「ザ・ドリフターズの極楽はどこだ!!」
松竹配給版ドリフ映画の14弾
松竹配給のドリフ映画は、全体的に庶民的と言えばよく聞こえるが、毎回貧乏くさいだけで、夢も希望もない話が多く、シリーズも後期の本作は、もはや喜劇というより長さん主演の悲喜劇みたいになっており、長さん以外のメンバーの活躍場面も少ない。
クライマックスの長さんの泣かせの芝居は上手く、この当時からこれだけ達者なら、後年、刑事ドラマなんかで名演技を見せるのも当然と言った感じ。
とはいえ、本作は一応「男はつらいよ 寅次郎子守唄」の併映作で正月映画、いくら「男はつらいよ」の添え物扱いだったとしても、内容が暗すぎるのが不思議といえば不思議に感じないでもない。
1974年年末公開の本作には、同年3月に脱退した荒井注さんが出ておらず、その代わりに、当初新メンバー候補だったという、ジャズミュージシャンでバンマスの豊岡豊さんがメインで出ている所が見どころ。
豊岡さんは、普段から特徴的な口髭を生やしており、後年の「ヒゲダンス」のキャラのモデルになったのではないかと疑いたくなるほど愛嬌があるし、役者としても結構慣れた感じがする。
長さんと仲が良かったと言うことで、リラックスできていた部分もあるのかもしれないが、なかなか堂々とした演技である。
つまりこの映画は、豊岡豊さんがドリフの新メンバーになっていたら…という世界観になっているのだ。
豊岡さんご本人のキャラも参考にしているのか、脚本だけの演出なのか、やたらに下ネタが多いのはちょっと気になる。
一応ドリフに前年12月に見習い参加した志村けんさんも、劇中でカトちゃんとバンドを結成しようとする遊び人の学生みたいな役で出ているが、まだそんなに目立つ役ではない。
メンバー不足感を補うためか、仲本工事さんがかなりセリフの多い目立つ役を演じているのも興味深い。
菅井きんさんは1926年生まれなので、1931年生まれの長さんより年上なのに、豊岡さん演じる熊沢から、冗談でグラマラスなソフィア・ローレンに例えられているのが、そのギャップが大きすぎて、唯一笑える部分かもしれない。
ゲストとしては天地真理ちゃんとキャンディーズが出ているのもナベプロ作品らしい。
天地真理ちゃんは寝起きのような顔で「木枯らしの舗道」を歌っている。
松竹側からは、新人だった森田健作さんが登場している。
【以下、ストーリー】
1974年、松竹、下飯坂菊馬脚本、渡辺祐介原作+脚本+監督作品
下町の住居の暗い室内 ポーンという時報が鳴り、おはようございます、12月14日土曜日、新日本放送、本日の放送開始でございますとラジオの音が聞こえる。 どなた様も、今日一日元気でお過ごしくださいますように…、ではまず朝の音楽から… 「黒木長作」という文字が書かれた表札 台所で寒さに凍えた手の指を痛がりながら長作(いかりや長介)が朝ごはんを準備をしている。
ああ、これで来年も大学受かってくれないと助からないな、もう…、親の気持ちも知らないで…、頼むよ!と長作はぼやく。
その頃、長作の息子の黒木一作(加藤茶)は、いろいろ書き込んだ紙が壁に貼ってある自室で、まだぐっすり眠っていた。 壁のヌードポスターが映るとモザイクがかかる。
長女の花子(沢田雅美)もまだ布団の中で熟睡状態だった。
死んだ女房に未練はないが〜♩弁当欲しがる我が子が可愛い〜♩と「浪曲子守唄」のアレンジを歌いながら三人分の弁当の準備をする長作は、亡き妻の遺影の前の蝋燭に火を灯す。
鈴を鳴らし、おすみ、お早うと挨拶した長作は、良いなお前は、いつもそうやって天国でニコニコ笑ってりゃ良いんだから…とぼやく。
15年前、お前に先に逝かれてからな、おら男で一つであの二人をよ…、ま、良いや、なあお前、天国で浮気なんかするなよ、なんまいだ、なんまいだ…と合唱する。
その後、一作の部屋にやって来た長作は、ほらほらいつまで寝ているんだよ!予備校に遅れるぞ!一作、聞いてるのか一作!と声をかけて揺り起こす。
すると起きた一作は、うるせえな、一作、一作って何だよ、長作と返事したので、長作?親に向かってなんて口聞くんだ!と長作は叱りつけ、昼の弁当!と言いながら弁当箱を置くと、行くぞ!と言いながら部屋を出る。
わかったよ、親父こそ早く行かないと送れるぞと一作は答え、また掛け布団をかぶってしまう。
続いて、長女の部屋に来た長作は、ほら花子、ここに置くぞと声をかけ、弁当を枕の上に置くが、全く起きる気配がないので、どうだろうね、年頃のくせして…と呆れ、布団からはみ出していたお尻を叩くと、バカ、エッチと言いながら飛び起きた花子に、何がエッチだよ、本当に…、女のくせに丘に上がったマグロみたいな格好しやがって!と長作は叱る。
マグロで悪かったわね、産んだ人に文句言ってちょうだいよなどと花子が言い返して来たので、そりゃそうですよ…と言いかけ、なんてこというんですか、お前は!と怒鳴りつける。
何今日のおかず?と弁当箱を持って花子が聞くので、いつものやつですよと長作は答える。
またさつま揚げ?嫌だ〜!とぐずりだした花子に、贅沢言うんじゃないの!学校、遅れるぞ、ほら今何時だと思ってるんだ!ほら!と長作が言うと、今良い感じ!と花子が答えたので、長作はずっこけてドアに頭をぶつけてしまい、バカ!と叱る。
電車通勤で「城北花輪事務所」に出社した長作は、ストーブの準備をしながらおはようございますと挨拶して来た節子(ひろみどり)に、寒いねと挨拶する。
係長さん、いつも早いですね、いつも一番!と言うので、せっちゃんこそ早いじゃないかと答えると、だって私のうちはすぐそこだもん、だけど近頃の若い男ってダメね、目上の係長がいつも先に来てんのに挨拶一つしないんだから…と節子は嘆く。
そこに社員が三人入ってきて、せっちゃん、お早う!ご機嫌いかが?などと挨拶するが、長作は無視される。
続いて入ってきた丸田(高木ブー)は、隣の席の長作におはようございますと挨拶してきたが、遅いじゃないかと超策がしかると、すいません、姉ちゃんが弁当作るの手間取っちゃったもので…と言い訳をする。
今日の献立は?と聞くと、あの塩ジャケにキンピラですと丸田は答える。
きんぴら!と超策が目を輝かせたので、また代えます?と丸田が聞くと、そう言うことになるだろうなと長作は答える。
その時、仮にもあんたたちの上司じゃないのよ、たまには早く出てくるべきよと節子の説教が聞こえてくる。
すると社員は、関係ねえよ、奴さん、趣味で早く出てくるんじゃねえかと言い返す。
早出料稼いでいるんだろう?部長が言ってたけどよ、奴の取り柄は朝早く来ることだけだってよと他の二人もからかってくる。
それを耳にした長作が、おい、今言ったことは本当か?と聞くと、言った本人たちは全員黙り込んでしまう。
そこに部長の中山(仲本工事)が出社して来たので、社員たちはおはようございますと挨拶する。
その中山部長は長作のところに近づくと、黒木君、君は昨日またヘマやったねと言ってくる。
はあ?と長作が戸惑うと、はあじゃないよ、なんのために君を営業の窓口に置いてやっていると思ってるんだね?と聞いて来たので、それは長年勤続したと言うことで…と長作が答えると、長年ったってね、ただ長けりゃ良いってもんじゃないだろう、お前はね、馬が屑籠咥えたみたいに、無駄に長いだけなんだよと言い捨てて、中山は自分の席に座ったので、他の社員たちはくすくす笑いをする。
それで、昨日の件と申しますと?と長作が聞くと、昨夜日ノ出町のスーパーマーケットの福田さんから僕のところへ電話がかかって来たんだよ、ほら、今日開店するマーケットと中山は言う。
はあ、昨日は8本お届けしましたが?と長作がいうと、あの開店祝いの花輪の中に、葬式用のが1本混ざってたとカンカンだったぞと中山は叱る。
えっ?まさか!と長作は疑うが、馬鹿者!嘘だと思ったら行って確かめて来い!全く、能無しの部下を持った俺の立場にもなってみろってんだと中山は不機嫌そうにいう。
申し訳ございません、すぐにお詫びをして参りますと長作は答えるが、いいよ、俺が謝ったから、やっと代金は半分でということで勘弁してもらったんだ、役に立たなくても良いから邪魔だけはするな! そこに、畳叩きつけ親子の縁は切ったけれど〜と浪花節を歌いながらやってきた川上社長(玉川良一)に、全員がおはようございますと挨拶したので、川上もお早うよ〜、お早うと笑顔で浪花節で返してくる。
今年はボーナス少ないよ、そんなに世の中甘くない♩と歌い続ける中山に、社員たちは背後から変顔をしてからかうが、中山部長は遜って出迎え、長作の背中を押して社長室に謝罪に行かせる。
社長、どうも昨日は申し訳ありませんでしたと長作は深々と頭を下げて詫びるが、まあええわいね?でも君も出来の悪い倅抱えて頭がいたいそうだね、大学受験今度で6度目だと?いい加減に諦めてここで働かせたらどうかね?…などと川上社長は新聞を読みながら言ってくる。
こんな汚いところじゃ…とと長吉が答えると、何!と川上は振り返る。
まあ、無学な私でございますから、せめて倅だけは大学出てもらいたいと思っておりまして、それに今度ばかりは奴さんもやる気になっているようでございまして…と長作は言い訳する。
しかし当の一作は、パジャマ姿のまま布団の中で弁当を食べ、不味いな、もう…、もう少しおかずを工夫できないもんかね、全く…、まあ食うけど、いただきますなどと言っていた。
一方、2階から降りてきた熊沢(豊岡豊)は、テーブルの上に置かれていた牛乳を惣菜パンを前に座り込み、いただきますと言って食べ始める。
そこにパジャマ姿で入って来た花子は、ああ、またやってるよと呆れたように話しかける。
隣のれぐは前狙ってたもんねと熊沢が言うので、襖を開けた一作も、ねえ、それ俺たちの朝飯じゃんかよと文句を言いながら近づく。
その横で花子は弁当を食べ始める。
おお、二人ともいい気なもんだよ、親父が丹精して作った弁当を今から食っちゃって…、これが朝飯もないもんだよと言いながら熊沢は惣菜パンを食うが、おい、俺は両方食うんだよと言う一作は、熊沢が食っていた惣菜パンまで奪い取って食い始める。
ああ、何も美味くねえ、真面目に勉強しろよと言った熊沢は、小諸出てみりゃ〜よ〜♩と歌いながら出かけてゆく。
それを見送る一作は、変な下宿人だよと呆れる。 お、そうだと言いながらまた布団が敷いてある自室に戻った一作に、お兄ちゃん、こないだ貸した500円返してよと花子が言う。
あれな、親父に渡しといたから、明日もらいなと一作は答えると、もうその手には乗らないからね、参考書買ったなら見せてごらんよと花子は言い返してくる。
すると一作は、うるせえ!お兄様に向かってなんてことを言うんだ!バカと長作と同じような反応をする。
大体ね、5回も大学落っこったなんてのはね、欠陥人間なんだって言ってたよと花子は教えると、おお?誰が言ったんだ、そんなこと!と襖を開けて一作は睨んでくる。
私の学校の鈴木先生なのと花子が答えると、その先公、呼んでこいよ!盲腸引き摺り出して佃煮にして食っちゃうから!と一作が言うので、だってお兄ちゃんね、毎日ちゃんと予備校行ってんのかね?と花子は聞いてくる。
行ってるよ、嘘だと思うんだったら、お前ついてこいよと一作が言うが、実は一作は音楽喫茶でバンドのドラム担当として女性ファンがついているほどの人気者だった。
今日は全然調子でないねえと演奏が終わってぼやく一作に、そんなことないよと女性ファンが庇い、テーブル席に誘うと、一作の額の汗を拭いてやったりする。
メリ子、あんまりベタベタするんじゃないのと他のファンが注意する。
はい、ご苦労様、冷たいジュースをどうぞと他のメンバーに配るファンもいた。
そこに学生(志村けん)と共にやってきておはようと一作に挨拶したマスターは、いいのかい一作、今日も予備校行かなくてと声をかけてくる。 すると、学生が、いいのいいのマスター、心配しなくてもと話しかけてくる。
