「空港の魔女」

高倉健さん主演のサスペンス現代劇だが、「高度7000米 恐怖の四時間」(1959)や「天下の快男児 万年太郎」(1960)とほぼ同時代の作品で、健さんが三流経済誌の社長を演じており、まだヤクザイメージが定着してなかった時代の作品である

 ヒロイン役は、新東宝から移籍した久保菜穂子さん。

 終始謎めいた女性として描かれている。

 主人公の健さん演じるキャラクターも謎めいており、謎めいた男女の付き合い方が全編の見どころとなっている。

 全体的にはいかにも二本立ての添え物映画といった感じで、低予算見え見え。

 とはいえ、関西旅行のシーンなどは、ちゃんと現地に行って撮っているように見えるのが不思議で、予算をかけているのはそこの部分だけかもしれない。 脚本がそうなっているのか、監督の演出なのか、シーンの切り替えが唐突で、それが独特のリズムになっている。

 話の後半が、犯罪を犯して海外へ羽田から飛行機で飛ぶ完全犯罪風の展開になっており、自分がやったことに葛藤がある健さんが、最後の最後に警察に電話するというのは、なんだか後年の「新幹線大爆破」を連想させたりする。

 まずは冒頭で、警視庁の内部の刑事の囲み取材がそのままテレビで中継されているテイなのが面白い。

この様子を写しているカメラはいったいどういう設定なのか気になる。 

当時の16mmカメラでの撮影とかだと現像や編集が必要なはずで、こんな生中継動画など放送できるはずないし、まだテレビ放送も浸透しきってない当時としては巨大なビデオカメラが警視庁の廊下に設置されていると言うのもあり得ない設定である。 

しかも、釈放された人物の姿までそのまま中継しているのもあり得ないのだが、この変な設定がないと、当時の素人が詐欺事件などに介入すること自体難しいので、無理を承知でやっているとしか思えない。

 刑事を演じている加藤嘉さんが若々しい。

 髪は薄くなっているが、肌はツヤツヤである。

地味な展開ではあるが、一種の完全犯罪もので、ラストは物悲しく、余韻が残る佳作になっているのも、脚本が上手いせいだろう。 

【以下、ストーリー】

 1959年、橋本忍+国弘威雄脚本、佐伯清監督作品 「株式会社 丸物証券」 お断りします、うちは一流新聞以下広告は出さないのでねと株式部長(増田順司)が言うので、芦沢良平(高倉健)は、大変だったでしょうね、関東電気の増資と相手と目を合わさず聞く。

 ずいぶん派手な宣伝で力をお入れになったようだが、素人の投資家には裏付けのない預かり証を渡しているだけで、集めた代金はそのまんま銀行融資の穴埋めに回ってるなんてつまらん噂が飛んでいるんですがねと芦沢が言うと、全く商売敵の悪宣伝には困ったものですよ、有る事無い事いい加減なニュースを振り撒いて、足を引っ張ろうとするんですからねと言うと、じゃあ、僕は忙しいからと言い残し席を立つ。

 後に残った芦沢は、フンと鼻であしらう。

 ビルの前に停めていたトヨペットに乗り込みエンジンをかけようとした芦沢だったが、なかなかエンジンがかからないので苛立っていた時、目の前の新聞売り場の広告に「ニセドル 現る」「ニセドル 容疑者捕まる」と書かれてあるのに気づく。

 新聞には「偽ドル売買で捕わる」「外人観光客と取引 警視庁 出所を追求」「成功なる偽造技術」などと言う見出しが踊っていた。

 警視庁捜査二課では、集まった記者たちが、部屋から出てきた刑事に、ちょうさん、ルートはわかったんですか?宮さん!などと聞く。

 なんでもない、釈放だよと宮内(加藤嘉)が言う。

 落合は外人の旅行客から闇ドルを買ったんだ、ところが奴さん、そのドルを又売りした、その中にたった1枚偽の100ドル札があっただけのことなんだという。

 じゃあ、背後関係は全然…と記者が聞くと、現在まで取り調べたところではねと宮内が言い、 芦沢は三文業界新聞「経済週報」の会社に戻ると、テレビでこの宮内への質問の模様を見ていた。

 じゃあ落合に闇ドルを売った外人はどうなるんですか?と記者が聞くと、世界旅行の途中で立ち寄った観光客だ、世界中を探し回ってその外人を探すほど、地元刑事は余っちゃいないんだよと宮内はいう。

 しかしチョウさん、100ドルの偽札1枚で正真正銘の日本の4万円が飛んでしまうと記者が言うと、その通り、だから偽札をつかまされたくなければ、闇でドルを売ったり買ったりしないことだ、法律さえ守っていれば間違いはないんだと宮内はいう。 

その時、取調室のドアが開き、落合が出てきたので、番組は終わる。 

テレビを消した社員の伊東(織田政雄)が、ドルの偽札か…、うまくやりやがるな、ねえ社長、ペラペラの紙に印刷したやつが、ごっそり本物の金になるんだから答えられないでしょうな、しがない業界新聞の代わりにジャカジャカ一万円札でも印刷しますかなどと冗談まかして話しかけてくるが、芦沢が無反応なので、無駄なおしゃべりはやめる。

 女子社員の島本久子(星美智子)も、ねえ、たい焼き冷めちゃうわよと買ってきたたい焼きを勧めるが、これも無視した芦沢は急に立ち上がったので、お帰りですか?と伊東が聞くと、仕事だという。

大量のドル札を背景に赤文字でタイトル 羽田空港にやってきた芦沢から聞かれたネクタイ売り場の女店員(三瀬滋子)が落合さん?と聞くので、ドルのことでこの間大きく新聞に出ていたのというと、ああ、そのお店でしたらこの上の国際線のロビーなんです、でもあれ以来閉まったきりなんですよと女店員は教える。

 外人相手に名刺なんかを売ってたんだね?と聞くと、ええ、でも絵葉書より歌舞伎人形なんかの方がずっと人気があったわと女店員は教える。

キャセイ航空のお知らせを申し上げます、キャセイ航空23便は北経由香港よりただいま到着しますとアナウンスが流れる中、芦沢は二階の店のところにやってくる。

 階段を降りてきたオシャレな女性を見た芦沢は、きどりやがって…と悪態をつく。

 その女性甲田利恵(久保菜穂子)は、着陸した旅客機のタラップから降りてくる客を見ていたが、やがて笑顔が消える。 

まさかお隣がドルの売買をしているとか思いませんでした、店を並べて10年もご一緒したんですがね~と、二階の人形売り場の店主(沢彰謙)が芦沢に教える。

 私も新聞見て驚きましたねと芦沢がいうと、とにかく注文受けた人形を持ってきて良いもんやら悪いもんやら見当がつきませんんおでね、ひょっとしたらお店でも空いているんじゃないかと思いましてねと人形店主が言うので、そりゃ弱りましたですなと芦沢は話を合わせ、落合さんの住所でもお分かりになったら?と聞くと、住所ね、えっと、どっかの公団住宅とか言ってたなと主人は店員を見て答える。

 するとその店員(友野博司)が、川崎ですよ、えっとね、住宅公団の川崎団地だって言ってましたねとと教える。

 川崎の公団住宅?と芦沢が念を押すと、はいと店員は答える。

夜の駐車場に置いた自分のトヨペットに乗り込んだ芦沢は、目の前の別の車に乗り込む女性の姿を見つける。

 先ほど羽田空港内で見たオシャレな甲田理恵だった。

 芦沢はなかなかエンジンがかからないボロ車を動かし川関に向かう。 途中、理恵が車を停め、路上に立っていた男と会話している姿を芦沢は目撃する。

 理恵の車が走り去った後、路上の男は後から来たタクシーを停めて、それに乗り込むと走り出し、芦沢の車を抜いて行く。

川崎団地に着いた芦沢は、階段を登る途中、上から降りてきた男とすれ違う。 その後、落合道夫という表札を見つけ、ドアブザーを押して見る芦沢。

 何の反応もないので、念の為ドアノブを回して見ると難なく開いたので、部屋の中の様子をのぞいた芦沢は、ごめんください、こんばんは!落合さん!と呼びかけるが返事はなかった。

 その時、どなたです?と呼びかける女性の声が聞こえたので、芦沢は驚いて振り返ると、どなたですか?と政江(三条美紀)がやって来て、お父さん!と部屋の奥に向かって呼びかける。

 芦沢はおせって、いや、奥さん、実はね…とドアを開けた言い訳をしようとするが、主人は誰にもお会いしたくないと言ってますからと政江はいう。

 いや空港の写真材料店の松本さんから休養頼まれましてねと芦沢は答えると、松本さんの?と政江に表情が和らいだので、はあ…と芦沢は答える。

 そうですか、失礼しました、主人にきつく言われているものですからと政江は頭を下げて詫び、また、お父さん!と奥に呼びかけるが、お見えにならないようなんですがねと芦沢は教える。

 そうですか?タバコでも買いに行ったのかしら?ついでに買ってくるの、すぐ帰って来ると思いますからお上がりになって!と政江が進めるので、ハッと答え、どうぞ、ちらかしてますけどと、先に上がったた政江が呼びかけたので、芦沢はドアを閉め厳顔先に座ると、タバコを出して吸おうとする。

