「非行少女」

和泉雅子さんと浜田光夫さん主演の文芸作。

 監督は「キューポラのある街」でお馴染みの浦山桐郎さん。

 モスクワ国際映画祭金賞受賞作でもある。 

長らくタイトルから、和泉さん中心の都会の不良少女ものか?と想像していたが、原作が森山啓「三郎と若枝」であるように、地方を舞台に、家族や人間関係にうまく適合できない男女二人の若者が主役であり、実質的な主役は浜田光夫さんの方ではないかと思われる。

 脇役陣が魅力的で、小林昭二さん、小沢昭一さん、小池朝雄さん、北林谷栄さんなどの名脇役たちが登場するが、当然ながらみなさん若い。

 だいたいみなさんの顔は判別できるのだが、小使を演じている小沢昭一さんはちょっと普段と印象が違っているせいか見分けにくい。 

和泉さんも劇中で下着姿や水着姿など披露しており、当時10代だった彼女にしてはかなり思い切ったことをやった作品だったのではないかと感じる。 

その和泉さんに劣らず、途中から登場し、達者な芝居を見せているのが佐藤オリエさんで、キャストロールに名前が載ってないのが不思議なくらい。 

そのオリエさんの母親役を演じているのが北林谷栄さんなのだが、若い頃から老け役が多かったこともあってか、この時代は相当若く見える。 

「キューポラのある街」同様、当時の世相を重ねた人間ドラマ中心の文芸ものなのと、白黒映画ということもあり、わかりやすい娯楽映画といった感じではなく、どちらかと言うと教育映画のような印象が強いが、いつの時代にも通じる地方の閉鎖性が生む暮らしにくさのようなものはあるように感じる。 

ラストの駅のシーンは、2人の心の迷いをうまく表現しており感動的である。

 【以下、ストーリー】

 1963年、日活、森山啓原作、石堂淑朗脚色、浦山桐郎脚色+監督作品 

夜の酒場で男客たちが勧められるままビールやタバコを吸っていたホステスの北若枝(和泉雅子)は、裏部屋に入ろうとすると、男女が抱き合っていたので、嫌がらせにその女のハイヒールを盗んで、電車操作場まで履いて帰り、そのまま路面電車の中で眠る。

 タイトル 

「この映画は扱っている事件にはモデルは一切ありません」のテロップ

 東京から故郷の金沢へ戻ってきた沢田三郎(浜田光夫)は失業手当を役所でもらうと、顔馴染みの庶務係の米田(小林昭二)に声をかける。

 東京でテレビ作っているところに勤めているのを羨ましがられていたという米田の言葉に、小さいところはダメや、16インチではすぐ潰れたし、今は14インチでもだぶついていると三郎はいう。

 事務職を探していた三郎だったが、高卒で現在21の三郎は難しいと米田はいう。

 自衛隊になる気はないかと米田が言うので、俺は臆病やからあかんと三郎はいう。

 街へ出て「黄色いリボン」上映中の「松竹座」と言う映画館のそばを通りかかった三郎は、突然映画館の腹から男子学生2人に追いかけられている少女を見つけ、声をかけると、知り合いの若枝と気付く。

 男子濁声たち派閥が悪くなったのかそのまま立ち去るが、若枝に訳を聞くと、映画を見せてくれると言われたと答えるので、誘惑に乗っちゃいかんよ、それに君は学校へもいかず何をしてるんだと三郎は言い聞かせるが、そこに先ほどの学生が仲間を連れて戻ってきたので、その場から急いで立ち去ることにする。

 鉄橋のところに来た三郎は、今の母ちゃんそんなに嫌いか?と聞くと、あいつが来たから、うちの母ちゃん死んでしまったんやと若枝は答える。

 いくら家が嫌でも、学校をサボるのは良くないと三郎はいうが、私カートンもっとランもんと若枝はいう。

 そんな若枝がハイヒールを履いているのに気づいた三郎は、それを指摘すると、金沢のおばちゃんにもろうたがやと若枝はいう。

そんなら俺がスカート買ってやろうか?と三郎が言うと、本当け?と若枝が喜んだので、デパート「丸越」の特価品セールに連れて行く。 

スカートを買った後、2人は兼六園に向かうと、若枝はトイレでスカートに着替えて三郎に見せる。 

その後、電車で「河北沢駅」に向かった二人は、浜にある弾薬庫にきて、若枝はそこの地面に隠してた木箱の中を見せる。

 木箱の中にはウィスキーの小瓶や要目などまで入っていたが、若枝はその中にハイヒールも隠す。

 三郎は弾薬庫の内側の壁に書いてあった「戦い敗る」などという落書きを見て自分の小学生時代を思い出す。 

「河北は日本の土地だ」「土地を返せ!」などと書かれたプラカードを手に米軍の勲頼成で反対運動をする若者たち。

 やがてそうした反対運動も補償金目当てに堕して行く。

 俺の兄ちゃんとおめえの父ちゃんは反対の立場に分かれて歪みあうたと三郎は思い出し、あの時のしこりがまだ残っているとつぶやく。

 浜に出た若枝は、それでか…、うちの父ちゃん酒飲んだら、三郎さん家の悪口言うんやというと、そうやろ?と三郎も答える。

 関係ないやんと若枝がいうと、ああ、関係ない、貧しいさけんや、この海に魚が居らなくなったのが喧嘩の元なんやと三郎は教える。

若枝も三郎を真似て海に石を投げると、どこ行った?魚、戻ってこい!と海に向かって叫ぶ。 

その後、1人自宅に帰った若枝は、赤ん坊を抱きながら父親長吉(浜村)と酒を飲んでいた継母勝子(佐々木すみ江)から、学校行かんのなら、赤ん坊の守りでもせんかと嫌味を言われる。

 父ちゃんの子かどうかわからんと若枝が言い返すと、親を舐め腐って!どこほっつき歩いとんや!と長吉も怒り出す。

 金沢のおばちゃんからスカート買ってもろうたと嘘を言うと、急に愛想良くなった勝子は、台所に芋あるから全部って良いぞなどと言い出したので、若枝は窯に入っていた芋を貪り食う。

長吉は、あいつの顔が良いのはわしに似たからで、芸者に売れるなどと勝子にいう。 

翌日珍しく学校に行くと、PTA費が3ヶ月も溜まってると級友に言われたので、ふん!と言いかした若枝に、お湯を配っていた小使(小沢昭一)が、PTA費も払えんのによくスカートなど買えたななどと嫌味を言ってくる。

 もろうたんやと答えると、男にか?などと小遣いはいうので、良い男にな!と若枝は言い返して夜間を教室へ持ち帰る。

 沢田播糸工場の2階で、幼い2人の兄の子供たちと遊んでいた三郎は、下から村の人が来とると呼ばれ、選挙となると愛想良くなるとぼやく。

 町会議員を目指している兄沢田太郎(小池朝雄)の応援に来ていた村人たちは、まるでケネディみたいなもんやなどとお世辞を言いながら、太郎の妻由美子(香月美奈子)が振る舞う酒を飲んでいた。

 下に降りてきた三郎に、皆さんにあいさつせいと太郎は声をかけるが、三郎は、ただ、こんにちわと言うだけで台所へ向かうと、一人で飯を食い始める。

 失業してから捻くれて応じないんやと太郎は客に説明する。

 台所で働いていた母のちか子(小夜福子)も、兄ちゃん、気まずいやないか、子供やあるまいし!と三郎を叱る。

 俺、兄ちゃんとは考えが違うんでとぶっきらぼうに答えた三郎は、兄弟なんやから仲ようしてくれやと頼む母を無視して、そのまま外へと飛び出してゆく。

 そのままは間にやってきた三郎は、波打ち際で1人泳いでいた若枝を見つけ声をかける。

 若枝から泳がない?と誘われた三郎は、もう寒いやろと尻込みするが、若枝からセーターを脱がせかけられると、もう脱ぐわと観念し、パンツ一丁になって若枝と海に泳ぎ出す。

 その後、武器庫の中で焚き火をし、三郎はいつものように若枝に勉強を教えようとするが、学校に収める金なんかどうしとるんや?と聞く。

 若枝が答えないと、困惑する若枝に無理やり千円札を一枚渡すと、寝転がって、教科書の詩を読んでみせる。 

すると、若枝が泣いているのに気づき、訳を多ずれると、三郎さんみたいに優しい人に会ったことないからだという。

 本当に優しいか?と呟いた三郎は、若枝の顔を見ているうちに感極まり抱き寄せてキスしてしまう。

 後日、学校からの帰りだった若枝に、近づいてきた自動車の運転者から、若!乗れやと呼び止められたので、何や、竜二(杉山俊夫)かと若枝は気づく。

 竜二は、お前、たった3日でバーから逃げ出したと思ったら、東京帰りの三郎とイチャイチャか?などと嫌味を言ってくる。

 何の用や、給料でも払いにきてくれたんか?と不貞腐れたように若枝が聞くと、大きく出たな~と嘲笑いを浮かべ車から降りてきた竜二は、第一お前は酒飲むのは一人前で、好かん客には噛み付くそうやないけ?そんな女給に金が払えるか!と言い放つ。