そうですよ、今どき大学出ても碌な就職できませんよと一作はいう。 こっちは助かるがよ、今にアルバイトだが本業だかわかんなくなっちゃうと困ると思ってさとマスターは言い、じゃあ、頼んだよと一作と学生に託して奥へと消える。
一作と学生は、よろしくお願いしますとマスターに答える。
あ、それから一作、例の話どうする?と学生が聞いてきたので、ああ、俺たちでバンド作る話なと答える。 学生は、そうだよ、やるなら早い方が良いぜという。
そしたら私、一作の付き人になるとファンの女の子が申し出る。
だけどな〜、とりあえず先立つもんが先立たねえな〜と一作はぼやく。
その日の昼休み、おい、何食うんだ?と言いながら、外に出た社員たちだったが、長作と丸田はストーブのそばで手作り弁当を披露しあう。
ほお、本日も君の方をいただくか、いやね、当方のおかずは何と何と何だから、私の方は損だけどね、良い、替えてやりましょうと言いながら蓋をしたままの弁当を丸田に押し付けた長作だったが、蓋を開けた丸田は顔を顰める。
一方、丸田の弁当を食い始めた長作はうまい!君のところの姉さんのきんぴらだけは絶品ですなと褒める。
それを聞くと、姉が聞いたら喜びますと丸田は喜び、まずい長作の弁当を食べ始める。
私もね、きんぴらごぼうだけには目がなくてね、ずいぶん作ってみたけどなかなかこうはいかないのよと長作は褒めちぎる。
そこにやってきた山中も、なんだなんだ、2人とも腰弁で給料残したってしょうがないだろうに、うん、いい歳こいて、ケチケチするんじゃないよなどと嫌味を言いながら、同じく弁当を持ってストーブんそばに座ってきたので、私のところ、息子と娘に弁当作ってやるもんですからと用作が言い訳すると、ほう、倅が弁当持って予備校通いか、あ、あのな、社長はやっぱりああいうふうに言ってたけど、大学だけは出しといた方が良いぞ、何せ、大学出はここでは俺だけだろう?話が合わなくていけないよなどと中山は自慢する。
で、娘の方の出来はどうなんだい?と中山が聞くので、ええまあ、これはお陰様で私に似て器量好しでございますからと長作が答えたので、中山は食べかけていた飯を吹き出してしまう。
何?と中谷が聞き返すと、いやあの…、勤勉でございますからほっといても勉強だけはしているようですわと長作は答える。
その花子は、友達と一緒に駅の女子トイレで学生服を私服に着替えると、ロッカーに学生服を入れて、さてと、今日はどっち方面に半年ようか?映画は?などと友達と相談し始める。 よし、レッツゴー!と意見が決まり、3人は街に繰り出す。
あの子カッコ良いじゃない?ほら、いや、あんなのと3人は男子の物色を始める。
食後のお茶を準備した丸田は、へえ、そんなに勉強好きのお嬢さんじゃ、やっぱり女子大行きですなと長作にべんちゃらを言ってくる。
丸田から茶を受け取りながら、そうなんだよ、これがどういうわけか昔からね、出歩くのは嫌いな子なんだななどと返事する。
学校終わってからもね、遅くまで図書館で頑張ってるらしいんだよと長作は自慢する。
そりゃ今どき珍しいやと丸田が笑うと、けど、顔が親父に似ちゃったってとこが悲劇だよなと同じく、丸田から茶を受け取った中山が茶化す。
しかしね、私でも若い時分は満更じゃなかったんですよと長作は言い返した時、電話がかかってきたので、もしもし、城北花輪製造販売でございますと長作が出ると、中山?あ、部長でございますかと言い、立ち上がった中山に受話器を渡そうとするが、誰だ?と中山が小声で聞いてきたので、改めて受話器に出た長作は、あの〜どちら様ですか?星野久美さん?と長作が繰り返すと、いきなり背後から中山は長作を押し退け受話器を奪い取ると、ママ?銀座の「シルバーキャット」にいた?と話し出す。
懐かしいな〜、俺だよ、中山だよ、どうしてたんだよ、銀座から消えたまんま連絡もしないでさ、どうしてたのよ、その後、うん…、 そんな会話を聞いていた長作は丸田に、小指を出して見せる。
本当?駅の南に新しい店出した?どこの駅?あ、あそこ!「スナック久美」?行きますともさ、じゃあ、開店祝いに花輪持っていきますからね、良いよ遠慮しなくなって、後で行きますからね、2人連れて、小使、いや構わないんだよ、どうせ俺の部下でね、ゴミみたいな奴なんだから、じゃ、再会を楽しみに、バイバイ!と言って、中山は電話を切る。
「スナック久美」 「本日開店 10AM~11PM」と書いてある店で、ママ(篠ヒロコ)の目の前で歌っていたのはマリ(天地真理)だった。
そこに軽トラで花輪を運んできた中山は、店に前で運転席から降りると、ママ、花輪が着いたよ!と店に呼びかけると、早くぐずぐずしないで降ろして!と丸田らに命じる。
店から出てきた久美は中山さん!と喜び、ママ、変わらないな〜、元気だったと中山も喜んで握手する。
その店先に花輪を並べた長作は、おいおい、さっき話した女性ってこの人と中山から紹介される。 店に入ると、若い女の子がいらっしゃいませと出迎え、久しぶりだわね、電話番号覚えていて良かったわと久美は中山と仲良く話す。
中山さんまだお一人?と久美が聞くと、1人!寝ても覚めてもママのことばかり考えてさ!と中山は調子良く答えるが、入り口付近で立っていた長作と丸田に気づくと、なんだお前たちまだそこにいたのか?と声をかける。
いましたよずっと…と長作が答えると、バカだな、用事が終わったら帰っても良いんだってと中山は叱る。 それでもママは、せっかくきてくださったのに…、さ、どうぞ、こちらへと二人に呼びかける。 こちらやっぱり会社の方?と久美がな聞くので、ああ、営業部の黒木に丸田と中山は答え、こいつはね古いだけで取り柄のない万年係長と長作のことを腐す。
そんな中山は隣でジュースを飲んでいた先ほど歌を歌った女性に目をつけ、お?この店にはずいぶん可愛い子いてるんだねと聞く。
当然!と店の妙子(秋谷陽子)が言うと、こんにちわと女性が挨拶し、こちらはね、違うの、お向かいのマリちゃん、今日開店祝いにね、素敵な歌を聞かしてくれたのよ、本当はね、城北大学の学生さんと久美が教える。
上北大学?と長作が驚くと、なんだ?お前の倅が5回も滑った大学じゃないかと中山が長作にいうと、まあ5回も!私なんか全然勉強しないで1回で入っちゃったわとマリも驚く。
申し訳ないと長作が頭を下げると、中山は笑いながら、ここが違うなと自分の頭を指し、何せ親が親だから、息子ばかり責めてもしようがないよなどと久美に向かっていう。
中山さんと諫めた久美は、大丈夫よ、来年は受かりますよ、運が悪かっただけよね?と長作を慰める。
するとマリも、そうよ、6度目の正直っていうじゃないというので、長作はずっこけ、中山も、ちょっと!それをいうなら3度目だろ、もう3年前に終わっちゃってるよと訂正すると、でもね、私の高校の先輩で、10回も粘って見事合格した人もいるそうよ、だから気を落とさずに頑張るようにって言ってあげてとマリは教える。
長作は、そのように申し伝えますと罰が悪そうな顔で頭を下げる。
マリは、じゃあママ、また来るわねとくみに挨拶し、帰ってゆく。
久美はどうもありがとうと礼を言い、客たちは拍手でマリを送り出す。
マリちゃんの爪の垢でも煎じて息子に飲ませたやったらどうなんだ?などと中山が言うので、いやね、中さんって昔から口が悪いんだから、気になさらないでね、お近づきの印にどうぞと久美がビールを都合とすると、長作が持ったグラスが震えていたので、まあ、こちら震えてらっしゃる!と久美は驚く。
すると中山が、こいつ安い酒ばかり飲んでるからアル中なんで…と横から口出ししたので、まさか!と組が否定すると、本当だよ、こいつ女房に逃げられてやけ酒専門さと中山はいう。
まあ、奥さんに?と久美が驚くと、いや違いますよ、死なれたんですと長作は答える。
同じようなもんじゃないか、それ以来、見合いすること数十回、全部相手に振られ…と中山が言うので、私の方で断ったのも2回ありますよと訂正する。
それを聞いた久美は、そう…、お一人でしたの?さあどうぞと言ってビールを注いでやる。
すると中山が嫉妬して、ママ、あんまり親切にするなよ、こいつはよく勘違いするんだから、あ、それからね、あの人が太ったのもどう言うわけかチョンガーなんだよ、こういうチョボ一の部下を持った俺は苦労するねなどという。
だって部長さんもお一人でしょう?と妙子が聞くと、俺は35歳だもの、男の働き盛りよ、ママ、これからたっぷり口説くからねと言いながら、中山が久美の手を握ったので、おお怖い!と久美は冗談で返す。
その夜、花子は自宅に帰ってきた長作に、何?、父ちゃん、なんか今夜変よと突っ込まれる。 何が35で働き盛りだ!あ、あっちぃ!と夕食の支度をする長作に、文句は良いから早くしてよと一作は急かす。
花子、たまには手伝いなさいよ!と長作は文句を言うが、何よ、だからね、今夜全部やるっって言ったのんじ、危なっかしいから引っ込んでろって言ったの誰よ?と花子は言い訳する。
それは味付けのことでしょう!と長作は言い返すと、悪かったですね、味付け悪くて!と花子は膨れる。
もう全く、一言言えば一言霞んだから、よく昔から言うでしょう?親の意見の茄子の花には線に一つの無駄もないってと言いながら、長作は子供たちと一緒の食卓に座る。
将来父さんが死んじまってから、ああ親父の言う通りだった、言うこときいとけばよかったって、涙流したって遅いんですよと長作は言い聞かせるが、大丈夫親父は簡単にくたばらないよと一作は答える。
一作なんだお前その言い方は、大体な戦争も知らん今時の若いものはいけませんよ、命令を立てるってこと知らないんだから、私が一角の年にはね、はあ、思い出すなあ…、ああはj乱すなあ〜、灼熱地獄のルバング島で敵の弾がビビビビ、バババババ…と長作が言い古された話をまたするので、もう良いよ、その話は、親父こそ、二言目にはルバング島の話だ!なあと一作が花子に同意を求めると、うん、ご飯が不味くなっちゃうと花子はいう。
だから早く新しいカミさんもらいなよ、きっと頭に血が上ってるんだと一作はアドバイスする。
やかましいよ、お父さんのことはお父さんで決めますと長作は叱ると、じゃあ俺たちも自分たちのことは自分で決めますと一作も言い返す。
花子もそうよというので、そうはいきませんよ!と長作が起こっていると、只今!またやってんな、年中行事…、しかし良く飽きないでやるもんだよと呆れた熊沢が帰ってくルト、勝手に卓上のたくあんをつまみ食いするので、あんたは下宿人でしょう?人ん家のプライバシーはほっといてもらいたいねと長作は言い返す。
ああ総会?ほんじゃまあ、これも払っとくかな?ほら今月の部屋代、これ来月だろう?まだあんだよ…と言いながら胸ポケットから札束を出したので、あんたがそうならそうって言ってくれりゃ良いのにさ、熊さんよ、風呂沸いてるよと長作が態度を急変させると、いらないよ、ほらよ、トルコ風呂で今行ってきちゃった、今入ったよ、よかった〜あの女、シコシコシコシコ暴れっから、俺、腰痛くてまいった…などと言いながら熊沢は二階へ上がってゆく。
それを聞いていた長作は、トルコ風呂ね、羨ましい…と呟いたので、何がルバング島の生き残りだよ、部屋代一つでころっと変わっちゃってさ、節操がないよと一作は呆れる。
そうよ、小野田さんとおちがいと花子が言うので、待ちなさい、あんたたちはね、ルバング島の話を私が始めると、すぐにそうやってね、小野田少尉を引き合いに出す、あの人の場合はね、まあ、宝くじで言うなればね、特賞を引き当てたようなもんなんですよと長作はいう。
我々だってね、気をつけ!ルバング島では陛下のために一生懸命戦いました、しかし戦局は我にあらず、言うなればねからくじを引いたようなものなんですよと長作がしんみりしてきたので、何だい、脅かした後はなきが入るのかい?と一作は皮肉を言ったので、馬鹿もん、真面目に聞け!と長作は叱る。
