字じゃと感心していた。

この願書をご老中方に差し出せば、必ず丹波屋に魚河岸の取り締まりを命じられるのは必定、主膳、お前としては上出来だと褒める。

対座していた弟の神尾主膳(阿部九洲男)兄上、ぜひ一役買ってください。南町奉行を後ろ盾に持てば、我々も心強いのと隣に座っていた丹波屋重蔵(原健策)に話しかける。

なんと申しましても魚河岸は江戸の台所、伊佐場数、すなわち河岸の問屋株を当方が一定に扱いますれば、お二方様にもご不自由はさせませんと丹波屋は愛想笑いを浮かべ、これはほんの当座の…と言いながら、土産に持参した小判を差し出して見せる。

その頃、太助は婚礼の席で松前屋の酌をうけていた。

ま、景気良くやりなされ、いつもの太助らしくないぞとお銚子を差し出す松前屋に、すっかりしゃっちょこばった太助は、ええ、あの…足が‥というので、脇に座っていた彦左衛門は、ああそうかと笑い出し、気づかなかった、楽にせいと太助や客たちに足を崩すよう声をかけたので、ありがてえ!と太助は喜ぶ。

金太や源兵衛も一斉に足を崩し、結局出席した魚屋や長屋の連中全員が足を崩したので、お仲は思わず吹き出してしまう。

客たちが帰った後、彦左衛門からもらった「一心如鏡」と揮毫された掛け軸を前に、太助とお仲はそれを見つめていた。

一心鏡の如し…、良い親分だな〜と太助は改めて尊敬し、私たち、お殿様のおかげねとお腹も感謝する。

お仲と太助が呼びかけると、あなたとお仲が答えたので、あなたか…、なんか他人が呼んでるみてえだなと太助がいうので、じゃあやっぱり、太助さん!とお仲が呼ぶと、あいよ!と太助は返事をする。

立ち上がったお仲は笑顔で、私もその方が好きという。

思い出すな〜、駿河台のお屋敷で、おめえが腰元、俺が中間だ、いろんなことがあったなと太助が縁側に座って夜空を見ながらいうと、私がお家の大切なお皿を割った咎で、あわやお手打ちという時、あん時、俺、カーッとなっちゃってな、人の命と皿とどっちが大事かって、親分怒鳴っちゃってよ、双肌脱いで刺青かなんか見せちゃってよと太助が思い出すと、私、あんな嬉しいことなかったわと言ってお腹は寄り添ってくる。

あの時の一心鏡の如し…、私の頭に焼きついて離れないのとお仲はいうので、これから二人とも、一心鏡の如しでいこうなと太助は答える。

太助さん、あいよ…とまた互いに呼び合っていると、いい加減にしろ!それが侍の家に生まれたもののすることか!と怒鳴りつける声が聞こえる。

それは、同じ長屋に住む大原弦太の兄、大原伊十郎(徳大寺伸)の声だった。

不貞腐れて寝転んだ弦太に近寄った伊十郎は、お前のなすことすること、みなこの兄の仕官の邪魔ばかりではないかと叱る。

それでも弦太は背を向けたままなので、おい、なぜ黙ってるんだ!何が不服なんだ!と怒鳴ると、俺は俺で好きなことするんだい!ほっといてくれ!と弦太は起き上がって、部屋を出ていく。

おのれ、待て!と後を追いかけ、長屋の外で弦太を捕まえた伊十郎は、太助の部屋の前で弦太を殴りはじめる。

挙げ句の果てに太助の部屋の戸口を壊し倒れ込んできたので、驚いた太助が伊十郎を止めに入る。

太助の言葉でなんとか落ち着いた伊十郎は、いや、お恥ずかしい…というと自分の部屋に戻っていく。

太助の部屋の衝立に隠れていた弦太が突然泣き出したので、お仲は呆然とし、太助も俺の方が泣きたいよと頭をかきながら弦太に近づく。

博打なんかする弦太さんの方が悪いよ、あんな固い兄にどうしてお前みたいなのがいるんだろうな?と太助は不思議がる。

兄貴なんかバカだい、毎日毎日コ⚪︎キみたいに侍屋敷を回って…、今更おいそれと仕官なんてできるかい!と泣きながら弦太はいう。

兄貴は苦労してるんだよと太助は言い聞かせるが、金さえあればなんでも買えるじゃねえかよ、俺はもっと楽しく生きた方が良いんだよと弦太は答える。

しょうがねえなあ、だけど博打だけは辞めた方が良いなと言い聞かせるた太助は、でもあんなに怒ってちゃ…、今晩はオレんちに泊まんなと弦太に声をかける。

しかし、一瞬、今夜はお仲との初夜だと気づき、頭痛いな〜とぼやいた太助だったが、その時、偉い!と開いたままの戸口から声をかけてきたのは笹尾喜内だった。

さすがは太助だ、新婚早々人の面倒を見る、実に見上げたる志、まことに男の中の男一匹だ!お仲さんも太助に劣らない女傑じゃと褒めながら部屋に入る喜内に、太助とお仲は唖然とする。

立派じゃ〜!と褒めちぎった喜内がちょっとここへ来いと呼び、外から入ってきたのは、糸吉、鯉平兄弟だった。

今晩は、笹尾家の長男糸吉です、同じく次男の鯉平ですと挨拶した二人は、故あって当分こちらでお世話になりますといい、最後は喜内と三人で、なにぶん良しなによろしゅう!と声を揃えて頭を下げてきたので、太助とお仲は固まってしまう。

翌朝、魚河岸に出かける太助は、ひどい寝言だったな、飛んだ迷惑なのが飛び込んできやがったなと伸びをしながらぼやいてみせると、でもな、今日中に話つけて帰って来るからな、我慢して待ってろよと見送るお仲に告げる。

ねえ、私も一緒に行っちゃいけない?とお仲がいうので、魚河岸は女が来るところじゃねえよと太助は教え、行って来るぜと天秤棒を肩にでかける。

お仲も、気をつけてねと見送るが、家の中に入ると、弦太、糸吉、鯉平の3人が互いに抱きつくようにまだ寝ていたので、がっかりする。

江戸城では、神尾備前守が持参した願書を読み上げていた。

「恐れながら、当魚河岸より春秋二期に分け、冥加金二千両を献上いたし仕れば、何卒魚河岸取締の任は丹波屋重蔵一手に仰せくだされたく候

右、謹みてお願いあげ奉ります

文永16年12月8日 丹波屋重蔵」

丹波屋寄りの願書、以上でございますと備前守が読み上げると、

これを老中たちと聞いた聞いた松平伊豆守(山形勲)は、なるほど…、しからば例によって各々方のご存念を伺いたいと応じる。

春秋2千両とはなかなか大きいではござらぬかと原伊予守(加賀邦男)が発言し、近頃まことに奇特なる願い出、商人共の範として、この願書を取り上げてはいかがと存ずると阿部豊後守(小柴幹二)がいう。