 今度良い店を見つけたんや、サロンやけどな、金持ちしか来ん高級サロンやと竜二はいう。

 お前みたいな若いのは金になるんやど?というと、なんぼもろうとるんや?ワイのヒモになろうと思うとるやろが?そうは行かんでと若枝が言い返したので、生意気言うなや、サブはな、お前みてえなズベとは本気で付き合うてくれへんどと竜二は揶揄う。

 お前なんかにわかるか、ほっとけよと若枝が言い返すと、竜二は、おい、ハイヒール返せや!おめえ、これやったの?と人差し指で鍵形を作って見せる。 

そんなもん、給料とあいこや!と若枝は言い張ると、何を!とにかく俺と来い!と言った竜二は、若枝を捕まえようとするが、若枝は思い切りビンタをしてその場を逃げ出す。 

追ってきた竜二が転んだ若枝を捕まえ、その場に押し倒して揉み合ううちに、若枝が落とした一千円を見つけ、それを拾うと、その隙に逃げ出した若枝に、悔しかったら鳥にこいよと呼びかける。 

若枝は悔しそうに、返せ!と叫ぶだけだった。

 やがて地元の祭りの日になる。

 ぶらり祭りを覗きにきた三郎は、富ちゃんと言う若枝の同級生と出会い、若枝は最近学校に来てるかと聞く。 

うん、ちょっと来とったけどまた休んどるわ、お金持って来んさかい、学校来られんのやろという。 そんな三郎の様子を近くから若枝はのぞいていた。 

その時、三郎さん、今あんたのところへ行こうと思うとったところやと声をかけてきたのは北静江(北林谷栄)だった。

 やっぱ東京さ行くと、垢抜けるなと感心した静江は、これ郁子や、覚えとるか?高校行っとるんやなどと同伴していた娘(佐藤オリエ)を紹介すると、とにかくあんたんとこ、行こう?兄さんにも会うて、いろいろ励まさんとならんなどと三郎に言う。 

三郎たちが立ち去ると、若枝は富子(吉田志津子)をつかまえ、おい、あたいの悪口いうとったやろ?と詰め寄ると、知らんわと答えた富子をビンタし、富子が手に持っていた金を盗んで走り去る。

 三郎の家に来た静江は、選挙用の襷をかけた太郎に漁業のことなどあれこれ要求をしていた。

 太郎は妻から耳打ちされ、立ち合いの時間やさけえと言いながら席を立つ。

 三郎ちゃんは選挙手伝わんかいね?としずえが聞くと、相手をしていたちか子は、なんで仲が悪いや、反対ばかりしよると嘆く。

 今の若いものは何でも反対しよると静江が言うと、イっコちゃんもそう?と由美子が聞くと、ええ、たいていそうですねと笑って答える。 

そやけど、魚が獲れた時分は若者も元気やった、10万、20万とまとまった金を持って祭りに戻ってきよったわなとちか子が言うと、そうそうと静江も相槌を打つ。

 隣の部屋で甥っ子の相手をしていた三郎は、母ちゃん、当てつけんでもいいがや、俺は別に働かんつもりはないがやと言い出す。 何をすれば良いのか、それがわからない…と三郎が呟くと、けど今は人の手が欲しい時やさかいなと由美子は嫌味を言う。

 考え方が違うんじゃいと三郎がいうと、そりゃ理屈やさかいと由美子が答えたので、静江が議論はやめときましと止める。

 おちかさん、今ふと思うたんやがな、三郎ちゃんはぶらぶらして家にもおりにくいんやろ、そやさかい、わてとこの養鶏場でも手伝ってもらえんじゃろかなどと静江が言い出す。

 うちの父ちゃんのリウマチ、これは持病で治りきらん、この子は学校やし…と娘を横目にいう。 

その頃、兄の太郎はトラックの荷台に乗って村中を走り回って選挙運動をしていた。

 その選挙用トラックをやり過ごした若枝は、目当ての無人の学校に忍び込む。

 履いていた下駄で窓ガラスを破り、鍵を開けて職員室の中に侵入した若枝だったが、物音で気づいた小使が様子を見にくる。

若枝は、机の引き出しをこじ開け、中に入っていた「学級費」の封筒の中から札束を抜き取ろうとするが、小使から怒鳴られ捕まってしまう。

 小使室に連れて来られた若枝は、小遣いが自分を色目づかいで見ていると直感する。

 小使は、自分の金を取り出し、せっかくの秋祭や、これで好きなもの買えやと言いながら若枝に近づくと、心配せんでもええがな、金のないのは辛いことや、そやろ?と笑顔で言いながら、若枝の手を取って五百円札を握らせようとする。 

わしも苦労した。そやけど泥棒するのは悪いことやぞ、わかっとるやろ?などと小使は言い聞かし、急に若枝が泣き出すと、泣かんでもええがな…などと慰めながら、若枝の首筋にキスをすると、ゆっくりしていきなと言うと、君には君の~♩などと上機嫌で歌を歌い出す。

 その隙に乗じて、若枝は急に立ち上がり、小使を突き飛ばして逃げ出す。

 夜、祭りの縁日で、焼きイカなどを食べていた若枝に近づいた三郎は、どうしたんや、君は!あれからちっとも弾薬庫へ来んかったやないかと注意する。

 屋台に金を払って、近くに誘った三郎は、学校へも行っとらんというし…と言うと、勉強してもしょうないもんと若枝はいうだけ。

 君は僕がやった金を学校へ出さんと使うてしもうて…と三郎が文句を言うが、心配せんでも良い、使うたんならいいんだよ、またあげる、失業保険が入るさかい…と親切心を見せる。

 しかし若枝は、わて学校やめるんや、もう行かれんのや…と言い出す。

 なんや、若枝、何かあったんか?と三郎が案ずると、言えんというので、隠し事なんかするないやと三郎は促す。

 しかし若枝は逃げ去ってしまうし、三郎に気づいたかつての同級生ら(野呂圭介ら)が話しかけてきたので、そのまま若枝と話す機会は失われる。 

お前、若いのとやっとるのか?竜二がいう取ったぞなどと同級生たちは揶揄う。

 大道芸を見ていた若枝の髪を引っ張ったのは、若枝の叔母(沢村貞子)と義母の勝子だった。 

このスカートどないしたんや?とおばが聞くと、勝子は男にもろうたなど抜かしやがってととあぜけるように言い、二人は若枝を連れていく。

 三郎が帰宅すると、酔った長吉が若枝に買ってやったスカートを手に、これに見覚えがあるだろう!と睨みつけてくる。

 ああ、俺の金で買うてやったんじゃと三郎が答えると、長吉は愉快そうに笑い出し、あの若いのと深い付き合いしとったんか!と母のちか子は叱りつけてくる。 

そんなんじゃないよと三郎は否定するが、酔った長吉は、嘘こけ!と言い返す。

 その様子を見ていた太郎は、バカが!と吐き捨てる。

 由美子が長吉に酒を出そうとすると、同席していた小使が、危ない、買収になりますぜと言いながら酒瓶を取り上げてしまう。

 さらに長吉の前に座った小使は、お前んとこの娘、何様のお姫様か知らんがの、今日、泥棒しよったい!と言ったので、背後で聞いていた三郎は驚く。

 証拠もないのにガタガタいうな!と長吉は反論するが、わしが証人じゃい、夕方学校の職員室から盗みよったのをわしが見つけたんじゃいと小使がいうので、三郎も思わず、本当か!と聞く。