親父ね、言っとくけどね、これからの日本ではね、バカとか畜生という言葉使っちゃいけなくなったんだぞ、知ってんのかい?と注意する。
じゃあなんていうんだ!と長作が聞くと、だからバカの場合はね、脳の不自由な方、畜生め!は人に養われている動物め!って、こういうんだよと一作は教える。
それじゃあれか人にバカって怒鳴る時、脳の不自由な方だっていうのか ?と長作が聞くと、そうそうそうそう…と一作が言うので、そんなバカな!と長作は呆れるが、ほらまた!と一作がいい、うるさい、畜生!と長作が言い返すと、ほらダメ!畜生じゃない、人に養われて生きていると思え!と一作がダメ出ししてせ〜のと言うので、言えませんよ、そんなことは、もう親をバカにして、バカバカバカ!と長作がキレたので、うるさいわよ!ご飯くらい静かに食べたらどうなの?と花子が怒り出す。 一作がほら見ろ!とバカにし、長作はもう食欲も失せる。
飲み屋「赤垣源造の店」にやってきた長作がぶつぶつ言っているので、主人の赤垣(佐野浅夫)は、何だ、また喧嘩してきたな?と言い当てる。
ああ、俺の心の休まることはここしかねえぜ、源さんと長作は愚痴る。 でもさ喧嘩する相手がいるだけ幸せだぜ こちとら1 つ屋根の下で暮らしてんなゴキブりだけだよと源造は言う。 まそりそうだけどよ今の化けも来たら揃いも揃って口から先に生まれて来たような奴らばっかりだとおい源さんいっぱい行こうよ都庁作は進める。
そうするかと源造はコップを持ったので、長作は一升瓶から酒を注いでやり、しかし何だな、源さんよ、俺らやっぱりお互い死戦を超えた戦友同士じゃねえと思って天から話が合わねえなと愚痴る。
ほらもうねしみじみそう思った、遠慮すんだグっと開けてくれよほらと長作が酒を進めるので、何だ、どっちが客だかわかんねと源造が呆れると、 ま、良いから良いからなと長作は勧める。
その後、すっかり泥酔し、他の客はみんな帰ってしまった店の中で、戦時中のヘルメットを被った源造と兵隊帽を被った長作が、一升瓶を叩きながら、せ〜の、貴様と俺とは同期の桜〜♩同じルバングの島に咲く〜♩と歌い始める。
赤垣源造二等兵! 思い出すな〜激戦のルバング!と長作が言うと、すごいよな〜、渦巻く南の島 うん 俺たちは数十倍の敵相手に戦ったもんなと現像が応じ、やったやった!と長作が囃し、おお聞こえる機関銃の音!と源造が言うと、ドドドドドドド!と長作が一升瓶を機関銃に見立てて音真似をする。
33機砲の炸裂音!と源造が言うと、ドカ〜ン!と長作が音真似をする。
うわ〜!敵戦闘機の急降下!と現像が言うと、長作が手真似声真似でそれを再現する。
思えば俺たちは勇敢なる帝国軍の兵隊だったぜと源造が言うので、その通りと長作は同意する。 店の窓の外を電車が通り過ぎる。
(回想)ミニチュア特撮で再現したルバング島戦線 撃て!と言う隊長の号令で、土嚢の背後から一斉射撃する日本兵たち。
壕の中で怯えてちゃんと撃てない長作と現像に、しっかりやれ!郎なんだその弾は!と隊長の叱責がとぶ。 こらあ! 撃て!撃つんだ!と彼ら二人に近づいてきた隊長が、二人の尻を蹴飛ばして檄を飛ばす。
それでも、近くに着弾して爆発が起きると、お、お願いします!と銃を隊長に任せ、長作と源造は壕の中にしゃがみ込んで抱き合って震える。
(回想明け)本当に俺たちは真から勇敢だった!と半分眠りかけた源造が言うと、それをなんだい!と同じく眠りかけた長作が不貞腐れる。
今のガキは親をバカにして大人になったつもりでいやがる…、一体誰のおかげででかくなったと思ってやがるんだ!と長作のぼやきは続く。
しかし長の字よ、え? お前には極道でも倅がいるだけいいぜ、俺なんか復員したらよ、かかあは空襲で死んでる、生まれたはずの1人息子の勝利は行方不明だ!俺なんかもう目の前が真っ暗になっちまったわさと源造は嘆く。
でもそこが親心の悲しさ、いつか勝利に巡れるだろうと思って始めたしがねえ貯金がもう100万よ、ヘヘッ、今じゃ100万なん屁にもならねえが、それでも最初のうちは苦しいやりくりだったぜと源造が言うので、分かるよ、わかりますよと長作は同意する。
まあ勝利は確か30の男盛り、会いてえな〜と源造が言うと、そうだろうな〜と長作は同意する。
いやね、俺もあと5〜6年すると定年だけどよ、もらえる退職金がやっとすっとこ100万だ、お互い100万円がこれからの突っ棒になっちまったなと長作はしみじみと語る。
畜生!今夜は徹底的に行きたくなっちまったよと源造がやけになった時、店の扉が開いて客が入ってきたので、終わったよと長作が敬礼しながら言い、本日は終了!と源造も敬礼し、はいこれまで!と長作が念を押したので、客たちは帰っていく。
よし決まったオッケーだ!おら今夜よ100万円のために徹底的に飲むぞ?おい、酒出してもらおうか、酒をと長作が頼んだので、よしよしよしよし、もう俺これで行くからと言い、御燗用の容器に一升瓶から酒を注いだ長作は、よし、これから飲む分は全部ロハだよというが、いやそれでは悪いやな、じゃあ飲んだ分はどんどん源さん、払ってな…などと長作は勝手に言って飲み出す。
翌朝 う〜う〜、だめだこりゃ…、効いたなあ〜夕べの酒は…、はあ、でも今日が日曜日で助かった…、お、痛!と布団の中で苦しむ長作。
お〜い花子!、一作!と長作が布団の中から呼びかけると、隣の部屋ですでに朝食を食べていた一作が、お?今日はコックが二日酔いだなどと言うので、おい、なんだ、その言い方!ほら早く暑い番茶に塩入れて持ってこい!と長作が命じると、自業自得のくせに威張るんじゃないのよと花子が言い返してくる。
さ、インスタントラーメンでも作るからと花子が立ちあがろうとすると、ちょっと待て!ここに座んなさい!と長作が言うので、何?と花子は答える。
いいから2人ともここに座んなさい!と長作が言うので、今日は機嫌が悪いじゃないかと一作が花子にいう。
うん?と言いながら花子が枕元に座ると、じゃないよ、もう、大体ね、親思いの子供っていうものは親に命令される前に先へ先へと気を利かすもんですよと長作は言い出す。
例えばお父さんがタバコを取ったらすぐ灰皿を差し出すとか、あお酒飲みすぎてんなと思ったら、枕元に胃薬と水ぐらい持ってくるとか…と長作は説教する。
お前ら一ぺんでもそういうこと言われる前にしたことがあるか?そういうとこでね、バカか利口かすぐ分かるんですよ!と怒鳴った長作は、痛!と頭痛に悩まされる。
ああダメ…、俺は死にそうだ…、死ぬぞ〜と長作は大袈裟に言って願えるが、なんだどうだ?と花子はバカにし、親父、電話だよと一作が声をかけてきたので、電話?どっから?と長作が聞くと、さあ?世帯主に出てくれってと一作はいうだけ。
う〜ん…、日曜日ってのに早くから…とぼやきながら起き上がった長作が電話に出て、あ、もしもしお電話代わりました、あ?当家の主の身長?背丈ですか?そうね〜、179cmぐらいですかね…、いいえ、どっちかうと痩せてますけど?何ですか一体…と長作は聞く。
山本葬儀社では、主人(芦屋雁之助)が、いえ、色々準備の都合はございまして…、あ、そうですか、仏様もだいぶ大きい方でございますねえ…、それでは棺桶と、え〜それからお樒(しきび)と線香立てをサービスさせていただきましょうと言ってくる。
つきましては、私どもお棺だけではなく葬儀一式もコミでを引き受けするシステムになっておりまして…と葬儀屋が言うので、葬儀一式?と長作は戸惑う。
よろしければ仏様のご戒名も教えていただければありがたいんで…と葬儀屋が聞くに及び、さすがにおかしいと気付いた長作は、ちょっとあんた一体何を言ってんの?と聞き返す。
うん?うちから棺桶を注文した?誰が死んだの?黒木長作?私が黒木長作ですよ、ピンピンしてますよ、縁起でもない!と長作が怒ると、そんなこと言ったって、たった今あんたの所から…と葬儀屋が言い返してきたので、うるさいですよ、もう!人をから買うのもいい加減にしなさい!もう…と言って長作は電話を切ると、背後で聞いていた一作の部屋の襖を開けて、貴様だな?と睨みつける。
だってさ親父、先に先に気を利かせって言ったじゃない、で、親父が死ぬ死ぬって言うからさ、少し親孝行しとこうと思ってさ、行けなかった?なんならお寺さんの方も連絡しとこうか?と一作が言うので、やりすぎだバカ!と長作は怒鳴りつける。
一作は逃げるように自分の勉強机に座ると、 次の分を英語に直せ…と問題集を真顔で読み始めるが、長作が襖を勢いよく閉めたので、天井からドラム缶が一作の頭に落ちてくる。
「JAZZ 喫茶 ジョンブル」の準備中の店内では、常連の大学生が、おしゃべりに夢中の女性たちに、おいおいおいおい、そんなにちょろいんだったらよ、もう一作のこと行ってよ、俺ちのバンド結成の資金出させろよとけしかけていた。
そうそうそうと女の子たちも同調し、何とでも理屈はつくじゃねえかと学生が煽ると、そうよと女の子たちも同意する。
しかし一作は、そうはいかないよ、第一俺んちにそんなまとまった銭があるわけねえじゃねえかと反論するが、だけどよ、お前の親父もうすぐ定年だって言ったろ?退職金だってガバっと出るんじゃねえか?と学生は計算高そうな顔で指摘する。
退職金?あそうか退職金ね〜と一作は何事か考え始める。
その頃長作は、自宅の布団の中で二日酔いの粉薬を飲んで、急須からお茶を直飲みしていた。
そこにやってきた熊沢が、おっしゃん、おっしゃん、お粥でも食べてみるかい?と言って手作りのお粥を持ってくる。 よいしょ…、ありがとう、ん?何だ、今日仕事休みかい?と長作は起き上がって熊沢に聞く。
いやそうじゃねえけどね、昼からちょこっと出かけてくるかな〜なんて思ってんだよと言いながら、熊沢は茶碗にお粥をよそってくれる。
いや、熊さんよう、これ前から不審だなと思ってんだけど、あんた一体何やって飯食ってんだいと長作は聞いてみる。
良いから良いから、人のことは…、ま、泥棒でねえことは確かだけっどよと熊沢は答え、よいしょ、お前いずれにしても謎の下宿人だ、あんた…と言いながら、お粥を一口食べた長作は、これいい塩加減だよと褒めたので、そうかいと熊沢が答えたので、花子が作ったのよりよっぽどうまいよと長作はさらに褒める。
それ花ちゃんが作ったんだよと熊沢が教え、ところでおっさんよと言うので、何だ?と長作が聞くと、よいしょと言いながら足を崩して座り込んだ熊沢は、そうやっておめえが寝込んでみるとよ、なんか物足りないもの感じないかい?と聞いてくる。
物足りないもんね…、うん、別にないね?強いて言やあ、銭が足んねえかな?と長作は答えるが、色気なし、看病する人!と熊沢は言う。
こうやってお前さんがいるじゃねえかよと長作が言うと、鈍感!つまりなレコ、スケ!と言いながら、熊沢は自分の小指を立てて見せ、女房!と答える。
俺が?と長作が聞くと、うんと熊沢が言うので、今更嫌だよ…と長作はいう。
一人前に照れて顔赤くして、お前色黒いからほら見ろ、ドス赤いじゃねえかお前と熊沢はいう。
ほっといてくれよ、今のまんまでいいんだよ私はと長作が迷惑がると、ま本当にいらないか?と熊沢が念を押すので、いらないよと長作は答える。
しかしな、やもめ暮らしのお前見てるとてよ、なんとなく放っとけなくてよ…、本当にいられねえか、お前?と熊ワサは聞いてくる。
しつこいねと長作が言うと、そんか…、いい話なんだけどな〜、元ミス日本でよ、いやいやいやいやいや、女優にもちょっといねえな、あんな美人わよと熊沢が教えると、俄然長作は興味を持つ。
元日本?と長作が食いつくと、そうよお前、ソフィア・ローレンも真っ青なズドーン!と熊沢は自分の両手で巨乳を表現すると、これだ、お前、で、色は白いしよ、気立ては優しいし、おまけによ、料理の腕が抜群!と熊沢が言うと、だけどよ、年だろ?と長作は聞き返す。