うん、よかろう、さすればこれに倣って冥加金を献上する商人が多かろうと存ずると京極左京亮(高松錦之助)も賛同する。

それを聞いていた備前守は、御老中に申し上げます、丹波屋重蔵なる者、魚河岸仲間はもとより魚屋にも信頼が厚く、まことに商人の鏡ともいうべき人物、何卒この願い入れお聞き入れくださるよう…と付け加えるが、その時、待たれい!と伊豆守が制止する。

この伊豆、異論がござると言い出した伊豆守は、伊予殿が申される通り、年々2千両の莫大な献上金を丹波屋はどこから捻出するのでござるか?と疑問を呈する。

これは伊豆殿の言葉とも思われぬ、魚河岸の儲けに決まっておるではござらぬかと伊予守は答えるが、魚屋が儲けるには魚の値上げということになりますな?と伊豆は言う。

いかにも!と伊予守が答えると、その値上げが大事を招くと伊豆守は指摘する。

およそ魚河岸は江戸の台所、もし魚が出上がりとなれば、釣り合い上、他の物価も値上がりになるは必定、しかも一度鰻登りの様相を示せば停止するところを知らず、さすれば、万民困窮の世となるは火を見るより明らかと存ずると伊豆守は喝破する。

これには備前守も狼狽する。

右の事態を案ずる故、伊豆守、この願い出は断固として反対でござると言い出したので、備前守は恐れながら御老中!それはあまりにも極論と存じますると発言する。

その時、黙らっしゃいと声をかけた主を見た伊豆守は、これはご老人と気づく。

これは伊豆殿、お見事、お見事と言いながら部屋に入ってきたのは大久保彦左衛門だった。

備前殿、極言とは何事?と言いながら、備前守の側に座った彦左衛門は、伊豆殿の説はいちいちもっともで常識でござると、その常識を極言と言らるるは貴殿何かこの願い書に尊徳ずくでもござってのことか?と言うので、これはご老人、損得ずくとは何事!冥加金の献上は美徳だと思えるがゆえ参上仕った次第と備前守は気色ばむ。

美徳?それならば結構と彦左衛門は応じ、伊豆殿、お受けなされと言い添える。

これには備前守も一瞬相好を崩すが、ただし、魚河岸を丹波屋一人で仕切ると言うのは美徳とは全然無関係のことゆえ、その件だけはお断りしてなと彦左衛門が続けたので、伊豆守は承知したと言うような表情になる。

逆に備前守は表情が曇るが、その横でこう笑した彦左衛門は、どれ、上様にお目にかかるとしようかといって立ち上がる。

富士山麓で馬を走らせていた家光(中村錦之助-二役)と共に馬に乗っていた側近が、何か急使でございますと伝えると、爺じゃと家光は答える。

近づいてきた馬から降り立ったのは笑顔の彦左衛門だった。

いかがいたした?天下の一大事か?と馬上の家光が揶揄うように聞くと、まさしく天下の一大事!徳川三代を務められる征夷大将軍、先ごろとんと物忘れが多く、彦左心配のあまり、取るものもとりあえず馳せ参じましたと彦左衛門はいう。

何のことじゃ?と家光が聞くと、そもそもこの彦左衛門、16歳の初陣、鳶ノ巣文字山の合戦以来、神君家康公、二代秀忠公、三代上様に仕えて、その間星霜六十余年…、未だかつて将軍家お供のなかったこと一度もござらなんだ。しかるに本日の御遠乗り、この彦左衛門を置いてけぼりとは何事?と彦左衛門が聞くので、あいわかった、もうそこに来ておるではないか、改めて、爺、本日の共を命じるぞと家光が答えると彦左衛門は満面の笑みになる。

爺、続け!というなり家光は再び馬を走らせ、素早く乗馬した彦左衛門も最後尾につける。

家光の馬と並んで並足になった時、裸の婚礼とは太助らしいのと、彦左衛門から話を聞いた家光は面白がる。

いよいよ太助も一人前になりましたと彦左衛門も愉快そうに伝える。

爺、寂しいのう?と家光が慰めると、いやこれで爺も肩の荷がおりましたと彦左衛門は笑う。

しかし家光は、肩の荷を下ろす暇などないぞ、措置には家光というわんぱく者がおるではないかといって、互いに笑い合うのだった。

一方、太助は駿河台の彦左衛門の屋敷に魚を運んできていた。

門前で待ち受けていた喜内が、ちょうど良いところに来た、今、ちょっと心配になっとるでお前の長屋に行くところじゃと太助に話しかける。

ありがてえ、じゃ、あの居候を引き取ってくれるんで?さすが大久保家の御用人、歳をとっている分、察しがいいや、今日から水入らず、ありがてえ、ありがてえと太助が頭を下げると、それを言われると、わしゃ辛いんだよと喜内は気まずそうになる。

実はさっき2人の追加をお前の長屋に送ったんじゃよと喜内がいうので、何を!と太助は驚いて、担いでいた天秤棒を下ろしてしまう。

そして、この野郎!ぶっ飛ばされるぞこの野郎!何人隠し子持ってるんだ、もう我慢できねえぞ!と言いながら、喜内の襟を締め上げる。

待て待て!これは系統が違うんだよ、お仲の友達のお恵とお光の両名がはるばる江戸見物にやってきおったんじゃよと喜内は言い訳するので、太助はええ!と驚く。

お恵(丘さとみ)とお光(月笛好子)は江戸の寺に詣っていたが、あまりの人の多さに驚いていた。

あれ見ろ、お光、あれがこの世の女だべか?とお恵は声をかける。

んだ、まるで天人だとお光も驚いて見たのは芸者衆だった。

あれが芸者だべ、なんとかしてあんなになりてえもんだべとおがいうので、無理だべとお光が即答するが、何こくだ、江戸まで出てきて負けちゃダメだよ、東北人のなおれじゃないかよ!とお光と口論するが、そこに、ちょいと姉さん、そんなに芸者になりたいかい?と声をかけたのは弦太だった。

お恵はなりてえともよと即答し、お光もあんな綺麗な着物着てみてえと同意し、一度でええからあんな格好して江戸の真ん中さ歩いてみてえよとお恵がいうので、わけねえよ、俺と一緒に来たらすぐなれらあと弦太は誘う。

それを聞いたお恵は、生かすわね、あんた!と弦太に抱きつき、本当かよ、兄ちゃんとお光もいうので、まかしとけと弦太は安請け合いする。

その頃太助は、南町奉行所の門番たちから、いい加減にしろ!人別帳にはこのようなもの載っておらんというのに!と言われ、追い返されている坊さんを見つけ、おいおいおい、お役人さん、もう少し親切にしてやれよと文句を言う。

すると門番(片岡半蔵)は棒で打ち据えようとしたので、わかりました!と坊さんの正覚(三島雅夫)が止めに入る。

門番たちがぶつぶつ文句を言いながら屋敷に戻って行ったので、坊さん、一体どうなさったんだよと太助が聞くと、はい、御家督を弟様に譲ることになられたご主人様を探しておるのでございますと正覚は教える。

ふ〜ん、弟に家督をね…、よくあるこった、だが弟がいればいいじゃねえかと太助がいうと、その弟様が亡くなられましたと正覚は言う。

ご主人がおられなければ大事なお家が潰れてしまいます、ちょうど今年で30年…、確か江戸に…と正覚が言うので、30年!ひゃ〜、そりゃダメだわ、俺は生まれていねえよと太助は言う。