 嘘やない、あの女は悪い女やと小使は答える。

 わしが捕まえたらな、キスさせたるから見逃しといていうて…などと小使は言い出す。 

それを聞いた由美子は、ほんまいやらしい女やないかなどと吐き捨てたので、おい長の字、宿に帰ったら警察呼ばんか!と酔い潰れかけていた長吉を蹴り飛ばす。

 長吉はそのままフラフラ退散したので、三郎は二階に上がる。

 反対派は、ダラの長吉使って嫌がらせ!などと小使が囃し立てたので、その場にいた協力者たちは愉快そうに笑い出す。

 その直後、2階へ上がってきた太郎は、どこまで堕落しよったんじゃ!家中が選挙に夢中になっとる時にぶち壊しとる!といきなり三郎をこづいてくる。

 三郎が睨み返すと、何じゃ、その面は!とまた叩いてきたので、三郎は、痛いじゃないか!と抵抗する。 部屋の中で取っ組み合いになると、やめれ、兄弟喧嘩は!と母親のちか子と由美子が2階に上がってきて止める。 

太郎から腰投げをされた三郎は、何じゃい兄貴はいつも威張ってばかりいやがって!と文句を言う。 

傲慢だよ、あんたは10年前の基地反対の時も、貧乏人の仲間裏切ったやないか!若枝のうちだって、あれからどん底になったんや!と三郎は訴える。

 お前ら青二歳が何を言いよるか!ワイらが右や左に踊らされただけや!お前の理屈は生意気ものの理屈や!と太郎も言い返す。

 さらに、三郎、そんなに俺の言うことが聞けんようならこの家から出ていけ!な?俺ばおるで邪魔になるばかりやさかいな、アホの若枝とどこかへ行くいいが、わしゃ、知らんぞ!と太郎は言い放ち、下へ降りていく。

 布団を被った三郎に、部屋に残ったちか子は、三郎、お前もっと素直になれや、お前らが仲良くしてくれんと、おらもう死にとうなると言い聞かすが、うるさい!母さんなんかにわかるかい!と三郎は母親を突き飛ばして、また布団を被る。

 それでもちか子は、三郎、それじゃあ風邪引くよと言いながら布団をかけ直してやる。

 翌日、三郎はバスで街を出ていた。

 1人弾薬庫にやってきた若枝は、自分の秘密の箱が埋めてある地面に新しい木の枝が刺さっていることに気づき、そこを掘ってみると、スカートと手紙が入っていたので、その中身を読む。

 そこには、「君のことがよくわからなくなった。

君も無理して僕と付き合うこともないだろう。

短い付き合いだったが、これでさよならだ 三郎」と書かれてあった。 叔母経営の宿「美しま」で働くようになっていた若枝は、叔母の亭主から別嬪やと目をつけられていた。

手をつけんといてなと釘を刺した叔母は、楽しみやでという亭主に、それまで仕込みがかかるさかいになというと、若枝、肩揉んでくれと命じる。 

そこに女が、あの客、しつこうていかんわなどと言いタバコをもらいにくる。

 いい加減にしときや、また工場遅れるやないかと注意しながら叔母がタバコを渡すと、今日はサボりや、一人で温泉へでも行きたいな~などと女はいう。 だらくさいと言った叔母は、若枝に2階を片付けてくるように言いつける。

 2階に上がった若枝は、先ほどまで男女が寝ていた布団の後片付けを始めるが、シーツなどについている汚れを無表情に見つけるが気にせず、その布団に横になると、客が残していったタバコの吸い殻を吸い始める。

 外から托鉢僧の読経が聞こえてきたので、窓を開けて眺める若枝。

 その頃三郎は静江の養鶏場で働いていたが、静江の娘が豚の本とレコードを買ってきたと見せにくると、豚の売値の計算などを鶏舎の黒板に書いて披露してみせる。

 三郎は、そんな高校生の娘の足に欲情を覚える。 娘は、これ、後で三郎さんの部屋で聞こうねなどと言って鶏舎を後にする。 

その夜、若枝は静江の家の外の木に登り、二階部屋を覗こうとしていた。

 一方、三郎は静江の娘のレコードを聴いていたが、三郎さんはいつもおもしろうないいう顔してるななどと言われる。

 何を考えてるの?と娘が聞くので、さあと三郎が生返事すると、ねえ、何したらいいか、それがわからんいうとったやろ、どういう意味?とさらに娘が聞くので、わからん、僕はこの際豚を相手にして、豚のやつに聞いてみようと思うとるんやなどと三郎が投げやりなので、馬鹿らしいと娘が言うと、ほんまや、ブタが一番ええ、俺は豚と寝るんじゃと三郎は答えたので、おかしな人やわと娘は笑い出す。

 そこに静江が、何笑うとるんやと言いながらお茶とケーキを運んでくる。

 三郎さんが急に豚買うて言い出したんやと娘が教える。

 ふ~ん、そらええこっちゃな、三郎さんさえ良ければ、豚でも牛でもなんでも買いますさかいになと静江は語りかけてくる。

すると娘は、そんなら母ちゃん、この2階も綺麗に改装して、わての部屋もギャンとしてなどと娘がねだりだしたので、何言うてんのや、まだ早いがなと静江は叱る。 

その時、外から犬の鳴き声が聞こえたので、窓から外を眺めた三郎は、木に登ってこちらを見ていた若枝に気づく。

 何やろな?と答えた三郎だったが、あんた、鶏小屋の鍵閉めたか?とシズエに聞かれたので、ああ、ちょっと見てくる、イタチかも知らんと言って外に出ると、静江は娘に、いらんこと言わんでもいいよ、気つけいと注意する。

 外に出た三郎は、自分の名を呼ぶ若枝に気づき近づくと、どうしたんや、こんな所まで?と問いかける。

 僕の置き手紙読んだや?と聞くと、犬が鳴いたので、慌てて若枝の体を押さえしゃがませると、学校行っとらんのか?と聞く。 

金沢のおばちゃんの所におるがや、芸者衆がおるんで嫌らしいもん…、逃げてきただ…と若枝は答える。

 どうしても会いたかったんや、今のままずるずるしたら怖いんやと若枝はいう。 

車が通りかかったので、傾斜の扉を開け、その中に若枝を誘い入れ、蝋燭の明かりを灯す。

 若枝、俺は君に負けたんや、君から逃げたんや、結局兄貴の言いなりになって鳥の相手しとる情けない身分やと三郎は自嘲するので、三郎さん、もうほんまにわてのこと嫌いになったの?と若枝が聞く。 

どっちでもええわい、そんなこと…、こっちの若い女の人は何?と若枝が聞くので、あれはこのうちの娘や、俺はこのうちの使用人やと三郎は答える。

 しかし若枝は、嘘や!あの人好きなんやろうなどと妬いてくる。

だらいうな、お前こそ嘘ばっかり言うやないけ、泥棒したりして…、バーでも靴取ったそうやないけと言いながら、ポケットから取り出したタバコを蝋燭の日で点け、わらに寝転がった三郎は、なあ、若枝、俺たちのことはなかったことにしようぜ、俺の言うことも自分勝手かもしれないぞ、ほんまにこうなったらどうしようもねえと伝える。

 俺はオメエの言うことがわからんのや、何がほんまか…と三郎が突き放したような言い方をするので、わて…、悪かったんや…と若枝はつぶやく。 

ええな、それは、オメエもまだ中学生じゃ、これまでのことは全部忘れてやり直せやと三郎は言い聞かせる。

 うちに帰ったらええぞ、送ってやるさかいに…と三郎はいい、学校の先生に相談してみるか?と聞く。

 帰るわ、わて…、ごめん三郎さん…と若枝が立ち上がったので、そうか、ほな行こうと三郎は送ろうとするが、いいわ、一人で…帰れる…と若枝はいい鶏舎を出てゆく。

 海岸にやってきた若枝は一人泣き出す。 

(回想)若枝は、病院で亡くなった実の母親のことを思い出していた。

 その後、泣きながら帰宅した若枝は、シミーズ姿の知らない女が家の中にいることに気づく。

 黙って家を出た若枝は、自宅の窓ガラスに石を投げて割ったので、浮気していた父と今の義母は驚く。 

その時も若枝は、1人泣きながら海辺に来ていた。

 弾薬庫に入って崩れるように倒れて号泣すると、母ちゃん!と何度も海に向かって呼びかける若枝 

(回想明け)その後、先ほど三郎と会っていた鶏舎に戻ってきた若枝は、蝋燭にマッチで火を灯すと、三郎が弾薬庫に残していた手紙をポケットから取り出し、それを破って蝋燭の火につけて燃やし始める。 