いいや、それがお前、どう見たって30そこそこなんだけどよ、ああそうかい…、おっさんにその気がねんだったら、もう残念だけど断るわ、良し断ろう!と熊沢は諦めたように答え、部屋から出ようとする。
え?ちょっと熊さん、あんた気が短いからいけないよ〜と長作は呼び止め、それに一応さ、先方の顔を立てて、私が一度見合いをすりゃ良いんでしょ?と聞くと、良いよ、良いよ、無理しなくたってと熊沢は隣の部屋で新聞を読み始め、みかんを皮もむかずにかぶりつくので、いや、だからその〜、無理を承知でさね、私が会いましょう、じゃこうしましょう、それ結論としてね、私が会おうと長作が言い出したので、後ろを向いた熊沢は思わず吹き出す。
その後、会いに来た熊沢から話を聞いた丸田は、えっ!係長の奥さんに僕の姉ちゃんを?まあな、良縁だと思うよ、なにしすろ、ほら、俺とおめえさんの姉さんはよ、昔からその、仕事場一緒だろ?気心もよく知れててんだと熊沢は言う。
でも、お姉ちゃん、もう年ですよ?もしかすっと、係長より上じゃないかななあと丸田は指摘する。
ええじゃねえか、お前、今日日、年増っての流行ってんだからよと熊沢は言う。
弱ったなあ〜、ところで僕の姉だってことは伏せてあるんでしょうね?と丸田が聞くと、当たりめだよ、お前、話がお前、ひっちゃかめっちゃかになるだけじゃねえかよ、とにかくよ、本人の気持ち聞いてみようや、きんちゃん恥ずかしがらずに出ておいてよ、ほら早く!いい話なんだから…と熊沢は、カーテンの奥の台所にいる丸田の姉に話しかける。
呼ばれてカーテンから手料理を持って出てきたキン子(菅井きん)は、あの〜、お話とっても嬉しいんですけど、私には離婚の経験が3回もあるでしょう?それに今の私の仕事にしたって…と戸惑いを見せる。
いいじゃないか、そんなことは黙ってりゃ分かりしねえんだものと熊沢は煽る。
そうね〜、なんだか私年甲斐もなく血が騒いてきちゃっねえ〜、ねえ太、相手の方ってどんな方なのと弟に聞く。
ど、どんなって、ねえ…と丸田が返事に窮すると、まあ大きく分類すればだよ、インディアン風…いやあの…、イングランド風ジェントルマンかな?と熊沢は答える。
イングランド風!とキン子が食いつくと、顔もいいよ〜、強いて言えばね、ま、田宮二郎をね、フライパンで焦した感じかな〜などと熊沢が言うので、ああ田宮二郎さん!とキン子は喜んだので、横で話を聞いていた丸田は顔を顰める。
ま、本人ね、最近病気がちでね、すっかり気が弱くなってんだよと熊沢が言うと、気の毒…、あのお世話になろうかしら?とキン子はすっかり乗り気になる。
姉ちゃん、姉ちゃんと丸田が止めようとすると、何余計なことすんだよ!と怒った熊沢は、よし決まったね、善は急げっていうから、明日早速見合いっていこう!とキン子に告げる。
お願いしますとキン子が言うと、おいおい、これかたしとけと将棋盤を丸田の方に押し付け、ほらお祝いの 精進揚げと、ほら、名物のきんぴらゴボウ!これもばっちりいただいて…と熊沢は笑いながら、キン子の料理を褒める。
翌日の「城北花輪事務所」では、長作の様子が明らかに変なので、丸田は対応に困った顔をし、中山も、お茶を配っていた節子も気味悪がっていた。
せっちゃん、ちょっと…と呼び寄せた中山は、どうかしたのか、今日の黒木?と小声で聞くと、それが私のわかんないんですよと節子が答えると、そう?薄気味悪い面してんだからなと中山が言うので、何か腐ったもんでも食べたんでしょうか?と節子は言うと、そうか…と中山は納得する。
腕時計で時間を気にした長作が、おい丸田、丸田!と小声で呼ぶ。
はい?と丸田が答えると、ちょっと来いちょっと来いと長作は手招き、はい何でしょう?と丸田が近づくと、いや実はな親戚で結婚式がなってな、わしが電話せんと格好がつかんのだよ、仕事中に出にくいだろ?お前、ちょっと表からな、俺に電話してくれと長作は丸田に小声で頼む。
電話なんてかけるんですか?と丸田が聞くと、何でも良いんだよ、私が勝手に受けるから…と長作は言い、なんだよその顔は?こういう時でしょ、私に恩返しをするのは…、早く!と長作は命じる。
渋々、はいと答え丸田は事務所から出ていく。
まいったな〜、これどうなっちゃうんだろうな〜とちゃぶる焼きながら、丸田は事務所の外の電話を探しにいく。 それを事務所の外で監視していた一作に、おい!ここまで来て尻込みしちゃダメだよ、早く!とついてきた学生が急かす。
しかし一作は、やっぱりまずいよ、お前、親父がいるのに退職金の前借りなんてよとゴネたので、バカ!経理の奴、裏口呼び出しゃ良いじゃねえか!一作!と学生が言うので、慌てるなって、慌てる乞食や物もらいができるって言うじゃねえかよと一作は宥めると、そう言うな…と学生も納得する。
その後、事務所の課長の電話がかかったので、あ、私が出ましょう、はい私が出ますと言い、中山の手川受話器を奪い取った長作は、はい、あ、もしもし!城北花輪製造販売でございます、おかめうどん3つ?バカ!蕎麦屋じゃないようちは!と言い返す。
その時、節子の机の電話が鳴ったので、受話器をとった節子は、相手の話を聞き、はい係長と受話器を差し出す。
はいはい!と言ってその受話器を受け取った長作は、城北花輪製造販売でございます、あ、君か!と小声になると、お客様でございますか?どうもどうも、はいはい、おやまあ、世田谷の葬儀屋さんが開店でござい ますか、ああ、遠うございますが、早速伺いしましょう、私がお伺いします、私がはい、じゃあ私が参りましょう、おやまあ!そうでございますか、じゃ私が参ります、ええ早速参りましょう、あ?私がやっぱり私がいい?私でございますか?ええ参ります、参ります、ええ私!はいはい、直ちに!と長作が一人で喋り続け、勝手に電話を切る。
おいおいと中山が話を聞こうとすると、部長、面白いもんですね、世田谷の葬儀屋が開店するんですって、お祝いの花を持って来いってんですけどね、ま、断ったんでございますがね、どうしても私にって言うんですよ、この忙しいとやになるな〜、じゃ行ってまいりますと長作は一方的に言いながら、身支度すると、さっさと事務所を出て行ったので、中山は、おいおい…と言いながらも見送るだけだった。
来た来た来た来た!と外で見張っていた一作と学生は気づくが、戻ってきた丸田があの〜あの〜と話しかけようとしても、それを無視した長作は、どこかに一目散に駆けて行ってしまう。
物陰に隠れて見ていた一作は、チャンス!見ろ!待てば海路の日和ありってなと学生に話しかけ、2人は笑い出す。
駅で待っていた熊沢は、お〜い!何時間待たせんだ、お前?遅いよ!とやってきた長作に文句を言うので、 ちょうど重役会議にぶつかっちまってよと長作は言い訳し、ほんでどうよ?と聞く。 良いから良いから、黙ってついてこいよと熊沢が言うので、はいはい地球の果てまでもついてきますよと長作は答える。
何だ!親父の退職金を前借りさせろ?と、会社の社長室に直談判しに来た一作から話を聞いた川上社長は仰天する。
はい、できますものでしょうか?と一作が聞くと、はあ〜、お前か…、大学を何回も滑ったり転んだりしてるっちゅうんは?と川上が言うと、急に一作は泣き真似を始める。
川上は、おい黒木!と長作を呼ぶが、今仕事で外回りですが…と中山が答える。
そうなんですと一作が言うので、何だ?よく知ってるねと川上は怪しむ。
するとまた一作が泣き真似を始めたので、それにしてもいい若いもんが手放で泣くんじゃ、よっぽどわけがあるんだろうな?と川上は聞く。
よくおっしゃってくださいました、まずは一通り私のお話を聞いてくださいと一作が言うので、うん、話してごらんと川上が促すと、実を申しますと私には小学校の時に大恩を受けた先生がございます、その先生は3年前に奥様を亡くされて以来、10歳を頭に15 人の子供たちを養ってまいりました、ああ、それなのに、それなのに…、運命の神は先生を見放してしまったのです…と語り始める。
んで、どうした?と川上が先を聞くと、はい、あれは確か先月の5日頃でしたでしょうか、学校の帰り道先生はダンプカーに跳ねられて重傷のまま病院に運ばれてしまったのでありますと一作はいう。
一作の背後には、中山をはじめ、節子や丸田や他の社員たちも集まって、一作の話を熱心に聞き始めていた。 川上の机のお茶を勝手に飲んだ一作は、 おお、なんたる悲劇、なんたる痛ましい話でありましょうか!と大袈裟なことを言うので、早く先行けよと川上は先を急かす。
はい、後に残された痛いけな15人の子供たち、どうやって食べて行ったらいいと思いですか、あなた!と一作は川上に迫る。
それでなお前…とついタメ口になったことに気づいた一作は、急に元の口調に戻り いやいや、私は彼らに申しました、英語の諺にも、「Back of the clouds the sun is always shining」とあるではないか、お立ち合い!と言うんで、何だ?と川上が聞くと、いえ!どんなに曇っている日でも雲の上はお伝統様が輝いているよ、決して希望を捨てちゃいけない言うんで、赤ん坊にも英語が分かるの?と川上は突っ込む。
はい、なぜか分かるのでございます、それ以来幼い命は小さな肩を寄せ合い、幸せの片隅で懸命に生きてまいりました、おやしかし、治療の結果は思わしくなく、ついに手術をしなければならない運命に立ちりました、しかし先生にその費用はございません、ダンプカーの運送会社からの示談金、保険金合わせて1000万円は3ヶ月先とのこと!今、ナウ!100万円がいるのです、社長さん、教え子の私がこれを黙って見過ごすことができますか?できないよ、これは…と一作が力説するので、ほんだほんだ…と川上社長をはじめ、聞いていた丸田も節子も泣いていた。
いただくとは申しません、ほんの3ヶ月間拝借できたら、必ずお返いたしますですよ社長さん!と一作は川上の手を取って頼むので、おい聞いたか?出してやれ出してやれ!と川上は中山に命じ、一作も同じように、出してやれ出してやれと中山に言うので、あんたはいいんだよと止めた川上は、おい中山君、書類を作ってやれと再び指示する。
へえ〜、それじゃ父の退職金を?と一作が聞くと、貸してやる貸してやるってと川上が言うので、ありがとうございますと感激して泣き真似を始めた一作は、ただこのことを父が知ったら心配します、私が返すまで絶対に内緒にしといてくださいますと頼むので、偉い!ますます気に入ったよ、自分の美談を親にまで隠そうとする、どうだね中山君、トンビが鷹を産んだってのはまさにこのこったねと川上は感動する。
そんな社内の会話を入り口のドアから顔を出して聞いていた大学生はニヤリと笑う。 ところでトンビはどこ行ったの?と川上は不在の長作のことを聞く。
その頃、競輪場に連れてこられた長作は、熊さんよ、こんな所で見合いじゃ、なんぼなんでも相手の女性に悪るいんじゃねえか?と聞いていた。
ええから、ええから、黙ってついてこいよ。この〜と熊沢は笑う。
おい2人頼むぞと言って、どうぞと言う受付嬢を顔パスで通過した熊沢を見て、すげえとこで顔なんだなと長作は関心する。
焼きそば屋のオヤジ(谷村昌彦)が、何だ熊公?、今日随分遅いじゃねえか?と声をかけてきたので、ちょっと訳ありでよ、おっさんよ、この男にちょっと1個作ってやってと熊沢が返事したので、おい待てよ、呑気に蕎麦なんか食ってる場合じゃねえだろと長作が焦ると、良いから良いから、そうやって待ってろよ、お前そこ動くなよと言い残しどこかへ向かったので、おいおいおい、しゃあねえな、全く…と長作はぼやく。
その時、ジャンが鳴って、レースは佳境を迎える。
そんな長作に、旦那、今日の8レースは面白いよ、熊公の言う通り買っときゃ間違えねえや、とにかくね、バカ付きしてる予想屋なんだから…と焼きそば屋が話しかけてきたので、熊さんが予想屋?…と長作は聞く。