それを聞いた正覚は、ごもっともで、お手を止めました…と笑いながら頭を下げる。

気をつけて行きなさいよと正覚を見送った太助は、木の長い野郎だなと呆れるが、そのとき、奉行所に入る神尾主膳と丹波屋重蔵らの姿を見かける。

その後、弟と丹波屋を屋敷に迎え入れた備前守は、彦左のために散々のていたらく!せっかくの策も無に着した、なれど、わしは諦めんぞと憤慨していた。

それを聞いた丹波屋は、ありがとうございます、お殿様方さえいてくだされば大船にも乗ったの同然の丹波屋でございますと遜る。

して兄上、これからどうする?と主膳が聞くと、寄れと備前守は二人に声をかけ、何事かを話し始める。

一方、弦太は馴染みの酒屋に来ると、おくま婆さん!婆さん!と裏手に向かって声をかけていた。

うるさいな、景気の良い声出しやがって、どうしたんだい?と出てきたおくま(金剛麗子)は、ちょいと聞いてくれよ、実は昨夜とんでもねえドジを踏んじまってよ、神尾の中間衆がお冠なんだよ、大きな顔して開けもしねえんだよ、なんとか取りなしてくれという元太の頼みを聞く。

またやらかしたのかいと呆れたおくまだったが、取りなせって、そうただで取りなせるかよとおくまがいうと、わかってるよ、皆まで言うねい!いいからちょっと見て見なと言いながら、店に待たせていたお恵とお光を指さす。

そこに壺を振る手振りをしながら「婆あ!もう始めてるか?」とやってきたのが伴蔵ら神尾家の中間仲間達だった。

もう来やがった、婆さん頼むぜと元太が言うので、任しときなと答えたおくまは店に出る。

その頃、長屋に戻った太助は、お仲からお恵とお光がまだ来てないことを聞き、おかしいじゃねえかと答えていた。

しょうがないわね、どこでほっつき歩いてるんだろうとお仲も案じ、二人ともガキじゃあるめえしと太助も困惑する。

お光坊はともかく、お恵ちゃんは私よりしっかりしてるのよ、だいたい今頃来なくても良いのに、これ以上増えたらどうなるのと、部屋の外でお仲がこぼすので、それを聞いていた糸吉は、こらあかん、おい、えらいこちゃ!寝てる場合かいな、起きんかいな!と弟の鯉平を起こすと、わかってる、客が増えるんやろ?と鯉平が言うので、うん2人やで、合わせて6人や、家の中、一杯やがなと糸吉は案ずる。

な、お父っつぁんのことは諦め、大阪にいのやと糸吉が提案すると、兄貴、なんちゅう気の弱いこと言うんやな、そんなことやからいつまでも隠し子の待遇から出られへんのやと鯉平は反論する。

そやけどこのうちにもおられんやないかという糸吉の襟を掴んだ鯉平は、兄貴、大阪を出てくる時の勇気はどないしたんや!今度こそ必ず笹尾喜内の息子の権利を獲得しようと誓うてたやないか、認めてもらうまでこのうち出たらあかん!と主張する。

その時、おい居候、来い、来い、来いと入口から太助が呼び、知り合い探しに行くんだ、手貸しなと言うので、へ!と答え、2人も外に飛び出してゆく。

おくまの店では、土下座した元太が、伴蔵から、よし女連れてこいと言われ、へいと言いながら、お恵とお光に、お望み通り芸者になれるぜ、言ってみなと、店内にいた2人に声をかけに行く。

本当け?とお恵はノリ気になるが、お光が、お仲さんに一言言ってからにすっぺと言ったので、そうすっぺとお恵も頷く。

この話、お仲さんが聞いたら、なんぼか羨ましいかなどとお恵がいうので、お仲さん?誰だいそいつはと、そばで話を聞いていた弦太は尋ねる。

おめえ、お仲さん、知らねえだか?とお恵は驚き、一心太助さんの恋女房じゃねえかよと教え、お光も、おめえいつから江戸にいる?と弦太を怪しむ。

それを聞いた弦太は、いけねえ!と自分のミスに気づくと店の外に逃げ出したので、お恵とお光も後を追うが、伴蔵たちも、逃げやがったと気づき、店の外に出たお恵とお光を捕まえる。

太助は糸吉と鯉平を連れて寺前の人混みにやってくるが、そこにやってきた弦太が、太助兄い、大変と近づいてきたので、また何かやったのか?と助けが聞くと、とんでもねえ、兄貴のところの来た田舎者が…、じゃねえや、お客さんが大変なんだよと説明したので、なんだって!と太助は驚く。

弦太に連れられ、酒屋にやって来た太助は、伴蔵たちに奥に連れ込まれかけていたお恵とお光を見つける。

お恵とお光も、太助さんだ!助けに来てくれたんだ!と喜ぶ。

太助はお仲の友達っておめえらか?と二人を見て戸惑うが、とんでもねえことになってるだよとお恵らはいう。

やかましい!と伴蔵は娘たちを黙らそうとするが、それを見た太助は、おめえってやつは…,その娘さんたちはな、俺の知り合いなんだ、連れて帰らせてくれよと説明する。

しかし伴蔵は、そんな甘え口に乗れるか!というので、おい、昨日は着慣れねえ紋付き着てやったんだ、話がわからなきゃわかるようにしてやろうじゃないかと太助も言い返す。

何を!と伴蔵も興奮し、中間たちは店の中で太助に飛びかかってゆく。

太助は店の中で大暴れ始めるが、糸吉と鯉平も加勢の真似事をしようとする。

その間にお恵とお光は裏口から連れ去られようとする。

洗濯物がたくさん干してある裏手に来た伴蔵たち一味と太助は洗濯物を落としながら暴れ回る。

糸吉と鯉平は、洗濯物の中に身を潜めてやり過ごそうとする。

中間たちも、洗濯物に埋もれた仲間を殴ったりして混乱する一方。

やがて太助の姿が見えなくなったと、お恵とお光を連れ去ろうとした伴蔵だったが、選択した着物の中に隠れていた太助が棒で殴りつける。

さしもの伴蔵も諦めて、引き上げろ!と仲間達に呼びかけ、一目散に逃げ去る。

地面に散らばった洗濯物の下から、お恵とお光、糸吉と鯉平らがおずおずと顔をだす。

なんとまあ、すんばらしい男だべ、お仲さんは幸せなこったとお恵は太助を見惚れ、惚れ惚れするだよなどとお光と共に言いながら、お世話になりますけんど、どうぞよろしくお願いしますと挨拶するので、どうなってるの一体?と太助は呆れる。

そこに駆けつけて来たのが弦太で、兄貴〜、良かったですね、兄貴のおかげですよなどと、太助に愛想笑いで話しかけるが、この人だ!芸者にしてやるっつうだ、こいつが元っこだ!とお恵とお光が気づいたので、太助は愕然とする。