 その時、芦沢は、玄関脇で死んでいる落合らしき男の死体を発見しタバコを落とす。

 すみません、座布団もお出ししないで、すぐに帰ってくると思いますから…と言う政江の声が背後から聞こえてくる。

 何だと、何の関係もない!と、高津署の取調室で刑事が聞いてくる。

 容疑者として警察に捕まった芦沢は、関係があれば何も殺しの現場からノコノコ警察へ電話したりしませんよと答える。 

じゃあ君は、見ず知らずの他人の留守宅へどう言う理由があって上がり込んでいたんだ、え?第一君は何を証拠に階段ですれ違った男がやったと言えるんだ?おい!君はその男がハジキで落合を撃つのを見たのか?と高津署の刑事たちは聞いてくる。

 まず君と落合の関係から聞かせてもらおうじゃないか、どんな要件、どんな目的で落合を訪ねた?空港の松本さんおつかいなんてセリフはここじゃ通じんと刑事がせめていた時、本庁の3課の方はお出でになりましたが?と伝言者が来たので、刑事は、こいつしばらく放り込んでおいてくれと言い残し取調室を後にする。 

やあ、ご苦労さんですと高津署刑事(高田博)が挨拶した相手は本町から来た宮内だった。 やあと宮内は答え、現場見ましたか?と高津署刑事が聞くので、ああ、鑑識と一緒にねと答える。

 32口径のコルトらしいですなと高津署刑事が教え、ハジキの薬莢も発見されんし、相当場数を踏んだ奴らしいですなと付け加える。

 うん、うちの課長がね、今度の事件は本庁が内定しているドルの贋造事件に関連するんで、捜査本部は本庁に置いて、お宅と共同捜査で行きたいと言ってるんですがねと宮内は伝える。 高津署刑事は、署長にそう伝えておきますと答える。 

は、それから容疑者ですが、一応本庁に連行して洗ってみようと思うんですと宮内がいう。 宮内と一緒に部屋を出た高津署刑事は、とにかく一筋縄で行く奴じゃないですよ、どうして落合を尋ねて来たのか、テコでも口を…と言いながら取調室まで宮内を案内するが、そこに警官(牧野狂介)に連れられ出てきた芦沢は、やあ、こんばんは!と笑顔で宮内に挨拶してくる。

 宮内は、何がこんばんはだと宮内が言い返したので、宮内さん、この男を?と高津署刑事が聞くと、あんまり人騒がせなことをするじゃないよと宮内が叱ったので、そうですかね?と芦沢は不貞腐れたように答えながらも、新顔だね?と宮内が連れていた若手の刑事に目を止める。

 自分のことを言われたと気づいた横井(織本順吉)は、何?と言い返す。

 宮内と横井に挟まれ、手錠をはめたまま東京に向かっていた車の後部座席中央に座らされた芦沢は、釈放になったその翌る日に、32口径一発でお陀仏だと芦沢は落合のことを話す。

 長さん、落合が偽ドルルートの人間であることは間違いないねと押沢は言うので、あの時、もう少し念入りに洗っとけば…と横井も悔しがる。

それに対し宮内は、洗ったじゃないか、あれ以上やるには昔の警察のように拷問しか手はないよと言い聞かせる。

しかし、新聞は必ず警察の手落のように…と横井が言うので、勝手に書かせとけば良いさ、いちいち悔しがってちゃ捕まらんよ、ルートのやつは落合を殺すことで口を塞いだつもりだろうがね、逆に日本に偽ドルルートがあることを証明したようなものだ、近いうちにその尻尾を…と宮内はいうが、さあ?捕まるかな?と芦沢は笑って、横井の方を見たので、横井は、何?と睨み返す。 本庁の取調室に連れてこられた芦沢は手錠を外される。

 宮内はタバコを差し出すが、芦沢はスーツのポケットから自分のタバコを取り出したので、宮内は苦笑する。

 芦沢、今の所、お前が階段ですれ違った男がやったという確証がないと宮内は語りかける。

 ところがお前さんは殺しの現場に上がり込んでいる、昔の警察なら一も二もなくお前さんが犯人だなと宮内はいう。

 すると宮内は今も大した違いはなさそうに見えますがね?と言い返したので、おい、お前は殺人容疑者だぜ、大きな口は綺麗な体になってから叩くんだなと横井が叱りつける。 

さてと…、その男のモンタージュ写真だが、覚えてるんだろうな?と宮内は聞く。

 あんまり物覚えが良い方じゃないけど、妙な場所で二度も会ってますとねと芦沢が答えたので、何?お前、高津署じゃ、団地の階段で見たとしか…と宮内が追求すると、いきなり手錠なんか嵌めやがって、あんな刑事は虫が好かないんでねと芦沢は不貞腐れたように答える。

 好くとか好かんとか言ってる場合か!どこで会ったんだ最初は!と宮内は聞く。

太子橋、羽田空港の近くで…と芦沢が答えると、その男は何してた?と宮内が追求する。 

車に乗ってる奴に道を聞いてたと芦沢が答えると、相手は?男か?と宮内が聞く。

 さあ…、車内灯消してたんで良く見えなかったと芦沢は嘘をつく。

 本当に相手を見なかったんだな?と宮内は確認する。 

長さん、嘘ついてたってしようがないでしょう?一文の特になるわけでもあるまいしと芦沢は答え、タバコの煙を吐き出す。

 翌日、芦沢は会社に出社すると、あ、迎えに行こうと思ったのにと女子社員の久子がいい、伊東もお帰りなさいと挨拶する。

 ああと芦沢が答えると、弁護士の秋山さんの電話じゃ、出られるのは夕方だろうっていうもんだからと久子が言い訳する。

一体どうしたんですか、殺しの現場なんかに?と伊東が聞いてくるので、ギャーギャーいうな、疲れてるんだと芦沢が言うと、眠れなかったんでしょう?少し寝たら?と久子が勧める。 

なるか証券の広告は?と芦沢が聞くと、伊東が慌てて机に戻り、髭剃るでしょう?あ、ワイシャツ買って来といたわと久子が教える。

 これ、昨日撮ったんで雑誌に回します、あそこの会社のやつ、事務員とできてましたね、それちょっと匂わしたら2万円出しましたよ…と言いながら、伊東が広告文を持ってくる。

 久子はワイシャツを持ってきて、はい、着替えたら?ランニング洗っといてあげる、窓の所に干しとけばすぐ乾くから、はいと差し出す

 芦沢はそんな久子に、毎日鏡見てるんだろう?と聞き、替えるんだな、口紅の色と忠告する。

 その頃、甲田利恵は、鏡の前で口紅を塗っていた。

 その後、再び羽田空港に行き、空港案内所係員(北山恵一)に女のことを聞くと、ああ甲田さんのことですねと係員は答える。 

週刊ビジネスのグラビアに是非と思いましてねと芦沢が説明すると、ああ、北部観光のソリスターさんですよと係官はいう。

 ソリスター?と芦沢が聞き返すと、ええ、近代的な素晴らしい美人でしょう?外人なんかからもよくあの人のことは聞かれるんですよと係員はいう。

 その頃、利恵は、北部観光の電話で、ダメダメ…、11月にサンフランシスコで国際会議があるとはちゃんと情報が入っていますのよ、ええ、蛇の道は蛇だって、そう、その通りですわ、ですから私にお世話させてね、お願いと伝える。

 その会社の応接室で、おお、ソリスタ!と、支店長と話していたのは、カメラマンに扮した伊東を連れた芦沢だった。

 ええ、他の週刊誌に先駆けてぜひエージェントのソリスタさんのお仕事ぶりを読者に紹介しようじゃないかって企画でしてと芦沢は嘘の話で支店長の気を惹く。 

そりゃどうも…と答えた支店長は、甲田さん、ちょっとと理恵を呼ぶ。

 名刺を持って近づいて来た利恵に、どう形勢は?と支店長が聞くと、右手の指でOKサインを出し、明日にも契約してきますと利恵は笑顔で答える。 

ご苦労さん、あのね…、週刊誌の方があなたにインタビューしたいとおっしゃってねと支店長が芦沢たちを引き合わせる。

 椅子から立ち上がった芦沢は、や、お忙しいところどうも!と笑顔で挨拶し、互いに名乗り合い、利恵と名刺交換をする。

今、支店長さんにもお話ししたんですが、来週週刊ビジネスでソリスタさんのお仕事を中心として特集号を出すことになりましてね、時代の先端をゆくビジネスウーマンとしての甲田さんのお話を色々伺えたらと思いまして…と説明する。

 普通の会社やお役所のお勤めとちっとも代わりありませんわと利恵は謙遜するので、いやあとんでもない、固定給なしでやっていくなんて、そう誰にでも…と芦沢はおだてる。

 そうすると、今僕が仮にフランスへ行くとしますね、とこの手続きから切符の世話まで全部面倒見ていただく、と、甲田さんの手数料は?と後日喫茶店で二人きりで会った時、芦沢は聞く。 