焼きそば屋は、知らなかったの?おまちどうさん…と焼きそばの皿を渡してきたので、長作は割り箸を歯で割って食べ始める。
その頃、はいごめんなさい、ちょっとと客を押し除けながら、仕事中のキン子を引っ張って来た熊沢に、キン子は、忙しいのにさ〜と迷惑がっていた。
ほら、あそこにいるだろ?ほら照れる顔かよ!行っといでよ、ほらと、熊沢はキン子の背中を押して、長作のもとに行かせる。
キン子に気づいた焼きそば屋は、何だい?食うのかい?と聞き、長作はキン子が予想紙売りだと気づくと、お〜し、俺も一丁やってみようか、1枚くれやとキン子に話しかける。
するとキン子が黙って顔を見てきたので、何だよ、ただくれってんじゃないよ、1枚いくらだ?と聞く。
するとキン子は、突然その場で売り子のユニフォームを脱いで、この度はありがとうございましたと言ってきたので、まだ何も買ってないよと長作が戸惑うと、いいえこの度はふつつかな私に声をかけてくださいまして、本当に何と申し上げてよいやら、田宮二郎さんそっくり!似てらっしゃる〜とキン子がすっかり長作に夢中になったところで、熊沢が近づいてくる。
長作は焼きそば屋の親父に、救急車!変な来たよ!と小声で知らせるが、おっさんごめん!黙ってて悪かったけどよ、昨日話した女性ってのはこちらなんだよとキン子を紹介する。
あまりの意外さに思わず顔面崩壊したた長介は、この人が!と叫ぶ。
女ってのはな、働いてる姿が一番美しいって言うからなと熊沢が焼きそば屋に言うと、そうだよなと焼きそばやも答え、御縁でございます〜と言いながらキン子が体を触ってきたので、いや、おいおいおい!と熊沢を引き寄せ、どこがソフィア・ローレンだよ?と聞くと、ボインだものと熊沢はジャスチャーを交え嬉しそうに答える。
弟が会社に一方ならずお世話を頂いてるそうで…とキン子が言うので、弟?と長作が聞くと、はい、なんですか、私の作りますキンピラをを大変褒めてくださったとか…、私、恥ずかしいやら嬉しいやら、一生キンピラごぼう作って差し上げますわなどとキン子は長作の襟元をしっかり掴んで迫ってくる。 あんた丸田君のお姉さん?と長作が気づくと、はいとキン子は笑う。
畜生!と長作は呟く。 その後、帰社した長作は、花輪の置き場に丸田を呼び出すと、その襟首を捕まえ、この野郎!貴様まで俺をコケにする気か!大体お前の姉さんがソフィアローレンに似るわけねえだろう!あれじゃまるでペてんじゃねえか!と詰め寄る。 離してくださいよ、私は止めたんですよ、私の姉なんかとっても係長に釣り合わないって何度も止めたんですよと丸田は言い訳する。
それでも長作は、嘘つけ貴様〜、俺の弟になってこの会社で出世しようって魂胆だろう?と責めると、違います、熊沢さんに聞いてもらえば分かるんだからと丸田が言うと、熊だか狼だか知らねえがな、俺は絶対やだよ、死んでも断るぞ!と長作が言うので、当然ですと丸田は答える。
一方、帰宅したキン子は、手をついて詫びる熊沢と丸田に対し、あれじゃまるで私は晒らしもんじゃないの!ひどいよ!それ何よ、よく見たら田宮二郎なんかにちっとも似てやしないじゃないのよ!とキレていた。 人間の親切って奴はなかなか実らねえもんだね〜などと熊沢が言うので、何よ人をペテンにかけて、みんなで笑うってこんなんでしょ!覚えとけ、こいつ!とキン子は丸田に当たり散らす。
ツイてねえな〜俺…とぼやく熊沢に、熊沢さんなんとかしてくださいよと丸田が頼むと、しかしよ、黒木のおじさんも目が高ええよなと熊沢が笑いながら丸太にいうと、何だって!とキン子がつかみかかって来たので、いやいやだからね目がねえって言ったんですよと熊沢は言い換える。
悔しい!私ゃ、もう2度とキンピラごぼうなんて作ってやんないから!死んだら3人のとこ化けて出てやんから!と言ってキン子は泣き崩れる。
ほらよ、今度鶴田浩二に似たの見つけてやっからよ!と熊沢はキン子の背中を撫でながら慰める。
「スナック久美」では、組がテーブル客に、お待ちどうさまと料理を運んでいた。
月とすっぽん、釣り金に提灯か…と、1人考え込んでいた長作に、何それ?と店の妙子が聞くと、 いや今日ね、競輪場でひどい食中毒を起こしちゃってね、しばらくママの顔見てないと治んねんだよと長作は答える。
じゃあ私の顔は差し詰め胃の薬ってわけ?と久美が言うので、とんでもないと長作は否定する。
そのチキ、カーテンを開け、久美に姉さん、ちょっと!と呼びかけた透(森田健作)に、あ、透ちゃんちょっと入ってとカウンターに呼ぶと、黒木さん、弟です、自動車の修理工場で働いてる工員さん、力仕事って言うと呼び出すのよと久美が紹介すると、初めまして、透ですと弟は名乗理、いつも姉が…と言うので、長作はこちらこそと頭をさげる。
ちょっと失礼しますと久美は断って席を離れ、透もどうもと言って姉と一緒に裏側に消える。
ね、さすが兄弟だけあって美男美女でしょ?と妙子が言うので、いや、まいったな、俺はね、ああいう色男を見てると生きてるのがやんなっちゃうと長作は本音を吐露する。
そんなことないって、黒木さん、良いこと教えてありましょうか?と妙子が言うので、何よと聞き返すと、ママはね2枚目の男は大嫌いだって!と妙子が言うので、わかるもんか!と長作が笑いながら答えると、あら本当よ、こないだ2人の時、しみじみ言ってたわ、何で2枚目にハートのあったかいう男は1人もいないんかって、だから私なぜか黒木さんに惹かれるのって…と妙子はいう。
本当?と長作が食いつくと、どうする?と妙子は問いかける。
いや…しかし、2枚目が嫌いだから俺のこと好きってのはなんか複雑な心境だな〜と長作はぼやく。
このニュース高いわよ、いくらくれる?と言いながら妙子が手を差し出してきたので、そうか、良し、こうなったら俺も清水の舞台から飛び降れるつもりでこの胸のうちを…と長作は言い出す。
ごめんなさい、あら黒木さん、今日は廻りが早いのね〜、もう真っ赤になってると言いながら、側に来ると、 あら黒木さん清水の舞台から飛び降りるんでしょ?と妙子が茶々入れてきたので、え?何と久美が聞くと、何でもないんですよと長作はごまかす。
あ、いらっしゃいませ!と組が入り口を見て行ったので、何気なく見た長作は、あっ部長!と驚く。
何だ黒木、仕事もろくすっぽしないでよく飲めるな〜と言いながら中山が入ってきたので、いや今日の分はちゃんと済ませましたと長作が言うと、言い訳ばっかりしやがって、息子とは大違いだと中山は言いながらカウンター席に座る。
あの〜、うちの倅が何か?と長作が行くと、いやいやいやトンビと鷹が腕相撲したって話さと中山は答え、ママ、こいつて借金踏み倒す病気があるから気をつけろよくみにささやきかける。
失礼よ、中山さん、そんなこと言っちゃ、黒木さんはね、うちのお客様の中でも最高のAランクよと久美が言うと、ママの目も節穴だぜと中山は吐き捨てる。
悪いけど、もう1度来てよとカーテンを開けて透がよんだので、はいはいちょっとごめんなさいと言いながら組が立ち上がったので、見ない顔だな誰だろう?と中山が長作に聞くと、部長大ショックな大ニュース!というので、何だよ今の?と中山は聞く。
長作は中山と顔を反対側に向けてヒソヒソ話になると、今の2枚目見ました?あれね、ママのこれですと言いながら、長作は自分の親指を上げて見せたので、ええっ!と中山は仰天する。
いや、しかしわからんもんですなあ〜、でも考えて似合の2人かもわかんない…と長作がいうと、妙ちゃん!俺ら帰るよと急に中山が立ち上がって告げたので、どうして?と妙子が聞くと、慌てて帰る中山はドアにぶつかったので、直しとけよ!と捨て台詞を残していく。
まあ良く効いちゃったな〜、はい、俺の勝ち〜!と長作は中山が帰ったドアの方を見ながら変顔をして見せる。 その夜、帰宅した長作は、息子の一作とともに、湯豆腐を囲んで一献飲んでいた。
一作殿、いやこれは片けないと喜びながら、ざまあ見ろ、ど近眼が!と長作は中山の悪口を言う。
ドキンガンって何です?と一作が聞くと、いやこちらの話と誤魔化した長作は、まあ、飲みねえ飲みねえ!ととっくりの酒を一作にも勧める。
さようでござるかと盃に酒をもらった一作は、10をかしらに15匹の子供たちと来たのか?と一作が呟いたので、何だ15匹って?と長作が聞くと、いや、あの〜その〜、あの豚の親子の話でござるよと一作も誤魔化す。
いやいや、しかし一作殿、今宵は拙者とお主と長い間忘れていたものを取り戻したような気分でござると上機嫌の長作がいうと、いや本当、取り戻したような、その、頂いちまったような、複雑な気分でござるなこれがと一作も上機嫌で答える。
やるもんだ、やるもんだ、まさにその通り!と長作は一作を指差して喜ぶ。
おいこれ、花奴!酒を持て!と長作が空になった銚子を振って花子にねだると、おい、花たらし、三味でも弾くかよ?と一作も調子に乗って妹に声をかける。
大地震の前触れじゃないかしら?ちょっと2 人共、頼むからひきがえるみたいにヘラヘラ笑うのやめてよと新しいお銚子を持ってきた花子が頼むと、良いから良いから、あ、ところで花子と長作が言い出したので、うん?と花子が返事をすると、お前は2枚目の男ってのは好きか?と聞く。
そりゃ好きよ、いい男は、あら女だって大体そうよと花子が言うと、ノー!まだまだお前は半人前ですねと長吉は言い返す。
すると一作も、半人前だ、お前はと同意する。
大体ね、2枚目の男ってのはねハートが冷たと長作が言うと、一作も冷たいと同意する。 そこ行くとこのお父さんは2枚目であるが胸の中はほかほかっているなどと長作はいう。
一作もほだよと同意する。
つまり言うなれば、ハートボイルドのごとくしてさにあらずってな、まこの原理が分かるようになるには、 1人前の女なんなきゃ無理だなと長作は言い聞かせる。
そう言って小豚のお父さんは、虎の子の宝物を取られても分かりませんでした…と、一作が揶揄うと、その通りでしたいしたと長作も銚子を合わせるので、いい加減にしてよ!もう後で食べるわと言って、花子は食卓から去ってゆく。
ささお父上、もう一献などと一作は寄った長作に酒を勧める。
おいやいやこれはすまないなどと長作も浮かれていたが、そんな二人の会話を聞いていたはあこは何事かを思いつき、一作の部屋の電気をつける。
2枚目は冷たいから嫌いになんちゃって!と隣から長作たちの浮かれた声が聞こえる中、花子は一作の机の引き出しに入った百万円の札束と借用書を見つける。
どうも変だと思ったよ…、とうとうやっちまったな…と、花子は札束を見て嘆く。
その時、襖を開けた一作は花子に気付き、バカ!と言いながら近づくが、しっ!大きな声出すよと花子も負けていなかった。 それ、パンドの支度金じゃねえかよ、1時借りただけじゃないか、すぐ返すんだよと一作が言うと、 すると花子は、何だって良いわよ、調子良いわよ、このまま独り占めにする気?と睨んできたので、いくら欲しいんだよ?と一作が聞くと、花子は五本指を出したので、野郎、人の足元見上がって!親父に内緒しとけよ!言ったら出さないからな問いながら、札束を数え出す。
そんなこととはつゆ知らない長作は、一人ご機嫌で、ああ〜あの声であの声で〜♩と軍歌調の出鱈目な歌を歌っていた。
長さんが好きとママさんが〜ほいほい♩ ちぎれるほどに(チュー)したい♩ 今においらはスナックのマスター♩バンザ〜イ! 翌日、川べりにやってきた透は、何よ話ってと久美から聞かれ、実はね、実は、俺夕べ、久しぶりに健さんに会ったんだ、結論から先に言うよ、健さんは姉さんと元の鞘に収まりたいんだと達は打ち明ける。
そんなったんだよ、そんな5年前、姉さんとあんなことになってから、一時は博打に身を持ち崩したけど、でも健さんは姉さんを愛し続けてきたんだよ、そのことはこの俺が1番良く知ってんだよと透がいうと、やめて!と久美は言い返す。