ばれた〜と観念した弦太は、太助兄い、すみませんと頭を下げるが、この野郎と胸ぐらを掴んだ太助が突き馬したので、また弦太は泣き始める。

久々に屋敷にやって来た太助から、ここ数日間の騒動を知った彦左衛門は、新婚早々の珍騒動じゃなと笑う。

いや〜、あっしも参りましたよと太助も苦笑する。

よし、その元太という若者をわしのところへ連れてこい、性根を叩き直してやると彦左衛門が言い出すが、たすけはそいつはお断りだと真顔で答えたので、何?断る?と彦左衛門は戸惑う。

ええ、あっしも親分のおかげで女房もらって一人前になったんだ、何でもかんでも親分のところに持ち込むわけにはいきませんよと太助がいうと、お前もだいぶん、一人前になったなと彦左衛門は感心する。

そりゃあっしはね、男の中の男一匹ですぜと太助がいうと、馬鹿者!すぐ調子に乗りおって!と彦左はまた笑う。

その頃、そんなこと言わずに、なんとか仕官の儀、お願いいたしますと神尾主膳に縋り付いて頼んでいたのは大原伊十郎だった。

うるさい、幾度言っても同じことだ、帰れ!放せ!と主膳は伊十郎を足蹴にする。

こいつを摘み出せと主膳から命じられた鮫島三太夫(中村時之)は、伊十郎を中間たちと掴み上げると、毎日、毎日、しつこい奴だなと文句を言い、追い出してしまう。

太助の家では、お腹が縫った着物を見たお恵とお光が感心していた。

おらの大事な大事な太助さんのだもんとお仲がのろけると、あれ?国さいるとき、みんなあたいが縫ってやったやないか、なお光?と聞くと、んだ、んだとお光も言うので、うん!とお仲は拗ねる。

最もな、太助さんのようなええ男なら、おら、より腕も縫ってやるべなどとおけいが言い出したので、お仲はまあ!と呆れて、みんなで笑い合う。

そこへ太助が帰ってくる。

お仲、お恵、お光の3人揃って出迎え、遅かったでねえか、お殿様のご機嫌良かったべか?とお仲が珍しく方言を使ったので、んだ、んだ、もううつってやがると太助は揶揄う。

そんな太助が入り口を閉めようとふと表を見たとき、身体中傷だらけで頭から血を流している伊十郎は帰って来たので固まってしまう。

異変に気づき、お仲、お恵、お光も入り口から表を見て驚き、源兵衛ら長屋の住民たちも伊十郎に気づく。

長屋の住民たちの視線を感じたのか、居た堪れなくなった伊十郎は自分の部屋に飛び込む。

気になった太助が伊十郎の部屋に入り込んで奥を見ると、伊十郎が切腹しかけていたので慌てて止めに入る。

死なせてくれと助けを追い払おうとするので、死んで何になるんだよと太助は何度も伊十郎の邪魔をする。

小刀を放り投げ、いい加減にしねえか!と伊十郎の体も突き放すと、流石に伊十郎も切腹を諦めたようなので、一体どうしたんだよと太助はわけを聞く。

俺のように不甲斐ない男はない…と伊十郎は自虐的なことを言い出す。

コ⚪︎キのような己の姿につくづく愛想が尽きた。せめてこの上は役人の株を買ってでも仕官したいと思ったが、だが食うに困る毎日、そのような金があろうはずもなく…。所詮わしのようなものはこの世にはいられないのだ…と伊十郎は打ち明ける。

太助との、頼む!死なせてくれと頭を下げる伊十郎に、冗談言っちゃいけねえよ!そうやすやす死なてたまるかい、大体ね、おめえさんの考えが暗すぎるよ、もっとバッババ~と明るく考えるんだよと太助は言い聞かせる。

な、俺なんかそうだぜ、ま、俺なんか馬鹿だからよ、かえってそんな考えなのかも知れねえけど、その方が楽だよ、な、大原さん、大原さん、弟の弦太さん見習いなよ、な!と太助がいうと、弦太…と伊十郎は思い出す。

わしが死んだ後、あの厄介者のことよろしくお願いしますと伊十郎が頭を下げて頼むので、まだ言ってやがらぁと太助は呆れ返る。

大原さん、弦太さんのこともね、お前さんのこともね、このあっしに任せてくだせい、お願いだ、任してくだせいと助けが言い出したので、伊十郎はタスケの顔を凝視したので、わかってくれましたか?と太助は確認すると、急に笑い出し、嬉しいな〜と喜ぶ。

そのとき急に伊十郎の頭の出血に気づいた太助は、どこで怪我したんだよ、痛くねえかな?大丈夫ですか?などといながら手拭いで拭いてやる。

そして、景気良く酒でも飲みましょうと太助は言い出し、取ってくらあというと、さりげなく、伊十郎の大小を持って外に出る。

するとそこに弦太が立っており、兄貴〜とまた泣くので、なんだ、おめえまでメソメソすることねえじゃないかと太助がいうと、兄貴〜と言いながら弦太は太助に抱きつく。

翌日の魚河岸、太助から相談を受けた松前屋は、よし決めたと手を打ち、他ならぬ太助さんのこっちゃ、仕官の金なら用立てましょうというので、ありがてえ、おかげであの兄弟も助かりまさあ、親方恩に着ます、ありがとうございましたと太助は礼を言う。

ところで助けさん、お仲さんとの仲はうまくいってますかい?と松前屋が聞くので、それが親方、仲が良いもクソもないんですよと太助は答える。

次から次へととんでもねえのが飛び込んできやがって、婚礼の晩からあっしのうちは宿屋ですよ、宿屋!と太助は愚痴る。

おお、それは可哀想と松前屋は言うが、そこに声をかけて来たのが、丹波屋と神尾家の用人たちと伴蔵たち中間一行だった。

昨夜はご馳走になって…と松前屋が礼を言いながら近づくと、そんなことより、昨夜の返事をはっきり聞かせてもらおうと思ってなと丹波屋はいう。

それを聞いた松前屋は、え?まだそんなこと言ってるんですかい?きっぱりお断りしたはずだが?と驚く。

それを聞いた丹波屋は、何を!といきりたち、神尾家の用人たちも返事次第ではタダでは済まんぞと凄むので、それを聞いた太助は注視し、おいおい、穏やかじゃねえこと言ってくれてるじゃねえかと言いながら、松前屋の隣に戻ってくると、親方どうしたんです?と聞く。

この丹波屋さんがな、魚河岸の公金を横流ししろとおっしゃるんだと松前屋が言うので、とんでもねえ野郎だなと太助は考え込む。

すると丹波屋が、やかましい!おめえなんかが出る幕じゃねえ!と言い返し、松前屋、この丹波屋の後にはな、旗本神尾主膳様が控えておられるんだ!見損なって吠え面かくなと脅す。

あ?大久保の殿様だっているんだぜと太助が言い返すと、丹波屋たちん顔色が変わる。

松前やも、おい丹波屋、魚河岸は江戸の台所なんだぜ、それを預かる松前屋が、おめえら悪党に勝手にさせてたまるかい!と啖呵を切ったので、丹波屋は怒り心頭に達し、やっちまえと命じる。