そしていきなり号泣するが、紙の火はそばにあった藁に引火してしまう。 

それに気づいた若枝は、しばし呆然と眺めており、急に正気を取り戻すと近くにあったスコップで火を消そうとするが、もはや火は広がっており、命からがら逃げ出すだけで精一杯だった。

寝床に入っていた三郎は火事に気づき、外に飛び出すが、もはや鶏舎の火は消しようもなかった。

 翌日、金沢中央児童相談所に来た三郎だったが、相談室から出てきた北長吉は、じゃあ1週間くらいしたら又…というのに対し、ペコペコと平謝りし、雨が降る中庭越しの別棟の廊下を通りかかった若枝を目撃する。 

女性係員に付き添われていた若枝は、父親の姿に気づくと睨みつけ、落書きだらけの安静室に入れられる。 若枝は自分も床に落ちていたチョークを拾い上げると、壁に落書きを始め、唾を吐きかける。

 長吉は三郎の隣に座ると、家庭裁判所と同じこと聞きやがったと愚痴る。 

お前もか?若の奴、白い目向きやがって…と言いながら、三郎からタバコの火を借りて、自分もタバコを吸い始めると、堕落せえ、おい、一杯飲ませい!と三郎にたかる。

 安静室では、一緒に入れられていた小学生の女の子から猿の人形を奪い取ると、鏡に向かって人形を顔に擦り付けながら苦悩し、突然鏡に投げつける。 

その鏡はハーフミラーになっており、隣の部屋にいた職員は、そんな若枝の様子を冷静に観察していた。

その隣室に、白衣を着た職員(鈴木瑞穂)が入ってきたので、メモを取っていた女性職員(高田敏江)は、典型的な攻撃型ですねと告げる。

 白衣の職員は、家庭裁判所の記録だと、だいたい失火だということになってるんだが…、どうですかね、これ?と女性に聞く。 

男を恨んで火をつけたかどうかというんでしょう?と女性職員が聞き返すと、うん、知能的にもノウハテストでも異常はありませんね…と白衣の職員は答える。

 黙ってばかりいるんで弱ってるんですけど、テストでは表現力も豊かですし、感情もかなり繊細です、私は盗癖が習性になっているというよりも、この子の場合、外に向かって衝動的にぶつかるんだと思いますと女性職員は言う。

 安静室の若枝は、頭を抱えて唸っていた。 

その頃、三郎の兄太郎は無事県会議員選挙に当選していた。 

祝勝会には、酔った小使も一升瓶片手に乱入し、最年少の県会議員!バンザ~イ!などと勝手に音頭を取っていた。

 そこに泥酔した三郎が勝手口から帰ってきて、洗面所で水を飲みだしたので、母親のちか子が近づいてきて、三郎!お前何ともないか?と心配してくる。

そこに太郎がやってきて、何ちゅう様じゃ、火事のおかげでみなさん偉く迷惑しとられるぞと文句を言ってきたので、やかましいやい!と三郎は言い返す。 

何やと?と太郎が聞き返すと、出ていってやるわ、どうせ俺はこの村には居られんさかいなと言いながらふらついて尻餅をついたので、ちか子が慌てて抱き起こそうとする。 

バカ!と言いながら掴み掛かろうとした太郎だったが由美子に止められたので、おい、母ちゃん、ほっとけよそんな奴…と声をかけ、三郎は土間に倒れ込み、吐きそうになる。

 翌朝、三郎はバッグ一つ抱えて家を飛び出す。

 一方、起きてちか子から事情を聞いた太郎は、金取ってたかや?おい、由美子、起きんかいと、隣でまだ寝ていた妻を起こす。

 部屋の箪笥の中を改めだした太郎がおかしいなと呟くと、由美子も慌てて仏壇の中の子引き出しの中を改め、愕然としたので、何や?お前もへそくりかいと太郎は聞く。

由美子は3万円なくなってしもうたわと呆然としながら引き出しを放り出す。 

「恵愛学園」 

男性教師が演奏するオルガンに合わせ、全員坊主頭の男子生徒たちが「故郷の空」を歌っていた。

 学校内には「児童憲章 自動は人として尊ばれる 児童は社会の一員として重んじられる 児童はよい環境の中で育まれる」が刻まれた碑も立っていた。

 校庭の片隅で桶に水を入れていた若枝に、一緒にいた少女が、ミコがな、あんたにいっぺんヤキ入れたる言うとるぞと言ってきたので、何でや?と若枝は聞く。

 何も言わすやろ?と少女が答えたので、ほっときゃええわと若枝は無関心そうに答える。

 学園のすぐ隣の家では花嫁が出発するところだったので、多くの子供達が敷地内からヤジを飛ばしてたが、天秤棒で桶の水を運んで来た少女も見に行こうとするが、いかん!と制した若枝は、桶の水を畑の大根にかけ始める。

 すると、ヤジを飛ばしていた他の古参の少女たちが、おう、新入りさんよ、代わりにこれ汲んでこいやと命じてきたので、無視していると、コラッ!返事せんか!汲んでこい言うとるやろが!と言ってくる。

 それでも若枝が無視して水やりを続けていたので、わりゃ、何も言わんとは生意気やな、新入りさんよ、先生に色眼使うて点数雨あげようと思っとるやろ?などと言いながら、古参少女たちが近づいてきて、汲んでこいって!言うこと聞かんか!と若枝の柄杓を取り上げて放り投げたので、若枝は黙って柄杓を拾いに行く。

 わりゃ、シャバでやってきたことをわてらに隠して済まそうと思うとるがか?どうせパンパンやってきたんやろ?と古参少女2人は因縁をつけて、嘲笑してきたので、若枝は柄杓で桶の水を汲んで彼女たちに浴びせると、取っ組み合いを始める。

 若枝は、1人の少女富子(吉田志津子)に馬乗りになるとビンタをし、組みついてくるもう1人の少女は払いのける。

 若枝とコンビを組んでいた少女はその場から走っていき、近くにいた教師の武田(高原駿雄)に知らせたので、すぐに教師が駆けつけてくる。

 若枝は柄杓を手に取って殴りかかるが、そこに駆けつけてきた武田が、こら、止めんか!と制止する。

 相手の富子はクソッ!と言いながら若枝に飛びかかろうとするが、それを止めた武田は、お前ら、作業時間に何しとる!と2人を叱ると、側で見ていた他の少女たちにも、早く仕事せんかと言う。

 若枝が柄杓を投げ出して逃げ出したので、武田は後を追いかけ、捕まえると、お前、みんなで作った野菜を台無しにしてすまんと思わんのか!と問いかける。

 一方、三郎は、バンド演奏中のジャズ喫茶「テネシー(Tennessee)」でウェイターをしていた。

 先輩からもってこいやと言われ、裏口に止まっていた軽トラから、リンゴを買っていた三郎に、よお、サブ!久しぶりやんな~と声をかけてきたのは、竜二だった。

 竜二は、ああ?ええ格好やないけと三郎のウェイターの格好を見て嘲笑う。

 しかし、焼け出されるとは傑作やったなと竜二は続けたので、おめえには関係ねえことやと三郎は目線も合わさず答える。

 そう膨れんと、一杯やっか?奢るでと竜二は言い、三郎が持っていた箱からリンゴを一個盗み食う。

 「BAR 夢時」では、2人組の流しが「ブンガチャ節」を歌う中、竜二も一緒に立って歌い、ホステスを抱いて上機嫌だった。

 踊っている竜二やホステスがちょっかいを出してくるが、カウンターで酔い潰れていた三郎は反応しなかった。

 ホステスが強引に頬にキスしてくると、止めてくれ!帰ると言って三郎は1人店を飛び出して行こうとするので、それを止めた竜二は、おいサブ、俺に恥をかかすんか?と絡んでくる。