すると利恵は、無料ですわと即答する。

 ただ?と芦沢が驚くと、その代わりあなたがパリにいらっしゃるとして、エアフランスからあなたの料金の7%コミッションとしていただきますと利恵が言うので、ふ〜ん7%ねと芦沢は手帳に書き込む。

 パリまでの運賃は?と聞くと、往復で約2000ドル、するとお客さん1人として140ドル、約5万円が甲田さんの手数料になるわけですねと芦沢は聞く。

 だといいんですけど、ソリスターのコミッションは、そのうちの半分、後の半分は会社に納めないといけませんと利恵は答える。

 しかし、半分でもすごいじゃないですかと芦沢はおだてる。 待ってくださいよ、甲田さんは、月平均4万ドルの契約だからとおっしゃいましたね?そうすると約50万、5万の収入ですね?と芦沢は確認する。

 すると利恵は、あら?ここは税務署だったかしら?と言うので、いや、どうも…、しかし驚いたな〜と芦沢は感心してみせる。

 でも半分は税金でしょう?それにお客様を取るには色々と手を打っておかなければならないし、収入の大部分は交際費に注ぎ込んでしまいますと利恵は説明する。

ところで不躾な質問ですが、お客を取る一番の要素っていうのはアレじゃないですか?と芦沢が聞くと、アレって?と利恵が聞き返す。

 ドルですよ、外国に行くには国会議員や会社の社長でも、1日あたり30、民間人なら15ドルしか制限されて持っていけないでしょう?それじゃあホテルに泊まってもチップも払えないし、遊んでも来れない、したがって割当外のドル、つまり闇ドルを買って忍ばせていくのが常識ですよね?それを世話できるかできないかってことじゃないんですか?と芦沢は指摘する。 

ええ、まあ、そういう場合もあるにはありますけどと利恵が言うので、そういった闇ドルはどこから買い込まれるんですか?と芦沢が突っ込むと、まるで警察の刑事さんみたいな仰り方ですのねと利恵は苦笑する。

 芦沢は笑って、失礼、つい横道に逸れちゃってと詫びると、ところで、甲田さんのご趣味は?と話を変える。

 すると利恵は、賭け事ですわ、例えば競馬…と答えたので、ほお、それは意外ですなと芦沢は応じる。 

だってソリスタの仕事なんて一種のギャンブルですもん、お客を取るか取られるか、食うか食われるか…と利恵はいう。

 会社で現像上がった利恵の写真の紙焼きを洗っていた伊藤のそばで、綺麗な人ねと久子が指摘すると、綺麗な薔薇には棘がある…と伊藤が茶化す。 

でもやっぱり、綺麗だわと久子はいい、写真どうします?と伊藤が聞いてきたんで、会社に戻っていた芦沢は捨てちまえと命じる。

 そんな伊東が、社長、聞きたいことがあるんですがねと話しかけてきて、今度の仕事のカラクリですがね、仕事の目的がわからないんじゃ、やりにくくてどうにもしようがないんですがねとぼやく。 

ただ綺麗な人の写真が欲しかっただけよと久子はヤキモチを焼くが、どうも今度のことはうちの新聞と関係ないような気がするんですがね…、社長、私は社員だからでしゃばったことは言いませんよ、しかしね、ウチの新聞に関係ない道楽仕事に足を突っ込むと、銭の入るとこは…と伊東が案じるので、心配するな、銭になるんだよ、でっかい銭にな…と芦沢は答える。

 その日、一人住まいのアパートに帰ってきた芦沢は、その日届いていた新聞を読むと「落合殺しの犯人 都内に潜伏」「ニセドル殺人事件」「八代を指名手配 香港よりの入国」「国際ルートの一味 当局捜査に」という記事が目に飛び込んでくる。

 芦沢はステレオのスイッチを入れ、音楽を聴きながら横になって考え込む。 ジュークボックスの音楽が聞こえるホテルのバーカウンターにやってきた芦沢は、待ってた利恵に、どうもと言いながら横に座るが、1時間10分待ちましたわと利恵はいうので、いや、急いできたんですがね?何か急用ですか?と芦沢は聞く。

 電話で伺っても良かったんですけど、お会いした上でと思って…と利恵はいい、お飲みになります?と聞いてきたので、同じものをいただこうかなと芦沢は答える。 リラべドリップと利恵がバーテンに注文する。

この間の記事、いつ頃出ますの?と利恵が聞くので、あ、あれね、編集がちょっと遅れましてねと芦沢が答ええると、あら、私、週刊ビジネスに問い合わせたら、そんな企画は全然ないって言ってましたけど変ですわね、ちょっと…と利恵はわざとらしく聞いてくる。 

そうですなと芦沢が答えると、いい加減なお芝居、およしになったら?広告が欲しいんでしたら、本社へどうぞと利恵は冷たく言い返す。

 しかし芦沢も、株の業界誌にエデントの広告は必要ないですよと笑顔で答えたので、じゃああなたは一体?と利恵は不思議がる。

 男ってやつは無性に美人の素性を知りたがるもんでしてねと芦沢はごまかす。 

その時、バーテンがお待たせいたしましたとカクテルを出してくる。

 リラべドリップ…、肉肉しいほど好きな唇か…、このカクテルはあなたの口紅にぴったりですね、妙な話ですがね、自分の顔と唇に合った口紅をしている女は100人に1人くらいですねと芦沢はいう。

 光栄ですわ、私の口紅がそんなにお気に召したなんて…と利恵が社交辞令で言うと、リラべドリップ、いい色だな…、僕はね、甲田さん、背伸びしても飛び上がっても欲しいと思う花には一応手を出す主義の男でしてねと芦沢はいう。

 結果の見え透いたことには手を出さない方が利口ですわよ、飛び上がった拍子にとんでもない穴に落ち込むことだってありますものと利恵は諌める。

 自分のやりたいことやって穴に落ち込むなら、それも本望…といい、芦沢はカクテルを飲む。 中央アパートに帰ってきた利恵は、タバコを吸いながら電話をかける。 

もしもしと相手が出ると、私です、この間の雑誌記者、やっぱり偽者だったわと伝えると、そうかね、で正体は?と相手が聞くと、興信所で調べさせたところでは三流の業界新聞屋と利恵は教える。

 赤新聞だ?どういうことなんだと電話の相手は不思議がるので、それが今んところ全然…と利恵は答える。

 しばらく様子を見るんだな、今に本性を表すだろうと電話の相手はいうので、じゃあと答え利恵は電話を切る。

 そして利恵はハンドバッグから取り出した封筒の封を切り、中から大量の札束を取り出すと枚数を確認する。

 それは北部観光の10月分の手数料で2万円の明細が入っていた。 本庁第三課では、振り出しに戻るか‥と刑事たちが会議でぼやいていた。

一課でも八代の足取りはどうにも掴み用がないらしい、迷宮入りかね?落合の家は何も知らん、落合の友人もみんな調べろ、贋造係はここんところ黒星続きだねと話し合う。

 宮内くん、君の意見はどうだね?と警視庁第三課々長(松本克平)が聞くと、偽ドルはどうも闇ドルと切っても切れん関係のようですな…、今までは少額の被害者しか現れませんが、偽ドルの品質も次第に良くなりつつなりますし…と宮内は答える。

 すると今に、大量の偽ドルがきっと闇ドルの流れに乗る…と課長が推測すると、はあ、ま、断言はできませんが…と宮内は答える。

 じゃあ、闇ドルで取引している貿易商をこの際徹底的に洗えというのか?と課長は聞き、長田君、君の意見はと警視庁第三課贋幣係々長(滝沢昭)に問いかける。

 複雑な問題ですな、日本の商社も外国の商社もできるだけ大きな商売がしたい、ところがこれには政府の枠がある、枠を超えようとするとどうしても闇ドル決済になる、ま、貿易業者にしたら闇ドルは闇米と一緒ですな…と長田が言うので、食わなくちゃ生きていけんし、だが我々としては野放図にほっとくわけにはいかんと言うわけだなと課長はいう。

 その時、横井が、課長!僕はこの際、リストに載っている貿易商者を一斉に…と発言しかかるが、そりゃ無理だよ、そんな荒療治は!と課長は否定する。

 いやしかし…と言い返そうした横井に課長は、第一の問題は闇ドルではなくてドルの偽札だよ、君は貿易商社の全部が偽ドルを使って取引をしているというのかね?と言い返す。

 その時、電話がかかってきたので、受話器をとった刑事は、ああ、おられます、横浜税関ですと課長に伝える。 

受話器を受け取った課長は、はい、ああ桜井さん、どうもしばらくです、え!何?と驚く。 

「横浜税関 旅具検査場」にやってきた宮内は、同じく車でやってきた芦沢から、宮内さん、虎ノ門でいきなり追い越されたのでね…と話しかけるが、急いでいるんだ、用なら後にしてくれと宮内から迷惑がられるが、なおも話しかけようとするので、おい!と横井が止めたので、宮内は、横井!と諌めるが、しかし…と横井は芦沢を睨みつける。