しかし太助は、何やってるんだ、河岸の若いのは気が短えんだ、やめとけというが、神尾の用人や中間は聞く耳を持たずかかってくる。

松前屋も羽織を脱いで応戦し、その強さに海にハマった太助も驚く。

魚河岸に駆けつけた魚屋が、東で松前屋の親方が侍に囲まれ大変なんだ!と仲間の魚屋たちに告げ、それを聞いた金太ら魚屋たちが一斉に海辺へと向かう。

それに気づいた丹波屋は、引き上げろ!と叫び、中間や用人たちは慌てて逃げ出す。

集まった魚屋たちに、松前屋は太助さんの働きのおかげだよと言い、太助は、とんでもねえ、親方すげえよ、親方の腕前見せたかったよと互いに褒める。

ところで兄貴、今の奴ら一体何なんで?と金太が太助に聞くと、それが河岸の一大事なんだよ、丹波屋が旗本の神尾の手を借りて親方を脅迫に来やがったと助けが説明したので、え?それじゃ、丹波屋のやつがこの魚河岸を乗っ取ろうってのか?と金太ら魚屋連中は驚く。

あの様子じゃ済まねえぜ、きっと仕返しにきやがるぜ!そうだ、そうだ!と魚屋連中は騒ぎ出す。

太助は、こいつは天下の一大事だ!親分のところへ行ってくるぜ!というと、濡れて絞ったばかりの法被を再び着込むと、駿河台の彦左衛門の屋敷に走り込む。

出迎えた喜内は、捨てられた子のことは言わんでくれよと頼むが、それどころじゃねえやと無視して、庭先にいた彦左衛門に出会った助けは、親分!天下の一大事だ!と告げる。

もう夫婦喧嘩の始まりかと彦左衛門は察したように言うが、おっと待ってください、そんなちっぽけなやつじゃないんだ、魚河岸が大変なんですよと太助は訴える。

何?魚河岸が?と彦左衛門が答えると、へい、天下の一大事!さ、御出馬!御出馬!と助けが煽るので、馬鹿者!何が何だかさっぱりわからん、落ち着いて話せと彦左衛門は叱る。

まあまあ、落ち着いておくんなさい、親分、こう言うわけなんだ…と太助の方も説明し出す。

その頃、報告を受けた神尾主膳は、ええい、不甲斐ない連中ばかりだ!もう我慢ならん、この上はワシが出馬して松前屋の奴、豊田に沈めるわ!丹波屋!と言い出す。

それを庭先で聞いた丹波屋は、何卒お願いいたしまと頭を下げ、その方は残って吉報を待てと主膳は命じる。

一方、助けの話を聞き終えた彦左衛門も、よし!馬を引け!と命じる。

ありがてえ、そうこなくっちゃ話にならねえ、御出馬だ、御出馬だ!と走り出す。

修禅は用人達を連れ馬を走らせ、彦左衛門も太助を共に馬を走らせる。

魚河岸でも、大変だ!神尾のやつが乗り込んでくるぜ!と言う知らせが金太達魚屋に伝わる。

さらに大久保の殿様が太助兄い連れてこっちへ乗り込むぞ!と言う知らせも届いたので魚屋達の表情が輝き、喜んだ金太は、しめた!それ行け〜と掛け声をかけ、魚屋達は一斉に走り出す。

橋の袂まできた主膳は、そこに太助を控えた彦左衛門が馬上出待ちか、あえており、主膳殿、血相を変えてどうなされた?と問いかけられたので面食らう。

これはご老人、いつもながら矍鑠たるご様子、執着至極、拙者先を急ぎますればこれにて御免と会釈をするが、待たれい!慌てふためいてどこに行かれる?と彦左衛門が制止する。

拙者家来、本日魚河岸において魚屋共に辱めを受け、主人たるそれがし黙ってはおれません、よってこれより魚河岸に向かい、松前屋を究明する所存と主膳がいうので、何と言われる?この太助の話では今朝方の諍いは丹波屋が相手と聞きしに、その手先を務めしは貴殿の家臣でござったかと彦左衛門はいう。

いかにもと主膳が答えると、しかとさようか?と彦左衛門は念を押す。

これは念のいったこと、それがしの家来に間違いござらんと主膳が答えると、黙らっしゃい!旗本の家臣が一承認の手先になるなど、いまだかつて聞いたことも見たこともないわと彦左衛門は言い切る。

そもそも旗本とは東照神君以来譜代の家臣、一朝ことある時は直ちに馳せ参じる急場の家柄、その旗本の本分を何と心得る?と彦左衛門は問う。

この上、丹波屋の家臣を貴殿の家臣と言い張るなら、このご意見番大久保彦左衛門忠徳教、その分には捨て置かぬぞと叱りつける。

これを聞いては主膳も何も答えることはできなかった。

そこに魚屋連中がかけ参じ、太助と共に、ありがとうございましたと馬上の彦左衛門に礼を言うのだった。

その話を聞いた家光も愉快そうに笑う。

爺、久々の武勇伝、溜飲が下がったであろうと家光がいうと、治に居て乱を忘れず、旗本の気風を履き違えたる横着者には良い薬でござりまするなと彦左衛門も笑う。

慣れど爺、元気に任せて無理を致す出ないぞ、うん?余は爺に長生きをしてもらいたいのだと家光は言い聞かせる。

先ごろの遠乗りのともにそちを加えなかったのもわかるであろうと家光がいうと、若子、何をおっしゃいます、爺はまだまだ死にませぬぞ、若子とともにどこまでも歩き続けますのじゃと彦左衛門は答える。

爺、爺!良くぞ申した、そちが余の元にいてくれる限り、天下は万々歳じゃ、のう爺…と家光がいたわるので、彦左衛門の表情が変わり、御もったいないと頭を下げる。

御免!と言い、対座しようとした彦左衛門に、どこへ行くのじゃ、もっと話していけば良いではないかと家光は聞くが、只今のありがたきお言葉、伊豆殿に一刻も早く聞かしとうござれば…、御免!と彦左衛門は答え引き下がる。

そんな彦左衛門の後ろ姿を見ながら、せっかちな爺じゃと家光は微笑むのだった。

伊豆守の家を辞去する彦左衛門に、御老人、本日の御使者、伊豆、生涯忘れえぬ感激にございますと礼を言う。

伊豆殿、若子はいつの間にあのように御成長なされたか…、それに名宰相の貴殿がお側におれば、もはや天下は安泰でござる、あ〜あ、こんな嬉しい夜はない、御免と言い残し帰ろうとするので、ご老人、お駕籠をと伊豆守は勧めるが、いや、ワシはちょっと寄るところがあっての…と言い、彦左衛門は歩いて帰る。

太助の家では、魚河岸は安泰、大原さんの士官は決定!こんな嬉しいことはないや、明日かられっきとした南町奉行の同心!大原伊十郎様おめでとうございますと太助が、大原兄弟を招いてささやかな祝宴を開いているところだった。

かたじけない、これも皆太助殿のおかげだ、この御恩、死んでも忘れませんぞ…、その上弦太まで…と伊十郎は礼を言う。

そんな水臭いことは言いこなしだ、弦太さんはね、あっしの弟だと思っていますんでと言いながら、太助は酒を注いでやる。

小原さん、大船に乗ったつもりでいてくださいよ、弦太さんに太助さんがダメならはこの大家がついていますからねなどと源兵衛が口を挟んだので、チェッ、一番頼りねえやと弦太は言い返す。