 三郎は、こんでもうおめえの顔見とうないわいと答えたので、キザなこと言うやないけ?おい、てめえ、ズベ公に手出すのなら、やりそうでやらんような中途半端なことすんな!と竜二は言い返す。 

あん子はな、お前らの手には合わんわい、わかったか、あほんだら!と竜二は嘲る。

 わかったよ、どうせ俺はダメな男や、そやけんどな、お前ら、何ぜえ!何とかかんとかいって、結局ズベ公食い物にしているでねえけ!俺は大嫌いで!と三郎も言い返したので、何を!と竜二は三郎の胸ぐらを掴んでくる。 

ヤクザはごまかしゃ、後ろに暴力が控えとるさけえ、おめえらでかいツラができるんじゃい!と三郎が指摘すると、だらくそ!と言いながら竜二は殴ってくる。

 散々痛ぶった後、口から血を出して倒れた三郎を、ほら!もう止めたんか!とからかい始める竜二。 笑っていた隆二の股間を蹴りつける三郎。

 通路にうずくまった竜二を蹴飛ばし、逃げようとした三郎だったが、二人組の流し(光沢でんすけ)が殴ってきたので、三郎は何とか裏口から外へ逃げ出す。

 流しの2人も裏口から出てくるが、その直前に身を隠した三郎は、実家の勝手口の戸を叩き、出てきたちか子が、三郎!と驚き、どないしたんやと言いながら家の中に抱えて入れる。

 どないし取ったんや、やらい怪我して顔がもして…とちか子は洗面所で顔を洗う三郎に聞く。 

兄ちゃん、おるがや?と三郎が聞くと、いや…、今、埋め立ての陳情で東京へ行っとるわとちか子ハイウが、奥から由美子が近づいてくる。 

ああ、えかった、えかった、さ、寒いさかい上がれやとちか子は勧めるが、背後に由美子がいるのに気づくと、気まずそうになる。

 ある日、三郎は、浜近くの養殖場で釣りを始めるが、釣れるのは草履のようなものだった。 

その時、近くの道で、女が来よった!と、釣り竿を持った子供達が騒ぎながら走り去ったので、三郎も何事かとその方角を見やる。 

「恵愛学園」の生徒が体育の授業のためかマラソンをやっており、その中には若枝もいた。

 子供達は囃し立て、走っていた若枝の背後から石を投げたので、立ち止まって振り向いた若枝は、誰や!と睨みつける。

 その側の小屋の陰で三郎は若枝を待ち受ける。

 若枝は子供達の方へ向かうと、逃げ遅れて転んだ子供を叩き始めるが、そこにきた小使が逆に若枝を殴り始める。

 若枝を投げ飛ばした小使は、泥棒!村の恥じゃ!と言いながら倒れた若枝を蹴ってきたので、三郎は助けに行こうかと迷うが、富子とアキ子(兼松恵)が止めんかいと小使を突き飛ばしたので、何だこの不良どもが!と小使は罵倒する。

 しかしアキ子は、おっさんこそ何じゃい!石投げたのはそっちが先やけん!と抗議し、わてらかて人間や!石投げられて黙っていられるか!と富子も言い返す。

 若枝はそんな2人にお前ら危ない!と止めようとするが、小使は、やかましい!お前ら4人とも警察や!と言いながら若枝らと掴まえようとするので、若枝の相方も含め4人が抵抗し、小使は近くの小屋に倒れ込んだので、4人は流石にやばいと考えその場から逃げる。

 小使は起き上がり、後を追おうとするが、すぐに走るのを諦め、不良ども!今度村きたら承知せんぞ!と怒鳴るが、その一部始終を三郎は小屋の陰から聞いていたが、走り去る若枝らからは見つからないように隠れる。

 その夜の「恵愛学園」の夕食時間、窓を叩いたのは、男子寮の少年たちで、寮から差し入れを持ってきたので、うまそうやなと学園の少女たちは喜ぶ。

しかし少年(森坂秀樹)は、お前らやない、今日マラソンで一等になったあの子やといい、若枝に差し入れを差し出したので、他の女の子たちは冷やかす。

 若枝はみんなで食べようと言ってテーブルの真ん中に差し入れを置くと、今日のマラソンちょっとおもろかったなとアキ子が言い出す。

村で悪いことばっかりしたさかい、言われてもしようないよと若枝が言うと、私もそんなこといっぱいあったわ、何もせんのに、盗った盗ったって、頭に来たわと富子も同意する。

 するとアキ子も、わしもそうや、そやさかいヤケクソでやったんやと打ち明けたので、富子がアキ子の額をつつく。

 その時、奥さん来たよ!と声がしたので、急いでテーブルの上の差し入れの皿を隠すと、やってきた武田の妻(小林トシ子)が、みんなちょっと聞いてと言い出す。 

今日のマラソンで村の子と喧嘩したらしいけど、人にうこといちいち気にしてたらキリがないよ、さっき園長先生が村の人にはうまく言ってくださったさきに、心配かけんようにねと優しく言い聞かせたので、全員でハイと答える。

 それからマラソンの途中で、養殖場の鯉を獲った子があるらしいの、みんなも村出たら注意しなさいと奥さんは言う。

 子供達がはいと答えると、それじゃあ、ゆっくりお上がりと奥さんは優しく声をかけ、去ってゆく。

 どうしよう、これ…と隠していた魚をアキ子が取り出すと、どうせ死んでるんやもん、食べてしまえ!と富子が言うので、そうやな、みんな食べい!とアキ子が音頭をとったので、全員が魚に箸を伸ばす。

 翌日、電話で、はいはい、ではそろそろ集合させますと答えた奥さんは、廊下で、バケツの水をこぼした女子とこぼされた女子が言い争いになったので、集合の時間やさかい、もうすぐ終わるんよと女子たちに注意する。

 廊下に溢れた水を雑巾で拭いていた若枝に、若ちゃん、ちょっと部屋まで来てちょうだいと奥さんは声をかけ、本当にしようがないわねと言いながら廊下を拭き始める。

別室に来た若枝は、おばちゃん!と驚く。 

まあ座れやと武田が言うので、若枝は仕方なさそうに座る。

 叔母は、若枝、元気そうやなと笑顔で話しかけてきたので、何?おばちゃんと若枝は聞く。

 実は、4~5日前のことなんやがな、君のお父さんが行方不明になってしもうて、みんなで探しとるんやが、どうしてもわからんのやと武田は言う。

 あのだらが、村であんまり言われるもんで、逃げてしもうたんやと叔母が続ける。

 どうせあんなもん頼りにならん、若枝、正月の休みにおばちゃんのところに来いや、うんとご馳走してやるさかいな?と叔母は誘ってくる。

 しかし若枝は、うち、嫌いや、おばちゃんのとこ…、わてどこも行かんで寮におると拒否する。

 それを聞いた叔母は、何言うてんのや、わい!せっかくおばちゃんが迎えにきてやっとるのに…と急に不機嫌になる。 

それでも若枝は、嫌や!と言うなり部屋を飛び出していってしまう。

 あんな、言いたいまんまさせといて良いんですか!と叔母は武田に文句を言うと、ええ、言いたいまま言わせといた方が良いんですよ、あの子の場合は…と武田が答えたので、何ですって!と叔母は驚く。

 これは私の方針ですが武田は続けると、先生、ほな言わしてもらいますがね、あれの親父がこのまま見つからなんだら、身寄りはわて1人ですさかいな、わてが引き取らんとならんのですよと叔母はいう。

 あんたはここにおる間、面倒見るだけやないですかと叔母が言うので、いや別にうちがないからと言って、必ずしもあなたの世話になる必要ないですよと武田は答えたので、何やて!とおばは気色ばむ。

 せっかくここを出しても、悪い環境にまた戻すことは児童にとって惨めですし、私たちも大いに責任がありますからねと武田は指摘し、あなたが風俗営業をやっている以上、私としては若枝くんをすぐに預けるわけにはいきませんと続ける。