安物のメロドラマじゃありますし、愛し合っている夫婦が一緒に暮らせないなんてナンセンスだよと透が言うと、でもね、でも私、ヤクザは嫌!と久美が言うので、分かってるよ、でも健さん、今度こそ足を洗う…、そう言ってんだよと透は教える。
嘘!あの世界からそう簡単に抜け出せるもんですかと久美が反論すると、もちろんそう簡単にはいかんさ、だから健さんも今度は散々苦しんだらしいんだよ、あの人は見通しのないことを口に出すような人じゃないよと透はいう。
今度こそ立ち直るチャンスだと思うんだ、とにかく金のことさえ綺麗にしたら、後されなく組から離れることができる…、そう言ってんだよ、なんとか力になってやれよと透は言うので、一体いるの?と久美が聞くと、200万と透は答える。 200万か…と久美は呟く。
翌日の「北沢花輪事務所」の退社時刻、節子が厚化粧をしていると、急げや急げ、みんな急げ、急がないと社長に捕まるぞ!と言いながら、長作が帰ろうとしていた。
そんな長作に肩を突かれた節子は、こっちは今夜デートだからね、社長の浪花節なんか付き合っちゃいられないんだよと言いながら、化粧を続ける。
あれ聞くと人一晩うなされますからねと丸太が言うと、俺なんか2〜3日下痢が止まんなくなるよなどと他の社員たちも被害報告すると、下痢なら結構、私なんか便秘起こしちまってね、汗まで黄色くなっちゃいましたよ〜と長吉が続ける。
すると中山が、黒木くん、そういうこと言っていいのかね?ボーナスの査定に影響しても知らんよと嫌味を言ってくる。
長作は苦笑いして、いや、そうなるんじゃないかな〜と思っただけでございまして…と謝ると、 じゃあ、部長は平気なんですか?と丸田が聞くと、とんでもない!俺は社長の浪花節想像するだけで屁が止まんなくなっちゃうよと答えたので、社員一同爆笑が起きる。
さあさあ皆さん帰りましょう、帰りましょうと長作が音頭を取り、社員たちは一斉に事務所を出ようとする。
そこに入ってきたのが果物を大量に手にした川上社長で、いやあ、すまんすまん!みんなわしの帰りを待っててくれたのに、その心がけに感じてな、今夜は全員呼びたいとこだがね、ご馳走にも限度があるんでよ、4人だけにさせてもらうわ…と言いながら、胸ポケットから手帳を出してきたので、ちょっと私のメンバー作ってきましたと中山が自分の手帳を取り出す。
そうか…、まずお前だと川上は中山を指名し、それから丸田君ね、それから牧野野君、え〜、それからこう一点におせっちゃんだと指名したので、いや〜いやいやいやいや!と長作が拍手したので、ほら、何でおめえ、手叩いてん?と川上が聞くと、お聞きできないのが残念でございますと長作は頭を下げたので、我慢しろよ、またのチャンスが…と川上が労わろうとしている最中に、長作と他の社員たちは帰ってしまったので、人が喋ってんのに…、なんだこの野郎!と川上は怒る。
すると節子が泣き出し、他のメンバーも悲しげな顔になったので、何だ、え?この野郎、まだ聞かないうちから感激すんなよと川上は一人で喜ぶ。
「赤垣源造の店」に長作が来ると、お?お早えじゃねえかと、まだ仕込み中だった源造は言う。
ちょうど店の電話が鳴ったので、受話器を取った長作は、あ、もしもし?この親父?うん、死んじゃった!と答えて電話を勝手に切り、現像が準備していた焼き鳥の材料も取り上げたので、何するんだよ!と文句をう。
良いから、良いからと、長作が勝手に仕込み中の材料を全部片付けてしまったので、何するんだよ!ええ、長さん!と源造は抗議するが、汚ねえな、とんなさいと長作は源造のエプロンまで勝手に取って外に連れ出す。
長さんが一目惚れ?と話を聞いた源造がいうと、いや15年間山暮らしした甲斐があったって、そんな彼女も言うことがいいんだな、生っちろい男はハートが冷たいから嫌だって、へえ〜、しかし嬉しいね〜、長さんに良い人ができたなんて…、ざまあみやがれってんだドキンガンのうすら金魚が!と長作はまた中山の悪口を言う。
お待ちどうさま!と客に料理を出していた妙子がいらっしゃいと声をかけ、うっす!と入ってきた長作が、あれ?ママは?と聞くと、うん、ちょっと出かけてると妙子は言う。
そっか…、ま、良いや、ほら源さん、ほら、ここに座ってくれや、早速乾杯と行こうぜ!と現像と一緒にカウンターに座ったので、今夜は随分ご機嫌ね、どうしたんですか?と妙子が聞くと、ほら、今日はつきまくってんだよ、今頃社長の家じゃよ…と長作は答える。
その頃、川上社長の家では、川上の浪花節を4人の社員たちが無理やり聞かされていた。
30両だし〜と歌っている時に奥さんがお茶を持ってきたので、 お茶なんか!と叱った川上は、つい、お茶を出さ…、お茶じゃねえんだよと言い間違えてしまう。
30両叩きつけ〜、親子の縁は切ったなれど〜…と川上は唸り続けるが、4人の社員たちは全員拷問を受けているような泣きそうな顔をしていた。
社長さんの浪花節って、そんなにすごいの?と妙子が聞くと、すごいのなんのって、あれだったらカバのおならの方がよほどマシだよなどと長作はいう。
やあね〜と妙子は返すが、おい、ママ遅いなあ〜と長作が聞くと、実はね、ちょっと金策、年末でしょ?何処も同じよと妙子が言うので、ママ、そんなお金に困ってんの?と長作は聞く。
うん、なんだか急にお金がいることができたらしいんだと妙子はいう。
分かった!このお店を開店する時、高利の金を借りちまってよ、今になってからヒヒジジイに迫られてんだろうと長作が推測すると、本当?と現像が口を挟んだので、本当よ、金を返すか、はたたまた貞操の危機かってやつだ都庁作画下品な想像をしたので、嫌あね、中年男の考えることって、すぐそれなんだから…と妙子が呆れていた時、久美が帰ってきたので、あ!お帰りなさいと妙子が声をかける。 組は長桜に気づかないように沈んだ様子で通り過ぎようとしたので、ママ!ママ!と妙子が呼びかけると、あら、ごめんなさい、いらっしゃいませと、ようやく長作たちに気づいた久美が振り返って挨拶する。
ママ、紹介するよ、僕のたった1人の戦友でね、赤垣源造君と長作が連れを紹介すると、初めまして、久美でございますと久美も返す。
長さんがいつもお世話になってるそうですと源造が挨拶すると、いいえ、こちらこそ、どうぞごゆっくり…と久美は伝え、はい!と現像も答える。
あ、ママ、ちょ、ちょっと…と立ち上がった長作が、久美を店の隅に連れて行くと、ママ、水臭いよと言うと、久美は、えっ?と驚く。
金がいるそうじゃないか?今ね、会社に100万ほど預けてあるんだよと長作がいうと、本当?と久美は食い付いてくる。
本当、実は退職金なんだけどね、前借りすりゃどってことないからなどと長作が得意げに言うので、悪いわ、そんな大切なお金…と久美は躊躇う。
良いんだよ、ママのためなら、海山超えて、どんな難儀もわしゃいとやせぬ…なんちゃってねと長作はいう。
ありがとう!恩にきるわ、必ずお返しますから!と久美が合掌して頼んできたので、すっかり喜んだ長作は、良いから、良いからと返事しながらタバコを咥えるが、火のついた方を咥えたので、熱!熱かった… と慌てる。 そんな様子を妙子と源造は愉快そうに眺めていた。
ところが、翌日、会社で川上に退職金のことを聞いた長作は、ええ!倅が退職金を!と仰天する。
いやいやこの件はね、我1人の胸三寸に畳んどこうと思っとったんだがね…と川上が言うので、一作が…と呟きながら長作は絶望にあまり座り込んでしまう。
しかし、とにかく偉いやっちゃねえ、君の二世は…、トンビが鷹を産んだとはよく言ったもんだね…、なあおいなどと川上が中山にいうが、中山はなぜかその場を離れてしまったので、おいおいおい!ちょっと、おい!と川上は話し相手を失ってしまう。
人情風船の世の中に聞くも涙、語るも涙の物語…、木枯らし寒い師走の朝、恩師はダンプに跳ねられて、神も仏もないものか〜♩露頭に迷う子供たち〜♩それを見かねて〜と川上は浪曲で語り続けるが、長作はすでに聞いてなかった。
その日、帰宅した長作は、一作の部屋に入り、そこにあったものを蹴飛ばしたので、パジャマ姿だった一作が、何すんだよ!と怒ると、説明しろ!100万円何に使った?お前の小学校の先生とやらに会わせろ!入院してる病院に連れてけ!と長作は迫る。
ちょっと待ってよ、親父、あのね…と一作が言い返そうとしたので、長作は一作の頬をビンタする。
痛えなあ!と一作が言うと、貴様、一体お父さんが、20年間汗水流した結晶を何だと思ってんだ!言ってみろ、この野郎!と長作は叱る。
100万だと思ってるよと一作が答えたので、バカ!ただの100万とはわけが違うんだ!と長作が言うと、だから退職金という尊い100万だと思ってるよと一作は答える。
さあ言え、何に使った!と長作が一作の首根っこと掴むと、お兄ちゃん白状しちゃなさいよと花子が言ってくる。
言うよ、言ってやるよ…、バンド作るのに使ったんだよと一作が教えると、何だ?バンドだ?じゃあ、お前はアフリカのワニでも買ったんのか?と長作は聞く。
ワニ?と一作が戸惑うと、だから鰐皮のバンドでも作って売ろうってのか?と長作が検討はずれなことを言うので、横から花子が、バカだ〜、楽団!あのチイタカタッタってわかる?あのバンド…と教える。
楽団だ?お前ホラ吹きなのに、まだラッパまで吹こってのかい!と長作が聞くと、違うよドラムだよ、太鼓ドンドン、ドドスコドドスコって、あれ…と一作が教えると、じゃ何か?お前は太鼓を叩くためにお父さんの退職金を泥棒したのか!と長作は呆れる。
泥棒したわけじゃないよ、一時借りただけじゃねえかよ、すぐ返すよと一作は言い返すが、許しません!例え川が逆さに流れようと絶対許さん!いいか一作、お父さんはな、お前をちんどん屋にするために今まで苦労したんじゃないんだよ、見ろあれを!と襖に貼られた張り紙を指した長作は、あの誓いを忘れたか!お前は…、5回も大学滑りやがって…、それでもお父さんはなんとかお前を1人前…と小言を続けるが、もうたくさんだよと叫んだ一作は壁に貼った誓いの言葉を自ら破り捨てる。
一作!何の真似だ?と長作が聞くと、俺はね、とっくの昔に大学なんて諦めてんだよと一作は答える。
なんだと?もういっぺん言ってみろ!と長作が気色ばむと、もう何度でも言ってやるよ、大学なんか目じゃねえつってんだよ、あんなとこはねえ、勉強する以外脳のねえ奴が行くところだよと一作は自論を述べる。
この野郎!とまたビンタしようとした長作だったが、一作が頭を下げたので襖を思い切り叩いてしまい、あ痛!と叫ぶ。 お父ちゃん、私もなお兄ちゃんの言う通りだと思うよと花子は口を挟んできたので、ほら見ろと一作はいう。
公平に見てなお兄ちゃん頭悪いもん、無理して大学入るよりもね、太鼓叩いてた方が良いよと花子はいう。 うるさいよ、ガキは引っ込んでろ!と長作は花子も叱る。
一作!事務所の許可が取れたぞ!だからよ、もうちょい金がいるんだ、だからよもう一遍、ダメ親父にたかれねえかな?と見知らぬ学生が上がり込んできたので、何だ、お前は?と長作が聞くと、そこで初めて長作に気づいた学生は驚き、こんにちはと挨拶する。
誰だ、この西洋乞食みたいなやつは?と長作が聞くと、俺たちのバンドリーダーでね、三郎って言うんだよと一作が教える。
初めまして!と三郎は改めて挨拶するが、良しわかった、お父さんがバカだった、これまで倅に馬鹿にされたらもう言うことはないよ、出てってくれ、出てけ!と長作は言い放つ。
もう貴様なんか、息子と思わない、親とも思うな!と長作が言うので、困るんだよな、この家、俺ちの事務所ってことでさ、登録しちゃったんだよと一作が言い、ザ・ドラゴンズってんだ、俺たちのバンド、かっこいいでしょ?お父さんなどと三郎が言い返してくる。