みんな、景気良くやった、やった!と招いていた客達に声をかける太助だったが、そんな中、糸吉と鯉平はお恵とお光に酒を勧める。

ちょっと驚いた二人だったが、遠慮せんでもよろしがなという鯉平だったが、遠慮なんかしねえよと答えたお恵とお光が差し出したのはお猪口ではなくて丼だった。

糸吉と鯉平は大丈でっか?などと半信半疑な気分で、それぞれの丼に並々と酒を注いでやる。

お恵とお光はそれを水でも飲むように飲み干してしまう。

ああ美味かった…、久しぶりに酒を飲んでいい気持ちだべ…とおけいは満足そうにいう。

んだと頷いたお光に、国さ歌でも歌うべかとお恵が誘い、2人は丼を箸で叩き始めると、会津磐梯山の歌に合わせてお恵が踊り始める。

これにはお仲も太助も愉快そうになり、外に来ていた彦左衛門も、長屋の明るい雰囲気と、一緒に踊り始めた太助とお仲の仲睦まじそうな姿を見て満足げに笑うと、そのまま帰ってゆくだった。

夜中、寝相の悪い糸吉の足が覆い被さってきたので目覚めた太助は、同じように寝言を言っていたお恵から身体を押されて玄関先に落ちて目覚めたお仲に気づく。

そんなお仲を助け上げ、互いに見つめ合うが、居候が多すぎるので外に二人で出た太助は暗闇の中でお仲を抱く。

初めて二人になったわねというお仲に、一緒になってからあいつらがきたんでねと助けも苦笑する。

私、友達が二人も押しかけて、太助さんにすまなくて…とお仲がいうので、何言ってやがんでえ、俺たちは夫婦なんだぜ、すむもすまないもありゃしねえやな、おめえの友達だよ、よくしてやんなよと太助は言い聞かす。

お仲は、太助さんっていい人ねと我がことのように喜ぶ。

振り返った太助は、俺はな、これからおめえがいてくれたら何でもできるぜ、本当だぜ、それから松前屋さんの借金のこと堪忍してくれというんで、あら、そのために大原さんがお侍になれたんじゃない、でもね、どうして大久保のお殿様のところに行かなかったの?とお仲が聞くので、馬鹿野郎、かみさんもらって早々親分に心配かけられやしねえじゃねえかと太助は答える。

本当ね、ね太助さん、私ね、お殿様に綿入れの袖なし作ろうと思ってとお仲が提案すると、そいつは良いや、親分喜ぶぜ…と太助も喜び、寒くねえか?と聞きながら、自分が着ていた半纏をお仲に着せるのだった。

ああ…良い春夜だわ…と呟いたお仲は、このまま朝が来なければ良いのにね、二人っきりでいつまでもいつまでもこうしていたいというので、太助はそっとその肩を抱いてやる。

ねえ、この河岸このまま朝になったら太助さんはどうなってるの?とお仲が聞くと、そこらあたり、人と魚でメチャクチャになっちゃう、すげえぞと言い出した太助は、朝の魚河岸に行く自分の様子を再現してみせる。

お仲も調子を合わせ、魚屋の真似をしてみたりして、互いに笑い合う。

そこに兄貴、大変だ~と言いながら駆け込んできたのが弦太で、同士擦った?と太助が聞くと、大久保の殿様が倒れなすったそうだというではないか。

何!と驚愕する太助とお仲。

駿河台の大久保の屋敷では、彦左衛門が布団に寝ており、その周囲に伊豆守をはじめとする用人達が集まっていた。

布団の脇で見舞う太助とお仲。

伊豆殿…と彦左衛門が語りかける。

ご老人!と伊豆守が答えると、若子を…、若子のことを頼みましたぞと彦左衛門は語りかける。

ご老人!と語りかける伊豆守に、名将軍になられるよう…、伊豆殿…と彦左衛門がいうので、伊豆守は黙って何度も頷く。

太助…と呼ばれた太助は、泣いていた涙を拭、へい親分!と勤めて明るい顔で近づく。

ワシが死ぬと、世間のお前に対する扱いが違うぞと彦左衛門が忠告したので、親分…、情けねえこと言うんじゃないよ、親分は死にはしないよ、死にゃしませんよと呼びかける。

元気を出しておくんなさいよ、親分…と言いながらやはり泣いてしまう助けだったが、何よりもワシを頼りにしてくれるお前のことを思うと心配でならん…と彦左衛門はいう。

親分、一心鏡の如し…、誠を尽くせば怖いものがないと教えて下すったじゃねえですかと迫る太助。

うん、よく言った、男の中の男…、男になれよと彦左衛門はいい、太助は涙が止まらず、親分!と呼びかけ、お仲も、殿様!と呼びかける。

仲良く暮らせよという彦左衛門に、へい、ありがとうございますと感謝する太助。

もはや思い残すことはない、安心して神君の御許へ参ずる…という言葉を最後に彦左衛門は息絶える。

それに気づき、身を乗り出す伊豆守。

太助は親分!と泣きじゃくる。

外は雪が降っていた。

家光も、知らせを聞き、庭に降り積もる雪を見ていた。

爺…と一言つぶやく家光。

雪の積もった魚河岸を、ひでえよ、親分…と泣きながら一人倒れ込む太助。

後日、笹尾喜内が、太助、殿様のお形見じゃと言い、着物と帯を長屋の部屋に持ってくる。

太助はありがたく頂戴するが、また涙が出てきてしまう。

お前とも長い間のなじみだったのうという喜内は、それがいよいよ今日が別れか…という。

俺ね、親分が死んで一番心配だったのはお前さんだったんだよ、お互い元気だそうやと太助はいう。

かたじけない…、ワシばかりでなく、倅の世話まで焼かせてのうと喜内がいう。

早く倅と一緒に暮らせるからといって、ワシは殿に死なれて骨抜きも同様じゃ…とまで喜内は嘆く。

それを聞いた太助は首を横に振り、親分に叱られるよと言う。

その時、玄関口で様子を見ていた糸吉と鯉平は、お父っつぁん!と言いながら喜内に駆け寄ると、何をそないの弱いこというてんのや!わてらがついてるやないか!大阪に帰って親子三人の新生活が始まるんや、しっかりせんかいや!と励ましたんで、お二人さん頼むねとたすけは事付ける。