 そんな権利はありますか!と叔母が言い返すと、権利というより義務ですよ、これは!と武田も興奮気味に答える。

その時、あなた、職員集合ですよ、奥の部屋でアイロンをかけていた奥さんが声をかけたので、ああ、それじゃあ、そういうことで失礼しますと言い、武田は部屋から出ていく。

 叔母は不機嫌そうに、持参した土産も取り上げ、帰ろうとするが、雪駄が見当たらないのでキョロキョロすると、園児が持っていたので、こらっ!貸せ!ほんまいやらしい学校やな、本当に泥棒ばっかりやな…などとぼやきながら取り上げて帰る。 

その頃、こたつに入った富子が若枝に、正月はな、いっぺんわてんとこに遊びに来いや、わてのうちはな、洋間もベッドもあるんやでと誘っていた。

すると、嘘つき、嘘やぞ、そんなもんと同室の少女が口を出してきたので、何や、お前来たことあるんか?と富美子は少女を睨みつける。

 その時、窓が開き、外にいた少女たちが、ほら、来んか?と呼びかけたので、ほな行こうか?と言いながら、富子たちも立ち上がり、ほな、手紙寄越すからな、ほんまに来いよ、待ってるからな!などと若枝に言い残し、外へ向かう。 

外に出た富子たちは、外で見送る学園関係者たちに手を振って、他の女生徒たちと一緒に帰省して行く。 その夜、風呂の焼き口に薪をくべていた武田の妻は、雪が降ってきたさかい、良うあったまりましょうと声をかける。

 湯船に入っていた若枝は、はいと答え、一緒に浴室で体を洗っていた少女も、やっぱり雪降ると思った、そやけどわて慣れとるから、ずっとうちへ帰っとらんさかい…などというので、若枝はほんま?なら3年も?と驚く。

 すると少女は、うち、帰られへんのやというので、若枝はふ〜ん…と答え、窓を開けて見える雪を確認する。

雪が降ってきた…、また冷たい冬がやってきた…、私は1人になった…、いつか三郎さんが読んでくれた詩のように、私はもう帰るところがなくなった…、私はこれからどうなるのだろうか…?いつここを出られるのだろうか? 私は今までの私を知らない…と心で考えながら、風呂上がりの若枝は鏡を見ながら髪を解いていた。

 火事のことも、泥棒のことも…、誰も知らない遠いところへ行ってしまいたい… 女中さんでも何でも良い、働く所さえあれば… 若枝は武田夫婦の部屋の前を通る時、お風呂、ありがとうございましたと声をかけ、自室に戻っていく。

 途中、洗面所でコップに汲んだ水をおいしそうに飲んだ若枝だったが、その窓の外には三郎が来て、様子を見ていた。 

窓の近づいた三郎が、若枝ちゃん!と声をかけると、気づいた若枝も三郎さんと驚く。

 周囲に気遣い、そっと若枝が窓を開けると、近づいた三郎は、一昨日のマラソン、陰で見とったんやと教える。

 許してくれや、村の奴らにあんな目に遭うてと三郎は詫びる。

 若枝は悲しげに俯くが、どうしても君の顔、見とうなったんやと三郎は打ち明ける。

 若枝は、三郎さん、あれからどこにおったんや?と聞くと、金沢で1人では働いとったけど…と三郎が言うので、わてのためにメチャメチャになったがや…と若枝は落ち込む。

 しかし三郎は、俺がいい加減やったからや、君にチブてえこと言うて…、君は僕を憎んだ…と反省する。 

だって、泥棒したり、いろんなことしたもん…、嫌われた方が当たり前や…と若枝も反省する。

 すると三郎は、君だけが悪いがんね、な、若枝ちゃん、良う聞いてくれや、俺もう1回、何もかもやり直すことにしたがや、走っとる君の姿を見て、そう決めたがやと言い出す。

 村の衆に何と言われようと気にせんと、うちから金沢の工場かなんかに通うことにした方が良いと三郎が助言したので、うちから…?うちの人どういうとるんや?と若枝が聞くと、うん、今夜兄ちゃん、東京から帰ってくるさかい、頼み込んでみるわと三郎は答える。 

それを聞いた若枝は泣きながら、三郎さん、わてのこと忘れて、自分の良いようにして…、ね?と頼む。

 三郎は、何をいうんや若枝ちゃんと答える。 俺はな、今はみんなに頭を下げて、とにかく君が退園するのを待っとる、出てきたら、そん時は2人で考えようやと三郎は告げる。

 その間も泣いていた若枝に、俺のこと嫌いか?と三郎が聞くと、若枝は首を横に振ったんで、三郎は若枝の手を取ってきたので、若枝も握り返す。

 元気出すがやぞと三郎はいうと、手を引いて2人はキスをするが、その時、若枝ちゃんと呼ぶ、少女の声がしたので、顔を外した三郎は、さよならと挨拶して去ってゆく。

 若枝ちゃん、何しとるん?と少女が目をこすりながら来たので、なんでもないと若枝は答える。 

一方、沢田家には太郎が東京から帰ってきて、局長さんに会ってきたがや、わしにこれから目かけてくれるちゅうてね、人に言うとったそうや…、会社は勿体無い奴ちゃ言うてね…と嬉しそうに由美子やちか子に報告していた。

 ちか子はよかったな〜と喜びながらも、なあ太郎、三郎が戻ってきてるんやが、ようやっと真面目んじ働く気になったらしいんで、あんまりきついこと言わんとな、頼むわ…と告げたので、落ちるとこまで落ちて気が済んだか、しょうがない奴ちゃとた答える。

 ちか子は、三郎、ここへ来いと手招く。 太郎は、サブ、これはこれから東京へ出たり、これから金沢で打ち合わせがあったりでして忙しいんじゃ、お前、もうちょっとしっかりせんとあかんぞと洋服を着替えながら声をかける。 ぼーっとしていた三郎も、ああ、どうもすまんこってしと詫びる。

 「恵愛学園」も雪が積もり、新学期が始まっていた。

 謄写版で印刷していたアキ子は、幸せ一杯胸一杯、だってだって2人は恋しているんだもん♩と島倉千代子の「恋しているんだもん」を歌っていたが、富子、まだ帰ってこんな〜、この新聞、見舞いに送ったろか?と若枝がいうと、若枝、お前知らんのか?とアキ子がいうので、なんや?と聞くと、病気で帰って来れんのじゃないや、あいつ、また家出したらしいがとアキ子は教える。

 家出?どうしたんやろう?と若枝が聞くと、これや、富子には前からいたんやと言いながら、アキ子は自分の親指を上げてみせる。

 また誘惑されたかないかな?などとアキ子は愉快そうにいうと、また小指と小指絡ませて♩と歌い始めるが、そこに武田がやって来て、おい、若枝、お父さんが見つかったぞと知らせる。

 え!お父ちゃんが…と若枝がと驚いて立ち上がると、山梨県や…、怪我をして倒れたらしい…と武田は教える。

金沢のおばさんのところに電報打ったが、さっぱり返事がこんのでな、こっちへ頼んで来たんじゃ、とにかく掘っておけん、先生がついていってやるからすぐ出発しようと武田が言うので、はい、すいませんと若枝は礼を言う。

 その後、若枝は機関車と電車、そしてトラックの荷台を乗り継いで山梨の山奥の飯場へ向かう。 

一軒の小屋に入ると、長吉が布団に寝ていたので、父ちゃん!と若枝は呼びかける。

 武田も、やあ、どうですかと言いながら布団の横に座ったので、よう来てくれたなあ〜と長吉は感謝する。

 若枝は、父ちゃん、あの女と一緒やなかったんか?と皮肉を言うと、ああ、勝子の奴、若い男と逃げてしもうたんや…、俺、あいつを追っかけてここまで来たんじゃと言う。 

そしたら発破でこの通りじゃ…、ついとらんわい…と傷ついた左手を長吉は上げて笑い出す。

 若枝は、何や父ちゃん!わてのこと棄てて何やっとるんや!それが親かい!と怒る。 

すると長吉は、何ぬかす、お前のおかげで村におれんようになったんじゃ、この親不孝もん…と言い返してくる。 

それでも若枝も、あの女が来てから何もかもダメになったやないかと怒鳴り返すと、小屋を出ていったので、長吉は、若枝!待たんがや!と必死に呼びかける。

 外に出て、岩場の下を流れていた小川の側でしゃがんだ若枝だったが、その時、発破が側で数発爆発したので、涙ながらに見守る。

その後、武田と若枝は、怪我をした長吉を連れ、機関車で帰ることになる。

 何考えてるんだ?お前、お父さんと一緒に金沢の診療所行くか?と座席に座った武田は、窓際で考え込んでいる若枝に聞く。

 若枝は、わて、1人で学園帰りますと答えたので、そうか…、じゃあ先生連れて行くからな、やけ起こすんじゃないぞと武田は言い聞かす。

 その間、向かいの席で寝ていた長吉は呻き声をあげる。

 二宮金次郎像がある「恵愛学園」に1人戻ってきた若枝は、障子の穴から煙が出ていることに気づき、開けてなく見ると、そこに富子がタバコを吸っていたのに気づき、富子!みんなどうしたがや?と声をかける。