お父さん?お前なんかにね、お父さんと呼ばれる覚えはないよ!と三郎に叱りつけると、良し!だったら私が出て行く!俺が出てくぞ!と言って長作は出て行くふりをするが、花子も一作の横に行ったので、よし、この野郎、誰も止めやがんねえな?貴様らいい気になりやがって!飯もろくすっぽ満足に炊けんだろ?できるものやって みろピーピー泣きやがって、くばっても知らないぞ!親不孝もの!と怒鳴って廊下に出ると、滑って転んだので、ちくしょう!こんな危ねえ家に住んでられるか!と八つ当たりした長作は、強打した腰を抑えながら、這って入り口に向かうのだった。
翌日、現像と川縁で会った長作は、この世の中、地獄と極楽の2つしかねえってけど、右見ても左見ても、地獄ばっかりだ、俺の極楽ってのはどこへ行っちまったんだろうなあ?とぼやく。
そばにいた夫婦が子供に、車に気をつけなよ!と声をかけ、子供はうんと答えて出かけてゆく様子を目にした長作は、片親で育てたってのが、やっぱり間違いだったのかな〜と反省する。
元気出せ!おめえには久美さんって女がいるじゃねえかと源造が励ますと、肝心の銭がなくなっちまったもの、もう会いにも行けねえやと言いながら長作は頭を駆け込む。
そうそう悪いことばかりもねえだろ、ま、俺んちで2〜3日、頭冷やしていけやと源造は言いながら、錠剤を飲む。
クリスマスの日、「赤垣源造の店」にいたヘルメットを被った長作は、外の通りのクリスマス飾りや通行人の姿を見て、チェッ、毛唐の祭りが何だってんだよとぼやいて戸を閉めると、おおよ、日本の心忘れてやんだと源造も答えたので、よう源造よと呼びかけた長作に、おいよ長の字と源造も答える。
俺っちの心の故郷は南の島にしかねえんだよな〜?と長作が言うと、そうよと源造は答える。
畜生!それにしても俺をバカにしやがる野郎は承知しねえからな!と長作は悪酔いしていた。
おい長の字!と源造が呼んだので、おいよと長作が答えると、俺たち2人のパラダイスを歌おう!誘うので、パラダイス行っちゃおうと答えた長作は源造と肩を組んで、私のラバさ〜、酋長の娘〜色は〜♩と歌い始める。
やがて源造が、どうも飲みすぎたらしいや、気分がすぐれねえから、今夜は早終いかなと言うので、大丈夫かいと長作は案じる。
近頃、めっきり弱くなっちまって…、そろそろお迎えかな?などと源造が言うので、おい、よせや源さんと長作は言い返す。
錠剤をまた飲んだ源造は、この頃よく勝利の夢見るんだな、紅葉みてな小さな手のひらで俺を呼びやがってよ、長さん…、実は言うとな、勝利はやっぱり生きちゃいなかったよ…と源造は打ち明ける。
本当はずっと前から分かっちゃいたんだけど、でも生きてるんだって思い込まねえとなんだかこう体中の心棒が消えちまうような気がしまって、でももう疲れた勝利の所へ行きてえよと現像が愚痴るので、おいよせよ、縁起でもねえこと言うな、だいぶん汗がひどいぞと言いながら長作は源造の額の背をハンカチで拭ってやる。
帰ってやんなよ家に、極道息子は今頃はきっと後悔してるよと源造が言うので、 やだね、おめえの言葉だけどよ、俺は今回ばかりは死んでも帰らねえよと長作は意地を張る。
振り向いて長作の顔を見た現像は急に苦しそうな表情になる。
夜中、咳き込んで布団の中で目覚めた源造は、長作が寝ているはずの隣の布団が空であるのに気づく。
苦しむ源造は、また錠剤を飲む。
一方、久々に自宅に帰ってみた長作だったが、自宅は煌々と明かりがついており、中から音楽も流れていた。
玄関のガラス戸から中を覗いてみると、「祝・ザ・ドラゴンズ 結成祝賀パーティ」と書かれた横断幕が貼られており、女の子たちを前に、一作のバンドが楽しそうに「バイのバイのバイ」の演奏をし、三郎がその前で踊っていた。
一作はドラムを叩いていたが、やがてバチで、周囲の家財を次々に叩くコント芸を始める。
やがてろう感じ出た一作が、そこに立っていた長作の足に気づかず、トントコドンキンキンキンと股間のところまでバチで打った時、親父と気づいて、はあ!と驚いて腰をぬかす。
それを笑った女の子と三郎たちが、メリークリスマス!ザ・ドラゴンズ!と乾杯をしたので、思わず、やめろ!と叫んで室内に入り込んだ長作は、お前たち何やってんだ?なんだ真中のこのバカ騒ぎは!ピアノや犬がやかましくてもな、殺されちまうご時世だ、お前らも殺されちまいてえのか!バカ!と叱りつける。
するとヘラヘラしていた一作が、まあ良いから良いから、帰ってきたじゃないの、寂しくなっちゃったんだろ?分かる分かる、でもさ、可愛い親には旅させろ、何〜んちゃってなとドラムの席に座って戯けたので、女の子たちにはウケるが、一作ちょっと来いと引っ張って行こうとした長作だったが、あ、パパ!私の一作虐めちゃ嫌〜と女の子が庇いにくる。
ちょっと退いて!とその子を避けようとした長作は、 さあみんなが帰りなさい、ここは私んちだ、出てってくれと集まった連中に声をかける。
まあまあそう怒らないで、おかげでバンドも決成できました、ご協力感解します、おいみんな一作のお父さんにお礼の乾杯だ!お父さんありがとう!と全員で乾杯する。
ねえパパってとっても料理が上手なんですってね、何か作って〜、私の唐揚げ!私ハンバーガー!私ボルシチが良いわ!などと女の子たちが勝手に言い始める。
俺ピーマンの炒めたの!俺焼き芋!などとバンドメンバーまでねだり始め、全員が笑い出したので、ちょっとこっちへ行きなさいと花子と一作を掴んで隣室に来た長作は、お前たちは恥ずかしいと思わんのか!と怒鳴りつける。
ねえパパ、怒っちゃだめ、ねえねえね「きよしこの夜」私たちと一緒に楽しく過ごしましょうよなどと言いながら女の子が長作に抱きついてキスしてきたので、全員大喜びする。
その女の子のキス攻撃から逃れた長作は、2回から降りてきた熊沢に、助けてくれ!としがみつくが、 三角帽を被った熊沢は、おっさんよ、おっさんよ、老兵は消去るのみよ、おらよ、これとこ行ってしこしこいってくらあと小指を立てて笑いながら外出してしまう。
部屋の中では、一作や三郎と女の子たちが楽しそうに踊り狂っていた。
それをみて絶望する長作は、また源造のアパートに戻ってくるが、隣で寝ているはずの源さんの枕元に、吐き出したような錠剤が転がっていたので、源さん?源さん!源さん!と呼びかける。
すると目覚めた源造が、通帳と印鑑だ…、久美さんのために役立てくれ…と言うので、何言ってんだ ?と言い返すが、これでいいんだ、子供とも仲直りしたんだろう?と源造が言うので、おい源さん、死んじゃだめだよ、死なないでくれよ!勝利が呼びに来た…と、長作の方に顔を向けた源造が言い、がっくり頭を落とす。
源さん!源さん!源さん!と呼びかけるが、もう源造の返事はなかった。
ああ、源さん、死んじゃダメだ〜!と長作は死体に抱きつく。
源さん!バカ!死んじゃダメだって!と呼びかけながら、長作は源造の死体に縋り付く。
正月 晴れ着の女性が行き交う街中で、透と一緒に待っていた久美は、だめよ、いくら待ってももう来ないわと言うので、いや絶対に来るよ、姉さんがあれだけ無理して作った金じゃないか、それをすっぱかすような人じゃないよ健さんは…、俺が姉さんからの金渡した時、健さん泣いてたよ、あれは男の涙だったよ、その涙は信じてあげなくちゃと透は言い聞かす
その時、透は近づいてくるサングラスにコート姿姿の男を見つけ、久美の背中を押してやる。 コートの男は久美を見つけると、サングラスを外す。
走り寄ってきた久美を抱き寄せた男健一(北浦昭義)は、帰ってきたよと話しかける。
それを見届けた透は、笑顔になって帰ってゆく。
「スナック 久美」に来た超策は、源造の郵便預金通帳と印鑑を差し出し、源さんの葬式の帰りなんだと言うので、本当にお毒でしたわねと久美は同情する。
知らなかったわ、奥様もお子さんもいらっしゃらなかったなんて…と久美が気の毒がると、女房は空襲で死に、1粒種の坊やは行方不明、それでも源さんは福音して、ひょっとしたらその坊やが生きてるんじゃないかなって、それだけを心の支えに今日まで生きてきたんだよと長作は打ち明ける。
そう…と久美が言うと、でも結局は源さんの1人相撲だった…、坊やもとっくに仏様になってたってことは分かったんだよと長作が教えると、まあ…と久美は驚く。
そんな話を背中で聞いていたバーテンダーの健一は、話の内容に興味を持ったようだった。
途端に寿病の心臓病がひどくなっちまってね〜と長作が言うと、胸が痛くなるようなお話だわと久美が答え、この貯金は源さんが坊やのために爪に火灯すようにして貯めた日がけ貯金だ、奴は息引き取る時に俺の手握って言ったよ、長さんが愛する久美さんのために役に立ててくれってと長作が告白したので、嬉しいわ私…、ご好意だけでも胸がいっぱいと言いながら、久美は通帳を押し戻すと、こんな尊いお金受けするわけにはいかないわなと断る。
何で?と長作が聞くと、ごめんなさい、なんとかやりくりしてね、もう済んだのと組が言うので、 ええ!じゃやっぱりヒヒジジイのいうこと聞いちゃったの?と長作が驚いたので、えっ?と久美は驚くが、妙子が、長さん!と言いながらバーテンダーの方を見る。
いいよ、別に他人に聞かれたって、俺にとっちゃ大事な問題なんだからね、そうなんだろ?ママと聞く。
するとバーテンダーの健一が久美の背後を通り抜けて奥に行く時、何事か耳打ちし、ちょっとごめんなさいとくみも奥へ引っ込む。 おい何だ、今の変な奴は?と長作が妙子に聞くと、ん?ママの旦那様よと妙子は教えたので、長作はずっこける。
今、何つった?と長作が聞き返すと、5年ぶりに焼け木杭に火がついたらしいんのよ、どんな訳があったのか知らないけど、夫婦の間のことってわかんないもんね、あ、そっか、黒木さん本気でママに惚れちゃってたのね?と妙子はあっけらかんという。
2枚目は嫌いだなんて、ママも罪なこと言ったもんよね、黒木さんかわいそう、ここに電話してあなたからお渡してよ、今日からあなたがこの店の主人なんだから、ちゃんとご挨拶してねと裏では久美が健一に頼んでいた。
分かったと健一が金を受け取ると、そこにやってきた妙子が、ママちょっと来てと言うので、どうしたの?と久美が聞くと、うんなんか変なんだと妙子が言うので、あ、そう、じゃお願いねと健さんに久美は頼む。 健さんと久美と一緒にカウンターに戻ってきた妙子は、あれ?と驚く。
灰皿に吸いかけのタバコが残っているだけで、長作の姿が消えていたからだ。
線路を一人歩いてきた長作は、遺書を枕木の上に置くと、小石を置いて風で飛ばされないようにする。
「遺書 花の命は短くて くる式ことのみ大雁来 長作」と書かれていた。
涙を流していた長作は、コートを頭から被ると線路に横たわり、これしかないよ…と考える。
しかし電車が接近してくるのをみた長作は飛び起き、ああ止めた!電車じゃ俺ダメだ!とぼやきながら、川っぷちに来て、飛び降りるが、そこには水がなく、腰を打っただけだった。
痛え、なんだこりゃ?と周囲を見ていると、上から釣竿持った子供たちが、おじさん、そこ釣れるの?と聞いてくる。 長作はその場で死にたい!と泣き崩れたので、おじさん?と子供は不思議がって声をかけてくる。
その後、1人で会社のストーブの前で体を温めた長作は、死に損ない!育児なし!と長作は咽び泣く。 起き上がると、痛めた腰に手に当て、痛い!と苦しむ。
いやおめでとう、これで川上一家7人衆の顔振れが揃ったわけだと、川上家では新年会が開かれていた。
すると、中山が、いえ、黒木係長がおりませんな?と言うので、何?どうしたんだ?あのバカトンビは?と川上は聞く。
いえ、トンビは鷹に油魚をさらわれて以来、ここんとがちょっとおかしくなったんじゃないですかと中山が頭を指して答える。
例の退職金事件のショックで寝込んじゃったんですってと節子が言うと、何だよ、100万ぼっちて…、そんな金玉の細い奴はわしの部下としては失格だよ、大体浪花節の精神を理解せんから、そういうダメな人間ができるんじゃ、この深刻な不況の昭和50年の年頭に際し、わしが景気づけに歌い歌い染めをかましてやろうと川上が言うと、奥さんがテープレコーダーを持ってきて、じゃ出発!という川上の指示で三味線の演奏をかけ始める。