すると鯉平がまかしといて、男の中の男一匹!太助さんに飯食わせてもろうたの無駄にはしませんがなと答える。

それを聞いた太助は、嬉しいこと言ってくれるじゃないか、ありがとうと礼をいう。

長屋の連中にも見送られながら、喜内と糸吉、鯉平の3人は旅立ってゆく。

一方、松前屋の屋敷には突然捕り方たちが乱入してくる。

豊臣の残党五郎兵衛、神妙に致せ!と同心が十手を突きつけてきたので、松前屋は唖然とする。

流石に覚えのないこと、何かのお間違いでしょうと松前屋は戸惑いながら言い返すが、証拠は明白じゃといい、無理やり外に連れ出されてしまう。

証拠の品々、取り押さえてございますと役人から報告を受けたのは馬に乗っていた神尾備前守だった。

魚河岸では、大変だ!大変だ!みんな来てくれ!とまた伝令が来て、松前の親方が今、召し取られちまったんだよと知れせたので、太助たちは仰天する。

親方が豊臣の残党だとよ!と言うので、何?そんな馬鹿なことがあるもんかい、来い!と太助はみんなを誘ったので、魚屋たちは一斉に太助の後を追う。

引き立てられていく松前屋を、野次馬の中から見つけた太助は、豊臣の残党って本当なのかよ、親方!と呼びかける。

その声で振り向いた松前屋は、黙って首を横に振る。

嘘だろ?と気づいた太助は、俺の親方は残党なんかじゃねえぜと、役人たちに押し返されながら訴える。

しかし馬上の神尾備前守は、鎮まれ!鎮まりおろう!と呼びかけ、魚河岸の者どもよく承れ!河岸取締役松前屋五郎兵衛こと、豊臣の残党たる証拠明白なり!その方ども、その理非も弁えず、立ち騒ぐのは一味と同じとみなし、即刻取り押さえるぞと威嚇する。

よって平定通り、各々の情の慎みを南町奉行神尾備前きっと申しつけるぞと命じる。

これには太助をはじめ、魚屋ではどうにも抵抗できないことだった。

牢に入れられた松前屋は、何をなさる!この鎧櫃は我が家に伝わる大命だ!、豊臣残党の証拠とはもってのほか!と抗議するが、町人の分際で武具を保持いたすなど、明らかに武家の出である証拠だろう!素直に前身を白状いたせ!と備前守は追求する。

すると松前屋、ならば申し上げようと話し出す。

誠は奥州津軽郡弘前四万七千石津軽越中守の藩中、松前右近の一子、五郎蔵と申す者と打ち明けると、白々しい作り事をもうすな!と備前守は信じようとしない。

豊臣の残党、天野五郎左と調べはついておるわ!と備前守は断定し、それ、牢に打ち込めと配下に命じる。

その後、神尾の屋敷に集まった主膳と丹波屋の前で、備前守は、彦左もいい時に死んでくれたわとこう笑していた。

これで丹波屋、魚河岸はお主の一手に入ったの?と話しかける。

これも皆、お殿様のおかげでございますと丹波屋も相好を崩す。

津軽藩の旧家主などと申しておるそうだが大丈夫かの?と主膳は兄に聞く。

心配するな、松前屋はあくまでも豊臣の残党、天野五郎左で片付けるのじゃと備前守は答える。

松前屋が入った牢番を務めていたのは、役人になったばかりの大原伊十郎だった。

そこに、大原様、門前に面会の方がお見えでございますと知らせが来る。

何?面会?と驚いた伊十郎だったが、表に来ていたのは太助と弦太だった。

おお太助殿!と近づいてきた伊十郎に、大原さんお願いだ、松前屋の親方に会わせておくんなさいとたすけは頼み込む。

松前屋に?それは困る…、私のような下役人にそんな…、いかに太助殿の頼みでもお断りするより仕方ござらんと肩を落とす伊十郎。

そこをなんとか大原さん!と縋り付く太助は、ぜひ会って聞きたいことがあるんだと訴える。

太助殿、実はこうして魚河岸の者と会うことさえお奉行様から禁じられているんだと…と苦しげに伊十郎は打ち明ける。

すると弦太が兄につかみかかり、そんなことあるかい、それが命の恩人にいうことかよとまた泣きながら訴えるので、やめねえか!と太助が止めに入る始末。

太助殿、私の心中お察しください、これが役人という者なんですと苦しむ伊十郎。

そのまま大原伊十郎は奉行所の中に逃げ込んでしまったので、兄貴の馬鹿野郎!と弦太は叫ぶが、それを取り押さえた太助は、止めねえか!と言いながら、そうだ!と名案を思いつく。

しかし太助の頼みを聞いた伊豆守は、それは無理じゃのうと答える。

殿様までそんなことおっしゃるんですか?と嘆く太助だったが、確たる証拠がない限り、松前やを救うことができんのじゃと伊豆守は言い聞かせる。

そんなバカなことがあるもんかい、松前屋の親方はね、引かれていかれなさる時のあの目、あの澄んだ目が何よりの証拠だよ、罪人があんな目をしてやしねえよと太助は主張するが、その方の気持ちはよくわかる、慣れど、召し取った町奉行には確たる証拠があることと伊豆守はいう。

町奉行は天下の検断所、公儀の重いお役所であるぞという。

殿様、町奉行ってやつは神様かね?と太助が問いかけると、流石に伊豆守も何も言えず、御老中だって何もできやしないんだと太助はいうと、もう頼みはしねえよというなり立ち上がり、帰ろうとする。

すると伊豆守は、待て、太助!と呼び止め、この伊豆も内々調べは進めておる、ご老人ゆかりのその方故、申し聞かすと言い出す。

この際、一期の血気に逸り、軽挙妄動は慎めと伊豆は言いつける。

太助と弦太はしょんぼりとして長屋に戻って来たので、太助さん!伊豆守様、お取上げにならなかったのと待ち受けていたお仲、お恵、お光らが取り囲んで聞く。

ダメですかい?と長屋の連中も声をかけてくるが、太助は何も答えない。

やっぱりお殿様にし慣れちゃ、たすけさんも叶わないな〜と源兵衛がいうので、ちくしょう!と太助は、水桶を蹴って悔しさを紛らわすしかなかった。

「明朝より魚河岸にて商いを致す者、何他人を問わず1日につき1金3分取り締まり迄納入の事 新魚河岸取締 丹波屋重蔵」

「前魚河岸取締役松前や吟味中ならば言動に注意いたし魚河岸一統近親すること 南町奉行」の張り紙が魚河岸に張り出される。

それを読んだ金太が、たちまちこれだ、これじゃあ、俺たちおまんまの食い上げじゃねえかとぼやくと、おまけに手も足も出ねえと来てやらあ、松前屋の親方さえいてくれたらな~と仲間たちも応じる。

どうして残党の一味なんかに入っちゃったんだろう?と首を傾げたり、太助兄いも今度ばかりはどうすることもできなかったな〜と魚屋たちは落ち込むしかなかった。

あ~あ、神も仏もあるものかってんだと金太も呆然とする。

「一心如鏡」と書かれた掛け軸を前に、親分さえいてくれたら、こんなバカなことにならなかった…、なぜ死んだんだよ、なぜ死んだんだよ!と正座して問いかける太助。

親分なぜ死んだんだよ、俺一体どうしたらいいんだよと、太助は形見の着物に縋り付いて泣くしかなかった。

その頃、老中が集まる席に同席した神尾備前守が、御老中!何故あって松前屋の処分を躊躇なさいます?と伊豆守を追求していた。

ことは重大、万一罪なきものを無実の罪で処刑致せば徳川松代までの御恥辱!と伊豆守が言うと、これは異なことを!備前町奉行の面目にかけて、確たる証拠あればのことでござると備前守は言い返す。