 そこに税関の職員が警視庁の方ですねと挨拶してきたので、連絡をいただいた三課の者ですと宮内が答えると、どうぞご案内いたしますと建物内に向かう。

 タクシーの運転手(花澤徳衛)を前に、その外人は山下公園で拾ったんだね?と提出された偽ドル紙幣を見た宮内が手に入れた事情を聞く。

 横井が確認している偽ドルを、ちゃっかり一緒についてきた芦沢も確認する。 

ええ、その海っぺたで外人拾って、横浜駅行ってくれって言われたんで…と運転手が言うので、うん、650円の料金をこの10ドル紙幣で払ったんだね?と宮内が確認する。

 ええ、あの、昨日船で上陸したばかりで日本円はホテルに忘れたと言うもんですから、水揚げの金で両替して、これで料金もらったんですと運転手はいう。 

なぜドルで受け取ったりするんだ、そんなことするから!と横井が叱ると、え?旦那方はご存知ないんですか?この辺は土地柄外人がタクシーを利用する率が多いんですがねと運転手は言い返し、横で話を聞いていた税関の職員(岩城力)も、ちょくちょくドルで支払いを受ける例があるんですがね…、そう言う場合、私ども税関では、理由書を提出させた上で両替するんですよと説明し、この手続きは大蔵省が許可しているんですがねと別の職員(曽根晴美)も付け加える。

 その様子を傍で見ていた芦沢がニヤついたので、横井はチラッと睨みつける。

 君、外人の特徴はどうしてもわからんかと宮内が聞くと、日本人ならともかく、毛唐ってやつはどいつもこいつも同じような顔してますからね〜と運転手は答える。 

そうか…、君が何か特徴を覚えているんじゃないかと思って飛んできたんだがねと宮内が笑いかけると、どうもすみませんと運転手は詫びる。 

今後はできるだけドルで受け取らんようにするんだなと宮内は忠告する。

 ええと運転手が答えると、もう良いよと宮内は言うが、あの…、両替の方は…と言うので、両替?この乗せドルで両替してくれと言うのかね?と税関の職員は呆れる。 

そりゃ、してもらわなくちゃと運転手がごねるので、君、気は確かかい、これ、偽札だよ、一文の値打ちもない紙切れなんだよと別の職員が指摘する。

 そんな無茶なと運転手が立ち上がったので、運が悪かったんだよとさらに別の職員が言い聞かす。

 それでも運転手は、冗談じゃないですよ、3000円パーにしたんじゃ、会社クビになっちゃいますよ、ねえ旦那!なんとかしてください、お願いします、ね、刑事さん、なんとかしてくださいよと宮内らにまで声をかけてきたので、宮内と横井は帰ろうとする。

 そんな運転手を見かねた芦沢が、君!と運転手に声をかけ、自分の財布から金を出すとしたので、宮内はその手をとって外に連れて行く。

 俺が自分の金で両替してやるんだ、余計な世話焼いてもらいたくないなと芦沢がいうと、芦沢、つまらん真似はやめとくんだなと宮内は言い聞かせる。

 俺はね、あんたみたいな不人情な男と違うんだと芦沢が言うと、そうだ、俺は不人情だ、血も涙もないよ、お前みたいな安っぽい親切ヅラするのが嫌いな男でな、あの運転手が今後一歳ドルでもらうのをやめるにはこれほど良い機会はないんだ、お前みたいなのがいて下手に同情しやがるから、泣きつけば何とかなると良い気になる、良いか、たった一枚の偽ドルでもな、お前らみたいなやつがいる限りそこらじゅうで利用されるんだ、ましてやそれがわからんお前じゃないはずだぞと宮内は言い聞かす。 

その後、芦沢を本庁での偽ドルの検査の様子まで同席させた宮内は、左のやつが運転手がつかまされた偽ドルだ、全体に印刷が薄い、いくら精巧に作っても、脂質が違うからインクが乗らんのだな、精密検査の結果は?と鑑識員(南川直)に聞く。

 紙質、インク印刷技術とも外国製で落合の手から出たものとは金額は違うが、原板の特徴が同じですねと鑑識員は答える。

 外国製か…、香港だなと宮内は察する。

 部屋を明るくすると、しかし前より多少紙質がよくなっています、多分紙質を器量しながら作品を1枚、2枚と小出しして、様子を見てるんじゃないかと思いますが…と鑑識員は教える。

 紙質の改良し出す時期は?と横井が聞くと、完全に同じ紙質にすることは不可能でしょうが、これ以上改良されてくると、肉眼じゃちょっと判定できませんねと鑑識員は答える。

 そのうち、本物そっくりになって、本物の方が偽物扱いされるってわけだなと芦沢が冗談で言うと、あ、さっき大阪から5000円札の偽物が着きましたよ、ご覧になりますか?と鑑識員が言い出す。

 またか…と宮内がぼやくと、これです、驚くほど精巧ですと鑑識員が見せ、透かしが不完全ですが後は大体…という。

 5000円札は前に毛質で書いたやつがあったなと宮内が思い出すと、ええ、印刷は初めてです、これで1000円の偽札が23種類、100円札が30種類、50円玉は73種類ですと鑑識員は答える。

その時、横井が芦沢が顔で部屋の外に呼びだす。

 何だ?と廊下に出た芦沢が聞くと、お前バカにドルの偽札にご執心だな?どう言う了見なんだ?え?何をしようってんだ?と聞いてくる。

 何をしようと俺の勝手じゃないか、ほっといてもらいてえなと芦沢はそっぽを向いて答える。 そこにやってきた刑事が、横井くん、長さんは?と聞いてきたので、中です、何ですか?と横井は部屋を指差し教える。

 まあ良いさ、しかしなあ芦沢、よく覚えとけよ、いつか必ず貴様の尻尾を捕まえてやる、俺はな、まともな商売もしてないくせに大きな顔をして歩き回るやつが大嫌いなんだと横井はいう。 

すると芦沢も、俺もな、若造のくせに刑事ヅラをするやつが大嫌いなんだよと言い返す。

 その時、宮内と咲穂の刑事が顔色を変えて部屋から出てきたので、横井と芦沢も何事かと後を追う。

 例のタクシーの運転手が事故で怪我をして入院したのだった。

 見舞いに行くと、帰ってくれ!とうんたんしゅがいうので、妻が、あんた、そんなこと、せっかくお見舞いに…と宥めるが、今頃見舞いに来てもらって何になる、あの時…というので、しかしあんたがもらったのは偽札だからね、いくら両替してもらおうにも…と宮内が言い聞かせようとするが、刑事さん、お前さん方にはわからんだろう、え?タクシーで3000円水揚げするにはどのくらい飛ばさなきゃいけないのか、女房と三人の子供養って行くには、とっても神風の騒ぎじゃ追っ付かないんだよ、そこに偽ドルつかまされて、自前で3000円も流されたんじゃ、それこそエンジンが焼けるくらいぶっ飛ばさなきゃ…と運転手は嘆く。

 妻は、会社はね、仕方のない事故だからまた働けるようにしてくださると…と言い聞かせるが、アホ!片足で運転…、片足で運転…!というなり泣き出してしまう。

 その時、あまり長く話しますと…と看護婦が止めるので、刑事と芦沢は廊下に出るが、長山…と横井が語りかけると、くそ!偽ドルやろう!と宮内は吐き捨てる。

 そんな宮内の姿を見た芦沢は、妙に真剣な何たらのに変化していた。

 自宅アパートに帰った芦沢は、またクラシックを流して畳に横になって考え込んでいた。

 翌日、会社に出た芦沢は、ご機嫌伺いさ、4〜5日会わなかったんでねと電話していた。

 まあ、そんな冷たいこと言うなよ、どう昼飯でも?遠慮することはないさ、八重洲口にね、うまいシチューを食わせる店があるんだよと電話していた相手は利恵だった。

 どうも御親切にありがとうございます、どうぞお一人でと言うなり利恵は電話を切ってしまう。

 悔しそうに電話を切った芦沢に、お気の毒様と久子が嫌味を言ったので、伊東が久ちゃんと注意するが、電話かけている所鏡で見せてあげたかったわ、まるで鼻の下馬みたいに…と久子の攻撃は続く。

何だと?と芦沢が睨んだので、伊東は尚子にやめさせようと話しかけるが、それを無視して久子は、何遍でも言ってあげるわよ、馬みたいに長くして涎垂らして…と久子の嫉妬は止まらな買ったが、それを聞いていた芦沢は、ニヤリと笑うと、そうか、馬か…と思いつく。

 その後、利恵を誘って競馬場にやってきた芦沢は、3レース続けて利恵に掛け金を取られていたが、利恵の方は上機嫌だった。

悪いわねという利恵に、な〜に、勝負はこれからだ、後4レースあるからねと芦沢は負け惜しみを言う。 

その後、前二人が会ったホテルのバーに来た芦沢は、お待ちどうさまと以前のカクテルをバーテンが出したので、一つ足りないねと言う。

 バーテンは一瞬不思議そうな顔になるが、すぐに気づいて笑顔になり、もういっぱい作り出す。 二杯のカクテルを前に、遅れてきた利恵とサイコロゲームを始める芦沢。 賭け事をする時の利恵は上機嫌だった。