 体育館で映画が見とる…、めちゃアホらしゅうて…と冨子は教え、タバコを若枝に投げて寄こす。

何しとったんや、富子…と若枝が聞くと、やっぱダチかんわやっぱり…と富子が言うおで、何でや?と若枝が聞くと、仲間と腐れ縁が切れんやで…と富子は答える。 

わてな、名古屋の宿放り込まれてパン助になったんやがでと富子は自嘲する。 

逃げてきたん?と若枝が聞くと、ああ…と富子がいうので、相手は初めから悪いやつと若っとったんがやろ?と若枝は聞く。

 けどあんた、うちらどうせまともな嫁さんになるわけはないやろ?そう思うたらアホらしゅうなる…と冨子は冷めたようにいう。 

そんなことないと思うけんどなあと若枝は答えるが、うちみたいな札付きはダチかんわ、やっぱりここが一番ええわと富子は言い、またタバコを吸いながら寝そべる。

冨子はトランジスタラジオのスイッチを入れると、「私はやっぱりダメなのね♩」というこまどり姉妹の「未練ごころ」が聞こえて来たので、寝そべっていた冨子は思わず泣き出してしまう。 

富子、あんたがマラソンで助けてくれた時、わてらかて人間やいうたやないか!と若枝が声をかけると、そんなこと言うたかて、普通の人、相手にしてくれんて…と冨美子はいうので、そんな弱虫じゃと若枝が言い返すと、お前ら別嬪はええわいと冨美子は答える。

 若枝は富子を掴んで起こすと、顔なんかない!富子!わてら世間が相手にするかせんか、やってみんとわからんないか?と言い聞かせ、富子の口から束をを取ると、トランジスタラジオの上で揉み消す。

 職員室では、この春退園して就職させるのは、結局、この5人にして話を進めていただきたいんですが…、中には問題のある子もいると思いますが、ご意見はいかがでしょうか?…と園長(河上信夫)が提案していた。

 ええ、女子の北若枝はどうでしょうか?、少し危険じゃないでしょうか?と1人の職員が意見を言い、失火事件とそれからまだ凶暴なところが残っているように思いますがねと付け加える。

 それに対し、武田は、そりゃまあそうですがね、生徒には思い切ってチャンスをやれば、意外にやるんじゃないかって気がするんですよ、多少の危険はあっても1つの仕事に集中させてみたいんですよと答える。 

それはまあ、理想論ですか?と相手の職員は笑ってくる。

 しかし人間の価値転換のためにはですねと武田が気色ばむと、まあまあ…、この子についてはもう少し様子を見ることにしましょうと園長は間に入っていう。

 ああ、父親はもうダメになってしもたんやな〜と、若枝の資料を見ながら園長はいう。 ミシンの練習をしていた若枝に、若枝ちゃん、この頃何か思い詰めてるよね?と指導をしていた武田の妻が聞き、無理せんようにねと励ます。

 一方、三郎の方も、学友(野呂圭介)の工場で働いており、ほお、わりかし調子ええがやなどと声をかけられていた。

 若枝も黙々とミシンの練習に励んでいた。

 街には「春の百貨大廉売」の文字が入ったアボバルーンがデパートの上に上がっていた。

 そのデパートのアクセサリー店にきていた三郎は、これ見せてと店員に頼んで、ブローチを選んでいた。

 そんなある日、退院してきた長吉が「恵愛学園」にやって来る。

 手紙を読む妻の横で、武田は、しかしね若枝、お前が向こうに行って色々辛い目に遭った時、三郎くんに会っていかなかったことを後悔して、気持ちが挫けちゃうんじゃないかと心配なんだと気持ちを伝える。

 そんなことだったら、こんな手紙じゃなくて、三郎くんに会って、例え、彼に動かされて大阪行きを諦めたとしてもだ、僕はその方が良いと思うんだ、先方には僕が何とでも言ってあげるからねという。

すると、旅支度を終えていた若枝は、わて、辛抱できるお思いますと答える。

 そう…と答えた武田は君はどう思う?と妻に聞く。

 妻は、私はこの子が決めた通り、会わない方が良いと思うわ、この子は何日もかかってそのことを考えたんだから…と答える。 

もし躓いたら、その時私たち一緒に考えてあげたら良いんじゃないかしらと妻はいうので、武田もそうだな…と答える。

 若枝ちゃん、どうしても辛抱できなくなったらね、いつでも学園戻ってらっしゃいよ、知らないところへ行ってしまっちゃいかんがえよと妻は声をかける。

 若枝がはいと答えると、良しよし、それじゃね、これ僕らのほんの気持ちだけじゃと武田は妻に合図をし、妻は、これ、私からと言って「寸志」と書かれたポチ袋とハンカチを若枝に差し出す。

 二宮金次郎の像の下で座って待っていた長吉は、若枝ちゃん!と見送る学園仲間たちの声に気づいて立ち上がる。

近づいてきた若枝に駆け寄った富子は、若枝ちゃん、待って!若枝ちゃん、頑張ってな!わて、待ってるさかい!と励ます。 

うんと答えた若枝は長吉のところに駆け寄り、学園を去って行く。

学園の仲間達はさよなら!と呼びかけ、それに気づいた長吉は振り向いて愛想笑いを浮かべるが、富子は不安げに見送っていた。 

みんな、門のところまで送ってあげなさいと縦だと一緒に見送っていた妻が声をかけたので、生徒たちは全員もんの所へ向かう。

 門の所で手を振る富子や他の仲間たちに、若枝と長吉は驚きながらも感激する。 

それを背後から見送っていた武田は、ああいう子がうまくいってくれると良いんだがな…と妻に語りかける。

 わてらのこと、忘れんといて〜!と叫ぶ生徒に、頷き返す若枝。 武田の妻は、頑張ってもらいたいわ、残っとる子供たちのためにも…と答える。

 駅に着いた長吉は、もう行くがな、三郎にはどういうたらええんかな?と聞いてきたので、若枝は、先生が言うてくれるって…と答え、そんなら父ちゃん、酒飲んで人に迷惑かけたらいかんぞ、お金送ったりしたるさけど…と注意する。

 長吉は、心配しんないそんなこと…と返事する。

 若枝は改札を抜け、出発間際の電車に乗り込んで、長吉を見る。 

ドアが閉まり電車が出発するのを、悲しげに見送る長吉。

 風呂敷に包んだ私物の中からハイヒールを取り出した若枝は、それを窓から通り過ぎる川に放り投げる。

 村に帰ってきた長吉の横に泊まった軽トラの助手席から、おっさん、お祝いや、ウィスキー、買うてきたぞと良いながら三郎が包みを差し出してきたので、おめえ、早えなと長吉が答えると、早引けしたがやと三郎はいう。

若枝はうちに帰っとるか?と三郎が聞いてきたので、長吉は黙り込む。

 しかその直後、三郎は軽トラに乗って金沢駅に来ると、若枝の姿を探し、入場券を購入する。 

その頃、若枝はトイレから出てきて改札口に切符を差し出しかけていたが、その時、三郎が、待てよ、若ちゃん!と飛び出してきて止める。

 君はなんで僕に何も追わずに逃げるんやと問いかける三郎だったが、若枝は、ごめん、三郎さんと言って目を逸らしてしまう。

 君は一体、僕が好きなんか、嫌いなんか、どっちなんや!と三郎は目を伏せた若枝に迫る。

 若枝は、好きや!けどわてはあかんのやと答えたので、何をいうとるがいなと三郎は言い、金沢駅内の食堂に連れて行く。 テーブルに向かい合って座った三郎は、ウエイトレスにコーヒーを注文すると、ひどいよ、君は…と切り出す。