親が情けの涙金〜♩ 30両を叩きつけ、親子の縁は来たかなれど〜♩と歌い始めたので、席を立って窓の外から事務所を見た節子は、人影を見たので、ねえ、大変!事務所に誰かいるわよとみんなに教える。
すると、これ幸いと他の社員も窓辺に来て、どこ?と聞いてくる。 ほら、あそこあそこ!泥棒だ!と叫んだ社員たちは川上亭を飛び出してゆく。
風の夜を、抱いて思って飛んで出て〜♩とまだ川上一人が浪曲を歌っている中、社員たちは棒などを持って事務所の中の様子を伺いだす。 室内では、長作が、よしと言って電源スイッチを押したので、室内が暗くなる。
一人歌っていたか輪っかみは、誰もいなくなったのにようやく気づくと、何だ、こりゃ?と驚く。 中山は丸田に、ピストルに気をつけろと忠告すると、そっと入り口のドアを開け、中のソファでコートを被り寝ていた長作をめった叩きにする。
俺だよ、俺だよ!と叫ぶ長作だったが、節子がでんとすいっちを入れて明るくなると、ちょっと、係長さんさんじゃない?と節子が止める。
驚いて、みんながコートをはぐってみると、ボコボコにされた長作が、さてと…どっか行こ…と呟いて気絶してしまう。
ええ!あの有名なドラマーのブラック一作がうちの係長さんの息子さんだったの?と、翌日会社にやってきた女性ファンたちから事情を聞いた節子は驚く。
そうなの!トンビが油揚げ産んだって評判なんだったね?と一人の女の子が言うと、バカ違うよ、スッポンが産んだっていうのと別の女の子が訂正したので、横で聞いていた中山や丸田も唖然とする。
しかしね〜、あの売り出しのスターが例の倅だったのかいと中山が聞くと、イエースと女の子たちが答えるが、そこにトイレから出てきた長作が来る。
あっ、スッポンがいた!と女の子が気づき、パパ、こないだは、どうもすつれいしましたとキスした女の子が、カトちゃんの真似をし、もう一人もこんにちわと挨拶した中、節子が、係長ちょっとお願いしますと声をかけてくる。
何だよ君たちは?と長作が厳しい表情で聞くと、お客様だよと中山が言うので、お辞儀をした長作は近づいて、何か?と三人娘たちに聞く。 花の注文に来たんだわさ、今夜、城北公民館で新春ロックフェスティバルがあるんださ、私たちのザ・ドラゴンズが華々しくデビューするんだわさと女の子が説明する。
関係ないね、何本?と長作が仏頂面で聞くと、15本だわさと言うので、だわさ、だわさって止めてくんないかな耳触りだわさと長作は言い返す。
あね半分はブラック一作さんって書いてよね!と女の子が注文するので、ブラック?と長作が聞き返すと、あら、自分の息子の名前も知らないの?遅れてる〜!などと女の子たちは揶揄ってくる。
そんな変な外人とは付き合いがないんでね、丸田、お前手配しろと長作は指示し、丸田ははいと返事する。 しっかりしろ!と長作が怒ったように言うので、女の子三人は不満顔になる。
その後、長作は街角の公園のブランコに一人乗って考え事をしていた。
その時、目の前で2人の女の子が砂遊びをしていたので、つい、お嬢ちゃんいくちゅ?と小さい方の子に聞くと、女の子が三本指を出したので、みっちゅ?そう…と戯けた感じで聞き返していると、まゆみ!バカだね、こういう人相の男が危ないっていつも言ってるでしょ、さあ怖いね、怖かったねと言いながら二人の子供をお母さんらしき女性が連れて行ってしまう。 その時、近くの道路を走っていた車の中から長作を見つけた一作が、おい、ストップストップ、停めてくれ 停めてくれと声をかけ、止まった車から降り立つと、どうした一作ときいいた仲間たちに、ちょっと先行っててくれ、すぐ行くからとこたえ、公園どうきの長作に近づく。
ブランコの背後に来た一作が、親父!と声をかけると、長作はひっくり返り、おい、びっくりすんじゃねえか、何してんだこんなところでと聞いてくる。
親父こそ何やってんの?と一作が聞くので、見りゃ分かるだろう、ブランコ乗ってんだ、風呂入ってるように見えるかいと長作は言い返す。
それに笑った一作は、よいしょと言って隣のブランコに乗ると、今夜6時からね、城北公民館で初めての演奏会があるんだよ、正月早々デビューなんて験が良いだろ?でもな今年は親父の作ってくれる雑煮を食えなかったんで、なんとなくスカッとしねえなと言う。
今更、お世辞なんか言うな、それよりてめえ、ブラックなんていつからウイスキみたいな名前になりやがった?と長作がきくと、 笑いながらバカだな…と答えた一作は、黒木の黒を取ったステージネームだよと打ち明ける。
とにかく今夜は見に来てくれんだろ?と言うので、やだね、おめえたちの乞食節聞くらいだったらな、社長の浪花節聞いてる方がよっぽどマシだいと言ってブランコを漕ぎ出す。
その頃、自宅で電話をかけていた熊沢は、何しろよ、ここんちの青大将がお前、年の暮れから蒸発しちゃってよ、え?スケだ?馬鹿野郎、お前がスケができるタマかよ、ゴリラにアイロンかけたようなよ面しやがってよ、ほんでよ、今んとこ、ここんちはよ我が家同然だからよ、久しぶりにこっちに来て羽伸ばそう2人で、そうそう、しこしこ、しこしこ…と夢中で話し込んでいたが、いつの間にか長作が帰ってきたのに気づくと、悲鳴をあげ、おいおいおい、あのな、後でかけるわ、うんじゃあなと慌てて電話を切る。
おお、明けましておめでとうございますと熊沢が急に態度を変えて挨拶したので、あんたの顔の方がよっぽどめでたいよと長作が返すと、ぷっと吹き出す。
これよ、頼まれたの、おっさん帰ったら渡してくれってと言い、「親愛なるオヤジへ」と書かれた封書を渡すと、ほらこら、これだよと言いながら、熊沢は箸と茶碗でドラム演奏をしてみせる。
1番良い席だってよ、やっぱりカエルの子はカエル、一作には勉強は向かなかったんだよなと熊沢が言うと、いきなり長作がチケットを破り始めたので、おいおいおいおい!と熊沢は止めようとする。 バカ野郎!あんな小さくたったの体なんて死んでたまるかい、ほら行かねえぞ死んでも行かねえぞ!と長作は言い張る。
おいおいおい 親不幸者めが…、帰ってきてみろ!絶対の敷居は跨がせない!と玄関に鍵をかけると、いつまで見てんだよ、早く寝ろよ!と熊沢に怒鳴りつける。
ははっ、親父の負け〜!と揶揄いながら、熊沢は二階へ上がって行ったので、押し入れから布団を引っ張り出して無理に寝ようとした長作は、引き出しから亡き妻と兵隊服姿の長作で撮った写真を取り出すと、おすみ、子供たちはもう俺の手を届かないとか言っちまったよと愚痴る。
その後、公民館に来た長作の背後から脅かしてきたのは花子だった。
なんだ花子かと言うと、やっぱり来てくれたの?と言うので、違いますよ、ちょっと通りかかったから覗いてみただけですよと長作は言い訳をする。
ねえ、すごい人気でしょ?兄貴と花子が甘えてきたので、お栄式じゃあるまし、太鼓引っぱたいて何もしれんだ、第一何だろうね〜ま〜、ガキの騒ぎに礼々しく、バカな花輪屋もいたもんですよと長作は愚痴を言う。
ねえ親父、私とどっかに酒でもかっ食いに行くべか?などと花子が言うので、かっくらうなんて、女のくせになんて言葉使うの!と長作は叱りつける。
あそう、じゃあうちへ帰って、勉強して、おとなしく寝るとしようと花子が言うので、あ、ちょっと待ちなさいと呼び止めるので、1人じゃ夜道怖いの?と花子がからかってきたので、バカ!なんだ、お前、どっかいい店知ってんのか?と長作は聞く。
やっぱり降参?と花子が聞くと、うん、バカな太鼓叩きのデビューを祝って一杯やってやるか〜と長作がしみじみ言うので、親父いいとこある〜!と花子は感激すると、行こう!と腕を組んで立ち去る。
暗闇の中、時報が鳴り、おはようございます1月7日火曜日、新日本放送本日の放送開始でございます、ではまず朝の音楽から…と言うラジオの音と共に、朝食の準備を始めたのは一作だった
ああ冷てえ!しかし親父も毎朝大変だったんだな〜と感心する。
そんな台所の様子を布団の中から聞いていた長作は、襖を開けて一作の後ろ姿を見ると満足げに頷く。
お味噌を入れまして…と、一作が味噌汁に味噌を手づかみで入れていた時、一作と長作が呼んだので、なんだ、驚かせんなよと驚いた一作は文句を言う。
何やってんだお前?と長作が聞くと、何やってるって?朝飯作ってんだよ、晩飯作ってるように見えるかい?と一作が言い返してきたので、生意気言うんじゃない?退け退け退け!ああ、もうお前が作ったものなんか犬も食いませんよ、ほらあっち大人しく引っ込んで太鼓でも引っぱたいてろと長作は命じる。
あ、そうだ、親父、見に来てくれたんだってな?と一作が言うので、何を?と一作が言うと、何をって俺のドラムをさと一作は嬉しそうに言う。
誰があんなもの行くもんか?バカバカしい、私はね、うちで布団かぶって寝てましたよ、ふ〜ん、なんか会場にゴリラが1匹紛れ込んだって聞いたけどなと一作が言うと、どこだよと長作が迫ってきたので、台所から逃げ出した一作は、ああ親父ね、今日出演料が入るからね、借りた例の利子は払えるよと告げる。 お前ね、大きな口聞くんじゃないよ、太鼓叩いたぐらいでお金が入りゃ苦労しないんだよね、なんだよ、あんなもの、赤ん坊でもできるよと長作が文句を言うと、 あ?冗談でありませんよ、叩けるもんなんて叩いてもらうじゃないの!と一作が言うので、ベラボウめ、良いか?私だったらな、あんなもの目をつぶってね、足の指にちょいと棒を挟んでね、テンテンツクテレツケってやってみせますよと長作がバカにしてきたので、できるわけありませんよ!できますよ、できません、できますよ、できません…と一作と言い合いしていると、静かにしてよ、2日酔いなんだから…と花子が文句を言ってくる。
何が2日酔いだよ、お前はバカみたいにガバガバガバガバ飲んで…、それでも女かい!と長作が叱ると、中途半に育てたの誰よ?と花子は言い返してくる。
本当だよ、お前こそ何だ!花輪会社の係長なんてバカでもできますよと一作は長作に言い返す。
上等じゃねえか、この野郎!やれるもんならやってみろ!と長作が言うので、お、良いね、じゃあ親父だって、人前でもってな、足の指で持って太鼓叩いてもらうじゃねえか!と 当たりき車力、車いす、ブリキにたぬきに蓄音機ってんだよ、嘘と思んだったらな、お前の金キラキラの服持ってこい!と長作が言うので、おお良いね、俺もお前、親父のボロ服着て工場行ってやろうじゃないか、ちくしょう!頑固者めが、だからかみさん早死にしてしまうんだい、ちくしょうめ!と言いながら、一作は長作のスーツに着替え始める。
それを見た長作も、やってやろうじゃないか、バカにしやがって!と言いながら、一作のステージ衣装に着替え始める。
台所では、味噌汁が吹きこぼれている中、二人の言い争いが聞こえてきたので、2人ともいい年して素直じゃないやんと花子は言いながら、寝返りを打つ。
何だこんなもん!ベタベタベタベタっつけて、これじゃまだ猿回しですよ!と長作が文句を言うと、親父こそ何だ、こんなこ汚ねえもの着てよ、ああ臭えと一作が言い返してきたので、何言ってんだ、これが今の日本の平均的なサラリーマンのスタイルなんですよと長作が言うと、お袋もなこんな親父によく惚れたよと一作は言い返す。
母さん目が高いよ!え、焼き持ち焼くもんじゃないよ、バカ!と長作が言い返すと、焼き持ちじゃあませんよ、私、先行かしてもらいますと一作が出かけようとするので、待って、私が先でしょと長作が先んじでようとする。
親が先に決まってんじゃないか、バカ!と長作が出かけようとすると、俺が先だって離せ!先だよ!といつまでも親子の言い合いは続くのだった。
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