 畜生と、何度も掛け金を払う芦沢に、赤子の手をひねるみたいで目覚め悪いわ、よしましょうというので、まだまだ、勝負はこれからだよと芦沢は続ける。

 その後ゴルフなどにも誘うことになり、休憩時間にビールなどを飲みながら、急にまじめくさって何よ?頼みたいことがあるなんて…、借金ならお断りよと利恵が言うので、ところが金のことなんだよ、俺の友達がブラジルに行くんでねと芦沢が切り出すと、飛行機?と利恵は聞く。 

商売っけ出すなよ、船さと芦沢が答えると、そうでしょうね、あんたの友達じゃ、餞別に何が良いか、色々考えたんだが、やっぱり向こうですぐ使えるドルが良いと思ってね、ところが知り合いにドルを世話するやつがいないんでねと芦沢はいう。

 いくらくらいなの?と利恵が聞くので、10ドルで良いんだよと芦沢が頼むと、405よ、キャッシュある?と言うので、今?と芦沢が聞くと、取引は早い方が良いわと言うので、良し、4000円出すと、405よと利恵はいうので、がっちりしてやんなあと言いながら、残りの50円を差し出すと、利恵は自分の財布から10ドル札を渡してくる。

 それを受け取った芦沢は、ついでにもう10ドル奮発しよう、飛ぶ前に使えなくやつだからなという。 すると、ダメダメ、私何もかもお見通しよと理恵が言うので、えっ?と芦沢が驚くと、もう空っぽのはずよ、あんたのお財布…と利恵は指摘するので、帰ったら必ず払うよと芦沢は答える。 

しかし利恵は、だめ!キャッシュが私の主義なの、ごめん遊ばせというだけだった。

 その後、芦沢は、シャワーを浴びていた利恵のシャワールームに侵入すると、ロッカーから利恵の服を取り、彼女の財布のドル札を抜いて立ち去る。

 その後、宮内にドルの鑑定を依頼した芦沢は、おい、あのドルをどこで手に入れたと鑑定を終えた宮内から聞かれたので、やっぱり偽ドルか…と芦沢はがっかりする。 

どこで手に入れたんだ!と横井も追求してきたので、俺は精密検査の結果を聞きに来たんだと芦沢は言い、宮内はこの間のやつと同じだ、神質も前より良くなっている、もうほとんど本物と変わらんそうだと教える。 

本物と変わらんか…と芦沢が考え込むと、芦沢!どこで手に入れた?ん?言ってくれと宮内は再度聞く。 今ルートを挙げんとな、大量に偽ドルが流れるんだ…、芦沢!と宮内は追求するが、芦沢は、拾ったんだよと嘯く。

 貴様!と横井が睨んできたので、拾っちゃいけないのか?拾ったから届け出た、それだけの話だよと芦沢はいう。

 横井はつかみかかってきて、芦沢はそれを払い除けようとしたので、よさないか!と宮内は止める。 ある日の北部観光では、ほお、デトロイトのジュポン工業とね…と、支店長の川西(堀雄二)と利恵が日東商事の花井(須藤健)の話を聞いていた。

 とにかく年間650万ドル契約でしょう?佐川商事、中外貿易、金谷物産、菊口商店、それを向こうに回してうちとの5社が卍ともえになりましてね、いや随分冷や汗をかきましたよと花井はいう。

 花井さん、いよいよ部長クラスねと理恵が煽てると、いや、そうはうまく…と花井は謙遜するが、しかしサンフランシスコの支店長クラスは硬いところでしょうと支店長もほめる。

 まだまだこれからが苦労ですわと笑った花井は、先方から本契約の前に条件を2つつけられましてね、1つは向こうのお偉方が関西見物をしたいというものですから、婦人同伴で10人ほど招待したんですよというので、楽じゃありませんわよねと利恵が同情する。

 全く…、そこでこれはぜひ甲田さんにお願いしたいんですが、一つガイドをお願いできたらと思いましてねと花井がいうので、ガイド?と利恵は驚く。 

もちろんそれ相当のお礼はしますが、それとは別に連中の帰りの飛行機のマネージメントもお任せしようと思いましてねと花井は説明する。

 帰りはサンフランシスコ?と利恵が聞くと、ニューヨークですよ、10人ですし、ファーストクラスだから、締めて8163ドルの料金、甲田さんには10万円のガイド料になる計算なんですがねと花井は持ちかける。 

それを聞いた支店長は、幸田君、棚からぼたもちじゃないのと羨ましがり、花井は、引き受けていただけますか?と聞いてくる。

 喜んで…と利恵が答えると、現金だな〜と支店長も笑い出す。

ところでもう一つは川西さんにと話が言い出したので、僕にも棚ぼたのお裾分けですかなと支店長が聞くと、とんでもない、僕が一花咲かせるのも咲かせないのも、要は川西さんの胸三寸みたいなもんですよと花井は真顔で言う。

 おやおや、だいぶん風向きは変わってきちゃったなと支店長は笑い出す。 

ズバリ率直に申し上げましてね、例によって取引高の1割、ないし2割は、ドルで決済してくれと言うんですよ、お願いしますよ、差し当たり50万ドル、そちら様の言値で…と、人目を気にしながらはないは川西に話しかける。

 川西は考え込み、利恵は気を利かせて、私、失礼して…と言うと席を立ったので、ガイドの方よろしく…と花井は頼む。

 芦沢の会社にやってきた宮内は、どうしても言えないのか、な、頼む、言ってくれ、せめて拾った場所だけでも…、な、頼む!と迫ると、銀座4丁目を歩いてますとね、どっかからか急に風が吹いてきて、ひらひらっと目の前に落ちてきたんだ、あの10ドルの偽札がね…と芦沢が目も合わさず言うので、一緒に聞いていた横井は嘘と見破り癇癪を起こしかけるが、宮内はそれを制し、そのまま黙って帰ってゆく。 

その直後、締めたドアを再び開けた宮内が、芦沢!余計なお世話かもしれんが、ミイラ取りがミイラにならんように気をつけるんだなと言ってドアを閉める。

 その様子を見ていた久子は、正気の沙汰じゃないわ、偽ドル事件に足をつ混んだりして…とぼやく。

 伊東も、詳しいことは知らんが、その偽ドルっていうのは、まさか新聞にデカデカっと出ていたあいつじゃないでしょうな?社長、あいつは殺しが絡んでいるんでしょう?一発間違うと…と聞いてくる。 しかし当の芦沢は、これだろうな…と呟く。 羽田空港で旅客機に乗り込んだ利恵を監視するように久子も乗客として乗り込んでいた。 大阪城では大阪祭が開かれていた。

 ネオン煌く夜の大阪の風景。 大阪には芦沢も来ていた。 花井から頼まれた外国人の観光地ガイドをする利恵。

夜の京都では久子が利恵の尾行をしていたが、その背後には宮内と横井の両刑事も尾行をしていた。

名古屋のホテルでは、外国人カップルがハッピを着てダンスしていた。

 芦沢は久子と同じ部屋に泊まっており、どこの旅館でもアベック扱いか…、ま、どっちもアベックには違いないがね…、なあ久ちゃん、この仕事が終わったら、インチキな三流新聞なんか辞めちまうんだな、うだつの上がらん所にいつまでも足を突っ込んだってしようがないよ、いい加減に花嫁修行でも始めないと…などと、浴衣姿で座椅子に寝そべった芦沢が言うので、小路の隙間から利恵たちの様子を監視していた久子は、ええするわよ、花嫁修行だってなんだって…、でも私、石に齧りついてもあの女の正体だけ…と、憮然としたような表情で答えかけ、表情が変わったので、芦沢も小路の隙間から見える利恵の様子に注目する。

 芦沢が障子の出入り口から出て行く際、障子を閉めて行ってしまったので、取り残された久子は、部屋でかけていたラジオの音楽を派手なものに変える。 

「経済週報」に一人残っていた伊東は、突然の税務署からの来訪者から話を聞かされ、え?差し押さえ?と驚いていた。 

税務署員は、強制執行させていただくより他、方法ないんですなと説明する。

滞納も悪質ですよ、32年度からのがずっとそのままなんですからねと同行者も指摘するので、え?じゃあどうぞ好きなようにやってください、こっちもない袖は触れませんからと伊東は答える。 

税務署員がテレビの方を見たので、テレビですか?それも売りましたよ、税金より食う方が先ですからね、これですか、これはこのビルのですよと、税務署員が見たものを指して伊東が教える。

ええっと…、芦沢さんのお宅は…と税務署員が聞くと、オンボロのアパート住まいでね、古ぼけたトヨペットだけが財産でしたが、それも売っちゃいましたよと伊東はいうので、じゃあ、一応月末までお待ちしましょうと税務署員はいうが、無駄ですね、見込みありませんよと伊東は否定する。