 大阪へ洋裁の縫い子になりに行くということは、前から思っとったんや、先生の紹介かなんかしらんけんど、僕になんも相談せんいうのはおかしいやないかと三郎は続ける。

 反対される思うずさでと若枝が答えると、当たり前やと三郎は即答する。

 洋裁の縫い子やったら、何も大阪に行かんかて金沢にかてある、僕かてそのくらい探すわいやと三郎は言い聞かせる。

 俺が探すのは気に食わんのか?君は僕を疑うとるか?と三郎が聞くと、村猫とねえ、わて三郎さんを疑うたことなんかいっぺんもねえと若枝は否定する。

わて、三郎さんに待ってもらうほど値打ちがねえがや、暮れに三郎さんきた時、あんまり嬉しかったさかい、夢中になっとったけど、やっぱりだんだん自分のこと考えたら自信ないようになったんやと若枝は打ち明ける。

 若枝ちゃん、君は前の自分のことを気にしすぎとるんや、そんなこと思っとったら果てしないぞと三郎はいう。

 君が泥棒して教護院に入ったら、君だけのせいじゃない、僕も悪かったし、君のお回りも悪かったんや、ほんであんな火事まで起こしてしもうたんや…、結局、僕ら2人ともそのために傷付いとる…と三郎は説得する。 そやけんど、そんなことで君が気にしすぎて、君が僕から逃げるんやったら思い直してくれよと三郎は頼む。

 僕も君に偉そうなことを言える男でねえけど、君の過去をとやかくいう気持ちはないがやと三郎は続ける。 

コーヒーが届いたので、角砂糖を入れた三郎は、君は、父ちゃんが僕の重荷になると気にしとるんか?と聞くと、若枝が頷いたんで、そうやろうと思っとったと納得する。

 君は考えすぎとるよ、父ちゃんがあんなことになっても君は君や、3人でいっぺんゆっくり相談して、これからのこと決めたらええがいや、父ちゃんかて1人になって可哀想や…と三郎はいう。

 とにかく、君1人で決めてしまうのはようないよ、そうやろ?と三郎は説得する。 

その時、乗車ホームにご案内申し上げます、上り14時24分発普通列車大阪行きは4番線から、下り14時30分発急行富山行き舘山号は3番線から、七尾線左14時37分発準急は1番線でございます、ご乗車の方はお急ぎくださいとアナウンスが聞こえ、食堂も女子学生などで騒がしくなる。

 どっちにしても今日は行くの辞めて、ゆっくり話しようさ、うちへ戻って…と三郎は続けるが、大阪駅で洋裁の人が待っとるがやと若枝は言うと、今のうち、病気とか理由つけて電報打てば良いよ、この話は僕たちにとって一番大事なことやから、この際しようがないやないか…と三郎は入知恵する。

 わかるやろ?若枝ちゃん、僕は何も無茶なことは言うとらん、飲めよ、しぶとうなると三郎は若枝のコーヒーカップに角砂糖を入れて勧めるが、その時、3番線から準急名古屋行き号が発車いたします、お乗りの方はお早くご乗車くださいとアナウンスが聞こえてくる中、若枝はコーヒーを飲もうとするが、その手が震えてうまく飲めない。

どうしたがや?と聞く三郎に、とうとう泣きだした若枝は、わてわからんがなった、どうしたら良いか…、三郎さんにすまん思うて…という。

 泣かんでもええと三郎は慰めるが、わて勝手やったかもわからん、そやけんど、一生懸命考えて、わて1人で働こう思うとった、待って三郎さんの言う通りにしたら、三郎さんに迷惑ばっかりかけとるんや、父ちゃんかて、今は大人しゅうしてしょぼんとしとるけど、また怠け出すに決まっとるんや!と若枝は泣きながら訴える。 

そんなこと平気やと三郎が言うと、な〜んも、父ちゃんは弱虫さかいだちかん、わて一番よう知っとるが、それにわても自分で自信がないが!捻くれとるがや、わて!カッとなったら何するかわからん!と若枝は訴える。

 私、三郎さん好きや!全部好きや!だけどそれだけ、他に何もないかも…というと、若枝は号泣しだしたので、周囲の客たちは何事かと若枝を見る。

 若枝ちゃん、俺だって何もないよ…、ないもの同士だよ!と三郎はいう。 

違う、三郎さん、なんでも良い、わて、山に行く、みんなその人に甘えて立ちかんようになるんや、やけくそになるんや!それからわて1人だけで仕事やってみて、自分でグラグラせんようになるまで、誰も好きになっては行かんと決めたんやと若枝は打ち明ける。

 その時、お知らせいたします、大阪行き普通列車が間も無く到着いたします、上り普通列車が間も無く到着いたしますというアナウンスが聞こえる中、三郎さんにあったらわからんようになってしもうたんや!どうしたらええかわからん!と若枝は訴え、コーヒーカップを倒して、テーブルに突っ伏して泣き出す。 周囲の客たちは唖然として若枝を見、三郎も戸惑う。

 食堂内のテレビでは「春の女王コンテスト」というミスコンテストの北陸代表者授賞式の様子が写っていた。

 化粧品と共に贈られる賞金100万円を何に使いますか?という司会者の問いかけに、入賞者の女性は、私、車が欲しいと答える。

 車に乗っての新婚旅行、良いですね〜、私がお嫁にもらいたくなったな〜と司会者が言うのを、テレビの前に集まった客たちは嬉しそうに見ていた。

 それにしても郷里の皆さんが一生懸命声援してくださったわけですからね、ここで郷里金沢の皆さんに挨拶してください、一言で結構ですと司会者が受賞者にいうと、ありがとうございましたと受賞者が答えたので、幸せがいっぱいと言うことですねと司会者はまとめる。

 それを何気に聞いていた三郎は、目の前で泣き伏せている若枝の姿を見ながら考える。 

三郎にはもう周囲の何もかもがぼやけて見えていた。

 次の瞬間、針の文字盤が鮮明に見える。

 三郎は、なくな!と声をかけ、唖然とする若枝の手を引いて、発車ベルが鳴り響くホームへと連れていく。 動きだした列車の最後尾に飛び乗る2人。

 三郎は買ってきたペンダントを取り出すと、若枝の胸につけてやる。

どうしたんや?と不思議がる若枝に、次の駅まで送るわと答える三郎。

 良い…、大阪行けよ、君が学園で考え続けてきたことがわかるような気がするんだ…と三郎はいう。

 僕も1人になって、もっともっと自分を掘り下げてみるわ…、そして3年経って、君がまだ僕を忘れて、僕も君を愛していたら、その時に会おう…と告げた三朗は、感極まって泣き出す。

 失踪する機関車の後部車両から遠ざかっていく線路が見える。

 若枝ちゃん、もしも2人別々の家庭を持つようになっても、いつか街で顔を合わせた時に、恥ずかしくないような2人になっていよう…、若枝ちゃん、愛してる!好きだよと三郎が告白すると、わても、好きや…、好きや!と若枝は答え、三朗は若枝を抱くとキスをする。

 次の駅「加賀笠間」に停車した時、降りた三郎は若枝と握手して見つめ合う。

 戦争が始まりそうになったら、飛んでいってやるからなと三朗が行った時、発車の笛が鳴り汽笛が響く。 

C57機関車は動きだし、握手した2人の手は離れるが、三郎は頑張れよと声をかける。

 遠ざかってゆく列車に乗った若枝と三朗は互いに手を振り合う。

 若枝は、三郎さん、三郎さ〜ん!さようなら〜と手を振りながら涙ながらに呼びかける。

 駅に残った三郎は1人ベンチに腰を下ろしタバコを吸う。 

若枝は車両の中に入り、空席に腰を下ろすと、キャンディの箱を取り出して食べる。 

列車が向かう前方の線路の映像に「終」

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