しからば、松前屋が天野五郎左と判明せしは、不穏な行動でもござったのか?と伊豆守は問いただす。

謀反の兆しなきものを果たして処刑いたして良いものでござろうか?という伊豆守に、伊豆殿、お手前にも似合わぬお言葉、謀反の有無ではござらぬ、豊臣の残党証拠明白なる以上、処刑は当然ではござらぬかと原伊予守が発言し、いかにも、当代天下泰平とはいえ、未だ大名のうちには心許せぬものある折、町場流の処刑は1日でも早く行われて廃銃狩るべきと存ずる、問答無用!伊豆殿、即刻処刑の決裁を!伊豆との!と他の老中たちも責め立てる。

やがて処刑を知らせる高札が立ち、松前屋の親方の処刑が決まったぞと言う知らせが魚河岸にも届く。

長屋の源兵衛も、大変だ〜、太助さん!と処刑のことを知らせにくる。

馬に乗せられ処刑場に向かう松前屋の見送る群衆たち。

太助と魚屋たちも、その野次馬の中を移動して松前屋を追う。

源兵衛、弦太、お仲、お恵、お光たちも野次馬の中で松前屋を追っていた。

主膳も野次馬の中におり、魚河岸の奴らから目を離すなと用人たちに命じていた。

その時、野次馬の中から前に出て、松前やの顔を見た坊さんが、殿様!と呼びかけたので、其れに気づいた太助かけより、坊さん!と呼びかけると、あなたはあの時の!と正覚も太助のことを思い出す。

殿様って誰だい?と太助が聞くと、あれが殿様でございます、探し求めていたお殿様でございますと正覚が指差したのは松前屋だった。

何!おめえさんが探していた家出の人かい?と驚いた太助たちは、はい、間違いございませんという正覚の言葉で確信を得る。

よし来なと、人混みを割けば場所に正覚を連れてきた太助は、早く話してくれよ、あの人の素性をよと頼む。

はい、あのお方こそ、奥州津軽四万七千石、津軽越中守様御家臣、松前右近様の御遺子五郎蔵様でございますと正覚は教える。

間違いねえのかよと太助が問いかけると、はい、証拠はここに…と言いながら、正覚は書状を取り出して見せる。

それを見た太助は、ありがてえ!お坊さん、松前屋さん、助かるぜ!さあ伊豆守様のところへ行くんだよと言い、向かおうとするが、そこに立ち塞がったのが主膳たちだった。

おい、その生き証人をこちらに渡せ!と主膳がいうので、そうは問屋が下さねえよと太助は答えたので、何?と主膳は驚く。

やい、てめえら丹波屋とグルになりやがって、松前屋に無実の罪をなすりつけやがったな!さあ、今日の太助は命懸けだぜと言いながら、懐から包丁を取り出すと、金輪際渡しゃしねえや!と啖呵を切る。

怒った主膳たちは一斉に刀を抜いて迫ってくる。

たすけは包丁で応戦しながら、金太に正覚を連れて行くよう命じる。

通りに飛び出した太助は、そこにお仲たちと一緒にいた弦太に証拠の品を渡すと、伊豆様のところへ届けるんだと命じる。

大通りで繰り広げられる大乱闘。

伊豆守の屋敷にひた走る弦太。

嘲笑う備前守の目の前で、十字架状の処刑台に磔にされる松前屋。

弦太から証拠を受け取った伊豆守は、うん、生き証人を守ると伝えろと弦太にいうと、馬引けい!と呼びかける。

暴れながらも処刑場の方向へ走る助け。

立ち上がる十字架状の処刑台。

馬で急ぐ伊豆守。

処刑場にやってきた太助が取り押さえられながら、親方〜!と呼びかけたのに気づく松前屋と備前守、そして役人として臨場してた大原伊十郎。

親方〜!生き証人を連れてきましたぜ、親方〜!と呼びかける太助。

金太たちに連れられて来た正覚が、お殿様!元用人、片田軍兵衛えお助けにまいりましたぞ!と竹の格子の外から呼びかける。

その声に気づく松前屋。

ええい、残党一味じゃ、取り押さえい!と命じる備前守だったが、伊十郎だけはどうすればわからず呆然と立ち尽くしていた。

十字架に近づいて来た助けに気づいた伊十郎は、助太刀いたすというと刀を抜いたので、ありがてえと太助は礼を言う。

正覚も戦っていた。

焦る備前守は、それっ!と命じ、槍係が十字架の両隣に構える。

それに気づいた助けは、親方〜!と絶叫し、正覚も五郎蔵様〜!と呼びかける。

その時、待て、待てえ!と呼びかけたのは間に合った伊豆守だった。

それに気づいて狼狽する丹波屋と主膳。

処刑台の上で覚悟を決めていた松前屋も見開く。

鎮まれ!鎮まれ〜!と叫びながら処刑場に乗り込んできた伊豆守は、その処刑、まかりならんと命じる。

御老中、なぜ、何故の中止でござると備前守が聞くと、控えい!上様の命により老中松平伊豆守、松前屋五郎兵衛の無実を晴しに参ったと告げる。

何を証拠にそのような…と備前守は抗議するが、黙れ!それ!太助!と伊豆守が背後に声をかけたので、へい!と返事をした太助は、正覚とともに、伊豆守の馬の横に土下座して、殿様!生き証人でございます!と正覚を紹介する。

よ〜しと頷いた伊豆守は、神尾備前!と呼び捨て、その方、役人をかさに、弟主膳、並びに丹波屋と結託し、松前屋を無実の罪に陥れ、魚河岸を私せんとした罪軽からず、伊豆守、取り調べに参ったと言い放つ。

それ!と命じられた家臣たちが一斉に備前守を取り押さえたので、太助、それ、松前屋を!と伊豆守は目で合図する。

へい、ありがとうございますと土下座した太助は、お〜い、みんな〜と仲間達に呼びかけ、魚屋連中も一斉に十字架の下に集まり、親方〜!と呼びかけるのだった。

その後、家光から直々の呼び出しを受けた太助は、この度の働き、家光、例を申すぞと江戸城内で直々に言葉をかけられる。

太助は彦左衛門の形見の羽織を着ていた。

その背中に入った紋を見た家光は、亡き爺も喜んでいることであろうと語りかけ、太助、そちとともに、いつも爺の話をして過ごしたい、余の近習にならぬか?と問いかける。

へ、お言葉ではございますが、お断り申し上げますと太助はいう。

なぜじゃ?」と家光が聞くと、へえ、あっしは親分の遺言通り、男の中の男一匹、障害魚屋で暮らしとうございますとたすけは答える。

うん、良くぞ申した、余も爺の遺言通り、天晴れ命将軍となろうぞと家光は答えたので、改めて太助はひれ伏すのだった。

伊豆!と声をかけられた伊豆守は、用意されていた褒美を家光に手渡し、太助、余の志じゃと言って、家光直々太助に渡す。

それを見た太助は、ありがてえ、これで祝いの餅がつけらあ!と大喜びする。

その無邪気さを見た家光は笑いだす。

やがて、正月も間近に迫り、魚河岸中で祝い餅がつかれる。

太助はお仲と組んで餅をつく。

みんな歌いながらめでたいなと喜ぶのだった。


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