 月末が期限ですよ!それまでに払っていただかないと…と2人の税務署員は言い張るが、伊東は不機嫌そうに、いっぺん聞けば分かりますよと言い返す。

税務署員たちは仕方なく帰ってゆくが、その直後にただいまと言いながら久子と芦沢が帰ってきたので、伊東はお帰りなさいという。 

税務署だな?と芦沢が言うので、どうします?月末までに払わないと…と伊東は案ずるが、ほっとけよと芦沢はいうので、しかし…と伊東は口ごもる。

 芦沢と久子は、自分たちのバッグを開けると、中に利恵のバッグがそっくり入っていたので、ペンチあったな?と芦沢は伊東に聞く。

 ええ、ありますと伊東は答え取りに行く。

 伊藤が渡したペンチを使い、芦沢は利恵のバッグの鍵の部分を切断し、ジッパーを開ける。

 その後、楽しそうに微笑む梨恵に呼び出された芦沢は、何か用かね?と聞く。

 出張してたの、長い間会わなかったから、どうしているかと思ってと利恵は芦沢に言う。 

おかげさまで、ひどく健康でねと芦沢が無関心そうに答えると、いつものスーツケースの中の新聞紙、何か役に立って?最近の旅行って物騒ね、一流旅館でも空き巣が入るの?と利恵は言ってきたので、そうかね?と芦沢はとぼける。

 ジュークボックスの音楽が聞こえる中、バーテンは二人の仲をアベックと思い込んでいるのか、にこやかにいつものカクテルを二人の前に置く。

万事私の書いた筋書き通り…、昼間はガイド、夜は意味ありげに輸入缶詰の食料品店、宝石ケースの中御目当てのドルがぎっしりと思ったの?と利恵が芦沢を見ながら微笑んでくる。

 お生憎様、あれはてっきりあなたがついて来ると思った私の御芝居、ごめんなさい、でも、一度噛みついたら死んでも離れない疫病神のような執念深さだけは気に入ったわ、折行って相談したいことがあるの、一緒に来てくれない?怖いの?と利恵が言い出したので、どこへだ?と芦沢は聞く。 どこだって良いじゃない、やっぱり怖いのね…と利恵は微笑む。 

良し!と芦沢が決断したので、来る?と利恵は確認し、行くよ、どこへだって…と芦沢は答え、利恵が差し出したグラスに自分もグラスを持って合わせる。

 その後、利恵は芦沢を自分のアパートの部屋に連れてくる。

 芦沢は、利恵の意図がつかめず、警戒したまま部屋の中に入る。

 窓を開けた利恵は、入り口の所で迷っている芦沢に、御入りなさいよと声をかける。 

まだ警戒している芦沢は、部屋の中のカーテンを全て開けて、中の様子を確認する。

 何してるの?と利恵が聞くので、いきなりハジキ飛び出したんじゃかなわねえからなと芦沢は答え、振り返ると、銃を持った利恵が、ゆっくりお話ししたいと思ってたのと言う。

一度だけ聞くわ、あんたの本心、目的よ、二度と聞かないわよ…と利恵は銃を向けたまま聞いてきたのに対し、芦沢がニヤリと笑ったので、何がおかしいの?と利恵は問いかけるが、下手な芝居はよすんだな、俺はタバコじゃないんでねと芦沢は答える。

すると利恵もにこりとし、持っていた拳銃型ライターの火をつけてそれを吹き消す。

 そんな利恵に芦沢が飛び掛かると、利恵がビンタしたので、芦沢もビンタし返し、利恵はベッドの上に倒れ込む。

 その利恵に掴み掛かった芦沢は、おい、ドルはどこなんだ?誰が持ってるんだ?どこのどいつが隠してるんだ?俺の本心が聞きたけりゃ言ってやるよ、かなさ、金は欲しいんだよ、一生食いっぱぐれない金さ!と言いながら、利恵の方を持って揺さぶる。 

利恵は、お金だけが目的なの?とお金だけが…と言うので、芦沢は利恵に覆い被さりキスをする。

 その時、利恵の部屋のピンクの電話が鳴り出す。 髪を直しながら利恵が出ると、わしだと相手が言うので、私ですと答える。 

誰かいるのかね?と相手が聞くので、いいえと利恵が言うと、用意ができたよ、明後日の6時だ、いいね?と相手は言う。 

ええと利恵が答えると、じゃあといい、相手は電話を切る。 

利恵が振り返ると、芦沢が呆然と立っていたので、どうしたの?どこ行くの?と聞くと、帰ると芦沢はいうので、このまま帰って良いの?と利恵は確認する。

 山ほどお金を握りたい、私も欲しい、送り狼の執念深さどうなったの?ねえ、帰って良いの?と利恵は問いかけるが、芦沢はそのままドアを開け帰ってしまう。 

夜道を一人帰る芦沢は寂しげだったが、ふと人の気配を感じ振り向くと、そこに見知らぬ男がついてきていた。 芦沢は走って男を巻こうとするが、男は執拗につけてくる。 

途中でタクシーを停めると、新宿!と運転手に声をかける。

 しかし追ってもタクシーを停め、」執拗に尾行してくる。 

新宿に着いた芦沢は、ひさご通りを抜け、中央小路を通り、なんとか尾行者を巻こうとする。 途中でホステスが、寄ってらっしゃいよと声をかけてきたので、そのまま店の中に入る芦沢。 

ママ、お客さんよとホステスが言うと、ママがいらっしゃいと挨拶してきて、ホステスは、ねえ、ジュースとってくれないとねだるので、ああと答えた芦沢は、店のドアから外の様子を伺う。

 ホステスは、ねえ、ジュースが半分で良いのよ、良いわね?と言ってくる。

 店の奥には下着姿の女がおり、浴衣ここにあるわよ、ああ疲れたと言いながら背伸びをすると、布団の中に潜り込むが、芦沢が窓の外ばかり気を取られ、ちゃぶ台に置かれた酒を飲み始めたので、寝ないの?と女は聞いてくる。

 さらに、押し入れから毛布を取り出すと、勝手に布団とは別の場所で横になったので、どうしたの?変な人!と女は不思議がり、自分も1人で布団に潜り込む。

 本庁三課で、弁当を食っていた宮内に、一人イラついてタバコを吸って彷徨いていた横井が、長さんと呼びかけたので、ん?食わんのか、昼飯…と宮内はいう。

 思い切って、あの女挙げましょう、芦沢のやつがあれだけ食い下がっているんだと横井はいうが、確証がないよ、今上げたって落合と同じことだと宮内はいう。

 大阪から名古屋まで女と芦沢を追い回したが結局何もつかめない、気持ちはわかるがな、まあまあそう焦りなさんな、息抜きに休暇でも取るんだなと宮内はアドバイスする。

 そんなのんびりしている場合ですかと横井は言い返すと、君みたいにそう気を張ってたんじゃ参ってしまうぞと宮内はいう。 

休む時には休む、寝る時には寝る、食う時には食うさ!と宮内は愉快そうに言い聞かせる。

 中央小路に車に乗って利恵が来たので、尾行の男はそっと身を隠し、店の女が運転席の利恵に、お迎えの人?お金持ってきた?と聞く。

 運転してきた女が金を渡すと、店の女は店の扉を開け、中に向かって、お迎えが見えたわよと声をかけ、芦沢が出てくる。

 芦沢が車に乗り込もうとすると、店の女は、ふん、また来てねと手を振って見送る。

 車が発車すると、サングラスをかけた尾行の男がそれを見送る。

 後部座席に乗った芦沢は、運転席の利恵に、タバコをくれないかと頼む。

 とても来ちゃくれまいと思っていたよ、君の友達の八代に追い込まれたんだからなと芦沢はいう。

 私はあなたに賭けたのと利恵が言うので、何?と芦沢が聞き返すと、ゴルフ場では女の脱衣所まで入り込んできたわね?わざと偽ドルを1枚進呈して、それからのあんたがどう出るか、色々危ない橋を渡ってみた…と利恵が言うので、警察の犬かどうか試してみたんだな…と芦沢はタバコを吸いながら言う。

 すると利恵は、違うわよ、警視庁の三課や公安関係なら最初から丁寧に検出しているわと利恵は答える。 私の欲しかったのは、乗る過疎るかの賭けの時に手の握り合える人…と利恵はいう。

 賭け?と芦沢が聞くと、そう、それと一応借りたものは返しておきたいし…と利恵は続ける。

 借り?と芦沢が聞き返すと、利恵は頷き、今まで警察に密告しなかったわね、あれほど刑事と面識があっても、私のことは一言も言わなかったお礼…、でもどうやら火の手は回ったわという。

 えっ?と芦沢が驚くと、刑事らしいのがエージェントやアパートの周りうろうろしてと利恵が言うので、そうするんだ?と芦沢が聞くと、今日明日が勝負ね、最後の賭けよと利恵はいう。

日東商事の社長毛利(柳永二郎)に、御面会でございますが?と社内電話がかかってきたので、毛利が、誰?と聞くと、北部観光の川西様でございますと受付嬢は答える。

 お通ししてと答えると、川西がやってきてお辞儀をするので、明日だったねと毛利は話しかける。

 はい、6時にフライングホテルですと川口は答える。 

今度は取引直後に少し遠くまで行ってもらいたいんだがねと毛利が言い出したので、はっ?と川西は不思議がる。 

午前中に速達で、北部観光本社に票を提出しておいて、出社はしない、それから取引が終わると同時に北回りのスカンジナビア航空で、ロンドンに行ってもらう、それからの指示はあらためてするがね…と毛利は伝える。

はあと川西が答えると、今度の取引に使うドルは、今までのものとは多少性質が違うんでねと毛利はいう。

 性質が違うと申しますと?と川西が不審げに聞くと、また社内電話で、経済連合の大橋様からお電話でございますがと言ってくる。

 お繋ぎしてと命じ、卓上電話の受話器を取ると、はい、毛利でございます、あ、どうもどうも、は、あ、参議院の件、それはこの間も申し上げたとおり、僕はあんまり政治には興味ありませんのでねと断る。 

ええ、政治家にならなくてもですね、政治はどうとでも動かせますからね、金の力でね…と毛利が話しているのを、川西は複雑な表情で聴いていた。

 郊外を走っていた利恵の車の中で、1億2000万?と芦沢は運転中の利恵に問いかける。

 どう?やる?やらない?一生食いっぱぐれのないお金を掴むかどうかの瀬戸際よ、最もそのためにはあんたに思い切った仕事をしていただきたいんだけど…と、利恵はあっけらかんと打ち明ける。 

思い切った仕事?と芦沢が聞くと、人を1人殺してもらいたいのと利恵はいう。

 日東商事も一流商社だ、信頼問題だから偽ドルをつかまされたなんて警察沙汰にもできない、多少経営状態に日々は入るが、肝心な君は日本にいないし、結局泣き寝入りだと毛利は川西に話していた。 

しかし社長、僕には…と川西は言い返そうとするが、うん、留守宅のことねと毛利は合点し、月々のものはこちらでちゃんと手配をするから心配はいらない、それに3年もすればほとぼりも冷めるから、帰ってきたら某系の会社に適当な椅子を用意する…と毛利は説明する。

川西が考え込んでいると、要件はそれだけなんだがねと毛利は、すでに話は済んだと言わんばかりだったので、はあと川西が答えると、わかったねと毛利は念を押してくる。

 川西は、はいと答え帰るしかなかった。

 その直後、毛利は電話をかけ、理恵のアパートのピンクの電話が鳴り出すが、理恵はいなかった。 

郊外に来た利恵は、外に座り、隣に座った芦沢は彼女から受け取ったものを見て、パスポートじゃないかと驚く。 

そうよと利恵が言うので、目的地リオデジャネイロ、ブラジルだなと芦沢がつぶやくと、これはあなたの分、私の分は別にあるの…と言いながら、芦沢のパスポートをバッグに入れると、あ、タバコとねだる。

 芦沢がマルボーロを渡すと、利恵が口に咥えたので、芦沢がライターで火をつけてやる。

 長かったわ、いつかはこう言うチャンスがきっとくると思ってたけど,とタバコを吸いながら利恵は嬉しそうにいう。

 仕事を済まして日本から飛ぶんだなと芦沢は勘付くと、そうよと利恵が言うので、じゃあ、ばーすのいうの仕事の段取りを詳しく聞こうか、誰をどう言う具合にやるのかと芦沢は聞く。

すると利恵は、そんなことは、今話す必要はないの、私はあんたの気持ちを聞いてるのよ、やるのか、それともやらないのか…という。 

どうなの?と利恵が確認すると、まさか俺だけにやばい仕事させて、掴むもの掴んだら逃げ出すんじゃないだろうな?と芦沢は警戒する。

利恵は、黙って私を逃すあなたかしら…と揶揄うように笑う。 何?と芦沢が睨みつけると、私がどんなに逃げてもあんたは追ってくるわ、世界の果て、地の果てまで…、違うかしら?と利恵は自信ありげに言う。 

リエにつられ、自分も立ち上がった芦沢は、しばし考えた末、地の果てまで…か、そうかもしれんな、良し!と決意する。 

すると利恵はバッグから小瓶を取り出すと、青酸カリ、純度が高いのと言って渡してくる。 

その後、ホテルの廊下で待ち構えていた芦沢は、ボーイが飲み物を持って歩いてきたので、あ、君!それ32号室だろう?と話しかけ、さようですとボーイが言うと、僕が持って行くよ、ちょっと用事があるんでねという。

 でも失礼ですから…とボーイが断ると、いや良いんだよと芦沢は粘り、しかし…と戸惑うボーイから、貸したまえと言って飲み物とコップが乗ったトレイを強引に受け取ろうとする。

 お部屋の前までおなんの落ちしましょうとボーイが言うので、あ、すまん、気が付かなかったんだねと言いながら、チップを渡そうとするので、いただけないことになっていますからとボーイは断るが、良いじゃないか、タバコでも買ってくれと言いながら、ボーイのポケットに強引い差し込む。

 失礼しますとボーイが急ごうとするので、おい、何か勘違いしてるんじゃないか?と芦沢が言い出したので、ボーイは、はっ?とさらに戸惑う。 

ホテルのベッドで、嫌だって!と男から迫られ拒否していたのは利恵で、まあ良いさ、慌てることはない、お互い先は長いんだから…と苦笑しながら嘯いていたのは川西だった。

 後30分か…、しかし考えてみたら、バカの骨頂だったよと自嘲した川西は、鼻についた腐女房を後生大事にうちと会社を毎日行き帰りの往復しているだけのことだったんだからな…、しかしこれからの人生は薔薇色だと川西はいう。

毛利さんは3年経ったら帰ってきても良いと言われたが、僕はもう一生帰らんね、会社の連中はびっくりするだろうな〜と川西は続けるが、鏡に向かって化粧直ししていた理恵の表情は暗かった。

 2人揃って辞表を出して行方不明になったんだから…、てっきり駆け落ちだと思うだろう、ま、駆け落ちには違いないがね…と川西は笑う。

利恵が寝室から出ようとしたので、あ、もう時間かと川西は腕時計を見るが、まだよ、まだ早いわと利恵は諌める。

 それでも川西は、いや、大事な芝居の幕開きだからね、時間ギリギリより多少余裕を持ってなどと言いながらネクタイを整え始める。

しかし利恵は、相手を待たすのよ、勿体ぶるわけじゃないけど、少し待たせた方が…と笑いかけたので、そうもいかんよと川西は答える。

 だってウィスキー注文してあるんでしょう?とドアの方を気にしながら利恵が聞くと、いや、取引が済んだ後が良いね、さあ君!と川西はスーツを着込んで急かす。

 その時、ノックの音が聞こえたので、来たわと利恵は笑う。

 利恵がドアを開けると、芦沢はと礼を持って待っていたので、誰?と奥から川西が聞くと、ボーイさん、ご苦労様と言って利恵は受け取る。

 室内で、何慌ててるんだい?と川西が聞くと、気付に一杯どうぞ、大事なお芝居ととちらないようにねと言いながら、利恵は川西にグラスを渡すと、トレイに乗っていたウィスキーを注いでやる。 

とちるのは相手様でねと笑いながら、川西はグラスの酒を一口のみ、スコッチって言ったのにサントリーだなと首を傾げる。

ロンドンに行って早く本場ものを…などと言いながらさらに飲み干す、その間利恵は自分が注文したジュースをストローで飲んでいた。 

そして飲み終えた川西は、さ、行こうか、1億2000万円、この下に鴨がネギ背負って待ってるんだと笑いかけてくる。

 利恵が動こうとしないので、どうした・流石に君も気後れか?早く飲んじまえと川西は冗談を言って、何事もなくドアを開けようとするので、ねえ、キスして…と利恵は時間稼ぎしてくる。

えっ?と驚いた川西は、バッグをその場に置き、利恵が恥ずかしそうに入っていった寝室に自分も入るとドアを閉める。

 すぐに寝室のドアが開き、1人出てきた利恵は洗面所でうがいをする。

 下の階の部屋では、花井と日東商事経理課員(士山政志)らが、遅いな〜と苛立っていた。

 どうしたんでしょう?と日東商事経理課長(小塚十紀雄)が案じると、ノックの音がしたので、どうぞと花井が答える。

すると芦沢にバッグを持たせた利恵が、どうも遅くなりましてと詫びながら入ってくる。

 川西さんは?と話が聞くと、ちょっと急用ができたもんですからと利恵は答え、こちら本社の岩上さんと芦沢のことを紹介する。 

岩上です、よろしくと芦沢が挨拶すると、花井も挨拶し、こちら経理課長の筒井君、それから経理課の村田君ですと紹介し、さ、どうぞとテーブルに案内する。

 椅子に腰を下ろすと、幸田さん、ご気分でも…。

いや、顔色が少し…と花井が言ってきたので、あら、早速ですけど、支店長からお聞き及びでしょうが、40ちょうどで30万ドル…と利恵は説明する。

 いろいろお世話になりまして…とと花井が礼を言うと、お約束通り、現金で1億2000万用意いたしました、お礼はまた…と花井は笑顔で言う。

 は、私は単なる支店長の使いですから、それはまた花井さんから支店長の方へでも…と答えると、では岩上さんと指示する。

 はっ!と答えた芦沢は、自分らのバッグを広げ、中に入っていたドル札をテーブルに並べ始める。

 すると日東商事の方も、持参のバッグを開け、日本円の札束をテーブルの上に並べ始める。

 両方の札束をテーブルの上に出し終えると、間違いなくと花井が言い、確かにと利恵も答える。

 1万円札にしとけばよかったんですが、嵩張りましてどうも…と花井がいうので、いいえと…と軽く受け流す。 

それじゃあと言い利恵が指示し、芦沢が日本円を自分らのバッグに詰めようとすると、あ、幸田さん、近頃ドルの中に偽札があるそうですなと言いながら、ドルの札束を手に取ったので、利恵と芦沢は緊張するが、新聞に出てましたわね〜と利恵は軽くいなしたので、前々からの長いお取引だからいいようなものの、全く物騒な世の中になりましたねと花井は言い、利恵もそうですわねと笑って世間話で終わってしまう。

 人間万事金の世の中、作れるもんなら偽ドルでもごっそり作ってみたいもんですな、わかりますよ、偽金作りの気持ちが…と花井が軽口を言って笑う。

 その後、現金を見事手に入れた利恵と芦沢は、羽田空港に向かう車中で、とうとう勝ったわねと利恵が笑う。

 川西の死骸が発見されるのは、明日の朝、ボーイが食事を運んで来てからよ、その頃、私たちは太平洋の真ん中を飛んでいるわと得意げに話す。

 しかし運転していた芦沢は、まだ勝負は決まらないねというので、どうして?と利恵が聞くと、これだけの現金をどうやって持ち出すんだ?と芦沢が指摘したので、税関の検査なんて形式的よ、特に羽田は私の顔でフリーパスと利恵は笑う。

 明日のお昼はホノルル、夕方にはサンフランシスコ、そこで乗り換えてロサンゼルス、メキシコシティ、パナマ、ペルーのリマ、明後日の午後にはブラジルのリオ!リオの私設交換所でフランに替えてポンドに替えて、それをドルに変えて…と楽しそうに予定を語る利恵に、世界のどこへ逃げたって、偽ドルルートのやつが血眼になって追いかけてくるだろうなと芦沢が言うと、急に笑い出した利恵は、ルートに殺されるのは末端の者だけよ、私は本当の親玉が誰だか知っているもの、追ってくる気配を少しでも感じたら、東京の警視庁へ電報一本…とほくそ笑む。

 飼い犬に手を噛まれるようなもので、どうしようもないことは親玉が一番よく知ってるわ、私には手落ちはないわ、考えに考え、それこそ命を張って掴んだ幸福ですもの…、絶対にもう逃さないわい!と自信ありげに利恵はいう。

私だけじゃないわ、あなたと私の…と利恵はうっとりしたように呟く。

 羽田東京国際空港

パンアメリカン航空会社のお知らせを申し上げます。

 パンアメリカン2便、ホノルル、サンフランシスコ行きは整備のため約30分遅れる見込みですと艦内放送が流れたので、30分伸びたわ、日本とのお別れが…と呟いた利恵は、何をそんなに考え込んでいるの?誰か会いたい人でもあるの?と、隣に座っていた芦沢に聞いた利恵は、過去の全てよさようなら!私にもそん気持ちはわかるわ、でもその感傷にもさよならして!ね、第一あなたらしくないわ…、いつものあなたのように顔を上げて颯爽と胸を張って、私のいい人…と言いながら、芦沢の顔を見つめる。

 そして利恵は、出発までの時刻表を見上げる。 鼻歌を歌い出した利恵達がいる控え室の横には、八代(飯島与志夫)の姿があった。

 楽しげなリエとは対照的に、何事かに迷い、イライラしていた芦沢は、タバコを吸って気を紛らわそうとするが、赤いカーネーションを2本買ってきた利恵が、後20分ね、私たちのハネムーンが幸せでありますようにと言いながら、その赤いカーネーションお1本を芦沢のスーツの胸ポケットに刺してやる。 

やがて、パンアメリカン虚空のお知らせをも石あげますという館内放送が聞こえてくる。 

パンアメリカン2便、22時初のホノルル、サンフランシスコ行きは、22時30分に出発いたします、お客様は10万ゲートよりお乗りくださいというアナウンスだった。 利恵は腰を上げ、さあ行きましょう、後10分よと声をかける。

 芦沢は気が乗らない表情のまま利恵の後について10番ゲートへ向かう。

 階段の途中で足を止めた芦沢に気づいた利恵がどうしたの?と振り返って聞くので、花を買ってくるよと芦沢が答えたので、私のために?と利恵は答える。 

ああ…と芦沢が無表情で答えると、そう、カトレアが良いわ、早くねと利恵は言い、先に歩き出す。

 階段を再び登り花屋の前に来た芦沢は、いらっしゃいませ、何になさいましょうと呼びかけた店員を無視すると、赤電話に向かい、警視庁?三課の宮内部長お願いしますと伝え、利恵が胸に刺したカーネーションを手に取って見つめる。

 何、いない?と受話器に芦沢が言ったとき、ここにいるよと背後から声がし、振り返ると、宮内以下三課の刑事達が揃って立っていた。

 横井達刑事が芦沢に近づくとその腕を掴む。

 先にタラップを登りかけていた利恵は、背後を気にする。

 なかなか帰ってこない芦沢をタラップを降りて乗務員に伝える利恵。

 見送り場には、コートの下に拳銃を隠した八代が立っていた。 

利恵が再びタラップを登り始め、宮内がその後を追ってっタラップの下まで駆けつけた時、八代の銃口が火を吹き、利恵は胸を抑えて倒れる。

 社はその場から逃走しようとするが、周囲を拳銃を持った刑事に取り囲まれる。 

タラップには利恵の赤いカーネーションが一輪落ちていた。

 その後、警視庁の三課の宮内に呼ばれ、久子と伊藤が来ていた。 

そこに横井が外から戻ってきたので、どうだった?警察病院の方は?と宮内が聞くと、はあ、芦沢の言った通り、川西は麻酔薬を飲まされただけで、命に別状はないそうですと横井は報告する。

 そうか…と答えた宮内に、長さん、一体どういうことなんですか?芦沢の奴、あれだけ食い下がっていて、なぜ土壇場で…と聞く。

 そんなことはどうだって良いじゃないか、川西が意識を取り戻して大手筋の闇ドル取引と偽札ルートさえ明るみに出りゃ、それで良いんだと宮内はいう。

 ええ、しかし…と横井が言い返そうとすると、あんた、芦沢に妹がいたことを知ってますか?と宮内は久子に聞く。 

ええ、病気で亡くなったように聞いてましたけど…と久子が答えると、その妹さんはね、病気で亡くなったんじゃないんだ、芦沢にはたった1人妹がいてね、音楽学校を出てフランスに留学したんだ、私なんかにゃよくわからんが、将来性のある優秀なバイオリストだとかでね、でもその妹さんん、向こうで自殺しちまったんだ…と宮内は打ち明ける。

 日本を発つ時に友達からドルを餞別にもらったんだな、まあ、誰でもすることだ、運悪くその中に偽ドルが混じっていてね、フランスの銀行で両替する時発券された…、5年も6年も前のことで、対日感情もよくない、向こうの警察で相当厳しく追及されたらしい…、それが元でせっかくの留学生の資格も取り消されそうになった…、なんと言っても若い娘さんだ、40男が身の回りを捌くようなわけにはいかんさ、あれやこれやで、遠い外国のフランスで睡眠剤をね…と宮内は説明する。

もちろん私たちは必死で妹さんの友人が闇ドルを買ったルートを洗ったよ、だが偽ドルは出てこなかった…、芦沢の奴、警察は信用できんって散々私に毒付いてな、雑誌を辞めて「経済週報」をやり始めたのもそれからだ、ガラッと人間が変わっちまってな、全く、贋金作りなんて奴は勘弁ならんよ!と宮内はゴキ強く言い放ち、一部始終を聞いた横井も哀しげな表情になっていた。

伊東と久子が帰った後、2人だけになった三課で横井は、長さん、つまり芦沢の奴、妹の仇を討ちたかったんですねというと、持っていた手拭いを机に叩きつける。

 違うよ、いや、そういう事もあったかもしれんが、最初のうちはな、芦沢の奴、迷ったろうな〜、君がもし芦沢の立場だったらどうする?と宮内は聞く。

 一生食える億という金、それなの素晴らしい女…、両方ともあっさり捨てられるかね?今の世の中でそれは君、えらく勇気と正義感のいる事だよ…、あいつが一番苦しかったのは、おそらく空港で飛行機を待つ何分間だっただろうな、私にはあいつの気持ちが…、もうそんなことはどうだって良い、明日から大仕事だ!忙しくなるぞと宮内が話ていると、電話負が鳴る。

 はいはい、私だ!うん?どこにいるんだ?女?幸田理恵か…、救急車で病院時運ばれる途中で息を引き取ったよと電話で宮内が教えると、それを聞いた芦沢は、11時27分だった、捕まったところで、せいぜい3年か5年だったろうがな…という声を最後に、芦沢はいつものホテルのバーで電話を切り、ジュークぼクスの音楽をかける。

 すると馴染みのバーテンがいつものカクテルを出し、お連れ様、早くお見えになればよろしいですね、カクテルは冷たいうちに召し上がった方が…と笑顔でいうので、な〜に、もうすぐ来るさ…と芦沢は遠くを見るように言い、自分用のカクテルを一口口にすると、横に並べられたもう一杯のカクテルグラスをじっと見つめるのだった。

 終

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